暗い。
闇の中、考える。
何故?
命令を受け標的を破壊、あるいは障害を排除し目的を達成する。
それだけをすればいいのだ。
他のものは必要ない。
身体を保つための栄養の補充を受け、次の命令のために休息を取る。
そして次の命令を受け、戦う。
それ以外の事は必要無かったのだ。
「俺」は物なのだから。
だが、あの時、必要の無い物が生まれ、そして「俺」は壊れた。
たかだか一人の人間を破壊しただけなのに。
何故?
「俺」には、わからない。「私」にはわかるのに。
いつか必ず来る、「俺」が「私」に変わる時のために。
「俺」は考える。
闇の中で。
端末の前で、金髪の美女がため息を一つついた。
端末の画面には様々なウインドウが並び、いくつものグラフや、訳のわからない数値が
羅列されている。
ふと、伸びをしながら傍らにおかれた写真を見る。
写真には、二人の少女が写っている。一人は金髪碧眼の髪の長い、絵に描いたような美
少女。もう一人は眼鏡をかけた、黒髪で髪をポニーテールにした、どこにでもいそうな女
の子。
「いまだにアンタが正しかったのかどうか、わからないよ。だけど、ルーシー、あんたは
死んだ。私は生きてる。アンタがいないから、私はやりたいようにやる。全てに復讐する
ために」
ふと寂しげに一人呟く。
返事をするものは、いない。
再び端末に向かう美女。
プシュッと音がして、彼女の後ろの扉が開いた。
振り向くと、そこには精悍な男が立っている。
「何か?」
言いながら美女は写真立てを寝かせた。
男は肩をすくめると感情の感じられない声で尋ねた。
「なにゆえPRT2にPRT4の回収を命じた?ティアマト」
「確かに純粋な性能ではPRT4には勝てない。いや、単体近接戦であのユニットに勝て
るものなどこの世に存在しない。」
同じように感情の感じられない、機械的な声で答える、ティアマト。
「だが、PRT4は、本来の性能を出せまい。あれは例の一件で壊れたのだ。」
「ふん、感情か」
男はどこか吐き棄てるようにいった。
「そうだ、モリーアンの失敗により、製品として欠損のあるあれではPRT2には勝てん。」
「…そうか。だが、破壊される可能性はある。その場合はどうする?」
ポツリポツリと水滴が頬をぬらす。
いつのまにか、空は暗雲で覆われていた。
星も、月も厚い雲の裏側へとこれからおこる事におびえて隠れてしまったかのようだった。
みのりは、雨の中、街の外へ向けて走っていた。
狙われているのは、私。
店にいれば、大好きな人たちが死んでしまう。
みのりの心は強迫観念に支配され、ひたすらに走り続けた。
あの時見えたもの、それは黒衣の男が現れ、みのりと戦っている映像だった。
常連の人たちが、マスターが、風舞達が、みんな巻き込まれて死んでいた。
眠兎クンはいない。戦うのは、私一人。
やがて、小高い丘の上まで来ると、みのりはようやく一息ついて、後ろを振り返った。
遥か遠くには街の明かり。
雨はますます強くなってきている。
ばさっばさっ…
何かのはばたく音を、みのりは聞いた。
空を見上げると、ちょうど、黒翼を持つ黒衣の男が空から降りてくる所だった。
「…あなたね?」
「ですな。さかい、と申します。」
着地と同時に丁寧にお辞儀をする逆。
みのりは手を天へと差し上げ、召喚に入る。
「妖精の王、オベロンの名において時の女神が…」
「おそいですな」
言葉と同時に踏み込む。その右手には、いつのまに握られたのか闇を集めたかのような
漆黒の鎌。
みのりは召喚を止め、集めたマグネタイトをシールドにまわした。光の球体が、みのり
を包む。
ッッキイイイ
奇妙な甲高い音を上げ、光のシールドと漆黒の鎌が激突する。
