じゅらい亭日記

異邦人−まほろば− 第2回
冒険者> 藤原眠兎
記録日> 05月25日(月)05時26分39秒



 たった一人のハッピーバースデイ。
 「俺」が壊れて「私」が生まれた。
 モノの「俺」はもういない。いるのは生まれたばかりの「私」だけ
 もう「俺」は必要ない。だって「私」は「人間」だから。
 だってほら、こんなに悲しい。



 闇の中、光を放つ何かがぽつりと存在していた。
 それは、鉄でできた帆船。
 帆船は何もない闇の中、ただ一つ光を放ちながら漂っていた。

 船内は、光を放ってはいなかった。クラッシックな外見に比べて内部はまるで近未来SF
の宇宙船の内部の様だった。
「火狩はどうしている?」
 様々な器材が並ぶ薄暗い一室、端末の前に座った美女が、傍らにいる精悍な男に問うた。
 男は肩をすくめ答えた。
「この私がそのような事わかろう筈もない。だが、あれは己が何者かをわかっている。問題
はあるまい?」
 言葉の裏に隠された意味に美女は片眉だけを上げて抗議の意を示すと、質問を続ける。
「レギオンは?」
「良好のようだな。スティーラーを確実に設置している。だがトラブルがあったようだ。」
「…トラブル?」
 美女の問いに男はにやりと笑って歌うように答えた。
「撤退処理中に高ポジビリティ保持個体二体と遭遇。うち一体はこの世界の半高レベル精神
体。そしてあと一体は…」

 闇は、どこまでも深い。



「だぁあっ、それまってっ!」
「だめです、革命です(ニヤリ)」
「こ、このはさんあんまりだぁっ」
「ちにゃぁっ!?」
「メメタァッ!!(つぶされる音)」
 どうやら流行はまだすたれてないらしく、じゅらい亭の片隅では騒がしく「大富豪」を楽
しんでいた。(何やら関係ない声も含まれているようだが)
 そんな中、黙々と掃除を続けるみのり。
 ふと、みのりがその手を止める。
「どうしたの?」
 一緒に掃除していた陽滝がテーブルをふきながら尋ねる。
 みのりは、というと何かブツブツ言いながら目をつぶっている。
「大丈夫?調子わるいの? 」
 心配そうに尋ねる陽滝。みのりはじっとりと汗をかきはじめていた。
 風舞にも前例の話は聞いている。倒れるかもしれない、と慌ててみのりの肩を抱く。
 不意にみのりが目を開けた。
「大丈夫です…でも、ごめんなさい。今日は帰ります。」
「あ、ちょっと…」
 みのりは、額に手を当てながら、柔らかく陽滝から離れた。
 そしてふらふらと店の奥へと向かう。
「ん?調子悪いでござるか、みのり殿?」
「はい、すいませんけど早退させてください。」
「それは大変でござる。ゆっくり休むとよいでござるよ?」
 みのりは奇妙な、「すまなそうな」とも、「怒ってる」ともつかない表情を浮かべるとぺ
こりと頭を下げた。そしてそのまま足早に店の外へと歩いて行く。
「あ、みのり殿…あの格好のままでよかったでござるか…?」
「ねえ、じゅらい君?」
 疑問符を浮かべるじゅらいに陽滝が話し掛ける。
「なんでござるか?」
「気のせいならいいんだけど…」
 肩を抱いたからこそ聞こえた呟き。
 弱々しかったけど、はっきりと強い意志を感じた。

『…守るわ。眠兎クンも、みんなも…』


 「エサ」は「えさ」に簡単に食いついてきた。
 自分の強さぐらいは心得ている。
 いかに強力な堕天使の力を得ている自分といえども、あれだけの高ポジビリティを持つ集
団にさらされれば無事では済まされまい。
 だから簡単な呪法を施し、素体に簡単な未来を見せた。
 自分にとって都合のいい未来だがね。
 結果、まんまと引っ掛かった。
 なまじ未来を見れる事が災いしたな、素体よ。

