召喚!じゅらい亭日記 ― 初陣編







プロローグ

  今日も良い天気だった。じゅらい亭のある街――セブンスムーンとその周辺地域は一
年中あまり雨が降らない。夏の暑さも冬の寒さもほどほどで、一年を通じてカラッとし
た気候でとても過ごしやすい。

  今は春。麗らかな日差しがオレンジ色の帯になって店内に差し込み、床に窓の形を描
き出している。俺は長々と滞在しているじゅらい亭2Fの部屋から降りてきて、店内で
時音さんの入れてくれた紅茶を飲んでいた。隣ではこのはさんがやっぱり紅茶をすすっ
ている。

「いやぁ〜、時音さんの入れた紅茶はいつも美味しいですねっ♪サイコーですよっ♪」
  
  俺がいつもの調子で時音さんを誉めると、彼女はちょっと微笑んで「ありがとう、ク
レインさん♪」と言った。じゅ亭の看板娘さん達は皆とても可愛い。くぅ〜、うらやま
しいぞ、じゅらいさんっ!(笑)

  俺が目から「だー」と感涙の涙を流しながら明後日の方向に向かって拳を握り締めて
いると、このはさんが苦笑しながら横から話し掛けてきた。

「クレインさん?前から聞きたかったんですけど…。」
「はい?」

  なんだろう?聞き返す俺の顔を見つめながら、このはさんは話を続けた。

「クレインさんは御堂さんの追手から逃れてこの世界に来てから、まだ1年しか経っ
ていないんですよね?」
「そうですね、まだ1年とちょっとしか経ってませんね。でも…早かったなぁ…。」

  そう。俺がこの世界にやってきてからまだ1年しか経っていないのだ。ホントにいろ
んな事があった…。そして、御堂…。俺が御堂の事を思い出して少し暗い顔をしている
と、このはさんはちょっとすまなそうな顔をして言った。

「あ、いやな事思い出させちゃったようですね。…すみません。でも、すごいですよ
ね?」
「なにが…ですか?」

  俺はちょっと首を傾げて聞き返した。左に首を傾げるのは俺のクセなんだ。その仕種
が妙に子供っぽいらしく、たまにバカにされる。直そうとはしてるんだけど…。

「いや、たった一年で“じゅらい亭”の常連さん達にも匹敵するほどの力を持つよう
になるなんて、すごいなぁと思いまして。」
「あぁ…。こっちに来てからずっと、冒険者みたいな傭兵みたいな仕事をしてきてた
んですよ。その頃から、御堂…ともう一度戦いになる事を予感してたので、自分を鍛え
たかったんですよね。まぁ、それにしてもほとんどは、コイツのおかげですよ(笑)」

  俺は“ニヤッ”と笑うと、ホルスターから“スターファイア”を取り出す。“スター
ファイア”はホルスターから出した途端に「ガシュッ」と音を立てて銃形態に変化する。
このはさんは何度となく見てきたはずのその光景に、感嘆の溜息を漏らす。

「“スターファイア”…。本当に凄い機械ですよね、それは。数々の“召喚神”を喚
び出し、使役する…。でもその凄い機械を自在に操るクレインさんも、やっぱり凄いで
すよ♪」
「そうですか?ありがと〜ございますっ♪」
  
  俺は少し照れながら紅茶を“ズズッ”とすする。俺のその様子にこのはさんは微笑ん
でいる。…わ、笑うなぁ(笑)

「クレインさん、こっちに来てから初めて召喚神さん達を喚び出して戦ったのはいつ
だったんですか?…その時の話、聞きたいですねぇ。」

  このはさんはそう言うと今度は“ニヤッ”と笑った。

「そうか、それが『聞きたい事』なんですね?」

  俺も“ニヤッ”と笑って聞き返す。このはさんは微笑みながら頷いた。

「…分かりました。初めて“戦い”を経験したのは、こっちに来てから結構すぐの事
だったんですよ。そう、シヴァの力でこっちに転移してきて立ち寄った最初の街で…。」
  
  俺は、1年前の事を思い出しながら話し出した。こちらの世界での俺の“初陣”の話を。





第一章 ― 空腹 ―

1.

「か………金がねぇ…。」
  
  俺はその事に初めて気がついた。それは至極当然の事だった。“異世界”の住人であ
る俺がこちらの通貨――ファンタを持っているはずは無かったんだ。隣ではヴィシュヌ
が困ったような顔をして立っていた。いかな“神”とはいえ、何も無い所からお金を作
り出す事は出来ないようだった。
  
  俺は、溜息を吐いてお腹に手を当てた。

「腹減った…。」




  シヴァ、ヴィシュヌと伴にこちらの世界に転移してきた時、地平線の彼方にみえてい
た街。行ってみると、遠くで見ていたよりはかなり大きな街だった。――ベストラの街。
この近くではどうやら一番栄えている街らしい。まだ時間は朝の11時くらい。街はた
くさんの人で賑わっていたっけ。

「おおおおおおおおおおおおおお、すげぇすげぇっ♪」

  俺は周りの様子にすっかり夢中になっていた。まるでファンタジーの世界から抜け出
したような町並み。行き交う人々の服装も妙に古臭くて面白い。それに、鎧を着てたり、
剣をぶら下げて歩いてる人や、魔術師風のローブを身に纏っている人もいる。今、こう
して異界の町並みを目の当たりにしていても、とてもこれが現実の物とは思えなかった。

「う〜ん、信じられないぜっ…!!」

  俺が感嘆の言葉を漏らしたその時。ふと周りの人たちの視線が俺達3人に集まってい
る事に気づいた。俺は“パッ”と振り返ってシヴァとヴィシュヌを見やる。シヴァは裸
に虎皮の服一枚きり。しかも腕は4本、目は三つ。ヴィシュヌは腕は4本ある以外はこ
れといって不自然な格好ではないが、空中にふわふわ浮かんでいる。

  こ……これは目立つ(笑)

「ちょ、ちょっとヴィシュヌ、シヴァ、こっち!!」
  
  俺は周囲の好奇の目に晒されながらも、急いで二人の手を取ると近くの路地に駆け込
んだ。

「ヴィシュヌ、シヴァ…まずいって。」

  俺は苦笑しながら二人に言った。しかし、俺の言葉の意味をまったく理解していない
二人は、きょとんとした顔をしている。

「ご主人様〜?何がまずいのでしょう〜??」
「…私には、分かりかねますが…?」

  俺は頭を抱えた。“召喚神”達はどうやら人間社会の常識ってヤツがまるで分かって
ないようだ(もしかしたらこの二人だけかもしれないが(笑))。

(こりゃぁこれから苦労しそうだぜ…。)

  俺はきょとんとした顔の二人を見つめながら、頭を抱えて呟いた。




  数分後。
  
  俺は、その格好・身体のサイズ共に目立ちまくりのシヴァに帰ってもらい、ヴィシュ
ヌには「街中ではむやみに飛ぶなっ」と言い渡して、路地から出てきた(ヴィシュヌは
しばらく「なんでですか〜?」と反論していたが(笑))。もちろん今度は歩いて、だ。通
行人達は忙しいらしく、俺達へのさっきの注目はもはやおさまっている。もしかしたら
4本腕くらいそんなに珍しくない世界なのかもしれない。なにせこれだけファンタジー
っぽい所なのだから。

  俺は、とりあえず胸を撫で下ろすと街の見物を続けた。…それにしても、落ち着いて
よく見てみると結構この街にも可愛い娘がいるみたいだぞっ♪Moon Microに入社して
からこっち、忙しくてナンパなんてやってる暇なかったからなぁ…。久々にちょっとや
ってみよっかな?

  決断すると行動の早い俺は、素早くターゲットを見定めると、さっそく戦闘を開始し
た。

「おっじょうさ〜ん♪可愛いねぇ、名前はなんて言うの?俺、クレインっていうんだ
っ♪」
「え?え??」
「今ヒマ?どう、これからお茶でも……ぐえぇぇっ!?」

  俺が長い黒髪を三つ編みにした16・7くらいの可愛い女の子に対して獅子奮闘の戦
いを演じている時、いきなり後ろから髪をつかんで引っ張ったヤツがいる。ってーな、
いったいだれだっ!?

「いってーな、なにす………ん、だ??」

  俺はちょっと額に怒りマークを入れながら振り返って、絶句した。ヴィシュヌがほっ
ぺたをぷうっと膨らませて立っていたからだ。

「ご主人さま〜?いったいなにをしてるんですかぁ〜!?」
「なにって…決まってるだろ?ナンパだよ、ナ・ン・パ!女の子とお友達になるのが
目的さっ♪」

  俺はしれっとして言った。ヴィシュヌには確かに危ない所を助けてもらったけど、俺
のこの高尚な(?)趣味を邪魔されたくはない。しかし、ヴィシュヌは俺の言う事にま
るっきり耳を貸さずに問答無用で掴んだ俺の髪をを引っ張っていった。

「お嬢さん〜、またお会いしましょうね〜♪」

  ヴィシュヌは俺がナンパしていた女の子ににこやかに挨拶する。女の子は「は…はい」
と訳も分からず返事をしていた。

「ちょ、ちょっと待て〜ぃいっ!」

  ヴィシュヌにズルズルと引きずられながら発した俺のその叫びは、賑やかな真昼の街
のざわめきの中に吸い込まれていった。





2.

