0, 雨
このはは、一体の悪魔と戦っていた。
(あぁ……まただ)
すぐに、夢だとわかる。同じ夢は、今まで何度も見ている。
あの瞬間の繰り返しだ。
大きく隙を見せた悪魔(今では<不信>という名であることも知っている)の胸の中心
に、剣を突き立てる。鈍い手応え。悪魔の吐いた血が、額を汚す。
悪魔の姿が、美しいエルフ女性のものに変化する。
そして、地に倒れ伏した彼女は首だけをこちらに向け、恨めしそうに言うのだ。
「どうして殺したの……?」
そこで、夢は終わる。
「……」
ゆっくりと目を開き、夢だと再確認する。
それにしても、嫌な夢だ。事実に必要の無い脚色を加え、胸をえぐる映像に仕上がっている。
ベッドの中で上体を起こし、額に手を当てる。
そこには、<不信>の血によって作られた奇怪な紋様がある。
ひとつため息をつくと、寝汗で濡れたシャツを脱ぐ。書きもの机の前の椅子の背にか
け、机の上のバンダナを額に巻く。
ここは、大家さん(「大家」とは、彼の姓にして職名なのだ)のアパートの一室である。
カーテンを開ける。しかし、それでも薄暗い。
「……雨か……」
曇天に、心が重くなる。さぁぁ……というノイズに、しばし聞き入る。
と、視界の隅に妙なモノが入ってくる。寝る前までは確かに存在しなかったモノ。
花瓶だ。窓の前に立って(?)、外を眺めている(らしい)。
「……あの」
「うーん。雨の日に見るミリさんもなかなか……」
「花瓶さんっ!!」
「うはァッ!?……あ、このはか。驚いたなァもー」
深ァく息を吐くこのは。
「毎っ日毎ッ日言ってますよねェ……。勝手に部屋に入らないで下さいって……」
「いやー、この角度から見るミリさんが一番キレイだなーなんて……」
「……」
「あ、目が怖い」
窓を開くと、ひっつかんだ花瓶を全力で放り投げる。
「失せろノゾキ魔!!」
「うぅわぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁ飛びながら見るミリさんもよさげかもォォオォォォ……!!」
ぱっりィ……ン。
全く懲りていないらしい。
「はぁ……はぁ………。まったくもぅ……」
窓を閉めると、着替えをすます。雨用のフードつきマントを手にとり、このはは静かに部屋を出た。
部屋は、雨のノイズに支配された。
一方そのころ、深海探査船≪つぶれ大福≫七号では……。
「茶柱が立ったり倒れたり。」
大家さんが、のん気にお茶をすすっていた。
身長172センチ、体重60キロ。
笑顔の好青年で、肩くらいまである髪の左だけを縛っている。着ているのは、動きやす
そうなラフな服。
ヴィーッ、ヴィーッ……。
警告を示すアラームが鳴り響き、赤いランプが点滅する中、大家さんはつまようじに刺
さったようかんに手を伸ばす。腰まで水に浸かっているのだが……。
べぎ。
異音を発し、探査船は圧壊する。
でも、大丈夫。
大家さんは、元大道芸人だから。