じゅらい亭日記 超・暴走編

虹の守り人2 〜光の神殿〜 後編
冒険者> ゲンキ
記録日> 06月09日(火)00時42分13秒



「ふむ……」
「どうでしょう、ゲンキさん? 娘は無事……なのでしょうか?」
 とある商家。その応接室にて、ゲンキは今回の依頼人と会っていた。レイがさらわれ
た時の事を聞くためだ。
「もう一度、整理します。じゅらいさんが護衛をしていた所に、突然黒い影が現れ、攻
撃する間もなく逃げられた。しかも、レイちゃんはさらわれていたんですね?」
 と、一緒に来ていたじゅらいに訊ねるゲンキ。
「うん。ただ、妙な事があったよ」
「と、言われますと?」
「気配がなかったんだ。だから、直前まで気付けなかった」
「ほう……」
 じゅらいの言葉を、メモに書き取りつつゲンキは目を細めた。サングラスの下なので、
誰も気付かないが。
「拙者の前に姿を現わした時も、逃げる時も気配が無かった。消してたというより、何
だか人形みたいな奴だったね。しかも、素早い」
 レイがさらわれた時の事を思い出したのか、悔しそうなじゅらい。それに、シャーペ
ンを置いてゲンキはニッと笑いかける。
「分かりました。なら、今から追いかければレイちゃんは無事です」
『え!』
「では、追いかけて来ます」
 驚きの声を重ねるじゅらいと、依頼人のレイの父親を見やりながら、立ち上がって呪
文を唱えるゲンキ。行動が唐突すぎて、誰も対応出来ない。
「え、ちょっとゲンキさ──!?」
「VOID!」
 じゅらいの慌てた声も聞かずに、ゲンキは空間を渡った。


 数分後──。

「レイちゃんは無事だな……」
 どこか暗い場所で、気絶して横たわる女性──レイを見下ろすゲンキ。周りには、黒
い姿の人影がバラバラに斬り裂かれ、あるいはグチャグチャに潰されて散らばっている。
「ダミーだけか。では、最後の一匹に訊くとしよう」
 呟き、左手を掲げるゲンキ。唐突に、それが金属に変り、薄い帯のような物が飛び出
す。それは、素早く逃げようとした最後の黒い影の体を貫いた。
「ギイッ!?」
「本体は何処だ? まあ、聞かずとも分かるがな」
 黒い帯に腹を貫かれた人影を軽々と持ち上げるゲンキ。口調がいつもと違う。
「答えろ。答えれば、楽に殺してやる」
 人影に問い、少し視線を移動させる。その視界の端に何かが引っかかった。ゲンキの
歯が軋り声を上げる。
「本体……オマエの…」
「答えてくれようとしているようだが、残念だったな。楽には殺さない事にした」
 右手で、前髪をかき上げてゲンキは言い放つ。その左腕から、幾つもの帯が飛び出し
人影に突き刺さる。
「アァァァガアァァァアアアアッ?!」
「痛覚があってよかった。苦しんで死ね」
 刃のように鋭い帯が、いくつもいくつも人影に突き刺さり、複雑な軌道でその身を抉
りひき潰す。
 ゲンキは、チラッとさっきと同じ場所を見る。そこには、さらわれた女の子達だろう。
その、喰い殺された無数の骸が転がっていた。レイは、どうやら今日の食事だったらし
い。
「そろそろ夜か」
 悲鳴を聴きながら、右手でレイを抱き上げる。暗さで見えなかったが、ゲンキの背中
に大きな羽が生えている。
「もういい、『聖鉄』」
 と、彼が言うと左腕が元に戻る。少し離れた場所で、肉片がビチャビチャと地面に落
ちる音がした。
「次は──」
 呟き、空間を渡るゲンキ。次の瞬間、彼が消えると同時に影達の死体が炎に包まれ、
消えた。



「見つからないなー……」
 パチパチと爆ぜる焚き火を前に、虹はボヤいた。ずーっと神殿内を歩き回っていたの
だが、父の事を知るような物は何も見つからなかった。というわけで、今は神殿の中に
天井が崩れている場所があったので、今日はここで眠る事にしたのだ。
「埃だらけでも、外よりはいーか」
 拾ってきた丸太に座り、ウトウトしながら虹。もう時間は真夜中。いつもなら、眠っ
ている頃だ。
「明日もあるし……おやすみなさーい……」
 焚き火が消えないように、少し薪を放り込んでから横になる虹。少しすると、寝息を
立て始める。
 それを待っていたように、影が動き出す。



