「JINNさんを殺す気なんですか?」
シャルの言葉をこのはは聞き逃さなかった。
「仇を討とうとして何が悪い?」
このはに向き直るシャル。その二人を見つめるシアノとユリィ。
この場にいる者の視線が、このはとシャルの二人に向けられる。
ただじゅらいは、ますます怪しいオーラを発する店を見つめている。
「気を落さないでくださいよ、じゅらいさん」
「きっと元通りになりますよ」
悠之と時魚に慰められていた。
「やっぱり・・・」
風舞はじゅらい亭の遥か上の方を見ている。
「・・・JINNさんに責任とってもらいましょうね」
こぶしを握り締めている夜明の姿が見えていた。
「仇とは?」
矢神の問いかけにシャルはゆっくりと答える。
「ジンの仇よ!」
一同訳が分らなくなった。JINNがジンの仇。
まるで、幻希とゲンキが「どっちが『げんき』でしょう」と言っているようなものだ。
「とりあえずわかるようにお願いします」
花瓶を抱えたままのクレインは「?」を浮かべている。
「アイツが・・・・・ジンを・・・・・食ったんだ」
絞り出すようなシャルの言葉。うつむくシアノ。眼鏡の位置を直すユリィ。
シャルは続けた、ジンがいなくなった日の事を。ジンとシャルは幼なじみだった。
ユリィもそうだったが、彼女の場合は2歳離れたお姉さんみたいなものだったと言う。
そして回想シーンに入る・・・・・。
「おめでと、ジン」
「ん?なにが?」
並んで村外れの林道を歩くジンとシャル。
「だからぁ、結婚おめでとう」
「あ、その事ね」
「お〜い」
他人事のように言ったジンに乾いた笑しか出来なかった。
明後日にはジンとユリィは新婚さんである。
ジンは村のしきたりによって、その準備の為に山に入ろうと言うのである。
山の頂上にある”セサリの実”を採ってきて相手にプレゼントする。
結婚前には必ずやる儀式の為、至って簡単な事であった。
少なくとも、村一番の腕っ節のジンにとっては造作も無い事である。
「もぉ、この幸せ者ぉ」
言うが早いか、シャルは思いっきり鳩尾に肘を入れる。
下半身の力を腰にためて放った会心の肘撃ちであった。
そして少し先まで走っていく。
「ぐぇ、なにしやがる」
鳩尾に手を当てながら追いつこうとする。
くるりと振返るシャル。少し苦しそうな顔で追いかけて来るジン。
それが最後であった。
「こらぁ、待・・・・・」
言い終る前に大きな影がジンを掻っ攫って行った。
身動きできないシャルを尻目に影は木の間を走り抜けて行った。
「うそ・・・・・」
目で追ってもすぐに見失ってしまった。
「ジン!」
そして気付いた時には今まで目の前にいた人物の名前を叫んで走り出していた。
影の走って行った方向へ。
そしてしばらく走った後、不意に風が止んだ。
がりっ、がりがり、じゅるっ・・・・・
何かが砕かれる音と何かをすする音が聞こえる。
まさか、と思いつつゆっくりと歩いて行く。
「!?」
そのまさかが、目の前で起こっていた。
頭は後が長く伸びている。目も鼻も無く、ただ牙だけが生えている口がだけがある顔。
痩せ細ったような体は人間に似ている。違う所は細長い尻尾があるという事。
犬の足をグロテスクにしたような足がそこから生えている。
腕も細く普通の生き物とは違うもの。指には鋭い爪。その体の色は深い闇のような黒。
その化け物がジンを食べていたのであった。
「ぁ・・・・・」
叫ぼうにも声にならない、泣こうにも涙が出ない。
その間も化け物の食事は続いていた。
どのくらい時間が経っただろうか。シャルは座り込んでいた。
その目の前にはジンを食い終えた化け物が立っている。
両者は見詰め合っていた。
恋人同士のそれではなく、狩人と追いつめられた獲物のそれである。
私も食べられてしまう、そう思った時化け物口が開いた。
「サスガニ2人ハ無理ダナ」
そう言った化け物は、先程のような異形のモノではなくなっていた。
その目の前の姿は少女のよく知っている人物だった。
「ジン・・・・・」
「ジン・・・・・”JIN”カ」
にやりと笑う”ジン”とは対照的に凍り付いた顔のシャル。
「ソウカ、”JINN”カ・・・・・ククク、コレハイイ・・・・・気ニ入ッタ」
目の前の少女を冷たく見下ろす。
「今から俺の名前はJINNだ」
その声はジンと変わらない。それだけに嫌だった。
「ぅわあああぁぁぁぁぁ」
あまりの嫌悪感にとうとうキレた。
零距離まで一気に詰める。掌で顎を打ち上げる為に。
ジン直伝の喧嘩殺法をJINNに叩き込む。
ごぅ
倒れたのはシャルの方であった。
突き上げた右手をJINNは右手で受け流し、力の流れを変えてやる。
そうしておいて腰を落し、脇の下に左肩から滑りこむ。
