じゅらい亭日記・このは的

じゅらい亭日記このは的。
投稿者> このは
投稿日> 04月04日(土)23時59分24秒







      7,  それは、再会を約束する言葉







  翌朝、じゅらい亭。

  酒場には、常連たちが全員そろっていた。

「うー……ん?」

「どーした鏡花。頭なんか抱えて」

  幻希は、そう言ってから店内を見回す。

「あ?何だ一体?気分悪そうなヤツがゴロゴロしてんなぁ?」

「別に、気分が悪いわけではないのですが……」

  と言いつつも頭を抱えたままの鏡花。

「何か、腑に落ちないんですよね」

  隣の広瀬は腕組みしながら首をひねる。

  話を聞いていくと、奇妙なことがわかった。

  昨日、スウを助けるために儀式に参加したものたち全員が、同じ体験をしている。

  儀式後から今朝までの記憶が、ないのだ。

  みな、気づいたら自分がとっている部屋で目を覚まし、納得のいかないままじゅらい亭

に集まってきていたというのだ。

「不思議ですねー」

  ぼんやりと、ゲンキ。

「じゅらいさんたちも参加したんですよね?心当たりとかないんですか?」

  先程から沈黙を守っているじゅらい&看板娘ズに話をふる焔帝。

「……………さ、さぁ、知らないなぁ………」

「何かモーレツに怪しいんだけど……」

  ジト目のレジェにもひるまず、じゅらいは奥の壁に目をやった。

「?」

  つられて見たレジェは、そこに一本の鞘があるのに気づいた。

(そういや、ずっと前からあるな……)

  どうして忘れてたんだろう、などという疑問を抱いたが、そのことはすぐに頭から消え

てなくなっていた。



「ぅありさんッッ!?」

  おもいきり騒々しく駆け込んできたこのはに、視線が集中する。ここまで取り乱した彼

など、滅多に見られるものではない。

  それに、今日の彼はバンダナをしていない。誰もが初めて見る光景だ。

  額の紋様は、きれいさっぱりなくなっている。肌は黒いままだが。

  髪も服もめちゃくちゃに乱れていて、起き抜けでアパートをでたらしいことがわかる。

「どこですか、ありさんッッ!?」

  普段、ありさんはじゅらい亭にはいない。あちこちでヒドイ目にあっている。(笑)

