≪ じゅらい亭日記 超・暴走編5 ≫
 
 

 狙うは世界のなんばーわん!行くぜ必殺チャン○ルバズー○!勝者は誰かだ!
 
 

 (後編)
 
 

BGM:「もがもがてぃっく」
作曲:もがー
指揮:もがー
演奏:セブンスムーン『七十七番』交響楽団&もがー
 
 

 もがーって誰だ……? じゃなくて。
 前回が30回だったけど、忘れてたので番外編。
 
 
 

 彼の名前は、シウァン=ラヴァーズと言った。歳は、もうすぐ二十七になる二十六歳。
金色の髪を短く り込み、両の瞳はサングラスで隠されて色が分からない。服装は……ま
 、どこにでもいる若者風だ。ただし、その下にはシャープに鍛えられた鋼の筋肉が っ
たが。
 その彼は、熱狂している観客達の中、一人静かに試合の様子を見つめていた。

 否──。

 彼が見ていたのは試合ではなかった。この競技場全体で る。気配を探り、視線で追う。
音は流石にアテにならなかったが、それでもそれなりの事は掴めていた。

( そこか……)

 チラリと、紫のレンズの下からスタンドの上のVIP席を見やる。陽光を遮るフィルム
がガラス全面に貼られていて、こちらから中の様子をうかがうことは出来ない。しかし、
彼には分かっていた。そこに、何かがいる。

(゛化け物゛が……)

 心の中で吐き捨ててから、彼はニヤリと笑った。なんの事は無い。自分も、その同類だ
と忘れていたからで り、それ以上の真に掛け値無しの゛怪物゛を知っていたからだ。
「゛魔喰らい゛といえども人の身……どこまで着いて行けるんだか……」
  るいはもう、自分は置いてきぼりにされてるのかもしれない。シウァルは決して冗談
でなく、そう思った。
 
 

 シウァルが彼と出会ったのは、六年前だった。
 当時から、既に「最強」と言われている魔王がいて、シウァルはそういう゛化け物゛達
を狩る一族の戦士だった。
 そして、その最強の魔王を倒す役目が自分に回ってきた時、シウァルは歓喜した。何故
ならその化け物は、その時より更に八年前。一族最強の戦士で り、彼の姉でも るカフ
ィアを唯一倒した男だったからだ。
 カフィアを姉としてだけでなく戦士としても尊敬していたシウァルは、悔しさに歯噛み
した。しかし、敗北した当のカフィア自身は全く気にしておらず、それどころかその魔王
の事を決して悪く言わなかった。それが、一層シウァルの を立てた。
 そう、そして六年前の…… の日。
 魔王……ゲンキと、シウァルは出会ったのだ。
 
 

 しとしとと降り続ける雨の中、シウァルは剣を抜いた。雨を吸った灰色のマントは脱ぎ
捨てる。目の前には、八年求めた宿敵がいる。
「ようやく会えたな、魔王ゲルニカ」
 と、彼の名前を呼んだ。それは、彼を「魔王」として呼ぶ時だけの名だったが、そんな
事はシウァルは知らなかった。それに、名などどうでもよかったとも言える。この゛化け
物゛を倒して姉の仇を討つ事こそが、彼の目的なのだから。
 剣を構え、暗灰色の鎧を纏った青年の姿に、今度は初めてゲンキ……いや、ゲルニカが
口を開いた。
 それは、シウァルにとって意外な程に穏やかな声だった。
「君は……なるほど、カフィア=ラヴァーズの弟ですか。シウァル……懐かしい名ですね
……」
「どうして、俺の名を知っている?」
 シウァルは訊き返した。当然だ。まだ、自分は名乗っていないのだ。改めて、目前の相
手に対する警戒を強める。
 しかし、その強固な警戒すら解きほぐそうとするように、ゲルニカは笑った。実は彼に
は珍しい事に、穏やかな微笑で る。
「八年前……かな? 君のお姉さんから聞きました。僕より、二つ年下の弟がいるってね
……」
 その時の事でも思い出したのか、クスクスと笑い出したりもする。シウァルは一瞬、そ
れが本当に魔王なのか疑いかけた。何と言うか、今まで戦ってきた者達とは……違和感が
 る。妙に、おかしなものに見えた。
「貴様、本当にゲルニカか?」
「青いバンダナにサングラス……それと、長髪の変人。これだけの特徴を兼ね揃えてる奴
は、それほどいないと思いますが?」
「それにしては、さっきからやけに無警戒だな? 俺と戦う気が無いのか? それとも、
俺程度では相手にもならないという事か?」
  くまでとぼけた感じの相手に、闘気をくじかれぬよう殺気だった声でシウァルは問い
かけた。すると、ゲルニカは初めて真顔に──いや、無表情になった。
「後者だな」
 それに反論する間も無く──四方八方から襲った衝撃にシウァルは意識を飛ばされかけ
ていた。
「……ガアッ!?」
 しかし、なんとかこらえて視線を戻す。だが、既にそこにゲルニカの姿は無かった。そ
して聞こえてくる、声──。
「なるほど、咄嗟に結界で直撃は避けたか。流石は、彼女の弟だ」
「クオッ!!」
 背後からの声に、手にした剣で振り向き様の一撃を放つ。並みの魔物程度なら剣風だけ
でなぎ倒せる力を持った魔剣が、最高の速度と重さを持って正確にゲルニカの胴に叩きこ
まれて──止まった。
「弱い」
 その言葉と共に、動きの止まったシウァルの目の前に手の平が突き出される。気付くと、
いつのまにか全身を青い光の牙で空間に縫いとめられていた。身動き一つ出来ない。
 ゲルニカが濡れてベッタリと額に張りついた前髪をかき げつつ、訊いて来た。
「君は、もう動けない。降参するかい?」
「冗談だろう?」
 答えた瞬間、シウァルの両眼が輝く。その光に打ち砕かれたかのように、動きを封じて
いた青い光の牙も粉々になった。僅かだが、ゲルニカの無表情な顔に驚きと賞賛の色が混
じる。
 次のシウァルの行動は、 くまで迅速だった──。

 右手の篭手から呪文の刻まれたナイフを取り出し、ゲルニカの胸めがけて突き出した。
一族の術者と刀鍛冶が全員で一年かけて鍛え上げた最強の破魔力が込められたナイフだ。
いとも簡単に、根元まで突き刺さる。
 そして、握った手から柄へと、シウァル自身の最大の力を叩きこんだ。バシュッという
空気の噴き出すような音がして、ゲルニカの背中まで光が突き抜ける。
 切り札のナイフを突き刺したまま残し、シウァルは魔剣を両手で構えた。今度こそと、
残りの力全てを使ってゲルニカの胸のナイフが刺さった場所に長い刀身を突き立てた。

ブシュッ

 今度はゲルニカの胸から、血が噴き出した。二つの刃物で心臓を貫かれたせいか、勢い
良く真っ赤な液体が雨で濡れた地面を汚す。
 だから、仕方の無い事だったろう。いまだかつて、これほどの攻撃を受けて死ななかっ
た化け物はいない。一瞬、シウァルは勝ったと思ってしまった。だが、直後に人間なら致
死量の出血をしているゲルニカが笑う。
「前言撤回しよう。君は、カフィアよりも強いようだ」
 後はもう、シウァルにはほとんど理解出来なかった。突然、信じ難い力で地面に叩き付
けられたと思ったら、宙を舞っていた。鎧がひしゃげ、苦しいなどと感じる前に粉々にな
って砕け散る。視界を染める血が自分の物なのか相手の物なのかも分からない内に、切り
札のナイフも愛剣も叩き折られていた。気付くと、彼は負けていた。
「久しぶりに゛殺され゛ましたよ」
 そう言って、振り返った男がいた。相変わらず雨の降り続ける空。雷鳴に照らされたそ
の顔は、何故かシウァルにとって絶対的で──

