「じゅらい亭日記──超・暴走編6」(その1)  ゲンキ



「竜女再来」





プロローグ

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 今も瞳を閉ざせば聴こえる声……。
 常に彼女と共にあり、今までを支えてきた優しい幻……。
 少年の……思い出。




 忘れたくない……記憶。




第一章「竜女仰天」

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 その日、一通の手紙が届いた。



「先生。先生宛てに手紙来てますよ」
 校門前のポストから封筒の束を取り出した少年が、傍らにいた長身の女性にその中の一
通を渡した。渡された女性は、青一色という珍しいその封筒をしげしげと見つめ、裏面の
差出人を見てアッと息を呑む。
「Gさん! そっか、それで青いんだ!!」
 封筒の青色は、「Gさん」と呼ばれた青年がいつも額に巻いているバンダナの色と同じ。
道理でと、驚きと同時に納得する彼女。苦笑と共に言った。
「こんなの描いて送るのも、Gさん以外にいないわね」
 封筒の裏面には、綺麗とは言えないクセ字で書かれた差出人名の他に、簡略化された人
の顔のマークがある。たしか「もがー」とか呼ばれていたもので、G青年は昔からよく使
っていた。
「色んな噂聞いてたけど、こういうところは変わってないんだなぁ……やっぱり」
 G青年の知名度は今やかなりのもので、辺境にいる彼女の耳にも彼の噂はよく届く。特
に悪評や暗い話が多いので心配していたのだが、この分だと聞いたほど変わってしまって
はいないようだ。そもそも、噂の真偽も怪しいものであるし。
 彼女はそんな事を考えながら、半ば無意識に手紙を読みすすめていた。そこには彼女も
知っている者達のことが書かれてあったり、よく知らない者のことが書かれていたりした。
 その中に、見覚えのある名前があるのに気付く。
「虹ちゃんが……Gさんのところに?」
 そう呟いた彼女の顔がよほど怪訝そうだったのだろう。先程の少年が訊いてきた。
「どうしたんですか先生?」
「え? いや、ちょっとね。って、レイカ君、もう授業始まってるじゃない!? 早く教
室に戻りなさい!!」
 時計台の大時計の針が指す時間に気付き、レイカ少年を教室の方に押し出す。少年は、
やや不満げに「はいはい」と答えて走って行った。
 そうして一人になった後、彼女は改めて手紙を読み直した。
「えーと……」
 さっきまで読んだところは飛ばして、その続きに目をやる。そこからは、以下の通りの
文章が書かれていた。

『というわけで、ヨルンに頼まれて虹を預かってます。会いたくなったら、セブンスムー
ンに来てください。虹も君に会いたいとか言ってましたし。
 ちなみにディルちゃんや寂、財布もいるし、ルウさんや花霧さんといった君と会ったこ
とのない方々もいます。可奈さんもお元気です。じゅ亭の常連さん達もそりゃもう……元
気すぎるほどに元気です(笑)。
 そんなわけで、セブンスムーンは相変わらずです。色々と変わったところもあるけど、
騒がしさは昔のまま。仕事が忙しいとは思いますが、余裕があったら一度来てみてくださ
い。大魔王の権力を利用してうちらの世界のパッドガロクに、セブンスムーン近郊への直
通便を開通させましたので利用してやって下さい。手紙と一緒にフリーパスを同封しとき
ます。それでは、また。 
                                   ─G─ 』

「フリーパス?」
 文末に書かれていた言葉に、彼女は手にしていた封筒の中身をもう一度見てみた。
 すると、たしかに薄っぺらい小さなカードが一枚、底に落ちている。それを指で器用に
つまんで取り出すと、円の中に「大魔王認定」と書かれた捺印がなされ、その下に黒地に
白い線で文字が書かれていた。
「『ヴォイド・ウォルクス・カーディネス』……ああっ!? 最近色々な世界で開通して
るっていう!? 『聖母』魔族のっ!!」
 彼女の記憶が正しければ、このカードは大人数が一度に次元間を行き来できる転送装置
を使用するための切符である。しかも「大魔王認定」と言えば、何度でも使えてVIP扱
いまでされるという永久フリーパス券。滅多に発行されない代物だ。
 たしか、既に今いるこの世界にも「駅」が出来ていたはずであるが……。
「あ、あの人は……またこんな凄い物送ってきて……遊びに来いってことなのかな?」
 G青年が悪巧みした時に浮かべる凄絶なニヤリ笑いを思いだし、身震いする。こんな高
価な物をタダでくれるような性格ではない。絶対に何か裏がある。
 そう思った途端、手にしていた手紙の裏側にチラリと文字が見えた。なんだろうかと、
裏返しにしてみる彼女。途端、表情が引き攣る。

『なお、君の写真を店に来ていた方々に見せたら、縁談の申し込み多数也。とりあえず全
部受けといたので是非とも来るべし。この手紙を読んだ頃には僕の部下が迎えに行ってる
はずなので、よろしく。それでは一緒にニヤリング♪ はっはっはっはっはっはっ!!』