間髪入れずに左の肘撃がシャルの鳩尾を襲う。
それに連動してに腰を跳ね上げ、腕を引き落とし、地面に叩き落す。
「ぎゃん・・・・・・・・・・かはぁ」
苦しい、息が出来ない。足が立たない、立つ事さえ出来なかった。
私に出来る事は只寝転がってもがく事だけ。
「こりゃいい、こんな偏狭でなかなか良い物を手に入れたな」
JINNはそう言い残すと飛び去って行った。
一陣の風とともに悪夢は立ち去って行った。
ここでシャルの話は終る。
その後真っ先に口を開いたのはは矢神だった。
視線はユリィに向ける。視線を感じて取り合えず手を振り替えす。
「え〜と、シアノちゃんいくつかな?」
「今年で・・・・・18です」
矢神の問いに、うつむいたままぽつりと答えるシアノ。
「という事は、生きていたら今年でジンさんは26歳」
シアノの体がぴくりと動く。
「矢神さん、誰にも触れられたくない事があります」
時音の言葉を無視して矢神は続ける。
「それの2歳年上だから・・・・・」
ユリィの体がぴくりと動く。
「ユリィさんの年齢は・・・・・」
いつの間に回り込んだのか、ユリィが矢神の後ろに立っていた。
「誰にも触れられたくない事があります」
矢神が地顔(笑顔)で振り向く。ユリィも笑顔である。
矢神がたらりと汗をかく。ユリィは相も変わらず笑顔である。
笑顔勝負はユリィの勝ちのようだ。
それともう一つの反応が、
「女に手を出す奴はゆるさねぇ!」
そう言って幻希はシャルの手を握る。
「JINNを叩きのめすなら手を貸すぜ!」
「わかってもらえてうれしいよ」
ここに新たなる友情が芽生えた。
そして魔人達はというと、
「知らんかった・・・・・」
「ジンにそんな事があったなんて・・・・・ねぇ」
「不思議な奴だとは思ってたけど」
一番驚いていた。そして結論は、
「そのジンがあのジンなのか?」
「確かにジンの素手格闘は普通のモノじゃなかったけど」
「そうなのかしらねぇ」
JINNはジンらしいという事だった。
話が一息ついた後、陽滝に言い知れない不安が襲いかかってきた。
今まで吹いていた風が・・・・・消えた。
「風が・・・・・おびえてる」
背筋に寒気を感じる。何か嫌な事が起こりそうな予感がする。
「陽滝、どうした?」
顔色が変わった陽滝に、じゅらいが声を掛ける。
「ええ、なんでもないわ・・・」
そう言った陽滝のからだが薄れていく。
霧は出ていないし、風の力も使われていなかった。
「陽滝!」
じゅらいの叫びは届いたのだろうか。
「なんでもないわ」と言ったままで固まっていた。
そして消えていく。
何事も無かったように風が吹く。
「今ごろ吹いても遅いわよ」
目の前で大切な娘が消えたのに何も出来なかった。
アクリは未練がましく・・・・・。
「こんな事ならあの時にやっとくんだったわ」
恐ろしい事を言う。
「姉さん、この非常事態に何言ってんだ」
いつのまにか、20mmガトリングガンに持ち替えたフレイが銃口を不届き者に向ける。
「いやね、今の率直な気持ちをね・・・・・」
しれっと言うアクリ。
また胃が痛くなる。
「30人目」
後ろから声が聞こえた。ハスターである。
さっきの風は彼がおこしたものだった。
魔人達が振返る。
「その様子だと何か掴んだみたいだな」
フレイの問いに静かにうなずくハスター。
「陽滝は何処にいるんだ!」
食ってかかるじゅらいを無視して幻希の方を見る。
「ゴーレムの・・・・・」
幻希は何のことかわからなかった。
紅い閃光がハスターの言葉を続けさせなかったからだ。
シャルのマントに合わせ目が開く、紅い閃光が地面をえぐる。
紅く輝く全長3m以上の奇妙に捻じ曲がった刃、それが第一印象だった。
彼女の肘から先は本来の姿ではなく、その刃が生えていた。
その刃には特徴的な紋様が刻み込まれている。
見た事がある者、知識として知っている者、そして持っている者。
その者達にはこの刃の正体が理解できてしまった。
”狂える刃”邪神さえも殺す力を秘めた武具。
「そいつぁ”狂喜の魔導師”だな」
名前をぴたりと言い当てるギア。こう見えても武具にはうるさい方だ。
「これならどんな奴だって葬る事が出来る」
意気揚々と語るシャル。アイツを葬る為、犠牲を払って手に入れた刃。
「ここで遭ったが!」
シャルは縦続けに閃光を放つ。変幻自在の光がハスターを襲う。
ハスターは難なく躱し続ける。
「これ以上、起こさせない」
そう言い残してハスターは消えた。
「ジン・・・・・」
「お兄ちゃん・・・・・」
ユリィの、シアノの言葉は届かなかったのだろうか。
「くそっ!また逃げられた!」
悔しそうに叫ぶシャルを尻目に、幻希は考え続けていた。
ゴーレムだと?ゴーレム、ゴーレム、ゴーレム・・・・・!
