召喚!じゅらい亭日記 −旅立ち編−

召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 3―
投稿者> クレイン
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召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 7―



(はぁっ、はぁっ、はぁっ…)

走る、走る。

車を破壊された俺には、それしか出来なかった。後ろからは御堂京介達が追いかけて来る
足音が聞こえる。

走る、走る、走る。

(おいおい、こんなんで逃げ切れるわけないだろ……!)

でも、止まるわけにはいかない。それはすなわち“死”を意味するだろうから。時折、後
ろから銃声が響く。こんな田舎、しかも真夜中過ぎともなるとまるで雷鳴のようにその音
はあたりに響き渡る。しかしまだかなり距離があるからだろう、俺に弾が当たる気配はな
かった。

(このままじゃ埒があかない…。)

  俺は、前方に見えてきた公園の中に駆け込んだ。この公園は確かかなり広かったはずだ。
中は相当入り組んでいたはずだし、少しは時間が稼げるかもしれない。それから俺は、
走りながらハンドCOMP“スターファイア”をケースから取り出し電源を入れた。

(Molaris V.4.5.1  Moon Micro co.,ltd   Please wait…)

見慣れたOSのスタート画面が表示される(とはいえ、銃口のような小さなプロジェク
ターを覗き込まなきゃならなかったけどね)。しばらくするとOSが立ち上がった。

(インストールされててくれよ…!)

俺は、祈るような気持ちで“スターファイア“に告げた。

「プログラムコール、“Calling”。」

再度プロジェクターを覗き込むと、「Summoning Program "CALLING" 」というウィン
ドウが表示されていた。よしっ!!

  そこまでやったところで、俺は後ろを振り返った(当然まだ走ってる。いいかげん疲れ
てきた)。

「ゲッ、こんな近くに!?」

もう御堂達との間は50mもなかった。と、前を見ると公園が終わってる!?俺は公園の
端の柵に駆け寄ると、向こう側を見た。

「海だ……。しかも、断崖絶壁…。……な・なんてお約束なんだ??」

俺は、これでもかってくらいお約束に断崖絶壁に追いつめられた。しかも、もう俺が逃げ
られないとみてゆっくりと近づいて来る御堂京介たちは、そろって黒のスーツを着込んで
いる。ワルモノの服は黒のスーツで決まりってか??

(おいおい、こんなお約束な展開で俺は死ぬのか………??い・いやだ!!)

  俺は、御堂京介に向かって叫んだ。

「そこで止まれ!!!」

しかし、御堂達はお構い無しに近づいて来る。

「クレイン君、非常に残念だよ…。君の事は高く評価していたのに。こんな事をしでかし
てくれるとはね…。」

俺は“スターファイア”とそのケースを高々と持ち上げた。

「お前らが苦労して作り上げた“Calling”のマスターはもうこれしかないぜ!それ以上近
づいたらこいつを海に投げ捨てるぞ!!」
「ほぅ……。」

“ピタ“と御堂京介の足が止まる。それでもさらに近づこうとする手下の黒スーツ達を御
堂は手で制した。

「クレイン君。そんな脅しに私が屈服するとでも思っているのかね??」
「さぁ??それはやってみなけりゃわからないってヤツさ。」
「そうか……。じゃぁ、こうしたら君はどうするんだね?」

御堂は、“サッ“と部下に手で合図した。すると、手下が全員マシンガンを俺に向けて構える。俺
は内心冷や汗もんだったが、気丈に言い放った。

「撃てば、“Calling”とお前らの野望は海の藻屑になって消えるだけさ。」
「それと、君の命もね…。」

俺は、「ぐっ!」っと言葉に詰まった。

「クレイン君、素直に“Calling”を渡したまえ。そうすれば命だけは助けてあげよう。」

なにを言ってるんだか。それをしたところでやはり俺は殺されるだろう。こんなお決まり
のセリフに引っかかるほどバカじゃぁない。しかし、手詰まりなのも確かだ。このまま
じゃ、痺れを切らしたヤツらにマシンガンで撃たれるのも時間の問題だ。そして、御堂京
介は動かなくなった俺の手から、冷たい薄笑いを浮かべながら“Calling”を回収する事だ
ろう。

こうなったら、もはや残された手段は一つしかない。

「お前にくれてやるのは………これさ!!」

俺は、“スターファイア“のトリガーを引き絞りながら叫んだ。

「召喚!!!」






召喚! じゅらい亭日記 ―旅立ち編 8―



ザワ………。

(な・なんだ??)