「なんだよヴィシュヌ!?どうしてジャマするんだよっ!?」

  少しは慣れた所まで引きずられていってから、ようやくヴィシュヌの四本腕から開放
された俺は抗議の声を上げた。しかし、ヴィシュヌは俺のその言葉には全く耳を貸さず
にニッコリ笑うと、素早く話題を切り替えた。

「それよりご主人さまぁ、お腹空いてませんか〜?ご飯にしましょうよ〜♪」

  俺は内心「むむぅ…」と思いながらもヴィシュヌのその提案に乗る事にした。あまり
にも腹が空いていることに気づいたからだ。良く考えてみれば、かなり長い事なにも食
べていないような気がする。…昨日の朝飯からか?

「そうだな。じゃぁとりあえずなにか食べようか?」
「はい〜♪」

  俺は辺りをキョロキョロと見回した。どうせ食べるんだったらこっちの世界にしかな
いものがいい。幸い、辺りには屋台のようなテントがあちらこちらにあり、おいしそう
な匂いを漂わせていた。一番近くの屋台では、的屋もどきのオッチャンが客引きをして
いた。

「えぇ〜らっしゃい!美味いよ安いよ早いよ〜♪」
  
  …どこかで聞いたような文句だな、と思いながら俺はそのオッチャンの屋台の方に近
づいていった。

「オッチャン、それ…なんだい?」
  
  俺はオッチャンが作っていた丸っこいモノを指差した。…タコ焼きか?鉄板が丸くへ
こんでいる所といい、ソースや青海苔の様な掛かっている所といい、まるっきりタコ焼
きそのものだった。

「おぅ、ニイチャン!コイツを知らねぇのかい?ベストラ名物“タックヤック”、一
辺食ったら止められねぇゼ!!」

  な、名前までそっくりだ。……あやしすぎる(笑) しかし、その香ばしい匂いは俺の鼻
孔をくすぐり、すでによだれが垂れそうになるのを必死で堪えなければならなくなって
いた。

  俺はその匂いに誘われるように、勢い良く“ビッ”と人差し指を立てて言った。

「…オッチャン!その“タックヤック”、一つくれっ!!」
「へい、マイドありっ!!………ほらよ、ニイチャンっ!!」

  俺はオッチャンから包みを受け取ると、その中身を見ながら財布から小銭を取り出し
て渡した。

(う、美味そうだっ♪ )

  そのままスタスタ歩いてヴィシュヌの方に戻って行こうとしたその時、後ろからオッ
チャンの怒声が聞こえた。

「おぅコラ、ニイチャン!ちょっと待ちなっ!!」

  そして、いきなりしっぽにしている髪を掴まれて引き戻される。

「いってーな!なにすんだっ??」
  
  俺は今日二度めの事態にさっきより大きな怒りマークを額に浮かべて振り返った。し
かし、オッチャンは俺よりさらに恐い顔をして屋台の中で仁王立ちしていた。

「ニイチャン…冗談は止めて、キチンと“ファンタ“を払いな?こんなオモチャでな
く、な。」

(お、オモチャだぁ!?ちゃんと金を払ったじゃないか!)

  突っ返された金を受け取ってマジマジと見る俺。ひっくり返しても見てみたけど、ど
うやったって間違いない、ちゃんとしたお金―“円”だ。

  ………“円”?

  その時、俺の頭の中にさっきのオッチャンのセリフが再生された。

(―――キチンと“ファンタ”を払いな―――)
  
  ………あ。

「…ゴ、ゴメン、オッチャン。ちょっと金を家に忘れてきたみたいだわ。これ、返す
から後でまた来るねっ!」

  俺はそう言ってオッチャンに“タックヤック”を突っ返す。そしてオッチャンの制止
の声を振り切り、ヴィシュヌの手を取ってダッシュした。

「ご、ご主人さま〜?どうしたんですか〜??」
「いいから走れって、ヴィシュヌ!」

  帽子が落ちないように片手で押さえて走りながら聞いて来るヴィシュヌ。しかし、俺
には答えている余裕は無かった。

  後には、ボーゼンと“タックヤック”の包みを持って立ち尽くす屋台のオッチャンが
残された。




「もぅ〜、どうしたんですか〜、ご主人さま〜!」
「ヴィシュヌ…この世界の“通貨”はなんだ?」

  反対に俺に質問され、困惑しながらもヴィシュヌは小首をかしげて答える。

「確か〜、“ファンタ”だと思いましたけど〜。………あ。」

  ようやくヴィシュヌも気づいたらしい。俺達がこの世界では文無しだという事に。

「ヴィシュヌ、やっぱりお金は出せたりとかは…ムリだよな?」
「ごめんなさい〜、あまり複雑な物は作り出せないんですよ〜。」
「そうか…。いや、いいんだ、気にするな。」

  俺はそう言ってシュンとして下を向くヴィシュヌを慰める。そして、天を仰いで呟い
た。

「か………金がねぇ…。」




  そういうわけで、お金が無く、しかも空腹絶頂であることに気づいてしまった俺達二
人は、頭を抱えて考え込んでいた。なんとかしてお金を作らないとヘタをすれば飢え死
にだ。

  …しかし、こうしてウダウダ悩んでいたってお金が沸いて出て来るわけではない。俺
は“フゥッ”と溜息を吐いてヴィシュヌに声をかけた。

「しょうがない…なんとか働いてお金を作るかっ!」
「…そうですね〜♪私も手伝います〜♪」

  まずは職を探さなくては。といっても俺が向こうの世界でやっていたようなコンピュ
ーター関係の仕事があるとはとても思えない。それに、俺には身分を証明するものなん
かも一切無いんだ。まっとうな仕事に就く事は出来ないかもしれない。でも、後ろに手
が回るような事をするのはやだし…。

  俺はブンブンと頭を振って考えるのを止めにすると、近くにいたオバチャンに話しか
けた。

「すみません、ちょっとお聞きしてもいいですか?ここらへんでなんか仕事を探して
るんですけど?」
「なんだい一体?いきなり仕事って言われてもねぇ…。」

  確かに我ながら間抜けな質問だ。そのオバチャンでなくても、いきなり道で“仕事を
探してる”なんて聞かれたら何だと思うだろう。

「どんな仕事がいいんだい?…そもそも、アンタ一体なにものなんだい??」

  オバチャンは怪しい人でも見るような目つきで俺の事を下から上まで見まわした。そ
の時の俺の格好はいわゆる普通のスーツ姿だった。でも、こっちの世界のオバチャンか
らして見ればかなり異質な格好に映ったかもしれない。

「あ、すみません。俺はクレイン=スターシーカーと言う者で、ちょっと遠い国から
来たばっかりなのでここの街の勝手が分からないんですよ。」

  俺は苦笑しながら答えた。俺のその様子にオバチャンはなにやらうんうんと頷くと、
道の先の方を指差した。

「そうかい、まぁ深くは追求しないでおいてやろうかね。そっちの不思議な可愛らし
い娘さんの事もね。…この道をしばらく行くと“冒険者ギルド”ってのがあってね。」
「冒険者ぎるど?」

  俺はオウム返しに聞き返す。オバチャンはコクッと頷いて話を続けた。
「そうさ。アンタも遠い国から旅してきたんだったら少しは腕に覚えがあるんだろ
う?あそこなら素性が分からない者でも雇ってくれるし、腕さえ良ければかなり高給の
仕事にも就けるはずさ。」
「ふ〜む…。」

  オバチャンの言葉を聞いて考え込む俺に、ヴィシュヌが耳打ちする。

「とりあえず行ってみましょうよ〜、ご主人さま〜♪」
「そうだな…。それじゃ、行ってみます!ありがと〜ございましたっ!!」

  俺とヴィシュヌはオバチャンにペコッと頭を下げる。オバチャンはニヤリと笑って俺
達二人を見回して言った。

「がんばんな、二人とも。それと、しっかり彼氏を助けてあげるんだよ、娘さん♪」
『えっ?えっ??』

  オバチャンのそのセリフに俺はどぎまぎしながらぶんぶか手を振り、その横でヴィシ
ュヌはなんだか照れているように下を向いていたっけ。





第二章 ― 依頼 ―

1.

「ここが冒険者ギルドかぁ…。」

  オバチャンと別れてから歩く事5分。なんとなく官公庁を思わせる飾りっ毛の無い建
物には“Adventurer Guild”と書かれた看板が掲げられていた。そして、なんとなくそ
れっぽい格好の人々が時折出入りしている。剣士風の男性や魔道士風の女性、司祭風の
格好の女の子…。その中にはかなり可愛い娘もいたんだけど、ナンパ欲が食欲に完全に
駆逐されていた俺は、そのまま中に入っていった。

「すみませ〜ん…?」
「いらっしゃいませ〜♪」

  なんとも場違いな黄色い声の出迎えに俺はコケそうになった。仰々しい鎧に身を固め
た髭のオッサンでも出て来るかと思ったけど…?その声の主である受付の女の子は1
3・4のまだ幼さの残る少女だった。

  俺はその女の子を見ながら内心舌打ちをしていた。

(惜しいっ!もう少し大きくなってたら守備範囲内だったのに!!)

