じゅらい亭日記暴走編7

勝手にL様日記MIX─魔王、何かを盗まれる!
投稿者> ゲンキ
    



「じゅらい亭日記・暴走編7」



「勝手にL様日記MIX─魔王、何かを盗まれる!」



トントントン

「むぅ・・・眠ひ・・・」
 小さな家の小さな階段。そこを下りてきた少年がぼやく。
 髪は黒く長い。目も漆黒。肌は気味がかっていて、少しだけ黒っぽい。パジャマ姿で体
格はよくない。背は165より上程度。痩せ気味でボサボサの髪も合わさって不健康そう
に見える。
 年齢は16〜17くらいだろう。
「あう・・・おはようございます、L様」
「おはよう、部下G。今日は7時半・・・いつもよりは早いわね?」
「どうも・・・」
 少年──部下Gことゲンキは居間に入るなりちゃぶ台の前に座る。朝食は昨夜自分で作
った味噌汁や焼き魚があるが、それを食べるのは早起きで和食好きなL様達。朝はパンし
か食えない彼は、パンが無かったので何も食わない事にした。実に不健康。
「部下G? 今日もじゅ亭に行くの?」
「はい・・・」
 急に思い出したかのように着替え始めるゲンキに金髪美人のL様が問いかける。それに
やはり眠そうに答える。
「じゃあ、じゅらいに頼んでお酒買って来て。昨日幻希やれいろうと飲んだらあっさり無
くなっちゃった」
 そのL様の言葉にゲンキの眠気は吹っ飛んだ。ただし、苦い表情はそのままだったが。
「全部無くなったんですか? ・・・道場の奥に保管しといたの全部・・・?」
「うん」
 気が遠くなった。ダンボールで5、6箱はあったはずだ。それを一晩で飲み干されると
は・・・・・・。
「・・・・・・はっ!?」
 部下Gはある事に気付いた。「全部」・・・という事は・・・まさか!

バッ!ガチャッ!!

「ぁああああああああっ!? 料理用のワインまでっ?! 僕が隠しといた酒まで飲まれ
てるっ!?」
「未成年の飲酒は違法よー」
 頭を抱えるゲンキに新聞など広げつつL様が言う。何だかおっちゃんみたいだ。
「何故っ!? 何故、ワインまで飲んだんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「暴走してたからねー」
「ああっ!? 僕の専売特許(嘘)をっ!!」
「あんたの隠してたテキーラってジュースで割ると美味しいわねー」
「一滴残らず飲んだ事には敬意を表します」
「と、いうわけでおつかい頼んだわよ?」
「う゛・・・」
 今の話の流れから突然におつかいに話を戻されうめくゲンキ。しかもその後トドメを刺
された。
「あんまりウダウダ言ってると修練十倍よ?」
「いってきますっ!!」
 眠っていた財布をひったくるように掴みポケットに入れると全速力で玄関から外に出る
ゲンキ。仮にも魔王にしては悲しい後ろ姿だった。
「・・・平和ねー」
 新聞のTV欄のみを眺めつつ・・・L様はそうぼやくのだった。



「さて、じゅ亭に行く前に・・・」
「何処に行くのよ、部下G?」
 「ボルツの所にでも行こうか?」と言おうとしたゲンキの言葉をL様ソックリの口調で
ポケットから顔を出した財布・・・L様が暴走して生まれてしまった生命体、「財布ちゃ
ん」が遮る。
「ボルツのとこだよ」
「それよりおつかいを優先しなさいよ。L様の命令でしょ?」
 ゲンキは「うるさいなぁ」とバンダナを巻いた額をグシグシとこする。この財布はL様
が創ったせいかやたらと口やかましい。
「どうせじゅ亭には後で・・・るろ?」
 ポケットばかり見ていて気付かなかったが、前を見ると女の子が歩いて来る。長い黒髪
の少女だった。白いドレスを着てフラフラと今にも倒れそうな歩き方をしている。
「・・・どしたのあの子?」
 財布が怪訝そうに訊いてくる。そんな事を訊かれてもゲンキにだって分からないのだが。
「とにかく危なっかしいな。どうしたんだろう?」
 と、好奇心でゲンキは少女に近づく。それで気付いたが、彼女は自分と同い年ぐらいだ
った。
「あの・・・? どうしました?」
「え・・・?」
 声をかけると少女は顔を上げる。そのままフラッと倒れ込み、慌ててゲンキが受け止め
ると。

ドグシャアッ!!

「ガハッ!?」
 突然とんでもない重量がかかり道路を破壊、巻き添え喰った財布もろともゲンキは地に
文字通り沈む。
「・・・あ・・・キャッ!? 大丈夫ですか!?」
 慌てて起き上がろうとする少女。だが、そのせいで彼女の服の下で何かが外れた。

ドズン!!!

