じゅらい亭日記

異邦人 閑話休題 <みのりちゃんちゃれんじ!>
冒険者> 藤原眠兎
記録日> 05月18日(月)05時48分32秒





       ○月×日 晴れ後くもり、一時雨

        朝目が覚めると眠兎クンはいなかった。お金を稼ぎに行ったからっていうのは知ってる
       こと。
        昨日の夜、眠兎クンは私に心配をかけないために「じゅらい亭の買い出し」って言って
       たけど、本当は危ない仕事。
        でも、危険はないのはわかっていたから、わざとだまされたふりをした。
        眠兎クンの気持ちがうれしかったから。

        わたしはいつも眠兎クンにおんぶに抱っこだけど、きっといつかもっと…
        やめた。
        わたしは「わたし」にしかなれないし、きっと眠兎クンは今の「わたし」が好きだから。
        だからもっともっと素敵な「わたし」になろう。
        でも、何からすれば良いのかな?
        今のわたしに足りないもの…それは…



        わたしは、じゅらい亭の前に来ていた。
        ここに独りで来たことはなかったけど、こういう機会でなければきっとだめだと思う。
        わたしは、わたしにとっては少し重い扉を開けた。
        途端にさまざまな音がわたしの耳に飛び込んでくる。
        どたばたとした騒ぎ。繰り広げられる戦い。密かに帳簿をつけるマスターのじゅらいさん…。
        大騒ぎはキライじゃない。わたしは混じる方法を知らないけど。
        そんな自分はキライ。
        …騒ぎの中の安全な道を歩いて、わたしはすたすたとカウンターを目指して歩いた。
        ほおの横をかすめて、呪文が飛ぶ。当たらないのは知っているから、よける必要が無い。
        店の中で手裏剣やらナイフやら呪文やらが飛び交う。…見えた通りの道を歩けばやっぱ
       り当たらない。
        カウンターにたどり着いた。少し高目のイスにわたしは軽く座った。
       「みのり殿お独りでとは珍しいですね?」
       「用事があるから」
        わたしは簡潔に答えると、じゅらいさんを見上げた。
        深呼吸を一つ。
       「あなたに」
       「拙者に?」
        何事か考え込むじゅらいさん。
        わたしには、未来が見える。
        見えるから、それにしたがって生きてきた。
        だって、何をしたって未来は変わらないって思っていたから。
        でも、眠兎クンと出会って、初めて未来を変えたいと思った。
        少しだけ頑張ってみて、少しだけ良くなった、わたしの未来。
        だから、もっと頑張ってみよう。
        きっともっと良くなるから。
       「ここで、わたしを雇ってくれませんか?」
        そしてわたしは「わたしに見えない未来」に向かって一歩を踏み出したのだった。




        その頃の眠兎はというと…
       「え?このはさん道知らなかったんですか?(^_^;」
       「うにゅ?眠兎くんも?(^_^;;;」







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       ○月△日 雨のち晴れ

        眠兎クンが仕事に出てからもう三日も経ってしまった。
        仕事は難しくて失敗ばかりだけど、いい訓練になると思う。
        常連の人たちはみんないい人ばかりで、ここにいればきっと…
        きっと、わたしの願いはかなうような気がする。
        眠兎クン、喜んでくれるかな?



