じゅらい亭日記・このは的

じゅらい亭日記このは的。
投稿者> このは
投稿日> 03月23日(月)11時20分29秒





      6,  彼じょノいき方





「ハァーッハッハッハッハッハァァ!!」

  哄笑する<破壊>。まっすぐにじゅらい亭を目指し飛びながら、街中に<火球>の呪文

を撒き散らす。

  建物が爆発し、ほぼ同時に火災が発生する。逃げまどう人々。悲鳴。怒号。

  見慣れた街が、破壊されてゆく。このはには、見ていることしかできなかった。

  どうがんばっても、暴れる<破壊>から肉体を取り戻すことができない。それは、今まで

の経験でわかっている。精神力に差がありすぎるのだ。

「ヒャッッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

  爆炎。また一つ、火の手が上がる。

(くそっ……!)

  このはは、ただただその光景を目に焼き付けていた。自らの愚かしさが招いた惨事を、

自らの罪として永遠に胸に刻み込むために。



「いやはや……。帰ってきたとたんコレだからなぁ………」

  旅から帰ってきたクレインは、燃えさかる炎の中、ハンディCOMのキーを叩き続けていた。

  ヴィシュヌには怪我人の救助、治癒をするように命じたのでここにはいない。

  彼の周りでは、数体の召喚神たちが働いていた。風、水、氷……。火を消す役目を担うもの、

瓦礫をどかして人を助けるもの。それぞれ、召喚主であるクレインの命に従っている。

「まったく……。タイクツしませんね、この街はっ♪」

  場違いに明るい声とは裏腹に、その顔は真剣そのものだった。



「空間湾曲!!」

  レジェが右腕に装着した細長い妙な道具を突き出した先で、炎がぐにゃりと歪む。

  強引に作った「道」に駆け込み、建物の中に倒れていた人を担ぎあげ、外に出る。顔がすす

にまみれている。

「キリがないな……」

  炎に包まれた家々に一瞥くれて、レジェは吐き捨てた。

「クソッ!イ○イザー・ヘッドさえ使えれば……!」

  謎の言葉をつぶやき、いかにも仕方なくといった様子で燈爽ちゃんにモップを投げ渡す。ど

こから取り出したのかは、わからない。

「れ、レジェンド様ぁ……。いいんですかぁ……!?」

「非常時だ。似てるだの何だの言ってらんないだろ」

「……?」

  わけのわからないことを言うレジェ。不安そうに見つめ返す燈爽ちゃん。

「燈爽……」

「はい?」

  にっこり笑うレジェ。

「お前の力が必要なんだ」

「……!」

  燈爽ちゃんの顔が、ぱぁっと輝く。

「がんばります!」

「おぅ。頼む」

  モップ「クリーナ」を振りまわす燈爽ちゃん。炎どころか、瓦礫すら消し去る。

「がんばりますぅー!!」

「………やっぱ、相性いいのな………。怖ぁ〜……」

  予想外の威力にしばし呆然としてしまう。はっと我に帰ると、レジェは再び救助活動に戻った。



「魔王呪法!『不純物入り天然水』!!」

  ゲンキが呼び出した大量の水が、巨大な水瓶と化した花瓶の中に注がれる。それをnocが

持ち上げ、轟火を上げる貴族の屋敷に向かって放り投げる!さすがゴーレム。力は強い。

「ひィィィあァァァァァ何か動いてるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!?」

  くしゃ・ざっ……ばしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………ん!!