鎌は結界をきる事はできなかった。だが、弾き飛ばした。
ゆうに10mは吹き飛ぶみのり。
「ふむ、やはりなれない事はするもんではありませんな。呪法型の私では結界ごときも破
れない。」
そう言いながら悠然と歩み寄ってくる逆。その瞳は、深く暗き闇の色。
みのりは慌てて咳き込みながら立ち上がった。まだ結界は消えてはいない。
「ですが…」
さらに鎌を振るう逆。やはり甲高い音がしてシールドごと弾き飛ばされるみのり。
「いつまで耐えられますかな?お早めに抵抗を止めるべきですな。」
言いながら、鎌を振るう。光のシールドが、鎌とぶつかるたびに弱まっていく。
あと、2回。だったら…
みのりはよろよろと立ち上がりながら、シールドを解いた。
「ほう?賢明ですな。女性をいたぶるのは趣味ではないんですよ」
逆は邪悪な笑みを浮かべながら鎌を構える。
いたぶるのは好みではなくても、殺すのは趣味に合うらしい。
「妖精の王、オベロンの名において…」
不意に召喚をはじめるみのり。
逆は笑みを浮かべたまま一足でみのりの元へと踏み込む。
「時の女神が…」
鎌が右上段から袈裟懸けに振り下ろされた。
「命ず…」
みのりが後ろに軽く跳ぶ。切り裂かれる、エプロンドレス。
「る…」
弧を描く刃が腹を切り裂く。
ごみくずの様に逆の左に吹き飛ばされるみのり。
血と、肉と、はらわたが辺りに飛び散った。
ゴボゴボとみのりの口から血があふれ出る。
ガクッっとみのりから力が抜けた。
「ご自分の運動能力を把握してなかったようですな」
逆はみのりに一瞥をくれると、自分の鎌に付着した、みのりの腸の一部を手に取った。
そしてそれを懐に入れる。
「ティアマトは素体の一部で良い、と言っておりましたから…なっ?」
逆は吹き飛ばされたみのりの方から吹き出した異様な魔力に、慌てて振り向いた。
みのりの身体からあふれ出ている血液が雨の中、幾何学的な模様を描く。
「…で…よ……マナナ…ン……マク…リ……ル」
途切れ途切れの呪文の完成と同時に血液で構成された魔法陣から軽装の甲冑を身にまとっ
た青年が現れる。
逆は舌打ちとともに、後ろへと飛び間合いを離す。
「自分とした事がうかつでしたな、止めを刺さないとは。しかしその精神力は賞賛に値し
ますな。」
言いながら鎌を構え直す。
ダナン神族最高の魔術師にして、戦士。そして幾多の奇跡を作り上げてきた神、マナナー
ン・マクリール。
「同じく海を統べるものとして不足はない、と言いたいところですがな。自分では勝てま
せんな」
逆は冷静に呟く。
その隙にマナナーンはみのりに癒しの呪文を使う。
傷は、治らない。
その様子を見ながら、薄笑いを浮かべる逆。
「無駄ですな。呪いを練り上げた牙ですからな。施術者の自分が死ねばわかりませんが」
言いながら、自らの顔を覆うように右手を差し上げた。
手袋に浮かぶ五芒星が妖しく光る。
「ならば、貴殿の命を奪うまで!『汝、風の呪いと共に』」
マナナーンは振り向きざまに「呪文」を放った。
雨を切り裂き衝撃波が跳ぶ。
「ルァデュウォジェ・ンヴァス・ツェッンッツヴァ」
逆はあわせるように呟く。
次の瞬間、五芒星が強い輝きを放った。
そしてマナナーンの放った「呪文」が効力を発揮した。
瞬間、すさまじい爆発が起こった。丘の半分が一度に吹き飛ばされる。
だがもうもうと立つ蒸気や土煙の中、逆は傷一つなく立っていた。
無貌の馬にまたがる、鈍く光る槍をたずさえた黒騎士と共に。
「むう、ならば!」
輝く剣を抜き放ち、神速の踏み込みで肉薄する。
その進路を塞ぐように黒騎士が馬とともに割り込む。
「邪魔なり!! 」
雨を、空気を切り裂きながら輝く剣が走った。
ッキィイインッ!
