召喚!じゅらい亭日記 −旅立ち編−

召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 1―
投稿者> クレイン
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召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 1―



………今日も俺はじゅらい亭にいた。

……ここに来て、すでに、数ヶ月の時が経っていた。あまりにも平和(?)な日々に、俺
はいつしか自分がどういう立場にいるか忘れそうになっていた。

…じゅらい亭の二階にある俺が滞在している部屋。ふと壁にかかっているカレンダーに目
を向けると、今日は4月1日だった。そうか、あれからもう1年過ぎたのか…。



  そう、あれはちょうど1年前のあの日。こことは違う次元、こことは違う場所で俺の運命
は大きく変化してしまったんだ。
   
  …あの日、俺は希望に燃えてその扉をくぐった。“Moon Micro(ムーン・マイクロ)社”。
今日は入社式だった。1Fロビーの突き当たりにいた受付のおねーさんに、

「あの、新入社員のものですけど…。」

 と告げると、おねーさんは“ニコッ”っと微笑んで答えた。

 「そちらの奥の、ホールになっております♪」

な・なんて可愛いんだっ♪俺はいきなりナンパしそうになるのを必死で堪えながら、(入
社早々いくらなんでもヤバいよね) 

「ありがとうございますっ!」

と答え、奥へ向かった。すると、おねーさんは俺が横を通り過ぎるときに

「ねぇ、君。」

と小声で呼び止めた。俺がそちらを振り向くと、

「がんばってねっ♪(ぱちっ♪)」

ってウィンクをしてくれたんだ♪ 俺は“ニコッ”っと微笑んで会釈をした後、ホールの
方へ向かって歩きながら一人でニヤニヤしていた。「う〜ん、なんて幸先良いスタートな
んだっ!」って思ったっけ。その時には、この先俺の目の前に待ち構えている“災厄”に
気づいてなかったから……。

  ホールの中に入ると、もう既にかなりの数の新入社員が席についていた。その数約30
0人。“Moon Micro“社は世界中に支社を持つ巨大コンピューター企業だけど、その本社
正社員の新規採用人数としては少し少ないような気がするだろ?でも、それだけここに集っ
た連中が個人個人なにか特性を持っているって事なんだ。おれ?それは…。
ひ・み・つ、だよっ♪もうすぐわかることさ。

  社長の話ってヤツはどうしてこうタイクツなんだろう?でも、ウチの会社はさすが超先
進企業。ムダを極限まで省く姿勢は入社式にまで及んでるらしく、なんと社長の話だけで
入社式が終わってしまった。そして続けて配属発表。普通、研修くらいやるだろ…??と
思ったがそれもないらしい。これじゃ同期と友達になれやしない。え?すなおに“同期の
女の子”って言えって?いやいや、そんな事はないぞっ(あせあせっ)俺は、友情をとて
も大事にするタイプなんだ。女の子は…別にいまじゃなくても、いつでもOKだしね
(にやりっ)。
       
  というわけですでにムダ話で仲良くなった周りの席の奴等と話してたら、配属発表を聞
き逃しそうになってしまった。ふぅ。あぶないあぶない。で、俺の配属先は……。
”特別開発室”???。俺はその名前にまったく聞き覚えがなかったので、隣の席のヤツ
に聞いてみた。

「おい、“特別開発室”ってどんなトコなんだ??」
「う〜ん、俺もよく知らないけど…。“開発室”っていうからには、新規のアプリケーショ
ンでも開発してるんじゃないの??」
「ふ〜ん……。」

 俺は、そいつが“特別開発室”を知らない事にちょっとびっくりしていた。なぜって、さっ
きから聞いてるとそいつは「Moon Microヲタク」とでもいうべきやつだったからさ。会社
の部署名に始まって、社長・役員の名前、各部署長の名前、事業署名、うんぬんかんぬん…。
ここまでならまだしも、受付のおねーさんの名前を全部並べ立てたときには正直ビビったぜ。
(それにしても…“特別開発室”?なんかよくわからんけど、楽しそ〜なとこだなっ♪ )

…な〜んて言ってられるのもそんときだけだって事を、俺はまだ知らなかったんだ……。






召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 2―



  次の日の朝、俺は出社するなり本社B3F特別区画にある“特別開発室”の前のセキュ
リティーチェックを受けていた。あの可愛い〜受付のおねーさんに“特別開発室”の場所
を聞いたとき(え?場所ぐらい調べておけって??まぁまぁ(^^;)、なぜか“ふっ”と寂し
そうな顔をされたような……??でも、俺は生来のお気楽人間なので、そんな事は気にも
留めなかったな。
  