  そんな俺の考えに気づきもしない少女はニッコリ笑って話しかけて来る。

「どんなご用件でしょうか?」
「あ〜、その〜…。仕事を探してるんですけど?」

  その答えは予期された物だったらしく、少女はすでに依頼のリストの様な物を取り出
してページをめくっていた。

「そうですね〜、今なら…。ああ、護衛の仕事が来てますね♪」
「…“護衛”?」

  そう聞き返すと女の子はまたもニッコリと笑う。

「ええ。この街一番の大金持ちの“ストレイさん”が最近何者かに付け狙われている
そうです。条件は、事件解決までストレイさんの屋敷に住み込んで警護する事。報酬は
日当で500ファンタ。もちろん三食付きですよ♪」

  その最後のセリフに俺とヴィシュヌの目が“キラーン”と光る(笑)

(さ、三食付き…。なんて甘美な響きなんだ!)
(ご主人さま〜、三食付きですって〜♪やっとごはんが食べられますね〜♪)

  ニコニコ笑いながら小声で言うヴィシュヌに頷きかけ、俺はニヤリと笑いながら少女
に向かって右手の親指を立てる。

「その仕事、受けたっ!」
「ありがとうございます♪それでは、これが地図と紹介状です。…と、その前にギル
ドへの登録はお済みでしょうか?」

  俺はいつもの調子で左に首を傾げながら聞き返した。

「登録?」
「ええ、一応約束事なので。」

  そうか…。まぁ素性の分からないものを雇おうって言うんだ。登録くらいは必要だろ
う。俺は一人でうんうんと頷くと、少女の質問に答えた。

「名前は〜…。クレイン。クレイン=スターシーカーだ。」
「え〜と、ク・レ・イ・ン…さんっと。で、“クラス”はなんでしょう?」

  うっ!?やっぱりそう来たか。“クラス“ってやっぱ”職業“だよな? …俺の職業っ
てなんだろう?

  俺に出来る事…。コンピューターの扱い…召喚神達を喚び出せる事…??考え込む俺
の顔を不思議そうな顔で見上げる少女。

「どうしました?」
「えっと…。俺の“クラス”は………そう! で、“電脳召喚師”ですっ!」

  俺はとっさにその場の思い付きでそう言った。なにせ、コンピュータを使って召喚す
るんだから、ただの“召喚師”ではない。うん、慌てて考えた割にはなかなか良いぞっ
♪しかし、うんうんと満足げに頷く俺に対して、少女はきょとんとした顔をして聞き返
した(当たり前か(笑))。

「はぁ?“召喚師”なら分かりますが…で、でんのう??」
「ま、まぁあまり気にせずに(笑) 俺の故郷ではめずらしくないんですよ。」

  俺は苦笑しながら少女の質問を適当にごまかした。どうせ説明したって分かるはずが
無い。まぁ後ろにいるヴィシュヌが神様だって言ってしまえばそれまでかもしれないけ
ど…いや、それも信じてもらえるかどうか。

「ふ〜ん…。はい、それではお名前“クレイン=スターシーカー”様、クラス“電脳
召喚師”。これでよろしいでしょうか?」
「ええ、OKですっ♪」

  ちょっと困ったような声で名前とクラスを確認する少女の言葉とは裏腹に、俺は陽気
に頷いた。

「では、これが地図と紹介状です。この◎印がギルド、この×印がストレイさんのお
屋敷になってます。」

「わかりました。ありがとっ、お嬢さんっ♪」
「…ど、どういたしまして♪」

  俺は少女に向かって投げキッスをしながらお礼を言うと、後ろからヴィシュヌにニラま
れながら外へ出た。薄暗かったギルドの中に目が慣れてしまったのか、妙に太陽が眩し
く感じる。昼下がりの街は、暖かな春の日差しを浴びてキラキラと輝いていた。俺は眩
しそうに空を見上げると、振り向いてヴィシュヌに声をかけた。

「よし、それじゃ行くか、ヴィシュヌっ!」
「はい〜、ご主人さま〜♪もうすぐご飯が食べられますね〜♪」

  俺は苦笑しながら頷いた。そして、地図を見ながら歩き出す。目指すは街一番の大金
持ち、ストレイさんの屋敷だ。




  ストレイさんの屋敷はギルドから歩いて20分くらいの所にあった。屋台のようなも
のがたくさん並んでいる所で立ち止まりそうになったり、食堂から流れ出て来る昼飯時
の美味そうな匂いにフラフラ誘い込まれそうになりながらだったが。

  冒険者ギルドからの紹介状を見せると意外にすんなり中に通してくれた。どうやらギ
ルドはかなりの力を持っているらしい。召使いに連れられて広間のような所に通されて
待つ事しばし。すっきりとした黒い服に身を固めた年の頃30くらいの男が広間に入っ
てきた。薄いブルーの瞳にすこし癖のあるこげ茶色の髪を短く刈り込んでいる。彼は俺
達を見て微笑むと、右手を差し出した。

「はじめまして。ストレイ家の召使い頭(バトラー)をやらせていただいております、
メールと申します。ギルドから派遣されてきた方々ですね?」

  俺は彼の右手をグッと握りかえして言った。

「そうです。名前はクレイン。クレイン=スターシーカーです。こっちはヴィシュヌ。
俺の…“相棒”です。」
「はじめまして〜、ヴィシュヌです〜♪」
「クレインさんにヴィシュヌさんですね。よろしくお願いします。」

  メールさんは俺とヴィシュヌに深々と頭を下げた。こっちもつられて頭を下げる。

「それでは、こちらへどうぞ。我らの主人にご紹介いたします。」

  メールさんはそう言うと広間の扉を開けて外に進み出た。俺達も後に続いて広い廊下
に出る。赤い絨毯が敷き詰められた天井の高い廊下をスタスタと歩きながら、メールさ
んは俺達に主の事を話し出した。

「主人のシーヴは大変体が悪いのです。くれぐれも大声など出されぬよう、よろしく
お願いします。」
『わ、わかりました。』
  
  俺達はメールさんのその言葉にコクコク頷いた。それにしても…。
  
(こんな大きな屋敷に住んでいて、しかも体が弱い…?なんだかとってもありがちな
設定の主だなぁ…。どんなオッサンなんだろう??)

  俺がそんなくだらない事を考えている間に、メールさんは両開きの大きな扉の前で
立ち止まった。扉を軽くノックすると、中の主に向かって声をかける。

「ギルドから派遣されてきた護衛の者達をお連れしました。」
「…どうぞ。」

  部屋の中から声が聞こえる。しかし、ドア越しでくぐもっているその声では、主の姿を
想像する事は出来なかった。

「失礼します。……どうぞ、お二方。」

  メールさんは先に扉を開けて中に入ると、俺とヴィシュヌを招き入れる。俺達は挨拶
しながら中に入った。

「ストレイさん、ギルドから派遣されてきたクレイン=スターシーカーと申し…!」
「はじめまして〜♪ 私はヴィシュヌで〜…!」

  ベッドから体を起こしてこちらを向いて儚げな微笑みを浮かべているこの屋敷の主―
―シーヴ=ストレイを見て俺達は絶句した。

  ………………子供ぉ!?

  主のシーヴ=ストレイは、輝くような銀髪の……男の子だった。




2.

「始めまして、クレインさん、ヴィシュヌさん。ボクがシーヴ=ストレイです。」
「あ…ど、ども。」
「よ、よろしくお願いします〜。」

  俺達はシーヴ=ストレイさんとぎこちなく挨拶を交わした。パジャマ姿でベッドの上
に座っている年の頃12・3の少年は、透き通ったガラスのような薄いブルーの瞳に、
まるで銀細工のような細い髪を耳にかかるくらいまで伸ばしている。触れれば折れてし
まいそうな印象を受ける美少年だ(女の子だったら…ちっ(笑))。予想と遥かに違うスト
レイ家主人に驚きの色を隠せない俺達に向かって、シーヴさんは力なく笑いかける。
 
「やはり、こんな大きな屋敷の主人がボクのような子供だとおかしいですか?」
『い、いえ!そんなことはないですよ、シーヴさんっ!?』

  ぶんぶか手を振ってその言葉を否定する俺とヴィシュヌ。俺達のセリフにシーヴさん
はちょっとだけホッとしたような表情になる。それから今度は先ほどよりは少し元気に
微笑んで言った。

「クレインさん、ボクの事を“シーヴさん”って呼ぶのは止めてください。ただの“シ
ーヴ”で十分です。それに、敬語も必要ありませんよ。」
「し、しかしですね…。」

  俺はシーヴさんの言葉に異議を申し立てる。でも、シーヴさんは笑いながら首を振っ
た。

「“しかし“じゃありません。それにほら、また敬語になってますよ♪」
「…わかったよ、シーヴ。…これでいいかい?」

  ニヤリと笑って聞く俺に微笑みかける“シーヴ“。俺はすでにすっかりこの少年が気
に入っていた。

「よろしくな、シーヴ。」
「よろしくお願いします〜、シーヴ君〜♪」

  俺とヴィシュヌは改めてシーヴに挨拶する。それから3人が握手を交わしている時、
いきなりシーヴが咳き込んだ。

「ゴホッ……ゴホッゴホッゴホッ!」

  メールさんが俺とヴィシュヌの間に飛び込んできて、シーヴの背中をさする。

「大丈夫ですか、ぼっちゃま!?……さぁ、ベッドに横になってください。…そうで
す。」
  
  しばらく背中をさすってから、どうやら落ち着いてきたシーヴをメールさんはやさし
くベッドに横たわらせる。

(へぇ…。メールさんっていい人だなぁ…。)