「な……おみあいって……?」
 一瞬、本気で思考がぶっ飛ぶのを感じる彼女。
 と、次の瞬間──背後から二つの声がかけられた。
「ラーシャ=シアスフェイズ様」
「ラーシャさん♪」
「…………」
 おそるおそる振り向くと、道化姿の男と校長が立っている。怪しい。校長はともかくと
して、道化姿の男が真っ昼間から校舎内に立っているというのはとてつもなく怪しい。少
なくとも、その時の彼女──ラーシャ=アスフェイズはそう思った。
 そして、こんな怪しい男はG青年の部下に違いないという確信も抱く。実際、そうだと
いうのは次の彼のセリフで証明された。
「長の命にて、お迎えに上がりました」
「今だーっ!!」
 道化姿の男が言うなり、黒服の男達が現れた。慌てて避ける暇も無く、抱え上げられて
しまうラーシャ。そのまま逃げられぬように縛られ、連れ去られて行く。
「事情は聞きましたよ。いってらっしゃい、ラーシャさーん!!」
 校長は楽しんでいるのか、ニコニコと手を振り続けていた。
「おみーっ!? (オニーっ!?)」
 呪法を使えぬようにと口まで塞がれ、彼女──カース・ドラゴン・ラーシャの悲痛な叫
びは、間抜けなうめき声として校舎の中に木霊した。




 真夜中、電話のベルで目が覚めた。

ジリリリリーン!! ジリリリリーン!!!

「はいはい……今出ますよ」
 三十分前に寝たばかりだったので機嫌も悪く、G家の主・ゲンキ=Mは廊下に設置され
ている黒電話の受話器をとった。
「はい、ゲンキです…………って、おや?」
『──△×──!! ○□◇──!!!?』
 受話器から聞こえてきた声は、支離滅裂な叫び声だった。耳をつんざくその声に、眠っ
ている娘達(実の娘でもないし、一人は預かっているだけだが)が起きるのではないかと、
彼は受話器の耳に当てる方を手で覆った。

 そうして、しばし……

「落ち着いた?」
『────□◇○□!!!』
 言った途端、また喚かれた。仕方ないので、再び受話器に手を当てる。こういう時、も
っと新型の電話にしときゃよかったとも思うのだが、「物は大事にしよう」がこの家の家
訓第八十六条でもある……らしい。まだまだ、この黒電話は現役だ。
 と、そんな物思いに耽っていると唐突に叫び声が途絶えた。「ふむ」と頷き、腕時計を
見ながら彼は再び電話の向こうに声をかける。
「七分間もよく息が続くねえ? 歌手になってもよかったんじゃないか?」
『私は教師です!!』
 電話の向こうから返ってきた声は、あのラーシャのものだった。なにやら非常に怒って
いるようである。とりあえず、ゲンキは気付いたことを口にした。
「うむ、しかし生徒に対して怒鳴っちゃいかんよ」
『Gさんは生徒じゃないでしょ!!』
「それもそうだ」
『…………っ!!!』
 怒りの気配が電話越しにもビシビシと伝わってくる。これ以上からかうと電話を切られ
そうなので、ゲンキはすかさず話を変えた。
「ところで、手紙は読んでくれたかな?」
『読んだからこうして拉致されてるんでしょう!?』
「拉致とは人聞きの悪い。せめて『連行』と言ってくれ」
 ……結局からかってしまうらしい。
『どっちもどっちです!!! 第一、なんですかあのピエロみたいな人は!? それに、
私のお見合いって……!!』
「ああ、彼は手紙にあった通り僕の部下のベイシックさんだよ。ところで、それで思い出
したけど彼に代わってくれない?」
『なにが代わってですか!! それより、勝手に私のお見合いなんか決めたことに対する
釈明を──ああっ、ちょっと何するんです!』

゛ガダガダガダンッ!! バキッ ゴギャッ!! ビシビシィッ!!゛

「おおっ」
 電話の向こうでなにやらモメるような音がした。どうやら、ベイシック達とラーシャが
受話器を巡って争ってるらしい。その光景を思い浮かべてニヤニヤ笑いながら、ゲンキは
しばし待った。
 次に電話に出たのは、ベイシックの部下だった。
『お、長……助けてください。我々では抑えきれません……』
「だろうねえ。本気になると五封装より強いかもしれないし」
『長ぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!? わかってるなら何とかして下さい!!!』
「まあ、いくらなんでも進化呪法とか使わないだろうから頑張って。ところで、ベイシッ
クさんは?」
『……奮戦しておられます』
「そう。じゃ、『頑張って下さい』と伝えといてね〜♪」
『長ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!!!!』

ガチャン

 ベイシックの部下の悲哀に満ちた叫びを無視して、ゲンキは受話器を置いた。ついでに
電話線も引っこ抜き、自室へと向かう。
 その途中、心の中で呟いた。

(恨むなら眠兎さんを恨んでくれよー)

 そもそも、縁談が持ちあがった原因は、彼──藤原眠兎なのだから。



つづく




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