召喚!じゅらい亭日記 −決戦編−

召喚! じゅらい亭日記 −決戦編−
投稿者> クレイン
投稿日> 04月15日(水)23時45分25秒



第二章 ― 敗北 ―





1.

「うわわわわわわわわわっ!?」
「ひぁぁぁぁぁぁあああっ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃいいいっ!?」

  亜空間の中に飛び込んだ「じゅらい亭戦闘部隊」の面々は、口々に悲鳴を上げていた。
そんな様子をクスクス笑いながら見ているクレイン。

「そんなに大声を出さなくてももうすぐ着きますって♪」

すっかりいつもの調子に戻っている。それにしても、初めて“次元移動”するのはなかな
かツラいものがあるらしい。クレインはさすがにもう慣れてしまっていたが(それから、
ゲンキ&幻希も結構平気そうにしていた)。

(そういえば俺が初めての時には、なんとなく目をつぶっている間に着いちゃったっけ
な…。)

そんな事を考えていると、亜空間の先に光が見えた。初めはまるで星のような小さな光点
だったが、あっというまにそれは目が眩むほどに大きくなってクレイン達を包み込む。

ヴュゥゥゥン!パリパリパリパリ…!!

  光と共にクレイン達が現れた所は、一年前にクレインが旅立ったあの公園だった。

「こ、ここは…!!そうか、お前はここしか分からないんだな、シヴァ。」
「そうです…。それではご主人様、くれぐれもお気を付け下さい。御堂はいまだにヴィ
シュヌを…。」
「分かってる、シヴァ。今はとりあえず帰っていいよ。」

シヴァの忠告に頷くと、クレインはシヴァを送還した。
  …ふと、周りを見るとじゅらい達がきょろきょろと辺りを見回していた。

「へぇぇぇぇ、ここがクレイン殿の生まれた“世界”でござるか…。」
「キレイな所ですねぇ…。」
「でも、意外と家が少ないですね?」

興味津々であちこちに視線を向けているじゅらい・焔帝・レジェ。その3人とは対照的に、
幻希&ゲンキは冷静にクレインに話しかけた。

「クレイン、ここは一体どの辺なんだ?」

クレインは不思議そうに答える。

「IZU-Areaの端、ITO-Cityさ。でもそんな事を聞いて分かるの、幻希??」

そのクレインの疑問に“ニヤッ”としながら答える幻希。

「ああ、俺の生まれた国もここ、日本だからな。言ってなかったか?」
「僕は、幻希に連れられて来た事があるんですよ♪」

……………。

『えええええええっ!?』

クレイン・じゅらい・焔帝・レジェの声がハモる。

「そうだったんですか、知らなかった…。幻希さんとクレインさんは同郷だったんです
ね!」

レジェが心底驚いた様に言う。じゅらいと焔帝も隣でコクコク頷いている。

「俺だって知りませんでしたよ…。」
「まぁ、クレインの話を聞いた時点で俺は気づいてたがな?あえて言う事じゃねぇと思っ
たから言わなかっただけさ。」

しれっとして言う幻希。そんな幻希の様子にクレインは苦笑する事しか出来なかった。と
その時、ゲンキが“ピコッ”と指を立てて…。

「クレインさん、そんな事は置いといて早く風舞さん達を助けに行きましょう♪」

そう言って、本題をみんなに思い出させる。めずらしい事もあるものだ。やはり次元が変
ると物理法則が……(笑)
  それはともかく、クレインに連れられて一行は公園の出口に向かって歩き出した。




  とりあえず、Tokyo-Cityに行かなければならない。恐らく、Moon Microの新本社も前
と同じ場所に有る事だろう。しかし、どうやって行こう?Route.135に出てからクレイン
が思案顔で考えていると、じゅらいが質問した。

「クレイン殿、Moon Micro社とやらは遠いんでござるか??」
「そうですね、かなり遠いです。ここから約100kmってところでしょう。」

と答えるクレイン。

「なんだ、それなら幻希さんかクレインさんが空を飛べる者を召喚すれば…。」

と意見を言う焔帝。しかしクレインと幻希はそろって首を振った。

「だめだぜ、焔帝。そんなもん使った日にゃぁ大騒ぎになっちまう。」
「そうですよ、焔帝さん。この世界では“術者”や“魔法”、もちろん“人でない者”な
んかの存在はかなりめずらしい…というか一般人は見た事すら無いというのが普通なんで
すよ。」