  俺はその様子を見ながら感心していた。シーヴはまだ小さな咳をしていたが、無理に
笑顔を作ると俺達に向かって言った。

「ボ、ボクは平気ですから、どうぞ依頼の話を進めてください。」
「わかった。でもシーヴ、しばらく休んでたほうがいいぞ?そうしないと、治るもの
も治らなくなっちまうぜっ♪」
「そうですよ〜、ちゃんと休まないとだめです〜♪」
  
  俺がグッと親指を立てながら言うと、ヴィシュヌもその大きなタレ目の片方を“パチ
ッ♪”と閉じながら言った。二人の言葉にシーヴはコクンと小さく頷いた。




  俺達3人はシーヴのベッドの脇にあるソファーセットに腰掛けた。

「それで…どういった状況なんでしょうか?」

  俺は早速メールさんに質問した。メールさんは頷いて、説明を始める。その内容はこ
ういったものだった。

  数週間ほど前から、シーヴの屋敷の周りをチンピラもどきの連中がウロウロしはじめ
た。どこからやってきたのかは分からないが、かなりの人数で集って大声で叫んだり、
窓に石を投げ込んだり…。使用人達の中には、後をつけられたり、絡まれたりした者も
いるいう。

「ふ〜む…。それで、そういった事をされる心当たりなどはあるんですか?」
「ええ、恐らく…。」
  
  メールさんは答えかけてシーヴの方をチラッと見る。シーヴはどうやらもう眠ってし
まったようだ。目を瞑って軽い寝息を立てている。こちらの話を聞いている様子は無い。
メールさんはシーヴのその様子を見てとると、こちらに向き直って話を続けた。

「恐らく、ぼっちゃまの叔父にあたる人物――ディープ様の差し金かと思われます。」
「叔父さん…ですか?…でも、血を分けた甥っ子であるシーヴに対してそんな事をす
るんでしょうか??」

  メールさんはその問いに対して首を振りながら答えた。

「いえ。彼ならばやりかねません。…私が思うに、ディープ様はぼっちゃまの財産を
狙っているようなのです。ぼっちゃまにいる親類はディープ様唯お一人。ぼっちゃまが
亡くなられれば自動的にぼっちゃまの莫大な遺産はディープ様の物となります。」
「ひどいです〜!そんなにお金が欲しいのなら〜、自分で稼げばいいんですよ〜!!」

  ヴィシュヌがぷんすか怒りながら言う。自分で稼げばいいかどうかは置いといて、ど
この世界にも金の亡者って奴はいるもんだな、と俺は思った。

「では、まずディープさんがやっているという証拠を掴みましょう。彼を糾弾するの
はそれからです。」
「いえ、でも私は彼に間違いないと思うのですが…。」

  メールさんが反論する。しかし、俺は首を横に振った。

「ディープさんが裏で糸を引いている証拠を突き付けなければ、彼も自分がやってい
るという事を白状しませんよ。それでは役人に突き出せないでしょう?」
「そ、それはそうですが…。」
  
  俺はまだ心配そうにしているメールさんの心を軽くしてあげようと、明るい声で宣言
した。

「任せといてくださいっ!まずはチンピラどもをそっこーで追い払って見せますよっ
♪そうすれば、取り敢えず実害は無くなります。で、その時チンピラを捕らえて、首謀
者がディープさんだって事を白状させれば良いわけですからっ♪」
「そうですよ〜♪安心してください〜、メールさん〜♪」
「…わかりました。それではよろしくお願いします。」

  そう言ってメールさんはまた深々と頭を下げた。またもつられて頭を下げる俺とヴィ
シュヌ。

  …それから俺は急に深刻な顔をしてメールさんに話しかけた。

「メールさん、ところで……。」
「メールさん〜、あの〜……。」
「はい、何でしょう?」

  同時にヴィシュヌもメールさんに声を掛ける。不思議そうな顔をして聞くメールさん。
俺とヴィシュヌは同時に“ピッ”と人差し指を立てて言った。

『ご飯にしません(か〜)?』

  その瞬間、ベッドの中から吹き出す声が聞こえる。

「ぷっ♪あはははははは! メール、食事の用意をしてくれ。クレインさん、ヴィシュ
ヌさん、お腹が空いてるんでしたら早く言ってくれればいいのに(笑)」

  いつのまにか起きていたシーヴの言葉に、俺とヴィシュヌは顔を赤くしながらポリポ
リと頭を掻いた。




  
  ここは、ストレイ家の食堂。まるで映画にでも出て来るような長いテーブルの端に俺
とヴィシュヌ。反対側にシーヴが座っている。テーブルの上には料理が乗ったお皿が使
用人達の手によって次々と並べられていく。メールさんは、ナフキンを手にかけて俺達
の横に佇んでいた。しかし彼のその額には一筋の汗が滴れていた。なぜなら…。

「うまいっ!こらうまいっ!」

バクバクバクバクバクバクバクバク。

「おぉいし〜ですぅ〜♪」

パクパクパクパクパクパクパクパク。

  ほぼ一日前から何も食べていなくて空腹絶頂だった俺は、出される料理を片っ端から
食いまくっていた。そして、なぜだかヴィシュヌも食いまくっていた(…そもそも神様
がお腹を空かせるのか?(笑))。そのあまりの勢いにメールさんは呆れたように溜息を吐
き、シーヴはテーブルの反対側で紅茶を飲みながらニコニコしている。すでに食事を始
めてから30分が経過していたが、俺達二人の勢いは留まる所を知らなかった。」


  そして……一時間後。

「ふぅ〜、腹一杯だぜっ!ごっそさんっ♪」
「ほんと〜においしかったですぅ〜♪ごちそうさまでした〜♪」

  まるで樽のように膨れ上がった腹を押さえて俺とヴィシュヌはフォークとナイフをテ
ーブルの上に置いた。途中までは俺達の食事の様子を普通に笑って見ていたシーヴも、
今はさすがに苦笑していた。

「クレインさん、ヴィシュヌさん。お口に合いましたか?」
『うん、おいしかった(です〜)!』

  声を揃えて言う俺とヴィシュヌの様子にまたも吹き出すシーヴ。その横ではメールさ
んもクスクスと笑っている。そんな二人を見て、俺達も顔を見合わせて吹き出した。


  …その時。

「ああっ、困ります!ちょっとお待ちになってください!」

  召使いらしき女の子の声が廊下から聞こえて来る。俺達がそっちの方に顔を向けると、
廊下をドカドカ歩いて来る音が聞こえてきた。…そして、大きな音を立てて扉が開いた。

「シーヴ!いるかっ!?」

  入って来るなりその男は怒声を上げる。茶色の髪に茶色の瞳。割腹の良い体格にかな
り悪趣味な色のジャケットとカマーバンドを身につけている40代半ばくらいの男。

(デブ。しかも醜い。服装のシュミも最悪。…誰だ、コイツ?)

  と俺は密かに思った。しかし、その答えはすぐに分かった。メールさんとシーヴが同
時に彼の名を呼んだからだ。

「ディープ叔父さん…。」
「ディープ…様。」

  そう。彼がシーヴの強欲な叔父であり、今回の事件の黒幕と目されている人物。
  
  ディープ=ストレイだった。




3.

「メール、シーヴ!ワシの言った事がわからんかったのか!?用心棒を雇ったそうじ
ゃないかっ!!」
  
  ディープ=ストレイはシーヴとメールさんの方へドカドカ歩み寄りながらまたも怒声
を上げた。右手には青白い煙を立ち上らせているやたらと太い葉巻が握られていた。

(コイツが…ディープ=ストレイ。)

  俺はテーブルの向こう側にいる男を厳しい視線で見つめていた。ヴィシュヌもめずら
しくきつい表情をしている。その視線に気づいたのか、ディープは俺達の方を一瞥する。
そして、いきなり鼻で笑った。

「ふん、キサマらが“用心棒”とやらか。そんなものは必要無いとこないだあれほど
言っただろう!こんな得体の知れない輩を雇いおって!こういう輩はな、高い金だけぶ
ん取るわりには大した働きなぞせんものなのだ。メール、すぐに追い返した方がいいぞ
っ!」

  そう言うとディープは右手の葉巻を吸って、紫白色の煙をせわしなく吐き出した。

(んなっ!?いきなり何言い出すんだこのオッサン!バカにしてんのか!?)

  俺はディープのあまりと言えばあまりな言葉にキレそうになった。しかし、椅子から
腰を浮かせて立ち上がろうとする俺の手をヴィシュヌが押さえる。

(まずいですよ〜、ご主人さま〜?一応シーヴ君のおじさまなのですから〜…。)
(わ、わかったよ、ヴィシュヌ…。)

  俺はヴィシュヌの小声の制止に頷き、そのまま腰を下ろした。二人のやり取りまでは
聞こえてはいないはずだが、俺達の様子にまたもディープは鼻で笑った。

「ふん!何か文句でもあるのかっ!?ええっ!?」
(ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ…!!!)