「がァハっ!!」
「キャァアアアアアアアアアア!?」
 落ちてきた物・・・小さな箱にベルトを付けたような物がゲンキに腹にクリーンヒット
し、更にその体を地面に沈める。どうやら、重さの原因はこの箱のようだ。
「すみませんすみません!!」
 半泣きでその箱を持ち上げようとする少女。だが、そんな重い物そう簡単に持ち上がる
はずがない。加えてさっきまで必死でこの重量を抱えていたせいか体に力が入らない。
「うーん・・・うーん・・・!」
「無理ダスよ」
 突然、低目の・・・ついでに言えば変な口調の声が聞こえて箱を持ち上げる。
「うおっ!? メッチャ重いダス?!!」
「当たり前だ」
 箱を持ち上げた白黒コートの少年──ボルツ将軍(自称)に起き上がったゲンキが手を
貸して箱を壊れた道路の脇にどかす。
「あ・・・あの、お体は?」
 目に涙をためていた少女が呆気にとられたようにゲンキに訊いてくる。
「ああ、もう治りましたから。はっはっはっ♪」
「相変わらず馬鹿みたいな体質ダス」
 財布を拾いつつ笑うゲンキにボルツがツッコミをいれる。少女は不思議な物を見るよう
にゲンキを凝視していたりする。
「あ、ところでボルツ? お前ん家行こうとしてたんだが・・・来ちゃったのか?」
「じゅ亭に行くからお前を誘おうと思ってたダスよ。そしたら道の真ん中でお前が寝てる
じゃないダスか? しかも女の子泣かせて」
「う゛・・・女性を泣かせてって・・・そりゃ不可抗力だ・・・」
「後で幻希に殺されても知らねーダスよ」
 その言葉にゲンキはゾッとしながらも、少女の方を振り向き尋ねる。
「この箱、どうします? 僕等が運びましょうか?」
 どこまで運ぶか知らないが、こんな非力そうな少女に持たせる事が間違っている。ここ
は、自分かボルツが運んでやるのがいいだろう・・・そう、思ったのだが。
「あ、いえ、ただいま取りに来るように執事に命じましたので・・・」
 そう、手の中の携帯電話を指しつつ彼女が答える。「執事」などと言うからには金持ち
のお嬢様なのかもしれない。
「そうですか。では、えーと・・・あなたは箱を持とうとしないで、その執事の人に任せ
てくださいね? それと、執事の人には重いのでくれぐれも気を付けてくださいと」
 と、そこまで言った時、突然ボルツが口をはさんだ。
「別に大丈夫ダスよ。いくら世間知らずそうなお嬢様だって、そのくらい分かるダス。そ
れより早くじゅらい亭に行くダスよ。依頼を忘れたダスか?」
「あ!」
 ゲンキはボルツの言葉に今日、自分達が依頼を受けていた事を思い出した。
「たしか宝石の警備だったよな!」
「そうダス。ちなみに時間は、午後の1時から。広瀬さんからは、一旦説明するから午前8
時半までに店に来るように・・・って言われてるダス」
 ボルツの説明にゲンキはポケットから時計を取り出して見る。

 ───『AM:08:21』

「げっ! ま、まずいっ!! 急がな!!」
「何かオラ達ってこういう事多いダスな」
 言って走り出すゲンキ&ボルツ。少女がその後ろ姿を呆然と見送る。
 しばし、彼等の走り去った方をボーッと見ていたのだが、すぐ横に一台の大きな車が止
まってやっと少女は我に還る。
「申し訳有りません、お嬢様。遅れてしまいました」
「あら、いいのです相模・・・」
 車から下りた青年が深々と頭を垂れると、少女はボーッと呟き、彼を許した。
 青年──執事相模はそれを訝った。主人は、優しい方だがこうもあっさりと許されたの
は初めてだったからだ。いつもなら、ほんのちょっと説教や小言が付いてくるはずだ。
「だって・・・あなたが遅れてくれたおかげで・・・いい方に出会えたんだもの♪」
「?」
「あの黒く長い髪!理知的な瞳!身を呈して私を助けてくれた優しさ!どれをとっても素
晴らしいわ! 名前はそう・・・・・・ゲンキ様!!」
 ちなみに・・・真実は、「ボサボサの長髪。詐欺師のような目。ただ単に偶然助けただ
け」である。
「お嬢様・・・?」
「決めましたわ相模。私、この街に住みます」
「・・・はっ、では至急手配いたします」
「頼みましたわよ」
 突然の少女の言動に多少驚いた相模だが、主人の命には迅速に応えなければならない。
箱を車に乗せて走り去る。少女はそこに置いて行く。別に彼女の迎えではなかったらしい。
「ああ・・・・・・」
 車が走り去った後、少女は青空を見上げて誓った。
「可奈は必ずゲンキ様をゲットしてみせますわー♪♪」
 同時刻、街の一角で火柱が上がったが・・・・・・いつもの事と少女以外誰も驚かなか
った。





 神殿から「冒険者の店 じゅらい亭」の前を通り、街道へと続く道の真ん中・・・・・
焦げながらボルツが発した言葉は冷たかった。
「何で突然自爆するダス・・・?」
 それに、同じく焦げながら・・・というか原因であるゲンキが答える。
「いや・・・なんて言うか・・・いきなり自爆しちゃったんだけど?」
「理由も無しに?」
「うーん・・・?自爆する直前に、妙な悪寒がしたけど・・・あれが原因かな?」
 どっかの店の壊れた看板にぶら下がっているボルツに、地面に大の字で転がっているゲ
ンキは不思議そうに言う。実際彼自身、自爆の原因も理由も分かっていないのだ。だが・
・・・・・。
「とりあえず、ゲンキ・・・がんばるダスよー」
「へ?」
 わけの分からない事を言うボルツに、ゲンキが間の抜けた声を上げると同時────。

ごすっ!

「いきなり店の物ぶっ壊しやがって!!弁償しやがれ!!」
「足挫いちゃったじゃないの!どうしてくれんのよ!」
「お前、じゅらい亭の暴走部下Gだろっ!じゅらい亭でならともかく、こんなとこで爆発
するな!」
「ひああぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!?」
 怒り狂った街の人達にタコ殴りにされるゲンキ。まあ、当然だろう。
「このタンスいくらしたと思ってやがんだ!」
「今日デートなのよ!どうしてくれんのよ!!」
「じゅらい亭の奴等なんて信用ならねえっ!何が゛幸運の壷゛だ!花瓶じゃねえか!!」

どかどか べきべき めぎゃごす げしげし

 ひたすら怒り狂う(一部別の怒り有り)人々にタコ殴りにされるゲンキ。それを見下ろ
してアクビをもらすボルツ。
 結局・・・数分後通りかかった風花が壊れた店や商品の修復。怪我人の治療等をやって
くれたおかげで、ゲンキは助かったのだった。

 ちなみにゲンキが自爆したのと同時刻に、離れた場所で農夫のカーロさんがどこかの少
女が叫んでいるのを見たというのだが・・・特に関係無さそうだ。多分。




 目がさめるとじゅらい亭だった。
「しっぽスパイラルにゃっ!」
「ガハッ!?」
 目が覚めた早々、フェリの一撃を喰らった。「何故?」と思いつつ、再び気絶する。
 ちなみに、理由はボルツが気絶していたゲンキの顔にサンマを置いてみたからだったが。