そう言うと、考え込むクレインと幻希。とりあえず、電車で行くか?しかし…とクレイ
ンはみんなを見回した。
  じゅらい・ゲンキは、ある程度普通の格好をしている。じゅらいはジーンズと白い長袖
シャツにエプロン(笑)、ゲンキはTシャツにジーンズだ。しかし、焔帝は銀の腹当てを身
につけているし、幻希は服装こそ普通だが馬鹿でかい聖剣“キー・アルパス”を腰にぶら
下げている。レジェにいたってはレザーアーマーに………モップの“クリーナ”と張りせ
んまで持っている(笑)。
こ、このメンバーで電車に乗ったら、どんなに目立つ事か!

「“シヴァ”では、彼が知っている所にしか転移できないし…。」

クレインがぶつぶつと考えていると、幻希が「ぽんっ」と手を打って言った。

「やっぱり、“レンタカー”じゃねぇか?」
「う〜ん、俺もそれしかないかなと思ってたところだよ。しょうがない、それで行く
かっ♪」

意見がまとまったところで、一行は街の方に向かって歩き出した。




ITO-Cityの市街でレンタカーを借りた一行は、Moon Micro本社に向かって走り出した。
幻希とクレイン(彼が運転手だ)を除くメンバーは、初めて乗る“自動車”にすっかりハ
シャいでいた。

「クレイン殿!これは何という乗り物でござるか?」
「“ぢどうしゃ”ですか…。で、動力は何で動いてるんです?」
「ふ〜ん、なかなか速いですねぇ!馬と競争したらどっちが勝つんでしょう?」

じゅらい亭のある世界は科学もなかなか発展しているのだが、なぜか“自動車”というも
のが無い(宇宙戦艦やMCBはあるのだが(笑))。いや、というよりは、“タイヤ”で走る
ものが無いのだ。彼等は、その微妙な旧式さ加減が非常に気に入ったらしい。

(それにしても……。なんて緊張感の無い(笑))

クレインは、これから御堂との決戦に向かっているところなのに、危うくその事を忘れそ
うになっている自分に驚いていた。他のメンバーも今度はクルマから見える景色の話なん
かをしている。どんなにピンチなときでも笑ってそれを乗り越えて行ける…。これだから
じゅらい亭の常連は止められないのだ。




…その頃。御堂はMoon Micro新本社の一角にある自分のオフィス(個室のようだ。出
世でもしたのだろうか??)でクレインが自分の所にやって来るのを待っていた。

「クレイン君……。もうすぐ再び君と会える。さぁ、私を楽しませてくれたまえよ…。
クックックック……。」

氷のような薄笑いを浮かべながら呟く御堂。側には相変わらず虚ろな目をしたヴィシュヌ
が佇んでいた…。





2.

「ここが“Moon Micro本社”ですか……!!」

彼等は天までそびえるようなビルの前に立っていた。じゅらい・焔帝・レジェの3人は
心底驚いた様子で呟いた。

「デカいですねぇ……。」
「そうでござるねぇ……。」

首が痛くなりそうなほど上を見上げる3人。その様子を見てクレイン・幻希・ゲンキは
「プッ(笑)」っと吹き出した。




1Fホールに入ると、土曜日だからか人はあまりいなかった。クレインが「さて、御堂
はどこにいるんだろう?」と考えていると、社内放送がガランとしたロビーに響き渡る。

《ようこそ、Moon Micro社へ。お久しぶりだね、クレイン君。そしてお仲間君達も。》

「御堂―――――!!」
「どこでござる、御堂殿!?」
「じゅ・じゅらいさん、これは放送ですよ♪」

御堂の声に過剰な反応をしめす6人。そこへ、まるであの冷たい薄笑いが見えてくるよ
うな話し方で、御堂の声が頭上から振ってくる。

《クレイン君、B4Fに来てくれたまえ。私はそこで待っている。早くした方が良いので
はないかね??お嬢さん達は……。クックック…。》

(ブツッ)

放送が切れた。まるで人を小馬鹿にしたような御堂の声を聞いて幻希が叫ぶ。

「くっそぉぉぉぉ!!なめやがって!行くぞ、みんな!!」
『おうっ!!』

切れやすい幻希はもちろん、他の者達も御堂の挑発にブチ切れて走り出す。目指すは御
堂のいるB4F!!