  俺はディープの挑発もどきの言葉を必死で耐えていた。ヴィシュヌはそんな俺の事を
横で心配そうに見つめている。しかし、そこへメールさんから助け船が出された。

「ディープ様、お言葉ですが彼等は“得体の知れない輩”ではございません。冒険者
ギルドからの紹介状も持っておりますし…。」
「そんな事は関係無いっ!大体、冒険者ギルドなんてもんは当てにはならんっ!!」

  ディープはメールがセリフを言い終わる前に彼を一喝した。そしてまたも葉巻を吹か
した。

  その時、シーヴが激しく咳き込んだ。

「……ゲホッ!ゲホッゲホッゲホッゲホッ!!」

  ディープの吐く煙をモロに吸い込んだのだろう。体を二つに折り曲げてシーヴは苦し
そうに咳をしていた。

「大丈夫ですか、ぼっちゃま!?」

  メールさんが慌ててシーヴの体を支え、背中をさすっている。

「…フ、フン!相変わらずひ弱なやつだっ!」

  ディープはまるで唾でも吐くかのように斜め下を向いて毒づいた。そして、ディープ
のそのセリフに俺はついにブチ切れて椅子からガタッと立ち上がった。

(シーヴの叔父さんだかなんだか知らねぇが、ゆるせねぇっ!!)

  俺はディープを一発ぶん殴ってやるつもりで彼の方へ向かってダッシュした。

  
  …しかし、テーブルの反対側にいるディープの所に辿り着く前に、なぜかヴィシュヌ
が彼の後方に立っていた。そして、それを気づかずにいるディープの手からひょいっと
葉巻を取り上げる。

「あなたね〜、非常識ですよ〜!病人の前で葉巻を吹かすなんて〜!!」

  ディープの暴挙にヴィシュヌは相当怒っているようだった。なぜなら、さっきのほっ
ぺをプウッと膨らませている可愛い怒り方ではなく、真剣で厳しい瞳をディープの方に
向けていたからだ。しかし、まるで常識を問うようなヴィシュヌのセリフにディープは
反対にカッとなった。

「なにぃっ!?どこの馬の骨とも解からん冒険者風情が偉そうな事を吐かすな
っ!!」

  そして、そのセリフと同時に振り上げられた平手がヴィシュヌの頬に迫る。ヴィシュ
ヌはディープのその行動を全く予想していなかったんだろう、目の前に迫り来るディー
プの厚ぼったい手のひらをとっさに避ける事が出来なかった。

「きゃぁ〜!!」

パンッ!!
  
  手のひらが頬を打つ軽い音がストレイ家の食堂の中に響き渡った。しかし、続いて訪
れた静寂の後に最初に声を上げたのは…。

「痛ってぇ〜…!!」

  ヴィシュヌではなく俺だった。そう、俺はディープの平手打ちがヴィシュヌに当たる
瞬間、間一髪二人の間に飛び込んだんだ。

『クレインさん!!』
「ご、ご主人さま〜!大丈夫ですか〜!!」

  シーヴとメールさんは俺のその行動に驚きの声を上げる。そしてヴィシュヌは俺の腕
を取り、叩かれた頬を押さえている俺の顔を心配そうに見上げて言った。しかし、俺は
頬から手を離してニヤリと笑って小声で言った。

(大丈夫だって、ヴィシュヌ♪こんな力の無いビンタ、効かない効かないっ♪)

  そして、俺はクルリとディープの方に向き直ってきっぱりと言った。

「ディープさん、女の子に手を上げるなんて最低ですよ。」
「フ、フン、その女が悪いのだっ!とにかく退けっ!!」

  ディープは分けの分からない言い訳をする。そして俺達の横を摺り抜けるとまだ少し
咳をしているシーヴとそのそばにいるメールさんの方へ歩いていった。

「シーヴ。今日はこいつらの話をしに来たわけじゃないのだ。…まだ遺言状を書き直
す気にはならないのか?」

  シーヴの肩に手を置きながら、急に優しい口調になって言うディープ。しかし数々の
ディープの暴挙についにキレたのだろう、メールさんが凄い剣幕でディープのその手を
払いのけた。

「お帰り下さい、ディープ様!シーヴぼっちゃんは体調を崩されてしましいましたし、
クレインさん達を解雇するつもりもございません!!」

  ディープはメールさんのその言葉に一瞬呆けたようになった。しかしすぐに我に帰る
と反論しようとする。

「なにを言っとるんだ、メール…」
「今日の所はお帰り下さい!」

  メールさんの鋭い視線と激しい口調に沈黙するディープ。ギリッと歯ぎしりをすると、
まるで三流悪人のようなお決まりの捨て台詞を吐いた。

「フン、今日の所は帰ってやる!しかしキサマら、覚えていろよ!必ずこの街から追
い出してやる!!」

  ディープは最後に俺とヴィシュヌを指差して叫ぶと、去っていった。

  ディープが扉を激しく閉めた音は反響となって食堂の中に響き渡った。そこには咳が
なかなか止まらないシーヴとその世話をするメールさん、扉を厳しい視線で見つめる俺。
そして、少し顔を赤くして俺を見つめるヴィシュヌが残された。




4.


  俺達は、咳が止まらないシーヴを何とかベットまで運んだ。ディープの葉巻の煙を吸
い込んで咳をしすぎた為に疲れてしまったのだろう、シーヴはベッドに横になるとすぐ
に寝てしまった。まだ少し息が苦しそうだったが、どうやら平気そうなので俺達は静か
にドアを閉めると外へ出た。

「なんてヒドいやつなんだ!あのディープってヤツ!!」
「そうですよ〜!ゆるせません〜!!」

  俺とヴィシュヌは未だに憤慨がおさまらなかった。メールさんはそんな俺達をなだめ
ながら、とりあえず寝室へと案内した。気づくといつのまにか夜になっていたのだ。

  俺達にあてがわれた寝室はシーヴの部屋の正面だった。これなら、シーヴに何かあっ
た時にもすぐに駆けつける事が出来る。チンピラ達はまだ屋敷の中には現れた事はない
らしいが、用心にこした事はない。

  俺はメールさんに礼を言って、…ふと思いだした事を聞いてみた。

「ありがとうござます、メールさん。…そう言えばさっきディープなんか言ってまし
たよね?え〜と、遺言状がどうとか…??」

  俺の言葉にメールさんはぴくっと眉毛を上げると、くるりと背を向けながら言った。

「それは、あなた方には関係が無い事です。当家の問題ですから…。」
「あ、それはどうも…すみません。」

  立ち入った事を聞いてしまった、と思って俺は素直に頭を下げた。メールさんは半分
こちらに顔を向けて会釈すると、静かに部屋を出ていった。


  そして、少し広めのその寝室には、俺とヴィシュヌの二人が残された。

(ん?…二人??)

  俺はゆっくりとヴィシュヌの方を振り返った。ヴィシュヌはその浅黒い肌を少し赤ら
めながら、ベッドの端に腰掛けていた。そして、俺の方をじぃっと見つめている。俺は
慌てて視線を逸らし、部屋の中を見回した。

…ベッドが一つしか、無い。

「あ、その〜…。」

  言葉を探しながら、頭をぽりぽりと掻く俺。ヴィシュヌはまだ俺を見つめているよう
だ。俺は窓際に置かれたソファーセットの方になんとなく歩いていくと、“ドサッ”と
座り込んだ。

  沈黙が流れる。でも、それは重苦しい物ではなく、どちらかといえば心地よい沈黙だ
った。


「あ、あの〜、ご主人さま〜?」
「な、なんだヴィシュヌ?」

  沈黙を破って話しかけるヴィシュヌに、俺はあたふたと返事をした。多分10分以上
は二人とも黙っていたから、なんだかこのまま黙り続けるのも良いかな〜なんて事を考
えていた所だった。

「あ、あの〜、えっと〜…。」

  さっきよりも心持ち顔を赤くしながら、ヴィシュヌはもじもじとしながら言葉に詰ま
っていた。俺はそんなヴィシュヌを見て、逆に少し落ち着いた。人が慌てているのを見
ると、なんとなく落ち着いてきちゃうものだと思わないか?

(もしかして、…いきなり愛の告白とか?)

  俺はそんな都合の良いアホな事を考えながら、ニヤけそうになる顔を無理矢理押さえ
つけて、「フッ」と優しく微笑むと、先を促してやった。

「ん?どうした、ヴィシュヌ?」
「ご、ご主人さま〜? さっきはどうも〜…ありがと〜ごさいました〜♪」
「さっき?…あぁ、ディープのビンタの事か?」

  俯いて「コクッ」と頷くヴィシュヌ。正直言って俺は拍子抜けしていた。確かに側か
ら見たら自分の頬を投げ出して身を挺してヴィシュヌを守った…そう見えたかもしれな
いけど…。

(実は、ディープの手を掴もうとして失敗した…なんてことは言えねぇよなぁ…。)

  でも、ヴィシュヌはそれを俺の自己犠牲的な行為ととったらしい。

「身を挺して守ってくれるなんて〜…。うれしかったです〜♪」
「う、うん、どういたしましてっ♪」

  俺は苦笑しながら立ち上がった。そして、ヴィシュヌの座っているベッドの方に歩い
ていった。ヴィシュヌは近づいて来る俺を一瞬顔を上げて見て、慌ててまた下を向いた。

「そ、それから〜…。ご主人さま〜?」

ドサッ。
「ん?」

  俺はヴィシュヌの隣に並んで腰掛けると、彼女の照れたような横顔を見ながら聞き返
す。もしかして、これは…さっきの考えもあながちウソでわないかもしんないっ♪

「ご主人さまが〜、新しいご主人さまになってくれて〜…うれしいです〜♪」

  そう言うとヴィシュヌはその潤んだ瞳を俺の方に向けた。二人の視線が絡み合う。

(か、可愛いっ!可愛いぞっ!!…ナンパのジャマばっかりされてたから、忘れかけ
てたけど…。これは、いわゆる一つの“チャンス”ってヤツですかぁっ!?)

