じゅらい亭日記

そして補足
文章中で一部わかりづらいマイナーな表現、事項を補足します。


「メギド」
 聖書で記述される、堕落した都市、『ソドム』と『ゴモラ』を滅ぼしたといわれる浄化
の炎の名称

「震脚」
 中国拳法独特の技法で、強く踏み込むことにより打突の威力をあげる効果がある。

以上補足終了

何か御不明な点がありましたら、ここか、チャットか、メールにてお尋ねください。
懇切丁寧にサポートいたします(^_^;

異邦人−まほろば− 第4回
冒険者> 藤原眠兎
記録日> 06月01日(月)13時35分56秒



 圧倒的な闇が広がる。心の中の、闇。
 いるのは「私」ただ一人。
 生きるために交代した「俺」と「私」。
 「俺」は璃玖を殺す事ができるだろう。
 きっといとも簡単に。何の躊躇もなく。
 「私」と「俺」何が違うのだろうか。
 同じ身体を持つ、違う人格。
 本当に違う人格なのだろうか? 
 元は一人であった、「私」と「俺」。
 あの時に、「私」たちは生まれた。
 「僕」の腕の中で、ゆっくりと命を失っていく、ルーシー。
 最期まで、「僕」に心を教えてくれた、ルーシー。
『泣いているの?そう、それが悲しいという事よ』
 今でも覚えている。
 「僕」が母さんを殺した。何も感じないハズの「僕」が涙を流した。
『自分に負けちゃだめよ…あたしみたいに』
 それが母さんの、ルーシーの最期の言葉。
 そして「僕」は二人になった。
 「私」は悲しみを、感情を肯定し、母さんを殺した「力」を否定した。
 じゃあ「俺」は?「俺」は何を肯定し、何を否定したのだろう?
 疑問に答えるべきものはいない。
 ただ闇だけがそこにはあった。



 精悍な男と、ティアマトと呼ばれた金髪碧眼の美女は共に端末のディスプレイを見ていた。
 いくつもの数字と、グラフ等が並ぶなかで、二人が注目しているのは一つのグラフだった。
 そこには『possiblity』と注釈があった。
「107テラ…上の提示した数値は十分にクリアしているではないか。まだ必要が?」
「この作戦の指揮官は私よ?PRT1”司”。私がが必要と判断したならそれは必要なもの。」
「了解、ティアマト殿。」
 敬礼をしながら司は答えた。その顔には表情一つ浮かばない。
 上司の命令には基本的に逆らう事ができないよう教育されているからだ。
 不意にディスプレイの一つが赤く光を放ち、警告音を発した。
「…万が一がおこったようだな。」
「…」
 ディスプレイに表示されているのはPRT2”璃玖”のライフデータだった。
「全身にわたる骨折、腕部損傷再生不良、生命力低下…」
 ディスプレイに次々と映し出される障害情報。増えていくばかりで減る様子はない。
 その様子を見ながらティアマトはぽつりと呟く。
「…メギドキャノン準備」
「ほう?ポジビリティ兵器を使うのか?それでは集めた意味があるまい」
「ここでPRT4を逃せば損害はおそらくこれ以上に増える」
 揶揄する司を無視し、端末にすさまじいスピードでデータを入力するティアマト。
 無言で司はティアマトの横顔を見た。
 ティアマトの表情にはあきらかに”憎悪”が浮かんでいた。