  6人は、走って階段を駆け降りた。エレベーターを待つ時間さえももどかしかったのだ。
【B4】というグリーンのランプが上に灯っているドアの前まで来ると、自動的に扉が開
く。どうやらセキュリティはカットしてあるようだ。

「ここか!」

さらにもう一つ扉をくぐると、そこは、四方を壁で囲まれたかなり大きな部屋だった。
広さは100m四方くらいだろうか?…おそらく召喚神達の力のテストに使われているの
だろう。そして…その部屋の向かい側の壁際に静かにたたずんでいる二人の人物。

「御堂………ヴィシュヌ!!」

「ようこそ、クレイン君。さぁ、“Calling”と“スターファイア”を渡してもらおう
か?」
「だれが渡すか!風舞さんと燈爽ちゃんを返せ!!」

激昂するクレイン。しかしそんなクレインの様子などまるで気にも留めていないように話
を続ける御堂。

「二人のお嬢さんを返して欲しくば、力ずくでくるんだね?まぁ君に私を倒せるとは思え
ないがね。君の“Calling”は昔のまま。Ver.2.5.1だ。それに対して私のはVer.3.0.1。
そして…。ハンドCOMPは君のそれよりも遥かに高性能の、『スターファイアMark.U』
だ。どちらが勝っているかは自ずと理解できる事だと思うが??」

自信たっぷりに言い放つ御堂のセリフにクレインは「ぐっ!」と言葉を詰まらせた。しか
し、その二人の間に幻希が割って入った。

「確かにクレインの“スターファイア”はあんたのヤツに劣るかもしれねぇ。だがな…。」
「こちらには私達がいますからねぇ♪」
「そういうことですよ♪勝負はまだ決まったわけではありません!」

“ぴょこっ”と幻希の前に飛び出して後を続けるゲンキとレジェ(その後しっかりゲンキ
は幻希から後頭部への鉄拳をもらっていた(笑))。さらにじゅらいと焔帝も前に進み出て
言った。

「そうでござるよ!貴殿こそこの6人に勝てると思ってるのでござるか!?」
「もしそうだとしたら甘々ですねぇ♪」

だが、御堂は変わらない冷笑を浮かべながら言った。

「君達はこの前まるで私に歯が立たなかったではないか?…まぁ良い。おしゃべりはこの
くらいにして………掛かって来るがいい!!」

御堂の挑発に呼応してクレイン達6人が同時に襲い掛かる。それに対して、御堂の静か
な召喚とともに現れる召喚神達。

その召喚とともに生ずる光の奔流が、激しい戦いの始まりの合図だった。





3.

  御堂の召喚に応じて現れた召喚神達は、皆一様に虚ろな目をしていた。“使役レベル
3”で召喚されている証だろう。クレインは歯噛みした。自分が今まで生死を共にして来
た仲間である召喚神達と戦わなければならない…!だがそんなクレインの気持ちも今の召
喚神達には届かない。そして――――。

戦いが始まった。

  じゅらいは、“トール”と対峙していた。二人とも巨大なハンマーを軽々と担ぎ上げて
構えている。かたやすべての物質を光粒子に変えてしまう“ゴルディオン・ハンマー”、
かたや神話の時代から語り継がれている、「どんなに遠くに投げてもかならずトールの所
に戻って来る魔法の鎚」、“雷神の鉄鎚・ミョルニル”。

「雷神トール…。相手にとって不足はないでござるな…。行くでござるよ!!」

じゅらいはトールに向かって疾走する。

「光になれぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!」

ガキーン!!

しかしトールは片手で持ったミョルニルで軽々とじゅらいの一撃を受け止めた。そして左
鉄拳をじゅらいの鳩尾に叩き込む!その一撃で壁まで吹っ飛ばされるじゅらい。口の端か
ら赤い血が滴り落ちる。その血をぬぐってじゅらいは立ち上がった。

「ぐ、ぐふぅ…。効いたでござるよ…。だが、まだまだでござる!」

じゅらいは再びゴルディオンハンマーを構えてトールに向かって走った。




  レジェは“シヴァ”と睨み合いを続けていた。シヴァ……。ヒンドゥーの神々の中で最
も恐れられ、且つ敬われる神。暴風神ルドラの二つ名を持つ破壊神。そして空間と次元を
自由に渡る力をも持ち合わせている。

「シヴァさん、先刻はこちらの世界に連れてきてもらってありがとうございました。」

しかしシヴァは虚ろな目をしてレジェを見据えている。

「…やっぱり完全に御堂に操られてるんですね。しかたない、燈爽を助ける為です!
貴方を倒します!!」

そう言うと、レジェは“クリーナ”を構える。シヴァはその4本の腕に一本ずつ、亜空間
から剣を取り出す。しかし、レジェはひるまずに攻撃を開始した!