「nocの居場所は知ってるか?」
じゅらい亭常連の一人、空間湾曲能力を持ったゴーレムの名前を挙げる。
幻希はそれが勝利の鍵だと確信した。
時間は少しさかのぼる。
「おやフェリさん、日向ぼっこですか」
「あ〜、nocさん〜、ここは温かいにゃ〜」
屋根の上で気持ちよさそうにごろ〜んとしているフェリシア使いをnocは見つけた。
にゃ〜んか忘れている事があったよ〜な・・・・・
あ゛〜・・・nocさんの後ろの、どっかで見た事あるにゃ〜
「研究所・・・・・」
後ろの人物は件のハスターだある。ただし、ここの2人は知る由も無い。
「わぁい、びっくりしたぁ」
突然の後ろからの声に驚いたnocは微妙な後退りをした。
「あぁ〜!女の子と居て消えて歩いていなくなった人にゃぁ!」
ふぇりの言っている事に間違いはないのだが、
「はぃ?」
うまく伝っていなかった。
「うにゃぁ〜、しかぁしっ」
大袈裟なまでの腕の振り上げ、そこからまっすぐにおろされる人差し指。
いつぞやの名探偵の事を思い出しながら叫んだ。
「犯人はお前にゃ!」
フェリは陶酔していた。ただし、誰が何の犯人かは知らなかった。
決まったにゃ、これ以上にゃいと言うぐらいに決まったにゃ。
これで犯人から事情が聞けるにゃ。正に名探偵にゃ。
「あのー、フェリさん?」
nocはすまなさそうにフェリを呼ぶ。
「今いいところにゃ」
フェリの陶酔は続く。今はでっかいタイトルが出た所だった。
「そんな事してる間に行っちゃいましたよ、さっきの人」
nocは通りの方を指し示した。ハスターは背中を見せていた。
「そんな、ひどいにゃ」
自己陶酔のスタッフロールを急遽中断してフェリは叫ぶ。
屋根から飛び降りて目標を確認する。
距離、前方5m。風、追い風そよそよ。目標、徒歩で移動中。いけるにゃっ!
魚屋から1匹拝借しようとする猫のように走り出し、一気に跳躍する。
このまま行けば直撃コースにゃ、そして目の前に迫る背中に跳びつくにゃ。
フェリはそう考えていた。が、現実は甘くはなかった。
不意にハスターが消える。
「それは反則にゃぁぁぁぁ」
悲しいドップラー効果を残しつつ、フェリはまだ飛んでいた。
ごんっ・・・・・
お約束通り人にぶつかって止るフェリ。
「だ、大丈夫ですか?」
nocが駆け寄る。運悪くフェリのフライングボディアタックを食らった人に。
フェリともつれて目がぐるぐるしているその顔に見覚えがある。
「焔帝さん?」
「あぃ」
名前を呼ばれて、焔帝は力なくてを挙げた。
さらに時間は少しさかのぼる。焔帝は悩んでいた。
目の前には見知らぬ人物がいる。
黙ってずっとこっちを見ている。
まさか気があるんだろうか、などとジュラハ的な考えも浮かんで来る。
「コロシアムに・・・・・」
そう言い残すと、その人物は歩き出した。
な、何だったんだ?いったい何が起こっててんだ?
