じゅらい亭RPG第一部最終話
      2

「一体どういうことです?だいたい、あなたたちの話を信じるならば、天使とクリスタル
の間には関係がないはずじゃないですか」
  じゅらいは、眉根に皺を寄せ、手を握ったり開いたりしながら問う。
「封印はされていないと言っただけで、関係がないとは言っていませんよ」
  疏浄は、やんわりと否定した。
「七つのクリスタルの色、それらは全て、我々七天使に対応しています」
  赤は慧焔、白は白夜、水色が夜明で、橙が夕凪。仙祈が緑で、疏浄は黄色。いまだ会っ
たことのない翠流は、白夜が流した涙から生まれたクリスタル。悲しい色──とても薄い、
不思議な色合いの、紫。
「この色を用いることによって、我々七天使の力を借りようと思ったのでしょうね、デマ
ドの人々は。七つそろえば願いが叶う……。あながち、間違いではない考えです。我々が
全員力を貸せば、出来ないことはほとんどありませんからね」
  呪術などで、呪いたい相手の体の一部や身の回りの品を触媒として用いることがある。
この場にいた者の中には、丑の刻参りを想像した者もいただろう。
  デマドの人々がやったのも、そうした「相似による霊的繋がり」を用いた魔術の一種だ。
その天使を象徴する色を用いる事によって、天使から力を引き出そうとした。そういうこ
とだ。
「もちろん、貸す貸さないはこちらの自由なのですがね」
  と、そう言いながら苦笑する疏浄である。
  ともあれ、じゅらいたちは七つのクリスタルを疏浄たちに渡した。風花のロッドの先に
ついていたものは、魔法的な力によってきれいに取り外され、現在は他のクリスタル同様
に疏浄の目の前の空間にふわふわと浮いている。
「さて、はじめましょうか」
「あぁ」
  自分の右手側に立った  慧焔のぶっきらぼうな対応に苦笑を返しつつ、疏浄はふわりと
両目を閉じ、精神集中をはじめた。
「ふうぅぅぅぅぅ………!」
「はあぁぁぁぁぁ………!」
  二人の体を包んでいたオーラが、だんだんと明度を増していく。慧焔の髪が、本物の炎
のようにゆらめき、疏浄の髪は先程にも増してふわふわと揺れ動いている。
  それに呼応するように、七つのクリスタルも輝きだしていた。それぞれが内包する力を
解放するかのように、ゆっくりと光の鼓動を繰り返す。
「我が名は……疏浄」
「我が名は……慧焔」
  二人が自らの名を宣言したと同時に、漂うだけだったクリスタルに動きがあった。
  黄色のクリスタルが疏浄の頭の上に、赤のクリスタルが慧焔の上に……自らの色が象徴
する天使の元へと、滑るように移動したのだ。
  他のクリスタルも、同様に移動する。上から見れば、そのクリスタルの配置は、正確に
正七角形を象っていることがわかっただろう。
「我ら、神の命に依りて彼の地を守護する七天使が二名なり。古よりの輩よ、我らが元へ
来たれ。光を抜き、時をも超えて、疾く、現われ出でよ!!」
  彼らの言霊が、クリスタルから力を限界まで引き出す。
  魔力はまばゆい光輝となって周囲に溢れ出る。あまりの眩しさに顔を覆うものもいたが、
そうでない者の目には、七つのクリスタルの真下の地面に輝く七芒星を中心とした魔法陣
が描かれているのが見えただろう。
  そして──一瞬だけ、強烈な光が周囲を純白に染め上げ、全員がその光の余韻から解放
された時、天使の数は五人に増えていた。
  水色のクリスタルの下には、そのクリスタルを「涙」として出現させた本人──夜明が
いた。自分が召喚されたことに驚いているのか、目を大きく見開いている。が、疏浄と慧
焔、そしてあとの二人の顔をみると、事情が飲み込めたらしく、小さく苦笑を浮かべた。
「おやおや……そういうこと、でしたか。私も……記憶をいじられていた、ということだ
ったんですねぇ」
  緑のクリスタルの下に立つ男が、やんわりとした口調で言いながら、ぽりぽりと後頭部
をかいている。
  柔らかい微笑みは、疏浄のように知性と意志の強さを感じさせるようなものではなく、
本当に優しげな、それでいてつかみどころのないような感じがある。長めの黒い髪をうな
じの辺りで縛っており、ゆったりとしたローブのようなものを着ている。
  全体的に、包容力のあるお兄さん、といった雰囲気の、二十代半ば過ぎくらいの青年で
ある。意外と、背が高い。
「久しぶりだな、仙祈」
  やはり感情のつかめない慧焔の呼びかけに、ふわりとした優しげな笑みを浮かべる。
「えぇ、久しぶりですね。千年近く……会っていませんでしたからね」
「説明は理解していただけましたね?」
  事務的な疏浄の言葉に、心持ち表情をかたくして、彼はゆっくりと肯いた。
「えぇ……。なかなか、妙なことになっているようですね。我々の記憶をも操作する……
そんな芸当ができる存在が、敵になっているとは」
「白夜は……」
  と、最後の一人が口を開いた。彼女の頭上には、橙色のクリスタルが浮いている。
「白夜は……ここに来ることを拒んだようですね……」
  悲しげにうつむく小柄な女性の姿に、フェリシア使いと矢神だけは見覚えがあった。し
かも、ほんの数分前の経験の中に。
「「夕凪さん!」」
  感情を宿さない紫の瞳、腰までの長さがある、軽く波打つ金色の髪。白磁の肌は透き通
り、慧焔以外の三人のものに似た、ゆったりとしたローブをまとっている。
  うつむいた横顔からは、傷つきやすい、清楚でおとなしい少女の印象を受ける。
  彼女は、二人の方をちらりと見、小さく、本当に微かな笑みを浮かべた。
  召喚された三人にはどうやら、慧焔と疏浄の方からテレパシー的な手段を以って今まで
の事実確認がなされているようだった。目の前で全く何の説明もしていないのに話が通じ
合っているため、そうではないかと、常連たちの何人かは推測していた。
「えぇ、そうですね……。残念ながら」
  疏浄は、白いクリスタルを眺め、小さく苦笑を漏らした。そして、完全に傍観者の立場
に追いやられていた常連たちに顔を向ける。
「お待たせしました。これで、行けます。翠流が封印されている場所、『ガイアを支える
処』へと」
  彼女の説明によると、そこは限りなく純粋な『聖』の力に満ち満ちている場所だという。
それだけに、ガイアを支えるという使命の重さ・責任の大きさが伝わってこようものだ。
「オイてめぇ、何ずらかろうとしてる」
「ひああああああああああああ!?バレた!?」
  幻希が、こそこそと画面端(爆)に隠れようとしていたゲンキの襟首を掴まえる。
「え、えーと、だって……純粋な『聖』の光、なんでしょう?」
「えぇ」
  疏浄が答える。
「『魔』に位置する存在なんかは……どうなります?」
  不安そうに尋ねるゲンキ。疏浄はにっこり笑う。
「大丈夫です。消滅したりはしません」
「そ、そうですかー。そりゃよかっ…」
「たぶん。」
「ひああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?イヤだああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
  じたばたともがくゲンキを幻希が(ちょっと強引な手段で)おとなしくさせるというよ
うな騒ぎがあったので気づく者はいなかったが、何人か、同じような理由で内心ドキドキ
している者もいた。

