召喚!じゅらい亭日記 −決戦編−

召喚! じゅらい亭日記 −決戦編−
投稿者> クレイン
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第五章 ― 転生 ―





1.

  しばらくみんなで笑いあった後。クレインは御堂の所に近づいていった。

「御堂……。」
「なんだね、クレイン君?…さぁ、お嬢さんたちも助け出した事だし、もう私に用はない
だろう?私を…殺したまえ。」

こんな状況になっても、まだその独特の表情―冷たい薄笑い―を失わない御堂。しかし、
すでに先刻の怒りが治まっていたクレインは、以前と―― 一年前と同じように御堂のその
言葉を否定した。

「俺は……お前を……殺さない。」

クレインの表情は彼の心がもう動かないと言う事を語っていた。そんなクレインの顔を
じっと見詰めると、いきなり御堂は笑い出した。その時の御堂の笑いは、いつもの彼の
“冷笑”ではなく、心から笑っているように見えた。

「クックック…ハァッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

呆気に取られる仲間達。その中でクレインだけは静かな表情で御堂を見詰めている。しか
し、そんな彼等の様子に気づいてもいないように御堂は笑い続けた。

   ひとしきり笑った後。御堂は何とも言えない表情――寂しい様な、苦しい様な…そんな
表情だ――をすると、静かに…言葉を紡ぎだした。

「クレイン君…、君は本当に…甘い男だな。昔の…私を見ているようだよ。」

そう言うと、御堂は自分の過去を話し始めた。彼の…悲しい過去を。




「私は、孤児だった…。7歳まで孤児院で過ごしていたよ。自慢ではないが、昔から頭は
良かったのでね。“神童”と呼ばれる事もあった。」

彼は、少年時代をある孤児院で過ごしていた。その頃から御堂の頭脳の冴えは凄まじ
かった。まさに、神童という言葉は彼の為にあると言っても過言ではなかった。孤児院の
院長は彼をとても可愛がり、且つ誇りに思っていた。孤児院の子供だということで(それ
と彼のそのあふれる才能をひがんで)、御堂達は学校や近所の子供の頃から良くいじめら
れていた。しかし、御堂はそれでも幸せだった。そう。“彼”が来るまでは。

「やって来たのは、Moon Micro社の前会長…ランディー=マックイーン。クレイン君も
名前くらい聞いた事があるだろう?Moon Micro社を世界的な企業に押し上げた立役者だ。
私の噂を聞きつけて来たのだ。ランドは、世界中から才能の有る少年達を集め、自らの野
望に利用していた。…私にもランドの白羽の矢が立ったのだ。」

御堂は孤児院から出る事を拒否した。彼は、優しい院長先生が、兄弟のように一緒に
育った友人達が、そして…その孤児院が好きだった。院長も、断固として御堂の引き渡し
を拒否した。なだめても透かしてもいう事を聞かない御堂と院長に業を煮やしたランドは、
ある日…強硬手段に出た。

「ランドは…ランドは孤児院の者達を皆殺しにした。院長先生も、友人達も…すべて。さ
らに、証拠を消す為に自然に火が出た様に見せかけて孤児院を燃やし尽くした。そして…
私を連れ去った。」

  そこまで話すと、御堂は悔しそうに“ギリッ”と唇を噛んだ。

(こんなに感情を表に出す御堂を…初めて見た。)

クレインは正直驚いていた。クレインの知っている御堂京介は、冷静沈着を絵に描いた
ような男であったし、およそ感情という物を表に出さない…いや、まさに彼の中には感情
など存在しないかのように話し、行動する男だったからだ。

「私はランドの屋敷に連れて行かれた。そして…そして…!!」

ランドは才能のある子供達を自らの野望を達成する為の“奴隷”とする為に、そして彼
のその邪悪な欲望を満たす為に……彼の夜の慰み者にしていた。女の子も男の子も区別無
く。…その狂乱の宴は毎晩の様に繰り返された。

「私は…犬以下だった…。それ以上堕ちようのない…ね。」

そう言うと御堂は自嘲の笑いを浮かべた。しかし、無言で周りを取り囲むじゅらい亭の
常連達には、その笑いはあまりに悲しく映った。

  心の奥を締め付けられるような悲しい笑いだった。





2.

