じゅらい亭日記・このは的

じゅらい亭日記このは的。
投稿者> このは
投稿日> 03月14日(土)02時49分43秒





      5,  支配するモノ





「グゥルルルォォォ………」

  うなり声を上げる<不信>の前で、このはは呆然と立ちつくしていた。

「スウが……<不信>に………」

  <不信>は、名前の通り不信感を糧とする悪魔である。

  不信感を抱いた者に取り憑き、人々の間に疑心暗鬼のタネをばらまき、力を得る。それ

がこの悪魔の「生き方」なのだ。

  自分が愛した女性と、自分を愛してくれている女性。

  二人の女性が同じ悪魔に憑依され、敵として襲いかかってくる。

(これが、運命というものなのか)

  胸が痛い。

  しかし、顔に浮かんだのは、笑みだった。

  <不信>をねめつける狂気的な瞳、不自然に歪んだ口元……。じゅらい亭の面々が見れ

ば絶対に後退るであろう凄味のある笑みだ。

  心が、怒りと歓喜で満たされていた。

「また……会えたな………!」

  じゅっ!!

  このはのバンダナが、内側からの『熱』に焼かれ、ちぎれ飛ぶ。体内から噴き出す魔力

が、熱を持つまでに高まっているのだ。

  金色の髪は魔力の風で逆立ち、ゆらゆらと波打っている。

  額の紋様から強い輝きが放たれると、体から黒い瘴気のようなものが溢れ出してくる。

「おぉぉおおおおおおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

  瘴気はこのはの体を包みこみ……漆黒の鎧となって凝固する。

  騎士が着るような鎧とは違い、人間の筋肉に近いシルエットをしている。見たところ継

ぎ目のようなものは無く、関節すらすっぽりと覆っているが、動きを妨げないよう形状を

変化するのだ。

  額の両端から生えた角や爪、体の各所にある突起物の色は銀。

  顔と頭の一部を除く全身を覆いつくす、これが<破壊>の鎧である。

  このはは閉じていた目を開き、にやりと笑う。

「滅びろ」

「ガァアアァァァァァァァァ!!」

  その言葉に怒ったか、<不信>は両手に備わっているナイフのような爪を振りかざし、

このはに襲いかかる。

  ガラスをひっかいたような耳障りな音が響く。このはが、何気なく持ち上げた腕で攻撃

を受け止めたのである。力を入れた様子は、ない。

  一瞬だけ笑いを収め、このはは短く呪文を唱える。

「劫火よ……焼き尽くせ!!」

  今や悪魔と化した二人を、紅蓮の炎が包み込む。

  近くの木は一瞬で燃えあがり、巨大なたいまつと化す。

  下生えは炎にあぶられ、黒い絨毯に成り果てる。

「グギャアァァアァアァァァァァッッ!!」

  未だ燃え続ける炎の渦の中から、<不信>が転がり出てくる。

  獣毛は炭化しており体中からぶすぶすと煙を上げているが、命に別状はないらしい。

  消滅してゆく炎の中からゆっくりと進み出てくるこのは。<対魔法防御障壁>の呪文でも

使っているのか、炎の被害がどこにもない。

「意外と丈夫だな。私が知っている貴様なら、行動不能になっているはずなのだがなァ」

  地べたに這いつくばる<不信>を見る目は、完全に見下していた。

「力を貸してほしくはないか」

  最初に表に出てきた時、<破壊>はそう語りかけてきた。

  このはは、<破壊>の知識から<不信>が生きている事を知った。カミリエを殺す原因

となった憎き悪魔が、生きている……。

  何としてでも、自分の手で殺してやりたいと思った。

  しかし、彼に<不信>を倒す術はない。剣は使えない。使えても、また同じことを繰り

返すだけだ。

「私なら、私の力を用いれば、ヤツを倒せる。お前が愛した女の敵がうてるのだ……!」

  精神的に参っていたこのはは、一も二もなくその誘いに乗った。

「<不信>を見つけたら力を貸してくれ。ヤツは私が倒す」