「まさか、俺が直接来なくちゃならんとはな」
 虹に近付きながら、影はボヤく。よく見ると、そいつは黒い猿のような姿をしていた。
「この娘は喰らえば強くなれそうなのに……さんざん俺の邪魔をした奴がいるな……」
 言いつつ、虹に手を伸ばす。
「そいつも見つけ出して喰ってやる。男だったらマズイけどな」
「そりゃ、悪かったな」
 黒猿のボヤきに、天から答えが返り何かが落ちて来る。それは、ほとんど音も立てず
に着地した後、銀縁のサングラスを取り出しながら立ち上がる。
「お前が、女達を連れ去って喰っていた奴か。なるほど、見覚えがあるぞ。予想通りだ
な?」
「ギイッ!」
 突然現れたゲンキの言葉に、慌てて虹を捕まえようとする黒猿。しかし、その腕から
衝撃が走って後ろに吹っ飛ばされる。
「結界くらい知ってるだろう? 愚か者」
「く、くそっ!」
 虹に触れる事も出来ないと分かり、先にゲンキを倒そうと襲いかかる黒猿。ダミー達
よりも数倍は速いだろう攻撃を、金属に変化した左腕から幾つもの帯が出て勝手に防い
でくれる。
「どこの世界の『亜神』だったかな? お前は? たしか俊敏な動きと、強靭な腕力が
武器だったと思うが?」
 左腕を掲げるだけで全ての攻撃を受け流し、ゲンキはニヤニヤと笑った。よく見ると、
背中に少女まで背負っている。ひたすら余裕がありそうだ。
「やる事が無くなってこっちに来たのか? まあ、お前みたいな三流神じゃしょうがな
い……よなぁっ!!」
「ギハッ!?」
 黒猿の腹を蹴り飛ばし、床に倒れたところを見下ろすゲンキ。背負っていたレイを床
に下ろすと、その背中から黒い羽が現れる。
「お前の事は、よく覚えてるさ。人間…特に、少女を喰って力を強くしていく神。崇め
てくれる者もいなくなったみたいだな。供物の娘を捧げる者がいなくなったから、ここ
に来たんだろう」
 囁くような声で、目だけが笑わずにゲンキは言う。同時に、左腕から帯が走り黒猿の
両手両足を貫いてその場に縫い留める。
「だが、虹に手を出すとは驚いた。あの娘は、あの <滅> の娘だぞ」
「なっ!?」
「知らずに手を出したらしいな。しかも、俺の事まで知らんか。愚か者の三流神」
 目を見開く黒猿に、右腕から青い光を生み出すゲンキ……いや、もう一人の彼の人格
──レミが答える。
「大戦にいて俺を知らんとはな」
 皮肉気に口の端を歪める。左腕から伸びた刃が、回転して黒猿の四肢を吹き飛ばす。
「ギィエッ!? 知ってる! あんたの事は思い出した殺すのだけはやめてくれ! 魔
王──」
「だめだな」
 無数の帯が黒猿に突き刺さり、空高くに持ち上げる。それに、レミが投げつけた青光
が激突し──。

「ギィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」

「虹を喰おうとした奴に、俺が慈悲をかけるか?」
 ズタズタに引き裂かれ、消滅した黒猿にレミが言う。吹き飛ばした四肢も一瞥して消
滅させる。
「ふん、本体も結局雑魚だな」
 と、レミが呟くと羽が消える。左腕も普通の腕に戻り、表情が若干和らぐ。
「あー、疲れた。レミ、ごくろーさん♪」
 コキコキと肩を鳴らし、振り向いてパチッと指を鳴らすゲンキ。すると、今までの騒
ぎでも眠っていた虹とレイが目を覚ました。
「あれ?」
「ここ、どこ……?」
 その目覚めた二人の表情を見て、笑みを浮かべながらゲンキはとりあえずレイに近付
く。
「『あれ?』じゃないだろう、虹? 寝てたって事は、もう見付けたのか? あ、レイ
ちゃん久しぶりだねぇ。人相変わってないけど、ゲンキだよ♪」
 続けて「あっはっはっ♪」と、例によって意味の無い笑いかたをする。虹もレイも突
然な事に呆然としている。
 と、虹が先に我に返った。
「なっ、何で部下Gお兄ちゃんがいるの!?」
「うーん、謎だねぇ? っていうか、まだ見付けてないみたいだね?」
 とりあえず、レイを焚き火の近くまで連れてって、虹の質問に疑問符で返すゲンキ。
「あ、あの……ゲンキお兄さんですか? えと、久しぶりなんですけど……ここ、どこ
ですか? 私……」
「ここは、『光の神殿』って言って、こっちにいる虹の父さんが造ったんだよレイちゃ
ん。その他の事情については、後で説明するからね♪」
 レイの疑問には、素直に答えるゲンキ。それに虹は「へぇー」と頷いてから、ハッと
なる。
「造ったって……父さんが!?」
「うん。やっぱり気付かなかったな、お前? 来てよかったよ」
 どこからか取り出した焼き鳥を、焚き火の火に近付けつつゲンキが笑う。それから、
肉が焼けた頃に立ち上がった。
「この場所の名前……の意味な? 夜に外から見ないと分からないんだ」




