召喚!じゅらい亭日記 −決戦編−

召喚! じゅらい亭日記 −決戦編−
投稿者> クレイン
投稿日> 04月21日(火)17時24分47秒



第四章 ― 決戦 ―





1.

  再び。クレイン達はMoon Micro本社B5Fにある実験場のドアの前に居た。

「いよいよですね…。」

呟くように言うクレイン。仲間達も「コクッ」と頷く。

「それじゃぁ…、行きますよっ!」

クレインが前に進み出ると、「プシュッ」という音を立ててドアが開く。…そして、正面
には前に来たときと同じ場所に御堂とヴィシュヌが立っていた。御堂は一歩前に進み出る
と、その切れ長の目をさらに細めて話し出した。

「ようこそ、クレイン君。“Calling Ver.3.0.1”のインストールは済んだかね?」
「あぁ…。おかげさまでな。だから、今度は前回のようには行かないぜ?」

クレインは御堂を“ビッ!”と指差して答える。しかし御堂はクレインの言葉を冷ややか
な冷笑を持って笑い飛ばした。

「クックック…。そう思うかね?ハンドCOMPが“Mark.U”である以上、私の優位性は
不動のものだと思うが?」
「さぁ?それはやってみないと分からないってヤツさ。」

クレインは御堂のセリフにはまったく動じないで答えた。御堂京介には“Calling”しかな
い。それに対し、こっちには“仲間”がいるのだ。ハンドCOMPの優位性くらい仲間達
と力を合わせれば必ずひっくり返せる、とクレインは信じていた。そのクレインの気持ち
が通じているかのように、仲間達は御堂に向かって話し出した。

「そうだぜ、御堂のオッサン。勝負はやってみるまで分からねぇモノさ。それに…」
「私たちがいる以上、クレインさんの優位性は不動のものだとはお考えにならないんです
か?」

幻希がクレインの横に進み出ながら言いかけると、続けてゲンキが舌を出しながら楽しそ
うに言う(そして幻希に殴り倒される(笑))。

「前回も、じゅらい亭でも貴方にはお世話になりましたからね…。」
「たっぷりと利子をつけてお返ししますよっ!」

レジェと焔帝も武器を構えながら言った。そして最後に、じゅらいがゴルディオン・ハン
マーを取り出しながら言った。

「御堂殿。そろそろ風舞が待ちくたびれてる頃でござるから…貴殿を倒させてもらうでご
ざるよっ!」

クレインは仲間達のセリフを聞きながら”ニヤッ”と笑う。

「そういう事だ、御堂。…こっちも遊びに来たわけじゃないんだ。そろそろ始めないか?」
「そうだな…。私と君。どちらが運命に選ばれた存在なのか…?それを思い知らせてあげ
よう!」

二人はハンドCOMPを抜き放った。それと同時にじゅらい・焔帝・レジェ・幻希・ゲン
キが御堂に襲い掛かる。

決戦の火蓋は今、切って落とされた。




「御堂殿、覚悟っ!!」
「御堂のオッサン、もらったぜっ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!』

  それぞれの武器を構えて御堂に同時攻撃を仕掛ける5人に対し、御堂は静かに“スター
ファイアMark.U”に告げた。その瞬間、御堂の顔にはあの冷笑が浮かんでいた。彼が己
の勝利を確信したときの浮かべるあの冷笑が。

「君達の相手は彼女がしてくれるよ。クックック…。」

御堂の召喚に応じてハンドCOMPから現れ出る一つの影。無数の蛇を頭から生やし、そ
の恐ろしい顔に血も凍る笑いを浮かべた少女。クレインはとっさに目を瞑って叫んだ。

「みんなっ!そいつの顔を見ないでくださいっ!!」

『え?』

しかし、見てしまった。その目を見たものは全て物言わぬ石と化してしまう魔物。

メドゥーサの目を。

『な、なにぃっ!?』
「じゅらいさん!焔帝さん!ゲンキさん!レジェ!幻希!」

  足からゆっくりと、しかし確実に石と化していく仲間達の元へ駆け寄るクレイン。

「しっかり、しっかりしてくださいっ!」
「ク、クレイン…。そういう事は早く言ってもらわねぇとな…。」
「そ、そうですよ…これじゃぁお茶も飲めなくなっちゃうじゃないですか…。」