  内面のアホな考えとは裏腹に、俺の顔はめちゃめちゃマジであった。そう、この辺伊
達に“ナンパ師”は名乗ってない(まだこの頃は“電脳ナンパ師”って言葉は無かった
んだ(笑))。そして、俺は少しずつヴィシュヌの方に顔を近づけていった。

「ヴィシュヌ…。」

  頬を真っ赤に染めたヴィシュヌを見つめながら、俺が言いかけたその瞬間。

どんっ!

「え?」

  いきなりヴィシュヌは俺を突き飛ばして立ち上がった。

「あ、あの〜、あの〜…きょ、今日は帰ります〜♪さ、さよなら〜♪」
「ちょ、ちょっと待てヴィシュヌ…!」

  フシュッ!

  俺の制止の言葉よりも早く、ヴィシュヌはかき消すように姿を消した。

「…………ちっ!」

  俺は苦笑しながら舌打ちをした。惜しかったな〜、あともうちょっとだったのに…。

「まぁ、いいか。…またチャンスはあるさっ♪」

  俺はベッドの上に“ドサッ”と横になって、小さな声で呟いた。…でも、“チャンス”
はそうそうやっては来ないってことに、その時の俺はまだ気づいていなかったんだ。




  しばらく横になっていたんだけど、俺はおもむろにホルスターから“スターファイア”
を取り出した。

「こいつが、“Calling”…。」

  こっちに来てからいろんな事があったから、すっかり忘れてたけど、俺はコイツのお
かげで…。そう、“電脳召喚師”を名乗る事が出来るようになったんだ。

「御堂 京介達が開発した、召喚…プログラム。」

  俺は誰に聞かせるともなく呟いた。そして、少し考えてからさらに“スターファイア”
に告げる。

「えっと確か…うん。…ディスプレイ・モード、スタート。」

ヴュゥン…。

  “スターファイア”は唸る様な音を立てて空間に映像を投影する。そこには“Calling”
というタイトルと、“Moon Micro社”のロゴが映し出された。

「いったい、どんなヤツらを喚び出せるんだろう?」

  俺は召喚神達のリストを呼び出した。リストを表示しているウィンドウの横のスクロ
ールバーが一瞬で小さくなる。もの凄い数の召喚神達がいる証拠だ。
俺は、リストのトップから召喚神達のプロファイルをチェックしはじめた。

  その日。東の空がうっすらと淡い光を放ち出すまで、俺の部屋の明りが消える事は無
かった。





第三章 ― 強襲 ―

1.

「ふあぁぁぁぁ、おはよう、シーヴっ♪」

  明け方から数時間眠っただけだったが、俺は何とか起きだしてシーヴの部屋に顔を出
した。たった数時間しか寝てないってのは俺にとってかなりキツい事だったけど、そん
な事は言っていられない。シーヴはすでに目を覚ましていて、ベッドの上で本を読んで
いた。そして、メールさんは相変わらずシーヴの側に付きっ切りで世話をしていた。今
は紅茶を入れているようだ。

「おはようございます、クレインさんっ。」
「おはようございます、クレインさん。昨日はよく眠れましたか?」

  俺はメールさんの質問に苦笑しながら答えた。

「“よく眠った”ら、護衛にならないじゃないですか。だから、明け方までは起きて
ましたよ?…どうやら屋敷の外にも中にも、不審な事はなにもなかったようです。」

  俺の答えに二人は感嘆したようにうんうんと頷く。

「クレインさん、さすがはプロですね。夜明けまで起きていてくれたんですか?あり
がとうございます♪」
「そうですね、ぼっちゃま。やはり“冒険者ギルド”に斡旋を頼んで正解でございま
したね。」

  二人のセリフに俺は少し照れて頭を掻いた。“プロ”っていっても、護衛の仕事なん
てものをしたのは当然生まれて初めてだったし、正直その時の自分にプロ意識があった
とは思えない。素人なりに考えて(それから召喚神達のリストを見たかったと言うのも
あったけど)、そうしただけなのに…。二人はそんな俺を信頼してくれてる、そう思う
とちょっと恥ずかしかったんだ。

「ま、まぁ仕事を受けたからには当然ですよっ♪は、はははははははっ♪」

   調子の言いセリフと、ちょっと乾いた笑いで俺は内心の考えを悟られないようにした
のだった。




  紅茶を一杯もらってから俺は一端寝室に引っ込むと、ヴィシュヌを喚び出した。

ヴュゥゥゥゥッ!!

  “スターファイア”のメインプロジェクターに描かれた魔法陣から蒼い光とともに出
現するヴィシュヌ。 まだその頃は見慣れていなかった彼女の出現シーンを半ば呆然と見
つめながら、俺は小さな声で呟いた。

「やっぱ、すげぇな…!」

  昨日の事があったからだろう、まだヴィシュヌはちょっと照れたようにぎこちなく微
笑みながら挨拶した。

「お、おはようございます〜、ご主人さま〜♪きょ、今日はどんなご用件ですか〜?」

  ヴィシュヌの上目遣いの視線に、俺は極力平静を装いながら答えた(もしかしたら少
し顔が赤くなってたかもしれないけど(笑))。

「うん。…今回の件、黒幕はディープに間違いないと思うんだけど、まだメールさん
からの話を聞いただけだろ? だからさ、街に出て少し聞き込みをしようかと思うんだけ
ど…。」
「それは良いあいでぃあですね〜♪…で〜、私はどうすればいいのですか〜?」

  俺はヴィシュヌの目を見詰め返して答えた。

「あのな、俺がいない間、シーヴさん達を守っていて欲しいんだけど…どうかな?」

  ヴィシュヌは俺のそのセリフを聞くと、ほんの一瞬、言葉に詰まった。なんだか寂し
そうな表情になった様な気がしたんだけど、その時の俺は彼女の表情の意味をよく分か
っていなかった。

「…わかりました〜、ご主人さま〜。シーヴ君の事は〜、私に任せてください〜♪」

  ヴィシュヌはすぐにニッコリと笑うと、四本腕でガッツポーズを取って見せた。俺は
ヴィシュヌのその笑顔にちょっとクラクラきそうになったが、なんとか堪えて話を続け
た。

「と、取り敢えず、今から街に行って来る。ヴィシュヌはシーヴの部屋で待機してて
くれ。」

  言いながら俺はドアを開けて外に出る。

「メールさんには俺から話しておいたから。…それじゃ、行って来るぜっ♪」
「はい〜♪ いってらっしゃい〜、ご主人さま〜♪」
  
  ヴィシュヌは俺について部屋を出てからドアを閉めると、のんびりと右手(二本だ(笑))
を振った。俺はその様子になんとなく可笑しくなって「クスッ」と笑うと、近づいてい
ってヴィシュヌの頭を帽子ごとぐしゃぐしゃと撫でた。おかげでトレードマークの帽子
が少しつぶれてしまったので、ヴィシュヌはちょっと頬を膨らませた。
  
「もう〜、なにするんですか〜?帽子がつぶれてしまいましたよ〜♪」
「ははははは、ごめんごめんっ♪」

  俺は笑いながら今度はぽんぽんとヴィシュヌの頭を叩く。ヴィシュヌはつぶれた帽子
を直しながら、ちょっと首をすくめて微笑んでいた。

「それじゃーな、後はよろしくたのむぜっ♪」

  俺は今度こそクルリと背中を向けると、屋敷の出口に向かって歩き出した。ヴィシュ
ヌはしばらく俺の後ろ姿を見ていたようだったが、やがてバタンとドアが閉まる音がし
た。おそらくシーヴの部屋に入っていったのだろう。

「……よし、やるぞ。」

  俺は気合を入れる為に小さな声で呟くと、少し歩調を速めてストレイ家の広い廊下を
歩いていった。




  異界の街、ベストラの通りは今日も沢山の人で溢れていた。道行く様々な人々。近在
の村々から野菜や果物、特産品や工芸品を持ってきて道端で売っている人達。なにやら
怪しげな紫色のローブを着込み、目の前に置いた水晶玉の上に手を翳している占い師の
ような老婆。そうそう、“元の世界”にも占い師はいるにはいたけど、ここの占い師の
ように「水晶玉にホンモノの映像を映し出す占い師」はいなかった。だから、俺は目を
丸くしながらその老婆の前を通り過ぎていった。

「さ〜て、誰に聞こうか…なっと?」

  俺はしばらくぐるぐるとその辺を歩き回ってから立ち止まった。確かにベストラの街
を見てまわるのは楽しいけど、本来の目的を忘れちゃいけない。俺の今日のシゴトは“聞
き込み”なんだから。俺は、まずは近くの露店のオッサンに声をかけた。

「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど…。」
「なんだい、ニーチャン?ま、聞きたい事があるんだったらまずはなんか買っていっ
てくんな?」