「デンプシー・ロール!!」

ブンブンブンブン グルグルグルグル

「・・・何やってるのゲンキ殿?」
 突然目覚めたと思ったら、「幕○内一○」のようなデンプシー・ロールを始めたゲンキ
に、ミカドがおにぎりなど食べつつ訊ねる。
「はっ!? ・・・あ、いえ・・・また何か攻撃されるんじゃないかな・・・と」
 我に還りキョロキョロしながら答えるゲンキ。ミカドは「ふーん」と言ってから、ある
事を思い出す。
「そうそう、ゲンキ殿。頭に気をつけてね・・・・・・って、遅かったか・・・」
「なんですか、このペン・・・刺さってるんですけど・・・・・・」
 おにぎりを食べ終わったミカドの視線が、ペンの突き刺さったゲンキの頭に注がれてい
る。
「うむ、広瀬殿がね、『説明に遅れた罰です』ってトラップしかけてったでござるよ」
「なるほど。まあ、広瀬さんならいいとして・・・矢文の如く結び付けられていたこの手
紙は一体?」
 ミカドの説明に納得し、ゲンキがペンを引き抜くと手紙がセロテープで止められていた。
中を見てみると、

『今回の依頼の内容は、世界最大のルビーの警護です。場所は゛ガーリレウ大聖堂゛です。
先にボルツ将軍が行っているので、目が覚め次第急ぐこと。
                                   広瀬─ 』
「・・・・・・・・・これは、今すぐ行けって事ですよね?」
 ミカドに手紙(伝言)を見せつつ訊ねると、「そうでござるね」という答えが返ってき
た。ちなみに゛ガーリレウ大聖堂゛とは、この街でも最大級の建築物で、今は「世界の宝
石展」を開いているはずだ。
 今回の依頼は、その宝石展の警備である。
「ふむ、では行ってきます。あ、そうだ・・・伝言板に書いとけばいいか・・・」
 と、下手な字で『じゅらいさんへ L様に酒を買ってくるよう頼まれました。僕が帰っ
てくるまでに、すいませんが用意しておいていただけないでしょうか? ─ゲンキ─ 』
 そんな感じの事を伝言板に書いておく。これでおつかいはオッケーだろう。
「む?そういえば財布はどこ行ったかな?」
「ああ、財布殿なら『珍しい』って広瀬殿と鏡花殿が連れてったよ?」
 ミカドのその言葉にゲンキの表情が凍り付く。そして、震える声で呟いた。
「・・・全財産が拉致られた・・・・・・」
「ちなみに、いくら入ってたでござるか?」
「30円です」
 何気に訊ねるミカドに即答するゲンキ。言ったらどうでもよくなってきた。
「そうか・・・30円と財布くらいどうでもいーや!」
「うん、若者は希望に溢れてるね!」
 まだ昼なのに、見えるはずのない夕日を見つめ、拳を握り締めつつ涙して爽やかな笑み
を浮かべるゲンキとミカド。直後、彼等の眉間に戻ってきていた広瀬のペンが突き刺さり、
財布ちゃんの電撃が炸裂した。



 午後11時・・・もう世間一般では゛夜中゛だろう時間。2人の少年が限界との闘いを繰
り広げていた。
((まだか! まだ泥棒は来ないのかっ!?))

プルプルプルプル・・・・・・ビキィッ!

((っていうか、本当にそんな爆裂的に怪しい泥棒が来るダスかっ!!))

ギシギシ・・・ビキビキビキビキィッ!

 大聖堂の神聖(かどうかは知らないが)な暗闇の中・・・鎧を着て彫刻の像のフリして
すでに2時間が経過したゲンキとボルツが小声で囁き合う。ちなみに場所は、大きなホー
ルのような部屋の壁際で、世界最大のルビー『<マゼンダ>』はホールの中心でケースの
中に収まり展示されている。

((そりゃ・・・ぐっ! ・・・来る・・・だろ・・・))
((でも、予告状なんて書く・・・いてて・・・馬鹿な泥棒が本当にいるダスか!? 少
なくとも、オラならやらねーダス!!))
((お前は盗賊だけど、今回の゛ヤガナ゛とかいう泥棒は予告状通りだとすれば゛快盗゛
・・・・・・つまり世間を楽しませるために、こういう貴重な宝石だとか、どこかの世界
遺産だとかを狙うタイプなんだよ))
 そうゲンキが小声で囁き、指をピコッと立てるとすかさずボルツがツッコんだ。 
((何か妙に詳しいダスな?))
((広瀬さんの受け売り))
((まあ、お前はそういう奴ダス))
((何故?))
 いとも簡単にため息をつくボルツに、疑問符を返すゲンキ。だが、その時突然ホールの
中が明るくなった。誰かが照明をつけたらしい。
((来たダス!))
「魔王呪法! <留めの牙>!!」
 ボルツが小声で囁くと同時に、ゲンキは捕獲用の技をガラスケースの周囲の空間に向け
て放つ。
「捕まえたダスか!」
「うみゅ、手応えあり!!」
 言いつつ駆け寄るゲンキ&ボルツ。たしかにガラスケースの側に人影が立っていた。今
の魔法で空間に服を縫い止められて動けないようだ。
「一度言ってみたかったダス!!逮捕ぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」
「盗賊に逮捕される快盗ってのもナイスだねっ!」
 早速人影に飛びつき手錠(どっから持ってきたんだか)をその腕に嵌めるボルツ。ゲン
キが余計なツッコミをいれる。
 だが。

『ちゃららららん♪ はーい、ヤガナです。この人形は1秒後に爆裂しまーす♪』

 ボルツが手錠を嵌めた人影──ヤガナ人形から、テープに録音したような声が聞こえて
2人が、『へ?』と間抜けな声を上げるよりも早く。

パンッ!!シューーーーーーーーーーーーー!!

 人形が破裂して、中からガスが吹き出した!