  ともかく、俺は「Special Development Room(特別開発室)」と書かれたドアの前に設
置された電子ロックに真新しいカードを通し、声紋整合を済ました。すると、“プシュッ”
と軽い音を立ててドアが開いた。俺はすぅっ…っと息を吸い込むと、

「おはようございますっ!!」

と元気に挨拶をして中に入っていった。
   
  そこは、ディスプレイが所狭しと並び、数人の人たちがその前でカタカタやっているさ
ほど大きくない部屋だった。

(おいおい、地下で、しかもこんなせまっちぃ部屋で働かされんのか…?それに、女の子
は??)

って思ったっけ。その時、ちょうど俺が立っているドアの向かい側にあるすこしだけ他の
よりも立派なデスクのディスプレイの影から、一人の男が“スッ”っと立ちあがった。背
は高い。180cm以上はゆうにあるだろう。切れ長の目。その目の片方を垂らした前髪が
隠している。

「君がクレイン君か。私はこの“特別開発室”の室長、御堂 京介だ。よろしく。」
「あ、よろしくおねがいしますっ♪」

俺は差し出された手を握りながら、ある事を考えていた。なんて感情の無い声でしゃべる
ヤツなんだろうって。こいつはホネが折れそうだ……。


  その日から特別開発室で俺に与えられた仕事は、コードネーム:Callingというプログ
ラムの開発だった。え?いきなり新入社員でプログラミングなんて出来るのかって??
Moon Micro社に採用になるんだから、これくらいのことはできるさ。そういう会社なんだ、
ここは。でも、そのおれの(←えらそーだな)知識を持ってしても、プログラムの正体は
良く分からなかった。プログラム中でたびたびコールされる“Call()”っていう関数。過
去の担当の人が作ったどのプログラムソースをみてもそんな関数はのってないんだ。不思
議に思った俺は、室長に聞いてみた。

「御堂室長、この“Call()”て関数はいったいなんなんです?どこを見てものってないん
ですけど…。」

しかし、御堂室長の答えは俺の期待を見事に裏切ってくれるものだった。

「“Call()”は外部関数だからのってないのは当たり前だよ。君はそんな事は気にせずに、
担当範囲のプログラミングを迅速に終わらせたまえ。」

ったく、なんてしゃべり方だよ。聞いてるこっちの気分が悪くなってくるぜ。みんなもそ
う思わないか?

  それはともかく、俺はなにをやっているのかもわからないものを作るのはイヤだったか
ら、その日から御堂室長や先輩たち(3人しかいないが)の目を盗んで俺以前の“コード
ネーム:Calling”の担当者がどんなことをやっていたのか調べる事にした。とりあえず
今の所分かっているのは、「Calling」はマルチメディア・プログラムで、映像と音をリ
ンクさせて出力する事が出来るって事だ。映像は最大6個のプロジェクターに別々の映像
(もちろん動画もOKだ)を表示する事が出来るし、それにあわせて3Dサラウンドス
ピーカーから音を出す事ができる。それから、立体映像制御のロジックも組み込まれてい
たっけ。でも、これだけならわざわざこんな“特別開発室”なんかを設けて研究するほど
の事じゃぁない。小耳に挟んだところによると、十数年前から特別開発室はあるらしい。
しかも研究内容はほとんど変わっていないようだ。

  いくらまわりから調べてもラチがあかない事に気づきはじめた俺は、入社早々イライラ
する毎日を送っていた。そんな俺を気遣った同期の連中は、ある日俺を飲みに連れていっ
てくれたんだ。その席で、俺は恐るべき事実を知らされることになった。その事実とは…。






召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 3―



「おい、知ってるか??」
「なにをだ?」

唐突に聞かれ、俺は首をかしげた。同期が開いてくれた飲み会の席で、俺と一番仲が良い
(つまりナンパ仲間さ)「遊作」が隣の席に腰掛けながら話し出した。

「お前が配属になった“特別開発室”、どうやらかなりいわく付きの部署らしいぜ。」
「へぇ〜、どんな?」

遊作の話はこうだった。特別開発室が発足したのは13年前。当時まだ入社2年目だった
御堂 京介が突然の大抜擢で室長に就任したらしい。いくらウチの会社が実力至上主義だか
らといって、異例の自体である事は間違いない。それ以降、何人もの新入社員が配属に
なったが……。