あたりの空気が変る。“スターファイア”のメインプロジェクターに魔法陣が描かれ、召
喚の呪文が高速言語と化して流れ出る。その瞬間、メインプロジェクターから眩いばかり
のブルーの光がほとばしる!その光の奔流の中から現れたのは…!

(人…なのか??)

まるで神話の挿し絵から抜け出してきたようなカッコをした女の子が俺の目の前にフワフ
ワ浮かんでいた。ハダは浅黒く、対照的に白いローブのようなワンピースを着ている。大
きな丸いタレ目の女の子。め・めちゃくちゃ可愛いっ♪

「こんにちわ〜、はじめまして〜♪」
「き・君は………??」
「“魔神 ヴィシュヌ”です〜♪ あら〜、貴方が新しいご主人様ですか〜??今日は御堂さ
んじゃないんですね〜♪」

場違いに緊迫感の無い自己紹介をして、ヴィシュヌと名乗った女の子は御堂の方に振り返る。

「残念ながらその通りだよ、ヴィシュヌ。今回の召喚はそこにいるクレイン君によって行わ
れた。」

御堂が淡々と答える(こいつには“悔しい”とかっていう感情はないのか?)。手下はビ
ビってしまって声も出ないようだ。

(す・すげぇ!ホントに出てきた!!)

俺も驚きのあまり上手くしゃべれなかった。夢じゃない。もちろん、特撮なんかでもない。
その証拠になんと、なんと…!!!

ヴィシュヌには腕が4本ある!!

「すげぇっ、本物だっ!!!」
「それはそうですよ〜♪ さてご主人様〜、今日はなにをすればよいのでしょうか〜??」

ヴィシュヌは四つの手をひらひらさせて微笑みながら俺に聞いた。

「そうだなぁ……。こいつら、どうしてくれようか??」

ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべて俺は御堂達を見やった。完全に形勢逆転ってヤツだ。
安心しきったその時、逆上した手下のマシンガンが火を吹いた!!

「うわぁぁぁ、バケモンだぁっ!死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

バララララララ!!!!

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

俺は頭を抱えた。ああ、これで俺の人生も終わりか。短い人生だったな…。お袋、親父、
さよなら…。

………ん?

……あれ、痛くないぞ??

俺は、おそるおそる目を開けてみる。すると、光り輝くヴェールのような物が俺とヴィシュ
ヌの回りを包んでいた。

「失礼ですよ〜、女の子に向かって〜、“ばけもん”だなんて〜!」

そ・そういう問題なのか…??とにかく、ヴィシュヌが俺の事を守ってくれたらしい。

「あ・ありがとう、ヴィシュヌちゃんっ♪」
「あら〜、お礼なんていいんですよ〜♪それより無事でなによりです〜♪」

なんだかこの娘と話してると緊迫感が無くなるなぁ…。俺達二人が和んだ空気を作ってる
のとは対照的に、御堂の手下たちは完全にパニクっていた。

「うわぁぁぁぁぁ!銃が効かねぇっ!?逃げろぉぉぉっ!」
「たすけてくれぇぇぇぇぇ!!」
「ひいっ、殺されるぅっ!」

口々に叫んで、銃を取り落として逃げていく。なっさけねーの。

  だが、御堂 京介だけは違った。まるで何事もなかったようにその冷たい視線で俺とヴィ
シュヌを見据えている。

「クレイン君、どうやら君の勝ちのようだね。こちらには“Calling”は無し、君には有
る。ヴィシュヌがつている限りどんな攻撃も君には届かない。……さぁ、私を殺すなり何
なり好きなようにしたまえ。」

と言って銃を捨てる。おいおい、あきらめんのが早すぎるんじゃねーの??

