じゅらい亭日記

異邦人−まほろば− 第1回
冒険者> 藤原眠兎
記録日> 05月23日(土)03時49分17秒



 教えられたのは効率の良い殺し方。
 力の効率の良い使い方。
 確実に標的の息の根を止める数々の方法。
 何の疑問もなくそれを使う、「俺」。
 そして、いつものようにナイフを急所に突き立てる。
 標的は声もなく倒れる。
 その顔は、微笑んでいた。
 忘れる事のできない顔。
 殺したのは、「俺」。死んだのは「私」の母親。


 
 暗く深き森と星々とのちょうど中空に、それは突然現れた。
 まるで地獄の門を開け放ったかのような深淵が突然、空を支配する。
 夜のかすかなる光である星も、月も空から隠し、しみでる様に闇は広がった。
 森の上を覆うように闇が広がると、やがてそこから盾を突き通す槍のように巨大な光を
放つ柱のようなものが現れた。
 ゆうに100メートルは超える柱の上を通り、闇の中から「何か」が次々と現れ、そし
て森の中へと飛び降りてゆく。
 500を超える数の「何か」が森の中へと消えてゆき、やがて3体の別の「何か」が闇
から現れた。
 その3体はそれぞれ違う方向へと向かい、やはり森へと消えていった。
 そして光の柱は現れたのと全く同じように、深淵の中へと沈んでゆく。
 やがて闇も消え去り、星や月は光りを、そして森はいつもの平静を取り戻した。
 少なくとも表面上は。

 「闇」を偶然見た猟師が、この怪現象を領主にと報告したが、領主は幻でも見たのだろ
うと相手にもしなかった。
 その領地全てが音信不通となるまでに「報告」から一日とかからなかった。



 ロケットペンシル構造、危険人物の巣くつ、などなど色々なウワサの絶えないじゅらい
亭だが、今日も今日とて雨ニモマケズ風ニモマケズ営業中である。
 日々にぎやかな暴走もとい宴会が催されるここ”じゅらい亭”は、今日はやや静かなよ
うだった。単なる小康状態なのかもしれないが。
「ら〜らららぁ〜らぁ〜」
 ちょっとした昼下がり、燈爽の奇麗な歌声が店内に染みわたる。
 胃と心を満たしてまったりとする”じゅらい亭”の客達。
 やさしい雰囲気が支配する中、新たな客はやってきた。
「よぉ、じゅらい!」
「いらっしゃいでござる」
 幻希はじゅらいに挨拶すると景気良くカウンターに腰掛けた。
「やけに静かだな?」
「仕事に出ているのが何人かいるでござるが…」
 じゅらいはちょっと考え込むようにしていった。
「仕事?」
「眠兎どのとゲンキどのは『音信不通の村』の調査でござる。さらにクレインどのは『剣
士連続殺人事件』の調査でござるよ。あとは…」
 そう言ってじゅらいは店の奥を指差した。
 幻希がそちらの方に視線を向けると、レジェンドや、このは、さらに何人かの客とテー
ブルを囲んで何かカードのような物をやっている。
「なんだありゃ?」
「大富豪とかいうらしいでござる」


 クレインは密かに途方に暮れていた。
 大体にして手がかりが少なすぎる。
 今までの目撃証言を例に挙げると
「師匠を殺したのは赤毛の女の子です」
「炎の巨人が現れ、踏み潰していった」
「それはまさに鉄塊だった」
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、もえるみんなもえる!」
「やつはリングの赤毛の悪魔だ!」
「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」
 などなどである。これじゃ金田一少年だって解決できないに違いない。