  オッサンはニヤリと笑ってそう言うと、目の前に並べてある果物のようなものを指差
した。俺は苦笑してその中の一つ――オレンジ色の丸い果物を手にとった。

「んじゃぁ、これをもらおうかな?」
「おう、マイドありっ!1ファンタ50コカだよっ!!」

  俺は、こういう事もあろうかとあらかじめメールさんに前払いしてもらったいたお金
を財布から取り出すと、オッサンに手渡した。それから、真剣な顔で話を切り出した。

「それでですね、聞きたいのは“ディープ=ストレイ”さんの事なんです。」

  オッサンの眉毛がピクッと上がる。

「ディープ…だと?」
「ええ、この先にあるストレイ家のシーヴさんの叔父に当たる人物、ディープ=スト
レイさんです。…彼はどんな人物なんです?」

  オッサンはフゥッと溜息を吐くと、うんざりした口調で話し出した。

「あんなムカツクやつはいねぇ。金貸しを生業としてるヤツはみんなそうなのかもし
れねぇが、強欲を絵に描いたみてぇな野郎だよ。はっきりいって、顔も思い出したくね
ぇ。」
「金貸し…ですか。」

  俺はオウム返しに聞き返す。

「そうさ、野郎に泣かされたヤツは数知れねぇな?ウチの街にはアイツしか金貸しが
いねぇってのを良い事に、やりたい放題だ。とにかく……おっと、ちょっと待ってくん
な、ニーチャン。…へぃ、なんにいたしやしょう?」

  オッサンは話を切ると、やってきた客の相手をはじめた。どうやら忙しそうなので、
俺はオレンジもどきを一口かじってから、お礼を言ってその場を離れた。




  そんな調子でいろんな人に声をかけて集めた情報は次の様なものだった。
  
  ディープ=ストレイはこの街唯一の金貸しで、強欲にして冷酷。どんな貧乏人からも
容赦なく金をもぎ取る。しかも、“唯一の金貸し”なのは、他の同業者達が次々と街を
出ていってしまったからで、それはおそらくディープが裏から嫌がらせをしたからだと
いうのだ。欲しい物は金に任せてなんでも手に入れないと気が済まないらしい。そして、
今度はシーヴの財産を狙っている…という街中のウワサだった。俺が話を聞いた人は口
を揃えてこう言っていた。“ディープなら、シーヴに嫌がらせをするのはもちろん、殺
っちまって財産を頂こうとしても不思議じゃない”と。

  俺は、さっきオッサンから買ったオレンジもどきの様な黄昏色に染まる街並みを見つ
めながら、一人呟いていた。

「そうか…。やっぱり、犯人はディープだったんだな。うん、間違いない。」

  まったく、たった一年前の話だけど、今考えると当時の俺はガキだったと思うよ。事
態はそんなに単純じゃないって事を、これからイヤっていうほど思い知らされる事にな
るとは、その時の俺には全然分からなかったんだ。





2.

  俺とヴィシュヌ、シーヴの三人はディナーのテーブルを囲んでいた。昨日、ディープ
が怒鳴り込んできたあの食堂。完全に気の所為だろうけど、まだ煙草臭いような気さえ
してくるから不思議だ。

  俺は、街での聞き込みの成果を報告した。めぼしい情報は得られなかったが、ディー
プがどんなヤツなのかという事が良く分かった、と。報告を聞いて、メールさんが給仕
をしながら口を開く。

「だから言ったでしょう、クレインさん。犯人は、ディープに間違いありませんよ。」
「そうですねぇ…。でも、まだ確固たる証拠があるわけではないですし…。」

  俺はメールさんの言葉にあいまいに答えた。これが“元の世界”だったらハッキング
で証拠をつかむっていう手段もあったんだけど、残念ながらこの世界に(またはシーヴ
の家には)コンピューターは無いようだった。…まぁ、仮にあったとしてもこっちの言
語でプログラムなんて組めないだろうし、役には立たないだろうけど。

「とにかく、もう少し様子を見ましょう。なぁに、そのうち必ず証拠を掴んで見せま
すからっ♪」
「そうですね、クレインさん。ボクもそう思います。メール、クレインさん達はプロ
なんだから、ボクらはおとなしく任せておけば良いと思うよ。」
「は、ぼっちゃまがそうおっしゃるのでしたら…。」

  シーヴが正論を言ったので、メールさんはしぶしぶ頷いた。どうもメールさんはディ
ープが犯人だと決め付けているようだ。ここに来てまだ二日しか経っていない俺と違っ
て、ずっとディープを見てきているのだからそれも当然かもしれない。それに、屋敷の
すべてを取り仕切る身として、厄介ごとはさっさと解決してしまいたいのだろう。
 
  それからしばらくの間、俺達は食べる事に没頭した。
  



  昨日と違って食欲も普通に戻っていた俺とヴィシュヌは、腹八分目で食事を終わらせ
た。それでもシーヴが目を丸くするぐらいの量は軽く平らげてしまったようだったが(笑)
  
  俺はナフキンで口の回りを拭くと、大きく息を吸い込んで昨日からとても気になって
いた疑問を口に出した。

「シーヴ、メールさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」

  小首傾げて聞き返すシーヴ。俺はすこし躊躇してから、その質問を口にした。

「あのさ、シーヴ…。お前、両親はどうしたんだ?」

  この質問。立ち入った事だとは分かっていたけれども、どうしても聞かずにはいられ
なかったんだ。すでに俺はシーヴの事がとても好きになっていたし、出来れば力になっ
てあげたかった。

  しかし、俺が危惧したとおりシーヴとメールさんは押し黙ってしまった。重苦しい沈
黙がその場を支配する。しばらく誰も口を開かなかった。

  …その沈黙を打ち破る勇気を最初に見せたのは、メールさんだった。

「ぼっちゃまのご両親は、お亡くなりになりました…。ちょうど、5年前の事でござ
います。」

  シーヴはまだ黙って唇を噛んでいた。その時の事を思い出しているのだろう。俺はそ
の様子を見て居たたまれなくなった。

「ぼっちゃまのご両親は、ご病気だったのです。長い間闘病生活をなさっていました
が、ついに…。」

  メールさんはうつむき、頭を振る。…また、沈黙が流れた。まるでまわりの空気が2
倍の重さになってしまったように体に纏わりつく。俺はシーヴになにか言ってやらなけ
れば、と口を開きかけた。しかし、俺が言葉を発するよりも先に、シーヴの声が聞こえ
た。消え入りそうな声だったのにもかかわらず、不思議とその声は食堂中に響き渡った。

「父様、母様とボクは…同じ病気なんです。」

  俺はその衝撃の事実に目を見開いた。ヴィシュヌは同じように驚きの表情を浮かべな
がら、両手で口を押さえている。シーヴはその幼さの残る顔に似合わない自嘲の微笑み
を浮かべて、言葉を続けた。

「だから……だから、ボクももうすぐ死んじゃうんです。父様や母様と同じように…。」

  俺は、そのシーヴの言葉に思わず立ち上がった。直後、俺の背後で倒れたイスが大き
な音を立てる。

ガターン!

「ば、バカ言ってんじゃねぇっ!!」

  今度はシーヴとメールさんが目を丸くする番だった。しかし、二人のその様子にまっ
たく構わずに、俺は続けて叫んだ。

「“死んじゃうんだ”なんて言うなっ!まだ決まったわけじゃないんだ!最後の最後
まで決して諦めちゃダメなんだよっ!!」
「ク、クレインさん…。」
「ご主人さま〜…。」

  三度、沈黙が流れた。俺は肩で息をしながらシーヴを見つめる。シーヴは黙っていた。
俺の剣幕に驚いていただけなのか、それともその言葉になにか感じてくれたのか。それ
は分からなかった。

  しかし、今度の沈黙を、俺達4人は誰も破らなかった。




ッガッシャーーーン!!!!

  俺達の代わりにその沈黙を破ったのは、食堂の窓ガラスが割れる音だった。そして割
れたガラスの破片を踏みしめて何者かが飛び込んできた。彼らはピッタリと体にフィッ
トする黒い服を身に付け、頭にやはり黒い布を巻いて目だけを出していた。

『なっ!?』

  突然の事態に俺の頭の中は真っ白になった。どう見てもまっとうな人間には思えない
数人の男達。そいつらは暗殺者(アサッシン)だった。手には不自然な緑色に鈍く光る
刃のナイフを持っている。

『シーヴ=ストレイ…だな?…死んでもらう。』

  その中の一人が、低く押さえられた声で言い放つ。その言葉が終わると同時に、5人
の男達の手から無数のナイフが放たれた。

  昨日徹夜で覚えたはずの数々の召喚神達の名前すら出てこない俺は、数え切れないほ
どのナイフがシーヴとメールさんの頭上に降り注ぐ様をまるでスローモーションでも見
るように眺めている事しか出来なかった。

「わああああああああああああああああっ!!!」
「うわあああああっ!!な、なんで私までっ!?」

  絶叫を上げるシーヴとメールさん。降り注ぐナイフの雨が二人の命の灯火を消し去ろ
うとするまさにその瞬間。

バチバチバチバチィッ!!!

  淡く光るドーム状の障壁が二人の頭上に展開する。無数のナイフは全てその障壁にあ
たって飛散した。布から辛うじて見えるアサシン達の目が見開かれる。そして、ヴィシ
ュヌの声が食堂に響き渡った。

「ご主人さま〜、しっかりしてください〜!あの時はあんなにかっこよかったのに
〜!!」

  その言葉に俺はハッと我に帰った。

(そうだ、シーヴ達を守らなきゃ!…そう、俺には“コイツ”がある!!)