「ATFD、転移!」

レジェがそう叫ぶと、レジェの身体は空間を渡ってシヴァの背後に出現する。

「もらったぁ!クリーナ惨斬撃!!」

振り下ろした“クリーナ”がシヴァの後頭部に直撃する!…が、まったく手応えが無い。

「え?」

と思った瞬間には既に遅かった。レジェが空間を渡った時にシヴァは残像を残して彼の出
現ポイントの少し後ろに転移していたのだ。

ドガァ!!

何とか“空間歪曲“で防御したものの、吹っ飛ばされるレジェ。

「くっ…!やはり手強い…!!こりゃぁ勝てないかな?」

と泣き言を言いつつも、レジェは再度シヴァに向かって行った。




  焔帝が相手にしていたのは“オーディン”だった。八脚の馬“スレイプニール”に跨り、
「一度その手を離れれば確実に敵に突き刺さる」という“グングニルの槍”を携えた、百
戦錬磨の“戦の神”。

「どう考えても俺には荷が勝ちすぎるんじゃぁ??」

額に一筋の汗を垂らしながらぼやく焔帝。

「だが、そんなことも言ってられないしなっ!行くぜっ、炎輝吼!!」

焔帝得意の炎の精霊術がオーディンに向かって襲い掛かる。 と同時に、焔帝は不可視
の剣“神狼刃”を手にオーディンに切りかかった!

ボシュッ!…キィン!!

しかし、オーディンは左手に構えた神剣で炎輝吼の炎を両断し、グングニルの槍で神狼刃
を受け止める。そのままの勢いで空中で一回転して着地する焔帝の頭上に、スレプニール
の八脚同時蹴りが容赦無く襲い掛かる!

「っあっぶねぇっ!」

焔帝は、間一髪横っ飛びに転がって危うく難を逃れる。しかし、地面を転がって立ち上がっ
た焔帝の頬から一筋の血が流れ落ちる。

「くっ!や・やはり一筋縄ではいかないようだな…!」

「チッ」っと舌打ちをすると、焔帝は再び精霊術を発動させた。




  ゲンキは、“ゼウス”と戦っていた。オリュンポスの神々の頂点に君臨する天空と嵐と
雷の神。“神の雷”とそれを繰り出す魔法の杖を持ち、その真の姿は“雷そのもの”であ
ると言われている。

「う〜ん、ゼウスさんと戦えるなんて僕もラッキーですねぇ♪ それでは…行きますよ♪」

そう言うと、ゲンキはまるでこれから喜劇でも始まるかの様に楽しそうにゼウスに飛び掛
かっていった。右、左と連続して掌打を繰り出すがすべてゼウスの杖に弾かれる。普通の
人間だったらゼウスの杖に触れただけでも感電してあの世行き確実のところだが、彼はさ
すがに“魔王”。平気な顔をして次々に打撃を繰り出していった。…そして、何回目かの
拳打がゼウスの顔面に向かって繰り出されたその時。

ガシッ!!

「へ??」

腕を掴まれて目を丸くするゲンキ。と同時にゼウスの“天雷”が彼を直撃する!

「ひああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!(バリバリバリバリッ)(滅)」

ゲンキは凄まじい電撃を黒焦げになって倒れた。……と思ったらもう復活していた(笑)

「酷いですよゼウスさん♪ まったく、死ぬかと思いましたよ♪」

“ピコッ”と人差し指を立てて言うゲンキにさらにゼウスの“天雷“が炸裂したのだった。




幻希は、一番の強敵を相手にしていた。その相手とは………ヴィシュヌ。ヒンドゥー神
話の最高神にして数々の“アヴァターラ(化身)”を持ち、状況に応じた様々な結界を駆
使する。尚且つ“チャクラ”という強力な光術を操る……召喚神中最強の“神”。しか
も……(これが一番幻希にとってはやっかいだ)“女の子”である。

「ちょ、ちょっとヴィシュヌちゃん止めろって!」

幻希の必死の説得にもかかわらず、虚ろな目をしたヴィシュヌの攻撃が止む事は無い。4
本の手に握られた“チャクラム(戦輪)”“棍棒”“法螺貝”“蓮花”(後ろの二つは役
に立つのか??)を用いた攻撃は苛烈を極めた。目にも止まらぬヴィシュヌの打撃をこれ
また目にも止まらぬスピードで躱す幻希。その打撃の合間にヴィシュヌの額から放たれる
“チャクラ“を滅火の楯でなんとか防ぐ。幻希は心の中で毒づいていた。

(なんで俺の相手はヴィシュヌちゃんなんだ……??)

