「じゅらい亭日記─超・暴走編6」





「前編──サタン・ガール&ゲルニカ・マリア──」




プロローグ

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 いつもの店のいつものカウンター。いつもの席に腰掛けながら、ゲンキは上機嫌で焼き
鳥に手を伸ばした。もう一方の手には、酒の入ったグラスが握られている。
 ちなみに昼間で、おまけにツケだったりする。
「ああ、こんなに返せたのって久しぶりだ……めでたいッス……」
 ハラハラと涙すら流し、焼き鳥に喰いつく。モゴモゴと口を動かし、酒で喉に詰まりか
けた肉を流し込みながらも、やはり泣き続けた。感涙である。
「ああ、借金を返した後のお酒って美味しい……♪」
「全額返してもらったわけじゃない上に、それってツケですけどね」
 感動の台詞に風舞の容赦無いツッコミが返ってきたが、ゲンキは気にしない。そう、た
とえ一部とは言えど借金を返せたのだから。しかも゛百万ファンタ゛も!
 何故そんな大金を手に出来たかというと、無論のこと先日のW杯(ワンダフルカップ)
での活躍ゆえである。領主からは最初、一人八万ファンタで受けた依頼だったらしいのだ
が、セブンスムーンチームがドリームチームに勝利して次回からは予選からの正式な参加
が認められたと決まった途端、依頼料が値上げされたのである。
 何故、ここまで高額になったかについて店主じゅらいが尋ねたところ、セブンスムーン
の女領主曰く、

「゛これからもよろしく゛という意味です。つまりは、選手の皆さんとの契約料の前払い
だと思っていただきたい。次回のW杯も……期待しておりますよ」

 そんな領主の怪しい視線に、じゅらいはドンと胸を叩いて「任せてください!」と言っ
たらしい。それだけは常連ズもやや不満があったが、突然膨れ上がった依頼料を差し出さ
れては文句を言う気にもなれない。その日は結局、店主のオゴリで大宴会。全員で勝利と
返済の喜びに朝まで大騒ぎしたのである。これが、後の世に語られる「じゅらい亭 百万
ファンタ大決戦宴会2010」である。
 で、それから三日経った今も、感動し続けているのが何人かいて、その中の一人がゲン
キというわけだ。
 更に言うと、ここまで長続きする感動を味わって、彼が調子に乗らないはずがない。
「ふふ、風舞さん……大丈夫! なんか最近の僕って調子いいみたいだし、こうなったら
一億分の一くらいは今年中に返済してみますよ!! はっはっはっはっはっはっ!!」
 堂々と宣言してゲンキは高笑いを上げた。それに、呆れ半分感心半分の視線を送る風舞
と店内にいる常連ズ。
 呆れは「無理言ってんじゃねーよ」的なもの。感心は「一億分の一でも物凄い額だった
はず」という推測からのものだ。事実、一億分の一でも十分に天文学的な数字だったりす
る。一体、こんな借金をどうやってじゅらいは肩代わりしたのだろう? 謎は尽きない。
 まあ、それはともかく。そういう理由で常連達は最近機嫌が良かった。中には、全額借
金を返せた者もいたという。無論、借金が元から無くて出場した者などは羽振りまでよく
なった。
 しかし、続く常連ズの幸せの最中、よりにもよって「借金王」ゲンキにのみ、不幸が振
りかかる事となったのである。それには彼自身気付いておらず、そしてその「不幸」は一
直線に頭上から────高度一万mから落下してくる最中だった。
「うーん、本当に美味しいなぁ……」
 涙しながら五本目の焼き鳥に手を伸ばすゲンキ。そして、彼方から響いてくる声。
「ぉ〜……さ〜……〜」
 その声に最初に気付いたのは、窓縁で日向ぼっこしているヘリオスだった。
「にゃ?」
 ピョコリと耳を立てるヘリオス。声は、どんどん近くなっている。
「お……じ〜……さ〜……!」
「はて?」
 読書していた彩京英一郎もそれに気付いた。そして、次々と常連達が謎の声に頭上を見
上げ、眉を訝しげに曲げた時──一人だけ感動と酒に酔っていて気付いてないゲンキの真
上で、じゅらい亭の屋根と天上を突き破る爆音が轟いた。
「は?」
 ようやく気付いて天上を見上げるゲンキ。しかし、その瞬間には何もかもが遅すぎた。
小さな靴底が、彼の顔面にめり込む。


ズゴシャアッ!! ドガン!! ガランガランガランガラン!! ボギャッ!!