 神聖なものに見えた。
 
 
 

 それから六年。シウァルはゲルニカを、いやゲンキを狙うのを止め、共に行動するよう
になった。と言っても、ゲンキ以外は彼の存在を知る者は無いのだが。
「ふん……」
 思い出したら笑えてきた。 まりにも、挑む相手を間違えすぎたな、などと思う。
 もう、試合時間も残り僅かとなった熱戦を見下ろして、シウァルは笑った。
 一体、この中の何人が知っているのだろう? その気になれば、次元を一撃で破壊する
怪物が、本気でサッカーを楽しんでいるという事を……。
「この性格じゃなかったら殺されてたな」
 そしてまた、彼は苦笑した。
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「カオスはよいこだ ねんねしな」
作詞:超絶神・ルスィードお姉様
作曲:無口神シャマ・フィボア君
犠牲者:銀色破壊神様にボコられた作者
 
 
 

 試合時間、残り四分──ドリームチーム監督、歌野卯は試合を止め、自軍の選手達を呼
び集めた。
 疲れながらも小走りに戻って来た彼等に、彼女は言う。
「これは、相手を゛ただの゛素人だと思ってた たしらの油断だ」
 と、目だけで得点ボードを指した。そこには、「DT−14 14−7TH」と表示さ
れている。ゲンキの劇的なオウンゴールで少しは気落ちするかと思われたセブンスムーン
だが、それどころか逆にそれまで以上に奮闘し、数分の間についに同点にまで並んだので
 る。しかも、その間にドリームチームが決めたゴールは無し。゛素人゛相手には、屈辱
的な状況と言えるだろう。選手達も、ほとんどが顔を歪めている。
 が、例外もやはりいる。爺虎とフリュガだ。爺虎は、気難しい顔で立ち尽くし。フリュ
ガは微笑すら浮かべている。そのフリュガが、口を開く。
「では、監督はどうすればいいと?」
「奴等をお前達が今までに見た事すらない、強敵だと思えばいい」
 フリュガの問いに気を悪くした様子もなく、キッパリと歌野卯は言い切った。
「人間、自分より明かに上で、しかも未知の相手には慎重に、かつ全力で挑むしかないだ
ろう。そして、それでも勝てる力がお前達には るはずだ。別に、私は今回限りのお前等
の監督だし完全に全員の力量を把握しているとは考えていないが、それでもお前等は全員
が『ドリームチーム』に選ばれた選手達だ。全力で挑んで、勝てないはずがない……違う
か?」
 その言葉に、選手達は黙り込んだ。ただし、絶望とか反抗の沈黙ではない。言葉を噛み
締め、自ら酔おうとするかのような感じだ。それを感じ取り、歌野卯は最後の台詞で締め
くくった。
「いつまで、爺虎や新参者のジャッポーネに甘える気だ!! 最後の五分間くらい、全員
で戦って来い!! 烏合の衆の意地と誇りを見せてやれ」
 その言葉に選手達は声こそ発しなかったが、瞳には確かに゛応え゛の光が宿っていた。
 
 

(「頼る」……か)
 歌野卯の言葉に失いかけていた戦意と誇りを取り戻したドリームチームの選手達の中で、
爺虎もまた、自らの誇りを天秤にかけていた。天秤のもう一方には、「勝利」が乗ってい
る。

『爺虎も、もう歳だよな』

 試合が終わる度、こんな声が嫌でも耳に入った。それも仕方ない事に、ここ数年の爺虎
は全盛期のような勢いが無く、彼の所属するチームも負け通しだったからで る。
 そして、今年になって彼は、突然解雇された。かつてサッカー界の帝王と言われた彼が、
なんの前置きもなく っさりと切り捨てられたのだ。その時点で、爺虎にとって人生は終
わりに等しかった。
 他のチームにいる昔からの知り合い達から、コーチをやってみないかというような話も
いくつか ったが、彼は選手として以外にサッカーに関わる気は無かった。そして、そん
な話を断る度に絶望した。

 自分は、もう二度と選手としてフィールドに立つことは無いのだと。

 そんな時にだ。FIEAのアバツ会長が、突然電話をかけてきたのは。
 それによると、条件付きで「W杯」の代表として再び選手復帰させてくれるという。無
論、爺虎は是非も無く承諾した。 の時の彼には、もう一度プロとしてボールを蹴って、
フィールドを駆け巡れれば他はどうでもよかったのだ。
 だが、その条件が問題だった。
「君には、我々のテストに付き合ってもらう」
 筋力を増強する薬品と、よく分からない「機械」の実験台になる事。それが、アバツの
出した条件だった。
 それを聞いた爺虎は、無論断ろうと思った。いくら試合に出たいとは言え、違反をする
のも黙認するのも彼の性ではなかった。しかし、アバツは彼の考えている以上に、最低の
男だったのだ。
「花霧がどうなってもいいのかね?」
 人質だ。アバツは、フラムスに留学中だった爺虎の娘を人質に取り、脅してきたのだ。
これで、彼に逆らえるはずはなかった。自ら進んでドーピングと、『MUGEN』と呼ば
れる機械の実験台になった。
 その後の数ヶ月は、思い出すのもおぞましい地獄だった。ただ、花霧のために耐えた。
 そして、今もまた花霧のために戦っている。たとえ、この命を捨てても娘だけは助けな
くてはいけない。
 しかし──。
「誇りか……私にも、まだそんなものが ったらしい」
 言うと、彼は突然上着を脱いだ。
「え?  、おい爺虎、何を……!?」
 流石に女か、慌てる歌野卯と驚いている他の選手達は無視して、その大きな手で自分の
肩を掴む。と、そこから皮膚がベリベリと剥がれ落ちた。
『なっ?!』
 顔を引き攣らせる一同。フリュガですら、爺虎の行動に驚いていた。彼は、そこに何が
 るか知っていた。
「監督、そろそろ試合を再開しよう」
 言うと、爺虎はさっさと上着を着こんでフィールドに戻って行った。呆然とする監督と
選手達の前に、剥ぎ取られた皮膚が放り捨てられる。
 いや、それは皮膚ではなかった。
「な、なんだコレ?」
 オルメガが指差したそれは、人口の皮膚の下にビッシリと張りついた機械の塊。
 これこそが『MUGEN』だった──。
 
 

 スタンドの上に設えられたガラス張りの特別席では、アバツが叫んでいた。
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な?! な、何故だ!? 何故、『M
UGEN』を捨てる?! 切り離す?!!」
 彼にとって、 まりに唐突で不条理な選択だった。そもそも、娘を人質に取られた父親
が人質を取っている相手に対して逆らう意志を見せるなど、 りえない事だった。
「何故だ?! 何故、それを捨てる!!!?」
 癇癪を起こした子供のように喚き立てるアバツ。それを、何時の間にか背後に立った青
年の声が止めた。
「アバツ」
 静かだが何故か必ず耳に届く声に、アバツはビクリと身を震わせた。次の瞬間、振り返
って弁明しようとした彼の額と喉とを何か黒い物が貫く。そのまま、倒れこんだ。
 即死だった。それを確認してから、青年は感情の無い声で言う。
「無能者などいらぬよ」
「ま 、そういう野郎は俺も嫌いだがね」
 突然背後から聞こえた声に、驚いた風も無く青年は振り返る。そこには、金色の神を短
く り込んだ男──シウァル=ラヴァーズがいた。
「゛魔喰らい゛か……」
「  、貴様等の天敵だ」
 シウァルの声と共に、部屋の中に不自然な違和感が生まれる。瞬時にして彼が結界を張
ったらしい。それに気付き、青年は一言だけ忠告した。
「止めておけ。君は有能だ、殺してしまったら利用できない」
 それには答えず、シウァルは疾風の如く駆けていた。
 
 
 

次回予告
「や 、オイラの名はジミー。ちょっとヤンチャなマメリカっ子さ。そんなオイラの趣味
はカウ・ボーイ。毎日毎日、カウを作っちゃ 客に出してるのさ。え? 『牛を追うんじ
ゃないんかい』だって? 何言ってんだいヘイユー。オイラはマタドールじゃないぜ、れ
っきとしたカウバーに勤めるボーイさんさ。って、なんだいユー? その手に持った包丁
は?  、次回予告をしてなかったねボーイ。
というわけで次回は、
『ヘイユー! ダジャレの言い過ぎには気をつけな!!』
『ヘイミー! 夜道で刺されちゃ歌うしかねーってばよ!!』
『ヘイホー! やっぱりオイラの洒落は最高さねっ!! ……って、ウッ?! (刺)』
と……というわけさ、ボーイズ&ジェントルメン。女の子は、マ・ネ・し・ち・ゃ・ダ・
メ・だ・ぞ? (ポックリ)」
 

(戻って来た(どうやって?))
 

