「にくきう〜中編〜」
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PM:14:25
「にゃぁ?」
川の土手の上を歩いていたフェリが何かに気付いた。
川の側で・・・小さな黒猫が座り込んでいた。ただジッと川面を凝視している。
「どーしたのかにゃ?」
フェリは何気なくその猫に興味を抱いた。そして、その瞬間好奇心の塊と化し
スタッタッタッタッと土手を駆け下り近付いて行く。
『(猫語)どーしたにゃっ!何だか楽しそうだにゃぁ♪』
「ズザザッ!」と小さな砂埃と共に黒猫の横に滑り込む。猫語で話しかけると
彼(オスだった)は振り向きもせずに答えた。
『水を見てるんだ』
『水・・・にゃ?』
『うん・・・水も・・・木も・・・草も、空も・・・全部。ほら、空が川に映ってるだろ?』
その言葉にフェリが川面を見ると、水は当然川なのだからあった。川の縁に
は色々な植物があり、木も周囲にまばらに生えている。川面に映し出された空
は実際の空より暗く見えた。
『にゃ♪見えるにゃぁ♪・・・・・・でも、何で水と木と草と空を見てるにゃ?』
『綺麗だから』
フェリの質問に彼は素っ気無く答えた。そしてスッと立ち上がるとフェリを無視
して川の上流の方へと歩き出す。
『にゃっ!?ま、待ってにゃあ!!?』
それを慌てて追いかけるフェリ。彼女が横に来ると初めて黒猫はこちらを見
た。
『何だい・・・何か用?』
『用は無いけど、一緒に遊ばないかにゃぁ♪♪』
黒猫の目が点になった。そして・・・猫なので人間には分かりづらいだろうが笑
みを浮かべる。少し苦笑にも似ている。
『普通は、それって用があるって言うんだよ?』
『え?そーなのかにゃぁ?あははは、失敗だにゃぁ』
自分より小さな黒猫の言葉に多分に照れたように前肢で頭を掻くフェリ。黒猫
は目を細めて楽しそうにそれを見ている。
『・・・いいよ』
唐突に彼が言う。フェリには最初、何の事だか分からなかった・・・が、すぐに
先程の自分の言葉に答えたのだと分かる。
『にゃにゃ♪じゃあ、今日はフェリと一緒に遊ぶにゃっ!』
『うん。僕の名前はシンベエ。君は?』
そう言い黒猫シンベエは右の前肢を差し出して来る。握手だろうか?まるで人
間のような行為にフェリはちょっぴり驚きつつも自分も前肢を出して──
『フェリシア使いだにゃ♪フェリでいいにゃ♪』
PM:14:35
フェリはある事に気付いていた。シンベエと土手の上に上がりじゅらい亭に戻
ろうと歩いていると後ろから誰か尾けて来ている。
『フェリ、誰か後ろから着いて来てるね』
『にゃっ!?シンベエも分かるにゃ?!』
シンベエも気付いてるとは思わなかったのでフェリは大声で驚く。こういう時は
猫語は便利だ。誰が聞いても「にゃーにゃー」としか聞こえない。
シンベエは『ちょっとね・・・』とよく分からない事を言ってから「サッ!」と路地裏
に入る。驚きつつもフェリも続いた。尾行者は・・・よく分からないが尾いて来てる
のだろう。
『シンベエ、どうす・・・・・・にゃぁっ!?』
フェリが振り返って尾行者が尾いて来ているか確認し、再びシンベエを見ると
・・・・・・かの小さな黒猫の代わりに人間の少年がいた。全身黒ずくめで、これと
言った特徴の無い顔立ちだ。
「だ、誰にゃぁっ!?」
少年が自分を捕まえて抱きかかえた時点でフェリは混乱し、ついつい人語で
叫んでしまう。
「シンベエさ」
少年がポツリと答える。そして、かなりの速度で路地裏を走り出した。すぐに尾
行者の気配も消える。
フェリは声も出せずに(無論、驚きで)ただ少年に抱きかかえられていた。
数秒後・・・・・・
「へ・・・・・・?もう・・・いない・・・??」
黒髪黒目、青いバンダナ。サングラスの見目詐欺師っぽい少年が路地裏を覗
き込んでいたが・・・・・・まあ、それはどうでもいい。(笑)
PM:15:12
カランカラン♪
「いらっしゃい」
じゅらい亭。猫娘姿のフェリと人間の姿のシンベエが店内に入ると店の主人・じ
ゅらいが笑顔で迎えてくれた。
フェリがテーブルにつき、シンベエがカウンターにつく・・・と。
「おや?新しいお客さんですね。お名前は?」
新しいお客が入って来るのが好きなじゅらいがシンベエに問う。フェリが周囲を
見回すと、さすがにこの時間帯は人がいない。店主も暇だったのだろう。いつも
より少しだけ饒舌だ。