  このはは、ありさんがいそうなスポットを駆けずり回ったあげく、ここに来たのだ。

  店内をしばらくうろついて後、このははようやく目的の人物(?)を発見した。

  燈爽ちゃんに作ってもらったらしい小さな砂糖の山に埋まって、幸せそうにしている

(ように思えた)。

「ぎー?」

「『ぎー?』じゃないですよ!説明してくれるんでしょうね!?」

「どぉかしたんですかぁ?」

  ぽやーと首をかしげる燈爽ちゃんに、このはは入り口を指さした。

「どうもこうも……見てくださいっ!」

  常連たちの見守る中、入ってきたのは……。

  スウだった。

  ただし、宙に浮いている。

  身長は40センチほど。背中からは真っ白い翼が生えており、全身が淡い光を発してい

る。

  着ている服が、初めてここに来た時のものの縮小版であるのも気になるところだ。

  メガネすら、しっかり再現してある。

  その姿は、さながら小型の天使だった。

「…………ぴぃ?」

「かわいー!!」

  女性陣が声をそろえる。フェリだけは別のセリフを吐いていたが、怖いので書かない。

  ただ、舌なめずりはしていた。

  ふわりと宙を滑るように移動し、スウはこのはの肩に腰掛ける。

「何がどーなってるんです!?どーして縮んでるんですか!?どーしてまともに喋れなく

なってるんですっ!?」

「ぎー………?」

「『さぁ………?』とでも言ってるつもりですか!?」

「ぎ!」

「『それ!』じゃないですよっ!!」

「ぎ」

  砂糖を一粒、このはの手にのせるありさん。

「いりませんよっ!賞品のつもりですかっ!!?」

  砂糖を乱暴に払いのけるこのは。

「そうありさんを責めちゃだめですよ、このはさん」

  りんのが笑いながら声をかけてくる。

「だって、ありさんは『無事に、この姿のまま』助かるなんて、言ってなかったでしょ?」

「あ……」

  たしかにそうだ。命だけは助かるとは言ったが、妙なことにならないとは言っていない。

「そうか………。ありさん、すいませんでした」

「ぎ」

  納得したかとでも言うように、ありさんは再び砂糖に身を沈めた。

  苦笑し、このはは肩に乗ったスウを見る。

  目が合うと、彼女はにっこりと笑いかけてきた。

  死にかけていたのが嘘のように、眩しい笑顔だ。あれだけボロボロになっていた肌も髪も、

すっかり元の色つやを取り戻している。

  なんとなく、少し顔つきが幼くなったような気がするが、それはたぶん心に重くのしかかっ

ていた重圧がなくなったためだろう。

  このはは後に魔術の勉強をする時に知る事になるのだが、ありさんがスウの肉体を縮小し

たのには当然ながら意味がある。

  あの時のスウの生命力では、とうてい人間の肉体を支えて生きてゆくことはできなかった。

  そこでありさんが考えた方法が「肉体の縮小による生命維持のコストダウン」だった。

  維持せねばならない肉体が生命力に比べて大きすぎるというのであれば、小さくしてしま

えということだ。

  湯船の底に残ったお湯を、手桶に移したとでも表現すればわかりやすいだろうか。

  とにかく、スウは元気を取り戻し、こうして自分のそばにいる。

  彼女の幸せそうな笑顔に、彼も笑顔で応えていた。



  数日後。

  このはは、じゅらい亭の前にいた。

  彼は、身辺の整理をするために一度、故郷に帰ることにした。

  ワーレンは大喜びで彼の申し出を受け入れた。

  オードはスウの変化にひどく驚いていたようだったが、彼女が無事で素直に喜んでもいた。

  ちなみに、この二人は<破壊>が起こした騒動の中、全く怪我をすることなく逃げ延びた

らしい。オードのシーフとしての腕のなせる技だろう。

  見送りに集まった常連たちと一言ずつ言葉を交わし合い、最後の「恋楽器」うくれれと握手

を交わした後、このははにっこりと笑って手を振った。

「行ってきます」

  しばしの別れを告げ、このはは故郷への旅路についた。

  何日ぶりかに見る、気持ちのいい快晴だった。















  それは、異世界から伝わったともされる、マイナーな伝説の一つだ。



  ある所に、愛しあう二人の天使がいた。

  二人は夫婦になることを誓い、生涯を共にすることも誓い合った。

  しかし、状況は彼らを引き裂いた。

  おりしも、彼らの使える神と邪神との戦争が起きていた。

  神は、男の天使に命じた。

<我が剣となれ>

  それは、戦場への召喚令だ。逆らうことはできない。

  嫌がる恋人に、彼は優しく微笑みかける。

「私は、必ず生きて帰る。君は、ここで私の帰りを待っていてくれ」

  その言葉に彼女は、こう返す。

「私は、待っています。千年でも、二千年でも。あなたが剣となるのなら、私はあなたの

鞘となりましょう。傷つき、返り血にまみれても、私があなたを抱きしめ、癒してさしあ

げましょう。私は、待っています。だから、必ず戻ってきて。私を、迎えに来て………」

  しかし、彼は戦場に赴いたきり、戻ることはなかった。

  千年が過ぎ、二千年が過ぎ……。それでも、彼は戻ってこなかった。

  彼女はいつしか、本当に鞘の姿となり、どこかの世界で行方不明になったという。

  限りなき絶望の闇にありながら、それでも希望の光を胸に抱き続ける。

  彼女の名は………………。









                                   <完>  







□第6話□■INDEX■