  …御堂は話を続けた。

「ランドはそういう子供達の中でも飛び抜けた才能を発揮した私を常に側に置いた。」

ランドは御堂を気に入っていた。その容姿、才能、能力…そして、秘められた復讐心さ
えも。ランドは御堂を様々な面から徹底的に鍛えた。御堂もあらゆる面でランドの期待に
答え続けた。

「無力な私に出来る事は、ランドの課する地獄のような教育に耐える事だけだった。脱落
していく者が多かった。死んでしまった者、廃人同然になってしまった者…。そういった
者達はまるでゴミの様に捨てられていった。しかし、私は耐え抜いた…。ランドに…私に
地獄しか与えてくれなかったこの世界に復習する為に…。」

そこまで話すと、御堂はニヤリと笑った。

「復讐の内の一つは、すでに果たされているがね…。」
「ま…まさか?」

クレインは知っていた。Moon Micro社前会長ランディー=マックイーンの死には謎が多
かった事を。当時、クレインはまだ幼かったが、新聞の大きな見出しと、ニュースで頻繁
にその事を取り上げていた事は良く覚えている。

「私が殺したのだよ…。そして、ランドが遺した彼の野望の道具 ― Calling ―を、私
が引き継いだ。次の復讐を果たす為にね…。」
「…………。」

誰も口を開かなかった。憎い敵役だと思っていた御堂は、こんなにも陰惨な過去を背
負っていたのだ。彼も…被害者だったのだ。御堂はそんなクレイン達を見ると「フッ」と
笑った。すでに先ほどから、彼の表情には狂気の影は無かった。自分の過去を洗いざらい
話した事によって、御堂の影の部分が消えてしまったのだろうか?

「しかし、クレイン君…。君を見ているうちに私の心の中には変化が起こった。自らに課
せられた運命と必死に戦い、それを切り開いていく…。決して諦めない君の姿は私の心に
は光として映った。そして、いつまでも復讐に取り付かれている私自身は…闇だ。私も君
のように光になりたかった。しかし…闇が光になれるはずもなかったのだよ…。」
「御堂…。」

クレインは言葉が出てこなかった。なにか言わなければいけない様な気がするのだが、
どうしてもそれが形にならない。御堂のした事は許される事ではない。しかし、御堂の
歩んできた道を考えると…。苦悩するクレイン達の顔を見て御堂がやさしく微笑む。

「さぁ、クレイン君。私を殺したまえ。君の甘さはよく分かっている。しかし、私はもう
疲れた…。復讐も、もはやどうでもいい…。さぁ、殺りたまえ。」

  クレインはその御堂の言葉に…意を決した表情をすると、ゆっくりと頷いた。

「分かった…。御堂 京介という男を今から…殺す。」

クレインは頷いて言った。そして、ヴィシュヌに小声でなにごとか告げる。

『クレインさん!?』

仲間達が驚きの声を上げる。しかしその声が届いていないかのようにクレインとヴィシュ
ヌは真剣な表情で頷きあい、御堂の方に向き直る。

「御堂…。覚悟はいいな?…さよならだ。」
「行きますよ〜…。」
「クレイン君…さらばだ。」

ヴィシュヌの4本の手がゆっくりと印を描き、御堂の体の上に翳される。そして、紅い光
がヴィシュヌの掌から溢れ出し、御堂を包み込んだ。

「ありがとう…。」

御堂のその言葉を最後に、周りを取り囲む紅い光で彼の姿が見えなくなる。。そして、徐
々に輝きを増していくその光は、すぐに目を開いていられないほどの明るさになる。

『クッ!?』




  そして…。

一瞬後には光は消えていた。そこには、“御堂京介”の姿は無く…。

一人の赤ん坊の姿があった。

『え?』
「Moon Micro社特別開発室室長・御堂 京介は死にました。ここにいるのは…生まれ変わっ
た“御堂 京介”です。」

  クレインがヴィシュヌに耳打ちしたあの時。彼はヴィシュヌに御堂を“転生”させる事
を頼んでいたのだ。御堂は元から“悪”だったのでは無い。Moon Micro社前会長にその運
命を狂わされなければ、きっと…きっとすばらしい人物になっていたに違いないのだ。

(そうすれば…きっともっと違う出会いが…!)

かつてはクレインの憎むべき敵だった“御堂 京介”の転生した姿。赤ん坊の“御堂 京介”
を彼は優しく抱き上げると、静かに言った。

「今度は…幸せになってください…御堂室長…。」






3.