 じゅらい亭よりもさらに高い、夜空の下を月を背に、黒い何かが飛行していた。
 それは、間違いなく人型をしていた。ただし、その背中には漆黒の翼をそなえてはいたが。
 黒い髪に、黒い瞳、黒いケブラー製のコートそして黒い手袋。全てが黒で構成される中、
異常に白い肌と、手袋に浮かぶ白い五芒星が光を放っているようだった。
 背中の黒き翼を大きくはばたかせ、彼は人差し指でメガネを少し上げると、酷薄そうな笑
みを浮かべる。
 遥か下へと続く視線の先には街の中を走るみのり。
 彼はゆっくりと、確実にみのりを追っていた。



 クレインとかがりが喫茶店につく頃にはもう夕暮れ時だった。
 出会った時すでに日が傾きかけていたので、まぁ、仕方がないといえば仕方がないのだが。
 ちょうど窓際の景色のいい場所を見つけると、さりげなくクレインはかがりをエスコート
した。
 かがりはといえば何がめずらしいのか、周りをきょろきょろと見回している。
「ほら、ここに座りなよ。景色がとっても奇麗だよっ♪」
 といいつつ椅子をさっと引く。流れるような動作だ。
 かがりはマントも脱がずにぽてっと椅子に座ると、目を輝かせて窓の外を見た。
「うわぁ〜…きれいだねぇ…」
「気に入ってくれたかな?」
「うんっ!すごくっ!」
 かがりはものすごく嬉しそうにうなずいた。ひまわりみたいな笑顔。
 なんだか見てる方まで嬉しくなってしまうような笑顔だ。
「夕暮れなんて、どこの世界でも変わらないと思ってたけど…きれい…」
 かがりはそばかすの浮いたほおを少し赤らめながら窓のから見える景色を見るのに没頭し
ていた。
 夕日の赤い日差しがかがりを照らし赤く染める。
 口を開けばちょっと子供っぽい所があるが、黙っていれば少し大人びて、思わずドキっと
する魅力があった。

 か、可愛いじゃないか…
 くぅ〜、電脳ナンパ師やっててよかった(TへT)
 あれ?
 でも、どこの世界でもって言ったような?
 赤毛で異世界人で女の子で…なんか引っかかるなぁ…
 ま、いっかっ♪

「あっと、ごめんねっ!あんまり綺麗だからぼうっとしちゃったっ!」
 夕日が完全に沈むと、かがりはようやく気がついたのか、照れたようにクレインに声をか
けた。
「いやいや、喜んでくれて嬉しいよ♪」
 クレインはそう答えながらメニューを差し出した。
 小首を傾げながら受け取るかがり。
「好きなもの頼んでいいですよ?」
「ほんとにっ!?」
 クレインの言葉に勢い良く答えるかがり。
 クレインはにっこりと笑うと答えた。
「ええ、ほんとですよ♪」


 30分後、ほんのちょっとだけクレインは後悔した。
 かがりは端からメニューを制覇して、今10個目のショートケーキに取り掛かる所だ。
「お、おいしーっ!」
 よほどショートケーキが気に入ったのか、かがりは涙目になりながら食べ続けている。
 良く食べるなぁ、とクレインは半ばあきれながらも、その反面かがりちゃんがこれほど喜
んでくれてるんだからよしとしよう、とも思った。
 とにかく表情がくるくる変わって見ていて飽きない娘なのだ。
「ふー、ごちそうさまぁー」
 かがりはマントの上からお腹の辺りを押さえながら、やたらと幸せそうに言った。
「もういいのかな?」
「うーん、この辺で止めとくよ。でも、ケーキって美味しいんだねっ!ボク、生まれてはじ
めて食べたけど、こんなに美味しいものがこの世にあるとは思わなかったよ!」
 今度はものすごく嬉しそうにしゃべる。

 初めて?
 変わってるなぁ…
 ん、やっぱなんか引っかかるなぁ…
 なんだ?