 雨の中、血臭が漂っていた。
 闇の中立つ、黒翼をそなえ、漆黒の鎌を持つ黒衣の男。
 その名は逆。
 対するは黒い肌の美貌の吟遊詩人「このは」とその楽器(?)「うくれれ」。
 明らかにアンバランスな組み合わせ。
「道化に用はございませんな。だが目障りではある」
 そういいながら逆はこのはの方に視線を向ける。
 その目は歓喜に満ち溢れていた。
 目撃者は消さねばならない。
 『殺せる』のだ。
 目に異様な光をたたえながらゆっくりとこのは達に近づく逆。
 その様子は堕天使というよりも「死神」の方がふさわしかった。
「…目が、かなり、いってますね」
 このはは逆の目に明らかな狂気を見た。
 冷や汗が自然と背筋を走る。
「不運でしたな」
 逆は、ばさりと一つはばたくと姿が霞むようなスピードで踏み込み、鎌を振りかざした。
 ジッ!
 奇妙な音を立てて鎌が弾き返される。
 このはの前には黒髪黒目の青年が淡く光る剣を手に立っていた。
「てめぇがなっ!『滅火っ!』」
 青年、幻希は言葉とともに必殺の技を叩き込もうとした。
「ッエウッサディアンッ!」
 同時に逆が悪魔を一体呼び出す。
 焼かれたのは悪魔だった。
「アンチポジビリティ…相手にしてられませんな」
 いいながら後ろに飛びすさる。
 『素体の確保、あるいは破壊』が逆に与えられた任務だった。
 高ポジビリティの人間を刈るのは火狩の仕事だ。
 無理に相手をする必要はない。
 飛びながら背後を確認する。
 そこにいるべき素体、四季みのりはいなかった。
「!?」
 あの怪我で動けるはずは?
 思った瞬間、背後に殺気を感じ、反射的に悪魔を召喚する。
「ンディウェグァルファッ!」
「くらえっ『張りせん乱舞!』」
 背後で召喚された悪魔がハリセンでめった打ちにされる。
 やはり消滅する悪魔。
「ちぃっ!やりますねっ!」
 レジェンドが思わず口走る。
 どうなっている?
 逆はやや混乱しながら上空へと逃げた。
 空までは追ってこれまい。
 そう考えたからだ。
 下を見ると何人かの人間がこちらをうかがっていた。
 いずれも、あの酒場にいた人間だ。
 こうも高ポジビリティの人間がいては勝ち目はない。
 早々に立ち去る事を逆は決意した。いずれにせよ呪いがある限り素体に命はないのだ。
 自らの手で殺せないのは残念ではあるが。
「光になれぇえええええっ!」
「なんですと!?」
 声は上の方からした。
 巨大かつ奇妙なハンマーを持った男が落下してくる。
 間に合わない、と判断した逆は反射的にハンマーをその鎌で受け止める。
 ぱぁっっと光の粒になって消える鎌。
 その代わりと言ってはなんだが、じゅらいはそのまま自由落下して行く。
「く…呪いがっ!」
 だが、迷っている暇はなかった。
 下では、幻希が飛び上がりはじめ、レジェンドがハリセンを構え、じゅらいはぐったりし
ていた。
 逆は翼で自らの身を包んだ。
 闇に紛れるようにその姿が消えていく。
 そして本当に姿が消えてなくなった。
「ちぃっ!逃したかっ!」
 幻希が悔しそうに呟く。女性を敬う彼にしてみれば、逆の様な人種は敵以外の何者でもない。
「みのり殿は大丈夫でござるか?」
 むくりとじゅらいは起き上がってそばでハリセンを構えているレジェンドに尋ねた。
 レジェンドも心配そうな顔をしている。
「このはさんに気を取られてるうちに風花さん達の所に送りましたけど…」
 そう言いながらじゅらいを助け起こすレジェンド。
 ここにいても仕方がない、と4人と1つはとりあえず転移させたみのりの元へと向かった。


 あたりに血の匂いがあふれている。
 一目見ただけで致命傷だとわかった。
 腹は切り裂かれ内臓は露出し、出血はかなり多かった。
 どちらかというと苦手なスプラッタの部類だったが、そんな事を言っている場合じゃあない。
「癒しの風!」
 風花の『力ある言葉』と共に辺りにやわらかな風が吹き始める。
 いつもなら瞬時に傷が治るのだが、今回はじわりじわりとしか治っていかない。
 膝から力が抜ける。
 もう倒れてしまいたい。
 でも、他に治せる人はいないのだ。
 頑張らなきゃ!
 自分にそう言い聞かせて、風花はみのりの治癒を続けた。
 倒れそうになる身体を付き添いで来ていた陽滝が支える。
 燈爽が「風花様ふぁいとですぅ」と握りこぶしを作りながら励ました。
 風花は陽滝と燈爽の二人と笑顔をかわすと再び集中しはじめた。
 傷は少しずつ、そして確実に治りはじめていた。