石化していく身体に走る凄まじい苦痛に顔を歪めながら幻希とゲンキがぼやく。クレイン
は目に涙を溜めながら、石と化していく仲間達を見ている事しか出来なかった。

「クレイン殿、ヴィシュヌ殿がいれば、せ、拙者達も元に戻してもらえるんでござろ
う…?」
「クレインさん、か、勝ってヴィシュヌさんを取り戻してくださいよ…。」
「大丈夫ですって。ク、クレインさんなら勝てますよ…。」

じゅらい、レジェ、焔帝が続けて言う。クレインは何度も何度も頷いた。

『信じてますよ…。』

その言葉を最後に、5人は動かぬ石像と化した。しかし、石像達の顔には微笑みが浮かん
でいた。その表情は、彼等がクレインの勝利を確信している事を物語っていた。

「あ、あ………!」

クレインは言葉が出てこなかった。俺に付き合ったばっかりに、こんな、こんな事
に…!
そんなクレインの様子を見て御堂の冷笑は一層大きくなる。彼の口元から笑いが零れ落
ちる。

「クックックック…。“Calling Ver.3.0.1”を手に入れた以上、君にばかりお仲間がいる
のは不公平だと思ったのでね…。悪いが、この戦いは君と二人きりでやりたいのだよ。
…おや、どうしたね、クレイン君?」

クレインの肩が震えている。彼に御堂の言葉が届いているのかいないのかは分からない。
しかし、次の瞬間御堂の方に向けられたクレインの顔には凄まじい怒りが浮かんでいた。

「あ…、アアアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!」

声にならない叫びを上げて御堂に素手で殴り掛かるクレイン。しかし、彼の突進はヴィ
シュヌの張った結界によってあっさり弾き返された。うずくまるクレインに御堂は冷たく
言い放つ。

「クレイン君、落ち着きたまえ。私が戦いたいのは“電脳召喚師”たるクレイン=スター
シーカーなのだよ。逆上している今の君では…ない。」




  クレインは顔を上げた。まるでスローモーションを見るような速さでゆっくりと立ち上が
り、“スターファイア”を構える。そして、口を開いた。

「御堂……お前を……殺す!!!」

御堂はその言葉に“ニィッ…”と冷笑う。

「いい表情になってきたね、クレイン君。さぁ、お仲間の敵が取りたければ…掛かって来
るがいいっ!!」

御堂の言葉と同時にクレインは“スターファイア”のトリガーを引き絞っていた。“ス
ターファイア”の銃口から蒼い光りが迸る。その光の中から現れ出る白い翼を持った人影。

御堂はそれを見ながらゆっくりと“スターファイアMark.U”を構え直した。

二人の電脳召喚師達の宿命の対決が再び、始まった。





2.

御堂はクレインが喚び出した召喚神を見て「ホウ…」と感嘆の声をもらした。彼の召喚
に応じて現れた、白い翼を持つ人影とは、四大天使の一人にして“水”を司る者。熾天使
(セラフ)…ガブリエル。ヴィシュヌに対抗出来る“結界”を操る事の出来る召喚神と言え
ば、クレインの知る限りではガブリエルくらいだった。彼女は、眩いばかりのブロンドの
ウェーブヘアを腰まで伸ばし、白い服に薄いブルーのパーツの少ない甲冑を身につけてい
る。吸い込まれるような魅力を持った美少女だ。…しかし、その美しい瞳は虚ろに見開か
れたままであった。

「…っ!」

  クレインはそんなガブリエルを見て内心ショックだった。御堂に対抗する為とは言え、
“使役レベル3”の召喚を行う事は彼にとって非常に苦悩を伴う事であった。確かに普段
からガブリエルは物静かな女の子だが、その沈黙はいつもの包み込むような暖かなものと
は全く違っていた。まるで、そこに意志が存在しないような虚ろな沈黙。ガブリエルはそ
んなクレインの苦悩をまるで気づいていないかのように、何も言わずに黙ってクレインの
側に浮かんでいた。

「ガブリエル…。今回の相手は…ヴィシュヌだぜ。防御を頼むっ!」

その苦悩を振り払うような口調でクレインはガブリエルに告げると、御堂と同時に召喚の
体制に入った。




『召喚!』
「オーディン.グングニルの槍!!」
「トール.ミョルニルの鉄鎚。」

クレインの召喚したオーディンの投げた槍はヴィシュヌの展開した小さな盾の様な結界
に阻まれる。それに対し、御堂の召喚したトールの投げる鉄槌はガブリエルの作り出す
フィールドによって方向を変えさせられた。