甲高い金属音。
黒騎士は槍でマナナーンの剣撃を受け止めた。
「何と!?」
「彼の名は、アシュタルテ。存分にあなたのお相手をしてくれるでしょう」
マナナーンの驚きに逆は軽く答えると、二人の神(あるいは悪魔)の周りに虹色に光る
怪しげな結界を作り出した。
結界を破ろうとマナナーンが隙を見せると容赦なくアシュタルテが槍を振るう。
己がマスターを救うためには目の前の敵を倒さねばならない。しかし、目の前の敵を倒
している間に、マスターは殺されるだろう。
「ぬかったわ!」
マナナーンは己が失態に歯噛みした。だが今は、目の前の的に集中するしかない。
それこそが今の彼にできる最良の行動なのだ。
うつぶせに倒れたままのみのりの側まで歩み寄ると逆は彼女を軽く蹴り、身体を仰向け
にさせた。
心臓には達していないもののアバラを肺を、そして腹の様々な臓器を切り裂かれている。
「なんとも大した精神力ですな、まだ生きているとは。」
半ば感心したように、そしてあきれたように逆は言う。
みのりは霞む目で、逆を見あげた。
「……チェック…メイト…ね。」
「ですな。」
血と共にあふれた言葉に軽く頷くと逆はゆっくりと鎌を振り上げる。
「最初っから…そうしておけば…よかった」
「?」
みのりの意味不明な発言に逆は小首を傾げた。
「みんな…ありがとう…わたし…ばか…だね…じぶ…み…より…みん…しんじ…よか…たね。」
「うわごとですかな?ふん、だが今度は油断しませんよ」
唇の端を歪めるようにして、笑みを浮かべるとみのりを見下ろした。
もはや、終わりしか有り得なかった.
ジャンジャカジャンジャン♪
いきなり何か弦楽器の音が聞こえた。
ふと手を止め、逆は音の方向を見た。
「ちょおいと待ってください」
そこには黒い肌に金髪碧眼の青年、じゅらい亭の常連のひとり「このは」が「うくれれ」
を片手に、切り株に片足をのせて立っていたのだった。
雨が降っている。奇麗すぎる夕焼けの後には雨が降るというが、まさにその通りになって
いた。
空は厚き雲に覆われ、星はおろか、月すら見る事はかなわなかった。
闇夜の雨の中、クレインは傘もささずに走っていた。
「くそっ!どこいっちまったんだよ!?」
きょろきょろと辺りを見回しながら、火狩の姿を探す。
火狩の姿は、ない。
右手に持った、小型の計器がピッピッと音を立てる。
「ポシビリティクラスC+…かろうじて、か」
降りしきる雨の中、赤毛の少女は濡れるのも気にせずに道を歩く男を見た。
男は、かなりがっしりとした体格で、片手にかさを持ち、もう片手にはやや幅広の剣を
持っていた。
少女は、男のまえを塞ぐように移動する。
「なんだ?お嬢ちゃん?」
「ボクと勝負してよ。勝ったらこれをあげるよ」
そう言って地面にどさっとかなり大きめの袋を落とす。
中からは、ファンタ貨がこぼれ出していた。
「ふん、腕試しか?プロの傭兵の怖さってやつを教えてやるぜ!」
そう言いながら、男は傘をすて剣を構えた。
少女は相変らず無表情のままで一言つぶやく。
「来い、レーヴァテイン」
次の瞬間、彼女の右手から炎が吹き出し、それはやがて剣の形を取った。
剣というには、あまりにも無骨すぎる、巨大な鉄塊と言った方がふさわしい代物だが。
「ま、魔法の剣か、だが当たらなければっ!?」
男は、セリフの最中で急に倒れ伏した。
「???」
右手が無かった。剣を握っているハズの右手が。
ただ、焼けて黒くなった「物」が彼の右手の方に転がっていた。
少女はすでに魔剣レーヴァテインを上段に構えている。
「弱すぎ」
「ひっひいいっ!」
呟く少女に、答えるように男は悲鳴を上げる。
「うるさいよ」
振り下ろされるレーヴァテイン。今まさに真っ二つになろうかといったところで、剣は
その進行を止めた。男はすでに恐怖のあまり気絶している。
少女は、ゆっくりと振り向いた。
そこに立っているのは黒髪に黒い瞳の若い男。
「どうしてきたの?…言ったよね、次は「狩る」って」
「かがりちゃんを、止めたかったんだ。どうしても、信じられなかったから。」
クレインは息を整えながら、言葉を選びつつ答えた。
「あんなに、喜んだり、笑ったり…できる娘がさ、『物』のハズないじゃないか」