  俺は驚愕の表情を浮かべるアサッシン達と、シーヴ達の間に立ちふさがった。俺は彼
等を下目使いに見据えて、ニヤリと笑った。

「お前等……死ぬぜ?」
「もう〜、ご主人さま〜!調子良すぎです〜♪」

  ヴィシュヌの口調から、背後で苦笑している事が分かったけど、俺は構わずアサッシ
ン達に向かって言い放った。

「誰に雇われたんだ?…大人しく吐けば、殺すのだけは勘弁してやるよ。」

  しかし、彼等の答えは言葉ではなく、無数のナイフによる攻撃だった。

  俺は、スーツのベルトに取り付けたホルスターから、“スターファイア”を抜き放っ
た。





3.

  
  シーヴとメールさんの頭上に先刻降り注いだのと同じ死の雨が俺の頭上にも降り注ぐ。
しかし、無数のナイフを見上げながら俺はまったく避けようともしなかった。その代わ
りに、“スターファイア”を頭上に構えて叫んだ。

「召喚!アグニっ!!」

ゴゥワアアアアアアアアアアアッ!!!!

  
  俺の言葉に反応して、“スターファイア”は高速言語と化した呪文を音声と文字の両方
で紡ぎ出す。同時に、メインプロジェクターに真紅の魔法陣を描き出した。直後、鮮や
かなオレンジレッドの光がメインプロジェクターから流れ出し、轟音と伴に燃え上がる
炎を纏って一人の召喚神が現れ出た。赤銅色の鎧を身につけ、頭には髪の毛の代わりに
紅い炎が燃えている、褐色の肌に人懐っこい笑みを浮かべた男。ヴェーダ神話の火神、
アグニ。

  アグニの体から発する炎は、アサッシン達が放ったナイフをまるで紙か何かのように
あっさりと蒸発させた。そんなことには気付きもしないアグニは空中に浮かびながらき
ょろきょろと周りを見渡していた。

「ん?…ここはどこだっ?…そうか、アンタが新しい主殿なんだな?」
「そう、これからは御堂の代わりに俺が“召喚師”をやることになったのさ。」

  俺の答えに、アグニは顔中に笑みを広げてその燃え上がる右手を差し出した。

「よろしく、主殿!俺は火神・アグニだぜっ!!」
「ああ、よろしくっ♪…でもな、握手はカンベンしてくれ。焼け死んじまうにはまだ
ちょっと若すぎるからな。」

  俺が苦笑しながら言うと、「ちがいないっ!」とアグニはケタケタと笑った。
  
  メールさんとシーヴは、あまりの事態に声も出せずにパクパクと魚のように口を開いた
り閉じたりしていた。召喚神…神様が現れる瞬間を目の当たりにしたのだから、それも
当然かもしれない。何せ俺自身、目の前に現れたアグニと話しながらも胸中は未だに驚
きの気持ちで一杯だったのだ。

  アサッシン達も俺とアグニのやりとりをしばらく呆然と眺めていたが、ハッと我に帰
るとさらに懐からナイフを取り出した。さっきシーヴに死を宣告したリーダー格の男が
油断無くナイフを構えながら低い声で言う。

『我らの“毒牙嵐雨”を二度までも躱すとは…。おぬし達、何者だっ!?』

  リーダー君の問いに、俺はニヤリと不敵に笑いながら答える。

「俺か?俺はな、“電脳召喚師”クレイン=スターシーカーだ。…ま、こうやって名
乗ってもお前らは俺の名前を他人に伝える事は出来ないんだけどな。」

  俺の挑発にピクリと反応するアサッシン達。そして、5人が同時にゆらり…と動き出
す。

『こしゃくな…目に物見せてくれるっ!』

  どこの悪人でも言うような、お決まりの言葉と同時にナイフを構えて5方向から同時
に俺に襲い掛かるアサッシン達。“毒牙嵐雨”とやらとは違い、どうやら直接ナイフで
切りかかって来るつもりらしい。

『死ねぇっ!! “毒牙風撃”!!!』

(どこの世界でも技の名前を叫びながら攻撃するっていうパターンは一緒だな…。)

  胸中で苦笑しながらも、俺はゆっくり指で天を差し示す。アサッシン達は顔を隠した
布から覗く二つの瞳に勝利の光を宿して、まるで無防備のような俺に向かってあらゆる
方向から同時に10本のナイフによる攻撃を繰り出した。

「やれっ!アグニっ!!」

  命令と伴にすばやく指を振り下ろす俺。と同時に待ってましたとばかりに胸の前で印
を組んでアグニが吠えた。

「よっしゃ、主殿!行くぜっ、烈火神焔煉獄っ!!!」

ゴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

  俺の周りで5つの炎が燃え上がる。アグニの生み出した紅い炎はアサッシン達を包み
込み、高々と天井まで吹き上がった。

『ク、クレインさんっ!』

  シーヴとメールさんが同時に叫ぶ。二人から見たら、俺も一緒に燃えてしまった様に
見えただろう。確かにアサッシン達の攻撃は俺のほんの鼻先まで迫ってきていたので、
すぐ目の前で火が付いた事は間違いない。しかし、アグニの“烈火神焔煉獄”は「目標
物だけを燃やす」という技なのだ。どんなに近くにいてもアグニが燃やそうとしなかっ
た物は燃えない。その証拠に俺の服はもちろん、天井や床、テーブル等には焦げ目すら
付いていなかった。

『ギャァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!』

  全身から炎を吹き上げながら、絶叫を上げて床を転げまわるアサッシン達。…ところ
で、鉄をも蒸発させるアグニの炎を浴びながらも、なぜ彼らが生きていられるのか?そ
の説明は後ですることにしよう。

  しばらくしてアグニが「ピッ」と印を解くと、一瞬にして炎が消える。後には、5つ
の消し炭が床に転がっていた。

「す…すごいっ!」
「な、なんて威力なのでしょう…!!」

  シーヴとメールさんの驚嘆のセリフを背に受けながら、俺はある事に気付いていた。

「はぁっ!し、しまったぁっ!!これじゃぁ依頼主が誰か聞けないじゃないかっ!?」
「ご、ご主人さま〜…。」
「クレインさん…。」

  頭を抱える俺を苦笑して見つめるヴィシュヌ・シーヴ・メールさん。アグニはその炎
の頭をポリポリ掻いている。とりあえすメールさんは消し炭と化しているアサッシン達
に近寄って行くと、彼らの生死を調べだした。

「クレインさん!どうやらまだ息があるようですよ!!」
「ええっ!そうですか、良かったぁ…。」

  俺はいきなり人殺しになってしまわなかった事に安堵の溜息を漏らした。しかしそん
な俺にメールさんは厳しい表情で言った。

「生きてはいます…が、非常に危険な状態です。すぐに診療所に運ばなければ…!お
い、誰かっ!」

  メールさんは他の召し使いたちに命じて、黒焦げになってプスプスと煙を上げている
アサッシン達を部屋の外に運び出した。

  俺は、その間にアグニにお礼を言って取り敢えず帰ってもらった。そうそう、さっき
のアグニの炎でなぜ彼らが一瞬で燃え尽きなかったかという話。昨日の晩、召喚神達の
リストを調べている時に、俺は“全召喚神共通の命令“の部分にある項目を加えていた
んだ。つまり、”人間に対しての攻撃は特別な命令が無い限り、手加減する事。決して
殺してはならない“ってね。だから、アグニの炎でアサッシン達は即死しなかったんだ。
まぁ、一口に”手加減“といっても人(神?)それぞれだから、アグニは「即死しない
程度」と判断したようだったけど…。
  
  
  しばらく経つと、メールさんが戻ってきた。アサッシン達は全員近くの診療所に収容
され、手当てを受けているところだと言う。白魔術師の話だと、何とか命は取り留めた
そうだが、話を聞ける状態になるにはあと一ヶ月はかかるという。

「い、一ヶ月…。」

  絶句する俺をジト目で見つめるメールさん&ヴィシュヌ。

「やりすぎですよ、クレインさん…。」
「そうですよ〜、ご主人さま〜。なにも“あぐに君”を使わなくたって〜…。」

  俺は二人の糾弾を受けながら、額に一筋汗を滴らして「あははははは」と乾いた笑い
をあげた。さっきまでおびえたような表情をしていたシーヴは、俺のその様子を見てク
スクス笑っている。

「そ、それは〜、その〜…。そ、そう!つまりですねっ、やっぱり黒幕はディープだ
ったんですよっ!俺が街で聞き込みを始めた途端に襲って来るなんて、これはもう間違
いない!そう思いませんか、メールさんっ?」

  ムリヤリ話題を変更する俺をヴィシュヌはまだジト目で見つめていたが、メールさん
はその問いに即答した。

「そうですね、そうに違いないと思います。…やはり、黒幕はディープ様だったので
すね。」

  唇を「ギリッ」と噛むメールさん。シーヴは笑うのを止めて、黙って俯いてしまった。
そんな二人に向かって、俺は「ドンッ」と胸を叩いて言った。

「任せてくださいっ!今からディープの屋敷に行って、やっつけてきますよっ♪よし、
行くぞヴィシュヌっ!!」
「あ、ちょ、ちょっとクレインさんっ!?」

  メールさんの制止の言葉を無視して、俺はヴィシュヌの腕を引っつかんで走り出した。
目指すはすべての元凶、ディープ=ストレイの屋敷!

「ちょ、ちょっと待ってください〜、ご主人さま〜!」

  その時。俺に腕を掴まれてヴィシュヌの頬が紅くなっていた事には、シーヴとメール
さんしか気付かなかった。





TO BE CONTINUED


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