じゅらい亭日記 花瓶的

じゅらい亭『借金帳簿日誌』より抜粋
投稿者> 花瓶
投稿日> 04月07日(火)23時55分26秒



【じゅらいIN樹海】



「…………おや、ここは……………?」
  冒険者の店『じゅらい亭』の店主じゅらいは、真っ白い空間に一人たたずんでいた。
  場所を把握しようにもここがどこなのかも分からなかった。今、じゅらいは視界を霧に
さえぎられ伸ばした手の先すらも見えていないのだ。
  しばらく「どうしたものか」とじゅらいが思案していると、丁度目の前に建物の影が
うっすらと見え始めた。
「ああ、そうだ。拙者は店に戻ってきたんだった」
  じゅらいがそう思った瞬間、目の前の霧は晴れ、『じゅらい亭』だけがポツンと浮かび
上がってきた。
  それはまるで非現実的にじゅらいの目には映った。現に今も霧はじゅらい亭以外の辺り
一面を真っ白におおっている。
(おかしいな)
  一瞬、あたりまえの疑問が頭の中に浮かんだのだが、意識の別の所で妙に今の光景を受
け入れている自分があり、結局はそれに押し切られる形でじゅらいはそれ以上考えること
をやめた。

  ギイ、と音をたてて入り口を開けるじゅらい。店にはいつもの見知った顔ぶれがいくつ
か見えた。カウンターにも誰かが立っている。それはそうだろう、自分がいないときは看
板娘達が店番しているはずなのだから。
「店番ありがとう………………あれ?」
  カウンターに立っている人の顔がぼやけてみえた。自分がよく知っている人だという事
はは分かる。いや、何をいっているんだ。あれは……………そう、あれは風舞ではないか。
「あ、ああ。風舞だったか。店番ご苦労さん」
  じゅらいが声をかけた途端、曖昧だった人物像がハッキリしてきて、風舞がニコッと微
笑んでこっちの方を向いた。
「どうしたんですか、じゅらい様?今日は帰ってこなかったんじゃありませんでしたか?」
「いや、ちょっとぶらっとしてきただけだけど?」
「え、でも……………………説得はどうなったんですか?」
「説得って………」
  一体なんの話?というじゅらいの言葉をさえぎって、勢いよくドアをぶち破って入って
きた影が三つ。矢神、noc、このは、の三人だ。
「さ、三人ともどうしたんですか!?そんな乱暴な……………!」
  いつも大人しい三人の豹変ぶりに少々驚きつつも、ドアを壊された事に少しむっとしな
がらじゅらいが声を上げる。
「乱暴……………?いやだなあ、何をそんなにおこってるんです?」
  さもおかしそうに矢神が笑う。それと同時に左右に控えていたnocとこのはが矢神に
合わせて笑い出す。
「ストップ」
  矢神が手を上げて合図すると、二人とも同時に笑いをやめる。妙に手慣れたしぐさだ。
「壊したドアの修理費ぐらい、いつでも出して上げますよ。…………風舞さんを連れて
いってもいいのなら…………ね」
「なんだって!?」
  じゅらいは驚きの声をあげ、カウンターに立っていた風舞は少し悲しげな顔をする。
「ふっふっふっ…………今日の昼が借金返済のタイムリミットだったんですがね。期限延
長の条件にも入れておいたでしょう?『風舞の身柄引き渡し』と………」
  じゅらいの表情を見て、このはが何をいまさらとばかりに笑い飛ばす。
「借金が返せないのなら、かわりに風舞さんを連れていかないと私たちの身の安全が…」
  何を想像したのか、nocがブルッと震える。
「………nocさん、せめて普段はそんな事考えないでいきましょう………。いちいち
ヴィシュヌ様のこと考えてたんじゃ精神的に参ってしまいますよ」
  矢神がぽむとnocの肩に手を置く。横ではこのはが目頭をおさえ、大きく頷いている。
「……………ヴィシュヌ『様』?何故ヴィシュヌちゃんにそんな敬称をつけるんだい?」
  じゅらいの言葉に三人はビクッと震える。明らかに今の言葉に動揺しているようだ。
「そういえば…………昔、そんな呼び方をしていた時もあったな………」
「そうですね。今じゃ『世界の王』になってしまってるんですから………」
  nocと矢神が遠い目をしている。顔には笑みまで浮かんでいた。でもちょっと自虐
的っぽい笑みだ。
「世界の………王?ヴィシュヌちゃんが?」
  全くといって信じられないじゅらいは、二人の様子を見て呆然と呟く。
(朝早くに拙者が店を出てから、ここでは何があったんだ?)
  再び、脳裏に『違和感』を示す信号が明滅を繰り返しはじめたが、それもこのはの言葉
によってかき消されてしまった。
「…………という訳で、風舞さんは頂いていきます!」
「はっ、いつのまに!?」
  見ると風舞をロープでグルグル巻きにしたこのはが、わざわざじゅらいに向かって風舞
を捕まえたという事を強調して言い放った。
「私の知らぬ間にそんな早業をかますとは………ナイスです、このはさん!」
  矢神がこのはに向かって親指を「ギュッ!」と立てた。
「ああ…………、じゅらい様。私は天国でいつもあなたを見守っています………。ですか
ら、『じゅらい亭』をいつまでも守っていってください」
  風舞がハラハラと涙をこぼしながらじゅらいに向かって、今生の別れとばかりに言っ
た。それを見たじゅらいは慌てて三人に問いただした。
「ま、待て!いったい風舞をどうするつもりなんだ!!」
「決まっているじゃないですか…………身体を洗ってもらうんです」
  じゅらいの言葉にnocの口からでて来た言葉は、じゅらいを唖然とさせるのには十分
だった。
「おお、さすがだnoc!なかなか思いつかないような事を!」
  矢神がnocに向かって感嘆の言葉をもらす。
「ちなみに私は『デマドの遺産』保管庫の整理を」
「私は部屋の模様替えを手伝ってもらおうと思ってます」
  じゅらいの言葉に三人は素直に答える。
「ほら、私の身体って銀で出来ていますからね。ほっといても自然に酸化してしまい、少
しずつ黒く汚れていってしまうんですよ。でも、風舞さんに洗ってもらえば大丈夫。また
綺麗になれます」
「それは他の人でもいいのでは………?」
「やっぱり風舞さんだと、危険な遺産でも正しい知識と正確な技術をもって整理してくれ
ますから、頼んだこっちとしても安心できます」
「整理するのに『技術』ってなんなんですか!」
「一人で部屋の模様替え、ってのは結構つかれるもんなんですよね。でも風舞さんに手
伝ってもらってくれれば………」
「それこそ誰でもいいでしょーがっ!模様替えの手伝いなんて」
「あの空に瞬くお星様はね、いつも私を見守っていてくれた。でもこれからは私もその中
の星の一つになって、世界中の人達に愛を振りまくの………」
「か、風舞……………?拙者の声が聞こえるかー?」
  四者四様、それぞれが勝手なことを言っている。じゅらいのツッコミもまるで意に介さ
ない。
(そ、そうだ!だれかに助けを求めればいい!!)
  誰かが頭の中でそう囁いた気がした。じゅらいはその『意志』に逆らうことなく行動に
移した。
  もちろん、店内でこれだけ騒いでいたのに何故誰も気がつかなかったのか?などという
疑問は浮かばなかった。