「そうか…。じゃぁ、好きにさせてもらうよ、御堂さん。ヴィシュヌちゃん、ヤツを眠ら
せてやってくれ。」
「ご主人様〜、それでいいんですか〜??」
「ああ、俺は殺しはしたくないからね。」

ヴィシュヌは“コクッ”っと頷くと、なんだか良く分からない呪文を唱えた。

「クレイン君、ここで私を殺さなかった事を君は後悔する事になるだろう。いつか必ず…
…。」

話がすべて終わらない内に、御堂は眠りについた。同時に、俺も公園の柵に寄りかかる。

「ふぅ…。とりあえず、終わったな……。」
「そうですねぇ〜♪」


その時俺は、この娘はなにが終わったのか分かってるんだろうか?と心の中でツッコんだ。





召喚! じゅらい亭日記―旅立ち編 9―



俺は、ガードレールとダンスを踊ってしまった自分の車の所に向かってトコトコと歩いて
いた。その後をヴイシュヌがフワフワ漂いながらついてくる。

「………なぁ、ヴィシュヌちゃん…?」
「ご主人様〜、“ヴィシュヌ”と喚んでくださってかまいませんよ〜♪」
「じゃあ、ヴィシュヌ。御堂と知り合いの様だったけど、やっぱり以前呼び出された事が
あったのか??」
「はい〜♪でも私〜、あの人嫌いですぅ〜。だって〜、変な機械でいろいろ私の事調べよ
うとしたり〜、すごくひどい事させようとするんです〜。」

ヴィシュヌは“ぷうっと”ふくれっつらをした。そうしてると、ごく普通の女の子の様に
見える。

「ご主人様が〜、新しいご主人様になってくれて良かったです〜♪ ……あら〜?」
「どうした、ヴィシュヌ??」
「そういえば私〜、まだご主人様の名前〜、知りませんよ〜??」
「俺か?俺は、クレイン。クレイン・スターシーカーだ。よろしくなっ♪」
「はい、クレイン様ですね〜♪よろしくお願いします〜♪」

そう言うとヴィシュヌはフワフワ浮かびながら器用に頭を下げた。

(この娘と一緒にいると、なんだか今の状況がたいした事無いようなものに思えて来る
な…。)

俺はそんな事を考えながらトコトコと歩いていった。


「あちゃぁ〜、やっぱりだめかぁ〜。」

車にたどり着いた俺は、天を仰いだ。爆発こそしていなかったが、どう見ても動かないほ
ど俺の“インテグラType-R08spec.”は大破していた。俺は、とりあえず無事だったトラ
ンクから荷物を取り出すと、ヴィシュヌに話しかけた。

「ヴィシュヌ、俺はこれからどこか遠くに逃げなくちゃいけないんだ。……君の力でなん
とかならないかな??」
「遠く〜、ですか〜? どのくらいでしょう〜??」
「う〜ん、そうだなぁ……。うんと遠くだな。」
「それなら〜、“シヴァ“を喚び出すと良いと思いますよ〜♪」
「シヴァ……?」