幻希は、ちらっと周りのみんなを見る。

(あーあ、俺も相手が男なら良かったのに…!!)

心底羨ましそうにため息をつく。相手が男なら、こんな風に避けたりせずにボッコボコに
してやれるのに!!しかし幻希がそんな事を考えている間にもヴィシュヌの攻撃は間断無
く幻希に向かって繰り出されていく。

「ヴィシュヌちゃん!目を覚ますんだっ!!」

しかし、幻希の叫びはヴィシュヌの空虚な瞳の中に空しく吸い込まれて行くだけだった。




クレインは当然……御堂と相対していた。周りではすでに他の者達の激しい戦闘が始
まっていたのにもかかわらず、クレインと御堂は静かに…あまりにも静かに向き合って
いた。
…そして、御堂がゆっくりと話し出す。

「クレイン君、私に勝てるつもりでいるのかね?それはあまりにも無謀というものだよ。
もしかして、先ほどの私の話を理解していないのかね?」
「うるさい!“Calling“のバージョンが古かろうが、お前のハンドCOMPが”Mark.U“
だろうがそんな事は関係ないっ!!俺は、俺は…!」

そう叫ぶと、クレインは電光石火のスピードでホルスターから“スターファイア”を抜き
放つ。

「俺はお前を倒す!!」

二人の電脳召喚師達の戦いが今、始まった。





4.

『召喚!』

御堂とクレインが同時に召喚神を喚び出す。二人の持つ二つの“スターファイア”から召
喚神が現れ出る!

「アグニ.烈火神焔煉獄!!」
「ポセイドン.タイダル・ウェイブ。」

アグニの生み出す劫火は目標――御堂を一瞬にして灰にすべく襲い掛かる。しかし、ポセ
イドンは怒涛の大津波を発生させてその炎を打ち消した。相打ち―――! ならば!!

『召喚!』

「ベヒーモス.土碎竜!!」
「ジン.暴風撃。」

ベヒーモスが作り出した土竜が咆哮を上げて御堂に向かって突き進む。しかしジンの生み
出す風の弾丸が土竜を完膚なきまでに破壊した(う・恨むぞ、JINNさん…。でも別人?
なんだよな)。―――またも、相打ち。クレインは「まだまだっ!!」と再度召喚の体制
に入る。

『召喚!』

「ワルキューレ.神速九連鎗!!」
「フレイ.宝神剣斬舞。」

九人の戦巫女は、超高速の連続鎗撃を同時に御堂に向かって繰り出す。しかし、その前に
立ちはだかったフレイの操る“宝神剣”は、空中で変幻自在に動きそれらをすべて受け止
める。

…その後、何度か繰り返されたクレインの召喚神の攻撃も、全て御堂が喚び出した召喚神
(クレインのそれの対極に位置する、または同等以上の力を持っていた)の攻撃によって
打ち消されてしまった。




(どうして相打ちになるんだ…??)

クレインの召喚が止まる。そんなクレインの様子を見て、御堂は「クックック…」と笑い
ながら話しはじめた。

「クレイン君、『どうしてことごとく俺の召喚した者に対抗する者を召喚できるんだ??』
という顔をしているね。……教えてあげよう。君の持つ“スターファイア”から私の
“Mark.U”への移行、そして “Calling”のVer.3.0.1へのバージョンアップの二つが
生み出す相乗効果による処理速度の上昇率は200%(当社比)だ。つまり、君の召喚が
平均0.25秒で行われる所、私の召喚は0.125秒…。分かるかね、この差の持つ意
味が?」
「…………。」

沈黙するクレイン。御堂さらに話を続ける。

「“Calling”は神々の召喚というプロセスを成し遂げるための一端として呪文――すな
わち高速言語の音声再生を採用しているのは知っているね?その“呪文”はそれぞれ個々
の召喚神毎に決定されている。…もう分かったかね?私の“Mark.U”には、『召喚の
儀式から導き出される相手方の召喚神の対極に位置する召喚神を自動的に喚び出す機能』、
すなわちDigital Summoner Buster Ver.1.0.1がプラグインとして追加されているのだよ。
この機能は…クレイン君。君と戦うために特別に開発された機能なのだよ?光栄に思って
欲しいものだね、クックック…。」

そう言うと御堂はまた笑った。その冷笑は、御堂が己の勝利を確信している事を告げてい
た。




(そ・そんな…!という事は俺がどんな召喚神を喚び出しても御堂に毛ほどの傷も付ける
事は出来ないって言うのか!?…し・信じられない!!)