 …………いつもの事だが、店が壊れた。
「オジサマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ♪♪♪♪」
『……………………』
 起きた事態に似合わぬ甲高く幼い声が響くと同時、静寂が訪れた。「オジサマ」なる人
物は名乗りを上げず、常連達は突然の事に(まあ、突然の異常事態には慣れてるけれど)
多少呆気に取られて押し黙る。ゲンキは、物凄い衝撃で床下に上半身を埋めてピクピクし
ていた。吹っ飛んだ破片が直撃したか、店内には無数の破損が生じている。
 その原因──黒金色の鎧を着込み、ゲンキが埋まった床の穴の側に立ち尽くす黒髪黒目
の少女は、怪訝そうに呟いた。
「あれ?」
 刹那──風舞はソロ=バンを取り出し、神速にすら勝る速度で修理費用を割り出す。

ぱちぱちぱちぱちぱちぱちっ!! きゅぱちぃーん♪

「しめて二万八千七百と一ファンタなり!! この修理費はどなたに請求すればいいんで
すか!? 保護者の方は手を上げてっ!!!!」
「は〜…………い……」
 返事は地獄の底から返ってきた。その時点になって、初めて少女は気付く。
「オジサマ!? どうして床下に埋まってるのですか!!?」
「うん……これはこれで意外と楽しいのだよ……大人の遊びだけどね……ディルちゃん」
 床下から己の上半身を救出して少女に答えると、ゲンキは永く永く、深い深いため息と
共に風舞から突きつけられた請求書を受け取った。
 彼の脳裏を誰かの言葉がよぎる。

(『不幸は待っていなくてもやってくる。唐突に。そして駆け足で』…………)

「ゲンキさん、一杯だけおごってあげます」
「すみません……」
 風舞にすすめられ、今度は先刻とは別の意味の涙酒を飲み干すゲンキ。傍らには、何が
何だか分かっていない様子の少女が座っていた。




第一章「彼女は空からやって来た」

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 夜────毎度の如く集結した常連ズの見守る中、ゲンキはコホンと咳払いした。立っ
ている彼の横には、椅子にちょこんと座らされた昼間の少女がいたりする。
「え〜……紹介しましょう」
 少女の肩に手を起き、ゲンキ。常連ズがゴクリと唾を飲む音がして、その名は語られた。
「当年十歳にして『魔王』の称号を持つ、我等が『聖母』魔族のエリート。その名も素敵、
ディル=F(フィン)ちゃんですっ!!」
「はじめましてですわ!!」
 ゲンキの紹介に続き、自らも挨拶する少女──ディル。すると、予想外に大きな反応が
返ってきた。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?』

「をぅ?」
 まさか、ここまで大仰に驚かれるとは思っていなかったので、目を丸くするゲンキ。す
ると、横から彩京がやって来て、肘でツンツンと突つかれた。
 彼は、いきなり物凄いことを言う。
「隠し子とは、ゲンキさんもやりますねえ♪」
「はあ!?」
「隠し子ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええっ!!???」
 驚いたゲンキより素っ頓狂な悲鳴が、割と近くで上がった。
 その声を聞いた途端、ゲンキの顔が青ざめる。声のした方に振り向くと、予想通りに元
上院可奈だった。
「ゲンキ様、ままままままままままままままままままさか!? 隠し子なんて嘘でござい
ますよね!? ゲンキ様!?」
「うっ、うわあ可奈さん!? いや、もちろんですってば!! ディルちゃんは僕の隠し
子なんかじゃなくてっ……!!」
「正妻の子?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!」
「JIぃぃぃNNんんんさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!」

スパカーン!!!!!

