召喚!じゅらい亭日記 −決戦編−

召喚! じゅらい亭日記 −決戦編−
投稿者> クレイン
投稿日> 04月20日(月)00時09分24秒



第三章 ― 潜航 ―





1.

ここは、SHINJUKU-City。ありとあらゆる犯罪が集まる街。その街の一角――素人が
一歩踏み込めば生皮を剥がれて吊るされてしまうとも言われている“KABUKI-St.”に一
台のタクシーがハザードを出しながら止まる。その中から降りてきた6人の男達…。クレ
イン・じゅらい・焔帝・レジェ・幻希・ゲンキ。彼等がタクシーから降りた時、外には鉛
臭い冷たい雨が振っていた。

「雨、か…。」

上を見上げると、垂直に切り取られた小さな空の色は曇よりとした暗灰色だった。

「行きますよ…。」

そう言うと、まるで今にも壊れて倒れてしまいそうな古びた建物にクレインは入っていっ
た。他の5人も慌てて後について行く。

「すごいですね…。」
「うぅっ、汚いですねぇ…。」

口々に不平を言い立てる仲間達。確かに建物の中は凄かった。床にはそこらじゅうにゴ
ミとジャンクの山が築かれ、その周りをネズミが走り回っている。壁は錆で赤茶けた色に
染まっていた。さらに、天井・壁・床を問わず様々な種類のコードが縦横無尽に走ってい
る。通路の隅にはなんだか分けの分からないボロのようなものを着込んだ男がうずくまっ
ている。…しかしクレインは周りの様子に目もくれずに、また他の仲間の言葉にも耳を貸
さずに古びた段を上に上がっていった。

カンカンカンカン…。

クレイン達が階段をゆっくりと上がる音が建物の中に響き渡る。

「この階段、崩れないでしょうね…?」
「さぁ?でも、いかにもヤバそうでござるな…。」
「それにしても、いったいどこまであがるんだ?」

幻希がそう呟いた時、クレインが階段からフロアに続くドアを開けた。一階と似たような
様子の通路を通りぬけ、クレインは突き当たりのドアの前で立ち止まった。

「着きましたよ。」

クレインがそのドアを開けると、まるで中でドライアイスでも焚いているような煙が流
れ出した。クレインはその煙の中へ“スッ”と消えて行く。じゅらい・焔帝・レジェ・幻
希・ゲンキの5人は顔を見合わせると、その後に続いた。




中は“いかにも”という感じの部屋だった。それほど広くも無い部屋に所狭しと様々な
タイプのコンピューターが並べられ、その半分近くは埃をかぶっている。天井から何個も
ディスプレイが釣り下げられている。ディスプレイには色々なネットワークマップやなん
だか分けの分からない画像や映像が表示されていた。
その部屋の一番奥に、“その男“は座っていた。短く切りつめた金髪に小麦色の肌、し
わくちゃのタンクトップにジーンズといういでたち。”その男“はゆっくりと椅子を回転
させて振り返ると、”ギロッ”とクレインを睨み付けて話し出した。

「What are little boys made of?(ボウズはいったい何で出来てるんだ?)」

その質問(?)に対し、クレインは「フッ」と笑いながら答えた。

「Frogs and snails and puppy-dogs' tails.(カエルとカタツムリ、それから小犬のシッポ
さ)」

クレインがそう言った途端、“男”の緊張が解ける。と同時にあたりに立ち込めていた重
苦しい雰囲気が軽くなる。

『プッ!』

と吹き出すクレインと男。他の5人は呆気に取られていた。

「Yo、くれいん!ヒサシブリジャナイカ、ナニヤッテタンダ??」
「お前もな、キル!相変わらずこの小汚い“ジャンク−パレス”にいたんだな!元気だっ
たか?しっかし、どうでもいいけど合い言葉くらい変えろよな、不用心だぜ!?」

クレインがそう言うと、キルは人差し指を「チッチッチ」と左右に振りながら答えた。

「ナニイッテルンダ、くれいん!ココノせきゅりてぃハぱーふぇくとダゼ?キタノガオマ
エジャナカッタラ、ココノヘタドリツクマエニ…コレサ! 」

“キル”はクレインの頭を人差し指で指して“Bang!”とやってみせた。その後、笑いな
がらバンバンと背中を叩きあって挨拶するクレインと“キル”。仲間達はその様子をぼ
けーっと眺めている事しか出来なかった。

「そうだ、キル!紹介するぜ。俺の今の仲間達だ。右からゲンキ・焔帝・じゅらい・レ
ジェ・幻希だ。」
「Oh!オレハ“きる”。ヨロシクナ!!」

そう言ってキルは右手をひらひらさせる。まだ呆気に取られたままの仲間達は口々に「あ
あ…」とか「よ・よろしく…」とか言っていた。そんなキルと仲間達のやり取りを「クッ
クック♪」と笑いながら眺めていたクレインだったが、急にまじめな顔になって話を始め
た。

「なぁ、キル。お前の力を借りたいんだ。」
「くれいん、オマエガココニチョクセツクルトキハ、イツモ“ヤッカイゴト”ヲモッテ
クルトキダカラナ。ワカッテタゼ?…ハナセヨ、くれいん。」

キルはそう言ってクレインに先を促す。クレインは頷くと、話を進めた。

「実は…。」




(………………………………………………。)

「フーン…?」
「そういうワケなんだ、キル。だから、俺とお前で協力してMoon Micro社のメイン
データベースにハッキングして…。」

  クレインがそこまで言うとキルはクレインの話を遮った。

「ダメダナ。ソンナホウホウデハ“Moon Micro”ノ“ネット”ニハイリコムコトハデキ
ネェ。」

そう言うとキルはまたもひらひらと右手を振った。

「ほう?自称、“世界最高のハッカー”キル様にも出来ない事が…ある、と??」

とクレインはさも驚いたように言った。いや、ポーズだけでは無く実際に驚いていたのだ
ろう。キルが入り込めなかったネットワークの話など今までに聞いた事は無かった。そん
なクレインの様子をニヤニヤと眺めながらキルは話を続けた。

「イチネンマエノアノ“バクハツ”カラ、Moon Microノせきゅりてぃれべるハチョット
オカシイクライニアガッテルンダゼ?ソンナ“フツウ”ノホウホウデハ…ダメダナ。」
「と言うことは…“アレ”か?キル??」
「ソウ。“あれ”サ。」

その答えを聞いて、クレインは「フゥッ」っと溜息を吐いた(しかし、唯一クレインの顔
が見える位置に立っていた焔帝には、その時クレインが笑っているように見えた)。

「そうか…。出来れば二度とやりたくはなかったがな。お前がそれしかないって言うん
だったら本当にそれだけなんだろう。どうせお前の事だから“Moon Micro”にもハッキン
グした事があるんだろ?」

”ニヤッ”と笑って尋ねるクレイン。「マーナ。」と答えてキルも”ニヤッ”と笑った。




そこまで話した所で、待ちぼうけを食わされていた仲間達が痺れを切らして一斉に質問
して来た。

「だぁぁぁぁぁぁぁああああっ!クレイン!わっかんねぇぞっ!!」
「クレインさん、私達にも分かるように説明してくださいよ?」
「そうですよ♪ “アレ”って一体なんなんです??」
「クレインさん、勿体つけるのはよくないですよっ!」
「クレイン殿、ちゃんと話すでござるよ?」

そんな5人の同時質問攻めにあってオタオタするクレイン。

「わぁぁぁぁぁ、わかった、わかりましたよっ。 “アレ”というのはですね…。」

さらに勿体つけるクレインの言葉に固唾を飲んで聞き入る仲間達。

「それは…」

ゴクリ。

「電脳世界潜行(デジタル・ダイブ)ですよっ♪」





2.