『召喚!』
「シヴァ.亜空間次元断!!」
「天照大御神.天乃御剣陽光(あまのみつるぎのひかり)。」

  シヴァの作り出す無数の次元の裂け目。うなりを上げて迫り来るその不可視の剣をヴィ
シュヌは器用に御堂を伴って空間を渡って避ける。その間、天照大御神の発する剣のよう
に凝縮された無数の太陽光線を、水を集めて作り出した鏡の様な結界を使って弾き返し、
方向を逸らせるガブリエル。しかし、そのあまりの威力を捌ききれずに何本かがクレイン
とガブリエルの身体を掠る。

「ぐぅっ!?」

苦痛に顔を歪めるクレインとガブリエル。だが、なんとか凌ぎきったようだ。ヴィシュヌ
と御堂もどうやら次元の刃を避けきったらしい。

『召喚!』
「イーフリート.業火炎熱地獄。」
「タイタン.神踏襲!!」

イーフリートの生み出す猛熱の火炎の奔流がクレインとガブリエルに襲い掛かる。しか
しガブリエルが喚び出した大量の水流はいとも簡単にその火炎を消し去った。クレインの
喚び出したタイタンの巨大な脚による攻撃も、ヴィシュヌの物理防御結界によって阻まれ
ている。

(なんとかヴィシュヌの結界を突き破らないと…!)

  そう考えたクレインは、複数召喚神による同時攻撃を行なわせる。

「召喚!アグニ.烈火神焔煉獄!火之迦具土神(ほのかぐつち).劫炎龍変化!」

アグニの放つ炎はヴィシュヌの結界を取り囲んで燃え盛り、火之迦具土神が変化した炎の
龍がその上にさらにとぐろを巻き、ぎりぎりと締め付ける。その凄まじい威力にヴィシュ
ヌの結界が軋みを上げる。そして、駄目押しとばかりにクレインは炎の魔獣による攻撃を
仕掛ける。

「召喚!ガルム!!」

現れ出た冥界の番犬、燃え盛る炎を見に纏った魔獣・ガルムは咆哮を上げてヴィシュヌの
作り出した結界に襲い掛かる!

『ガァァァァァァァァァアアアアアアアォォォォォォオオオオオオオッ!!!!』

ドカァッ!!!ゴウォオオオオオッ!!!

一際大きい炎の柱が燃え上がり、辺りに肌がチリチリするような熱風が吹き荒れる。クレ
インは思わず目を瞑った。

「やったか!?」




……………しかし。
  炎が止んだ時にはさっきと変らず静かに佇む御堂とヴィシュヌの姿があった。

「駄目か…!!」
「やってくれたね、クレイン君。さっきの攻撃は少し驚いたよ。…お返しをしなくては
ね。」

御堂はゆっくりと“スターファイアMark.U”を構える。

「召喚。ゼウス.轟天雷。」

御堂の喚び出したゼウスの降らせる瀧の様な雷がクレインとガブリエルを襲い続ける。
ガブリエルの作り出したドーム状の耐雷結界が、まるで悲鳴を上げているような音を立て
る。

(ガブリエルの結界でゼウスの轟天雷を防ぎきれるか…??)

基本的にガブリエルは“水”の属性を持っている。“耐火”や無属性の攻撃に対する結
界は強力だが、その他の属性の攻撃に対する結界はそれほどの威力を発揮出来ないのだ。
ガブリエルは両手を上に掲げて全ての神力を結界に注ぎ込んでいる。クレインは降り注
ぐ雷が結界に衝突する時に発する凄まじい光に目を細めた。

(ガブリエルの結界の出力は、すでに臨界に近い…な。)

クレインがそう思った瞬間。

「召喚。インドラ.金剛雷撃斬。トール.激爆雷神鎚。」

インドラとトールの二人の雷神の放つ、雷を伴った金剛刀(ヴァジュラ)とミョルニル
の同時攻撃がガブリエルの耐雷結界に直撃する。彼女の結界は一瞬にして弾け飛び、雷神
達の攻撃がそのままクレインに向かって振り下ろされる。

「―――――!」

クレインは振り下ろされる刀と鎚を見ながら死を覚悟した。その時!

ブゥワッ!

