じゅらい亭日記

異邦人 邂逅前
冒険者> 藤原眠兎
記録日> 05月15日(金)03時53分28秒






       −異邦人  邂逅前−





        周りに広がる一大パノラマ。
        そこは緑にあふれ、空気は澄み、そして遥か遠くでは飛竜がけたたましく吠え声をあげ
       ている。
       「ワイバーン、かな?」
       「そんな冷静に言わなくても…(汗)」
        広大な丘の上には青年と少女が一人。
        青年は年の頃は17、8ぐらいで、身長が180cm前後、自然な茶色の髪の毛に割と
       整った顔をしている。ありがちなマンガとかなら、主人公とヒロインを奪い合って最期に
       は潔く譲ってしまうタイプの顔立ちだ。ちょっと垂れ気味の目が人のよさをかもしだして
       いる。
        一方少女の方はというと、身長は150cmを下回るぐらいで、かなりの小柄だ。年齢
       は見た目12〜14才といったところか。黒めがちの大きな瞳、抜けるような白い肌、そ
       して腰まではある長い黒髪が印象的だ。ただ、青年に比べるといささか表情が乏しいよう
       だ。
        二人に共通する事だが、いささかTPOをわきまえない服装をしている。
        青年はジャケットにジーンズという「現代日本における」ラフな格好だし、かたや少女
       の方はといえば、黒いタートルネックの袖なしのシャツに、白いロングスカートといった
       やはり「現代風の」格好である。
        少なくとも、周りのファンタジー丸出しの景色にはいささかそぐわない。
       「やれやれ、まいりましたね。ファンタジー系のユニバースに出てしまうとは…」
        青年は頭を軽く掻きながらつぶやいた。
       「すぐに他のユニバースに…」
       「多分、できない。」
        青年の言葉に少女は間髪入れずに答えた。
       「何故です?みのりちゃん?」
        青年は首をかしげながら、訊ねる。
       「眠兎クンの能力、『空間を渡る力』には間違いはないの。」
       「ふむふむ」
       「だからここに移動してきたって事は、必要があるから。」
       「…つまりここではやるべき事がある?」
       「そう。でも、私にわかるのはここまで。後は揺らいでて分からない。」
        みのりと呼ばれた少女は確固たる口調でそう答えた。微塵の戸惑いも、迷いも感じられ
       ない。
       「そうですか、じゃあ、さし当たってはあれを何とかしますか」
       「そうね」
       「逃げるには、ちょっと遅いみたいですからね」
        眠兎と呼ばれた青年があごでさした先には飛竜が飛んでいた。ただしこちら側に向かって。

        飛竜は飢えていた。
        山を一つ越えれば人間どもの住む街があるが、あそこは危険だ。
        妙に強い住民が多い。
        かといって、普通の動物では面白くない。
        人間はいい。いたぶれば面白いし、うまい。
        そんな彼の目に丘の上に無防備に立っている一組の人間が映った。
        獲物が見つかったのは幸運だった。
        少なくとも、彼はそう思っていた。

       「あと100、50…射程距離!」
        眠兎は言葉を発すると同時に懐のベレッタを抜いた。
        そして、引き金をひく。

        痛みが走った。
        人間が奇妙なものを取り出すと同時にだ。
        マホウカ?
        そう思った次の瞬間には痛みがたくさん走った。
        身体から力が抜ける。
        シヌ?
        コノオレガ? 
        不運だったのは彼だった。

        轟音がした。
        飛竜が墜落した音。
        すでに飛竜は死んでいた。

       「さて、とこれからどうします?」
        眠兎は死んだ飛竜に目をやりながらみのりに訊ねた。
       「街…近くにある。そこで出会うの」
        いつものように確信に満ちたみのりの言葉。眠兎には慣れたものだが、奇妙ではある。
       「誰とです?」
       「たくさんの人と。仲間、友達…そんな人たち。」
       「そうですか…さしあたって、その街を探しますか」
        眠兎の言葉にみのりはこくりとうなずいた。