「ボクは、物。それ以上でも、それ以下でもない。」
答える、火狩。どこか悲しげに。
間違ってる、とクレインは思った。
「スターファイア…Moon Micro社の召喚システム。早く抜きなよ。じゃないと
ボクには勝てないよ」
「知っているのかい、これを?」
少し驚いて、クレイン。
知っている人間の数は限られている筈だ。
「ボクの、親戚みたいなものだね。そんな事どうでもいいじゃないか。早く構えなよ。」
「ああ…」
答えながら、のろのろとスターファイアに手を伸ばす。そしてゆっくりと、構えた。
火狩はレーヴァテインを再び上段に構える。
が…
「!?」
クレインはスターファイアから手を離した。重力にひかれ、スローモーションのように
スターファイアが落ちる。ぱちゃっと水音を立ててスターファイアが転がる。
「必要無いよ」
クレインは穏やかな笑みを浮かべながら両手をゆっくりと広げる。
完全に無抵抗だ。
「必要ないって…そんなハズないないだろうっ!クレインさんは死にたいのっ!?」
火狩は怒ったように言った。
感情をあらわに、人間として。
「きっとかがりちゃんには俺を殺すなんてできないからねっ♪」
クレインは自信たっぷりに言う。
実際のところは半々だった。
火狩は『自分は物だから』というのを何度も繰り返していた。
それは『自分は物じゃない』と思ってる事の裏返しともとれた。
だからきっかけさえあげれば、その呪縛から解き放つ事ができるかもしれない、と思った
のだ。
『物』だから人を殺す。『物』だから人を狩れる。そう思っているのだ。
だから、『人』だと思わせてあげればやめるかもしれない。
何より、クレインは火狩に喜んだり、笑ったりしていて欲しいと思った。
できなきゃ真っ二つかぁ…
ちょびっとだけ後悔あるかも…
なんとなくクレインはヴィシュヌの泣き顔を思い浮かべていた。
「そんなこと、ないっ!ボクは、物だから、できるっ!」
「できないよ。かがりちゃんは「人」だからねっ♪」
「だって…ちがうっ!ボクは、ボクは物だっ!だって、じゃなければ…」
泣きそうな顔の火狩。
「たくさんの人を殺したっ!ボクは物だからっ!物じゃなきゃっ!いけないんだっ!」
叫びながら火狩は、レーヴァテインを振り下ろした。
こぼれ落ちる涙。
果たして、レーヴァテインはクレインを砕いてはいなかった。
剣にまとわりつく炎がちょっとばかり熱かったが。
「どうしてっ!?どうして逃げないんだよっ!?」
「………」
「逃げればっ!口先だけだと思えたのにっ!」
レーヴァテインが現れたのと同じようにふっと消える。
火狩は涙をぼろぼろとこぼしながらがっくりと膝をついた。
クレインはゆっくりと火狩にちかづいて、片膝をついた。
やさしく肩を抱きながらクレインは言った。
「もう、いいんだよ?」
きっと言ってほしかった言葉。
待ってた言葉。
「だって、ボク、たくさんの人を殺したよ?」
「だったら、これからは人を助ければいい。殺したのと同じぐらいの、人をね」
涙をぼろぼろこぼしながら言う火狩にクレインはやさしく答える。
きっと、人を殺した事をいつまでも、心の傷として残していたのだろう。
それに耐えられなくなって、心がアンバランスになっていったのだろうか。
「でも、ボク、物じゃなくなっちゃったら、どうすればいいの?帰る場所も、するべき事
も分からないよ?」
「わからないなら、考えればいいんだよ。帰る場所は、これから探せばいいじゃないか♪」
「わかんないよ…」
うつむいて答える火狩。
「じゃあ、俺も一緒に考えるからさ、ほらっ、もう泣くの止めようっ♪」
「ほんとに?」
クレインの顔を見上げながら、火狩は尋ねる。
ううっ!かわいいっ!
ここでうなずかなきゃ男じゃないぜっ♪
クレインはこっくりと頷いた。
「うん…じゃあ、泣くのやめるねっ!」
火狩はまだ鼻をぐずぐず言わせながらも、目をゴシゴシとこすってにっこり笑った。
そして、おもむろにクレインに抱きつく。
「へ?うわっ♪」
「えへへ…冷たいハズなのに暖かいねっ!」
思わず嬉しい悲鳴を上げるクレイン。
取り合えずは、これでめでたしめでたしかな?