「ぐー」
「呆気ないわね?」
 ガスが消えた後・・・眠りこけているボルツの側に1人の女・・・いや、少女が降り立つ。
 きらきら輝く金髪に、夕日のような真っ赤な瞳。やや強気そうな顔立ちで、黒を基調に
しているはずなのに、何故か派手に見える服を着ている。肌の色は、日に焼けたように浅
黒い。
「あれ? もう1人いたみたいだけど?」
「僕ですか?」
「に゛ょわ゛あっ!?」
 突然背後に゛るろ〜ん゛という効果音と共に現れた鎧姿のゲンキに驚いて少女はビクッ
としながらダッシュで距離を取る。そして、振り返りつつビシッと指を差して一言。
「音も無く出てこないでよ変態!」
「いやあの・・・効果音出したじゃないですか・・・・・・って、いうか何で変態?」
 ポリポリと頬を掻きつつ訊ねるゲンキ。すると少女は当然だろうと言わんばかりの表情
で答えた。
 ポーズはそのままで。
「こんな夜中に、可愛い女の子の背後に音も無く忍び寄る奴なんて変態以外の何者でもな
いじゃない!」
 たしかにそりゃそうだろうが・・・泥棒に変態呼ばわりされるのも悲しい。
「それに、何よその鎧! 美意識のカケラも無い無骨さ! 鈍重なデザイン! 見苦しい
事この上ないわっ!!」
「いや、これはあなたを捕まえるために・・・って、そうだ。一応確認させていただきます
が・・・・・・快盗ヤガナさんですよね?」
 この状況でヤガナ以外という可能性など無いに等しいが、一応訊いてみる。まあ、答え
は予想通りに、
「そうよ!」
 ────だったが。
「ふみゅ・・・では、この大聖堂への不法侵入とルビーを盗もうとした現行犯ですから逮捕
させていただきますよ?」
 そう言ってガチャリと動き出すと、彼女は「フッ」と嘲笑を浮かべる。
「捕まえられるもんなら捕まえてみなさいよ? ただ、その前に一つ訊くわよ? 何でガ
スが効かなかったの?」
 怪訝そうに眉をひそめて近付いてくる。どうやら気になっていたらしい。
 ゲンキは、鎧の上からポケットに手を突っ込みつつ笑って答える。
「うーん・・・やっぱり・・・・・・・・・人間じゃないからでしょうかねぇ?」
「そういう事っ!!」
 ポケットから取り出した財布ちゃんをかざすと、やはりガスが効いてなかったらしく元
気いっぱいに弱威力の電流をヤガナに向けて放つ!
「キャッ!?」
「とーりゃーっ!!」

バチバチバチバチバチバチ!

「てーりゃーっ!」
「あぶあぶあぶ危ないじゃないっ!?」
 叫びながらも見事に電流を回避するヤガナ。ただ者ではない。
「めっさーつっ!!」
「きゃー!! ・・・って、いい加減にしなさいっ!!」
 電流を放ち続ける財布ちゃんに、ついにキレたヤガナが何かを投げつける。
「──!? ──さらば財布!!!」
「へ? きゃーっ!!」

ちゅどーん!!

 投げつけられた物が爆弾だと見て取るや、あっさり財布ちゃんを投げつけて逃げるゲン
キ。後々の報復より日頃の恨みを優先したようだ。財布ちゃんは爆発で吹っ飛んで気絶し
た。
「ああっ! 財布よっ! 君の尊い犠牲は無駄になるかもしれないけど、僕はきっと適当
に頑張るよ!!」
「あんた鬼か・・・・・・」
 鎧をガチャガチャ鳴らしながら祈るゲンキに、ヤガナのツッコミが効いたかどうかは定
かではない。





「さあ、今度こそ逮捕です!」
 どことなく明後日の方を指差してゲンキが堂々と言う。
 だが、ヤガナは不快そうに顔をしかめると彼の鎧を指差して・・・・・・。
「とりあえず、その鎧脱いでくれない? 見苦しくってしょうがないわ」
「・・・・・・逃げません?」
「はいはい、逃げないってば・・・・・・」
「ありがとうございます」
 何かが決定的に間違っている会話の後に、せっせせっせと鎧を脱ぎ始めるゲンキ。別に
服を着てないわけではなかったが、ヤガナはそっぽ向いていた。
「さあ、オッケーです! いいですか!」
「いいわよ、いつでもかかって──・・・・・・!?」
 構えて言ったゲンキの言葉に、振り向いた彼女が絶句した。何故かは分からないが凍っ
ている。
「あう?」
 突然ヨロヨロと3、4歩後退った彼女を見てゲンキは怪訝そうに目を細める。
「あ・・・・・・きゃーっ!! きゃーっ! きゃーっ!!?」
「ひああぁぁぁぁああああっ!?」

ちゅどーん!キュガガガガガガ!ダララララララララ!ひゅんっ!ずがしゃーん!!

「きゃーっ!! きゃーきゃーっ!!」
「何ですかあぁぁあああああああっ?!!」
 突然、「どこに隠し持っていたんだ?」と思うくらいに大量の銃火機を取り出して攻撃
してくるヤガナと、それから必死に逃げるゲンキ。ルビーにでも当たったらヤバイが、知
った事ではない。たとえ不死身でも我が身が大事である。(笑)
「ボルツ! 恨むなよ!! ライジン○シュート!」
 と、投げつけられた爆弾に向けて拾ったボルツを蹴り飛ばす。彼は爆発で壁際まで吹っ
飛ばされた。
「よし!サッカーの経験が無くてもやれば出来るね!」
 と、わけの分からん事を納得して再度逃げ出すゲンキ。背後からは発射されたロケット
ランチャーの弾が迫っていた。



(何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何
で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でここにいるの───────────
──っ!?)

キュガアァァァァアアアアンッ!!

(何で何で何で何でっ!!)

チュドゴアッ!!