 繁みをかき分け、4人と1つは進んだ。
 万が一を考え、治療班と攻撃班に分けたのだが…
 精神的にはあまりよろしくなかった。
「おい、どこでどうなってんだよ!?」
「もう少しですってば」
「大丈夫でござろうか…」
「無事だといいですね…」
 口々に言いながら4人と1つは繁みをかき分け突き進む。
 がばっと繁みをかき分けると、ちょっと開けた空間に4人の女性がいた。
 そのうち全く無事なのは二人、「クリーナ」を持った燈爽と陽滝だ。
 陽滝は力の使いすぎでぐったりする風花を見ていて、燈爽はおっかなびっくり辺りを警戒
していた。
「あ、レジェンド様ぁ、それに皆さんもご無事だったんですねぇ〜!」
 レジェンド達に気付いた燈爽が嬉しそうに言う。
「それよりみのりちゃんは?」
 そのレジェンドの言葉に触発されたのか、皆(燈爽も含めて)どやどやと寝かされている
みのりと、風花の元へと向かう。
「陽滝、どうでござるか?」
「もうばっちりです!」
 陽滝の代わりに答えたのは木にもたれかかって疲れきった顔をしている風花だった。
 色濃く刻まれた疲労の中に、どこか充実感が漂っている。
「まだ目を覚ましてないけど、大丈夫だと思う」
 陽滝がみのりに注目する皆に説明する。
 みのりは陽滝の3枚組マントのうちの一枚を被せられて、まるで眠り姫のように眠っていた。
 青白い顔色が、出血の多さを物語っている。
「ん…」
 皆が注目する中、やがてみのりはゆっくりと目を開いた。
「おおっ、やったぜ!」
「ふぅー」
「大丈夫でござるか?」
「危ない所でしたね」
「やったやったですぅ〜」
「ほっ…」
「よかったー!」
 皆が口々に安堵の言葉を漏らす。
 みのりは、どこかぼうっとした頭で、皆の顔を見回した。
「…わたし…ごめんなさい」
 みのりは何とか身体を起こして皆に頭を下げた。
 迷惑をかけたくなかったから一人で飛び出したのに、結局迷惑をかけてしまったのだ。
「ん、ああ、気にすんなって!」
 と幻希は答えた。多分本当に気にしていない。
「ご無事で何よりです」
 このはが言う。心底ほっとしたように。
「無茶はだめですよ。眠兎さんも心配しますよ?」
 レジェンドはにっこりと笑いながら。
「一人で考えすぎてしまうのはみのり殿の悪い癖でござるよ。眠兎殿だけでなく、拙者達に
もドンドン頼るでござるよ。」
「そうそう、一緒に働いてるんだしね」
「あぅ〜そうですぅ〜」
 じゅらいの言葉に陽滝と燈爽がうんうんと頷く。
 風花は特に何も言わなかったが、笑みを浮かべている。
 寒いハズのからだが、不思議とあたたかかった。
 ぽたっと、みのりの手の甲にあたたかい水滴が落ちた。

 雨、まだふってるのかな?
 そう思ってみあげた空はすでに月が出始めていた。
 じゃあ、これは?
 視界がぼやけている。
 涙。
 わたし、泣いてる。
 悲しいからじゃない、嬉しかったから。
 鳴咽がもれる。
 何だか今まで張り詰めていたものがぷっつりと切れてしまったかのように。
 何とか落ち着かせながら、わたしはようやく一言だけ、万感の思いを込めていった。

「…あり…がとう…」

 雨雲はすでになく、星月はその光を取り戻し、夜を柔らかく照らしはじめていた。



 たった一つの出会いが少女を変えた。
 何億、何兆分の1の偶然が生み出した奇跡。
 そして芽生えた心、初めて感じる戸惑い。
 芋虫がさなぎへと姿を変えるように、彼女は『物』から『人』へと生まれ変わった。
 だがそれがどんな蝶になるのかは、まだ、誰にもわからなかった。


「さってっと、そろそろいこっか♪」
 クレインは自分の腕の中で甘えるように体を預けている火狩に不意に声をかけた。
「えっ…あっ…うんっ…」
 高ぶっていた感情が少し落ち着いたのか、急に気恥ずかしくなって火狩は少し名残惜しそ
うに離れた。