「そ、そんな話!信じられるかぁっ!!」

クレインはそう叫ぶと、今までで最大級の召喚を行うべく構えを取った!

「“スターファイア”!6リンクプロジェクターモードスタート!!」

クレインのその言葉に応じて“スターファイア”は淡い光を放ちながら空中に浮かぶ。
“スターファイア”の上下左右前後に配置された6つのプロジェクターの全てから放たれ
る光が、空中に立体積層型の魔法陣を描き始める。それは“電脳召喚師”たるクレインの
最大の秘技、“召喚乱舞”の構えだった。しかし、御堂はまったく動じずにそんなクレイ
ンの様子を見据えていた。

(この“召喚乱舞”は、俺が“Calling”と“スターファイア”、そして召喚神達の特性
を研究した結果を元にプログラムした特別製だ。…これを防ぐ事は出来ないはずだ!!)

しかし、今回に限っては一つの問題があった。“召喚乱舞”はある神話体系の神々を連
続して喚び出す事により、それらの召喚神達の生み出すフィールドの相乗効果によって個
々の召喚神の能力を飛躍的に高めるというもの。強力なフィールドを作り上げる為には当
然その神話の主神が喚び出されなければならない。

(ヴィシュヌ・シヴァ・ゼウス・オーディン・トールが御堂によって喚び出されている以
上、北欧神話の“ラグナロク”とヒンドゥーの“トリムールティ”、それからギリシャ神
話の“オリュンポス”は使えない。となると……。あれか!)

クレインは心を決めると“スターファイア”に向かって叫んだ。

「召喚乱舞! 八百万之神!!」

クレインの召喚と共に“スターファイア”から高速言語と化した祝詞が流れ出し、倭建
命(やまとたけるのみこと)・火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)・建御雷神(たけみ
かずちのかみ)・天照大御神(あまてらすおおみかみ)が現出する。
しかし、それとほぼ同時に御堂の“スターファイアMark.U”からも建速須佐之男命
(たけはやすさのおのみこと)・天之水分神(あまのみくまりのかみ)・月読命(つくよ
みのみこと)・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が現れていた。次の瞬間、二つの神の軍
団がクレインと御堂の間で激突する!!
ところが、倭建命の斬撃を建速須佐之男命は難なく受け流し、火之迦具土神の火炎は天
之水分神の生み出した水流によって消し去られ、建御雷神の生み出した雷撃は月読命の展
開した淡い色の結界の様なものに弾かれてしまう。そして天照大御神の発したレーザーの
様に凝縮された太陽光線は伊邪那岐命の持つ“八咫鏡”によって方向を変えさせられてし
まった。

――――その様をクレインは呆然と眺めていた。

(か・勝てない…!!)

その事実をクレインは痛いほど感じていた。このままでは勝てない。どうしたら…と考
えていると御堂がまたも「クックック…」と笑いながら話しはじめた。

「クレイン君。無駄な事は止めたまえ。君の“スターファイア”と“Calling Ver.2.5.1”
では決して私に勝つ事はできない。それから…君のお仲間君達も、ね。」

そう言って御堂はクレインの後ろを顎で示す。クレインがゆっくりとそちらを振り返る
と…!