「何でー!? きゃーっ!!」
 ひたすら叫びつつ凶悪な攻撃を続けるヤガナ。もうホールの中は目茶苦茶になっている。
「よくは知りませんが゛何で゛はこっちが訊きたいような気がしまーーーーーーーーーー
ーすっ!!」
 こっちはこっちで逃げまくるゲンキ。何度か直撃していたはずだが、それでも平気なの
は健康な証拠だ。(そういうレベルじゃない気もするが・・・・・・)
「むぅ・・・このままでは殺られてしまふ・・・死なないけど」
 呟きつつゲンキはボルツの方へと近づく。もう一度、盾にするつもりだ。(鬼)
「るろっ!?」
 だが、飛んできたミサイル(?)を回避しようとして派手に後方に吹っ飛ばされる。そ
の時、彼の脳裏をよぎったのは過去の幾つかの光景だった。

 たとえばゲンキがL様と出会った時・・・・・・

゛ねえ、僕?なかなか強いわねぇ?゛

゛・・・あんた誰?゛

゛SE:ゴギャッ!!゛

゛さあ、あんたは今日から家で暮らすのよ♪まずは、その生意気さを矯正しないとね♪
(拉致)゛

 れいろうやラーシャ・・・・・・

゛何で下に人が?!゛

゛危ない人ですれいろう様! 変な眼鏡かけてます!!゛

゛変質者なのね? ソルクラッシャー!!゛

゛れいろう様ナイスです!゛

 風花と最初に会った時・・・・・・

゛待ちなさい魔王! ウインディー・アロー!!゛

゛ボルツよさらば! ポイ捨て!!゛

 そして、昼に会った少女には、地面に2度沈められた。
 この他にもルネアには初対面で炎輝孔連打されるわ、広瀬や鏡花には「魔王です」と名
乗って新手の霊感商法と勘違いされて攻撃されるわ・・・・・・。
「もしかしたら僕は初めて会った女性から攻撃されるよう、呪われてるのかもしれない・・
・・・・・・・・・・」
 女神像にぶつかる直前──彼が考えたのは、そんな事と「攻撃しなかったのは姉だけだ
った」という空しい事実だった。そして耳元に鈍い音が響く。

ゴガンッ!

 視界が暗転した。





「あっ! きゃーっ!! 攻撃しちゃった?!」
 慌てて武器を放り捨て、ゲンキへと走るヤガナ。どうやら彼は、像に頭をぶつけて気絶
したようだ。
 急ぎ包帯を取り出す。
「早く手当てを・・・・・・?」
 だが、突然立ち止まり疑問符を浮かべるヤガナ。気絶していたゲンキの手が「止まれ」
といった風に上げられている。
「に・・・・・・」
 ゲンキが弱々しく呟く。どうやら、気絶してはいなかったらしい。
「に・・・・・・に・・・・・・げ」
 ゲンキは焦った。ヤガナは気付いていない。ホールを満たしている瘴気に。 
「に? 何だか分からないけど、とりあえず手当てを」
「逃げろっ!!』
 瘴気が収束し、空気が爆発した。衝撃でヤガナが数Mも吹っ飛ばされる。
「な・・・・・・何? ・・・・・・」
 そう彼女が呟いた時・・・・・・視界が暗くなった。今の爆発で照明の数が減ったのだが、そ
れだけではない。
「ゲ・・・・・・ゲンキ・・・・・・様・・・?」
 ヤガナが声を震えさせる。目の前には、背中に巨大な闇を翼のように広げたゲンキがい
た。この翼が光を遮っているらしい。
 顔が影になって見えないが、目があるであろうあたりが黒い輝きを放つ。
『・・・・・・逃げろ・・・ボルツ達を連れて・・・・・・早くここから・・・・・・・・・・・・離れろ』
 叫ぶなりゲンキが自分の周囲に結界を張る。自分を動けなくするための結界だ。
『・・・・・・・・・・・・魔族』
 必死で何かに抗うような表情を見せるゲンキ。その翼のような闇が膨張していって結界
に亀裂が走った。
『おとなしく・・・・・・! ・・・眠れレミ・・・・・・!!』
「ゲンキ・・・・・・さ・・・?」
 ゲンキが叫ぶ。ヤガナにではない。自分に向けて。自分の中にいる者に向けて。
『出てくるな・・・・・・!』
 どんどん大きくなる翼。すでにホールの天井が侵食されて崩れ落ちてきている。ゲンキ
の表情も苦しげに歪む。

───ウゥオン───

 奇妙な音がして、ゲンキの周囲に螺旋状に青い帯が走る。時にそれは大きさを変え、波
や炎のように揺らめく。
 それを震えながら見ていたヤガナだが・・・・・・。
「・・・・・・今、助けるわ!」
 無謀にもゲンキに向かって駆け寄ってきた。
『!?』
 一瞬、そちらに気が逸れる。その一瞬で、『出てこようとする者』には事足りた。

ギギャガァアアアアアッ!!ガシャーン!

「結界が?!」
 ヤガナが立ち止まる。ゲンキ自身を封じていた結界が砕け散った。翼が一気に膨れあが
る!
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
 やっと解放されたというように・・・・・・姿までもが変わったゲンキが歓喜の声を出す。
 まず、全身が漆黒に染まっている。ネガを反転にしたように。
 背後に、背中から数cm離れた場所に黒い巨大な翼が現れている。ヤガナに近付いて来
るため、ホールの壁を削りながらその翼が蠢く。
 バンダナが無くなっていた。どこかに落としたらしい。代わりに、バンダナが無くても
長い髪が視界を妨げる事は無さそうだ。何かで縛っているかのように、頭のうしろで括ら
れている。

ザッザッ ガラ ゴガッ! ザッザッ

「何・・・・・・何なの・・・・・・?」
 ヤガナが後退る。ボルツと財布が気絶している場所までは遠い。駆け寄る前に、ゲンキ
に追いつかれるかもしれない。
「何でこんな・・・・・・」
『弱っていたからさ』
「え?」
 呟きに意外にも返ってきた答えに、ヤガナが呆気に取られる。それに、ニヤッとゲンキ
が答えた。
『無駄な再生や復活を繰り返していたからな。俺の魔力も少々弱まっていたらしい、だか
ら「俺」が出て来れた。あれ? 間違ったな、弱まっていたのは「ゲンキ」だ』
 ニタニタと説明するゲンキ。性格が変わっている。
「あなたは・・・・・・何? 二重人格・・・?」
『おっと近いな・・・・・・よし、だいたい正解だから特別に最初はあんただ』
 ヤガナの言葉にゲンキが笑みを浮かべる。「獲物が見つかって嬉しい」・・・・・・そんな感
じだ。
「何が最初か知らないけど、やれるものならやってみなさい! 元に戻してあげるから!」
 ジャキッ! と再びどこからともなく大量の銃火機を取り出し、黒ゲンキ(命名)に銃
口を突きつける。
『それはそれは・・・・・・人間ってな勇敢だねぇ? それでこそ滅ぼしがいがある。魔族とし
てな』

ギャギインッ!!

