じゅらい亭RPG第一部最終話
5 「さて……帰るか」 「るろ?……ごぶっ!?」 幻希は、完全に油断しきっていたゲンキの襟首を引っつかんで出口の方に引きずってい く。喉がしまって青い顔を通り越しているゲンキは……気絶した。 「ホラ!兄貴も早く!」 「いて!尻蹴飛ばすなよ!」 「いいから!」 「私たちもいきましょう〜」 「え、あ?あ!そか♪」 「ほら、行くぞ燈爽」 「あぅ、待ってくださぁい」 ……と、そんな具合に、じゅらい亭常連たちは次々とその場から去って行った。 一番最後まで残っていたじゅらいと風花も、小さく微笑してからその場を後にした。 「……」 その様子を無言で見ていた夕凪は、右肩がふと暖かくなるのを感じ、目をやる。そこに は、柔らかく大きな、仙祈の手が置かれていた。 「さぁ、私たちも行きましょう」 「……え?」 「二人きりに、してあげましょう。千年ぶりの再会です」 「……そう……ですね…………」 長い廊下を歩いている間、一度だけ振り返ろうとした夕凪を、仙祈は柔らかくとどめた。 「『人』はいいですね」 「……え?」 突然の仙祈の言葉に、夕凪は顔を上げる。浮かんでいた涙をぬぐうことも忘れていた。 「『ひと』と『ひと』が支え合って、『人』という文字になる……。実に明解で……本質 をよく表した文字だと思いませんか?」 「……そう………かもしれません」 何を言っているのかわからず、夕凪は再びうつむく。その時、涙が頬を伝い、流れ落ち た。仙祈の手が、その涙を優しくぬぐう。 「天使にも支えは必要です」 「……?」 見上げた夕凪の瞳を見つめる仙祈の顔がある。その顔は、とても優しく、包み込むよう な微笑みに彩られている。 「支えさせて下さい。今だけでも」 「…………はい」 彼の、わりとしっかりした肩に顔を押し当て、夕凪は声を殺して泣いた。 仙祈は、そんな彼女の肩をそっと、優しく抱き寄せた。 彼らの後ろを歩きながら、疏浄はぼんやりと、こんなことを考えていた。 (白夜と翠流。仙祈と夕凪……か。そうなると、私の相手は──) 「どうした、疏浄」 脇に立つ慧焔の顔を、無意識に見つめてしまっていたらしい。いつも仏頂面な彼が、い ぶかしむような視線を向けてくる。(そんな微妙な彼の表情変化に気づくのも疏浄くらい のものなのだが、二人とも気づいてなどいるはずもない) 「え……」 「俺が、何かしたか?」 「いや、あの……」 (私は一体、何を考えているのです……!?全くわけのわからない……!どうしてこんな ことを……!) 自分の理解不能な考えに、口をつぐんで顔を真っ赤にする疏浄。 沈黙してしまった彼女に、慧焔はさらにつめよる。 「どうしたというのだ?顔が赤いぞ?」 「なっ、何でもありません!」 「何でもないというのに顔が赤くなるはずがあるまい。原因があるからこその結果だ。何 を隠している?」 「隠してなんかいません!」 「いや、それはないな。お前は自分に都合の悪いことを指摘されたりすると、ムキになる 傾向がある。先ほど、ここに来る手段があると俺が言った時がそうだ。どうだ、違うか?」 「何でもないったらないんです!」 「いぃや、それはおかしい。さぁ、話せ疏浄。俺は自分の理解できないことを秘密にされ るのは余り好きではない」 「私が教えてほしいくらいです!」 「じゃあ話せ。我々二人で考えれば、答えは見つかるはずだ。今までもそうしてきたでは ないか?」 「……」 「また赤くなった」 「もう……ほっといて下さい!」 「今のお前は俺の興味の対象だ。放っておけるわけがないだろう」 「……!」 「ほぅ、また赤くなったな。これは興味深い」 「もう……………いい加減にして!」 ……こんなやりとりが、この後数十分間続くことになる(笑) 「え、えー……と………」 一人取り残された夜明は、一つため息をつくと、一人とぼとぼと廊下を歩きはじめた。 「うー、私も…………いえ、何でもないです……」 広い部屋にただ二人残され、白夜と翠流は、無言で立ち尽くしていた。 その沈黙を破ったのは、翠流のほうだった。 「白夜……?」 「あ、な、何?」 