続く
URL> 大家:約束は守りました>じゅらいさん

『借金日誌』後編
投稿者> 花瓶
投稿日> 04月08日(水)00時18分33秒

続き


「幻希さん!ゲンキさん!ボルツさん!………三人とも、ちょっと手を貸してください!」
  一つのテーブルを囲んで雑談をしていた三人に向かって、じゅらいは声をかけた。
「あン?………ああ、じゅらいさんか。俺は今休暇中なんだよ。すまないが他あたってく
れや」
「それじゃあ仕方ないですね。ゲンキさんとボルツさんは?」
「あ〜〜〜〜〜〜〜ボルツさんや。お茶が美味しいねえ」
「うーーーーーーん、そうダスなあゲンキさん。やっぱりこの花瓶で沸かしたお茶は喉ご
しが爽やかダス」
  ボルツは自分の代わりに、と花瓶を指差した。見ると、ガスコンロ(あるのか?)の上
で花瓶がやかん代わりにお湯をわかしている。
「か、花瓶さん?何をしてるんですか?もし手が空いているのなら………」
「お湯を沸かしているときは花瓶とは呼ばず、かっこう良く『鉄瓶』と呼んでくださいな」
「て、鉄瓶ですか………?じゃあ鉄瓶さん、ちょっと手を………」
「駄目っす」
「………そですか」
  じゅらいはゲンキ達がいるテーブルから離れた。

「レジェさん!橙爽ちゃ…………ん?」
  じゅらいはレジェと橙爽に声を掛けようとした。二人はカウンター席に座っていたが、
いつもと雰囲気が違っていた。
「橙爽……………」
「ご主人様……………」
  二人ともみつめあっている。レジェはやさしげな瞳を橙爽に向け、橙爽はうっとりとし
てレジェを見つめ返す。橙爽の頬はうっすらと朱に染まっていた。
「あれ?あ、あのー…………」
  二人の間に果てしなく広がる雰囲気に飲まれ、じゅらいは声をかけようか迷っていると、
「おまたせしました。スペシャルカクテル、『アクアマリン』です」
「クレインさん?何やってるんですか、タキシードなんか着て。それに、うちの店にカク
テルつくる道具なんてそろってたっけ………?」
  じゅらいの疑問の声を無視して、クレインは二人にカクテルをつい、とだす。
「…………乾杯」
「………はい………」
  グラスを鳴らし終えると、二人はカクテルを一気にあおった。そしてレジェは橙爽の肩
をそっと抱き寄せて呟いた。
「ほら、見てご覧。今夜の夜景はすべて君の為に用意したものだよ………」
「素敵です、ご主人様……………」
「………どこに夜景が?」
  レジェと橙爽が一緒に見ている視線の先には、誰が先に風舞に仕事をしてもらうかもめ
ている矢神、noc、このは。それに加えて、既にロープから脱出した風舞が三人と仕事
に対する賃金交渉をしていた。
「橙爽………ごめん、もう駄目だ」
「いいんです、ご主人様。私だってもう耐えらないんですから」
「一緒に………」
「はい…………」
  二人はみつめあい、そして目をつむり…………………。
  ゴン。
  二人の頭はカウンターに落下、直撃した。聞こえてくるのは寝息だけ。
「いい夢を………」
  クレインはレジェと橙爽に毛布をかけてあげると、グラスを磨きはじめた。
  じゅらいはあっけにとられながら呟いた。
「ま…………………まあ、次行こうか」