「わあああああああああああああああん!! ゲンキ様、十二年も戻ってこられないと思
ったら、もう奥様も子供もいらしたのですねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!? 嫌あああ
あああああああああああああああああああっ!!!」
「ちがいますってば!? 僕はまだ正真正銘の独身でぇ!?」
 凶悪かつお約束なツッコミボケをしてくれたJINNをフライパンでかっ飛ばし、ます
ます泣き喚き始めた可奈を宥めるゲンキ。
 JINNのようなボケをかまそうと待ち構えていた常連ズも、珍しく容赦ないゲンキの
カウンターにピタリと動きを止めた。そうでない者達は、可奈を宥めるのを手伝ったり面
白げに静観してたりする。
 そんな光景に、面白く無さそうな顔をしている人間が一人いた。いや、正確には魔族だ
ったが。まあ、それは小さな問題である。
 ディルが、立ちあがった。そのままゲンキに宥められてる可奈の元まで行くと、ニコッ
と真下から微笑みかける。
「…………なぁに?」
 思わず泣き止み、真意の分からぬ行動に訊ねる可奈。すると、ディルはゲンキの腕にガ
シッとしがみつき、今度は子悪魔的な笑みを浮かべた。
「゛パパ゛はディルのものだもん!!」
「ひあああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
 無論、悲鳴を上げたのはゲンキである。可奈は、瞬時にキレて気絶した。
 そこに、常連ズ──特に女性陣──が詰めかける。
「ゲンキ君なんて事を!?」
「可奈さん、しっかり!!」
「ま、若い内の過ちは素直に認めることです……」
「頑張れパパさん」
 口々に勝手なことを言う彼女達に向かい、ゲンキは絶叫した。
「だから違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!!!」
 無論、誰も聞いちゃいなかったが。




「というわけで……ディルちゃんは、あのディベルカの娘なんです…………」
 あれから数時間。もう朝日が昇る頃になって、ようやくゲンキの説明は常連ズに信用さ
れたようだ。皆、コクコクと頷いている。
 眠くて舟をこいでるだけに見えるのは気のせいだろう……。
「ディベルカが九年前の゛大戦゛で戦死し、故に親友だった僕がディルちゃんを引き取っ
たわけです。以来、旅の最中に故郷に何度も立ち寄っては育児の手伝いをしていたわけで
す。まあ、僕は本当に手伝い程度。実際にこの子を育ててくれたのは、ミツルギという女
将軍で……って、もう皆さん聞いてませんね?」
 疑問調で言ってから、彼は「まあ仕方ないか……」と呟いた。昨日の夜からぶっ通しで
延々と彼とディルとの関係について説明し続けたのだ。聞いてる方としては、居眠りの一
つもして当然だろう。熟睡してるとかいうのは、この際どうでもいいし。
「本当に信じてもらえたんだろうか……可奈さんなんか、真っ先に眠っちゃったみたいだ
し……」
 ショックだったのか泣きつかれたのか、可奈は説明の途中で眠ってしまった脱落者一号
だった。これでは、力説した意味があまり無い。ゲンキとしては一番誤解を解きたい相手
だったのだが……。
「ディルちゃんも、イタズラ好きさえなけりゃなぁ……」
 と、やはり既に眠ってしまってる少女の髪を優しく撫でるゲンキ。どういうわけか、デ
ィルは先刻可奈にやったようなイタズラをよくする。その度に、誤解を解かないといけな
いのだ。はっきり言って疲れることこの上ない。
 しかし、それでもやはり……。
「こういう寝顔を見てるとなぁ……」
 虹もそうだが、子供の寝顔にはどうにも弱い。どんなに厄介な目に遭わされても、「ま
あいっか」で済ませてしまいたい気になる。
「今だに、こういう所が『大魔王としての自覚が足りない』って言われるんだろうな」
 苦笑して、ディルを背負い、可奈を抱きかかえるとゲンキは店を出た。が、自宅に向か
おうとした所でストップがかかる。
「ゲンキさん、婦女子を二人も……どこへ連れてく気ですか?」
「おはようございます、陽滝さん。いや、ディルちゃんは説明した通り、僕が一応保護者
ですし……可奈さんには、ちゃんと誤解が解けたか聞きたいので、僕の家に」
「変なことしない?」
「変なことって……安心してくださいよ。家には僕以外にも何人もいますし、史上最強の
゛がまぐち財布゛が目を光らせてますから」
「そうですか、なら安心しました」
「はい、ではまた」
 笑みを返し、再び自宅へ向かう道へと足を向けるゲンキ。が、もう一度背後から声がか
かった。
「今回のお勘定まけてあげますから、朝御飯食べさせてください」
「どうぞ」
 横に並んだ陽滝に、またも苦笑するゲンキ。最近、G家は食堂代わりに使われる事が多
い。じゅらい亭からは結構離れた場所にあるから、店の方に行くまで我慢できないという
常連達が立ち寄って行くのだ。
 まあ、陽滝の場合はルウの作った中華朝ガユが好きらしく、よく朝食時にG家を訪れる
のだが。ルウ自身も「修行になる」と言ってるのだから文句は無い。ツケも減るし。
 道すがら、ゲンキは訊ねてみた。
「陽滝さん」
「なんですか?」
「ディルちゃんおぶってくれません?」
「力仕事は男性の役目です」
「…………了解でース」
 結局、ゲンキ一人で二人を運ぶことになったようだ。