「ヘイボーイ! そういや、隣の家に囲いがアウッ(二度死に)」
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「藍蒼い雫」
作詞:ファルカム武田
作曲:アビン須々木
歌:ミドリカ=ワーナー
 
 
 

 後半残り時間2分48秒。先程までセブンスムーンの勢いに押されていたドリームチー
ムが、突如力を取り戻した。世界最高峰のプレイヤー達が、己の技術を総動員してセブン
スムーンに゛立ち向かって゛来たのだ。
「スィッ!」
 フィールド中盤、いつもなら単身突っ込んで行くはずの蛇巳庵が、矢神の右をすれ違い
ざまにフリュガへパスを出した。矢神の後ろに隠れてボールを奪おうとしていたボルツが、
勢い まって前につんのめっている間にフリュガがオルメガへとボールを出す。
 そしてオルメガにドリームチームのDF達の注意が行った瞬間、彼はフリュガからのパ
スをスルーして、再び蛇巳庵へと戻す。DF達が対応出来ない間に、蛇巳庵はシュート。
 しかし、ゲンキの反応も流石に速く──。

バチィ!!

「チッ!」
 舌打ちしながらも、パンチングで宙に舞ったボールを追う蛇巳庵。長身を活かし、レジ
ェとJINNをかわして左に落とす。そこには、爺虎がいた。
「やばっ?!」
 体勢を崩しながら着地してレジェが悲鳴じみた声を上げた。しかし、それよりも速くn
ocが、ボールを奪うべくスライディングタックルをかけている。
「とうっ!!」

ズザンッ!!

「フッ!」
 ボールが弾かれ、足元から消えた──と思った瞬間、爺虎は体を反転。弾かれたボール
に素早く足を引っ掛け、後ろに戻す。そして、そこには今度はフリュガがいた!
「カウン○ーシュート!!」
 謎の技名を叫んだフリュガのシュートが、ゴールの右上スミを狙って走る。流石に、こ
れにはゲンキの反応も間に合わない。ドリームチームを応援していた者達が、悲鳴を上げ
た。
 しかし──。

ガンッ

 バーに当たってボールは再び宙に舞った。フリュガが珍しく舌打ちする。ボールを目で
追い、そして跳ぶ選手達。
 矢神よりも高くレジェが。レジェより高く蛇巳庵が。蛇巳庵よりもボルツが。ボルツよ
りも爺虎が高く跳んでいた。そして、その上にゲンキがいた。
「もらった               っ!!」
 爺虎の肩に手を置き、かなりの高さでボールを鷲づかみするゲンキ。そのまま空中で無
理矢理体勢を変え──投げた。
「勇さん!!」
 空中からの超々ロングパスを受け取ったのは、勇だった。
 
 
 

ザッ

 芝を蹴る軽快な音がして、勇が走った。この試合、初めて目立ってるかもしれないなど
と心の中で呟きながら。
 周囲には敵も味方も少ない。かといって無論、無人でもない。ドリームチームのDF達
はそのまま残っていたし、味方はどうやらクレインだけ。他の皆が来るまで、ボールを守
れるかどうか……。
「とり えず!」
 前方二方向からやって来るDF達から逃れるべく、クレインのいる右に走ってみる。そ
のまま、彼等もついて来た。そこで、ちょっとしたイタズラを思いつく。
「なら、勝負です!」
 と、いきなり立ち止まる。クレインが「へ!?」などと言ったのが聞こえたが、それは
無視して1歩後退。前に出た左足と、後ろに下がった右足の間にボールが るという格好
になる。そこへ、一人はスライディング。もう一人はショルダーチャージでぶつかってく
るドリームチームのDF二人。
「おおっ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ボールをよこせ!!」
 などと、無茶な事を言ってくるのにニカッと笑って、勇は゛跳んだ゛。
 文字通り、両足でボールを挟んで、空中で前転しながら、跳んだのだ。スパイクの が
空に向いて、その後また地面に着く。後は、そのままゴールに向かって一直線。
『                  っ!!?』
 振り返ってようやく何をされたか気付いたらしく、DF二人が怒り混じりの悲鳴を上げ
る。この二人、前にクレインにも似たような技でかわされていたりする。だが、流石に人
がそのまま宙を舞うとは思わなかったようだ。
「よし、成功!!」
 イタズラが上手くいった時の子供の笑みを浮かべ、走る勇。敵は、クレインにひっつい
てて、今は後ろから必死で追いかけてくる三人目のDFと、キーパー。味方は、やはり後
ろから走ってくるクレイン。
「と、もうお一人!!」
 キーパーの前でクルリと後ろを向き、勇は横に避けるようにして動いた。その行動に困
惑しているドリームチーム・ゴールキーパーのリバーの視界に、物凄い速さで走ってくる
男が見えた。
「う、うわ っ!!」
 それは何度も見た姿。見飽きるくらいに、何度もゴールを狙ってきた、キーパーにとっ
ては悪夢のような彼。超スピードの親バカ・眠兎だった。
「とりゃ                               っ!!」
 勇が横に退いたのと、ほとんど同時に眠兎の足がボールを蹴っていた。それを、キャッ
チしてボールを奪おうとしていたリバーは目の前20cmで見てしまう。
 ここから先は、ナイスな読みをしている一部の人々以外には意外だった。 (別にシャ
レじゃない)
 

ボゴムガン
 

 鈍く、そして重い音が響いた。顔面で眠兎の助走付き全開シュートを受け止めてしまい、
リバーは白目を剥いて前のめりに倒れる。ボールは元の弾道を外れてゴールポストにぶち
当たり、転々と転がった。 まりにショッキングな出来事に、会場中が沈黙する。

 と──。

ピピィィィィィィィィィィィィィッ!!!!

