「じゅらい亭日記──超・暴走編6」(その2)  ゲンキ



第二章「縁談勃発ノ経緯」

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 突然、強い風が吹いた。帽子が飛びそうになるのを押さえ、青年は目を細める。
「良い風だ」
 この場所、この季節に吹く風は、故郷と同じ香りを運んでくれる。そのせいか、何度か
故郷に帰ったような錯覚を覚えたこともあった。

(故郷……か)

 それに関しては色々と思うこともあり、先刻とは別の意味で目を細める。また、あの香
りを運んで風が吹きつけた。
 青年は再び帽子を押さえ、いつのまにか止まっていた足を動かす。道は下り坂にさしか
かっていた。
「ま、なんにしても──」
 風が止み、帽子から手を離して前方に広がる街並みを見下ろす青年。縦長の瞳孔を持つ
瞳が彼方に見える一軒の宿酒場を見つめた。
「──ただいま、セブンスムーン。そして、じゅらい亭」
 青年の名は、カリオンと言った。




 早朝のじゅらい亭。ラーシャは額に怒りマークを浮かべて、目の前の青年に訊ねた。
「そ・れ・で? どうして私がお見合いしなくちゃいけないんです?」
「うっ……そ、それは……」
 彼女にしては珍しく迫力のあるラーシャの視線に圧され、顔を背けつつ返答に困ってい
るのは、じゅらい亭のスピードキング・藤原眠兎。ゲンキに呼び出されて店に来た途端、
彼に「今回のことは眠兎さんが原因なのだよ♪」と指差されたためにこういう状況となっ
ている。
 もう、かれこれ三十分ほどか? ラーシャは先程の質問を繰り返し、眠兎は歯切れの悪
い答えを返しては睨まれている。相手が本当はドラゴンだからなのか、蛇に睨まれたカエ
ルの気持ちが痛いほどわかった。もうカエル料理は食うまい。
「あのね、ラーシャさん……そもそもは……」
 と、そこまで言いかけて眠兎は気づいた。そうだ。そういえば、自分ばかりが原因では
ないではないか? ゲンキにだって責任はあったはずだ。よし、その辺を白状してみよう。
指差された仕返しに道連れにしちゃる。彼の脳裏を、以上のような思考が瞬時に駆け巡っ
た。
「そもそもは……なんです?」
 訊きかえしてくるラーシャを相手に、初めて不敵な笑みを浮かべると、眠兎は言葉を続
けた。
「最初にラーシャさんのお見合い写真をここで見せびらかしたのは、ゲンキさんなんです
よ。ええ、そりゃセブンスムーン中の人間が見たんじゃないかってくらいに張りきって」
 その台詞の直後、ラーシャはクルリと背後を振り返り、ゲンキは顔を引き攣らせて後退
った。スザザッと。
「Gさぁ〜ん!? やっぱりですか!!」
「ま、待てラーシャ違う!! セブンスムーン中の人間に見せた記憶なんて無いし、゛や
っぱり゛とはなんなんだい!?」
「゛やっぱり゛原因は眠兎さんじゃなくて、Gさんだったじゃないかってことですよ!」
 ズカズカと詰め寄って口をへの字にし、自分より背の低い相手を見下ろすラーシャ。す
ると、ゲンキは開き直ったかのように胸を張り、堂々と言った。
「うむ、たしかに原因の一端は僕だ」
「遂に認めましたね?! さあ、おとなしく本当の事を話して──」
「──しかしながら、責任が僕にばかりあるのではないと知ってもらいたいな」
 と、ゲンキは言うなりラーシャの額に人差し指を当てた。瞬間、ラーシャは後ろに退ろ
うとするが、相手が悪かった。

ビコンッ

 結構強く指が弾かれ、ラーシャの意識は遠のいて行く。ゲンキの声が遠くから響いた。
『ま、百聞は一見にしかずってね♪』
 その言葉で、どうやら何があったかを直接見せてくれるらしいとラーシャは理解した。
それにしたって他に方法があるだろうという気もするのだが、仕方ない。彼女は、おとな
しく気を失ってあげた。



 最初に見えたのは、ゲンキが酔った勢いで冗談半分に複数のお見合い写真を作っている
光景だった。
『るーる〜るる♪ らーら〜らり♪ 全く、この調子じゃ、いき遅れちやうぞー。特にラ
ーシャ。仕方ないから、おにーさんが良いものを作って皆に配ってあげよー』
 すごく楽しそうだ。すごくすごく楽しそうに作っている。ラーシャの殺意ポイントが七
レベル上がった。

 次に映し出されたのは、それらお見合い写真を持って、朝早くにじゅらい亭に入ってい
く姿。あの意味の無い高笑いを上げながら、ゲンキは最も早く店に来ていた眠兎に、それ
らを見せた。
 すると、眠兎がその中の一枚を手に取り、凝視して何かを考え込み始めた。かと思うと、
いきなり嬉しそうにゲンキの肩を叩き、言う。
『はっはっは、ゲンキさん、それならバッチリいい人がいるんですがねぇ?』
 どうやら、この時点で縁談第一号が決まってしまったらしい。ラーシャは眠りの中で頭
を抱えた。

 そして、最後に映し出されたのは、先程の光景の直後。常連達が一斉に入店してくる場
面だった。その中の一人、ラーシャにとっては見知らぬ青年が目ざとく眠兎の手の中の写
真を見つけ、彼とゲンキに問いかける。
『な、誰!? この美人、誰っすか眠兎さん! ゲンちゃん!?』
 その声に反応して、集まってくる常連ズ。彼らに揉みくちゃにされ、質問責めを受け、
目を回したゲンキは次々と「お見合い」を承諾してしまった。
 最初にラーシャの事を「美人」と言った(ちょっとラーシャは嬉しかった)青年、アレ
ースがやたらとはしゃいでいる。


 ──映像は、そこで途切れた。




 目を開けると、ラーシャは第一声でこう言った。
「Gさん、お願いですから、一度本気で殴られてください」
「何故?」
 ラーシャの寝かされていた長椅子の横に立っていたゲンキが、自覚の欠片も無い不思議
そうな顔で訊き返した。
 その瞬間、ラーシャの理性に亀裂が入った。


…………ズドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!!!!!


「ひあああああああああああああああああああああああああああ!!?」
 じゅらい亭の屋根を突き抜けた黒い衝撃波に、吹き飛ばされていくゲンキ。とりあえず、
ラーシャがそれ以上暴れなかった事が幸いであろう。心の底から、目立ってない店主・じ
ゅらいは呟いた。

 ちなみに、
「あー……助かった?」
 とりあえず、眠兎もそんな事を呟いていたりした。



つづく



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