  一瞬で鎮火する。

「ふと思ったんだが、何も花瓶さんの中に入れて投げたりせんでも、そのままひっかければ良

かったのでは?水」

「それ以前に、魔力で火をかき消せばよかったダスよ」

  nocとボルツのツッコミに、頭をかくゲンキ。

「気づかなかった……」

「……次、行くダスよ!まったく………」

「あ、その前にゼンマイを………」

「あぁ、はいはい(キコキコ)」

「いつもすまないねェ」

「それは言わない約束ダスょ?」



  炎の中から、矢神がひょっこり、普通に、ゆっくり出てくる。

「中にいたのはこの人だけでしたね。やっぱり」

  気絶している老婆を、そっと地面に横たえる。

  ザ○ヤルマの剣は抜き身の状態だ。これで老婆の反応をつかみ、炎をくぐる時に、彼女にだ

け、バリヤーを張ってあげていたのだ。

  幻希は、あんぐりと口を開けている。

「…………熱かないのか?」

「………あまり(笑)」

「さっすがは<最後まで生き残る者>だな」

「いやいや、お恥ずかしい(笑)」



「はぁっ!!」

「癒しの風っ!」

  JINNが生んだ旋風が炎を吸い込み、風花が壊れた家を修復していく。

「いくら呪文を使ってもゼンゼン疲れませんよ!何だか、JINNさんから力をもらっている感じ

です!さすがは風の精霊ですね!」

  JINNが宿った指輪をはめた風花が、心なし興奮した様子で言う。

  対するJINNは苦笑いだ。

「自称、ですけどね……」

「……」

「さぁ、次、行きましょう!」

「あ、はい!」

  彼の過去に何があったのか、機会があったら聞いてみたいと、風花は思った。





じゅらい亭日記このは的。
投稿者> このは
投稿日> 03月23日(月)11時21分54秒



「……………!!」

  じゅらい亭にあと少しまでと迫ったところで、<破壊>は空中で急停止した。

(……?)

  いぶかしむこのは。<破壊>の視線の先に意識を向ける。

(……!!)

  ちょうどじゅらい亭の上空に、彼女はいた。

  純白の、光を放つ翼。頭上に浮かぶ光輪。そして、身に纏う神々しい気配……。

(天使……)