 2つの青光が黒ゲンキの両手に収束し、長い剣になる。いきなり武器を使うあたりゲン
キと違う。どうやらこっちは、魔力を全開で使う事にも抵抗が無いらしい。
『さて・・・・・・楽に滅ぼして』
「駄目よ」
 両手を広げ、ヤガナへと近付こうとした黒ゲンキに横から声がかかる。スッと流れるよ
うな柔らかい声だった。ビクッとする黒ゲンキ。
 その声はヤガナではない。財布ちゃんでもない。男のボルツなど論外である。
『まさか・・・・・・あ・・・』
 黒ゲンキの表情が歪む。そして、目だけが元に戻った。
「ゲンキ・・・・・・L様はそんな事をして欲しくないはずよ」
『姉ちゃん・・・・・・』
 額を押さえて黒・・・・・・いや、ゲンキがうめく。何とか一時的に意識が戻ったらしい。
 それを見て出てきた女性──ゲンキよりいくつか年上で、輝きを放つ黒髪と、眉目秀麗
な顔立ちの女だ。彼女は、近付いて行ってゲンキの髪に触れる。
「L様があなたを連れてきた理由を忘れないで。そして、レミを否定しないで受け入れて
あげて・・・・・・あの子もあなたと同じ・・・・・・私の弟よ」

サラ・・・・・・

 彼女が髪を梳くと、不思議とゲンキから苦しさが消えた。異常に高まっていた興奮が収
まっていく。
『でも、あいつは魔族だ・・・・・・出たら人間を滅ぼそうとする」
 ゲンキの姿が完全に元に戻った。唖然とするヤガナ。一体この黒髪の女は何者だろう?
ゲンキの姉らしいが・・・・・・。
「だったら話し合いなさい。あなた達は元々1つ。絶対に分かり合えるわ」
「そんなもんかな?」
「そうよ」
 ちょっと拗ねたような表情のゲンキに微笑む彼女。それを見た者は何となく寂しさを覚
える。
「じゃあ、また会いましょうゲンキ。それにレミ・・・・・・」
「?! ──璃那(りな)姉ちゃん!?」
 突然、彼女──璃那の姿が揺らぐ。慌てて、泣きそうな顔で手を差し出すゲンキ。
「まだ全然話せていないだろ! 待ってくれ!!」
 だが、差し出した手は空を切り、声は空しく砕けた天井からのぞく夜空に響き渡る。
「・・・・・・くそっ!」
 苛立たしげに床を殴り付ける。だが────!
「何が『くそっ!』ダスかあぁぁぁああああああっ!?」

ゴガシャアッ!!

「頭が!? 頭があぁぁああああああああっ!!?」
「眠ってるオラをよくも盾にしてくれたダスな!! 財布から全部聞いたダスよ!!」
 後頭部にガレキが直撃し、ゴロゴロ床をのたうち回るゲンキにボルツがビシッ! と指
を突きつける。
 額に怒りマークが浮かんでいるが、それは一旦無視して。
「ちっ! 財布め生きてたのか!」
「それは計画的な犯行ととっていいのね!」

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!

「ひあぁぁぁああああああああああっ!?」
 どうやら聞いていたらしい(当たり前だ)財布ちゃんの怒りの電撃でゲンキが悲鳴を上
げる。ボルツが「フッ」と勝利の笑みを浮かべてから、
「ザマーミロダス! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」
 と、更に高笑いする。なんか悔しい。
「おおっ!? そういえば忘れてたけど、ヤガナは?!」
 本人が聞いてたら怒りそうな事を言って財布ちゃんがヤガナのいた場所を見る。だが、
何時の間にか彼女は消えていた。ドサクサ紛れに逃げたらしい。
「げっ! ルビーは無事ダスか!?」
「僕の体よりルビーの方が心配かいっ! というツッコミの虚しさは知ってるから即答し
よう! 無事だ!」
 ボルツの声に、早くも復活したゲンキが答える。ちなみに全然「即答」じゃない。
 それで3人がルビーを見ると、ガラスケースに多少割れた個所などが見られたが、ルビ
ーは無事だった。盗まれていない。
「よっし! これで僕等の依頼料も安泰!」
「珍しいんじゃないダスか!? オラ達が依頼を成功させるなんて!!」
「わーい♪ これで、サンマばっかりの生活から抜け出せるー!!」
 口々に「借金も減る」と喜び合う3人。彼等が依頼を成功させるなど稀なのだ。(笑)
「あ、そういえば僕のバンダナは・・・?」
「落としたんじゃないダスか? お前魔族化したらしいダスし?」
 そのボルツの答えに、ゲンキは大慌てで彼等にも頼んでバンダナを探すのだが・・・・・・。
「無いっ!? そんな?!」
「こっちにも、あっちにも、そっちにも無かったダス」
「ガレキの下にも無さそうよ?」
 3人で探してもバンダナは見つからない。どうやら魔族化の時に消滅したらしい。
「そんなあぁぁぁあああああっ!? 服は無事なのにぃいいいいいっ?!」
 涙するゲンキ。どうやらあのバンダナは相当気に入っていたらしい。ボルツがその肩に
手を置く。
「まあ、犬に噛まれたとでも思うダスな」
「何か違わない?」
「300円もしたバンダナがあぁぁぁあああああああっ!!」
『んなもんで泣くな!!』
 ボルツと財布ちゃんのダブルツッコミ(蹴り付属)がゲンキを沈黙させる。その背中に
・・・・・・黒い文字が浮かび上がっている事には・・・・・・まだ誰も気付いていない。





「うふふふふ♪ うふふふふふふふふふ♪♪ まさか、あの方が、あんなにお強いとは思
わなかったわ♪ でも、そこもまたカッコイイですわ♪」
 迎えに来た車の中・・・・・・ヤガナはひたすら嬉しそうに何かに頬擦りしていた。
「どうされました、お嬢様? 今日はとても楽しそうでございますね?」
「ふふふふふふふ♪ わかりますか、相模?」
 そう言葉を返すと少女は耳につけているピアスを「ピコッ♪」と押す。

ブゥン!

