じゅらい亭RPG第一部最終話
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「折角の気合に水を差すようで悪いのだが……」
「少々、聞いていただかねばならない話が、あるのですよ」
  じゅらい亭の面々に、二つの声がかけられた。
「誰だっ!?」
  幻希の声にも動じず──何の遮蔽物もない氷原に何時の間にか現れたその二人は、悠然
と歩み寄ってきた。
  一人は、長身の男性。
  炎を思わせる真紅の逆立つ髪。野獣じみた雰囲気とは裏腹に、その顔に表情は浮かんで
いない。ただ、切れ長の目に収まった、やはり赤い瞳が、鋭い眼光を放つのみだ。
  むき出しの上半身には、ひきしまった筋肉が鎧のようにまとわりついている。浅黒く日
焼けした肌から、淡く光るオーラが漂っている。それが、周囲の冷気を締め出しているよ
うにも見える。
「我が名は慧焔(けいえん)。七天使が一人」
  そっけなく言い放つ男の横で、もう一人の、こちらは女性が、柔和な笑みを見せている。
  金色の、豊かな長髪をポニーテールにしているが、ふわふわと漂っている。本人も少々
うざったそうだ。楕円形の眼鏡をかけていて、その奥に収まる金色の瞳には、知性と自信
が満ち満ちている。
  こちらは、氷原をこするほどの長いローブを身につけているが、全身が輝く金色のオー
ラに包まれており、地面から数センチほどの高さに浮いている。
「私は、疏浄(そじょう)。同じく、七天使の一人です」
「七天使の、残り二人──」
  ルネアが、呆然と呟く。
「ちょっと待て?」
  冷静になったレジェが言う。
「確か七天使って、クリスタルに封印されていて、誰かの体借りないといけないんじゃな
かったっけ?」
「まさか、偽物かっ!?」
「違います〜」
  いきり立つクレインを、ヴィシュヌがおっとりとなだめる。
「この方たちからは、間違いなく『聖』の力を感じます〜。七天使かどうかはわかりませ
んけど〜、少なくとも悪い方たちではないと思います〜」
  全員の視線が集まり、疏浄はにこりと笑った。柔和ではあるが、自信に満ちた笑み。慧
焔は、相変わらず無表情である。
「ご安心を。私たちは、偽物でも、誰かの肉体を借りているわけでもありません。これは、
私たち本来の肉体。そして、私たち本人です」
「え……?でも、『有事の際までクリスタルに封印されている』って仙祈さんが……」
  風花の言葉に、今度は慧焔が不遜に答える。
「では、白夜はどうだ。ヤツは、有事でもないのに勝手に封印とやらから逃れ、暴れまわ
っているではないか。翠流はどうだ。ヤツに至っては、封印すらなされていない。夜明は。
ヤツは、自由に行動することはできないものの、度々外に姿を現しているではないか」
  言われてみれば、確かにそうだ。実際に姿を現していないのは……仙祈と夕凪と、あえ
てあげるならば翠流だけ。他の天使たちは、何らかの形で姿を見せている。
「じゃあ、一体……?」
  このはの呟きに、慧焔は答える。やはり、何だか偉そうだ。幻希が険悪な目つきになっ
てきている。
「考えるのだ。わからぬか。『全ては正しく、かつ誤りなのだ』ということがな」
「……うにゃ?」
  智恵熱ショート第二弾発動中のフェリが、頭を抱えてうめく。
「つまりは、こういうことです」
  このまま慧焔に話させていてはまずいと思ったか、疏浄が説明を始める。
「あなたがたが今までに会われた他の七天使が、どのようなことを言ったのか、悪いとは
思いながらも、あなたがたの記憶を覗かせていただきました」
  常連たちがギョッとした表情になる。
「本当にすいません。が……結論が出ました」
  一拍おいて、言う。
「我々七天使の、おそらく全員の記憶が改竄(かいざん)されています」
「改竄……っていうことは、まさか、白夜と同じように?」
  じゅらいの質問に、疏浄は肯く。
「そう、記憶を操作されているのです」
  その理由はこうだ。七天使の中でも聡明さで知られる疏浄・慧焔の二人の記憶が食い違
っている。偶然出会い、情報を交換した時点で、その異常さには気づいていた。
  だが、他の天使たちの持つ情報も、微妙な食い違いがある。
  一番顕著な例を挙げれば、翠流についてだ。
  夜明は、彼女を人間だと言った。遠い昔のことだから、既にこの世にはいないだろうと。