 ホイッスルが鳴ってしまった。
 
 
 

次回予告
「こんにちは、リバーです。次回から登場出来ないそうなんで。え? 『元から目立たな
いだろう』って?  んた、それ言っちゃおしまいですよ……。
ところで、眠兎っていうじゅらい亭の常連さんに会ったら、言っといてくれませんか。恐
いよ んた……って。何か、遠近法とか無視してるかのような速さで走ってくるんですも
ん。恐すぎですわ、マヂで。 、でもゲンキとかいう相手のキーパーも恐かったな。ヤク
ザみたいな目ツキして、髪バサバサ振り乱しながら走ってくるんスよ。もう、気分は鬼婆
に追い詰められる旅人でしたよ。ね?
 、ところで次回予告です。
『JAM』
『VLOOD』
『へもじー』
以上、三本らしいですよ。って、何すか三本目? ……ま 、いいか。というわけで、さ
ようなら」
 

(戻って来た)
 

「14点も入れられて……クビかな…… (泣きゃっ)」
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「火 ウィッス! YOU!!」
作詞:某なにがし
作曲:某そんなかんじ
歌:灰色様
 
 
 

 同点のまま後半が終わり……決着は5対5のPK戦でつける事になった。
 全員でベンチ前に集合すると、じゅらいが言った。
「拙者達が不利だね」
 それに頷く、常連ズ。確かに、その通りだ。
 ドリームチームには、爺虎という「超」がつくほどの強力なシュートを撃てる人間がい
るし、蛇巳庵やオルメガもキック力ならかなりのものだ。おまけに、プロだけ ってこう
いう場面にも慣れているだろう。
 で、セブンスムーンはと言うと、ドリームチームの選手並にキック力が りそうなのは、
パワーの大家くらいのもので る。となると力押し以外で行くしかないのだが、さっきも
言ったように相手はプロ。駆け引き勝負で勝てるかどうか……。
 更に言うと、こちらの戦力の一人が「力押し」以外の苦手な人間でも った。誰かとい
うと、ゲンキ。よりにもよって、ゴールキーパーで る。
「お・お・お・お・お・お…………」
 自分でもいつもの力押しの通じない場面だという事に気付いたか、さっきまでの威勢は
どこへやらといった様子で、ゲンキは緊張しまくっていた。目が丸く見開かれ、口は 話
術の人形のように四角くなっている。まるで、「もがー」と言っているようだ。
「ゲ、ゲンキさん落ち着いて……」
「ほら、水飲んで、水」
 というようにレジェとクレインが落ち着かせようとしているのだが、今にも気絶しそう
な感じで る。常連達は思った。物凄く、不安だ……と。
 
 

「いいか、私達はまだ勝ってない。どころか、負ける可能性だって る。油断するな、そ
して勝て。出来るはずだ、お前達はプロだろう? ……そうだ。よし、行け!」
 歌野卯は選手達に激を与え、頷く彼等を送り出した。ただ一人、爺虎だけを残らせる。
「爺虎、この機械については、試合が終わった後に聞く。だから、試合が終わってない今
は、全力でぶつかってこい。 のキーパーにやられっぱなしで終わるわけには、いかない
だろう?」
 そう言うと、珍しく微笑んだ。そして、爺虎をフィールドの方に向き直らせると、背中
を押し出して呟く。
「引退試合なんだろ? 頑張れよ」
 その言葉に爺虎は少し驚いたが、しばしして……。
「 りがとう」
 その一言を置いて、走って行った。
 大きな背中を見送って、歌野卯はため息をついた。
「そりゃ、私のセリフですよ」
 彼女は、十年来の爺虎のファンだった。
 
 
 

 そして、PK戦が開始された。
 セブンスムーンのキッカーは、大家、しゃちょー、矢神、noc、眠兎。
 ドリームチームのキッカーは、蛇巳庵、オルメガ、kiba、サンタナ、爺虎。
 それぞれのゴールキーパーは、ゲンキとフリュガ。ゲンキは、いざとなればレミが何と
かするんじゃないかという理由で外されず、フリュガは負傷したリバーの代理として自ら
志願した。キーパーの経験は無いそうなので、ゲンキとはいい勝負かもしれない。

 そんなこんなで開始した決着戦。先攻は、セブンスムーンだった。

 最初のキッカー大家は、フリュガと向かい合って強烈な緊張感を覚えていた。よく考え
たら、勝敗を決める十人の内に選ばれて、更には最初に蹴るというのは、かなりプレッシ
ャーが る。勝敗うんぬんもそうだが、ここで思いっきり外したらどうなるだろうとか、
空振りしたり転んだりしたらどうなるだろうと、余計な事が脳 をよぎる。
 このままではいけないと、大家は一つの事に集中することにした。

(笛が鳴ったら蹴るんだ。笛が鳴ったら蹴るんだ。いつも私は言ってるじゃないか、大丈
夫って。そう、大丈夫なんだ、笛が鳴ったら蹴るんだ……笛が鳴ったら……)

 と、力一杯頭の中で唱え続ける。端から見ると、普段とほとんど変化が無いのだが、こ
のままでは蹴った所でゴールを大きく外れるだろう……と、ただ一人大家の心境に気付い
ていたじゅらいが立ち がろうとした時、その大家の表情から余計な緊張が消えた。

(これは……何だ?)

 大家は、緊張の消えた顔で疑問符を浮かべていた。どこからか、音楽が聞こえてくる。
どこか分からぬ、異国の音色……妙に心安らぐ、その音のおかげか、さっきまで感じてい
たプレッシャーは嘘のように無くなった。
「一体……」
 そう呟いた時、大家は気付いた。音が流れてきているのが、正面に立つフリュガの方か
らだ……と。
 フリュガは、大家の視線に気付くと、苦笑めいた笑みを浮かべた。それは、なにか子供
に「落ち着いて」と言っている大人のようだった。

ピッ!

 次の瞬間、笛が鳴った。ハッとなって、僅かな助走をつける大家。フリュガが構える。
グッと息を潜める、人々。
 大家は、ほとんど無意識の内にシュートを放っていた。そして──

ザンッ

 大真っ直ぐに蹴られたボールは、フリュガの脇をすり抜け、見事ゴールネットに突き刺
さった。
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「じぇんとるめんず そんぐ」
作詞:紳士
作曲:紳士
歌:紳士
 
 
 

 大家がまずは一本目を決めた後、さっきの彼以上に緊張している男の出番がやってきた。
「 う う う う う う」
 カタカタと生ける屍のような動きで、ゲンキは身構えた。正面では、今まさに蛇巳庵が
シュートを放とうとしている。何とか、止めなくてはいけなかった。
 しかし、結果は──。

スザーン

 かなり っさりとシュートが決まってしまった。ゲンキはと言うと、ボールと逆方向に
フラフラとダイビングして墜落したところだったりする。無論、じゅ亭常連達が地面に突
っ伏したのは言うまでもない。
 
 

 というわけで、最初の対決は両者共にシュートを決め、1対1という結果になった。
 そして、第二回はしゃちょーの出番だった。
「こんな事も ろうかと、毎日二千本のシュート練習しといてよかった……」
 今までの努力が報われた事に感動しつつ、彼は笛の音を待った。そして、その瞬間が来
た時──彼はコケた。
 コケながらも、一応ボールは蹴ったのだが、へろへろてんてんと転がって行くだけで、
 っさりとフリュガにキャッチされる。
 しゃちょーは、今度は別の意味で号泣した。
 
 

 そして再びゲンキの出番。相手は、蛇巳庵級のストライカー・オルメガ。はっきり言っ
て今だに緊張しているゲンキでは分が悪い事は明白だが、じゅらいはキーパーを交代させ
ようとはしなかった。これで、どうするか決めるつもりらしい。
 オルメガは、アゴの無精ヒゲを撫でて考え込んだ。彼は、相手が何で れ、慎重に考え
る性質で る。ゲンキの今までの動きや、今の見た目の緊張の度合いなどを考えて、作戦
を立てる。
 爺虎や自分達のシュートを何度も止めている事からしても、反射神経、運動能力は極め
て高い。勘もいいだろう。が、それでいてさっきの蛇巳庵のシュートに対する反応は粗末
という以外に無い。プレッシャーのせいで動きや勘が鈍っているのは確かだった。

(なら、どこを狙う……どこを……)

 笛が鳴るまでの間、彼は考え続けた。そして、笛の音と同時に結論を出した。
「ここだっ!!」
 ゴールの向かって右上スミ。普通の状態でも、なかなか反応出来ない場所に蹴りこむ。
今のゲンキには、たとえ反応できても捉えられない──はずだった。
 しかし、次の瞬間ボールは弾かれ、オルメガの足元に戻ってきていた。
「な……」
「危ない危ない……もう少しで、二度も続けてやられるところでしたよ」
 驚くオルメガに向かって、ゲンキの口から言葉が発せられた。その声はまだ微かな緊張
こそ残しているものの、落ち着いていた。
「借金返済と、男の勝負がかかっているのです。今、降りるわけには……いきませんね」
 ゲンキの視線はオルメガに向けられ……いや、その向こう──爺虎へと、向けられてい
た。
 