『でじたる・だいぶぅ!?』

  5人の声がハモる。クレインはまたも“ニヤッ”と笑いながら先を続けた。

「そう、“電脳世界潜航(デジタル・ダイブ)”ですっ♪」
「で、その“デジタル・ダイブ”ってのは…まさか??」
「その“まさか”ですよ♪自分そのものをデータに変換して電脳世界(デジタル・スペー
ス)	…つまりコンピュータネット内に送り込むんです。それによって、現実世界(リアル
スペース)とまったく同じように見て・聞いて・触って・…まぁ電脳世界の様子を五感
で感じる事が出来るようになるわけですっ♪」

クレインはさも楽しそうに“電脳世界潜航(デジタル・ダイブ)”について説明していた。
彼は本当にこういう事が好きなんだろう。一年前よりもさらに危機的状況に陥っていると
いうのに、クレインは本当に生き生きとしている様に見えた。

「キル、【ダイブ・マスター】は前と同じ部屋か?」
「アア。くれいんガココニヨクキテタコロヨリ、スコシばーじょんあっぷシテルケドナ。
ソレカラ、カズモフエテルゼ。オマエラゼンインガノレソウダ。」
「そうか。みんな、口で説明するより実物を見た方が分かり易いと思いますので、行って
みましょうっ♪

  一通り概要を話し終えると、クレインは【ダイブ・マスター】――つまり“電脳世界潜航
(デジタル・ダイブ)”する為の装置がある部屋へ仲間達を案内した。




「ここですっ♪」

“プシュー”という音とともにまたも白い煙が流れ出る。皆が部屋に入ると自動的にド
アが閉まった。その部屋の中には、6台の【ダイブ・マスター】が置かれていた。
【ダイブ・マスター】は、幅1.5m、奥行きと高さが2mぐらいで、戦闘機のコック
ピットの様な座席の周りにはそれを取り囲むようにしてプレートが覆い被さっている、と
いった物だった。部屋の中にはまるで大蛇の様な極太のケーブルが床を縦横無尽に走り回
り、【ダイブ・マスター】の下部に接続されていた。側には数台の端末も置かれていた。
これらはデジタル・ダイブした者達をサポートする為のコンピューターで、“ナビゲー
ター”と呼ばれているものだった。

「…す・すごいでござる!♪」
「ほぇぇぇぇぇぇ、これが【ダイブ・マスター】…!」

仲間達の感嘆の声になぜか得意そうなクレインとキル。

「ソウ。コイツガ【だいぶ・ますたー】。オマエラヲくーるナ“でじたる・すぺーす”ヘ
トツレテッテクレル、トビキリノ“オモチャ”サ♪」

「こいつのコックピットに座ると、まわりのプレートの様な物の内側にあるセンサーが搭
乗者の状態をすべてトレースして、電脳変換(デジタライズ)…つまり情報化してデジタ
ル・スペースに送り込んでくれます。逆に、デジタル・スペースの情報をリアル・スペー
スのそれに変換して搭乗者に直接体感させるわけです。」

【ダイブ・マスター】についての説明に「フンフン♪」と聞き入る仲間達。クレインはさ
らに先を続けた。

「それによって、デジタル・スペース内でかなりの自由度を持って動く事ができます。普
通のハッキングでは出来ないような過激な事もコイツなら…可能ですっ♪」

クレインは【ダイブ・マスター】に“ポンッ”と手を置く。
  しかし、その後突然真剣な表情になって言った。

「但し、一つ注意点があります。コイツには致命的な欠陥…がありまして、もし万一“デ
ジタライズ”されて送り込まれたデジタル・スペース内での自分が“デリート”されるよ
うな事があると…」
「コレ、サ。」

キルが首の前で立てた親指を横一文字に切って見せる。

「そうです。それぞれのスペースの情報をリアルタイムに変換している為、デジタル・ス
ペース内の自分の分身がデリートされると、“フィードバック”によって搭乗者は……死
にます。」

ゴクッ。

みんな、クレインとキルの話に驚きを隠せない。額に一筋汗を垂らしながらゲンキが質問
した。

「それは…イヤですねぇ。 …じゃぁ、もちろんケガなんかしても…??」
「アア。ユビイッポンデモウシナッタラ、りある・すぺーすのオマエラノホンタイノユビ
モ、あうとダ。」

キルが真剣な表情で答える。その話を聞いて、レジェが「ブルッ」と震える。しかし、
ちょっとビビリが入っているみんなに向かってクレインが安心させるように言った。

「だいじょうぶですよっ♪ケガくらいなら戻ってきてから俺が治せば済みますっ♪ただし、
“デリート”されてしまった時はどうしようもありませんけど、ね。」

「…おい、クレイン。ほんと〜に注意点は一つだけんなだろうな?」

幻希がジト目でクレインを見ながら言う。周りを見ると、他のメンバーも心配そうにク
レインの方を見ていた。クレインは手をぶんぶか振りながら答えた。

「い、いやだなぁ、他にはありませんよっ。ただ…」
『ただ??』
「“魔法”“呪法”“召喚”その他諸々のリアル・スペースで使える能力は当然ダメ、で
すけどねっ♪」

ガクッとこける仲間達。みんな揃ってプルプル震えながら顔を上げると……!

『それが“注意点”でなくてなんなんだぁぁぁぁああああ!!!』
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

幻希・じゅらい・焔帝・レジェにタコ殴りにされるクレイン。その脇でゲンキはのんびり
とどこからか取り出したお茶を飲んでたりする(笑)




――――数分後。

  ボロボロになりながらも何とか召喚神に回復をかけてもらったクレインは話を再開した。

「つ、つまりデジタル・スペース上では頼れるのは自分の体術だけです。後は…これです
ね。」

クレインが“ナビゲーター”のキーを素早くタイプすると、幾つかの画像が画面に表示さ
れる。

「これは……武器、でござるか?」

じゅらいの言葉に頷くクレイン。じゅらいの言う通り、画面には武器のグラフィックが一
覧になって表示されていた。

「デジタル・スペースでセキュリティや他のプログラムと戦う時に役立ってくれます。そ
れから他にもこんなものがありますよっ♪」

クレインはまたキーをタイプした。すると、今度は鎧・楯などの防具の一覧が表示される。
だが、武器にしても防具にしても、まるでRPGに出て来るようなデザインの物ばかりだ。

「ク、クレインさん、こんな武器や防具が役に立つんですか?」

レジェが苦笑しながら質問すると、クレインはにっこり笑って答えた。

「これらの武器・防具――“ウェポン”と“ガード”――は同じ理論から端を発していま
す。デジタル・スペース内に存在するものはすべてデータ…つまり数値の集まりです。そ
れを消去すれば倒せるし、逆に言えば消されなければ…倒されないわけです。」
「…というと?」
「“ウェポン”は【消去プログラム】の集合体です。それが触れたものをすべて消去する
事によって武器としての役割を果たします。それに対し、“ガード”は非常に複雑なロ
ジックを狭い領域に集中して作りあげた【数式プログラム】の集合体です。デジタル・ス
ペース上の俺達を消去する為には、膨大な圧縮データである“ガード”を突き破ってから
じゃないとダメなわけです。」
「わかるようなわかんないような……??」

頭を捻る焔帝。その様子を見てキルが「HaHaHa♪」と笑いながら言った。

「Hey!ツマリ、オレタチガツクッタ“うぇぽん”ト“がーど”ガアレバ、でじたる・
すぺーすデハ“ムテキ”ッテコトナノサ。アンシンシロヨ、Baby♪」

ちょっとムッとしたような表情をする焔帝を、レジェが「まぁまぁ」となだめながら言っ
た。

「つまり、“デジタル・スペース”の中では体術と、その“ウェポン”と“ガード”を
使って戦え、ということなんですね?」
「ソウ。サラニオレガ“なびげーたー”トシテさぽーとニツクゼ♪」

キルは親指を立てて“ニヤッ”とする。クレインはそんなキルを見ながら「変わらない
なぁ、コイツも…(笑)」とか考えていた。




「では、そろそろ行きますかっ♪」

  説明も終って、クレインがみんなに声をかける。

『おうっ♪』

元気に答える仲間達。クレインは全員を【ダイブ・マスター】のコックピットに座らせる
と、自分も最後に残った一台のコックピットに収まった。そして、“ナビゲーター”の前
のシートの背もたれに豪快に寄りかかっているキルに向かって言った。

「キル、サポートを頼む。」
「OK,くれいん。くーるニイコウゼ♪」

キルの言葉に頷くと、クレインはまずグッと親指を立てて、それから敬礼をした。

「行きますよ、みなさん!…“デジタライズ”、スタート!」

クレインの声に応じてキルがリターンキーをHITする。


【ダイブ・マスター】が動き出した。





3.