仙祈も、同じようなことを言っていた。
  白夜は、他の七天使──つまり、彼を除く六人の天使が、翠流を殺したと言っていた。
この時点で、既に矛盾が生まれている。
  夕凪の発言では、翠流は七天使の一人。そして、永久の使命を背負った、孤独の天使。
これは、疏浄たちも同じ記憶を持っている。
  重ねて彼らは、封印について話した。
  今までの流れで既にわかるだろうが、他の七天使たちは、自分たちが有事の際までクリ
スタルに封印されていなければならないという記憶を持っていながら、それに反した状況
にある。
  白夜は暴れまわり、夜明は自発的な出現が可能で、翠流は封印すらされず、どこかで永
遠に続く苦行を強いられている。そして、疏浄と慧焔はその封印すらなされてはいなかっ
た。
  つまり、クリスタルによる封印など、始めから存在していなかったのだ。
「全員、『真実ではないが、虚構でもない』もしくは、『虚構の部分と真実の部分が錯綜
した』情報を持たされているのです。それが、『全ては正しく、かつ誤りなのだ』という
慧焔の言葉の意味です。皆、自分の言っていることを正しいと思っている。ただ、改竄さ
れている以上、当然誤りもある。自分では気づかない……気づけないレベルで。そういう
ことなのです」
「それで……本当なんですか?」
「……何がでしょう?」
  うつむいて呟く風花に、疏浄がきく。
「白夜さんの……翠流さんへの想いは本当なんですか?夕凪さんに見せてもらったイメー
ジにあった、彼女から引き離される、泣き顔の彼は……本物なんですか!?」
  切羽詰まったように叫ぶ風花。疏浄は、天使のような──いや、天使の笑みを返す。
「えぇ、もちろん」
  遠い目をする疏浄。
「彼らは……遠い昔から、恋仲でした。私と彼らが知り合う前から。とても、似合いの二
人でしたよ。噂では、神からの使命遂行中に翠流の危機を白夜が救ったとか。ご存知です
か?白夜は、我々七天使の中で、最も戦闘能力が高いのですよ」
  彼女が何とはなしに付け加えた一言で、みな一様に暗い面持ちになる。
「そりゃ勝てないわけだ……」
  焔帝が苦笑しながら頭をかいた。
「仙祈も言っていたでしょう?『七天使の封印を解かねばならないような世界の危機を救
った』と……。あの時、彼は一人でそれを成したのですよ。その時我々が何をしていたの
か……記憶が曖昧で思い出せないのですが……」
「つまりは、何か?神ってヤツは、その二人の仲を認めてたってワケか?」
  幻希が、腕組みをしたまま問う。もちろん、疏浄にだ。慧焔になど目もくれない。
「えぇ、神は天使同士の恋愛には何も言われていませんでした。ただ、溺れるべからず、
とだけしか」
「へ?じゃあ、翠流さんと白夜が引き離された理由は……?」
  ゲンキの問いに、疏浄はゆっくりと頭を振った。
「わかりません。【ガイアを支える者】。彼女に課された使命。ただそれだけしか。何故
彼女がやらねばならないのか。ガイアとは何なのか。何故に支えねばならないのか。何故
白夜はそばにいてはならなかったのか……その全て、私にも、慧焔にも、そしておそらく、
翠流以外の六天使の記憶から排除されています」
「どうすればいいの?私たちには、翠流さんも……白夜の心も、助けてあげられないのか
な。ただ、こうして悩むことしかできないのかな……」
  悔しそうにつぶやきながら、ルネアは兄の袖をぎゅっと握り締める。焔帝も、何も言え
ず立ち尽くすばかり。
「翠流の元へ赴くことは……可能だ」
「慧焔!!」
  慧焔の言葉に、疏浄が驚愕の面持ちで彼を見つめている。彼の方は、全く悪びれていな
い。
「主の御心に背くかもしれないというのだろう?翠流のいる場所は、おそらく無人。そう
された主の御心に、背くかもしれぬと。だがな疏浄。我々天使は、御心を遵守し、人心に
御心を伝えることだけが使命ではない。白夜を止め、翠流を救おうとする彼らの心は、主
の御心に沿うものだと信じる。そういった者たちを誘い、導くことも、我々の役目ではな
いのか?」
「………わかりました」
  苦渋に満ちた表情で、疏浄は肯く。主の御心を遵守せんがために「翠流の元へは行けな
い」と嘘をつくか、嘘をつかないために主の御心に背くか……。
  彼女のとった結論は、後者だった。
「クリスタルを出して下さい。他の天使を、召喚します」