 

 矢神は、プレッシャーなど無縁と言わんばかりに平然としていた。が、得意の駆け引き
はフリュガに通じず、渾身のシュートは弾かれる。
 しかし、彼は悔しげもなく笑みを浮かべると背中を向けつつ呟いた。
「なるほど」
 その言葉に、珍しくフリュガが冷や汗を一筋頬に伝わせた。
 
 

 kibaとの対決、ゲンキは完全に復調した証拠とばかりに、両手でガッチリとボール
を掴んだ。キーパーの経験は無くとも、流石に魔王。気配でシュートの方向を読んでいる
らしい。
 
 

 フリュガは、苦手な敵と対峙する事になった。nocで る。
「まいったな……」
 何がまいったかというと、機械相手は音を読みにくいのだ。そう、矢神にはバレたよう
だが、ゲンキが気配でシュートの方向を読んだように、彼も「音」で相手の動きを読んで
いたのだ。
 ただ、「音」と言っても本当の「音」ではない。その人間や物が放つ、特殊な波長が、
フリュガには音のようになって聞こえるのだった。
 しかし、このnocはやにりくい。機械にも「音」は るのだが、どういうわけか彼だ
けはそれが聞き取り辛い。おそらく、そういう「音」なのだろうが、これはフリュガにと
っては初めて聴くタイプだった。おかげで、今だに感覚が掴めてない。

ピッ!

 笛が鳴った。nocのシュートが来る。こればかりは、「音」に頼るわけにもいかない。
フリュガは左に飛んだ。
 そして、偶然でしかないが、シュートはそちらに放たれた。
「くうっ!」
 届くか届かないかのギリギリのところをボールは通過する。そう計算したフリュガは、
出来る限り腕をのばした。これで届かなければやばい。そう祈り、腕が千切れるほど精一
杯突き出す。

ガスッ!!

 祈りが通じたか、拳の先がボールに当たった。そのまま、ゴールラインギリギリを掠め
て転がって行き、ゴールの外に出る。
 nocが舌打ちすると同時に、フリュガは拳を握った。
「やった!!」
 それは、彼が最初で最後に見せた、心の底からの、素直な笑顔だった……。
 
 

 この直後、セブンスムーンチームは最大の危機に見舞われる──。
 
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「期待外れのベクトル」
作詞:ポチョムキンA
作曲:サバイバル仁藤
歌:RAPTOL
 
 
 

 よし、オッケー。ゲンキは、心の中で呟いた。PKが始まる前の緊張はどこへやら、も
う完全に落ち着いている。
「次は…… の人か」
 爺虎との決着を前にして立ちはだかるのは、どうやらドリームチームMFのサンタナら
しい。三十七歳と爺虎に次いで高齢の選手で る。
 実は、ゲンキはさっきまでこの選手の存在に気付いてなかった。それというのも、妙に
影が薄いので る。表情もボーッとして読みづらく、何を考えてるか分からない。
「うーん、何か誰かに似ている……」
 知人の何人かを思い浮かべ、ゲンキは身構えた。さっきから相手のシュートを気配を感
じて防ぐという土壇場御都合新開発の技はかなり快調で る。この調子で、このサンタナ
のシュートも防いで爺虎との決着を……と、思った直後にサンタナがボールを蹴った。

 シュートの気配は──無い。

「 れ?」
 一瞬戸惑うゲンキ。その彼の真横をボールは通りぬけた。気配を読む事だけに集中して
いたので、思いっきり反応の遅れるゲンキ。
 背後で乾いた音がした。

バスン

 ゲンキは、頭の中の辞書から瞬間的に一つの単語を見出していた。
 すなわち、「伏兵」。
「ひ            っ!? 何で入ってんだー?!!」
 大馬鹿の悲鳴がこだました。
 
 
 

 その 、スタンド上部のVIP用観覧席室内では──。

ギンッ!! ズザザザザザザザーッ!!

「チッ!!」
 シウァルは舌打ちしながら剣の表面に指先をなぞらせた。その軌跡をたどって光が文字
を描いてゆく。
 数瞬後、剣の表面はビッシリと光る文字で埋め尽くされていた。それを掲げ、「魔喰ら
い」シウァル=ラヴァーズは吼える。
「流石にやるな、化け物が!」
「お前達『魔喰らい』に化け物と呼ばれるのは心外だ」
「そうかな? 俺達から見ても化け物っていうのは、結構いるんだがな?」
 光る文字で埋め尽くされた刀身の切っ先を青年に向け、シウァルは走る。頑強な床を一
歩ごとに踏み砕きながら突進する姿は、虎のような猛獣を連想させた。
「カアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

ギュヴォゥン!!

 突き出された剣の切っ先は、青年に当たらずに空を突いた。その空間が一瞬白熱し、そ
して奇妙な音を立てて揺らめくと、何事もなかったかのように元に戻る。シウァルが自身
で攻撃の余波を抑えこんだのだ。そうでもしないと、結界の外に影響が出かねない。
「不自由な戦いだな、お互いに」
「互いに……だと?」
 意外な言葉に眉根を寄せるシウァル。彼には、相手の青年が力の出し惜しみをする理由
が思いつかなかったのだ。まさか、人間を巻き込まないようなどという事はないだろうし。
「どういう意味か知らんが、なんにせよ安心しな!!」
 斜め下から斬り上げるように剣を振るい、シウァルは言った。
「死ねば、不自由も何も無いだろうからな!!」
「そうだといいがね」
 呟き、青年は黒い霧をシウァルへと叩きつけた。
「グァッ!?」
 

ゴバーン!!
 

 吹き飛び、壁を突き破って床に転がるシウァル。青年が、再び呟く。
「意外と、死者にも自由は無いそうだよ」
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「軍ikusa uta歌」
作曲:トーマス・J・ブライトン
指揮:ソウヴィル・グレイナク
演奏:セブンスムーン管弦楽団
 
 

ゴクッ……

 誰かが唾を飲む音が、やたらと大きく聞こえる。人々の息遣いすら密やかなものだ。藤
原美影はそう思った。
 人々の視線と意識は、眼下の一点に集中している。そこには一人の男が立っていて、一
つのサッカーボールが転がっていた。

──運命の一球……

 美影も、そして彼女の双子の片割れで る光流も人々と同じように集中しないではいら
れなかった。何故なら、その一球を蹴るのは自分達の父なのだから。
「父さん……頑張れだぜ……」
 光流が呟くのが聞こえた。と同時に父・眠兎が動く。瞬間、場内に緊張が走った。
 美影は、断言する。
「言われなくても父さんは勝つわ」
 そしてセブンスムーン最後の一撃は放たれた────
 
 
 

(右っ!?)