ウィィィィィィィ…ン。

軽い音を立てて【ダイブ・マスター】のコクピットの周りに取り囲むように配置されて
いるプレートが動き出す。そして、正面のプレート――良く見ると、ディスプレイの様な
ものが埋め込まれている――が顔の正面に迫って来る。

「ク・クレインさん、これは一体…??」
「だ、だいじょぶなんでしょうね?痛くないですか??」
「ダイジョブですってば。みんな、動かないでくださいねっ♪」

クレインはみんなの心配そうな声に可笑しさを覚えながらも、そんな心配を一蹴する様な
明るい口調で言った。それもそうだ、こんなので心配していたらデジタル・スペースで起
こる事はどうなるんだろう?それこそ身が持たないと言うものだ。
  
  そうこうしている間に、最初のプレートがそれぞれの顔に装着された。

ペ…タ。

『うぅっ!?』

初めて装着する“デジタライズ・プレート”の間隔に、顔をしかめる“ダイバー”達。お
そらくかなり気持ち悪い事だろう。なぜなら“プレート”の裏は全面がゲル状になってい
るのだから。それによって、装着者の体表面に刺激をあたえたり、逆に装着者の状態の変
化を微弱な電流としてキャッチすることが出来るのだ。そのなんとも言えない感覚に、た
まらず焔帝がグチをこぼす。

「な、なんかとっても気持ち悪いんですけど…。」
「気にしない気にしないっ♪すぐ慣れますって。それよりこれで“視覚変換(サイト・デ
ジタライズ)“が終わりましたので、次は”聴覚変換(ヒアリング・デジタライズ)“で
すよ。」
「ええぇっ!?こ、これと同じ物が耳にも着くんですか??僕はくすぐったがり屋なんで
すけど…。」

ゲンキまで泣き言を言い始める。しかし、そんなダイバー達にキルの容赦無いオペレー
ションの声が響く。

「OK!ツギハ“ひありんぐ・でじたらいず”ダゼ♪Here we go!!」

ウィィィィィィィィ…ン。

ペ…タ。

「ひぁぁぁぁぁぁぁああああっ!?く、くすぐったいっ!!」
「うるさいぞ、部下G!!」
「両方ともうるさいってば。どんどん行きますよ、次は“嗅覚変換(スメル・デジタライ
ズ)ですっ♪」

ウィィィィィィィィ…ン。

ペ…タ。

『うひゃぁぁぁぁあああああ!?』




――――そして、一分後。

“味覚変換(テイスト・デジタライズ)”と“触覚変換(タッチ・デジタライズ)”を
終えると、体中をプレートに覆われた状態になってしまった“ダイバー”達はもはや文句
も言う事が出来ない状態だった。まだ【ダイブ】そのものがスタートしていないので、ま
るで五感すべてが奪われた様になっていたからだ。
キルは“ナビゲーター”に表示されているそれぞれの【ダイブ・マスター】のステータ
スを確認していた。どうやら、オール・グリーンらしい。キルは”ニヤッ”と笑うと、聞
こえるはずも無いクレイン達に向かってか、はたまた自分に向かってか……とにかく、
【ダイブ】の始まりを楽しそうに宣言した。

「HoHoHo!ソレジャイクゼ、Babys?…【だいぶ】、すたーと!!」

そう言うと、踊るような手つきでリターンキーをHITした。




  …クレインは、郷愁にも似た懐かしい感じに襲われていた。

(ああ、またこの“場所”に戻って来たんだな…。)

そんな事を考えている間に、段々とクレインに五感が戻って来る(だが、まだ目は閉じた
ままだ)。それと同時に、まるで飛んでいるような感触が彼の触覚に感じられて来た。

ドキュゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウウウウウン!!

パリ・パリパリパリパリ…。

大音響とともに、足が地についている感覚が感じられ、空を飛んでいるような感覚が無
くなる。どうやらたどり着いたようだ。彼の広大な“遊び場”、“電脳世界(デジタル・
スペース)”に。
クレインはゆ…っくりと目を開けた。ワイヤーフレームの大地がかなり広い範囲にわ
たって目の前に続いている。そして、上空にも同じようなワイヤーフレームの大地がいく
つもいくつも浮かんでいた。まわりを見渡すと、じゅらい・焔帝・レジェ・幻希・ゲンキ
の5人もすでに【ダイブ】を終えてクレインのそばにいた。

「ここが、“電脳世界(デジタル・スペース)“…。」
「めっちゃめちゃ広いですねぇ…。」
「なんか、地面が緑色のマス目で区切られてますよ?」
「でもよ、なんとも殺風景な景色だな。周りに何にもねぇぜ?」

口々にデジタル・スペースの感想を述べる仲間達。しかし、幻希のセリフにクレインが
ツッコミを入れる。

「それは、“見ようとしない”から見えないんだよ。コンピュータを普通に使ってる時
だって、何のウィンドウも開かなかったら画面にはなにもないだろ?まぁアイコンとかな
らちょっとはあるけどな。…なにか表示させてみましょうか?」

周りを見回すと、みんな「コクコク♪」と頷いていた。クレインはそれを見て“ニコッ”
と微笑むと、静かに言った。

「Call. Menu Window , "Utilities".」

“ヴュン!”と音を立てて一瞬にして頭上にウィンドウが表示される。ウィンドウの中に
は色々なアイコンが整然と並んでいた。クレインはウィンドウを指差しながら説明を続け
た。

「ただ、これらのアイコンで出来る事はすべて“Call”の後に続けて入力する“命令(コ
マンド)”で出来る事ばっかりなので、俺はめったに使いません。まぁコンピュータで言
うと、『コマンドライン』と 『GUI』みたいなもんですね♪」




  クレインがそこまで言ったところで、キルの声が頭上から響いた。

「Hey、Everybody! イツマデムダバナシシテルンダ?“うぇぽん”ト“がーど”ヲオク
ルカラ、サッサト“Moon Micro”ニムカイナ!」

クレインが苦笑しながら「Call. Set Display.」と言うと、頭上にウィンドウが開きキルの
顔がアップで映し出される。

「OK、キル。ちょっと待ってくれないか?今みんなにリストから“ウェポン”と“ガー
ド”を選んでもらうから。」
「ハヤクシテクレヨ。コッチハタイクツナンダゼ?」

クレインは笑いながら「OK♪」と言うと、「Call. Menu Window "Weapon" and "Gird"」
と言って“ウェポン”と“ガード”の一覧を呼び出した。かなり大きなウィンドウの中に
さっきも見た様々な武器と防具が表示されている。

「基本的には、グラフィックが違うだけで全て性能は同じです。だから、“武器”と“盾”
と“鎧”を適当に選んでくださ…い??」

クレインがそう言いかけたときには、すでに5人はウィンドウの前に殺到して、ワイワイ
と話しながら自分の“ウェポン”と“ガード”を選んでいた。「あーでもない、こーでも
ない」と話している仲間達を見ながら、クレインは呟いた。

「ふぅ。今回の【ダイブ】は楽しくなりそーだ♪」





4.

「焔帝さんが“Sword TYPE-B”、ゲンキさんが“Rod TYPE-C”、幻希が“Katana 
TYPE-F”でじゅらいさんが“Hammer TYPE-A”…っと。」

  クレインは仲間達が選んだ“ウェポン”をチェックしていた。ん?なんか一人足りない
ような…??

「レジェは?選んでないの??」
「だって…。モップもハリセンも無いんですよ〜。」

と泣きそうな声で答えるレジェ。すかさずじゅらいがツッコミを入れる。

「レジェっち、“モップ”や“ハリセン”は無理でござるよ。あきらめて、なんか普通の
武器を選んだ方が良いのでは?」
「しょうがないですね…。じゃぁ“Sword TYPE-D”でお願いします。」

仕方なさそうに言うレジェ。クレインは頷くと、ウィンドウの中のキルにに向かって言っ
た。

「キル、聞いた通りだ。みんなに送ってやってくれないか?それから、俺は“いつもの
ヤツ”で頼む。」
「OK、くれいん。ジャァ…イクゼ? “Send”、すたーと!」

キルがそう宣言したとたん、ダイバー達の手の中にワイヤーフレームが現れ始める。それ
はすぐさま“ウェポン”の形へと変化して行く。ワイヤーフレームの形が整うと、次はテ
クスチャが張り付き始める。完全な状態になるのにほんの1秒程度という時間だっ
た。

「こ、これが“ウェポン”ですかぁ…。」
「なんか、登場シーンがとてもいいですねぇ♪」
「さて、それじゃ次は“ガード”ですねっ♪さっき言ってたヤツでいいですか?…OK、
それじゃ送ってくれ、キル。」

キルが“ナビゲーター”のキーを素早くタイプすると、今度はダイバー達の身体にワイ
ヤーフレームが張り付き始める。それはあっという間に“鎧”へと変貌を遂げた。“鎧”
が終ると“楯”が現れた。

「さて、これで戦闘準備はOKですねっ♪…なにか質問はあります?」
「クレインさん、どうやってMoon Micro社に行くんですか??」

レジェが素朴な疑問を口にした。クレインが口を開きかけると、キルが横から割り込んで
答えた。

「“ねっと”ヲトオシテ、Moon Microニオマエラノでーたヲ“テンソウ”スルノサ。タダ
シ、“げーと”マデダゼ?ソコカラオマエラノ“ばとる”ガハジマルノサ♪」
「そうか!ということは、もうすぐ見た事も無いような敵と戦えるんだな?う〜ん、腕が
なるぜっ!!」

幻希は質問とは全然関係無い事を言いながら腕をぐるぐると回している。クレインは「コ
イツはホントに戦いが好きだなぁ…」と思いながら、幻希を見て「クスッ」と笑うと、
キルの方に振り返って言った。

「よし、じゃぁそろそろ“転送(トランスポート)”を始めようか?サポートよろしく、
キル。」

キルは「OK♪」と言うとすぐに真剣な表情になる。クレインはそれを見て安心したよう
に頷くと、みんなの方を向いて宣言した。

「それでは、行きますよ!…『Call. Transport to Moon Micro.』!!」

…ヴュウン。

クレインのその言葉とともに全員の視界が歪む。それと同時に、ワイヤーフレームの大
地が始めはゆっくり、しかし徐々に物凄い勢いで後方へと流れ去る。クレインはこの“転
送”が大好きだった。デジタル・スペース内での移動は常にこれによって行われるが、ま
るで空を飛んでいるようで楽しかった。それに、転送中はこれから始まる“バトル”に対
する期待もどんどん膨らむ。

(Moon Microのセキュリティ…果たしてどんなヤツが待っている事やら♪)




…ドキュゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウウウウウウン!!