「なんでも、特開室に配属になった新入社員のうち、何と10人もの新入社員が行方不明
になってるらしいぜ。」
「ふ〜ん。でもウチの部署は仕事キツいぜ。なまはんかな新入社員じゃぁ精神やられちゃ
うんじゃねーの?」
「おいおい、それは自分は平気だ、自分は仕事ができるって言ってるのか??…まぁそれ
はおいといて、話はこれで終わりじゃないんだ。どうやら行方不明になった新入社員の中
には死体で発見されたヤツもいるらしい。あくまでウワサだけどな。」
「ふ〜ん……。」

そこまで話すと、遊作はさっさと同期の女の子の方にいってしまった。まぁ、あいつはあ
いつなりに俺の事を心配してくれてるんだろう。それにしても……。
(10人が行方不明?しかも死体で発見されたヤツもいるって??マジかよ………。)

  次の日。土曜日で会社が休みだった俺は、近くの図書館に出かけていった。最近の図書
館は便利になったもんだ。本はすべてデジタル化されていて、何千万冊という蔵書を端末
から一発で呼び出す事ができる(これじゃぁ、もはや“図書”館とは呼べないよな)。俺
は何台も並んだディスプレイの一つに腰掛け、検索画面を呼び出した。

「新聞、199×年〜200×年、Moon Micro社……。」

俺はすばやくキーボードを叩いて検索項目を打ち込んでいく。最後に“行方不明”と“死
亡”をOR検索で指定すると、リターンキーをヒットした。

(Please wait…… [××sec.])

というメッセージが表示される。俺は、ふと周りを見渡した。土曜日の朝早く(まだ開館
直後だ)なので、人は少ない。別にやましい事をしているわけじゃないのに、人が少ない
とホッとする。

(Search Result:10HIT)

しばらくすると、メッセージが表示された。

「10件…?10件もあるのか??」

検索結果から内容を見てみる。10件の内4件はごく普通の社員の事件の様だった。しか
し、残りの6件は…。

『□月□日、Moon Micro社の新入社員の□□さんが行方不明になった。同社では……』
『×月×日未明、Tokyo-Bayの○○桟橋近くで、23歳の男性が遺体で発見された。この
男性はMoon Micro社の新入社員で……』
『△月△日 午後11時頃、New York ○○ストリート3番街で24歳の男性の遺体が発見
された。所持品から、Moon Micro社の △△さんであるという事が分かっており……』

俺は、ディスプレイの電源を切った。どうやら“特別開発室”、いや“Moon Micro社”そ
のものになにかがあるのは間違いないらしい。……そして、このままいけば次に行方不明
になるのは恐らく俺だ。俺は行方不明になった過去の新入社員たちと同じように“知りす
ぎた男”になりつつあるんだろう。

(なんとか……なんとかしなければ………。)

ぐ…っと顔を上げると、俺は図書館を出た。
  
  俺はその足でMoon Micro本社ビルに向かった。もちろん、表向きは“休日出勤による作
業”ということにしてある。ウチの会社ではめずらしいことじゃぁないんだ。人気の無い
ロビーを抜け、俺は、B3Fの特開室へ向かった。お決まりのセキュリティチェックを抜
けると、休日でがらんとした部屋の中に入った。
  
  ディスプレイの電源をいれる。パスワード入力画面が表示されるがわざとパスワードは
入力せず、一般ユーザーでログオンする。ふっふっふ…。そう、楽しい楽しいハッキング
タイムの始まりだぜっ♪ 俺はまず端末情報をゴマかす所からはじめた。何処のPCから
入ってきたのかが分かると、速効で俺がやってるってことがバレちゃうからね。

  人気の無い特開室の中に小気味良いタイプ音が響く。しかし、すばやくタイプしている
わりにはハッキングは上手くいってなかった。やはり、内部からのハッキングは難しい。
失うものがあると上手くいかない物なんだよな、ハッキングってヤツは。今の所分かった
事は、新聞に載っていた行方不明または死亡した新入社員が、間違いなく特開室に配属に
なった新入社員だったって事だけだった。“コードネーム:Calling”に関しては…………
何も分からない。

「……くそっ!なんてセキュリティが厳しいんだっ!? これじゃぁお手上げだぜ…。」

俺は“ギシッ”っと椅子に寄りかかる。

…………なんだ??

ふと気づくと、俺のディスプレイの右上にあるポストのマークが点滅していた。これは
メールが来ている印だ。確か、金曜日に帰る前にはなかったはずだ。

「いったい誰から…・???」

俺は、メールボックスを開いた。


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