  フェリ使いは猫状態で風花に蚤取りをしてもらっていた。
「じゅ、じゅらいさん!丁度いいにゃ!助けてにゃー!」
「フェリさん、わがままは駄目ですよ!」
  暴れるフェリ使いを風花は無理矢理押え込む。そして、フェリの身体から蚤を見つけて
は潰していく。
「にゃーっ!?次郎!三郎!花子ーっ!」
「蚤なんて『百害あって一利なし』です!」
「子供たちに罪はないにゃーっ!せめて殺すのは勘弁にゃー!」
「うふふふふふふ、潰す。蚤は、潰す………………」
  蚤を潰される度に悲鳴をあげるフェリ使い。そしてギラギラとした目つきで蚤を潰して
いく風花。
  風花の『まわりは目に入ってませんよ私は私の道を行くのよなんぴとたりとも私の前は
走らせないのよー!』的な勢いを止める事は出来ないと悟ったじゅらいは、フェリ使いの
悲鳴を背に受けながらその場を後にした。

  JINNは『大魔王ごっこ』なるもので勝負をし、勝ったら手伝うという事になった
が、勝負の内容がおもしろフェイスの壷の中にただひたすら入っているだけというもの
だった。結局は根負けしたじゅらいがJINN諦めるという形で勝負は終わったのだが。
「あれはコロッケではないでおじゃる!ハンバーグでおじゃるー!」
  去り際に、壷の中からそんな声が聞こえてきた。

  珍しく『じゅらい亭』に着ていた大家に声をかけようとしたじゅらいだったが、大家は
テーブルの上に乗せたありさんに向かって石を一つずつ落とし、しかもテーブルのふちは
火の海で逃げられないという非常に(ありさんにとっては)危険な遊びをしていた。
  じゅらいは大家を止めようとも思ったが、触れてはいけない領域であると本能的に
キャッチし、大家に気付かれないようにその場を離れた。

「駄目だ。助けが見つからない…………」
  じゅらいが途方にくれてしまったとき、誰かの声が聞こえた。
『じゅらい様!』
「ああ時音か………」
『じゅらい様……………………今こそ決着の時です!』
「決着?一体なんの話だ………?」
『駄目です!とぼけても駄目ですよ、じゅらい様!いざ尋常に、勝負!!』
  見ると、いつのまにか目の前にカンガルーがいた。気がつくと、じゅらいはリングに
立っていた。
カーン!
  時魚がならしたゴングと同時に、カンガルーはじゅらいに向かってダッシュした。
「おおっと青コーナーのワラビー選手、出だしから物凄い勢いだーっ!」
  マイクを握り締めながら、悠之は実況を開始する。
「小さい頃から牛乳とミルミルを毎日五ガロン飲んできたワラビー選手!成長した今では
誰もが一人前のカンガルーと認めております!それもこれも全てはじゅらい様と戦う為!
さあいけワラビー選手!まけるなじゅらい様!!」
  素晴らしいスピードでカンガルーの攻撃は続く。
  カンガルーに殴られたせいではなかろうが、じゅらいの意志はなんだかどんどんぼやけ
てきた。
(そう言えば、拙者は何をしようとしてたんだっけ………)
  そう思った瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
  さっきからじゅらいの中で引っかかっていた何かが、今ゆっくりとじゅらいの理解する
ところまで落ちてきた。
「そうか…………。拙者は夢を見ていたんだ」
  そして、じゅらいの目の前に光りが広がった。

「じゅらい様!じゅらい様!早く起きないとお店開けちゃいますよ!」
  目の前で風舞がじゅらいのほっぺたをピタピタと叩いていた。
「わかった………………今、起きる」
  ゆっくりと身体をベッドから起こし、ゆっくりと時計を覗く。
「寝坊だーっ!」
  ガバッと布団をめくると、じゅらいは慌てて飛び起きた。
「しまったー…………昨日遅くまで本を読んでいたのが響いたのか………」
「さっきから起こしていたんですよ?じゅらい様はさっきから全然起きる気配がなかった
し………どうしたんですか?今日にかぎって?」
  風舞の言葉にじゅらいは何かを答えようとする。
「いや………ひどく妙な夢をみていた気がするんだよ」
「え、どんな夢ですか?」
「んー………、確か風舞が出てきていたような………」
  じゅらいは少しずつ思い出しながら、風舞に話し始めた。
  そして、今日も一日がはじまる。



Fin


■INDEX■