ガブリエルがクレインの上にその白い羽を広げて覆い被さり、雷神達の攻撃から身を挺
してクレインを守った。

「なっ!?ガブリエル!止めろ!!」

クレインは叫んだが、もうすでに遅かった。雷神達の攻撃をまともに受けたガブリエルは
瀕死の重傷を負ってしまっていた。

「なぜ…?なぜこんなことを!?」

クレインはガブリエルを抱き起こす。“使役レベル3”で召喚された召喚神達は、召喚
師の命令に盲目的に従う。と言う事は、ガブリエルのこの行動は、クレインのセリフの
「防御を頼む」を忠実に守ったに過ぎなかったのか…?

しかし。

『ニコッ。』

生命の危機が迫った為に強制退去される寸前。確かにガブリエルは微笑んだ。“使役レベ
ル3”の、感情の無いはずのガブリエルが。

…そして、小さな泡になって消えた。




「あ…!」
「クックック…。これでチェックメイトだね、クレイン君。」

呆然とガブリエルが消えてしまった自分の腕の中を見つめるクレインの方へ、冷たい薄
笑いを浮かべながら歩み寄る御堂。

「クッ!」

クレインは御堂の言葉に素早く反応して立ち上がり、“スターファイア”を構え直す。

「無駄な事は止めたまえ、クレイン君。ヴィシュヌと同レベルの結界を張れる召喚神はも
う居まい?…と言う事は、君には私の攻撃を防ぐすべは無いのだよ。…違うかね??」

  御堂は近づく足を止めずに言い放つ。確かにその通りだ。簡単な防御が出来る召喚神や、
それぞれ決まった属性の結界を張れる召喚神ならまだ幾つかいるが、ヴィシュヌやガブリ
エルのように総合的に結界を操る召喚神はもういない。

…もう、いないのだ。

(ヴィシュヌ…だけ?)

その時、追いつめられたクレインの頭の中には一つの考えが浮かんでいた。





3.

そもそも、複数の者が同時に召喚する――又はそれらの者達が戦う――と言う事は、
“Calling”開発当時には考えられなかった事だろう。世界中をくまなく探したとしても、
“神々の召喚”というものを成し遂げたのは“Calling”だけに違いない。“電脳召喚師”
(この名前はクレインが後に考えたものだったが、気に入ってしまったのか御堂も使って
いた)は世界に“御堂 京介”唯一人。それが彼等の予定だったはずだ。“クレイン=ス
ターシーカー“というもう一人の”電脳召喚師“の存在。それは、彼等にとって予想する
事の出来なかった“イレギュラー”であるはずなのだ。

  と言う事は…。

(試してみる価値はありそうだな…。)

クレインが起死回生のアイデアを思いついていたその時。御堂は勝利を確信していた。

「クレイン君、諦めたまえ。君は敗れたのだ。この私…御堂 京介にね。さぁ、その
“スターファイア”をこちらに渡したまえ。元々それは…私のものだ。」

御堂はすでにクレインからわずか2メートルという所まで来ていた。うつむいて黙り込
むクレインを見て「クックック…」と冷笑いながら右手を差し出す。しかし、下を向いた
ままのクレインの顔には笑いが浮かんでいた。敗北を悟った者の自嘲の笑いでもなく、死
を覚悟したものの諦めの微笑みでもない。

それは、御堂と同じように勝利を確信したものの微笑みだった。

「お前にくれてやるのは………これさ!召喚!ヴィシュヌっ!!!」

その叫びとともに、クレインは電光石火のスピードで“スターファイア”を御堂の鼻先
に突き付ける。そして、そのまま迷わずトリガーを引いた。


「なっ!?」

“スターファイア”の銃口――メインプロジェクターからあふれ出た蒼い光の奔流が御
堂の目を眩ませる。よろよろとよろめきながら後退する御堂には、彼の後ろで起こった出
来事は見えていなかった。
クレインの“スターファイア”から蒼い光が流れ出すのとほぼ同時に、御堂の後ろで佇
むヴィシュヌの体を同じ色の光が包み込んだ。クレインが思いついた“アイデア”とは…。

そう。

「二人の電脳召喚師が同じ召喚神を同時に召喚するとどうなるのか?」

どうやら彼の“アイデア”は的を得ていたようだ。明らかにヴィシュヌの様子がおかし
い。二つの“Calling”の発する支配力が彼女の中で拮抗しているのだろう。蒼い光の中で
ヴィシュヌは頭を抱えて崩れ落ちる。

(ヴィシュヌっ!?大丈夫か??)