 眠兎の放ったシュートの方向に気付いた時、フリュガは焦った。何故なら、自分は逆方
向に動きかけていたからだ。
 逆に、眠兎は拳を握っていた。彼は気付いていたのだ。フリュガがこちらの選手の思考
やシュートを打とうとする気配をなんらかの方法で読んでいると。だから、蹴る直前まで
意識を逆方向に向けていたのだ。
「くっ!?」
 しかし、フリュガも流石に反応が速い。瞬時に飛ぶ方向を切り替え、迫り来るボールに
向かって手を伸ばした。
「入れ!!!」
「届いてくれ!!」
 眠兎とフリュガの声が同時に響く。そして、フリュガの懸命に伸ばしていた腕がガクリ
と落ちた。
「!?」
 下がった腕の上を通りぬけ、眠兎の蹴ったボールがネットに突き刺さる。そのまま倒れ
込み、地面に拳を叩きつけるフリュガ。
 眠兎の手が、高々と掲げられた。
「おおおおおおおおおおおおおおおっしゃ            っ!!!」
 この瞬間、セブンスムーンに「敗北」は無くなった。
 そして、「勝利」か「引き分け」か。
 それを決める勝負が、始まろうとしていた──。
 
 
 

「いいんだなレミ。僕がやっても…………そうか」
 心の中の兄弟に語りかけ、今一度ゲンキはゴールに立った。もう負けは無い。引き分け
でも、大多数の人間は納得するだろうし、快挙には違いない。無論、勝利ならばなおのこ
と。
 しかし──
「これは、僕等と──」

ベギッ バキッ

 右の拳が閉じたり開かれたりするたびに大きな音を立てる。まるで今にも砕け散りそう
な不快な音だ。
「爺虎との、喧嘩だ!」
 身構えるゲンキ。最後の勝負に備え、右腕から余計な力を抜く。
「さ 来い!!」
 
 

「さ 来い!!」
 ゴールに立ったゲンキが吼える。しかし、爺虎はそれを無視して彼に近付いて行った。
「な、なに?」
 驚いて拍子抜けしたのか、バランスを崩すゲンキ。その肩をガッシリ掴んで、爺虎は身
を屈めた。審判が注意するのも聞いていない。
 いきなり近付かれ、ゲンキは大いに驚いている。
「な、なんですか?」
「この戦いを始める前に、冒険者としての君達に依頼を申し込む」
「え?」
「FIEA会長のアバツに、私の娘・花霧が捕らえられている。この試合が終わったらす
ぐに救出に向かってくれ。依頼料は私の口座から好きなだけ持って行って構わない。口座
番号などは花霧が知っている」
 そう言い、更に娘の特徴などを簡潔に語ると爺虎はゲンキの肩から手を離した。
「本当ならこれから戦う相手に言う事ではないが、終わってからでは遅いかもしれないの
でな……すまん」
 そして、改めて自分の持ち場へと戻る。それから二分ほど主審の注意を聞かされ、観客
達がざわめき始めた に、ようやく勝負は開始された。

ピッ!

 笛が鳴る。その音を聴き、爺虎はいつもより長めの助走をとる。
 よりにもよって対戦相手のゲンキに依頼した理由は簡単で る。彼なら、この程度の話
を聞いたところで同情する事は無いと感じたからだ。一見気さくそうに見える男だが、心
の奥に冷徹さを隠している節が る。そして、そんな彼なら絶対に花霧を助け出してくれ
るだろう。
「頼むぞ……そして、勝負だ! じゅらい亭の魔王!!」
 爺虎の人生最高最後の一撃が放たれようとしていた。
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「序章の終わり」
作曲者:不明
演奏:ゲルニカ=マリア(魔奏楽)
 
 
 

 画面が切り替わり、ちょっと拗ねた感じのする少女が画面に映し出された。
『こんにちはっ、にゅーにゅーでーす! 今回は、私の初シングル「ALL HI 魂」をお買
い上げ下さいまして、マコトに りがとーございますっ!! この曲はアニメ「天使のリ
ンゴ酢」の主題……』

プチッ

 思わず電源スイッチを切ってしまってから、「はて?」と彼は考え込む。
 ずっとボーッと何かを考えていたのだが、今のCMのせいで忘れてしまった。なにか、
思い出していたのだが……と、そこまで考えて彼は思い出していた事を思い出した。
 
 
 

「ハァッ!!」
 やはり真正面から向かってきた爺虎のシュートに対し、こちらもやはり正面からゲンキ
は拳を叩きつけた。
 

ゥ……ッパンッ!!
 

「が っ!?」
 砕けた拳が真上に弾かれ、痛みに顔をしかめるゲンキ。しかし、ボールも同じく上に軌
道がズレて……

(ダメだ!!)

 このままではゴールポストに当たって入ってしまう。瞬時に判断した彼は、使えない腕
の事は忘れることにした。
「クゥアッ!!」
 前のめりに倒れながら左足で跳躍する。そのまま空中でクルリと前転しながら、まっす
ぐ伸ばした右足でボールを蹴りつけた。

ズバン!!

 乾いた音と衝撃が蹴りつけた足をも弾く。急激に逆回転してバランスを崩し、顔を思い
っきり地面に打ちつけるゲンキ。そのせいで、どうなったかは自分では分からない。
 結果は、虹の声が届けてくれた──

「止めたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 虹達の歓喜の声。今までの静寂が嘘のような大々々歓声。じゅらい達が駆け寄ってくる
音。そして、レミの声──
 ニヤリ。倒れて鼻血を出しつつも、ゲンキは笑った。ゴールの外を転々と転がっていた
サッカーボールが、目の前を通り過ぎた。
 
 
 

 クレインに肩を貸してもらって立ち がると、爺虎が前に立っていた。
「負けたよ、流石だ」
「いやいや、ここまでボロボロにされたのも久しぶりです」
 ニヤッと笑い返すゲンキ。その姿は、右腕と右足は見事に折れ、全身青アザだらけ。お
まけに鼻血と、まるでサッカーというよりはラクビーでもやっていたかのようだ。クレイ
ンが「?」マークを浮かべるほど酷い。
「これで君達セブンスムーンは次回から正式に参加する資格が与えられた。私はこれで引
退だが、頑張ってくれ」
 それだけを言い残すと、爺虎は踵を返した。その大きな背中が遠ざかる前に、ゲンキは
声をかける。
「花霧さんですが、既にお助けしました」
 その一言で爺虎の歩みが止まる。しかし、振り返りはしない。構わずゲンキは続けた。
「一応魔王ですからね、部下は多いんですよ。それに、試合前から少々調べさせて頂いて
たので。今、花霧さんは僕の部下の一番の腕利きが護ってます。心配 りません」
「安心した…… りがとう」
 安堵のため息を吐き出し、爺虎は再び歩を進めようとする。しかし、それに更にゲンキ
は言葉をかけた。
「父親の資格が無いなどとは思わないように」
 その言葉には、爺虎は立ち止まらない。ゲンキは、「チッ」と舌打ちして自分から前に
出る。
「この試合が終わったら何が何でも助けに行くつもりだったんでしょう? なにより、花
霧さんを自分を犠牲にしてまで今まで護り続けていたのは なたです。 の機械を外した
のも、これ以上、花霧さんの父として恥ずべき事をしたくなかった。そうではないですか、
爺虎さん?!」
 思わず声が荒くなるのを自覚しつつも、ゲンキは更に詰め寄る。
 娘を置いて行こうとする父親に。
 しかし、その父親はキッパリと言う。
「花霧は、もう大人だ。私の助けなどいらない」
 その言葉には哀惜が滲んでいる。たしかに、成長した子供に必要以上に干渉するのは馬
鹿な事だ。だが、そうではない。
「どうしても『父親』の力が必要な時はどうします? 他の何者でもなく『父』にしかで
きない、助けてやれない事がこの先にも るかもしれない。その時、どうしますか?」
「ゲンキさん……」
 クレインは気付いた。これは、爺虎に対してだけ言っている事ではない。今ここにいな
い、 の青年にも向けられている言葉だ。
「言っておきますが、僕じゃ『父親』の代わりにはならない。他の誰も、 なたの代わり
にはなれない。誰が何と言おうと、花霧さんを今まで護ってこれた『父親』は なたしか
いないんだ。これからも、どんな形でもいいから、護り続けなきゃいけない『父親』は、
 なた以外にいないんだ!」
 そう叫んだと同時に、ゲンキは気を失った。そこで初めてクレインや、他の常連達は気
付く。不死身の再生力を持つ彼の出血が、まったく止まる気配が無い事に。
「う、うわゲンキさん!? タンカは!? 風舞さーん!!!」
 クレインの声に応えて救命道具を抱えた風舞とタンカを運んだ医療班がやってくる。そ
れに乗って運ばれて行くゲンキ。
「…………」
 爺虎はただ、黙ってフィールドを後にした。
 