俺はオウム返しに聞き返した。

「ええ〜、彼の能力なら“遠く”まで行けると思います〜♪」

そこで俺は、“スターファイア”のモードを「ディスプレイモード」(このモードで空間
に画面を映し出す事ができるのさ)にすると、“召喚神リスト”を呼び出した。

「シヴァ、シヴァっと。……あ、あったあった。」

リストの中には確かに“シヴァ”の文字があった。“召喚神のプロパティ”を開くと、
“能力”の欄に「亜空間転移」ってのがある。俺は、“シヴァ”を喚び出す事にした。

「召喚!シヴァ!!」

“スターファイア”に向かって叫ぶと、先刻と同じようにメインプロジェクターから光が
ほとばしり、“シヴァ”が現れた。

「これからは、俺が“スターファイア”を持つ事になったんだ。名前はクレイン、よろし
くなっ♪」
「はじめまして、“魔神 シヴァ”です。以後お見知りおきを…。」

シヴァはヴィシュヌとは打って変わって物静かな召喚神だった。ヴィシュヌと同じように
浅黒い肌に、獣の皮の様なもので出来た服を身につけている。ヴィシュヌは俺より身長が
低いくらいだったが、シヴァは2mはありそうなくらい大きかった。俺は彼の顔を見上げ
ながら話し出した。

「さっそくだけどシヴァ、俺はこれからかなり遠くに逃げないといけないんだ。君の力を
借りたいんだけど??」
「遠く、と言いますとどのくらいでしょう…??」
「……すっごく遠く、だな。場所はとりあえずどこでもいい。」
「そうですか、わかりました…。準備はよろしいでしょうか…?」

俺は、バッグとスターファイアのケースを抱えると、答えた。

「よし、やってくれ。」
「それでは……。」

そう言うとシヴァは呪文の様なものを唱えだした。シヴァの頭上の空間がゆがみ、亜空間
が口を開く。と同時に俺達の体が発光しはじめる。

「行きます…。」

いきなり、目の前が目を開けていられないほど明るくなる。


俺は思わず目をつぶった。





召喚! じゅらい亭日記―旅立ち編 10(エピローグ)―



目を開けた時、そこはどこかの平原だった。

「ここは…??」
「仰せの通り、“遠く”です…。次元を渡りました…。」

…………。

「なっ!?じげん???」

おもわず平仮名で聞き返す俺。そりゃぁそうだ。次元を渡ったって??

「ここは貴方の故郷とは違う次元…。名前は“fiabe”です…。」
「え??なんだって???」
「ですから、“fiabe”です…。」

シヴァは俺のためにゆっくりと言い直してくれたが、それでも俺には聞き取れなかった。
いったい、なんて言ってるんだろう??俺が考え込んでいると、ヴィシュヌが助け船を出
してくれた。

「しばぁ〜、ご主人様に“神語”で話しても分からないわよ〜。」
「そうだったな…。ご主人様、人間の言語では発音できないのです…。」
「ま・まぁ名前なんてどうでもいいよっ。とにかくここは俺がいたのとは別の世界なんだ
な??」
「そうです…。」

俺は、頭を抱えた。(今日一体何度目だ??)

「なんてこったい…。いくら“すっごく遠いところ”を指定したからって、こりゃ遠すぎ
るぜ…。」

なんと、俺は一瞬の内に次元を渡ってしまったらしい。ヴィシュヌがマシンガンの弾を弾
き返したときにもびっくりしたけど…。なんと、次元移動とは!“召喚神”の力ってのは
ここまでスゴい物だったのか…!!

「それで、元の次元には帰れるのか??」
「ええ、それはいつでも…。戻りましょうか…??」
「う〜ん…………。」

俺は考えた。ここで元の次元に帰るのはたやすい。だが、それはいくらなんでも勿体無さ
過ぎやしないか??生まれて初めて(当たり前だ)“別の次元”なんてトコに来れたんだ!
もっともっといろんな物を見てみたい。それに…。

「御堂・京介……!!」

ヤツとMoon Micro社がこのまま引き下がるとは思えない。ハッキングから判断できるデー
タはすべては消去したし、本社ビルだって破壊した。しかし、なぜだか俺は安心出来なかっ
た。俺はもっともっと強くならなくちゃいけないのかもしれない。

「いや、止めとこう。帰るのは無しだ。」

俺はシヴァに言った。もう後戻りはできない。これから先、俺は一生“平穏無事な生活“と
は無縁になるだろう。でも。

「ま、それもいいさ。いくぞっ、ヴィシュヌ、シヴァ!!」

俺は、地平線の彼方に見える街に向かって歩き出した。






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