「こっちに来てくれる?」 「い、いいの?」 「いいわ」 「じ、じゃあ……」 ふわりと宙に舞い、翠流の元へと降りる白夜。その光景に、思わず眉をしかめる。 血まみれの腕や足。台座の上に流れ落ちた血は、彼女の足の甲までを飲み込み、固まっ てしまっている。彼女の腕や足に絡み付く光の鎖は、まるで意識を持った輝く蛇のように、 彼女の傷をえぐり、出血を促している。それで死なないのは、天使としての驚異的な生命 力があるというだけでは説明がつかない。やはり、『管制室』の天使たちの助力あっての ものなのだろうか。 「ひどい……」 「痛く、ないのよ」 「えっ、そう……なんだ」 「本当は、痛いけど」 「??」 わけがわからないという顔をする白夜に、翠流は優しい笑みを返した。 「どうして私が、『部品』に選ばれたのか、わかる?」 白夜は黙って、首を横に振る。 「はじめの頃の『部品』は……『純粋』なんていう曖昧な基準で選ばれた、普通の天使だ ったの。でも……彼らは千年という永きに渡って延々と続く苦痛の中、狂ってしまうこと が多かったらしいわ。それでも、狂ったままこの鎖に繋がれていたっていう話……」 「そんなことが……あったんだ」 「えぇ。この任務を受ける前に、色々と調べたから。それで……上の人たちは新たな『基 準』を設けたの。それ以上、狂った天使を出さないようにって」 「その……基準っていうのは……?」 いたずらっぽく光る翠流の瞳が、白夜の瞳を覗き込む。 「わからない?」 「え?えっと……」 千年ぶりに会った恋人に、どぎまぎする白夜。彼の様子にくすっと笑い、翠流は彼の頬 に軽くキスをした。 「『恋人や家族など、心の支えになってくれる人がいること』よ。そして、この部屋に、 その相手を見つめていられるモニターを設置したの」 真っ赤な顔で、しかし、白夜は彼女の瞳をまっすぐに見つめ返した。 「翠流……」 「最初に言ったでしょ?『あなたが来てくれただけで嬉しい』って。『私のこと想ってて くれただけで満足』って。それが私の本心よ。……ありがとう、白夜」 「翠……流………」 時は、ゆっくりと、優しく流れてゆく。 「ふふ、『最初の母』か……」 翠流たちの元から去った上位天使の三人のうち一人だけ話していた女天使は、時と空間 の狭間を飛行しながら、一人小さく呟いた。 「どうかなされましたか?」 「ん?いやな……。ふふ」 いぶかしむような視線を向ける部下に、彼女はその時思っていたことを素直に話した。 「あの翠流という天使につけられた二つ名──暗示の中には、【ガイアを支える者】の他 に『最初の母』というものがあるのだ」 「はぁ……」 「それが何のことなのか、今まで疑問に思ってきたのだが……ふふ、別に何のことはない。 『痛みを伴って何かを生み出す者』という意味だったのだよ。現行の【アンカー】制度を 改革するため、自らを犠牲にした……。こんな言い方をしたら彼女にとっては不満かもし れんが……ふふ。そういう意味でならば、確かに『母』という表現を用いることもできる かもしれない」 「……?まぁ、そう……なのかもしれませんが」 (なぜ……それが面白いのだろうか?) 「……急ぐぞ!」 「はっ」 部下の疑問に気づくはずもなく。彼女は彼らに命じると、さらに飛行速度を上げた。 彼女は、部下にも「聞き取られ」ないような心の深い部分で、ひとりごちていた。 (翠流が『最初の』母であるのならば……あの世界、変わるやもしれん) 「ガイアを支える処」の前には、じゅらい亭の面々と五人の天使が集まっていた。 まだ泣いている夕凪、彼女を支えている仙祈、そして何故か怒鳴り散らしている疏浄と 彼女にぼそぼそと何事かを言っては火に油を注いでいるらしい慧焔を無視して、夜明は、 何故か疲れたような顔をして、常連たちに話していた。 「皆さん、今回は私たち天使の引き起こした事件に巻き込んでしまって、大変ご迷惑をお かけいたしました……」 風花がうつむいていることに気づき、夜明は彼女に声をかけた。 「どうか、しましたか?」 