みーんみーんみーんみぃ〜〜〜
「うーむ、夏だねぇ。」
「夏ですねぇ。」
じゅらい亭の一階で、じゅらいと矢神が団扇をぱたぱたやりつつ、くつろい
でいる。
開け放たれた窓から、店内を爽やかな風が吹き抜ける。
「夏だねぇ…。」
「そうですねぇ…ふぁぁ。」
じゅらいは壁に貼り付けられた何かを眺めながら、また同じセリフを言った。
矢神も律儀に返事をし、大きなあくびをした。
じゅらいの視線の先にあるもの…それは一枚の張り紙。
『 冷やし中華、はじめました。』
「はい、エビス…」
一言つぶやいて、矢神は眠りにおちた。
じゅらいは、ぼんやりと窓から空を見上げた。まさに底抜けの青。ぼそっと
つぶやく。
「海、行くか…。行くならやっぱ…あそこかなぁ…」
(昼寝したら、風舞に相談してみよう)
そう考えると、じゅらいも長椅子に寝そべり、眠りに落ちていった…。
『真夏のじゅらい亭日記』第一話
【魚と少女と宇宙船】
(1)
「・・・がちょーん」
初夏のまぶしい日差しの下で、クレインは呆然としながらつぶやいた。
寝起きの眼をごしごしこする。
最近忙しかった彼は、昼になるまでグッスリ眠っていたのだ。
ザザーン…ザザーン…
「ご主人さまぁ、海ですねぇ〜」
ヴィシュヌが感動したように言う。
そう。じゅらい亭の2階に滞在しているクレインが、起きてまずバルコニー
に出ると…外は海だった。
きらめく水面、打ち寄せる波の音、そして潮のにおい…。そこは間違いなく、
夏真っ盛りの海だった!
「ねぇねぇ、ご主人さまぁ!海に入ってみましょうよぉ〜♪」
まだぼうっとしているクレインの腕を、うきうきしながらヴィシュヌが引っ
張っていく。
「こんなこともあろうかと、水着買っておいて良かったですぅ〜」
部屋に戻りながら、クレインはもう一度外を振り返る。
そのとき浜辺から、若い女の子の歓声が聞こえた。
その瞬間、「キラーン!(◎◎☆」とクレインの眼が光を放つ!
「ご主人さまぁ?今日は‘なんぱ’は禁止ですよぉ〜!」
ヴィシュヌが気配を察して釘を指す。
「がちょーん」
でも大丈夫さ、クレイン。――夏は、これからじゃけん!!!
「明日はお仕事ですよぉ?」
しくしくしく。
頬に涙の跡を残したクレインが、なんとか立ち直って一階に降りて行くと、
そこにはもうほとんどの常連が集まってランチタイムを楽しんでいた。
なぜか男性は全員、アロハを着ている。女性は様々だ…サマードレスあり、
水着にパーカーあり…。
カウンターで談笑していたじゅらいが、クレインに気付いて声をかけた。
「あろはー、クレイン殿とヴィシュヌちゃん。」
「あ、あろは〜。」
「あろは〜ですぅ♪」
「驚いた?いきなり海で。」
「当たり前ですよ!なんでいきなり周りが南国パラダイスなんですかっ。
どーしてオレのレーダー範囲内に水着ギャルを示す光点が密集していて
なんでオレはナンパ禁止なんですかぁぁぁっ♪」
「まぁまぁ落ち着いて…」
絶叫するクレイン。だがその台詞の最後に「♪」マークが付いている所か
ら、こっそりナンパに行く確率は97%であった。(計算:ゲンキ諜報員)
クレインの陰謀(?)に気付いたヴィシュヌは、完全にジト目。
サマードレス姿の風舞が、クレイン達に軽い朝食を持ってくるのを見なが
ら、じゅらいは説明する。
「夏の間は、じゅらい亭をこの海岸に移動させたんですよ。つまり海の家
として夏の間は営業しようかなーと思いましてね。」
「移動って…じゃぁセブンスムーンのじゅらい亭は?」
「そのまま有りますよ。夏季休業ってことにして、ここの地図を張ってき
ました。ここってセブンスムーンのサブマリンストリート沿いなんです。」
「なんだ、じゃぁ意外と近かったんですね。」
「ちなみにこのじゅらい亭は、ロケットペンシル構造の中のオプションで、
『7番』と呼ばれるもの…すなわち『夏専用じゅらい亭』なんですよ。」
「ああ、なるほどぉ…それでオレは寝たまま連れてこられたんですねっ♪」
「そーゆーことです。いきなりごめんね(^^;)」
「海辺に住めるなんて素敵ですぅ〜♪ね、ご主人さまぁ♪」
「ああ、そうだな。…お願いだから服を離してよヴィシュヌ。」
「だぁめですぅー!」
一通り説明が済んで納得したクレイン達は、朝食を摂りにテーブルにつく。
入れ替わるように、眠兎とみのりがカウンターにやって来た。
「マスター、ブルーハワイお願いします…って、あれ?このメニューって
オリジナルカクテルですか?」
「うん、じゅらい亭12のオリジナルカクテルなんですよ。」
「あ、この最初の5つは…看板娘さんのイメージでしょ?」
「うわ、ばればれですかっ?」
照れるじゅらい、冷やかす眠兎。
その隣りでじっとメニューを見ていたみのりが、ふとあることに気付いて
口を開く。
「…マスター、ここには11種類のカクテルしか書いてありませんよ?」
「ん?ああ、そうだったね…。」
じゅらいは、何かを懐かしむような…少し寂しげな微笑みをうかべて言う。
「最後のカクテルは、年に一度しか作らないんだ。だからそこには書いて
ないんだよ。」
「…年に一杯だけのカクテル…」
「もしよければ、その話を聞かせてもらえませんか?」
ふと見まわせば、他の常連もみな興味津々といった表情でうかがっている。
じゅらいに寄り添っていた風舞が、そっとカウンターの棚の奥から繊細な
作りのカクテルグラスを取り出した。
優しい風が、カーテンを揺らす。
(あの日も、こんな風が吹いていたな…)
じゅらいは風舞からグラスを受け取ると、そのアクアマリンの色をした、
揺らめく光にうながされるように口を開く。
「カクテルの名前は『魚と少女と宇宙船』。初めて作ったのはそう――」
穏やかな夏の午後、じゅらいの思い出話がはじまったのだった。
(TO BE CONTINUED)
後書き:クレインさん、ごめんなさい!(切腹)埋め合わせは必ずします!
ちなみに『魚と少女と宇宙船』は、【星方武侠アウトロースター】の中の
『猫と少女と宇宙船』というお話しからとらせて頂きました。内容は全然
チガウんですけどね。『猫と〜』は、とても好きなお話しです。
じゅらい亭のある街の名前は【セブンスムーン】ということで…だめ?