パリ・パリパリパリ…。

「みんな、着きましたよっ♪」

クレインは元気にそう言った。目の前には、Moon Micro社のイントラネットへと続く
ゲートがある。クレインは無造作にゲートに近づいて行くと、ゲートの横に座り込んでな
にやらごちゃごちゃやり始めた。

「なにやってるんだ、クレイン??」
「“ゲート”に穴を開けるんだよ。いきなり門を正面から開いたらそっこーでバレちゃう
だろ?…それより、“そいつ”の相手を頼むぜ?」

『へ?』

みんなの声がハモったその時。

《ギシャァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!》

この世のものとは思えない咆哮が辺りに響き渡る。それと同時にクレインと仲間達の間
に巨大な影が出現する。それはワイヤーフレームから徐々に形を構成し、すぐに大きな蜘
蛛の様な姿になる。6本足のその“蜘蛛”は、胴体は小さく前足だけが恐ろしく大きい。
プロテクターの様なものに覆われている前足はうっすらと緑色に光っていた。

「な、なんでござるか、こいつはっ!?」
「なんかめちゃめちゃ強そうなんですけど…。」

後ろを向いて作業したまま仲間達の質問に答えるクレイン。

「コイツは“ワーム”。恐らく、“門番”として常にここに待機しているのでしょう。
“ワーム(蟲)”という名前は一般的なものなので、強さや性能、もちろんデザインも個
々のワームによって違います。そのタイプは“MM−Spider P-03”ってタイプのワームで
すね。そいつ、結構強いですよ?頑張ってくださいねっ♪」

クレインは、まるでさも簡単な事を頼んでいるように言った。仲間達は額に一筋汗を垂ら
しながら“MM-Spider P-03”を見つめる。

「これから、こんなヤツばっかり出てくるんですかねぇ…。」
「しかし、ほんっとにデカいでござるな…。」
「ま、しょうがねぇ…。やるしかないだろっ!!」

幻希はそう言うと、“蜘蛛”に飛び掛かった。それと同時に焔帝・レジェ・じゅらいも戦
いに身を投じる。だが、ゲンキだけはトコトコとクレインの方にやってくると、クレイン
の手元を覗き込みながら言った。

「作業中は無防備なのでしょう?僕はクレインさんのサポートをしましょう♪」

「あ、じゃぁそうしてもらえます?…もうちょっと待ってくださいね、相変わらず…よっ
と。…というか前より…むむっ?…さらに厳しくなっているようですから。」

振り返らずに答えるクレイン。後ろでは4人と一匹(?)の死闘が続いていた。




《キュゲェェェェェァァァァアアアアア!!》

“蜘蛛”の右足が幻希に襲い掛かる。その巨体からは想像も出来ない様な信じられない
スピードだ。たまらず楯で防御する幻希。かなりの衝撃に踏鞴を踏みながらも何とかこら
える。

「ぐぅっ!?…な、なんつースピードだよ!?」
「では、今度は俺がっ!」

焔帝が斬撃を“蜘蛛”の頭に向かって叩き込む。“蜘蛛”は両足をクロスさせてそれを防
御する。…と、その瞬間!

「隙ありっ!光になれぇぇぇぇえええええ!!」

じゅらいがジャンプして“蜘蛛”の頭上から胴体に向かってハンマーを振り下ろす。しか
し焔帝を身体ごとすっ飛ばしながら“蜘蛛”はその攻撃を躱した。それを見て、レジェが
感嘆の声を上げる。

「ほんっとーに速いですね…。」
「いたたたた…。のんきな事行ってる場合じゃないよ、レジェさん。こうなったら、全員
一斉に掛かろう!」

背中を摩りながら起き上がって焔帝が言う。「そうだな」と賛同する幻希。4人は“蜘蛛”
を囲むようにして周りに散開する。

「…それじゃぁ、行きますよ?いち、にの…さんっ!!」

掛け声とともに、幻希は右前から、じゅらいは左前から、レジェは右後ろから、焔帝は左
後ろからいっせいに飛び掛かる。

『もらったぁっ!!』

しかし、その瞬間“蜘蛛”は後足2本で立ち上がり、前足二本で幻希&じゅらいの攻撃を
受け止め、真ん中の二本足で焔帝&レジェの攻撃を受け止める!…と思ったのだが、真ん
中の足には“防御力”があまりなかったのであろう、レジェと焔帝の剣撃はあっさりとそ
の足を切り裂いた。

「うみゅ、手応えありっ!」
「これでさっきほどのスピードでは動けないでしょう。さぁ、止めを刺しますよっ!」




《ギュアアアアアアアァァァァァァ……。》

足を二本失った所為で動きが鈍くなった“蜘蛛”は、意外にあっさりと“消去(デリー
ト)”された。

「ふぅ。なんとか倒しましたね…。」
「やっぱり、4対1だったのが勝因かな?」
「ま、勝ちゃぁいいのさ。…ところで、クレインは上手くやってるのか?」

4人が振り替えると、そこには親指を“グッ”と立てているクレイン&ゲンキが居た。

そして、その背後のゲートの横には、ぽっかりと黒い穴が口を開けていた。





5.

じゅらい・焔帝・レジェ・幻希の4人は額の汗を拭いながらクレイン達の方にやってき
た。

「上手く行ったようでござるな?」

じゅらいの言葉に“ニヤッ”とするクレインとゲンキ。その時、いきなり幻希の跳び蹴り
がゲンキの顔面を直撃した。

「部下G!てめぇはなんもやってねぇだろ!!大体、なんでてめぇだけ戦わなかったん
だ!?サボりやがって!!!」
「ひあああああああっ!?」

そう言って幻希はゲンキをボコボコにしはじめた。仲間達はそんな二人を始めは呆然と見
つめていたが、やがて“ハッ”と気がつき慌てて幻希を止めようとする。

「ちょ、ちょっと幻希止めろって!デジタル・スペース内ではゲンキさんの不死身も
通用しないんだぞっ!?」
「そうですよ、幻希さんっ!?」
「おらおらおらおらぁぁぁぁああっ!!」
「ひぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?」

…………………!!




数分後。

  クレインは「ふぅ。」と溜息を吐くと気を取り直して説明を始めた。

「今からMoon Micro社のイントラネットに突入します。で、目指すのはメインデータ
サーバーです。そこに辿り着くまでには今突破したのと同じような“ゲート”がもう一つ
あります。」
「こ、これからもさっきみたいなヤツがわんさか出て来るんですか…??」

クレインのセリフを聞いて、心配そうにレジェが言う。しかしクレインは笑いながら答
えた。

「大丈夫ですって♪ この先はもう少し敵のレベルは下がりますよ。ただ…。」
『ただ?』
「ただ、メインデータサーバーのゲートにいるセキュリティシステムは相当の強敵だと思
われます。さっきの“ワーム”の比じゃないですよ。」

真剣な表情で話すクレインの言葉に絶句する仲間達。しばらくの間誰も口を開かなかった。
…しかし、その沈黙を破って焔帝が話し出した。

「そんなに難しく考える事はありませんよ。“出てきたヤツはすべてブッ倒す”しか道は
ないんでしょう?」
「そうだな、焔帝。とりあえず行ってみてから考えりゃぁいいのさ♪」
「ま、まぁそれはそうでござるが…。」