  一瞬、自分が置かれている状況も忘れて見惚れてしまう。

  かすかに微笑んだ美しい顔。純白の、しかし細かな縁取りのあしらわれた衣が、空中に

広がってゆるやかに波打っている。……美しい。

  このはを正気づかせたのは、<破壊>から伝わってくる焦りの気配だった。

「くっ……。貴様か!私の力を封じていたのは……!」

  このはには、思い当たる節があった。

  どうしようもなく苛立っている時、じゅらい亭に来れば心が和んだ。にぎやかで個性的

な常連たちと一緒にいることが楽しくてしかたがなかった。それで、救われていた。

  だが、救ってくれていたのは、彼らだけではなかったのだ。

  彼女が、いつも見守ってくれていたのだ。

「こんなヤツが守護しているとは……。一体あの店に、何があるというのだ……?」

  言葉の途中で、<破壊>は気づいた。

  体が、彼女に吸い寄せられていた。

「何ッ!?」

  懸命に抗うが、全く無駄だ。力のレベルが違いすぎる。

  近づくにつれ、女天使の表情がよりはっきりと判別できるようになってくる。

  一言で表せば、「憐れみ」だろうか。

  まっすぐに見つめてくる瞳に浮かぶのは、深い悲しみであり、同情だ。

  口元に浮かんだかすかな笑みが意味するものは……わからない。

《そう……ですか》

  高く、澄んだ声が頭に響く。彼女の声だろう。

《あなたは……なのですね》

  よく聞き取れなかった。

「私の心を、見るなぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああぁああ!!」

  絶叫する<破壊>。このはには、そのやりとりの意味はわからない。

  女天使は、胸の前で手を合わせる。白く細い指が、ゆっくりと開いてゆく。花が咲くの

を見るようだ。

  彼女の掌の中には、小さな光の球があった。

  ふわりと浮かび上がると、閃光となって飛来し、<破壊>を包み込む。

「ぐっ……!?」

  全身から、力が抜けてゆく。空中にとどまることができない。

  街中に着地すると、そのままへたりこんでしまう。偶然にもそこは、先程スウがこのは

を待ち構えていた通りであった。

「……クレイス!!」

  逃げまどう人々をかきわけ、簡素な服を着たスウが駆け寄ってくる。裸足のままだった

ため皮膚は裂け、血まみれになっている。

  休みなしで走ってきたのだろう。息はあがっており、流れた汗が頬を伝って地面に落ち

る。

「……あなたを……救ってみせます!!」

  目を閉じ、神聖呪文を詠唱し始めるスウ。それに合わせて、杖についたクリスタルがゆ

っくりと明滅を始める。呪文を増幅する効果があるのだ。

  彼女が唱えているのは<悪魔祓い>の呪文だ。このはの肉体から<破壊>を引き剥がす

つもりらしい。

「っっおぉおおおおおおおおおお……!!」

  失われてゆく力をふりしぼり、<破壊>は必死で抵抗する。

  スウも精神力を注ぎ、さらに呪文の力を高める。負けじと抗う<破壊>。

  杖と天使の後押しを受けてなお、<破壊>を追い出すことはできない。

  スウは、賭けに出た。

「ぐっ!?」

  突然、<破壊>が押され始める。スウに目をやると、美しかった金髪はみるみる色を失

い、肌から張りがなくなって痩せこけてゆくのがわかる。

  精神力のみならず、生命力までもつかっているのだ。

「ぐっ……う、ああああああああああああ!!」

  絶叫を残し、<破壊>はこのはの肉体から追放される。見た目には、彼の体を覆ってい

た黒い鎧が蒸発したように映る。

  同時に、スウの杖の先のクリスタルが粉々に砕け散った。あまりの過負荷に耐えられな

かったと見える。

「勝っ………た」

  スウは、力なく笑顔を浮かべたまま、その場にくずおれた。

「……スウ!!」

  駆け寄るこのは。抱き起こし、呼びかける。

  すでに意識はない。呼吸は浅く、荒い。とても危険な状態だ。

「……スウ!起きてくれ、スウ!」



じゅらい亭日記このは的。
投稿者> このは
投稿日> 03月23日(月)11時23分00秒



《くっそォオオオオオオオ!!》

  このはの頭上に<破壊>はいた。

  その姿は黒い獅子とでも言うべき魔獣だ。凶々しくも美しい魔獣。それが<破壊>の本来

の姿だった。

  しかし、このはにはわからない。

  <破壊>から得ていた能力を失った今、彼は普通の人間に戻ってしまった。<破壊>も天

使も、今の彼には見ることができない。

《私は……私はァアアアア!!》

《彼を、愛してしまったのですね》

《!》

  天使の言葉に、ぐっと息を飲む魔獣。<破壊>は、女性だったのである。

  このはの心の傷に触れているうちに、奇妙な感情が芽生えていた。

  はじめは傷をえぐってさらに苦しめてやろうと思っていたのが、いつの間にやらエルフ

の女のことを忘れさせてやりたいと望むようになっていた。

  それは、嫉妬だった。

  この男を自分のものにしたいという独占欲が生まれた。

  歪んでこそいたが、それは愛情だった。

《あなたに、進むべき道を示しましょう》

  女天使……夜明という名のその天使は、はるか西方を指差した。その方向に、光が見え

る。

《お行きなさい。そして、自らの未来を切り開くのです》

《……くそっ!!》

  一瞬の迷いの後、<破壊>は光へと飛び去った。



「スウ!スウ!」

  このはは、呼びかけを続けていた。が、目覚めない。

「……何ということだ………!」

  自分が助かっても、スウが死んでしまっては意味がないではないか。

(やっと目が覚めたというのに!!)

「このは殿ー!!」

  通りの向こうから、じゅらいが駆けてくる。後ろには看板娘と数人の常連がいる。

「一体何の騒ぎです!?」

  広瀬が言う。後ろにいた鏡花が、わずかに眉根を寄せる。眼鏡の奥の目は、スウを見て

いる。

「……その方は、どうしたんですか」

「これはひどい………!」

  スウを看たしゃちょーが、愕然とつぶやく。

「生命力を限界まで削ってしまっている。何と無茶なことを……!」

「しゃちょーさん、プリーストでしたよね!?治してあげられないんですか!?」

  ルネアの言葉に、しゃちょーは静かに首を横に振る。とてもつらそうだ。

  彼は説明する。

  生命力を呪文に注ぎ込むと、威力が格段に上昇する。ただし、使った生命力は魔法では

回復することができない。少なくとも、今の彼のレベルでは。

  怪我とは違うのかというニシジュンの問いに、しゃちょーは「髪を切るのと毛根からひ

っこ抜くのとの違いです」と答えた。

「じゃあ、死んでくのを黙って見てろってコトかよ!!]