  このはの言葉を、<破壊>は快諾した。

「よし、ついでだ。お前がどうしても許せない相手に出会った時は、私が出ていってやろう」

  その時は「何と優しいのだ」などと思っていたのだが、関係ない者をも巻き込もうとは……。

  しかし、いまさら後悔しても遅い。

  今は、目の前の敵を倒すのみだ。

「グゥウゥァァァッッ!!」

  素早く起き上がり、距離をとる<不信>。

  全身の傷口が、白く泡立っている。再生しているのだ。

  そんなことには構わず、このはは無造作に一歩踏み出す。

  びくっと震えて一歩後ろにさがると、<不信>は口から紫の液体を吐き出す。

「キシャアッ!」

「フン」

  あっさりとかわす。液体がかかった地面から、じゅうじゅうと白い煙が出ている。かな

り強い酸だったらしい。

「どうした?他にも芸があるんだろう?」

「グゥアッ!!」

  挑発に乗ったか、<不信>の全身の黒光りする外皮が蕾のように開き、中からヤマアラ

シのトゲのような物が伸びてくる。

「……ほぅ?」

  知らない能力だったようだ。が、慌ててはいない。

  と、トゲが一斉に発射され、空中で向きを変えてこのはを襲う!

  よけようとすらしないこのは。口の中で小さく何かをつぶやく。

  このはにあと一歩と迫ったところで、トゲは強風に煽られたかのように進路を変える。

  空中で接触しあい、爆発を起こす。どうやらミサイルのようなものだったらしい。

「次だ」

  周囲に展開していた<風の結界>を解き、このはは余裕で腕を組む。

「グゥ……!!」

  <不信>の手の爪が、ぐにゃりと溶け合って長剣状に変化する。

「ガァアアアアァァァァァアアァァァァァァ!!」

  両腕を無茶苦茶に振り回しながら突進する<不信>に、このはは静かに腕を下ろし、半

身に構える。

  一流の剣士でもなければ成し得ない速度で振るわれる<剣>の斬撃を、全て紙一重でか

わす。動きが止まった一瞬の隙を突き、左右の手で<剣>を捕らえる。

「遅い」

  ベギャッ!

  <剣>は、このはの握力であっさりと砕かれる。

「ッッギィヤァァァァアァァァァァッッ!!?」

  どす黒い体液をまき散らし、悶え苦しむ<不信>。

  このはは、動きを止めた怪物をメッタ打ちにし始めた。

「ふっ、ふはっ、ふはははははははは!!」

  拳、肘、蹴り……。細身のこのはに<不信>の巨体が翻弄される様は滑稽にさえ見え

る。再生能力が追いついて行っていない。みるみる傷だらけになってゆく。

「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」

  雄叫びと共に繰り出されたこのはの爪が、丸太のような<不信>の腕をあっさりと切り飛ばす。 

  刀剣をもはじき返す黒い外皮も、このはの爪の前では紙に等しい。

「ッッギィィアアァァァァァアァァ!!」

「はぁあああぁぁ!!」

  回し蹴りで吹っ飛び、燃える大木に激突する<不信>。耳を塞ぎたくなるような絶叫が

上がる。

  ふらふらと立ち上がった<不信>は、背中からコウモリに似た翼を広げる。

「逃がすと……思うか!?」

  掌に作り出した<火球>を、飛び上がったばかりの<不信>の背中に投げつける。

「……!!」

  爆炎と共に翼が吹き飛び、炎の中に落下する。絶叫。

  無様に転げまわる怪物を見下し、このはは冷ややかに告げる。

「怒りはもう、おさまった。そろそろ、死ね」

「……!!」

  しばらくしてようやく立ち上がった<不信>は、あきらめたのか、まっすぐ突っ込んで

来る。

「ウガァァァアアァァァァァァァ!」

  両腕を左右に広げ、胸をさらす。そこを、攻撃しろというように。

  かつて、このははその誘いに乗り……あのような結果を招いた。

  同じ過ちは、繰り返さない!