        眠兎はみのりを抱きかかえて軽くジャンプした。そして、そのまま宙に浮かぶ。
       「さすが「ヘルメス」ね。」
       「まあ、「移動」の力ぐらいしかないけどね」
        ちなみにヘルメスとは、ギリシャ神話における伝令や、移動をつかさどる神。女たらしで
       有名でもある。
       「しっかりつかまっててくださいよ。落としちゃうかもしれませんよ?」
       「大丈夫、信じてるから」
        みのりはにっこりと微笑みながらつぶやいた。
        眠兎は負けずに微笑むと、上空へと向けて飛び立った。

        じゅらい亭にたどり着くのはまだほんのちょっと先の話。










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        「夜」という名のとばりが下りる。
        「昼」という名の劇を終えて、世界は眠りへとつくのだ。
        それでも、演じ続ける役者のために、世界はとばりからほんの少しの明かりを漏らす。
        明かりの名は「星」。

        炎が燃える。あたりを照らし、暖めながら。
        焚き火が消えないように、眠兎は、注意しながら薪を炎にくべた。
        パチパチ、と爆ぜる音を立てながら、炎はゆっくりと新しい獲物をとりこんでゆく。
        焚き火から目を離すと眠兎は、星空を見上げた。
        小高い山の中腹にいるせいか、とても奇麗に星は瞬いていた。

        ここの星は奇麗だな…
        これだけでもみのりちゃんの言う通りにしてよかったかな? 
        もっとも今まで悪かったことはないけどね。
        そんな事を考えながら眠兎は傍らで眠るみのりに目を向けた。

        みのりはいつも眠兎が持ち歩いているデイバッグを枕に、毛布に包まって安らかな寝息
       を立てていた。
        白い肌が焚き火で赤く照らされて、黒髪と奇妙なコントラストを描き、奇妙な美しさを
       かもし出している。
       「ん…」
        寝苦しそうにみのりは寝返りをうった。
        眠兎はいつものように毛布をかけ直してあげた。
        そう、全くいつも通りに。
        だからきっと遠回りしたのもいつも通り。それがベストなことなんだろう、と眠兎はふ
       と思った。

        街へと飛翔する眠兎とみのりを夕日が赤く照らしていた。
        だがそれもだんだんと暗くなってゆく。
        何とか山を越えると、遠くに街の明かりがちらほらと見え始めていた。
        彼女はいつものように唐突に言い出した。
       「真っ直ぐ行くの、止めよう?」
       「どうしてです?」
        空中で、減速すると眠兎は腕の中のみのりに訊ねた。
       「『いそがばまわれ』って言うでしょう?その方が、近いこともあるから。」
       「…どっちの方に行けばいいんですか? 」
        眠兎はそれ以上訊ねずに、にっこりと笑った。
        みのりは黙って遠くの山の方を指差した。
        別にこれ以上の説明も会話も必要無かった。
        答えは一つ。お互いを信じているから。
        
       「さてさて?どうしてこっちの方が近いんですかね? 」
        夕方のことを思い出しながら眠兎は一人呟いた。
        答えるものは、いない。
       「どう思います?」
        それでも眠兎は呟く。
       「そこのあなた」
        言うが早いか眠兎は近くの石を茂みに投げ込んだ。
        と同時に、何かが茂みから飛び出してきた。
        
        「それ」は、恐るべき飛翔力で眠兎の頭の上を飛び越えると、みのりの近くに着地した。
        異形というのにふさわしい姿だった。
        形は人間型生物だが、赤い瞳に、突き出した乱杭歯が獰猛さをあらわしているようだった。
        手にはねじくれた槍を持ち、鈍い鉛色をしたプロテクターのようなものを身にまとっている。
       「…これは驚いた、アーノルド・シュワルツェネッガーじゃないんですが勝てますかね?」
        眠兎は独り言を言うと同時に何かを引っ張るような動作をした。
        と同時にみのりが眠兎の腕の中に現れる。空間を操り、引き寄せたのだ。
       「これを倒せば、近道になるわ」
        今のショックで目覚めたのか、眠兎の胸の中でみのりは言った。
        あるいは襲撃を知っていたのかもしれないが。

        次の瞬間、異形は翔んだ。槍を手に二人をめがけて。
        あるのは純粋な殺意。狩りへの欲求。
        勝利への確信。そして脳裏に浮かぶは二つのトロフィー。
        