  それはともかく。

「矢神さん……」
「なんでしょうか?」
  声をかけてきた夕凪に、矢神はいつものニコ顔のまま答える。
「あなたの剣を……いえ、『導きの星杖』を、貸していただけませんか?」
「構いませんが……どうしてです?」
「先程、あなたがたとお話しした際に、私が言ったこと、覚えていらっしゃいますか……
?」
「……というと?」
「『導きの星杖』は、ヒトが高位霊界へ至るための『鍵』の一つだと、そして、もっと別
の使命をもって生まれた祭器であると……私はそう言いました。慧焔たちの説明を受けて
……その『別の目的』がわかりました」

  それは、はるか昔。「デマド」の者が、まだこの惑星にいたころのこと。
  デマドは、我々よりもはるかに進んだ文明を持っていた。魔法と科学を融合させたその
文明は、他の銀河系、果ては他の世界への旅をも可能にしていたという。
  そのような時代であるから、逆に慎重な者が多かった。
「物理法則も魔法理論も、我々のそれとは全く違う世界に迷い込んだ場合、いかにして生
きて行くのか」を徹底的に議論してから、未知の世界へと踏み出していった。
  この惑星に降り立った者たちも、そうした「慎重派」の者たちであった。魔法も科学も
ない時代、遠い昔の、この惑星に降り立ったのが、現存する「遺産」を産んだ者たちであ
る。
  『船』のエネルギーを使い果たし、補給もままならない状態だった彼らは、あらかじめ
議論し、マニュアル化していた「生存法」を実践することにした。
  世界を学び、魔法理論を解き明かし、物理法則を分析し、それらに従って、彼らにとっ
ては原始的なエネルギーを発生させ、『船』を分解したパーツで様々な機械を作成し、こ
の星の資源を発掘して加工し……元の世界への通信手段を求めた。その副産物が、「デマ
ドの遺産」であり、現存する魔法や科学の源、ということになっているらしい。

「長い説明、ご苦労様です(笑)……それで、結局、ザンヤル○の剣……『導きの星杖』
でしたか。その作られた目的とは……?」
「えぇ。それは……名前の通り『導く』こと。使用者を、自らが望むモノの場所へと誘う、
または使用者を望むモノのところへと導くという役割を持っているのです」
  先程の白夜の記憶の中での場合、ワケのわからない状態になって困っていたフェリの思
念に、剣の方が反応したということになるらしい。
「なるほど……」
「ですから、私たちが翠流を想って剣を振るえば、きっと彼女の元へと至る道が開けると
思います……」
「わかりました。お貸ししましょう」
「ありがとうございます」
  剣を受け取り、仲間の元へと戻ろうとした彼女を、矢神が呼び止める。
「おたずねしたいことがあるのですが?」
「なんでしょう?」
  彼女が振り返るのを待って、矢神は口を開く。
「先程の説明では、『デマドの遺産』は、この星に辿り着いてしまったデマドの人が、元
の世界に帰るために作ったものだということでした。しかし……ならば、どうしてここに
この剣が残っているのでしょう?それに、白夜が用いた『人の心を二つに分け、別の人間
として出現させる』遺産は、一体いかなる目的で作られたのでしょう?」
「もっと効率のいい『遺産』が完成したからでしょう。当時の技術から見て効率の悪かっ
た『星杖』は捨て去られてしまった。最初の質問はそういうことでしょう。二つ目の質問
ですが……デマドの人でも、この地に残った人はいました。そして……『遺産』を作り続
けた。中には、それを後悔して、逆恨み的に人に害をなすような道具を作った者もいた、
ということではないでしょうか……」
「……成る程」
  矢神の目には、そうした遺産の影響で滅びてゆく、この地に残ったデマドの人の姿が浮
かんでいた。