「あの……どうして……白夜さんは……いえ、【ガイアを支える者】とか【ウラノスを繋 ぎ止める者】になった人の大切な人は、一緒にいてはいけなかったんですか?」 風花の問いに、夜明は小首を傾げながら彼女を見る。 「例えばの話ですけど、あなたに恋人ができたとして、ただただ一緒にいるだけで幸せだ と思えますか?」 「え?えぇー……その……はい」 顔を真っ赤にしながら答える彼女に、夜明は優しい微笑みを浮かべる。 「はじめのころはそれでもいいかもしれません。ですが……心とは貪欲にできているもの。 言葉を交したい、手を握りたい、くちづけをしたい、肌を触れ合わせたい……。想いは留 まるところを知りません。そうなれば……『部品』としての任をこなせなくなるのです。 『部品』に求められているのは、世界と【ガイア】もしくは【ウラノス】を繋ぎ止めるこ と。そして、神の教えに準拠すること……。天使同士の恋愛は認められています。ですが ……『溺れて』は……それにかまけるようではいけないのです。それを予防するための処 置だった、というわけなのです」 「そう……ですか………」 「彼女は……翠流は、離れることで気持ちが離れてしまうことをとても恐れていました。 でも、白夜を心の底から信じていました。その結果が、この状況です」 「よかった……ほんとうに」 風花は、涙ぐみながらにっこりと笑った。 「いやはや。滅多に出来ない体験ができましたな」 nocは、そのごつい体をきしませて笑った。 「神が悪いってワケじゃなかったみたいだな……」 「残念?」 「うるせぇ!」 「ひあああああああああぁぁぁぁ☆(キラリン)」 幻希とゲンキが漫才を繰り広げる中、ヴィシュヌがぽーっとした表情で四本のうでをも じもじさせている。 「あの〜、白夜さんと翠流さん、会えてよかったですね〜♪」 「そうだな」 クレインは、心の中で「ナンパし忘れた!電脳ナンパ師の名折れだ!!」などと思いつ つも、顔では神妙な表情を作っている(悔しがっているだけかもしれないが(笑)。だか ら、横にいるヴィシュヌが何かを期待するような視線を送っているのにも気づかず……彼 女はふてくされてしまった。 ルネアも何やらもじもじしている……が、その横では焔帝とレジェが翠流でも思い出し ているのか、にへらりと笑っている。後ろにいる燈爽が「プンプンですぅ」などと言って いるが、聞いているはずもない。 矢神は矢神で「何だかこの最終話、七天使さんたちが主役でしたね(笑)」などと言っ ているし、その脇には「私なんか作者の意図でほとんど出番がなかったんですけど……」 とかなんとか言っているこのはもいたりする。 フェリは「にゃー……。おなかすいたにゃあ」と言ってから小さく「くぅ」とお腹を鳴 らし、照れている。 「何にしろ、これで大団円、というわけになるね!」 じゅらいの言葉に皆一様に笑顔を浮かべる。 その後、常連たちは、何だか少し寂しそうな笑みを浮かべている夜明によってじゅらい 亭まで送り届けられることになった。 その頃、じゅらい亭では……。 「……遅い」 Jファイナルの手で制圧され半壊したままの店内で、風舞が一つ、呟いた。他の看板娘 たちが、びくりと震える。 襲撃を受けて逃げ出し、地下迷宮のさる場所に隠れてから、しばらく経ち……誰も追っ てこないことを知り、じゅらい亭に戻ってきてみれば、このありさまである。 店長たるじゅらいもおらず、はじめは心配していた彼女たちだったが……だんだんと苛 立ちがつのってきていた。自分たちがのけものにされたまま、事態が進行していることを 肌で感じ取っていたのだ。 「帰って来たら……ふふ」 シュッシュとシャドウボクシングを始める風舞に……声をかけられるものは誰もいなか った。 そして。 「ただいまー!」 ────惨劇。(じゅらい:なんで拙者があぁぁごふっ! 風舞:天!! ) ……その後、騒動に参加していた常連たちが「連帯責任」という形で店舗補修費(要す るに借金)の返済を要求されたなどということは……また、別の話である。 (常連ズ:ちょっ……横暴……いえ、いいです…(某看板娘の視線を感じたらしい)) ──劇終 |