 クレインはかがりを眺めながら、ちょっと考えてみた。
「でも、クレインさんはなんでボクなんかなんで誘ってくれたの?」
「え、いや、可愛い女の子に声をかけるのは当然じゃないですか♪」
「え?でも、ボク女の子じゃないよ?」
 一瞬止まる時間。

 ジーザスッ!まさかこんなに可愛い娘が、男だとでも言うのかっ!?
 何てこった!言われてみればいつまでもマントとらんし怪しいとは思ったんだっ!!
 せっかく上手くいったと思ったらこれだっ!!!

 ものすごいスピードで悪い方に頭が回転するクレイン。
 それを知ってか知らずか、かがりは続ける。
「だって、ボク、『物』だもん」
「?」
 かがりの言葉にクレインはなかば混乱を始めた。

 マントは取らんが、取り合えず女の子なのか? 
 でも物だって事は…??…???…なんだ?

「ボクは敵を倒すための道具。今は狩人。ポジビリティが高い人間を見付けては刈り取る死
神という名の、ね」
 言いながら、目を細めるかがり。先程までのかがりとはまるで別人のように、表情一つ無
い、無機質な、顔。クレインに対して、殺気すら放っている。
 クレインは反射的にスターファイアに手を伸ばした。
「…かがりちゃん?」
「クレインさんのポジビリティが、低ければよかったのにね。でも、今は殺さないよ。ボク
を、初めて誘ってくれた人だもん。だけど、次に会ったら、狩るよ。」
「…」
 張り詰めた空気の中、かがりは席を立ち、マントを翻して店から出て行こうとする。
「かがりちゃん!」
「…」
 店を出る前に、クレインがかがりの名前を呼ぶ。
 かがりはほんのちょっとだけ立ち止まってから、黙って店を出ていった。
 その横顔は、心なしか、寂しそうに見えた。

 クレインはかがりを呼び止めた姿勢のまま、動かなかった。
 嬉しそうに笑うかがり。照れたような顔をするかがり。あれこれと、メニューを見て悩む
かがり。ショートケーキを食べて、うれし泣きをしてたかがり。
 その全てが嘘だったというのだろうか? 
 クレインは呆然と立ち尽くしたままぽつりと呟いた。
「うそだろう…?」



 きりがなかった。
 殺しても殺しても、吹き飛ばしても吹き飛ばしても、相手はひるまずに向かってくるのだ。
 しかも、異様なまでに連携の取れた動きで、攻撃を繰り返している。
「はっはっは、どうします?眠兎さん」
 すでに服はぼろぼろ、穴だらけのゲンキが眠兎に尋ねる。傷のうちの半分は眠兎をかばっ
たものだ。
 それでも次の瞬間には治っているのだから、さすが魔王。
「うーん、このままじゃ、まずいですね、いったんこの場を離れましょう」
 いいながら、猛烈な勢いで両手に握ったベレッタを乱射する眠兎。その全てが、『レギオ
ン』の急所に命中しているのはたいしたものだが、やはり焼け石に水である。
「…しょうがありません、大技を使います。秘技『シフト!』」
 眠兎は右手を、天に向かって振り上げながら言った。
 ゲンキは、自分の視界が一瞬ぶれるのを感じた。
 次の瞬間、『レギオン』は誰一人としていなくなった。
「ふう」
 ため息を吐くと同時に眠兎はバタン、と倒れる。
「わっ、大丈夫ですか?」
 慌てて眠兎に駆け寄るゲンキ。
 眠兎は、ぜいぜい言いながら、はた目に見てもわかるほどすでにやつれている。
「や、まぁ、何とか…」
「これはもう、『鴨のクルミソース和え』しかありませんね?」
 ぜいぜいと答える眠兎に、嬉しそうに言うゲンキ。
「や、確かに…」
 眠兎はびっと親指を立ててから、にっこりと笑いながらゲンキに答えた。

 果たしてここで話題にのぼっている『鴨のクルミソース和え』とはいかな料理か?
 詳しくは「中華一番 第5巻」を参照されたし。
 とりあえずは半死人ですらぴちぴちわくわくの元気いっぱいになってしまうすごい料理だ
と思ってください。