クレインがそう思った直後、忘れ去られた傭兵(男)がうめき声をあげる。
あ、やべー…結構後始末大変っぽいぞ…
などとも思ったが、いまは一世一代のナンパの成功を心の中で密かに祝うクレインであった。
ちょっとばかりまずいですね、とゲンキは思った。
相手のタイプは、今のゲンキにある意味似ていた。
つまり力の大半が、自己再生に向けられているのだ。
しかも魔力とは関係のないところで…
「おらあぁっ!」
例の大男が叫びとともに拳を振るう。かろうじてかわすゲンキ。
どがっと鈍い音がして、その直後に地面にひびが入った。
やたらと打撃力が強いのである。
こんな相手と戦いたいなんて愉快な奴はそうはいない。
当然、眠兎もゲンキもすでに逃げようと試みているのであるが、徒労に終わった。
逃げようとすると、その膨大な魔力を逃避のブロックにまわすのだ。
ゲンキはまだ良かった。やられても再生が効くから。
眠兎はそうはいかなかった。一撃でも当たれば致命傷は免れなかった。
「や、これはたまりませんねぇ」
ぜいぜい言いながら大男の攻撃をかわす、眠兎。もちろん気が遠くなる様な数の銃弾を
大男に叩き込んではいるが、効き目はほとんどなかった。
奇妙な拮抗状態が続いていたが、終焉は簡単にやってきた。
がくん、と眠兎の膝から力が抜けた。
「シフト」の疲労がまだ残っていたのだ。
「ぬりゃっ!」
その隙を逃さず、大男は直突きを眠兎に叩き込む。
勢い良く吹き飛び、20mは宙を舞い、ごみくずの様に転がる。
これで立ち上がれるようなら、ヒーローの資格十分だが、眠兎はぴくりとも動かなかった。
「わっとと…大丈夫ですか!?」
あわてて眠兎に駆け寄るゲンキ。
大男は追撃する様子はないようだ。
「ふはははははっ!何が最強のユニットだっ!PRT4、貴様がこの俺より優れているは
ずなどないのだっ!」
動く様子のない眠兎を見やり、大男は心底満足そうに笑った。
ここは?
闇の中、立ち上がりながら私は周りを見回した。
そばには、一人の人物が立っている。
それはもう一人の私。
「代わるか?」
「けっこうですよ。もう、貴方には身体を渡す気はありません」
そう言いながら、出口を探す。
遥か上空には光。
あそこかな?
「では、死ぬだけだな。」
「それでも、私が貴方になるよりはましです」
「ふん、口だけの男だな、お前は」
吐き棄てるように言うもう一人の私。
「どういう事です?」
「お前、みのりに約束したよな?どんなことがあってもそばにいるって。」
「…」
「今、ここで死ねば、お前は満足かもしれん。だが、約束は果たされんな」
もう一人の私が静かに言う。
もう一人の私が言うのはつねに理性的な意見だ。
ここで私が帰れば、間違いなく死ぬのは私だろう。
だが、もう一人の私ならば、確実にりくを倒せる。
「どうする?」
もう一人の私がせかす。
『いつまでも、一緒にいてね?』
みのりちゃんの言葉が心に響く。
だが、一度もう一人の私になれば…もう二度ともどれないかもしれない。
もどれないかもしれない…ならばもどれるかもしれない。
「条件が一つあります」
「なんだ?」
片眉を上げて、尋ねるもう一人の私。
「みのりちゃんを、じゅらい亭のみんなを守ってください。」
「ふん、いいだろう。ミッションとして登録する。」
もう一人の私は、そう答えると光へと向かって飛び上がった。
やがて光へと消える。
光も消える。
後に残されたのは、心の闇と、私。
「ああっ!だいじょうぶですかっ?」
ゲンキが駆け寄り、眠兎を抱き上げる。
眠兎は口からゴボゴボと鮮血を吐き続けている。
アバラがへし折れ、内臓に刺さっているらしい。
「あああ、こんな時は…」
あわてるゲンキをよそにむくり、と眠兎が起きた。
冷たい目をゲンキに向け、ゆっくりと立ち上がる。
「!?」
明らかに様子が違うのをゲンキは感じ取った。
まず、魔力が先ほど感じた、大男のものよりやや高いぐらいに高まっている事。
そして、何よりも”表情”が消えていた。
どちらかというと感情豊かな眠兎が全くの無表情になっていた。
「ふん、まだ立ち上がる力が残ってたか?だが次で終わりだ!」
そう言いながら、のっしのっしと歩いてくる大男。
そちらを何も感情の感じられない目で見る眠兎。
やがて口の中に残った血を吐き出し、眠兎は銃を捨てるとポツリとつぶやいた。
「ミッションに従い、PRT2を敵と認定。直ちに排除する」
続く