「……残念ながら」

  焔帝が声を荒げる。しゃちょーは、うつむいて唇を噛んでいた。

「そんな……」

  りんのの顔は蒼白だ。

「ヴィシュヌさんがいてくれれば……」

「ないものを望んでも詮無いことだ……!」

  蘇生術の使える女性の名を上げる時魚に、シードは押し殺すように言った。割れるほど

奥歯を噛みしめているのがわかる。

「が、諦めるわけにはいかぬ……!」

「でも、どうやって……?」

  悠之のつぶやきに答える者は、誰もいない。

  静寂に押しつぶされそうな空気を打ち破ったのは、聞きなれぬ老人の声だった。

<ふがいないのォ、小童どもめ!!>

「あ、ありさん!?」

  はっと顔を上げるこのは。周りのものたちは驚きの表情を浮かべている。

「ありさんって、このはさんのお知り合いの……?」

「喋れたのかにゃっ!?」

「『ぎー』以外聞いたことないけど……」

<黙れ!わしは偉大なる魔導師なるぞ!!>

  空中に、老人の姿が浮かび上がる。

  長い白髪に白いひげ、がんこそうな顔。高級そうなローブを着ているが、腰はまっすぐ

に伸びていて老いなど微塵も感じさせない。

  体が透けていることから、幻影魔法だとわかる。

<そんな下らんことを言っておる場合か!>

  一喝され、みなが口をつぐむ。

  満足そうにうなずくと、老人はこのはに向き直る。

<わしには、ひとつだけ手がある。彼女を生き永らえさせる方法が、な>

「本当ですか!?」

<あぁ。だが、命をつなぐにとどまる。死なんだけだ。それでもいいか?>

「えぇ、お願いします!!」

「良かったな、このは!!」

  うくれれが、力強く肩を叩いてくる。勢い込んでうなずくこのは。

  老人は、ふいに優しい目をしてこのはに尋ねる。

<目は、覚めたか?>

  昔、一度だけありさんに全てを告白したことがある。愛した女性を殺したこと。悪魔と

肉体を共有していること。自分が殺した女性の幻を、今でも追い求めていること……。

「えぇ、はっきりと」

<よろしい>

  肯くこのはに背を向けると、再び厳しい顔に戻って指示をとばしだす。

<しゃちょー!、貴様、プリーストだな。貴様はスウの魂が肉体から剥離するのを防ぐのだ!>

「は、はい!」

<次、看板娘!おまえたちはしゃちょーを除く全員の精神力を束ねてわしに注ぎ込め。そ

うでもせんとまともな呪文の一つも使えん。こうして幻影を保つので必死なのだからな>

  確かに、声にも映像にもノイズが混ざり始めている。

「がんばります!」

<ほかの者は、スウが助かることだけを考えろ!>

「はい!」

「わかりました!」

「おう!」

「にゃっ!」

<よし、始めろ!>

  号令一下、儀式は始められた。

  ありさんの精神力が、充実してゆく。

  看板娘たちが作った<場>の中に集積された精神力が、体を満たしている。

  ながらく使っていなかった魔力が、脈動する。

(!?)

  高圧の魔力の反応に、ありさんは空を見上げた。しかし、見つけられたのはその存在の

魔力の残滓のみだった。

(……ほぅ)

  ちょっとした趣向を思い付いたありさんは、一瞬だけ笑みを浮かべ、意識を集中し始め

た……。



(助かってくれ、スウ……!)

  心の中で懸命にスウの無事を祈っていたこのはは、何かが心に接触してきたのを感じた。

(……?)

  <破壊>と心話するのにも似た感じだが、もっとこう……温かいものが流れ込んでくる。

(……!……ス!)

(誰だ……?)

(クレイス!!)

  名前を呼ばれているのだと気づく寸前に、このはの意識は闇に沈んでいた。



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