焔帝と幻希の実に彼等らしい意見に苦笑しながらじゅらいが言う。そして、クレインが話
をまとめた。

「とりあえず行ってみましょう。相手が強かろうが突破するしか道はないのは焔帝さんと
幻希の言う通りですし、ね。…これからは、移動中にも巡回型のセキュリティシステムが
出て来ると思いますけど、ガンガン蹴散らして進みましょう!!」

  それからクレインはキルと交信を取った。

「キル。巡回型セキュリティが現れたら、そのエリアを封鎖して監視システムに連絡を行
かせないようにしてくれ。それから、ルートの誘導を頼んだぞ。」
「OK、くれいん。マカセトキナッテ♪」
「よし。それでは、行きましょう!」

クレインの言葉にみんな力強く頷いた。




「でぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!」
「走ってくださいっ!!」
「ちょっと出てきすぎじゃないですかっ!?」
「無駄口叩いてる暇があったらすこしは敵を倒しやがれ、部下G!!」

クレイン達はキルの誘導でメインデータサーバーに向かっていた。後から後から出て来
るセキュリティシステム達。監視カメラが空中に浮いている様な小さなヤツがわんさかそ
こらじゅうから湧いて来る。そいつらを剣と刀で切り捨て、棍とハンマーで叩き割り、
Gunで撃ち抜きながらクレイン達は走った。
“カメラ”達は監視が主な任務の様で、攻撃力はたいしたことはなかったが、その攻撃
方法が問題だった。丸い体に付いている目の様なレンズからレーザーの様なモノを撃ち出
してくるのである。しかし、幸いレーザーのスピードが遅かったので(本物の“レー
ザー”なら遅いなんて事はありえないが、ここは“デジタル・スペース”なのである)、
全員が身につけていた“盾”で何とか防ぎながら走る事が出来た。また、キルがクレイン
達の周りに張ってくれた“封鎖エリア”は彼等の移動とともに一緒になって移動してくれ
るようで、これだけの大騒ぎだというのにどうやらバレている様子はなかった。

「く、クレインさん、いつまでこうして…ハァッハァッ…走らなきゃいけないんですか?」
「多分、もうすぐだとは思うんですけど…ハァッ、ハァッ…あ、ちょっと待ってください。
…キル?…で?…うん。」

どうやらキルから通信が入ったようだ。クレインは走りながら頷いている。その時、通
信に気を取られているクレインの頭めがけて“カメラ”がレーザーを放つ!

「え?」

バシュゥッ!!

「クレイン殿、気をつけるでござるよ♪…で、キル殿はなんと?」

間一髪、そばを走っていたじゅらいが“盾“でクレインの頭を今にも破壊しそうなほど近
くまで来ていたレーザーを叩き落とす。クレインは「ありがと〜、じゅらいさんっ♪」と
じゅらいに礼を言ってからみんなに向かって叫んだ。

「あそこに見えている扉が“エントランス”ですっ!もうちょっとですよっ!!」

前方には小さな扉が見えていた。どうやらあれがデータサーバーへの“エントランス”
に続く扉のようだ。“エントランス”とはデータサーバーへのアクセス認証をするための
エリアで、そこまで行けばこいつら“巡回型監視セキュリティ”達はついて来ないハズ
だった。




  クレインは真っ先に扉のところまで来ると、再度叫んだ。

「少しの間食い止めていてくださいっ!今、気づかれないように扉を開けますから!」

クレインがエントランスへと続く扉を突破している間、他のメンバー達は“カメラ”達の
レーザーからクレインを守る。さっきまでは走りながら防御&攻撃をしなければならな
かったが、今は立ち止まったままで、しかも不用意に近づいて来るヤツらだけを切り捨て
ればよかったので、防御はほぼ完璧だった。
  
  そうこうしているうちに、“エントランス”への扉が開いた。

「OKです!入ってくださいっ!!」

クレインの後に続いて転がり込むようにして中に入る仲間達。しかし、先頭のゲンキがな
ぜか転倒した為、みんなゲンキに躓いて転がってしまった。

「痛いですよ、ゲンキさんっ!」
「部下G!なにそんな何も無いところで転んでんだっ!?」

みんな口々に文句を言っている。…しかし、顔を上げたものから順に黙り込んでいった。
最後に起き上がったゲンキは「いたたたた…。」と腰を押さえながらもみんなの様子がお
かしい事に気づく。

「あれ?みなさん一体どうしたんで……すぅっ!?」

“エントランス”はかなり大きな部屋だった。天井は高く、広さはちょっとした体育館く
らいはあるだろうか?正面の壁には大きな“ゲート”があった。
そして、その前には…!

一つ目の巨人が立っていた。

「“門番(ゲート・キーパー)”…。」

クレインがうめくように呟いた。




6.

≪パスワードヲ入力セヨ。パスワードヲ入力セヨ。パスワードヲ…≫

一つ目の巨人――“門番(ゲートキーパー)”の要求が無限に繰り返される。その凄ま
じい音量に耳を押さえるクレイン達。

「ク、クレインさん!こいつ一体なんなんですかっ!?」

耳を塞ぎながらレジェが大声でクレインに聞く。

「こいつは、“門番(ゲート・キーパー)”です!サーバーにアクセスしようとする人達
を認証するのがその役目なんですけど…!」

言葉を濁すクレイン。クレインのその困ったような様子をみて、焔帝が先を促した。

「“けど”なんなんですか、クレインさん!?」

クレインは首を振りながら答えた。

「パスワード認証は3回までなんです!そして、その3回で正しいパスワードを入力出来
る可能性は… 1/64339296875です!」

『600億分の1ぃっ!?』

5つの驚愕の声が上がる。その気が遠くなるような数字に額から汗を垂らしながらじゅら
いが呟いた。

「とてもじゃないけど当たらないでござるな……。で、パスワードを間違えるとどうなる
のでござるか!?」
「それは……当然、不正進入者とみなして襲い掛かってきます!以前はここのゲートキー
パーは“MM-KnightU”っていうヤツで、それほどの強敵ではなかったんですが…!」

クレインは一つ目の巨人型のゲートキーパーの方を顎で示して先を続けた。

「コイツは“MM-Cyclops P-T”!俺がMoon Microにいた頃にはまだ開発中だったハズ
の、最新最強のゲートキーパーです!!」

―――――!!

皆の顔に戦慄が走った。ゲートキーパーとの戦闘を避ける為にはパスワード認証を3回で
クリアしなければならないのに、その組み合わせは天文学的数字だ。つまり、この“門番”
と戦って倒さない限り、ここを抜ける事はできないのである。しかも、ダメ押しとばかり
にキルから通信が入った。

「オイ、くれいん!げーときーぱートばとるニナルト、せきゅりてぃるーむニこーるガイ
クヨウニナッテルヨウダ!トリアエズイマカラソノしすてむヲトメテミルガ、キタイハシ
ナイデクレ!」

クレインは驚いて聞き返した。

「なにぃ!?それで、もしコールがかかっちまったら、時間的余裕はどれくらいあるん
だ!?」
「ソウダナ、ばとるトでーたノげっと、アワセテ5フンッテトコダナ!」

まるで両手の手のひらを上に向けて肩をすくめているのが目に浮かぶような言い方でキル
は言った。

(ゲートキーパーを倒してデータ収集するのに…5分だって!?)

  クレインは頭を抱えた。どう考えても不可能な時間だった。

(でも、セキュリティに連絡がいってからもデータを探る事は可能だ。万一コールが架
かってしまっても、システムを出し抜いて脱出すればいいわけだから…?)