 閑話休題。

「えーっと…、何から説明しましょうか?」
 下ごしらえをはじめたゲンキの側に寝転がりながら、眠兎は訊ねた。
 トントントン、と規則正しく包丁を動かしながらゲンキはちょっと考えてみる。
「そうですね…とりあえず、『ここ』はどこですか?」
 そう言いながらゲンキは周りを見回した。二人でやってきた時と同じように何も無い荒野。
「よく、私たちが『別の場所に』いるってわかりましたね?」
「これでも魔王の端くれですから♪」
 ずり落ちたサングラスを直しながら、ゲンキは軽く答える。
「ここは、私が作り出した、平行世界です。範囲は限られてますが。」
「そんなもん作れるんですか?すごいですねぇ」
「いや、そんなにすごくないんですよ、実は。もともと平行世界ってのは意外にたくさんあ
るもんでして、都合よく使うためにチョコっとそこをお借りしてるです。」
 しかしこの技術があれば食べ物とかに苦労しないんじゃないかと思ったが、実際によく眠
兎がどこからか食材を取り出すのを思い出してやや納得のゲンキ。
 何て便利なんだ、とこれもゲンキ。
「しかも緊急避難用なんですよ、これ。見ての通り消耗しきっちゃいますし、結界みたいな
ものですから、壊せる人間には、壊せちゃいますし。」
「ふーむ、では、ポジビリティスティーラーとは?」
 会話をしながら下ごしらえを終えるゲンキ。
 さすがに手早い。
「ポジビリティをスティールするんです。」
「?」
「つまり『可能性』を盗んでいるんです」
「??」
 鍋を熱しながら疑問符をたくさん並べるゲンキ。
「うーん、ポジビリティってのは、つまり、何かを成長、変化させる事ができる力だと思っ
てください。」
「それは魔力みたいなものですか?」
「えーと、似ているけど違うんです。例えば、滅法剣の腕が立つ人がいたとします。この人
は非常に高いポジビリティを有していると考えられます。」
 そこまで言った、眠兎はとりあえず言葉を切った。
 ゲンキが料理を開始したのだ。
 とても香ばしい匂いが辺りに漂い…

 十分後。

「モグモグ…それで何でしたっけ?」
「ンガごっくん。ポジビリティとかいうやつの話ですよ」
 食事を取りながら二人は会話を続けていた。
「ああ、そうそう、で、剣の腕の立つ人は、「破壊」の「可能性」を秘めているのです。つ
まり、医者の達人は「治療」の農夫の達人は「創造」の「可能性」を持っているのです。」
「ふんふん…モグモグ、ゴクン」
「つまるところ、ポジビリティってのは、純粋な「力」ですね。これがあればあるほど無茶
ができるという訳です。」
 一息で説明した後、眠兎は残りの鴨をいっきにかきこんだ。
 血色もよくなり、だいぶ疲労もとれたようだ。
「じゃあ最後に…」
 と、後片付けをしながらゲンキが口を開いた瞬間…

 パキーン!

 甲高い音とともに、世界が、砕け散った。
 無理矢理引っ張られるような感覚。
 反射的につぶった目を開けると、別に景色は変わっていなかった。
 レギオンはもういない。
 その代わりに身の丈2mをゆうに超える、見るからに強そうなやつが立っていた。
 ゲンキは、相手から感じる魔力にほんの少しだけ驚いた。
(『魔王』並か…すごいな…)
 眠兎は、別段驚いた様子はなかった。
「こんなへんぴな世界で再び会えるとはな…」
「やはりあなた方だったんですか…」
 眠兎は、心底嫌そうな表情と、声で言った。
 ゲンキはちょっと小首を傾げる。
「眠兎さん、お知り合いですか?」
「知り合い?知り合いだとも。」
 答えたのは大男。
「古い知り合いですよ。会いたくもありませんでしたが。」
 いまいましげに呟く眠兎。
 大男は唇の端を歪めるようにして笑うと、やがてゆっくりと何か拳法の構えのようなもの
をとる。
 そして地の底まで響くような大声で言い放った。

「冷たい事をいうな、『B.E.P.S−PRT4』高速機動戦型、コードネーム”眠兎”。
…いくらお前が裏切り者とはいえ、兄弟だろう?俺達はよ!」



 続く 


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