じゅらい・レジェ・焔帝が血だらけになって倒れていた。そして、ゲンキは黒焦げになっ
ている。唯一幻希だけがいまだに戦っている。

「じゅらいさん!焔帝さん!レジェ!ゲンキさん!」
「これでは勝負にならんね、クレイン君。…君はやはりあの時に私に止めを刺しておくべ
きだったのだよ。そうすれば、こんなことにはならなかったはずなのだ…。」

そう言うと、御堂は一瞬――ほんの一瞬、寂しそうな顔をする。クレインはおよそ御堂の
顔に感情のようなものを見て取ったのはこの時が初めてだった。しかし御堂はすぐにまた
元のあの冷たい薄笑いを浮かべながらクレインに聞いた。

「とにかく…どうするね、クレイン君??」




  その問いに対してクレインは“ギリッ”と歯噛みをすると、幻希に向かって叫んだ。

「幻希!一時撤退だ!逃げるぞっ!!」

幻希はヴィシュヌの攻撃を避けながら叫び返した。

「なにぃっ!?そんなわけには…。」
「いいから!みんなを集めてくれ!」

クレインの声になにか必死なものを感じたのか、幻希はヴィシュヌの前から『神移』を使っ
て消えた。そして、一瞬の内にじゅらい・レジェ・焔帝・ゲンキを抱きかかえてドアの側
まで転移する。そして、クレインも高速移動の出来る召喚神、ヘルメスを喚び出す。

「なんだ、逃げるのかね?…そうすると、あのお嬢さん達がどうなってもいい、と??」

御堂の言葉に“ピクッ”と反応するクレイン。しかし、このままではどの道全滅だ。クレ
インは内心臍を噛みながらも言い返した。

「御堂!風舞さんと燈爽ちゃんに手を出したら…!お前を許さない!!」
「クレイン君。そういうセリフは立場が上の者が吐くものだよ。君は私の行動に対して何
の意見も言う事は出来ないはずだ。違うかね??」

クレインがその言葉に対してなにか言おうと口を開いたときに幻希の大声が聞こえた。

「お・重い…!早くしろぉ、クレイン!!」

クレインはヘルメスの肩に飛び乗りながら言った。

「御堂。もう一度言う。風舞さんと燈爽ちゃんには手を……出すな。」

そう言うと、クレインと幻希の姿はB4F実験場の中からかき消えた。




…後に残された御堂は、薄笑いを浮かべながら呟いていた。

「言われなくても手は…出さない。人質は無事であってこそ価値があるものだよ。ヴィ
シュヌ、そう思わないかね?クックック…。」

“使役レベル3“で喚び出されている答えるはずも無いヴィシュヌに向かって問い掛ける
御堂。…その時、ヴィシュヌの虚ろな瞳には深い悲しみが浮かんでいるように見えた。





5.

「くそっ!!」

ガッ!!

  クレインは壁に拳を叩き付けた。
…ここは、Moon Micro社から少し離れたとある公園の中。御堂との戦いは非常に短い
時間に感じられたが、実際にはかなり時間が経っていたのであろう。もう辺りははすっか
り夕闇に包まれていた。辛うじて夕焼けの名残が西の空に残り、霊峰Mt.FUJIの山影を
うっすらと浮かび上がらせている。

「クレイン…。」
「クレインさん…。」
「みんな……すみません。」

仲間達の気遣いが逆にクレインの心を苦しめる。御堂の“スターファイア”と“Calling”
の方が性能が良いのは最初から分かっていた。しかし、クレインには1年もの間向こう側
の次元で死線を乗り越えてきたという自信があった。

(研究室でコンピューターと向かい合ってきただけの奴等に負けるわけはない。)

しかし、その考えは甘かった。クレインの持つ“最強の電脳召喚師”という自負は御堂の
手によって粉々に打ち砕かれてしまったのである。

(それに…。風舞さん…。燈爽ちゃん…。)

そう。いまだに風舞と燈爽は御堂の手の中にある。狡猾な御堂の事だから人質を殺す事
はしないだろう。なぜなら人質は生きていてこそその真価を発揮するのだから。とはいえ
逆に考えれば、“命さえあればいい”とも言えない事は無いのである。

(もしかしたら…!!)

クレインはブンブンと頭を振った。このままここで悩んでいてもしょうがない。それに、
冷静に考えれば御堂とクレインの差は“Calling”のバージョンとそれが乗っている“ス
ターファイア”だけなのである。ならば―――!
  