「なるほど、シンベエ殿はフェリさんの新しいお友達なんだね♪」
「友達・・・ですか。そうですね、そうなります」
一方、シンベエは相も変らぬ淡々とした無愛想さを発揮している。おおよそ彼
の皮肉な笑顔以外に表情らしきものをフェリはまだ見ていない。
「うん、いいねえ。友達が増えるのは良い事ですよ・・・あ、それじゃ拙者用がある
のでしばし転進するね♪フェリさん、シンベエさんまたっ!」
シンベエの言葉に頷いていたと思ったら急に店の奥に引っ込むじゅらい。フェ
リも「またにゃぁ♪」と手を振り、シンベエはただ少しだけ頷いた。
「・・・・・・・・・にゃ?」
「どうしたのフェリ?」
じゅらいが引っ込んだ事により更に静かになった店内でフェリが意味も無く疑
問符など浮かべてみると、シンベエが反応してしまった。
「にゃ、別になんでもないにゃぁ!暇だったから言ってみただけにゃ!ごめんに
ゃ!」
何気ない呟きにまで反応されフェリが大慌てで手をぶんぶん振る。シンベエは
「わかった」と頷いた。
またも静寂に店内が支配される・・・・・・と、不意にまたもフェリが声を出した。
今度は質問だ。
「シンベエはフェリと同じなのかにゃぁ?」
その問いにシンベエは手に持っていたマタタビ酒入りのコップを置いて質問で
返してきた。
「じゃあ、フェリは僕と同じなの?」
「にゃ?」
質問の意味がよく分からずにフェリが眉をひそめると、シンベエは淡々と続け
た。
「僕とフェリが゛同じ゛種族・・・そうワーキャットだとしよう。でも、僕は君じゃない。
君だって僕じゃない。種族が゛同じ゛でも皆違う。人間だってそうだろ?ワーキャ
ットだって、色んな種族のワーキャットがいるかもしれない。誰もが゛同じ゛じゃな
いんだ。皆が゛違う゛のが自然なんだよ」
「にゃ、にゃぁ???」
シンベエの言う意味がよく分からず必死で考えるフェリ。フェリはただ「人間み
たいな姿になれる」という事を指していたのだが、何だか難解な答えが返って来
てしまった。
「にゃ・・・にゃにゃにゃにゃにゃにゃぁぁぁぁぁっ!?」
考えているうちに混乱して頭をグシャグシャと掻きまくる。シンベエがふとその
光景に目を細めていたがフェリは気付かなかった。
「無理に理解しようとすると余計に理解出来ないよ。・・・・・・ゆっくり・・・ゆっくりと
でいいんだ。すぐに答えを出してしまう必要は無い。答えは一つではないし、いく
ら探しても見つからないかもしれない。かと思えば不意に見つかるかもしれない
んだ。だからゆっくり、あせらずに考えよう」
その言葉にフェリが顔を上げるといつのまにかシンベエが前に立っていた。目
を細め猫の時のあの分かりづらい苦笑を浮かべている。
「だから今は他の事を考えよう。そして余裕が出来たらまた今僕が言った事を考
えてくれればいい」
そう言い、手を差し出すシンベエ。ふとフェリは・・・唐突な事を考えてしまい、そ
んな事を考えた自分に驚いた。曰く、
「シンベエは淋しいんじゃないのかにゃぁ?」
「え?」
ついフェリはその「唐突な考え」を口に出してしまった。シンベエがほんの少し
だけ眉を動かす。怪訝な表情らしい。
「皆が違うもので、誰も自分と同じものがいなくて淋しいんじゃないのかにゃ?」
「!?」
初めて・・・フェリは知らないがシンベエ自身初めて・・・彼は゛驚き゛、そして゛悲
しく゛なった。何故か分からない、だが確かにフェリの言葉に自分は驚き動揺し、
そして悲しんでいる。
フェリが続ける。
「皆が全部違うんじゃつまらないにゃ。同じところばっかりだともっとつまらないけ
ど、少しだけ同じところがあるから一緒に楽しめるにゃ。シンベエの言ってる゛違
う゛も大事だけどフェリは゛同じ゛も大事だにゃ♪だからフェリはシンベエと゛同じ゛
な方がいいにゃぁ♪」
フェリがニコッと笑う。だけどシンベエには見えない。目から・・・初めて流れた
物・・・涙と呼ばれる物のせいだ。
だが、悲しいから泣いているのではない。嬉しいからだ。やっと自分は探して
いたものを見つけたのだから。
「シンベエとフェリは違うけどおんなじなんだにゃ♪・・・行こう」
先程とは逆にフェリが手を差し出す。シンベエは素直にそれを掴んだ。
じゅらい亭のドアが開け、フェリとシンベエの散歩は再開された。
空は晴れ渡り雲一つ無い。だが・・・・・・。
青いだけの空は何だか淋しそうだった。
後編に続く