       「えーっとね、みのりちゃん?お客さんにメニューを聞く時はね…」
        風舞さんがちょっと困った顔でわたしに注意をする。
        じゅらいさんにここで使ってくれるようにお願いしてから2日が経った。
        わたしはといえば、ここでウエイトレスのアルバイトをしている。
       「…わかった?」
       「努力します」
        わたしの答えに風舞さんはちょっとため息をついて、またカウンターへともどっていった。
        風舞さんのいう事はわかっているけど、わたしにはできなかった。
        だってその練習をするために働いているようなものなのだから。
        風舞さんがいいたかったのは、簡単に言うと愛想よくしてねという事。
        考えていると次の客がはいってきた。
       「いらっしゃいませ」
        挨拶とともに頭を下げるわたし。入ってきたお客さんはレジェさんと燈爽さん。
        笑顔を作ろうとするわたし。でも、改めて考えるとどうしてもうまくいかない。
        どうすれば笑えるのだろう?
       「あぅ、どうかしましたかぁ〜? 」
        燈爽さんが心配そうにわたしの顔を覗き込む。
        どうか?
        わたしが小首をかしげるとレジェさんがかわりに答えた。
       「みのりさん、顔が引きつってますよ?何かいやな事でも?」
       「…別に、何でもありません。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
        わたしは努力をやめていつものように答えた。
        …やっぱりできないのかな。
        わたしが欲しかったもの、それは表情。
        眠兎クンは時々見せる笑顔が好きっていうけど、わたしは笑い方がわからない。
        意識すると、笑ったり、怒ったり、泣いたりできなくなってしまう。
        どうしてかなんてわからない。わかるのは、眠兎クンと一緒にいると、それができる事だけ。
        でも、それじゃいけないと思うから。
        もっともっと、眠兎クンと一緒に、ここのみんなと一緒に泣いたり、笑ったり、怒ったり、
       喜んだりしたいから。
        新しくお客さんが入ってきた。幻希さんだ。
        わたし、あきらめない。
        いつもあきらめてばかりだったけれども、逃げるばかりじゃいやだから。
        わたしはなるべく笑顔のつもりで、挨拶をするのだった。
       「いらっしゃいませ!」




        そしてその頃眠兎は…
       「え?このはさん、配達先のお方の顔をご存じないんですか? (^_^;」
       「へ?眠兎さん知らないんですか?(^_^;;;;」







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       ○月●日 雨

        今日も眠兎クンは帰ってこない。こういう時、未来が分かる自分が嫌になる。
        どうしてわたしには未来が見えてしまうのだろう。
        きっと普通の人なら、こんな時心配してたり、不安になっていたりするのだとおもう。
        でも、わたしは心配しない。不安にならない。
        眠兎クンを信じてるから?それともそう感じる事ができないから?
        わたしにはわからない。
        …眠兎クン、早く帰ってきてね。わたし、自分がわからないよ。



        雨が降ってる。
        お客さん、少なくなるのかな?
        少しだけ考えてみる。
        あまり関係ないかな、とわたしは思った。
        みんなあの場所が好きなんだ。だから天気なんて関係ない。
        来たい人はいつでも来るし、そうじゃない人は雨でも晴れでも来ない。
        「じゅらい亭」は、そういう場所。

       「おはようございます」
        傘をたたみながら、カウンターの風舞さんに声をかけた。
       「はーい、おはよう」
        帳簿から目を離して風舞さんはにっこりと微笑んだ。
        …微笑み。うらやましいな。
       「どうかしたの?」
        ちょっと考え込んじゃったわたしに風舞さんが心配そうに尋ねる。
        こういう時いい人だな、と思う。
        でも、なんて答えれば良いのかなんてわからない。
       「…なんでもない」
        わたしはそう答えてロッカールームへと向かった。
        こんな時眠兎クンならなんて言うかな?
        きっと「素直に言えば良いと思いますよ」かな?
        眠兎クンなしでもできるかな。
        …逃げちゃだめだね。頑張らなくちゃ、そのためにここにいるんだから。
        わたしは、わたしの制服に着替えると店の方に向かった。

        店の方に来てみると、燈爽さんが来ていた。
       「あぅ、おはようございますぅ!」
       「…おはよう」
        わたしは燈爽さんに挨拶をしながら、雑巾を手に取った。
        本格的に人が来る前にテーブルぐらいはふいておかなくちゃ。
        テーブルに手をついた途端、めまいがした。
        強制的に未来を見させられる時の前兆。
        手が滑る、体が自分のいう事を聞かない。
        軽い衝撃が走った。
        倒れた、衝撃。
        暗くなる。
        意識が遠のいてゆく中、燈爽さんと風舞さんが、慌てたように何か言ってるのが聞こえた。