「聞いて驚いてはいけませんことよ、相模?」
 一瞬、彼女の周囲を靄が覆ったかと思うと、次の瞬間には彼女は黒髪黒目、白い肌に白
いドレスを着たおっとりした感じの少女に変わっていた。ゲンキが昼に会った少女──可
奈である。
「ははは、私が驚くような事ですか? 私はお嬢様が゛快盗゛などをされると言われた時
にはもう・・・・・・」
「ルビーの所にゲンキ様がおられましたの♪」

ガン! ギギキキキキィィィイイイイイッ!!!

「あら、相模? どうされましたの、車など止めて?」
 頭をガラスにぶつけて車を急停止させる相模。可奈はボーッとしている。どうやら、変
身次第で性格も変わるようだ。
「正体がバレたのですかお嬢様っ!?」
「あら、そんな事はありえませんわ?」
 と、相模の質問に可奈は髪の下に隠れたピアスを指差す。
「このピアスで変身していましたもの」
「そ・・・そうでございますか・・・・・・」
 安堵のため息をつく相模。どうもこの主人といると心労が絶えない。
 ちなみに、このピアスを使うと頭の中でイメージしたものに変身出来るというおもちゃ
屋さん必見のアイテムだ。(爆) 
「それでお嬢様・・・さっきから何をお持ちで?」
 さっきから可奈は手に持った物を大事そうにしている。変な物ではないか気になる。そ
れに、彼女は肝心の「<マゼンダ>」は盗んで来なかったそうだ。世界最大のルビーより
大事な物・・・・・・気になる。
「これですか? ゲンキ様のバンダナですわ♪」
「バンダナ・・・ですか? では、後で洗濯しておきますのでお貸しください」
 薄汚れたバンダナなど主人にいつまでも握らせておくわけにはいかない。相模が後ろを
見ずに手を差し出すと、可奈はこう答えた。
「駄目ですわ」
「何故です?」
「ゲンキ様のバンダナは私以外触れる事を禁じます♪」
「・・・・・・」
 相模が沈黙する。同時に嘆息もする。こういう強硬手段に出たときの主人は、何を言っ
ても聞いてくれない。
「分かりました、では御自分で洗濯なさるのですね?」
「そうですわ♪」
「では、屋敷に戻りましょう」
「いえ、その前に寄っていただきたい場所があるのですけれど?」
 その言葉に多分に期待感が混じってるのを悟り・・・・・・相模は嫌な予感を覚えた。