  数時間後。

彼等はクレインの知り合いのある孤児院の前に居た。御堂 京介が幼少の頃を過ごしたあの
孤児院と同じように、暖かな場所。クレインは彼を院長先生に預けると、静かに言った。

「院長先生。彼をよろしくお願いします。必ず…幸せにしてあげてください。」

クレインの言葉にニッコリと頷くちょっと小太りの優しげな院長先生。

「まかせてちょうだい、クレイン君。…また時々会いに来てちょうだいね?御堂クンはも
ちろん、他の子供達もきっと喜ぶわ♪」

クレインもニッコリ笑って頷く。ここなら必ず“御堂 京介”も幸せになれる事だろう。

今度こそ、必ず…。

そして、クレイン達は孤児院を後にした。




「さて、それでは最後の大掃除に行きますかっ♪」

クレインが仲間達に向かって明るく声を掛けた。

「どこに行くんですか、クレインさん?」

風舞が首をかしげて質問する。

「Moon Micro本社ですよっ♪今度こそ、完膚なきまでに“ランドの遺産”をこの世から
消し去るんですっ!潰しますよ…“Calling”。」

クレインは“パチッ”とウィンクして答えた。





終章 ― 帰還 ―

(ん…?今日はやけに外が騒がしいようだが…??)

  彼がそう思ってドアの方を見やった瞬間。

ドガァッ!!!

荒々しくドアを蹴破る音が室内に響き渡った。

「な!? なんだ君達はっ!?」

ここは、Moon Micro本社地上70Fにある社長室。現社長であるスティード=マック
イーンは突然の手荒な訪問を受けた。その相手とは、もちろんじゅらい亭の常連達。クレイ
ン・じゅらい・焔帝・レジェ・ゲンキ・幻希。それから風舞と燈爽もいる。あまりの突然の
襲来に、初めは驚愕の声を上げたスティードだったが、彼等の容貌を見て「プッ」と吹き出
した。それはそうかもしれない。ただでさえじゅらい亭のある世界の衣服はこの世界では異
質な物に映るのに、彼等は揃いの黒のサングラスをしていたからだ(笑)

「いったい全体君達は何者だ?ここで仮装大会でも始めようと言うのか??」

「クックック」と押さえた笑いを上げるスティードのセリフに、風舞と燈爽が抗議の言葉
を漏らす。

「ほらー、だからサングラスまではいらないんじゃないですかって言ったのに…。」
「あぅ。そうですよぉ。サングラスはゲンキ様だけで十分ですぅ。」
「そ、そういう問題なのでしょうかねぇ?」

二人の言葉に苦笑するゲンキ。しかし、クレインはそのやりとりにはまったく耳を貸さず
に(実は発案者はクレインなのだが(笑))つかつかと前に進み出ると、無言で“スター
ファイア”を抜き放った。

「なんの…まねだ?」
「お前の…父親が犯した罪を清算してもらいに来た。」

突きつけるようなクレインの言葉に片方の眉をピクリと上げるスティード。そしてクレ
インの顔を“ジィッ…”と見つめるとゆっくりと言った。

「ホゥ…。君は、クレイン=スターシーカー君だな?君がここに来たと言う事は…そうか、
御堂 京介が失敗したのか。ヤツも口だけの男だな。裏切り者一人始末できないとは…。」
「 …御堂のオッサンはある意味すげぇ人だったぜ?それに、口だけの男はおめぇじゃねぇ
のか、オッサン? 俺達に包囲されてるくせに余裕かましてんじゃねぇよ。」

幻希が掌を上に向けて肩を竦めながら言う。他の7人もうんうんと頷く。しかし、
スティードはそれでも自信たっぷりに言い放った。

「君達のような賊に倒されるほど、このMoon Micro社 社長、スティード=マックイーン
は落ちぶれてはいない。早々にお引き取り願おうか!」

そう言うとスティードは分厚い社長室の机の裏にある防犯ベルをすばやく押す。と同時
に社長室の横の壁にある隠し扉が開き、黒い服を来たガードマン達が飛び出してきてマシ
ンガンを構えた。
  スティードは部屋の入り口の所に集っている8人の男女を見やってニヤリと笑った。

「さぁ…形勢逆転だね、君達。…それでは、爽やかな午後の一時を喧騒で邪魔してくれた
お礼をしなくてはね。」

そう言うと、彼はガードマン達に合図を出した。

「…死ね。」

スティードの言葉と共に、8つの銃口が同時に火を吹いた。

バラララララララララララララッ!!!!!

轟音とともに絶え間無く銃弾が打ち出され、火薬と硝煙の匂いが辺りに立ち込める。

…そして、十数秒後。8人のガードマン達は射撃を止めて、ボロボロの雑巾の様になっ
た死体を確認しようとした。しかし、そこには死体どころか……。

誰も居なかった。

『え?』

ガードマン達の驚きの声がハモったその時。

ドガァッ×8!!!