        しかし確信は驚きへと変わる。
        いつのまにかオスの方の手に現れた、武器。
        爆音の次に甲高い音、はじけとぶ槍、走る痛み。
        コレラニハカテナイ
        彼は本能的に察した。そしてこのような時とる行動は一つ。
        着地と同時に後ろへと飛ぶ。
        そして茂みの中に飛び込んだ。

       「あ、待てプレデター!」
        思わず呼び止める眠兎。何故なら逃がしたら勝ったことにならない。そう思ったから。
       「大丈夫、星は見つけたから」
        追おうとする眠兎の手をつかんでみのりはささやいた。

        次の瞬間、鈍い音が当たりに響き渡った。
        爆発音?破砕音?
        眠兎にも音の区別はできなかった。
        いずれにせよ「異形」は爆発四散した。

       「星、ですか?」
       「そう、星。私たちの導きの、ね」
        眠兎の言葉にやさしい微笑みを浮かべるみのり。
        会話をかわす二人の前で、茂みがガサリとゆれる。


        そして「導きの星」が姿をあらわそうとしていた。





        人はある法則の元で決められたように生きているという。
        それが真実かどうかは分からない。
        だが、まるで謀ったかのような偶然や、幸運、そして不幸や事故を前にすると人は皆そ
       のことを考える。
        そのものの名は「運命」

        「茂み」という名の緑の障壁を断ち切るように一人の精悍な男が現れた。
        燃えるような赤毛にそれと同色の赤い瞳。そして古代ギリシャ風の鎧甲冑を身にまとい
       右手には赤く血塗られた剣を携えている。
       「…軍神アレス。オリンポスの神の中で、もっとも粗暴な神」
       「…はぁ、ずいぶん物騒な『星』ですね」
        眠兎はみのりの言葉に冷や汗を垂らしながら答えた。
        もとより眠兎は「ヘルメス」の生まれ変わりである。アレスがいかに「粗暴」な神かは
       知っている。
        それがこちらに剣呑な視線を向けているのだ。
       「大丈夫」
        みのりの言葉と同時に、茂みからもう一人の人物が現れた。
        黒髪に黒い瞳、すらりとしたスタイルの結構な美形だ。年の頃は20歳台だろうか?そ
       の右手には、小さな長方形の箱…どう見ても小型のコンピュータにしか見えない代物を持っ
       ている。
       「アレス、その人達は多分敵じゃない。襲いかかるなよ?」
       「…わかった、我が主よ」
        アレスは、その右手に持った剣を収めた。と同時にふ、と消えた。
       「デジタルデビル、かな?」
       「…似ているけど違うと思う。きっと私たちと近いユニバースの出身ね」
        眠兎達の言葉に例の美形青年がぴくり、と反応した。
        いや、正確には言葉に反応した訳ではないのだが。
       「おっじょーさーん、可愛いねっ♪今ひま?いい店知ってるよ、これからデートしない?」
        美形青年は踊るようにみのりに近づくと、おもむろに手を取ってナンパを始めた。
        傍らにいる眠兎のことはどうやら忘却の彼方に消え去ったようだ。
        この状況でナンパなど普通するだろうか?いやしない(反語)
        みのりは、いつも通りのポーカーフェイスで、美形青年の顔を見上げた。

        おおっ、レベル高いっ♪ちょっとロリ趣味だけど、それもまた好!
        こんな仕事でこんな可愛い娘に会えるなんて、俺ってばラッキー!

        青年は内心ガッツポーズをしながら、きりりと顔を引き締め、みのりのことをみつめた。
        もうばっちり!と、さらに内心で快哉を叫ぶ、彼。
       「あなたの名前は?」
       「俺?俺はクレイン、クレイン・スターシーカーっていうのさっ♪きみは?」
        みのりのセリフに脈ありと見たか、クレインはノリノリで答えた。
       「わたしは、四季みのり。これからもよろしくね」
        みのりは、あいも変わらずポーカーフェイスのまま答えた。そして、握られた手を自然
       にほどくと、かたわらで呆気に取られている眠兎の腕にその手を絡ませた。そしてぐいぐ
       いと引っ張る。
       「…はっ!?…ああ、はじめまして、わたしは藤原眠兎ともうします。よろしく、クレイ
       ン?さん」
        うながされて、眠兎はようやく口を開いた。
        バツが悪そうに頭をぽりぽり掻きながらクレインの方を見ると、当のクレインは難しい
       顔をして、何がしか考え込んでいるようだった。
        果たしてこの二人の関係は?
        考えているのはそれである。
        