        いくつか見える、未来。戦う眠兎クン。倒れてる、わたし。店のみんな。様々なメカニカル。
        飛び交う呪文、銃弾…。倒れる人々、泣く人達。
        災厄、怒った時の眠兎クン、妹、たくさんの道、剣、銃、馬、車、魔王、勇者、悪魔、神。
        あまりにもバラバラで、あまりにも理解できないたくさんの未来。
        選択肢も、決まった未来も、何もかもミキシングしたもの。
        何?これは?
        これ…
        再び失いゆく意識の中、わたしは「恐い時」の眠兎クンの顔を見たような気がした。


       「…ちゃん…のりちゃん…みのりちゃん…」
        ずいぶん遠くで風舞さんと燈爽さんが呼んでる。
        ちがう。
        わたしは目を開けた。
       「あぅ、よかったですぅ…」
       「あ、よかったぁ…」
        風舞さんも、燈爽さんも、心配そうにわたしの事を覗き込んでる。
       「目を覚まさなかったらどうしようかと思ったですぅ…」
        いいながら燈爽さんは涙をはたはたと流している。
        涙?
        わたしのために?
       「大丈夫?」
        心配そうにわたしに尋ねる風舞さん。
        わたしを心配してくれるの?
       「大丈夫、立てるから…」
        わたしはそう答えて、立ち上がろうとした。
        あわてて、止める、二人。
       「ああ、無理しないでいいから。少し休んでなさい?ね?」
       「そうですぅ、むりはいけないですぅ」
        別に立てない事は無かったけど、二人の気持ちがうれしかったから、少しだけ休む事
       にした。
       「…じゃあ、そうする」
        それだけ言うと、わたしは、ベッドに寝ころがった。
        ベッド?
        どうやらベッドまで運んでくれたらしい。
        わたしは、こういうときっと不謹慎だけど、うれしくなった。
        泣いてくれた、心配してくれた、二人の気持ちがうれしかった。

        再び寝転がったわたしを見て、少しは安心したのか、燈爽さんは鼻をぐずぐずいわせ
       ながら、風舞さんはその燈爽さんを連れて店の方に行ってしまった。
        独りになったわたしは、さっき見えたものについて考える事にした。
        ああも雑然とした未来は、初めてだった。
        何をどうすればああなるのかが全然わからない上に、なんだか不吉なものばかりが見
       えた。
        あれは一体何だったんだろう…。
        …あいたいな、眠兎クンに。
        わたしは唐突に思った。
        会えないとわかっているのに、会いたいと思った。
        どうしたんだろう、わたし…。
       「みのり殿、大丈夫でござるか?」
        ものおもいにふけっていると、店長のじゅらいさんがやってきた。
        今日は買い出しに行ってたけど、多分もう終わったのだろう。
       「はい、もう大丈夫です」
        そう答えるわたし。実際もう大丈夫なのだ。
        ただ、ちょっと悩み事があるだけ。
       「うーん、ならいいでござるが、あまり無理はしてはいけないでござるよ」
       「…」
       「ここのところ何だか無理してるみたいだったし…」
        無理?してたのかな。
       「ここ最近は寂しそうだったでござる」
        寂しかったのかな。わたし、寂しそうに見えたのかな。
       「拙者には拙者の、風舞には風舞の、燈爽ちゃんには燈爽ちゃんの、そしてみのり殿には
       みのり殿の、それぞれペースというものがあるでござる」
       「………」
       「無理せず、みのり殿のペースで、自然にナチュラルにやってくれればいいでござるよ」
       「そう…ですか?」
        尋ねるわたしに、じゅらいさんは満面の笑みを浮かべて答えた。
       「そうでござるよ。きっと、眠兎殿もそうした方が喜ぶでござるよ」
       「…ありがとうございます」
        わたしは、深々と頭を下げた。自然に、頭を下げた。
        そうした方がいいから、じゃなくて、そうしたかったから。
        …こういうものなのかな、とわたしは唐突に思った。
        きっと、表情も、感情も、考えすぎるから、できないのかもしれない。
        自然に、そう、いつも眠兎クンがいってるように、「わたしらしく」あればいいのかも
       しれない。
       「あの…」
       「?」
        密かに部屋から出て行こうとしていたじゅらいさんにわたしは声をかけた。
        じつは聞いて見たい事があったのだ。
       「一つだけうかがいたい事があるんですけど…」
       「なんでござる?」
        小首をかしげるじゅらいさんにわたしは尋ねる。
       「なんでわたしの制服はエプロンドレスなんですか?他の人は特に決まってませんよね?」
       「はっはっはっ、気付いてしまったようでござるな。細かい事は気にしないでござるよ。」
       「………」
        じっとじゅらいさんを見る、わたし。
        じゅらいさんは視線を外すと、くるりと後ろを向いた。
       「その格好で働いているとそのうちいい事あるでござる!しからばごめん!」
        それだけ言うと、じゅらいさんは店の方に走っていってしまった。
        …なんだろう、いいことって?