クレインが考え込んでいると、キルがコールシステム停止はやはり不可能だという連絡
をよこした。

「トリアエズ、ゼンリョクデげーときーぱーヲタオシテクレ!ねっとニこねくとデキタラ、
でーたさーちハコッチデヤル!!」

そのキルのセリフを聞いた瞬間、クレインは心を決めてみんなに向かって叫んだ。

「みなさん!どうやら戦闘しか道はないようです!!行きましょう!!」
「しょーがねーな、付き合ってやるよっ!!」

  そう言うと、真っ先に幻希がゲートキーパーに飛び掛かっていった。その後にじゅらい、
焔帝、レジェ、ゲンキも続く。そして、雷鳴の様な声でゲートキーパーが戦闘の始まりを
告げた。

≪パスワード認証、否定。不正アクセスト見做シ、排除スル!!≫




「おおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

雄叫びを上げて幻希が超高速の斬撃をゲートキーパーに向かって繰り出す。しかし、
ゲートキーパーはその一つしかない目で幻希を見据えると、丸太のような腕に取り付けら
れた蒼く輝くラウンド・シールドでそれを受け止めた。

「ちぃっ!こいつ、思ったよりすばやいぞ!?」

身軽に着地しながら幻希が叫ぶ。続いてゲンキが流れるような円の動きで棍の打撃を繰り
出したが、ゲートキーパーはなんなくラウンド・シールドでそれを受け止め、さらに右手
に無造作に握っている巨大な棍棒をゲンキに向かって叩き付けた。ゲンキは棍の真ん中で
それを受け止める。膠着状態に陥ったゲートキーパーとゲンキの様子を見て、焔帝が横薙
ぎにゲートキーパーの胴体に向かって剣撃を繰り出す。しかしまたもゲートキーパーの一
つ目がそれを見据え、ゲンキから離れながらラウンド・シールドで焔帝の攻撃を防いだ。
クレインは後方でその様子を見ながら、一年前セキュリティシステム開発担当だった友
人に聞いた話を思い出していた。




『――――クレイン。“Cyclops”はな、一つ目――つまり“サーチ・アイ”でキャッチ
した情報を元に、相手のプロセスがどういう行動を取るかを高速演算して、回避/防御/
反撃できるシステムなんだ。コイツがアップすれば、Moon Microのセキュリティーは
パーフェクトだぜ??――――』

“ハッ”とクレインが我に帰ると、仲間達はゲートキーパー相手に苦戦を強いられていた。
彼等の攻撃はことごとくゲートキーパーのラウンド・シールドで防御されている。“サー
チ・アイ”の効果だろう。また、運良くラウンド・シールド以外の部分に当たっても、体
を覆っている鎧の部分にもかなりの強度のプロテクトが施されているようだ。

(このままでは…負ける。)

クレインはその時一番近くにいたゲンキに声をかけた。

「ゲンキさん、俺が合図したら一斉に攻撃を仕掛けてください。恐らくその攻撃は防御さ
れてしまうでしょうけど…。その瞬間、必ず隙が出来るはずです!」

ゲンキは目をパチクリさせながら不思議そうな顔をして聞き返した。

「クレインさん、でもどうやってその隙を突くんですか??」

クレインは“パチッ”とウィンクをすると、ホルスターからGunを抜き取って言った。

「こ・い・つ、ですよっ♪ それじゃ頼みますよ、ゲンキさん!!」
「わかりました♪ではお任せしましたよ、クレインさん♪」

ゲンキは頷いて、ゲートキーパーの方に走っていった。クレインはGunを構えると、すぅ
…っと息を吸い込んだ。失敗は許されない。

(俺はまだ一度もゲートキーパーに攻撃を仕掛けてないし、他の仲間は皆近距離打撃系の
攻撃だから、コイツの遠距離攻撃で必ず隙を突く事が出来るはずだ…。)

それに…とクレインは自分のGunを見つめた。この“Gun”はクレインとキルが共同で
プログラムした特別製だった。超高速で打ち出される弾丸――消去プログラムの集合体
――は着弾した部分を完膚なきまでに破壊する。さらに相手プログラムにアクセスをかけ
てウィルスを撒き散らすというとんでもない代物だった。シールドされてない部分に当た
れば、間違いなくゲートキーパーの防御プロセスを停止する事が出来るはずだった。

(“Cyclops”のプロテクトがかかっていない部分は、“サーチ・アイ”だけだ。……
よし、いくぜっ!!)

クレインはゲートキーパーの一つ目に狙いを定めると、叫んだ。

「今です!!」

その言葉に反応して、じゅらい・レジェ・焔帝・幻希・ゲンキの五人が同時攻撃を仕掛け
る。ゲートキーパーがそれらの攻撃をラウンド・シールドと棍棒で受け止めたその瞬間!

「いっけぇっ!!」

クレインの放った弾丸は紅い軌跡を描いて飛び、正確にゲートキーパーの一つ目を貫いた。

≪ギュォォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!≫

ゲートキーパーが苦悶の叫び声を上げるのと同時に、ラウンド・シールドと鎧から蒼い輝
きが失われる。

「もらったぁっっ!!!」

次の瞬間、幻希の斬撃がゲートキーパーの体を袈裟懸けに切り裂いていた。





7.

「なんとか倒せましたね…。」
「ええ…。」

  消滅していく“門番(ゲート・キーパー)”を見つめるクレイン達。手強い敵だった…。

「それにしても、“一つ目”が弱点だなんて、なんてお約束な…。」

苦笑しながら焔帝が言う。「そうですねぇ♪」とゲンキも微笑んでいる。とりあえず強敵
を倒した安堵感から和んでしまっている6人だったが、そんな彼等を現実に引き戻す通信
が入った。

「Hey! ソンナハナシヲシテルバアイジャナインダゼ!?“こーる”ガせんたーニイク
マデノノコリジカンハアト1min.ダ!でーたさーばーナイノ“すたーふぁいあMark.U”
ト“Calling Ver.3.0.1”ノイチハトクテイデキテルカラ、サッサトソコニムカッテクレ!」

キルの言葉に「ハッ」となる6人。そして、顔を見合わせると扉に向かって走り出した。




ダダダダダダダダダダダダ…!

クレイン達は走っていた。目指すデータは“Calling”と“Mark.U”。いくつもの階層
や通路を抜け、いくつものドアの前を通り過ぎたが未だに目的の部屋には辿り着かない。

「キル!次はどっちだ!?」
「ソノカドヲヒダリニマガッテ、ヒトツウエノすてーじダ!イソゲ、アト10sec.ダゾ!」
『どええええええっ!?』

キルの誘導通り角を左に折れ、一つ上の階層へと飛び移る。目の前に現れた“扉”には
“Calling&Star Fire”という刻印がなされていた。

「ここだな…。みんな、『バレないように』なんて悠長な事を言ってられる時間はもうあ
りません!全員で“扉”に攻撃して、中のデータを取り出しましょう!!」
「ええっ!?そ、そんな事しても大丈夫なんですか??」

レジェが反論したが、クレインはきっぱりと言った。

「“大丈夫”じゃないですけど、やるしかないんですっ!では、行きますよ!1、2の…
3!!」

クレインの掛け声にしたがって6人全員の打撃が“扉”に集中する。6つのウェポンの同
時攻撃によって、“扉”は跡形も無く吹き飛んだ。

「ふぅ…。これでOKですっ♪ キル、中にあるデータを全て吸い上げてくれ!俺達は脱出
する!!」
「OK、くれいん!モウジカンハスギテイルシ、イマノコウゲキデカクジツニ“バレテ”
イルハズダ!クレグレモキヲツケテナ!!」

クレインはウィンクして「OK♪」と言うと、みんなの方に向き直って言った。

「さぁ、帰りましょうかっ♪」




  コールセンターからの連絡を受けて、御堂はメインデータサーバーにアクセスしていた。
“Calling”と“スターファイアMark.U”についてのデータをハッキングされたが、相手
は特定出来ていないと言う事だった。しかし、御堂には“相手”が誰であるかはハッキリ
と分かっていた。

「フッフッフ…。やっぱり来たか、クレイン君。セキュリティ強化されたウチのサーバー
にアクセスするとは…やはり君だけは侮れんな…。」

呟きながらもキーをタイプする指のスピードが落ちる事はない。常人が見たらそのあまり
のスピードに舌を巻く事だろう。御堂はしばらくキーをタイプし続けていたが、やがて彼
のPCに一つの画面が表示された。データサーバー内を移動する6つの光点。それを見つ
けると御堂の唇の端がゆっくりと持ち上がる。

「見つけたよ、クレイン君…。まだデータサーバー内に居たとはね…。意外とのろまなの
だな…。」




  その頃、クレイン達は………。

道に迷っていた(笑)

「おい、クレイン!そっちじゃなくてこっちだろ!?」
「いや、違いますよ、こっちですってば!」
「拙者の記憶によると、恐らくこっちだと思うのでござるが…。」

みんな好き勝手な事を言っている。来るときにはキルの誘導通りにただ走ってきただけ
だったのと、デジタル・スペース内はどこも同じような景色の為、誰も道を覚えていな
かったのだ。わいのわいの言いながらもちっともデータサーバーの出口に辿り着けない。
  と、そこで業を煮やしたゲンキが誰もが思っていた疑問を口にした。

「クレインさん、キルさんに聞くわけにはいかないんですか?」

その質問に、「うんうん」と頷くクレイン以外の5人。しかしクレインは首を横に振った。

「今キルは“データ”の吸い上げにかかりっきりなので、俺達のサポートは出来ない状態
なんですよ。もう少し経ってそれが終われば案内してくれると思うんですけど…。」
「じゃぁそれまでここで待つか?むやみに動いても余計“ゲート”から離れちまうかもし
れねぇしな。」

