「じゅらい亭日記───超・暴走編1─」
「黒猫 〜プロローグ〜 」
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ここは、どこだろう? 何故、僕はここにいるんだろう? そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
「ママ! この猫さん家で飼おうよ!」
僕を抱きかかえている女の子が無邪気に言い放った。冗談ではない。僕は、まだ旅の途中
なのだ。こんな所で君に飼われている暇は無いよ。
「猫を・・・?」
女の子の母親は困ったような顔をした。当然だ。不吉な黒猫をいきなり飼おうなどと言わ
れても困るだろう。少なくとも、僕はそう思ったんだ。きっと飼うのに反対してくれると思
った。だが。
「そうねぇ? 可哀相よねぇ?」
と、母親は泣き始めた。おいおい。困った顔してたんじゃなくて、僕に同情してたのかい?
「じゃあ飼っていいの!?」
「ええ、連れてらっしゃい。野良猫なんでしょ?」
「ニャァー」
母子の会話に、僕は抗議の声を上げた。人間の言葉で喋ることも出来るが、流石にまずい
だろう。
おっと、話がそれた。僕に同情して飼ってくれるという申し出は嬉しいが、誰が野良猫だ
い? 確かに飼い主はいないけど、首に紐にぶらさがった包みがあるだろ? 普通は誰かの猫
だって思わないかい?
だが、彼女達は全然気にしなかったようだ。僕の首にかかった紐と包みをみても、
「捨てられたんだよきっと!」
「酷い人もいるわねぇ?」
と、勝手に納得する。困った。そもそも、僕は猫とも少し違うのだが・・・・・・。
「ニャー!ニャー!」
僕は最後の足掻きに、精一杯゛猫語で゛抗議を繰り返した。だが、女の子は僕がお腹が減
っているのだと言い、母親も同意した。
かくして、僕──黒猫のシンベエは、しばらくこの少女の家にやっかいになる事となった。
「黒猫 〜少女のお願い〜 」
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また、困った事になった。何が困ったかと言うと、親子に連れて来られてから、「逃げた
らこの子が泣くかな?」などと考え、迷いながら1週間が過ぎてしまった頃の事だ。
「猫さん、お願い。ママのびょうきを治して・・・」
何度目だろう? この少女─ティキといったかな? まあ、ともかくそのティキは、さっき
からずっとこの調子で僕にお祈りしている。彼女の母親 (あの泣き上戸な人だ) が何かの
病気になったらしいのだ。
「ママの病気、普通のお薬じゃ治らないんだって・・・・・・どうしよう、猫さん・・・・・・」
「にゃー」
とりあえず鳴いてみた。それで、母親の病気がどうにかなるわけでもないが、少なくとも
ティキは何らかの反応を示してくれるだろう。僕に祈る以外の。
さっきから冷たいと思うかい? でも、今の僕には何も出来ないんだよ。目の前で僕が鳴い
ただけで安心しているティキの顔をなめてやるくらいしかね?
そう、今はね。
・・・・・・トン・・・
夜中。もう月明かりと星明かりしかない時間。ティキが眠るのを待ってから、僕は彼女の
腕から抜け出し、母親の寝ているベッドの脇まで来てから姿を変えた。
「・・・・・・・・・ディグル病か・・・」
苦しそうな寝息を立てる母親を診断して僕は確信した。これは、200年以上前に見た事
がある病気だ。
「たしか、今日で発病してから3日か・・・・・・後、2日しかもたないな・・・」
この病気は伝染病ではない。生まれつき体の中にある物が、突然変異して体に害のある物
に変わるのだ。原因はよく分からないが、治療は出来る。
「あの山にあったはずだ・・・・・・」
昔、この病気を見た時も医者が山から採ってきた薬草で治療していた。その山なら、ここ
から1日半程あれば往復して帰って来れる。
「それなら、決まりだね」
窓を開けて、猫の姿になり窓枠に飛び移る。外に出る前にティキと母親の寝顔を見てから、
僕は外に飛び出した。