 家に着くと、門前で朝早くから掃除している人物がいた。赤茶色のフワリとした髪に、
濃緑色の瞳──花霧だ。つい最近、事情があってG家に住まうことになった二十代半ばの
女性である。
 彼女は、ゲンキと陽滝。それに、眠っているディルと可奈に気付くと、掃除する手を止
めた。まず、陽滝を見て問うてくる。
「あら、ゲンキさん? そちらの方は?」
「ああ、まだ花霧さんとは初対面でしたか。じゅらい亭の看板娘さんのお一人で、陽滝さ
んです。可奈さんは、知っておられますよね? で、こっちの女の子が僕の──」
「──ゲンキさんのお子さんですか?」

ガン!

「あら痛そう」
「ち、違います……僕の死んだ友人の娘で、ディル=フィンちゃんです。あ、陽滝さん。
こちらが、花霧さんです」
「よろしく、花霧さん」
「はい、よろしくお願いします、陽滝さん」
 ゲンキに互いを紹介され、握手を交わす二人。なんだか、仲良くなりそうな感じだ。
 二人の様子にウンウンとなにやら頷くと、ゲンキは玄関の方を指差した。
「さて、それじゃあそろそろ朝食にしましょう。今日は、僕が作る当番なんですが、いい
ですか陽滝さん? 中華ガユを作れと言われるのでしたら、作りますけれど?」
「あ、お願いできますか?」
「はい、了解しました」
「お粥ですか。私も食べたいですね」
「たくさん作りますから、花霧さんもどうぞ」
 と、談笑しながら家に入る三人。すると、ちょうど上から虹とルウが起き出して下りて
くるところだった。寂は、とっくに起きて道場で修練してるのだろう。
 寝ぼけ顔でまだこちらに気付いてない虹に、ゲンキは声をかけた。
「おはよう、虹」
 その声に、ハッと目覚めて虹は挨拶を返す。
「え? あ、おはよ……部下Gお兄ちゃん。花霧さん。陽滝さん……えと、それから可奈
さんと…………あれ?」
 ゲンキの背中に背負われているディルを見つけ、戸惑う虹。完全に初対面だという事に、
どうやらまだ寝ぼけていて気付けないらしい。
「初めて会う子だよ、虹。ディル=フィンちゃんだ」
「え…………!?」
 瞬間、虹の表情が凍り付いた。その間にルウがゲンキ達に挨拶する。その間、五秒。
 そして、虹はやっぱり予想通りにお約束なボケ方をした。
「部下Gお兄ちゃん、子供いたんだ?」
「違うっ!!」
 流石に、力強く否定してしまうゲンキだった。