幻希が「ふぅっ」と溜息を吐きながら言う。しかし、どうやらその案は却下されそうだっ
た。なぜなら―――。

「げ、幻希さん!後ろ、後ろ…。」

ぷるぷると震える指で焔帝が幻希の後ろを指差す。「え?」と言って幻希がゆっくりとそ
ちらの方を振り向くと、後ろからものすごい数のワームが迫ってきていた。

『どええええぇぇぇぇええええええっ!?』

慌てて走り出す6人。恐らく“不法進入者”であるクレイン達に対してセキュリティシス
テムが放ったのだろう。しかし、こんな大量のワームを相手にしている時間も体力も彼等
には残っていなかった。




御堂は、PCの画面でその様子を見つめていた。クレイン達はまだ“ゲート”からはか
なり遠い位置にいる。

「ぬるいな…。“ワーム”ごときではクレイン君達を消去(デリート)できるとは思えん。
セキュリティルームからの連絡によると、“データ”はもはや奪われてしまっているよう
だし…。」

ぶつぶつと呟く御堂。しばらく考え込んでいたが、やがて……彼の表情が変った。初めは、
唇の端がいっそう持ち上がっただけだったが、段々その笑いは顔中に広がっていった。も
しここにそれを見ているものが居たならば、ぞっとする事間違いなしの冷笑だった。
どうやら御堂は何か思いついたらしい。彼はコマンドラインを呼び出すと、あるコマン
ドを走らせた。




クレイン達はまだ走っていた。後ろから迫り来るワームの群。しかし、ワーム達の速度
はクレイン達よりかなり遅かった。どうやら逃げ切れそうだと思ったその時。

…グニャリ。

視界が歪んだ。辺りの様子がおかしい。ふと後ろを振り返ると、遥か彼方にみえる通路の
テクスチャが剥がれ、ワイヤーフレームが消滅していくのが見える。

「ま、まさか…!」

クレインが驚愕の表情で呟く。ゲンキがその様子を見て怪訝そうな顔をして質問した。

「どうしたんです、クレインさん?」

しかしクレインはその質問には答えずにおもむろにウィンドウを呼び出すと、現在この
サーバー内で実行中のプロセスの一覧を表示させた。

「やっぱり――――!」
「だからどうしたんだ、クレイン!?」

幻希がクレインの手元を覗き込む。そこに表示されている小さなウィンドウの中には…。

“Format”の文字があった。





8.

(…………!!)

クレインは絶句した。まさかこんな手段に出て来るとは思わなかった。“Format”を実
行すればバックアップを取ってあるとはいえ、データサーバー内のデータは全て失われて
しまうのに…。一体誰がこんな事を??

(いや、考えるまでもなかったな…。)

そう。Moon Micro社の中でこんな大胆な手段を使ってくるヤツは一人しかいない。

「御堂―――――!!!」

クレインは歯噛みした。このままではメンバー全員がデリートさせられてしまうのは時
間の問題だ。しかも、Format実行中はアクセスロックが掛かってしまうので外部からの
通信は一切不通となる。つまりキルのサポートは期待出来ないという事だ。

(…しかし、Moon Microのメインデータサーバーともなると容量もハンパでは無いので、
すべてのエリアをFormatするのにはかなり時間が掛かるはず。なんとかそれまでにサー
バー内から脱出しないと…。)
「クレインさん、一体どうなってるんです?なんだか向こうの通路が消えてってるんです
けど…。」

下を向いて黙り込んで考えているクレインに痺れを切らしたレジェが質問する。クレイ
ンは顔を上げてレジェの顔を見詰めると、小さな溜息を吐いてからその重い口を開いて説
明を始めた。

「今、このメインデータサーバー内の全てのデータを消去してしまうというプロセス
― Format ―が実行されました。タイムリミットはどのくらいか分かりませんが、出来
るだけ早く外に出ないと…」
「デリート、でござるか?」

顔に縦線を入れながら聞くじゅらいの言葉に頷くクレイン。他のメンバーも驚きを隠せな
いようだ。さらに続けてゲンキが質問する。

「どうすれば助かるんでしょうか?」
「とりあえず、普通に考えたらFormat実行中は外に出る事は出来ません。しかし、その
代わり中を見る事も出来なくなるので、その隙をついてなんとか脱出しましょう。必ずこ
じ開けて見せますから、とにかくゲートまで行きましょう!」

仲間達はその言葉に頷いた。どちらにしても、デジタル・スペースではクレインを信じる
しかないのだ。しかし、クレインにもFormat実行中のサーバー内から脱出した経験なん
てあるわけがなかった。

(もしかしたら、駄目かもしれない…。いや、なんとかしなくっちゃ、なんとか…!!)

クレイン達は圧し掛かって来る重苦しい空気を振り払うように走り続けた。

背後では一つ、又一つとデータエリアが消滅していた。




御堂は(Formatting…Please wait.)と表示された画面を満足げに見詰めていた。さっ
き見ていたデータサーバー内のマップを表示したウィンドウは消えている。Formatが実
行された為にサーバーにロックがかかり、中を見る事が出来なくなった為だ。変化の無い
画面を見詰めるその顔にいつもよりも一際大きな冷笑を浮かべながら、彼は呟いた。

「さぁ、クレイン君。まさかこんなことで終わりとは言わないだろうね?見事に脱出して
見せてくれよ…。クックック…。」




クレインは走りながらデータサーバー内のマップを呼び出していた(最初からこれをや
れば良かったんだ)。すでに60%のエリアが消滅している。幸いゲートまでの道のりは
後少しだったが、このペースでFormatが進行すると…。

「クレイン!時間は後どれくらいあるんだ!?」
「そうだな、5分弱ってとこだな。それからゲートまでは後30秒ほどだ。」

タイミングの良い幻希の質問に答えるクレイン。そうこうしている間にゲートが見えてき
た。さっき通り抜けてきた、“門番”の居た巨大な門。扉は……?

開け放たれていた。

『え?』

拍子抜けしたような声を上げる6人。さっきクレインが「中から外に出る事は出来ませ
ん」と言っていたのに…? そして、彼等は扉のすぐ前まで辿り着くと立ち止まった。やっ
ぱり扉は開いている。

(……何故だ?)

  クレインがまたも考え込んでいると、ゲンキが嬉々として進み出た。

「な〜んだ、大丈夫じゃないですか♪ ほら、……ね!?」

クレインが制止の言葉を投げかけるよりも速く、ゲンキが扉をくぐろうとしたその瞬間。
本来扉があるべき空間に蜘蛛の巣状に電撃が走り、外に出ようとしたゲンキを弾き飛ばし
た! 

「ひあああああぁぁぁぁぁああああああっ!?」

黒焦げになりながらスローモーションで倒れ付すゲンキ。その様子を見て「またか」と言
う様に他のメンバーは笑った。…しかし、クレインだけは笑っていなかった。ゲンキの所
に駆け寄って抱き起こす。

「ゲンキさん!?ゲンキさんっ!!」

普段だったら神速で回復するはずのゲンキが、黒焦げのままであった。そう、「デジタ
ル・スペース」の中では“魔力”は使えないのだ。一向に回復しないゲンキの様子に他の
メンバーも事態の深刻さを理解して駆け寄ってきた。クレインは振り返って言った。

「やばいですよ…。一刻も早くリアル・スペースに戻らないと…!」
「クレイン殿、ゲンキ殿は拙者達が看ておくから、急いでゲートを開くでござる!」
「わかりました!」

クレインはゲートの横に走って行くと、なんとかして突破をかけようと必死の努力を始め
た。じゅらいとレジェはゲンキの横に、幻希と焔帝はクレインの横で彼の作業を見詰めて
いる。恐らく、さっきの電撃がロック機構の現れなのだろう。何とかそれを躱す方法を考
えないといけない。クレインは小さなキーボードの様なものを呼び出して凄いスピードで
タイプし始めた。時にタイム・リミットまで後3分弱であった。




………………。

「くそっ!!」

クレインはキーボードに拳を叩き付けた。時間は残り1分半を切っていた。背後を見る
ともう消去の波がかなり近くまで押し寄せてきている。仲間達の表情も焦りの色が濃く
なって来ていた。

(やはりFormat実行時のロックを躱して外に出る事は出来ないのか?)

