「聖夜」
クリスマス・・・キリストの聖誕祭といわれる日。12月24日の朝6時。
ここ「じゅらい亭」にやたらと機嫌の良い男がいた。黒髪黒目。服は今日は
紅一色。頭のバンダナも紅。サンタクロースのような格好だが、その顔は鼻の
赤いおっさんではなく、美青年のそれだ。
「どうしたの、幻希殿?今日は機嫌が良いみたいだね?」
この店の店主じゅらいが黒髪の青年に話しかける。青年の名前は幻希と言っ
た。
「おう!今日の俺は機嫌が良いぜ!安心してくれ!今日は店ン中で滅火使った
りしねぇからよ!」
顔に似合わぬ雑な言葉づかいで幻希は陽気に言う。じゅらいは「そうなりか」
とだけ言い、にこやかな笑みを浮かべながら他の客の所に行く。朝の6時から
この店には何人かの客がいるようだ。繁盛している店である。
「幻希。今日はれいろうさんとラーシャちゃんはいないの?」
幻希の近くで飲んでいたレジェンドが尋ねる。彼はこの店の常連で、幻希とも
良く会う。
「ああ。れいろうとラーシャなら・・・・・・ほれ。あそこにいるぜ」
幻希が指した方をレジェンドが見ると、れいろうが大きな樽で酒を飲んでいる所
だった。ラーシャがそれを止めている。
「今日は飲むなぁ・・・。いつもより樽が3本多いぜ・・・」
「い・・・いつもあれより少し少ない量は飲むのか・・・?」
幻希の呟きにレジェンドの頬を冷や汗が流れる。
「ああ。・・・・・・おっと・・・そろそろ俺は用事があるんでな♪夕方にゃ、また
来るぜ♪」
言うなり席を立つ幻希に店の中にいた客達が別れの言葉を投げかける。
「またにゃー、幻希さん♪(フェリ)」
「幻希君、またね(焔帝)」
「くれぐれも暴走しないようにね♪(笑)(矢神)」
「馬車や車に気をつけてねー!(じゅらい)」
その客達の中を幻希が席を立ったことに気付いたれいろうとラーシャが歩いて来る。
「幻希・・・どこに行くの・・・?」
「幻希様!お供します!!」
だが幻希はその2人に片目をつぶって、
「悪ィな♪今日だけは俺一人にしてくれ♪夕方には戻るからここにいな♪」
そう言うと、さっさと店から出て行ってしまった。れいろうとラーシャは呆然とする。
幻希に置いていかれたことなど初めてだった。と、幻希と入れ替わりに一人の少年が
入って来た。
「あれ?今の幻希ですよね?どこ行ったんですか?」
それはこちらもこの店の常連でゲンキだった。額に青いバンダナをしている黒髪の
少年だ。
「幻希殿だよ。ゲンキ君は幻希殿と一緒じゃなかったの?」
思わずじゅらいが尋ねる。この名前の読みが同じ2人(幻希とゲンキ)は一緒に
この店にいることが多いのだ。
「いえ・・・。あれ?そーいえば、今日は朝から人が多いですね?」
店内にいる客の数を見て、ゲンキが驚いた風に言う。
「今日はクリスマスだからだよ。今日と明日は宴会だよ♪」
ゲンキが絵を見てもらってる、焔帝が答える。それを聞いてゲンキは驚愕する。
「くっ・・・クリスマス!!?そんな・・・全然知らなかった・・・」
「『知らなかった』・・・って・・・(^^;)」
「いえ、L様からは今日はまだ12月22日だって聞いていたものですから・・・・・・。
はっ!そうか!毎年、何で22日が4日も続くのかと思ったら!本当はクリスマスだっ
たのか!!」
「大ボケ・・・ですねーゲンキ君(笑)」
「うーん・・・L様の部下になって6年・・・・・・クリスマスが一度も来ないんでおかしい
と思いましたよ・・・」
「6年も気付かなかったんですか・・・・・・(^^;;)(焔帝)」
「僕等は魔族ですからね。神の祭りには無縁だとL様は言いたいんでしょうね」
「なるほどにゃあ♪流石はL様にゃあ♪(フェリ)」
「会話を中断させるようで悪いんですけど・・・結局、幻希様はどこに行かれたんですかぁ・・・?」
横道に逸れていた話をラーシャの一言が元に戻した。一同は少しばかり考え込む。
が、答えはゲンキがあっさり出した。
「なーんだ♪今日がクリスマス・イブの日だと言うのなら答えは簡単ですよ♪」
『え?』
「ふふふ・・・では皆さん、幻希がどこに行ったか知りたい人だけ僕について来てくだ
さーい!」
意地の悪い笑みを浮かべながらゲンキは外に出て行った。
「全くよ・・・今日はクリスマス・イブだぜ?少しは放っといてくれ」
何故か白い花束を持った幻希が立ち止まったのは、街外れの小高い丘が見える
場所。周囲には何も無く、人もいない。「人」は、だが。
「流石は『魔王』だな!我等の存在を察知するとは!」
その声と共に幻希の周りに6人ほどの人影が現われる。それも、唐突に。
「『魔王』よ。我等は神群中級神。カオス様の命により、汝を滅ぼしに来た者達なり」
「抵抗せしなら、我等全力を持って汝と戦わん!」
「安心せよ!結界は張ってある!街に被害は出ぬ!」
「汝、戦う意志があるならば全力を持って来るがよい」
「其が汝の意志ならば」
次々に喋る6人。幻希はその言葉に応えるかのように、手に持った聖剣を鞘から
引き抜く。
「俺はな・・・今日は機嫌が良い・・・・・・。だけどな・・・てめぇらだけは、別だ!
一撃で消してやっからかかって来やがれ!クソッタレ神群!!」
戦闘の合図は幻希が投げ捨てた鞘が落ちる音だった・・・。