「はあああぁぁぁぁぁ!!」

  迫り来る<不信>には構わず、その影に右腕を叩き込む。腕が肘あたりまで地面にめ

りこんでいる。

  このはが腕を引き抜くと、影の中から何かが引きずり出されてくる。

  <不信>だ。

  このはの手に喉を掴まれ、じたばたともがいている。体が透けて見えるのは、これが精

神生命体<不信>の本体だからである。

  悪魔<不信>は、他の生命体に憑依しなければこの世界で力を振るう事はできない。

  憑依した者の肉体を変化させて操るわけだが、危機が迫った時、<不信>は本体を

影の中に移動させる。

  その時、わざと憑依した者に致命的なダメージを与えてしまうような行動をとる。

  とどめを刺された肉体は、数秒のタイムラグを置いて元に戻り、相手は絶望の淵に立つ

ことになる。その姿を見て、<不信>は暗い悦びに浸るのである。

  しかし、本体が肉体の中にある間は犠牲者にダメージは及ばず、憑依を解いた後も本体

に残る。

  このはが遠慮無く攻撃していたのは、<不信>のそうした秘密を全て知り尽くしていたから

だ。

  本体が影の外に出きってしまうと、スウの肉体は元に戻った。

  一糸まとわぬ姿で倒れこむ彼女の上に、このはが召喚した服がぱさりと被さる。

「くっくっくっくっく……!」

(これで、カミリエの敵がうてる……!)

  そう思った瞬間、突然視界が変化する。

「!?」

  普通にものを見ているにも関わらず、どこか現実味がないような、そんな感じだ。

  体の支配権を奪われたのだと気づくのに、しばらくかかった。

(どういうことだ、<破壊>!!)

  このはの目の色が変化していた。白目は赤く、瞳は金色になっている。

  <破壊>が表に出ている証拠だ。

「いやなに、こいつを食らうだけさ」

  このはの顔と声で、<破壊>は言う。

  鎧の額の部分についている宝石のような物が光ると、<不信>の本体は霧状に変化し、

宝石の中に吸い込まれていった。<吸収同化>の能力だ。

「このはよ。契約は終了だ。この肉体は私が頂く!」

(どういうことだ!説明しろ!!)

「<不信>は、滅んだ。お前の復讐は終わった。私は力を貸してやった。その代償だ」

(……!)

  そうだ。悪魔が何の得もないことをするはずがない。暴れるだけでは足りなかったのだ。

  悔やんでも悔やみきれない。<破壊>に支配された体の奥で、このはは泣いていた。破

壊してしまった街。殺めてしまった人々……。どうやって償えばいいのだ……。

「喜べこのは。これで私たちは身も心もひとつだ!」

  スウたちと別れ、旅立つ事を決めた日に頭に響いた言葉がよみがえる。

<汝、破壊と共に在り>

「貴様が望むと望まざるとにかかわらず、貴様のまわりには常に破壊がつきまとうのだ」

(………そういう事だったのか……)

  何もかも、悪魔の思い通りだったのだ。無力感に苛まれる。

「さぁ、門出の祝いにあの街を火の海に変えてやろう!」

(やめろぉぉおおお!!)

  このはの叫びを無視して短く呪文を唱えると、<破壊>は街へ向けて飛び立った。



「………ん……」

  見る影も無く破壊された丘で、一人残されたスウの目がうっすらと開いた。

  がばっと身を起こす。街へ飛び去る影が一つ。

「いけない!」

  状況を一瞬で把握する。<不信>に肉体を支配されていた時の記憶ははっきり残ってい

る。犠牲者が生き残った場合のことも考えての、<不信>の配慮のためだ。パーティーの

雰囲気を悪くして不信感をあおり、さらに力を得ようというわけである。

  このはが残した服を身につけるスウ。

  髪を縛っていた紐もメガネも、変身した時点でばらばらになっていた。

  きょろきょろと見回すと、魔法の杖が奇跡的に破壊を免れていた。

  大事そうに掴み上げると、裸足のまま街へと駆け出した。

(これさえあれば……止められる!)







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