クレインと仲間達の心の中が諦めの気持ちで染まりそうになったその時。

「Yo、くれいん!キコエルカ!?」

接続できるはずの無い外からキルの通信が入る!クレイン達はキルの通信に心底嬉しそう
に答えた。

「キル!」
「キルさんっ!」
「キル殿っ!」

「アイサツハイイカラ、イマカラオレガイウコトヲヨクキイテクレ。“げーと”ノヨコノ
カベニ“まーかー”ヲツケルカラ、ゼンインデソコニムカッテ“うぇぽん”ノゼンリョク
あたっくヲカケテクレ!」

  そのキルの提案にクレインは不思議そうな顔をして聞き返した。

「壁に向かって攻撃?そんなんで突破ができるのか??」

しかしキルは「HaHaHa♪」と笑いながら答えた。

「くれいん、オレヲシンジロヨ♪…ジャァ、イクゼ?」

キルがそう言うと同時にゲートの横の壁に直径30cmくらいの紅い光が灯る。じゅらい・
焔帝・レジェ・幻希・クレインは顔を見合わせると、それぞれの“ウェポン”を構えた。

消去の波はもうそこまで迫ってきていた。

そして、キルのカウントダウンが始まる。

「Three , Two , one ,… Breakdown!!」

じゅらいのハンマーが、焔帝とレジェの剣が、幻希の刀が、クレインの銃弾が、紅い光点
に集中する!

次の瞬間。壁には大穴が空いていた。そして、その向こうには――――!

異形の太刀を担いで親指を立てているキルの姿があった。





9.

  クレイン達がゲンキを担いで大穴を潜り抜けた瞬間、消滅の波がゲートまで押し寄せた。
開いたままのゲートから見えるサーバーの中は静かに、だが確実に消滅していっていた。
そして、クレイン達はキルの所に駆け寄った。

「オシカッタナ、くれいん。モウスコシデ、オマエノダイスキナでじたる・すぺーすノナ
カデシネタノニ♪」

「ぺろ♪」っと舌を出して言うキルの頭を苦笑しながら小突くクレイン。しかし、まさに
間一髪であった。キルが来てくれなかったら…と思うとゾッとする。

「キル、ほんとに助かったよ。ありがとうっ♪」
「オマエラトノレンラクガトレナクナッテカラ、オレモ【だいぶ・ますたー:ぷろと】デ
アトヲオッテキタノサ。オマエラガ“でりーと”サレチマウト、シタイヲカタヅケルノガ
タイヘンダカラナ♪」

キルの叩く軽口でみんなの気分が軽くなる。と、クレインが急にまじめな顔になってキル
に尋ねた。

「キル、お前どうやってあの“ロック”を突破したんだ…?」

キルはその質問にさも“大した事はない”という様な答える。

「マズ、オマエラトツウシンヲトルタメニ“ツウシンろっく”ノミヲくりあ。デ、オレト
オマエラノ“うぇぽん”ノドウジあたっくデ、“あくせすろっく”ヲハカイ。カンタン
ダッタゼ?」

その言葉を聞いてクレイン達は感嘆の溜息を漏らした。

「キル、やっぱお前は“世界最高のハッカー”だよっ♪」

キルは「アタリマエサ♪」というと、みんなに向かって宣言した。

「サア、ほーむニカエロウゼ!『Call. Transport to Junk-Palace.』!!」

キルの言葉とともに視界が歪み、ワイヤーフレームの大地が高速で後方へと流れ去り始め
る。

こうして、クレイン達の【ダイブ】は終った。




御堂京介はディスプレイを見詰めていた。ウィンドウに表示された文字とグラフィック
は、進入者が出ていった事を表していた。

「クックック…。これでまた面白くなってきたな…。次に会う時を楽しみにしているよ、
クレイン君。…ヴィシュヌ、君も楽しみだろう?もうすぐクレイン君達が再びやって来る
よ…。」

虚ろな目をして側に佇むヴィシュヌに話し掛ける御堂。返事を返せないヴィシュヌの様子
を見て、又「クックック…」と笑う。御堂の哄笑は静かな部屋の中に響き渡った。




「ふぅ〜、疲れたぜっ!」
「そうですねぇ♪」
「でも、楽しかったでござるな♪」

口々に言いながら【ダイブ・マスター】を降りる6人(リアル・スペースに帰って来た
のでゲンキもすっかり回復している(笑))。ちょうどその時【プロト】の置いてある別室か
らキルも戻って来た。

「キル。データは大丈夫だろうな?」

クレインの質問に“ニヤッ”と笑いながら親指を立てるキル。その様子に頷くクレイン。

「よし。それじゃぁ“Calling Ver.3.0.1”をコイツにインストールしよう。」

そう言うとクレインはホルスターから“スターファイア”を取り出した。“スターファイ
ア”の銃口にあるプロジェクターがキラリと光る。

  その時、焔帝が口を開いた。

「クレインさん、御堂のスターファイアは“Mark.U”なんでしょ?“Calling”のバー
ジョンを上げただけで大丈夫なんですか?」

焔帝に言われるまでもなく、その疑問はクレインも持っていた。“ダイブ”で得たデータ
でソフトのバージョンは上げられても、クレインの持つハードは所詮“スターファイア”
のまま。それで、御堂の持つ“Mark.U”の凄まじい処理速度に対抗できるのか…?
    しかし、クレインはその不安を振り払うように元気良く言った。

「大丈夫ですよっ♪“Calling”のバージョンアップだけでも処理速度は1.5倍程度は上が
りますから。それによって、とりあえず『Digital Summoner Buster Ver.1.0.1』は使えな
くなります。それから『使役レベル』も上がるので、より召喚神の力を引き出す事が出来
ますしねっ♪後は、一度に喚び出せる召喚神の数もいままでの5体から10体に増えます
し…。」

そうなのだ。だから、御堂は一方で召喚神達とじゅらい達を戦わせながら、他方でクレイ
ンと召喚合戦をするという離れ業をやってのける事ができたのだ。だが、今度はクレイン
もじゅらい達に召喚神をサポートとして回す事が出来る。

「う〜ん、そうですか…。」

しかし焔帝はまだ不安が残るのか難しい顔をしていた。その時、ゲンキがクレインの後ろ
から“ヒョコッ♪”と顔を出して言った。

「大丈夫ですよ♪ 御堂さんには『仲間』がいませんから♪それに、じゅ亭常連ズには『二
度有る事は三度有る』という言葉は通用しない事教えてあげましょう♪」

クレインが振り向くと、ゲンキはいつもと変わらぬ微笑を浮かべていた。ゲンキのこの陽
気さにはいつも助けられる。正直言うと、とても魔王とは思えない(笑)

「そうだぜ、焔帝。もちろんクレインにもしっかりやってもらわないといけねぇが、俺達
の力で御堂のオッサンに一辺痛い目を見せてやらねぇとな♪」

幻希もニヤッとしながら言う。

『それに、あまり長く風舞(燈爽)をほったらかしにしておくと後が恐いでござる(です)
から(笑)』

それからじゅらいとレジェが同じ事を言い、顔を見合わせて「プッ(笑)」と吹き出した。

「そうですね…。いっちょやってやりますかっ!」
焔帝も力強く言った。みんな、御堂との再戦に燃えていた。クレインはそんな仲間達の様
子を見て思うのだった。

(御堂――――。見てろよ、次は絶対勝つ!!)




数十分後。“スターファイア”に“Calling Ver.3.0.1”をインストールし終ったクレイ
ン達は、“ジャンク・パレス”の入口でキルと話していた。

「キル、色々とありがとう。なにも礼はできないけど…。」

クレインがそう言いかけると、キルはその先を制して笑いながら手をひらひらと振った。

「くれいん、レイハイラナイゼ?オマエラガキテクレタオカゲデ“くーるナイチニチ”
ダッタカラナ。ソレダケデジュウブンサ♪ソレヨリ…」

キルは突然真剣な表情になると言った。

「シヌナヨ、くれいん。ソレカラ、オマエラモ。」

キルの言葉に力強く頷くクレイン達。…そして、彼等は“ジャンク−パレス”を後にした。

ここに来た時に降っていた冷たい雨はもう止んでいた。垂直に切り取られた小さな空の
色はブルーに変わっている。クレイン達は眩しそうに空を見上げると、凛とした表情で歩
き出した。

目指すは三度、御堂 京介の待つMoon Micro本社ビル。




その頃。御堂はヴィシュヌを引き連れてエレベーターでB5F実験場に向かっていた。
御堂には分かっていたのだ。“Calling Ver.3.0.1”を手に入れたクレインが間髪入れずに
ここにやって来る事が。クレインの素直な性格、直情直行な所を御堂は見抜いていた。一
目で彼の育ちの良さが分かる。それに対し、自分は暗い暗渠の中をさ迷うような人生を歩
んできた。振り返りたくも無い数々の過去の出来事…。自分でも気づかぬ内に御堂は独り
言を呟いていた。

「クレイン君…。君と私、どちらが“Calling”の真の所有者としてふさわしいのか…?
それをこれから君に教えてやれる。早く、早くここまでやって来るのだ…。」

エレベーターの扉が開いた。

決戦の時が近づいて来ていた。




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