その様子を見ていたクレインは思わずそう叫びそうになったが、口を押さえてその言葉
を飲み込んだ。御堂が目を押さえている間に、気づかれる前になんとかこの“賭け”に勝
たないといけないのだ。

「ア…ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッ!!」

パキィーーーーーン!

まるで硝子が割れるような音が辺りに響き渡り、うずくまるヴィシュヌを包み込んでい
た蒼い光が消え去る。よろよろと立ち上がるヴィシュヌ。クレインと御堂の方を向いた
ヴィシュヌの表情は…。

いつもの彼女のものだった!

「ヴィシュヌっ、御堂の動きを奪え!」
「え?は、はい〜、ご主人様〜!」

ヴィシュヌが正気に戻ったのを見て取ったクレインが、ヴィシュヌに命令する。気配と
音でその事を察知した御堂が目を瞑ったまま“スターファイアMark.U”を構えて召喚の
体制に入る!

「召喚!シ…。」

しかし、彼の召喚が完了する前に、ヴィシュヌの術が彼の体の自由を奪っていた。スロー
モーションの様にゆっくりと倒れ込む御堂。彼の手から“スターファイアMark.U”が同
じようにゆっくりと滑り落ちる。床に落ちた“スターファイアMark.U”はまるで鐘のよ
うな澄んだ音を立てた。

キーーン……。




「ヴィシュヌっ!!」
「ご主人様ぁ〜!!」

ヴィシュヌとクレインは互いに駆け寄った。ヴィシュヌは体ごとクレインにぶつかって
来る。

「ご主人様ご主人様ご主人様ぁ〜!!」

クレインの首にその4本の腕を巻きつけて泣きじゃくるヴィシュヌ。クレインはそんな
ヴィシュヌの頭をやさしく撫でた。

「ヴィシュヌ……。すまなかった…。」

ひっく、ひっくとしゃくりあげるヴィシュヌ。

「ごめんなさい…ひっく…私…私…。」
「いいんだ…。もういい…。」

言いかけるヴィシュヌの言葉を制するクレイン。ヴィシュヌの言いたい事をクレインは痛
いほど分かっていた。しかし、彼女のせいではない。彼女のせいでは…。




しばらく泣き続けた後。ヴィシュヌもようやく落ち着いてきたようだ。クレインはヴィ
シュヌにいつもより少しやさしい口調で聞いた。

「ヴィシュヌ。石化したじゅらいさん達を元に戻す事ができるかい?」
「…はい〜♪見ててくださいね〜、ご主人様〜♪…えい〜♪」

いつも通りのまったく気合の入っていないような掛け声とともに、ヴィシュヌの手のひら
からオレンジ色の光が流れ出し、石像と化したじゅらい達を包み込む。一瞬後には、すっ
かり元に戻っていた。

(やっぱヴィシュヌはこうでなくっちゃなっ♪)

  そう思いながらクレインは仲間の方に歩いていった。

「どうですか?石像になった気分は??」

ニヤニヤしながら聞くクレイン。じゅらい・焔帝・ゲンキ・レジェ・幻希の5人は彼の所
に殺到した。

「やったでござるな、クレイン殿っ!拙者は信じてたでござるよっ!!」
「クレインさん、ついにやりましたね〜!さすがは、電脳ナンパ師っ(笑)(?)」
「やっと御堂さんを倒せましたね♪それにしても、人間にしてはなかなか手強い相手でし
たねぇ、御堂さんは♪」
「ってお前はなんもやってねぇだろ、部下G(笑) それはともかく、クレインにしては良く
やった方だな、誉めてやるよ♪」
「クレインさん、ヴィシュヌさんを取り戻せたんですねっ!おめでとうございますっ!!」