 
 

 目を開けると医務室の白い天井が った。
「おや?」
 起き立てに見なれぬ物を見てしまい、首を傾げるゲンキ。と、横から甲高い声が上がっ
て彼の耳を直撃する。
「部下Gお兄ちゃん!! 気がついた!?」
「なにっ!?」
「ゲンキさん!!」
「大丈夫かにゃっ!!!」
 次々とハードパンチの連打が鼓膜を直撃する。危うくもう一度気を失いかけつつも、ゲ
ンキはギリギリで踏みとどまった。
「な、何? どうしたんですか、皆して?」
「何って……二時間も気を失ってたんだよ、お兄ちゃん!!」
 と、呆れたような怒ったような虹の声が上がるが、これも見事に耐え切ってゲンキは呟
いた。
「  、そういえば魔力を回復に回すの止めてたんだ」
 レミが「魔法は使わない」と断言した時から、自分の再生能力への魔力供給は絶ってい
たので る。当然ながら、爺虎達のシュートを受けたダメージはそのまま蓄積されていっ
て、最後には出血多量で意識を失ったのだ。
 それを説明すると、虹ばかりか常連ズまで呆れ顔になった。
「なにも、魔法使わないことにしたからって、そこまでしなくても……」
「やれやれ、心配して損した気がするにゃ……」
「はっはっはっ、ご迷惑おかけしました♪」
 カラカラと笑い、全く反省していない事を明らかにするゲンキ。虹が何やら怒鳴りかけ
──止めた。いきなり、ゲンキが真顔になっている。
「二時間……僕は二時間も気絶していんですか!?」
 と、いきなり焦り始めた。布団を跳ね上げ、簡易ベッドから飛び降りる。点滴も無理矢
理外し、その場にいた虹、クレイン、眠兎、フェリを押し退けて外に飛び出した。
「ちょっ……どうしたんですか、ゲンキさん? 気がついたのなら安静に……」
 医務室の外にいた風舞が注意するが、それも無視。 たりをキョロキョロ見回すと、唐
突に る方向に目を向けた。
「ゲンキさん、まだ回復してないんだから休んで!!」
「魔王呪法! 『虚廊』!!」
「きゃっ!?」
 風舞が止めるのも聞かずに空間転移呪文を発動するゲンキ。周囲の空間が歪むのを見て
巻きこまれまいと、慌てて風舞は後退る。そして──

バシュッ!!

 空気袋を破裂させるような音と共にゲンキの姿が消える。医務室から出てこようとして
いたクレイン達も驚きに目を丸くしていた。
 第一声は風舞が放つ。
「もう、なんなの!? 追いますよ、クレインさん!!」
「え? は、はい!!」
 風舞に睨まれ、クレインはスターファイアを構えた。
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「始まりの焔」
作曲者:不明
演奏:ゲルニカ=マリア(魔奏楽)
 
 
 

 転移したゲンキの前に、シウァル=ラバーズは座り込んでいた。場所は競技場から数k
m離れた森の中。隠すようにして道が造られており、それは森の奥に向かって伸びていた。
「足止め……二時間も余計にさせやがって、流石に疲れた」
 満身創痍の体で毒づくシウァル。腕が動かせないのか、クイッと顎で道の先を示す。
「お前の部下のエンディワズだったか?  れが手助けに来たからなんとか保ったが……
奴は強いぞ。今はエンディワズが足止めしてるはずだ。早く行ってやれ、お前ならどうっ
てことない」
「  、すまない。 りがとう、シウァル」
「いいさ、お前の頼みだ」
「…………」
 笑うシウァルに何と言えばいいか分からず、魔法で応急処置だけを施してゲンキは森の
奥へと駆け出した。
 走って行った彼を見送り、シウァルはボヤく。
「誰か煙草吸うのを手伝ってくれよ」
 ま 、誰も来やしないだろうがな……心の中で落胆のため息を吐き出す。
 が、彼の望みを叶えうる者達が、今まさにこの場所にやって来ようとしていた。
 
 
 

 今回の収穫は小さかった。しかし、落胆した様子もなく青年は歩いていた。その周囲で
は、無数の魔法が爆裂している。
「くっ……魔法主体の私ではどうしようもないな……」
 さっきから魔法を放ち続けている男が悔しげに呟く。それに向けて青年も手をかざした。
 

ズドドドドドドドドドド!!!
 

 無数の暗黒球が男に向かって放たれる。しかし、その全てを相手は杖の一振りで消し去
ってしまった。攻撃を受けない代わりに、彼に攻撃を当てる事も出来ないらしい。
「なるほど、流石は『聖母』の眷属か」
「エンディワズ=A。私の名だ」
「覚えておこう」
 答え、青年は今度は魔法を使わなかった。瞬時に間合いを詰め、痛烈な蹴りをエンディ
ワズの に叩きこむ。
「ぐほ !!」
 血を吐き出し、くずおれるエンディワズ。それに向かって青年は手刀を掲げた。
「残念だ、君の能力は私と戦うにはどうしても不利になってしまう。できれば近接格闘戦
の可能な者と戦いたかっ──!!」
 青年の言葉は最後まで続かなかった。途中で、自分の周囲の空間から生まれた光の牙が
彼の四肢を貫き動きを束縛する。
 どうやら牙は単に突き刺さるものではないらしく、そのまま空間に縫い留める力を持っ
ているようだ。身動き一つ取れない。
 しかし、青年は平然と首を巡らして今の攻撃の魔力が発動した方向を見る。そこには、
ゲンキが立っていた。
「ゲルニカ=マリアか。『聖母』の最後の子が出てくるとは思わなかった」
 その呟きに、倒れたままエンディワズが毒づく。
「やっと来たか……!? 何をしていた…………長!!」
「気絶してました。すみません、エンディさん。今、助けますので」
  っさり答え、ツカツカと青年に歩み寄るゲンキ。しかし、その途中で光の牙が砕け散
る。同時に、霞のように溶け行く青年の姿。
「ほう?」
「馬鹿、逃がす気か!?」
 のん気に眉をひそめているゲンキに立ち がったエンディワズが詰め寄る。 んたこそ
ピンピンしてるじゃないかというツッコミはさておいて、ゲンキは彼を蹴り飛ばした。
 再び倒れてから、エンディワズが怒鳴る。
「何をする!?」
「いや、蚊がエンディさんのマントに止まってたもんで」
「嘘をつけ!」
「はい、嘘です。鬱陶しかったもんで」
「……こ、この……!!」
「それより、どうせ遠くには逃げられませんし、この先のヘリポートに向かっているみた
いですから僕が追撃します。エンディさんは、例の調査に戻ってください」
「な、お前が呼び出したんだろうが !!?」
「それじゃ、しーゆ〜♪」
「ま、待て!! こ、この馬鹿者がぁっ!!」
 さっさと走り去ってしまったゲンキの背中に向けて怒鳴り散らすエンディワズ。そのま
ま、しばらく喚いていたのだが、やがて後方から迫ってくる気配に気付いて止める。
「人間どもか?」
 どうやら、じゅらい亭の連中がやって来たらしい。となると、ここにいたのでは鉢合わ
せしてしまう。
「ふん、それよりなら調査の方がマシだ」
 吐き捨て、マントを翻す。直後、彼の姿は消えていた。