       「あ、大丈夫?」
       「あぅ、よかったですぅ」
       「もう大丈夫でござるか?」
        店に出たわたしをまず出迎えたのは、風舞さん、燈爽さん、じゅらいさん。
       「くらえっ『滅火』!」
       「しぎゃあああっ!?」
       「召喚っ、ヴィシュヌ!!」
       「シンナーは美味しいなぁ…」
       「ふにゃにゃ!?」
       「うむ、すでにしんでいる」
        …そしていつもの喧騒。
       「ご心配をおかけしました」
        まずは3人にぺこりと頭を下げる。
        いまなら、ちゃんと笑える気がした。
        自分に素直に、わたしらしく。
       「妖精王オベロンの名において、時の女神が命ずる。いでよ、”長手の”ルー」
        わたしから、多量のマグネタイトが放出される。床に魔法陣が描かれ、風も吹いていない
       のに、わたしの髪とエプロンドレスのスカートがゆれる。
        ケルト神話の太陽神にして、「万能の王」ルーがわたしの目の前に召喚された。
       「みのりちゃん!?」
       「み、みのりどの!?」
       「あぅ?」
        三者三様の驚き。
        暴走していたお店の常連さん達が何事かとこちらを見ている。
        わたしはきっと、とびっきりの笑顔を浮かべてこう言った。
       「店内ではお静かに」



       「いやぁ、さんざんでしたねぇ…」
       「いやいや、全く」
        そんな会話をかわしながら、眠兎とこのはは『じゅらい亭』の扉をあけた。
        中では相変わらずの騒ぎか、と思えばそうでもなかった。
        わりと静かなものである。
       「?めずらしいですね?」
       「うにゅ、どうしたんですかね?皆に聞いてきましょうか?」
        眠兎の言葉に答えるこのは。眠兎はうなずくとその後を続けた。
       「じゃあ、わたしは、じゅらいさんに仕事の終了を報告してきますよ」
       「うにゅ、お願いします」
        眠兎とこのはは、お互いのベストを尽くすべく、お互いの持ち場に移動した。
        ある意味、今回の旅で手に入れた「役割分担の徹底」がなされている(笑)。
        眠兎は、カウンターに移動すると、じゅらいに声をかけた。
       「ただいま、じゅらいさん。いやぁ苦労しま…」
       「いらっしゃいませ」
        その言葉をさえぎって、アルトの聞き覚えのある声。
        振り向くと、みのりが「ウェイトレス風エプロンドレス」を着て立っていた。
        ちょっと恥ずかしそうに(眠兎にはそうわかる)。
        ぼけーっと、みのりを見つめる、眠兎。
       「どうでござるか?新しいうちのウェイトレスでござるよ。ふふふ…かなりいい趣味でご
       ざろう」
        怪しい含み笑いを入れながら、じゅらいは眠兎にささやく。
        眠兎は、はっとした顔をすると、じゅらいの方にやや紅潮した顔を向けた。
       「よ、良すぎ!みのりちゃんに似合いすぎですっ!じゅらいさんいい趣味してますねっ!」
        眠兎は興奮気味にいう。
        そしてさらに一言。
       「テ、テイクアウトってできます?」

        この後、顔を真っ赤にしたみのりに眠兎が(こぶしで)ノックアウトされたのは、周知の
       事実である。
        だが、この件以降、みのりの普段着にエプロンドレスが追加された事は、意外に知られて
       いない事実である。







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