「ほら、『光の神殿』だろ?」
 外に出て、神殿を見た途端に呆けている虹達に、ゲンキはニヤッとして言った。
 神殿は、それ自体が光で出来ているような輝きを全体から放っている。正に『光の神
殿』だ。
「な……何で光ってるの……?」
「壁土にヒカリ粉を練り込んで……って、違う。幻希がかけた発光の魔法が、まだ効い
てるんだよ」
 不思議そうに質問した虹の頭に手を置いて、ゲンキ。光る神殿を見つめながら、記憶
を探っているような目をしていた。
「何でこんな魔法を神殿全体にかけたかは忘れたけど、ここが光ってるって事は、まだ
幻希が生きてるって事だよ。術者が死ねば消えるタイプのはずだから」
 ポンポンと虹の頭を叩いて、近くの木の幹に背中を預けるゲンキ。焼き鳥が美味しい。
 そして……しばし、ボーッと神殿を見ていた虹に、レイが近付いてきた。銀髪で、虹
よりかなり年上のお姉さんだ。
「こんな事が出来るなんて、虹ちゃんのお父さんって凄いんだね……」
「うん……父さんは凄いって、母さんも、ヨルン伯母さんも、ケイン伯父さんも、ラー
シャお姉ちゃんも、皆言うよ」
「いいね。家の父さんは大商人だけど、こんな凄い事出来ないよ♪」
「えー? でも、あたしの父さんはお金持ちじゃなかったって言ってたよ?」
 そんな調子で、いきなり仲良くなる虹とレイ。それを、「何話してるのかな?」とち
ょっと寂しげにジーッと見つめるゲンキ。ちなみに、その時の会話は、
「虹ちゃん。ゲンキお兄さんって、どんな人?」
「部下Gお兄ちゃん? えーとね……暴走してて、料理が出来て、絵は下手で、お仕事
で小説書いてるけど下手で、昼間からお酒飲んでたりして、酔ってないけど。後、何度
言ってもあの髪切ろうとしないし、顔がサギ師みたいだし、サングラスかけるとマフィ
アだし、強いらしいけど、弱いし…………異常に頑丈だけど」
「あ、あまりいいとこないね……?」
「うん。あ、それと最近、妙に寝不足みたいだし……でも、悪い人じゃないよ」
「よく分からないけど、悪者じゃないのは知ってるよ」
「顔は悪者だけどねー」
「そ、そうね」
 ニコニコしている虹と、曖昧な笑みを返すレイ。一人ポツンと佇むゲンキは、ボーッ
としながら光る神殿を見つめていたが、やがてポツリと呟く。
「おいちゃんは寂しいよ……」




 二日後…………。


「ただいまですっ! というわけで、虹おかえりっ! さあ、宴会ぢゃあっ!!」
 じゅ亭の扉を真っ先にくぐり、後ろから来た虹を抱き上げるゲンキ。自分の口から出
た「宴会」という単語に、瞳が「きゅぴがっ!」と光を放つ。目に電球を仕込んでると
いう噂があるが、真実か否かは企業秘密である。
「宴会って、今日は木曜……」
「やりましょうっ!」
「いやー、虹ちゃんが帰ってきてくれたおかげですねー」
「金曜日は宴会だよね♪」
 怪訝な表情で呟いたじゅらいを無視して、素早く宴会の準備を始める常連達。ちなみ
に、当然ながら木曜である。
「いや、今日は木曜……」
 それでも尚、止めようとするじゅらいの肩に誰かがポンと手を置く。
「諦めましょう、じゅらいさん。一度、宴会が始まったら誰にも止められない……」
「張本人が言うなぁっ!!」
 何故か涙しつつ (手に目薬持ってたが) 首をふるふると横に振るゲンキに、じゅ
らいのGHツッコミが炸裂した。