焔帝は歩き去っていく人物の後ろ姿を見ていた。
人物は不意に立ち止まり、そして振返って一言言った。
「頼む、来てくれ」
そう言うと風に溶けていった。その人物とはいわずと知れたハスターである。
「はぃ?」
そうは言ってみたものの、何かわからないが胸騒ぎがした。
行かなければと言う感じがした。
「行くだけ行ってみるか」
そう言って焔帝は歩き出した。そしてある重大な異に気がついた。
「コロシアムって何処だろう?」
ちなみにこの街にはコロシアムと呼ばれるものはなかった。
その直後、フェリのフライングボディプレスを食らった訳である。
焔帝は助け起こされ、まだ目がグルグルしている。
「サンマ一匹で元気になるにゃ」
フェリのセリフに、なるかいっ、と心が叫ぶ。
「何か考えてたみたいですけど、私達でよかったら相談に乗りますよ。」
見てたんなら一言かけてくれ、と思いつつさっきの事を話した。
コロシアムに来いと言った人物の事を話すとnocも思い当たる事があった。
「その人なら、さっきまでここに居ましたよ」
そして、研究所と言い残して消えた事を話した。
「研究所とコロシアム、共通点は・・・・・」
3人は考え込んだ。1分後に”リラク蝶”を見つけたフェリは脱落する。
実質2人で考えた事になる。
焔帝は今までに研究所とコロシアムが一つの所にあった場所を思い出す。
nocは研究所とコロシアムから連想できる共通項を考える。
「・・・・・まさかね」
焔帝の頭に、浮かびたくも無い場所が浮かんできた。
「焔帝さん、何か思い当たる所が?」
nocは焔帝の顔を覗き込む。焔帝は苦しそうに答えた。
「過去に・・・コロシアムで・・・研究所な所は・・・」
「所は?」
詰まりながら答える。もし本当にそこなら、逃げ出したい気分だった。
「遺跡に見せかけたJINNのねぐら・・・・・」
2人に冷たい物が走る。そこには2人して嫌な思いがある。
実験台にされた、改造された、嫌な思いが。
行きたくはないけど行かなければならないらしい。
「その前に幻希も誘おう」
俺だけが嫌な思いしてたまるか、とばかりに焔帝は提案する。
勿論とばかりに即座にnocも賛成する。
2人の足はじゅらい亭に向いた。その足取りは重い。
その後に控えているJINNのねぐらの事を思うと。
何があるかわからない、何が残っているかわからないねぐらに。
この時2人は、死の宣告をしたあの青年を怨んだという。
「置いていったらやだにゃぁ〜」
フェリは2人に追いつこうと走ってついていった。
「ここは勿論、店主のじゅらいさんでしょう」
「いやいや、幻希殿こそ適任じゃないですか」
「何言ってやがる、矢神行け」
「こういう事は知り合いに任せます」
「え、わたし?やぁよ、あんな所に行くの」
「でも陽滝ちゃんのためですし、アクリさんどうぞ」
「そういう事ならフレイに頼みなさいよ」
「どう見ても火気厳禁だろうな」
「じゃぁ、クレインだったけ?貴彼が行きなさいよ!神様ついてるんだし」
「いや、誰も嫌がって出てこないんだが」
「愛があれば俺は行くぜ」
そう言ってクレインとじゅらいの肩に手を置いたギア。
そのギアはフレイの撤甲炸裂弾によって倒れた。
今日はジュラハザードが絶えない日である。
幻希の一言でこの惨事は始まった。
「nocの居場所は知ってるか?」
その問いに答えたのはじゅらいだ。
「確か冒険者登録してたから名簿見ればわかると思うよ」
「それなら早く見せろ」
ここで時間が止まる。登録者名簿はじゅらい亭の中だった。
「誰が取りに行くのでしょうか?」
風舞は変わり果てたじゅらい亭に目を向ける。
今やシンナーだけとは思えない、なんだか怪しい気配さえ漂っている。
静寂を破って矢神は静かに切り出した。
「ここは勿論、店主のじゅらいさんでしょう」
ギアが倒れた時、noc、フェリ、焔帝が到着した。
「な、何があったんだろう?」
「じゅらい亭がじゅらい亭じゃなくなってるにゃ」
「思いっきり嫌な予感がする」
これは地獄の光景かと思った3人であった。
目の前には禍々しい門が口を開けている。
「本当に、ここに陽滝は居るんだな」
既にじゅらいは戦闘態勢だ。陽滝を助け出す為に。
「俺や焔帝やnocの聞いた話を総合するとここしかない」
幻希も戦闘態勢に入っている。今度は負ける訳にはいかない。
「JINN殿の住処兼、研究所」
焔帝は元気がなかった。絶対にただで済みそうに無い。
「正にジンが居そうな所ね」
アクリは顔を顰める。ジンの性格を知っているから。
他の者も戦闘体制を取る。おそらくここが最終決戦の地だ。
JINNの縄張りだけに、場所的にかなり問題はあるが。
「さ、行きましょうか」
クレインがが先頭切って入る。場所が場所だけに余りにも無謀な・・・・・。
皆、普段とは打って変わって神妙な顔つきのように思える。
決意を決めて中に・・・・・、
「ふっみふみぃ、ここはJINNの研究所だよ♪勝手に入って死んでも知らないからねぇ♪」
入るのよそうかなと思うセリフが流れる。ここはそういう所だった。