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「オチ、そして」




深夜のじゅらい亭・・・・・・

「依頼料・・・・・・無し・・・・・・ですか?」
「はい♪」
 にこにこ笑顔で言い放つ風舞。脳みそが凍り付くゲンキ&ボルツ。店内の客達も流石に
沈黙する。
「あ・・・あの? ルビーは守りましたよね?」
「そうダス! オラ達はヤガナも追い払ったダスよ?!!」
「でも聖堂を壊しましたよね?」
『う゛っ・・・・・・・・・・・・』 
 風舞の一言にゲンキ&ボルツも言葉を詰まらせる。これには流石に反論出来ない。
「修理費が10万ファンタだそうですよぉ? もちろんお・2・人・が・返してくれるん
ですよね?(怒りマーク)」
「破壊したのはゲンキとヤガナ・・・・・・何でオラまでが・・・・・・」
 ボルツが床に膝をつき打ちひしがれる。目薬をさして嘘泣きしているところが彼らしい。
「ああ・・・・・・世の中って悲しひ」
 ゲンキが近くにいた幻希から酒を引ったくると、涙しつつそれを飲み干す。幻希が「金
返せ!」と騒ぐ
 がそれは無視する。すると──。
「大丈夫ですわゲンキ様! 世界は素晴らしいものですわ!」
「そうですねっ!! きっといつか!! ・・・・・・は?」
 突然の声に反射的に相づちをうってからゲンキは気付いた。こんな声知らない。
「あらゲンキ様? 私をお忘れですか?」
 後ろを振り返ると黒髪の美少女がいた。どこかで見たような顔だ。必死で記憶を探る。
「忘れた」などと言うのは失礼だし、幻希とクレインが睨んでるのも怖い。
「う〜ん? ・・・・・・ああっ!? 朝の!!」
「そうですわゲンキ様!! やっぱり覚えててくれたのですね!!」
 ハッと気付くゲンキに嬉しそうに感涙までする少女。覚えてるも何も・・・・・・朝っぱらか
ら道端で凶悪な攻撃(?)を二度もしてくれた相手をそう簡単に忘れられるはずがない。
第一、こんなキャラクターを忘れる方が難しい。
「どなたですゲンキさん?」
 ゲンキが驚いていると、それまで某「A○」を読んでいた矢神が質問してくる。しかし、
ゲンキだって知らないのだから答えようがない。返答に悩む。すると、少女の方が先に答
えた。
「私は今朝ゲンキ様に助けていただいたのです! というわけで、私この店の常連になり
ますわ!」
『えええぇぇぇぇえええええええええええええええっ!!!!!????』
 一瞬で店内が騒然とした。さっきまでゲンキ達に借金を加算する作業をしていた風舞な
ど、少女の説得を始めている。
 曰く、
「やめておきなさい!」
 だそうである。こんなか弱い少女が暴走に巻き込まれたら・・・・・・そう案じたのだろう。
 だが、少女の決意は固かった。ゲンキにとっては難儀な事に。
「私、元上院可奈と申します! 皆さんよろしくお願いします!!」
「ああっ!? 何が何だかぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ゲンキが頭を抱える。「自分の知らないところで何が起こったのだろう?」と本気で思
案する。
「というわけで、ゲンキ様っ! 今日からお世話になりますっ!」
「え? うわぁっ!? ひ、姫っ! 広瀬さんっ! 鏡花さん! 幻希でも、ああっ!?
誰でもいいからヘルプ・みぃいいいいい!!」
 抱き付かれて真っ赤になって助けを求めるゲンキ。常連達は笑いながら「春ですねぇ」
などと言う。
「何が春ですか! 僕に春なんて断固として似合いません! わっ、可奈さん放してーー
ーーっ!!」
「部下G! 頑張れ! でも女の子を泣かしたら滅火喰らわすからな!」
「にゃー、楽しそうだにゃぁ♪ フェリも遊ぶにゃぁ♪」
「駄目です、フェリさん。『邪魔』しては(笑)」
 言いつつ早速に『滅火』を生み出す幻希。フェリが2人に駆け寄ろうとして矢神に引き
戻される。
「ゲンキ様♪ 矢神さんの言うとおりですわ♪ さあ、お茶でもどうぞ♪」
「いえ、とりあえず手を放してくださいってば!!?」
 さすがに暴れて逃げるわけにもいかず四苦八苦するゲンキ。可奈が抱き付いたまましつ
こく紅茶を差し出す。それを聞いていたJINNと矢神が顔を見合わせる。
「・・・・・・なんであの娘さん、矢神さんを知ってるんでしょうね?」
「さあ?」
「私が調べましたから」
 その声にJINNと矢神がカウンターの方を向くと、執事姿の青年が軽食など食べていた。
誰だろう?
「でーいっ! ラッピング!!」
「何でオラがっ!?」
「ゲンキ様、今の何という魔法なのですか?」
 ついにキレたか、可奈ではなくボルツや幻希、果てはじゅらいにまで攻撃するゲンキ。
見境が無い、暴走している。
「ああっ!? 何時の間にか大暴走?!」
 ソルクラッシャーをゴルディオン・ハンマーで弾いたじゅらいが頭を抱える。だが、今
日は風花がいるので店は修復してもらえるだろう・・・・・・そう考えて落ち着いたらしい。グ
ラスを磨き始める。
「可奈さん放してぷりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃずっ!!」
 半泣きで周囲に魔法を連打するゲンキ。誰も助けてくれないので、いじけているらしい。
「可奈嬢ちゃん放れろっ!その馬鹿斬ってやる!!」
「プロークン・ファントム!!」
「拙者のイラストが燃えるうゥゥゥううううっ!? おにょれゲンキ殿っ!! 滅・殺・
決定!!(中指立てる)」
「ぱりーん!」
「だぁっ!? ヴィシュヌ! トール! オーディン! シヴァ!!」
 暴走が常連の間に光の当社比5倍の速さで伝わっていく。だが、それでも可奈は放れよ
うとしない。
「とりあえずゲンキ様ゲットですわっ!」
「僕はポケ○ンですかあぁぁぁぁぁああああああああっ!?」
 財布ちゃんに「あんたがもてるなんて一生に一度よ」という説得力のあるツッコミをさ
れながらも、なんとか逃れようとするゲンキ。今後一生もてなかろうが、とりあえず逃げ
たい。
「レミのバカヤロウ! 都合のいい時だけグースカ眠りやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
ぇぇぇぇぇっ!!」
 わけの分からない叫びを上げるゲンキ。こうなったら周囲は皆「敵」だ。女性は別とし
て。
「ゲンキさんっ! そんなに嫌なら髪を白く染めなさい! 万事解決です!!」
 星忍がナイスな提案をする。ゲンキは「なるほどっ!」と納得し、いつものように分裂
する。
「ゲ・・・ゲンキ様が4人! ・・・・・・と、似てない方がお1人?」
 ヤガナがゲンキルリを見て怪訝な表情になる。
『暴走戦隊! バッドマン!!』
 ゲンキ’ズがいつもの「背景爆破」をやってから暴走する。結局暴走度が4倍になった
だけだ。
 「お得ですわ!」と喜ぶ可奈。ゲンキルリが他の4人を止めようとするが、矢神に茶を
すすめられてついついゆっくりと話してしまう。幻希が滅炎竜を召喚し、ボルツが天井に
突き刺さる。じゅらいは、大家と世間話を始めるし、イラストを燃やされた焔帝が怒りの
炎輝孔を連打する。クレインなどはわけが分からない。


 ゲンキの中でレミは考えた・・・・・・
「・・・出なくてよかった・・・・・・」


 半泣きながらも、実は楽しそうなゲンキに奥のテーブルに何時の間にか座っている璃那
が微笑む。
「・・・・・・また・・・ね」
 その姿が揺らぎ消える。いなくなったのではない。彼女はいつもゲンキを見ている。


 ゲンキは悩んでいた。色々と。
 だが、まあ・・・・・・。
「なんとかしよう」
 可奈からは解放されたものの・・・・・・滅炎竜に喰われながらひとりごちる。魔力は回復し
ているから何度でも復活は出来る。
「L様と姉ちゃんに期待されてんだし・・・・・・っと!」
 ミニサイズに変身して滅炎竜から逃れる。だが、今度は可奈とフェリに追い回される。
「魔王の道は険しいなぁ♪」
 楽しげに逃げるゲンキ。風花の肩に乗っていた真竜の頭に乗って逃げる。
 元は人間でも今は魔族。いや、生まれた時から魔族なのだし・・・・・・。そこまで考えてゲ
ンキは背中に手を当てる。黒い文字・・・・・・気付いてはいる。だが。
「ゲンキ様、その竜さんとお友達なのですか?」
「え、あ、はい!」
 考え事をしている最中に可奈が顔を覗きこむ。何時の間にか暴走は終わっていたらしい。
当事者の自分が気付かなかったのも間抜けだが。
「ゲンキ様、どうされました? 顔色が優れませんね?」
「う・・・・・・」
 その言葉より、覗き込んでいる顔に心臓の鼓動が早くなる。L様ならこんな事はないの
だが?
「と、とりあえずっ!」
「とりあえず?」
 ゲンキが元のサイズに戻ってテーブルの上に立ち、叫ぶ。店内の視線が彼に集中した。
「僕に春は似合いません!」
『何だ、そりゃ?』
 容赦無いツッコミが返ってきたが無視する。かなり恥ずかしいが、何故か可奈の時より
はマシだ。


 ようするに・・・・・・この日、魔王は2つ盗まれてしまったのだ。
 バンダナと、そして・・・・・・。



 最後に・・・・・・「じゅらい亭」に春は来るかっ!?(謎)



                                      終り






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