「ゲンキさん、ゲンキさん?」
「はい、何ですかクレインさん?」
 さっきまで暴走していて、今は店の隅っこにいるゲンキにクレインが話しかけた。二
人共、ちょっと酔ってる。
「虹ちゃんから聞いたんですけど、結局幻希の奴。どうして神殿なんか光らせたんです
か? 実は、知ってるでしょ? この〜♪♪」
「はははは♪ さすがはクレインさんですねぇ♪」
 クレインの言葉に、愛想良く笑いつつゲンキはコッソリと声を小さくする。
「実はですね……あれって、あの山の近くにあった村の依頼で造ったものだったんです
よ……」
「依頼で?」
「ええ…『村の名物が欲しい』ってね? で、色々と考えた結果、村のすぐそばにあの
『光の神殿』を建てたんです。あれなら、結構観光客も来そうでしょ?」
「いや、直接見た事はないですけど……まあ、そうですね♪」
 何だか、あんまりなオチに苦笑するクレイン。と、ふと別の事に気付く。
「でも、じゃあ今も『光の神殿』って観光地なんですか? 虹ちゃんの話だと、全然違
う感じだし、それに俺も聞いた事無かったんですけど?」
 と、そう訊くとゲンキは「うーん……」と難しそうな顔をした。
「実は、その村なんですが……神殿建てた二年後に水没しちゃいまして。そのせいで、
あの神殿もずーっと放っておかれてたんですよ。あっはっはっ」
「いや、あっはっはって…… (汗)」
 可笑しそうに笑うゲンキと冷や汗たらすクレイン。常連達も虹も、暴走騒ぎでその会
話には気付いていない。
「まあ、あの神殿が輝く限りは幻希が生きてるってのは本当ですよ」
「そうですか♪ また、会いたいですね♪」
 と、ゲンキの言葉に何やら安心したように笑みを浮かべるクレイン。案外、この事が
聞きたかったのかもしれない。
 しかし、実はゲンキは嘘をついている。あの神殿は、壁土に発光する特殊な粉を練り
込んでいるだけなのだ。あれで、幻希の生死など分かろうはずもない。
「でも……」
 店内の騒ぎに、はしゃいでいる虹。その姿を見ながら、ゲンキは心の中で会話した。
(あいつが造った神殿を見ただけでも、虹なら何かを分かってくれたよな? レミ)
(当たり前だ。虹は賢いから、何だって分かる)
(そうか)
 じゅ亭に来るまでの間に、すっかり虹の虜になってしまったレミ。ゲンキも流石に苦
笑した。
「クレインさん、唐突ですが魔王が保証します。幻希とは、また会えますよ」
 隣りのクレインにそう言って、ゲンキは席を立つ。走って虹をいきなり肩車すると、
じゅらい達の暴走の渦中に飛び込む。
「ちょっと!? きゃー!? お兄ちゃん?!!」
「虹! もうすぐ会えるからな! 絶対会わせてやるから!」
 ゴルディ○ン・ハンマーを避けつつ、ゲンキは誓った。
 虹を、絶対に幻希と会えるようにすると。
 せめて、一度だけでも…………と。



 ──そして三日後。

 ゲンキは、回線門で有名なフラムスに取材旅行と称して、その実、名物のドラ焼きを
食べに来ていた。
「平和だねぇ♪」
 パクパクと十五個目のドラ焼きを食しつつ、ゲンキは言う。空は濃いブルー。白い雲
は「るろ〜ん」とゆっくり流れているし、道行く人々も初夏の陽気に「あちー」と愚痴
をこぼしている。
「むむ?」
 と、十六個目に手を伸ばして、それが無い事に気付く。財布の中身は……まだ若干余
裕がある。
「……よし!」
 ゲンキは、金銭的にギリギリになるまでドラ焼きを食べる事を決意した。瞳に決意の
輝きが見て取れる (爆)。
「ママン! ドラ焼き十個追か…………あうっ!?」

ドゴーン! ドドドドドドドド!!

「ゲンキさーんっ!!」
「…………」
 クルッと後ろを振り向いたゲンキの前に、店の奥の壁を突き破って何かが現れた。
 それは、真っ直ぐに突進して来ると、迷わずゲンキにタックルを喰らわす。
「グハァッ!?」
「ああっ! 何、気絶してるんですか!?」
「…………」
 自分で体当たりしておきながら、何やら問答無用な事を言う男──レジェ。そして、
彼にロープでグルグル巻きにされ、引きずられている無言のnoc。気絶はしていなか
ったので、ゲンキはムクッと起き上がった。上半身だけ。
「何するんですかぁっ!」
「虹ちゃんはどこですかぁっ!」
「私は帰れるんでしょうか?」
「虹ならじゅらい亭です!」
「何ですって!?」
「なら、帰りましょうよ?」
「それより、僕がドラ焼きを食べるのを邪魔するなんて鬼ですか!??」
「ゲンキさん! 何で虹ちゃん一人で行かせたんです!? バカヤロー! (熱血)」
「いや、だから早く帰ろうよ!」
 そこで、三人とも大きく息を吸い込み……。
『いーかげんにしなさいっ!! (ツッコミ)』
 ゲンキ、レジェ、noc。三人の声が重なり────その日、フラムス全土に国内初
の「暴走警報」が発令された。



終り




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