  クレインは“グッ”と顔を上げると、みんなに向かって話し始めた。

「みんな、聞いてください。俺の予測が甘かった為に…考えが足りなかった為にこんな
ことになってしまって、本当にすみませんでした。」

クレインがそう言ってみんなに再度謝ると、ゲンキが相変わらずの微笑みを浮かべなが
ら答えた。

「なんだ、そんなこと全然気にする事ないですよ♪今回敵わなかったなら次回はもっと
がんばればすむことです♪それに、『考え無しで突っ込んで行くヤツ』はなにもクレイ
ンさんだけじゃ……(滅)」
「だれが『考え無しで突っ込んで行くヤツ』だっ!?」

最後に余計な事を言った為に幻希の滅火で灰になるゲンキ。そして、ゲンキの言葉の後
を幻希が続けた。

「クレイン。今は悩んでてもしょうがないぜ。前向きに考えないとな。そう、御堂のオッ
サンの“スターファイアMark.U”に勝てる方法があるのか?」

その疑問に、クレインが答える。

「今のままでは……勝てない。だから…だから、俺の“スターファイア”にも“Calling”
Ver.3.1.1を入れるのさ!」
「ハッキング…でござるか?」

クレインの召喚神(残念ながら…ヴィシュヌでは、ない)に傷を癒してもらってとりあ
えず元気になったじゅらいが尋ねる。

「そうです。しかし、一年前に俺がシステムに侵入したという過去があるので、恐らく
Moon Micro社のネットワークセキュリティはかなり強化されているでしょう。だから…」

ここまで言ってクレインは言葉を切った。

「だから?」

焔帝が先を促す。

「だから、“協力者”の所に行くんですっ♪」

そう言うと、クレインはニッコリ笑った。




その頃。御堂はMoon Micro本社の地下6Fのある部屋の前に立っていた。セキュリティ
チェックボードにパスワードを手際良く入力し、声紋照合と眼底色彩照合を受けると、
“プシッ”という音とともにドアが開いた。

「お嬢さん達…気分はどうかね?」

正面の壁際に後ろ手に手錠をかけられ、足も縛られたまま風舞と燈爽が横たわっていた。
御堂が入ってきたのに気づくと二人はそちらをチラッと見たが、すぐにまたプイッと壁の
方を向いた。

「おやおや…。君達はまだここに来てから一言も話してないのではないかね?まったく、
ずいぶんと嫌われたものだね…。クックック…。」

そう言うと、御堂はさもおかしそうに笑った(しかし、目は…笑っていなかった)。そん
な御堂の様子についに我慢の限界が来たのか風舞が振り向いて叫ぶ。

「マスターが…じゅらい亭のみんなが絶対助けに来てくれます!そして、その時貴方は必
ず彼等に倒されるでしょう!」

風舞の言葉に燈爽が続ける。

「あぅ、そうですぅ!レジェンド様達がきっと来てくれますぅ!!」

しかし、そんな風舞と燈爽の様子をじぃっと見ながら御堂は言った。

「彼等なら、さっきここに来たがね。」
『ええっ!?』

風舞と燈爽が驚愕の声を上げる。そ、そんな!?彼等が来たのにもかかわらず、御堂がこ
こに現れたという事は……ま、まさか!?

「…安心したまえ、彼等は死んではいない。まぁ、何人かは全身傷だらけの瀕死の状態
だったがね。」

…ホッ。

風舞と燈爽が同時に安堵の溜息を漏らす。そんな二人の様子を見て御堂は不敵な笑いをこ
ぼすと、ツカツカと二人の方へ歩み寄り、風舞の顎を“クイッ“っと持ち上げると自分の
方に向けさせた。風舞は顔を背けようとするが、手足の自由を奪われた状態では大した抵
抗も出来なかった。

「しかし、結局彼等は逃げ帰っていったよ。君達は…どうやら見捨てられたらしい。クッ
クック…。」
「そ、そんな事はありません!マスターは、私を…私達を見捨てたりしません!!」
「そうですぅ!じゅらい亭常連ズはそんなにヤワじゃないですぅ〜!!」

風舞と燈爽は必死で御堂の言葉を否定する。しかし、御堂は事実のみを冷たく言い放った。

「しかし、現に彼等は帰ってしまっているのだよ。君達を置いて…ね。」

沈黙する風舞と燈爽。そんな…そんな…!彼女達の視界はぼやけ、頭がくらくらしてくる。
終わりの無い悪い予想や考えが頭の中をぐるぐると回る。…そんな彼女達の様子を御堂は
さも楽しそうに眺めていた。

「まぁ、もしかしたら、またやって来るかもしれないがね。但し…何度来ても私に勝つ事
は出来ないが、ね。」

そう言い捨てると、御堂は「クックック…」と笑いながらドアから出て行った。


…部屋の中には、固く閉ざされたドアを呆然と見つめる風舞と燈爽が残された。





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