あっさり、彼等は床に倒れ伏した。彼等の後ろには、それぞれじゅらい亭の常連達の姿
があった。

「ムダだって言ってるでしょう?外の方々もそうでしたけど、あなた達では私達に勝つ事
は出来ませんねぇ♪」
「まったく、バカの一つ覚えみたいに銃を使って…。銃さえあれば勝てると思ってる所が
甘いんですよ(笑)」
「そうそう、もっと鍛えないとダメですよ、き・み・た・ち♪」

ゲンキとレジェはにっこり笑って言いながら手をはたいている。焔帝も神狼刃を肩に担い
で隣で頷いていた。彼等は、まずクレインの張った結界で銃弾の雨を避け、その間にそ
れぞれシヴァの神力でガードマン達の後ろに転移していたのだ。

「でも、わざわざクレインの助けを借りなくてもこいつらくらい余裕なんだけどな?」

そう言って幻希が渋い顔をすると、「まぁまぁ…」と言うようにじゅらいが声を掛ける。

「幻希殿、拙者はこれはこれでラクでいいと思うでござるが?それに、こんな輩に幻希殿
が真剣に相手をするまでもないでござるよ♪」

仲間達のやり取りを尻目に、クレインは再度スティードの所に近づいていった。先ほど
までの余裕はどこへやら、彼は近づいて来るクレインを見てプルプルと震えている。そん
なスティードの額にクレインは“スターファイア”を「ゴリィッ」と押し付けると重々し
く言った。

「“Calling”と“スターファイア”の事は忘れろ。いいな。」
「し、しかし…!」

抗議の声を上げるスティードに対して、クレインは静かに召喚神を喚び出す。

「召喚。精霊弾・サラマンダー。」

クレインの言葉とともにスターファイアの銃口が文字どおり火を吹く。炎を纏った龍の形
の弾丸がスティードの頭をかすめ、背後の硝子を粉々に破壊して飛び去る。

「ヒィッ!?」

一瞬にして禿げ上がってしまった頭を抱えて悲鳴を上げるスティード。クレインはまった
く表情を変えずに、先ほどと同じセリフを繰り返す。

「“Calling”と“スターファイア”の事は忘れろ。い・い・な?」
「は、はいぃぃぃぃっ!!忘れます忘れます!!」

 スティードのその悲鳴に近い言葉を聞いて“スターファイア”をホルスターに収めるク
レイン。それから仲間達とともにドアの方へ向かう。
そして、全員が出ていき最後にドアを閉める直前にクレインはゆっくりと振り返って
言った。

「俺はつねにお前等Moon Micro社を監視している。約束を違えた時は…潰すぞ?」

その言葉を最後に、クレインの背中はドアの後ろに消えていった。

後には、呆然と立ち尽くすスティード=マックイーンが残された。




「これで終わりましたねぇ♪なんだか疲れちゃいましたよ♪」

  伸びをしながら言うゲンキにいつも通り鉄拳と共に激しいツッコミを入れる幻希。

「お前は疲れるほどの事はやってねぇだろ、部下G!?」
「ま、それはともかく終わりましたね。…ところでクレインさん、これからどうするんで
す?」
「Moon Micro社からこれ以上追手が来る事は無くなったのでござるから……こちらに残る
のでござるか?」

すこし寂しそうに、レジェとじゅらいが質問する。

…そうなのだ。

元々クレインは御堂の追手から逃れる為にじゅらい亭のある世界へと旅立った。御堂
とMoon Micro社の脅威が無くなった今、もうあちらに帰る理由はないのだ。その言葉を
クレインは黙って聞いていた。

「クレインさん、お別れなんですか?」
「あぅ、クレイン様?ホントなんですかぁ?」

風舞と燈爽も哀しそうな顔をして聞く。…しかし、幻希は“ニヤッ”と笑ってクレインの
肩に手を置いた。

「まぁ、クレイン。どこにいてもお前が仲間だってことには変わりねぇぜ?…元気でや
んな。」
「そうですね…。クレインさん、時々はじゅらい亭の事も思い出してくださいよ?」
「それから、いつか借金も返しにくるでござるよ?」
「そうですねぇ♪僕ほどじゃないですけど、クレインさんの借金も結構ありますから♪」

焔帝・じゅらい・ゲンキも“ニヤッ”と笑って言う。

…しかし。

  それまで黙って仲間達の話を聞いていたクレインは、ニッコリ笑って答えた。

「……まったく。誰がこっちに残るって言いました?“じゅらい亭”を知ってしまった以
上、こんな退屈な世界に留まってなんていられませんよっ♪」

クレインのそのセリフにみんなの顔が一斉に“パッ”と明るくなる。

そして、クレインはいつもの明るく、お気楽な調子で言った。

「さぁ、じゅらい亭に帰りましょうっ♪きっとみんな待ちくたびれてますよっ♪」

『おうっ!』

仲間達の返事が重なる。

その声は、5月の澄み切った青空の下に響き渡った。



― FIN ―







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