 まてよ?金田一でだめならあれでいってみるか…

 ふとクレインは気付いておもむろに腰のホルスターからスターファイアを抜いた。
「召喚!堕天使フラロウス!」
 クレインの言葉に反応し、スターファイアが光を放った。
 プロジェクターが、豹を映し出し、実体化する。
「ナンナリトゴメイレイヲ、マスター」
 豹がしゃべる。豹の姿をしているので、人の言葉を喋りづらい様だ。
「お前確か過去の事を知る事できたよな?」
「デキマス」
「よし、んじゃ、こいつらを殺した奴について教えてくれ」
 そういって、クレインはじゅらいからもらった事件の書類をフラロウスに渡した。
 まさに召喚神おそるべし!こんな事でわかってしまうのなら完全犯罪はなりたたないだ
ろう。
「アカゲノイセカイジンデス」
「伊勢怪人?」
「…ミノタケヲコエルツルギヲミニオビ、オソルベキカミノウツワヲユウシテイマス」
 あえてクレインのボケ(誤植)を無視してフラロウスは続けた。
「うつわ?」
「カミノチカラヲユウスルノトドウイギデス」
「そいつはすごいな…それで…」
 と、次の言葉をつごうとした クレインの視界の隅をちらりと可愛い子が通っていった。
 次の瞬間にはもうその女の子の方へと足が向かっている。
 ぽつんと取り残されるフラロウス。
「おっじょうさーんっ♪いっしょにお茶でもしませんかっ♪」
 例の如くナンパに走るクレイン。さすがは電脳ナンパ師の名に恥じない。
 ちなみにお相手の女の子は赤毛で、髪の毛を後ろで編んでいる女の子で年の頃は16、7
ぐらい。「美人」というよりは「可愛い」といった顔立ちで、そばかすがちょっと残っい
て、どことなく活発そうでボーイッシュなイメージがある。背丈はやや低めで、身体はマ
ント(というよりはサーコート)にすっぽりと包まれているため判別はつかないが、きっ
とGOODに違いない。
「へ?ボク?」
 きょとんとした顔で赤毛娘は答えた。
「そう君さっ♪君以外の誰がいるって言うんだい?」
 クレインの言葉に赤毛娘はきょろきょろと周りを見回す。
 あたりにはおばーさんとか、いかにも家庭の主婦といったような女性しか歩いていない。
「うっそだぁー!ボクなんか誘う男がいる筈無いよ!」
「実はいたんです、ここに!いやぁ、これも運命の出会いですねっ♪」
 さわやかに言うクレイン。
 対する赤毛娘は今の言葉にちょっと顔など赤らめていたりする。
 
 おおう、脈ありっ!
 
 どこかで考えた事があるような気がするなどと思いつつもクレインはさらにたたみかけ
る。
「ねね、ほら、ちょっとだけでもいいからさっ♪」
「え、えーと、ね。なんて言っていいか、わかんないんだけど…あ、ありがとう」
 肯定の返事と取るや、クレインは手を取って喫茶店へと歩きはじめた。

 やった、可愛い子GETだぜ!やっぱナンパはこうでなくっちゃ! 

 最近にしては会心のナンパ?である。ちょっと舞い上がり気味のクレイン。
「それで俺はクレインっていうんだけど、君は?」
「正式名称は『B.E.P.S−PRT5』恒星破壊級広域破壊型だけど、通称は『かがり』
だよ」
「…かがりちゃんって呼ぶね」
 なんだか変だなとは思いつつもかがりのはにかんだような笑顔についついだまされてし
まうクレインだった。


 ところでフラロウスだが、実は律義に説明を続けていた。
「…トイウワケデマスターガコノハンニンヲナンパスルノデスガコレカラサキノミライハ
キマッテマセン。モウキイテオラレナイヨウデスナ、ソレデハシツレイシマス」



 一面に広がる、荒野。
 かつて村と呼ばれたその場所には、人はおろか、建物すら残っていない荒野と化してい
た。
「なーんも無いですね、眠兎さん」
「そうですね…」
 ぽつんと荒野の中立ち尽くす眠兎とゲンキ。
 なぜにこの二人がここの調査の依頼に来たかといえば。何がおこっても大丈夫そうだか
ら。
 眠兎はその逃げ足を、ゲンキはその不死身を買われてここまで来たのである。
「『なーんもありませんでしたー』でおわりじゃあ、さすがにまずいよねぇ?」
「………」
 特にゲンキの言葉に反応せずに眠兎は何か考え事をしていた。
 反応のない眠兎にさらに話し続ける
「どうしたんです?お腹でも減りましたか?中華は炎ですよ?」
「や、昨日のマーボーは絶品でした…」
 思わずボケに対してボケる眠兎。
「では今日は鴨のクルミソースあえなど」
「や、それは栄養バッチリっぽいですね、大好良!…って、そうじゃなくてですね」
 ボケ倒しておいてから急にシリアスになる眠兎。
 ゲンキは一応黙って次の言葉を待つ事にした。
「これは、あるいは…『ポジビリティスティーラー』かもしれません」
「はぁ、そりゃなんです?」
「説明すると長くなりますが…」
 眠兎は説明を続けようとして、やめた。
 ゲンキも、ちょっとだけボケるのをやめた。
 眠兎は辺りに殺気が満ちているのを感じた。そしてゲンキには魔族、の気配に近いもの
が辺りを満たしていくのがわかった。
 リラックスした姿勢で、黙る眠兎。ゲンキは、特に何もしていない。
 不意に、空間から染み出すように人が現れた。
 それも一人では無い。二人、三人と数はどんどん増えていく。
 それらは皆同じ姿形をしていた。一様に近未来的な黒いプロテクタに身を包み、一様に
サブマシンガンのようなものを携帯している。皆、フルフェイスのヘルメットを身につけ
ているため、個人というものがまるで感じられなかった。
 彼らは眠兎とゲンキを囲むように次から次へとわいてくる。
 たった二人に対して、これでもかといわんばかりに増殖していく。
 際限なく増えていくように見える彼らを見て、やがて眠兎はポツリと独り言のように言った。

「TYPE−レギオン…完成していたんですね」


 続く


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