もみくちゃにされながら小突き回されるクレイン。ちょっと痛かったが…。

最高の気分だった。




数分後。

小突かれすぎて少し頭がふらふらしているクレインに、じゅらいがまじめな顔になって
質問した。

「それで、クレイン殿。御堂殿は…?」

じゅらいの問いに、クレインは黙って倒れている御堂を指差した。

「死んで…いるんですか?」
「いいえ、生きてます。ヴィシュヌの術で動けなくさせられていますけど…ね。」

レジェの言葉を首を振りながら否定するクレイン。「そうですか…。」と頷く仲間達。そ
して、6人と1神は御堂の周りに集った。

「さてと、それじゃぁ取り敢えず尋問を始めようぜっ。ヴィシュヌちゃん、御堂のオッサ
ンの口だけきける様にしてやってくれねぇか?」

首をコキコキと左右に動かしながら言う幻希の言葉に頷くヴィシュヌ。彼女が“ピッ”
と御堂を指差すと、御堂の見開かれていた虚空を見詰める目に生気が戻る。

「……クレイン君。…見事だったよ。まさかあんな手があるとは…。私の完敗だよ。2度
までもこの私を退けるとはね…。やはり私が見込んだだけの事はある。」
「偉そうな事言ってんじゃねぇ!」
「風舞と燈爽ちゃんはどこでござるか、御堂殿?」

“尋問”と言っておきながら御堂の言葉に激しく憤る幻希。そして、対照的に静かな
じゅらいの言葉に御堂は「クックック…」と笑いながら答える。

「心配せずとも彼女達は無事だよ。B6Fの一室に閉じ込めてある。セキュリティは切っ
てあるから…行くがいい。」
「そうか…。行ってください、じゅらいさん、レジェ。俺達はここで待っています。」

クレインの言葉に頷くじゅらいとレジェ。

「かたじけないっ!」
「燈爽と風舞さんを連れてすぐ戻りますっ!」

そう言うと、2人は駆け出して行った。

後に残された4人と1神は、深い安堵の溜息を漏らした。





4.

「風舞っ!!」
「燈爽っ!!」

B6Fの通路の突き当たり。二人は小さな倉庫の様な部屋の中に横たわっていた。こち
らには背を向けていたが、背後から聞こえた聞きなれた声にすぐに振り向く。

「じゅらい君っ!!」
「あぅ、レジェンド様ぁっ!!」

じゅらいとレジェは急いで二人に駆け寄ると、手錠を外して足を縛っていたロープを解い
てやる。ロープがほどけると、二人はよろよろと立ち上がった。

「ごめん、風舞…。こんなに遅くなっちゃって…。」
「ホントだよ、じゅらい君!私…私、待ちくたびれちゃったんだからね…!」

涙目で微笑みながら言う風舞の頭にじゅらいは優しく手を置く。風舞はじゅらいの胸に
頭をもたせ掛けた。

「風舞…。」
「じゅらい君…ありがとう…。」

じゅらいの胸の中で静かに呟く風舞の頬は涙にぬれていたが、その顔は幸せに満ちていた。


「レジェンド様ぁ、やっと来てくださいましたねぇ?」
「ああ、少し遅くなっちまった…。」

そう言ってレジェは「ぽん」と燈爽の頭に手を置いた。

「あぅ、もう来てくださらないかと思っちゃいましたよぉ。」

ぷぅっと頬を膨らませて言う燈爽のセリフに困ったような顔になるレジェ。彼は燈爽の頭
をゆっくり撫でる。

「悪かったな…。」

しかし、次の瞬間燈爽はニッコリと微笑むと、心から楽しそうに言った。

「う・そ、ですよぉ♪…ありがとうございましたぁ、レジェンド様ぁ♪」

レジェは燈爽の微笑みを見て慌ててソッポを向く。そして、燈爽の頭を押さえるようにぐ
しゃぐしゃと撫でた。




「ただいま、でござるっ♪」

風舞と燈爽を助け出したじゅらいとレジェは、B3F実験場に戻って来た。仲間達が4
人をやさしく迎え入れる。焔帝も、ゲンキも、幻希も。みんな口々に風舞と燈爽が戻って
来た事を喜んでいた。そして…最後にクレインが二人に近づいて行くと、深く頭を下げた。

「本当に…すみませんでした、風舞さん、燈爽ちゃん。」
「そんな…もう気にしないでください、クレインさん!」
「あぅ、クレイン様、顔を上げてくださいぃ!」

風舞と燈爽はぶんぶんと手を振って言った。そこにゲンキもやって来て“ニヤッ”としな
がら言う。

「そうですよ、クレインさん♪あんまり気にしてると、ハゲちゃいますよ♪」
「なっ!?そんなわけないじゃないですかっ!?」

みんな、そのクレインの驚きようを見てお腹を抱えて笑った。

こんなに心から笑ったのは久しぶりだ…と誰もが思った。





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