第二章「足長おじさま」

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 物心ついてから初めて「あの人」が訪れて来たのは、ディルが五歳になった日だった。
誕生日を祝うという習慣は魔族には無かったが、人間の世界で育った「あの人」は違った
らしく、わざわざ遠いところから駆けつけて来てくれた……そう、ミツルギから聞かされ
たのを覚えている。
 最初の一言は、ごくありふれたものだった。

『やあ、ディルちゃん』

 そう呼ばれて大きな手が自分を抱え上げた瞬間、なんだかわけもわからずに怖くて、デ
ィルは暴れた。落ちそうになった彼女は、すぐにミツルギの手に渡されたんだった気がす
る。もしかしたら、エンディワズかもしれないが。
 そうやって「あの人」の大きく怖い手から逃れたディルに、「あの人」は囁いた。

『ごめんな、オジサンの手……怖かったろう? ごめんな……』

 なんだか、その声が妙に悲しくて、ディルはワンワン泣いてしまった。困り果てた「あ
の人」は、不思議な魔法で色々な玩具を空中に出現させる。そして、少し泣き止んだ彼女
に言ったのだ。

『怖くなくなるまで続けようね、ディル』




 それから、何日か経つとお城の中は騒がしくなった。「やっと出て行く」とか「さっさ
と行っちまえ」という声をよく聞くようになって、「あの人」がまたどこかに行っちゃう
んだと分かった。
 ディルは突然寂しくなった。まだ、あの手に触れられるのは怖かったけれど、そうでな
い時は「あの人」と一緒にいるのは楽しかった。できれば、ずっといてくれればいい、そ
うすれば、手が触れても怖くなくなるかもしれない。
 そう思ったら、ディルは「あの人」を探して走り回っていた。広い広いお城の中を、小
さな足で必死に駆けぬけ、隅から隅まで探し回った。が、それでも見つからず、諦めかけ
た時、すぐ側の窓の外にそれは見えた。

『オジサマ!!』

 窓に駆けより、精一杯の声で叫ぶディル。中庭ではたくさんの兵士達に見送られ、「あ
の人」が別の世界へ旅立とうとしている最中だった。
 ディルの声に振り向きかけた「あの人」の姿が、次元転移の魔法に歪められた空間のせ
いでグネグネと曲がって見える。やがて、頭の方から縮んで行くように上方に向かってそ
の姿は伸びて行き──

『また来るよディル。怖くなくなるまでね』

 その言葉を最後に「あの人」の姿は消えた。直前の瞬間、とても長く長く伸びて見えた、
足長の残像を残して。
 残されたディルは、その瞬間に憧れてしまったのかもしれない。
 青いバンダナと、黒いレンズの円眼鏡。どうしてかいつもニヤリと笑う、「足長オジサ
マ」──ゲンキ=マリアに。



 その後、彼が自分達魔族の長「大魔王」であると知り、ディルは必死に修練した。
 結果、たったの二年で長の最も近くにいられる者達「魔王」の仲間入りを果たしたのだ。
 しかし、それでもゲンキはなかなか戻ってこない。これではいつまで経っても一緒にい
られない──そう判断したディルは、自分から行く事にした。
 一度目は、ミツルギの妨害によって失敗。しかし、二度目は大成功を収め、無事にゲン
キと出会えたのである。嬉しくて嬉しくて、ついついはしゃぎすぎて……それで?
 おかしい。どうして、その後の記憶が無いんだろう? ディルは混乱しながら、努めて
冷静になることを心がけた。その甲斐あってか、すぐに結論が導き出される。

 ああ、眠っちゃったんだ。

 その結論で目を覚ますと、目の前に見知らぬ少女の顔があった。




                                      続く


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