 そして──。

「ゲンキさん、本当にこっちに行ったんですか?!」
「間違い無いにゃ、ニオイが っちの方に続いてるにゃ!!」
「ちなみに、どんなニオイなんですか?」
「ドラ焼きの香りにゃ!!」
「なるほど……」
 騒がしい一団が、さっきまでエンディワズのいた辺りを通りすぎて行く。
 その中には、鏡矢虹の姿も った。
 
 
 

 青年に焦りは無い。しかし、今回の僅かとはいえ貴重なデータを見捨てるつもりはなか
った。ゲンキの縛呪から逃れた後、彼は らかじめ用意しておいた森の中のヘリポートに
向かっていた。
「着いた……か」
 唐突に視界が拓け、目の前に一機だけ小型のヘリが着陸している。既にローターは回っ
ており、いつでも飛びたてる態勢だ。
 彼がヘリの側まで行くと、パイロットが驚きながらも「飛び立ちますか?」と訊いてき
た。彼は、そのパイロットを殺した。
「訊かずともわかるだろう。無能者め」
 そして自分は後部席に乗り込む。と、操縦席では眉間を貫かれたパイロットの死体が動
いて離陸の準備を始めた。青年には、死体を操る力が った。
「奴が来る」
 離陸を始めたヘリの中で青年は気付き、呪文を唱え始めた。スライド式の扉を開いて身
を乗り出す。

ギュガゥン!!

 無言で青年は魔力弾を放った。それはヘリを撃墜しようとしていた光球とぶつかり、威
力を相殺して消滅する。
 だが、その光球を放った者──ゲンキはニヤリと笑った。その意味が分からず、一瞬思
考が空回りした青年の目にゲンキの後ろに人間達が現れるのが見えた。
 同時に、感覚を戦慄が走り抜ける。゛それ゛は、真上からやって来た。
「<滅>っ!!?」
「────そう呼ばれる事も るな」
 青年の目の前を、声を置き去りにして何かが通りすぎた。それの姿を瞬間的に捉えた青
年は、単純にこう思った。

──美しい……

 刹那、銀光がヘリとその中に る全ての物の表面を走る。そこから溢れ出る灰色の炎。
 青年の見た何者かが、落下しながら囁いた。
「光刃 疾奏」
 それと同時にヘリがバラバラに斬り刻まれ、溢れた灰炎が爆裂して全てを消し飛ばす。

 ゲンキが笑っていた。
 
 

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 
 

BGM:「邂逅」
作曲者:不明
演奏:ゲルニカ=マリア(魔奏楽)
 
 
 

 虹は、こんな光景を見た事が るような気がした。
 銀色の閃光と灰色の炎。
 そして──
「ま、まさか……」
 レジェンドが呟くのが聞こえた。前方の薄明るい照明の光の下に、こちらに背中を向け
て立つ誰かの姿に、皆が視線を注いでいる。
 虹自身も、同じ……いや、もっと驚いていた。何故なら、これは……今、目の前で起き
た事は、 の光景は……ずっと、母に聞かされていたものと同じだったから。
「まさか……ほんとに……? 父さ……」
 自然と足が前に出た。ずっとずっと会いたかった。探していた姿が、そこに る。虹の
ために道を開ける常連達。だが──

ヴゥン……

 薄明かりの中で、金色の光が立ち尽くす彼を包み込んだ。その姿が儚げに揺らめくのを
見て、虹は全速力で駆け出す。
「待ってよ……待ってよ……!! まだ、顔も見てない……まだ!!」
 その距離は決して遠くはない。しかし、虹の手が届くには遠すぎた。
「まだ、『父さん』って呼んでない!!」
「…………」
 虹の言葉にも沈黙だけを残し、彼の姿は金色の光が弾けるのと共に消えた。輝きに照ら
されていた周囲が、また薄明かりだけの暗さになる。
「さ、虹ちゃん……」
 時音が近寄り、膝をついている虹に声をかけた。
 虹は、泣いていた。
「時音さん……父さん行っちゃった……父さん…………」
「…………」
 何を言えばいいか分からず、ただ泣きじゃくる少女を抱きしめる時音。誰も、声を発し
ない。

 いや、たった二人だけ、囁きを交わしている者がいた。

「これを……一目だけでも見せて げることを狙ってたのですか……」
「ええ、ま 」
「……残酷ですね」
 ゲンキの答えに、矢神はただそれだけを呟いた。
 
 
 
 
 

 回想から現実へと戻り、彼はとり えず水分を補給することにした。台所へと向かう。

カシュッ ゴクッゴクッゴクッ

「ふう」
 真っ昼間だというのに酒を おり、一息つく彼。と、更に回想に続きが った事を思い
出した。
「大変だったな 」
  の後、常連ズを待っていたものはドリームチームとの試合よりも忙しいものだった。
次回からの予選参加を認められた事や選手個人に対するインタビューだの、試合後の特別
表彰式をほっぽり出した事へのセブンスムーン領主の小言だの、閉会式の参加だの、とに
かく色々と った。
 ただ、会長アバツの死は伏せられ、式には別の人間が代表として出席していた。
 そして、爺虎。彼は、現在消息を絶っている。試合後、そのまま何処かへと消えてしま
ったらしい。ドリームチームの監督だった歌野卯が号泣していたのが記憶に残っている。
 そういえば、もう一人姿を消した者がいた。フリュガだ。彼も、爺虎とほぼ同時に姿を
くらましている。
 もっとも、彼は真相を知っているが……。
「そのうち、戻って来るだろう……それまで、二人共預かっておくよ……」
 と、呟いた彼に横合いから声がかかった。
「 れ、ゲンキさん。どうされたんですか……お仕事の方は?」
「え、いやなんでもないです!?」
 慌てて缶ビールを背後に隠し、彼女の目に触れないようにしながら玄関へと向かう。
 だが、見咎められたのか家を出る直前に叱咤の声が飛んできた。
「昼間からお酒はいけませんよ!!」
「す、すみません花霧さん!!」
 逃げるように走り出すゲンキ。花霧はクックックッと笑いを噛み殺しながら掃除の仕度
を始めた。
 
 
 

エピローグ
 
 

「ハァ……ハァ……」
 荒い息をつきながら、フリュガは走っていた。長雨に打たれた体は冷たく、重い。それ
でも、立ち止まるわけにはいかない。
「ハァ……ハァ……ウッ!?」
 だが、ついに彼は倒れてしまった。そうなると不思議なもので、もう二度と立つものか
という気持ちになる。もっとも、血を流しすぎた体はもう立つ力すら残っていないが。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
 段々と視界が霞がかって来た。どうやら死ぬのも近いらしい。ふう……フリュガは息を
吐き出した。もう、諦めた。
 いや、本当はもっと前から諦めていた。自分が実験体だと知った時。生涯ただ一度の大
好きなサッカーの試合が出来た時。 切った爺虎の抹殺指令が下った時。それに失敗はし
たが、爺虎を殺せたという事にして上に報告した時。そして、自らも 切って刺客を出さ
れた時。ずっと、諦めの連続だったのかもしれない。
「でも、いいんだ……僕はサッカーが出来たから……」
 声にならない声でフリュガは呟いた。
 めちゃくちゃな試合だった。
 でも楽しかった。
 それだけで、もういい。もう、何もいらない。
「 りがとう……」
 最後の言葉を遺した瞬間、フリュガは目の前に誰か立ったような気がした。でも、彼に
はそれが見えなかった。
 
 

「ゆっくり眠れ……もう誰も、お前が好きなことをするのを邪魔したりしないから……」
 声はフリュガに届かない。でも、彼は囁く。
「俺が、約束するよ……次に生まれる時は、もっと自由になれるって……」
 涙が止まらなかった。理不尽な理由で人が死んだ……それだけで、泣いていた。
「もう泣かないでくれ……」
 そういう彼自身が、泣き続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

                                  超・暴走編5
                                     終わり
 
 
 
 
 
 

  ■BACK■ INDEX