       「あのさ、ひょっとして彼氏?そんなハズ無いよねっ♪」
        考えるより聞くのがてっとり早い。クレインはみのりに訊ねた。
        次の瞬間、クレインは信じがたいものを見た。
        いつのまにか眠兎がベレッタを手に持って、こちらに向けて構えているのだ。

        ………は?
        おい、冗談だろう!?なんぼ怒っても普通いきなり銃を向けるか!?
        考えるより早くハンドCOMPの上を右手が走る。
       「召喚!ヴィシュ…」
        プロジェクターがヴィシュヌを映し出すよりも早く、眠兎が引き金を引くのをクレイン
       は見た。
        間に合わないっ!
        
        がうんっがうんっがうんっ!

        立て続けに響き渡る銃声。それに続いてばたばたと何かが落ちる音。
       「いやぁ、危なかったですね?」
        眠兎は銃をホルスターに収めながらクレインに言った。
        周りを見回すと、斧を握ったまま倒れている闇小人の死体が約三体。
        いずれも正確に額を打ち抜かれている。
       「サンキューって言った方がいいのかな?」
       「いやいや、お気になさらずに」
        人好きのする笑顔を浮かべながら眠兎はもう一言付け加えた。
       「わたしの大切な人を『可愛い』って言ってくれましたしね。」


       「いやーでも驚いたぜ?さすがに。いきなり銃をこっちに向けてるんだもんなぁ…」
        眠兎、みのり、クレインの3人は山道を歩いていた。
        すでに夜は明け、朝日があたりを照らしている。
        やわらかな風が吹き、広がる青空には雲一つ無い。実に気持ちのいい朝だ。
       「まま、そう言わないでくださいよ。あの時は緊急だったんですから。驚いたのはお互い
       様だったということで…」
       「それもそっか!」
        二人の笑い声が響く。二人はすっかり一夜で仲良しになっていた。
        かたや電脳ナンパ師、かたや彼女持ちではあるが、どこか何かが似ていた。
        それでお互いなんとなく気に入ってしまったのである。
       「そうそう、面白い店に連れてってやるよ。サービス満点のいい店だぜっ♪」
       「へぇ?どんな店ですか?」
        尋ねる眠兎にクレインはどこか誇らしげ顔をして答えた。
       「気持ちのいい奴等が集まる店さ。特別な力を持ってる奴も多いけどな」
       「そうですか、それは楽しみですね、みのりちゃん♪」
       「そうね」
        あいも変わらずポーカーフェイスのまま答えるみのり。
       「きっと俺たち出会うの運命だったんだよ、同じように異世界からやってきてさ。なーん
       てまるでナンパしてるみたいだなっ♪」
        クレインは上機嫌そうに眠兎とみのりに言った。
        眠兎は、軽く肩をすくめるとまじめな顔で答えた。
       「運命なんてものがあるかはわかりません。でも、運命が私たちをここに誘ったんじゃな
       いんです。ここに誘われる運命すら私たちが選んだんです。きっとね」
       「選んだ、か。確かに、そんな気はするな」
        どこか感慨深げに答えるクレイン。
        その会話を聞いてみのりは微笑みを浮かべた。
       「それで店の名前はなんて言うんです?」
        眠兎はさりげなくみのりの肩を抱きながらクレインに尋ねた。
       「ああ、店の名前?それは…」



        運命が彼らを選らんだのか、彼らが運命すら選らんだのかは誰にも分からない。
        だが何かの歯車が動き始めていた。誰にも気付かれないほどゆっくりとそして確実に。
        巻き込まれ、つかむのは幸運か、不幸か。
        今、それを知る術はない。
        
        物語は始まったばかりなのだから。






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