 ボク、どうしちゃったんだろう…
 ひどくドキドキするし、何だか身体が熱いよ…

「そういえばさ」
「あ、うんっ、何っ?」
 スターファイアを拾いながらクレインは何気なく尋ねる。
「これ…知ってたよね?どうして?」
「スターファイアの事?ボクは情報として与えられただけだから…どうしてって言われて
も…」
 戸惑ったように答える火狩。心なしか表情が暗く沈む。
「ボクは、ボクや、兄さん達と同じように神の力を利用するために作られた物だって聞い
たよ。」
「あ…」
「ただ、コンセプトが違うって…。スターファイアは必要な神の力を必要な時に利用する
ために…ボク達は決まった神の力を応用して使うために作られたって…」
 言いながらどんどん火狩は気持ちが沈んでいった。
 他ならぬ自分が「作られたもの」であるとわざわざ説明しているようなものなのだ。
「…ごめん、変な事言わせちゃって…」
「ううんっ!クレインさんは悪くないよっ!…だって、本当の事、なんだからさ」
 謝るクレインに火狩は無理に笑顔を作って答えた。
 作っているとわかってしまうような笑顔なのだ。それだけに痛々しいものがあった。
 途端に重苦しくなる空気。
 しかし意外な所に救世主はいたのだった。
「うううっ…」
 と火狩に腕を焼かれた傭兵がうめき声をあげた。
 今すぐにでも死にそうな青い顔をしている。
「あ、やべ〜忘れてた…召喚っ!ヴィシュヌ!」
 クレインの言葉にスターファイアが反応し、黒髪に黒い瞳、浅黒い肌の白いローブのよ
うなワンピースを身にまとったタレ目の女の子が召喚される。
「はい〜ご主人様〜なんか御用ですか〜…あ〜またナンパですね〜」
 召喚されるなりいきなり怒るヴィシュヌ。
 頬をぷうっと膨らましてすねたようにクレインの二の腕をつねる。
「いや、そうじゃなくてって…つねるな! 」
 ヴィシュヌは所有者意識むき出しで怒っていたし、クレインはそれを心底嫌がってはい
なかった。
 呼び出されたヴィシュヌとクレインのやり取りを呆然と火狩は見ていた。
 火狩は右手を自然に左胸の上のあたりでにぎる。
 何だか、胸が苦しいのだ。

 …何だろう…悲しい…いらいらする…

「ほら、あそこの人、治してやってくれ」
「あ、はい〜」
 クレインが話題を変えるように命令すると、ヴィシュヌはふらふらと傭兵の方に歩いていった。
 傭兵の焼き切れた腕を見てヴィシュヌは眉をしかめたがすぐにいつものように治療を始めた。
 普段よりもややゆっくりと腕は再生されていく。
「大丈夫?身体の調子悪いのかい?」
 何か様子のおかしい火狩を見て心配そうにクレインは尋ねた。
「あ、うん…」
 生返事をしながら火狩は治っていく傭兵の腕を呆然と見ていた。
「終わりました〜御主人様〜」
「ああ、ご苦労さん」
 間延びした口調で話しながらも、すばやく密かにクレインのすぐそばの位置をキープする
ヴィシュヌ。
 火狩はその様子をぼんやりと見ていた。
「火狩ちゃん?」
「あっ!うんっ!何でもないよっ!どっか行くんだよねっ!?」
「ああ、うん…でもほんとに大丈夫? 」
 さっきまでの調子で答える火狩。
 クレインは、どこかおかしさを感じて尋ねる。
 さっきまで極度の心理的ストレスにさらされていたのだ。
 何があってもおかしくはない。
「だいじょうぶだよっ!行こうっ!」
 火狩は元気いっぱいに答えた。
 元気よく答えられたのは、クレインが心配してくれるのが嬉しかったからだ、
「そっか…じゃあ、ついてきてね♪」
 そういつもの調子で言うとクレインはにっこりと笑って歩きはじめる。
 本来だったらすばやく火狩の肩に手でも回したい所だが、さすがにヴィシュヌが怒りそう
なのでやめた。
 火狩はなんとなくクレインの横を歩きながらちらっとヴィシュヌの方を見た。
 視線の先にあるものはヴィシュヌの細い指先。

 奇麗な指先…人を治す事のできる、やさしい手。
 ボクの、手…。壊す事しかできない…ボクの手…

 自分の手に視線を落とす火狩。
 ゆびぬきの赤い革手袋に覆われた、割と小さ目の手。
 火狩にはその赤が、くすんだ、血の乾いた赤色に見えた。
 不意に涙が浮かんでくる。
 クレインにばれないように、慌てて火狩は目をこすった。
 手袋は、古い血の匂いがした。

 血に汚れた、人殺しの手…ボクの…汚れた手…

 火狩は半歩ほど下がってクレインの後についていく。
 一緒に並んで歩く資格すらない気がした。
 雨はいつのまにか止んで、雲は流れ、星月があたりを照らしはじめていた。

 だが星や月は、いくら輝いても火狩の心を闇を照らすことはなかった。



 体力消耗度40%、右側第3、4、5肋骨破損、同破損による肺損傷…オートリペアリング
システム起動不可により現在回復不能…限界最高高速機動回数15回。

 自分の損傷度を確認しながら眠兎はゲンキの方を見る。
「な、何です?」
 ゲンキは思わず上ずった声で尋ねる。
 今まで一緒に旅してきた眠兎とは全くの別人であることは一目瞭然なのだ。
 魔力も、態度もまるで違う。
「…衝撃に、備えろ」
 眠兎はそれだけ言うと近づいてくる大男…PRT2”璃玖”に視線を向けた。
「ふん、引導を渡してくれるわっ!」
 大声で宣言し、璃玖はいっきに間合いを詰めはじめる。
 まるで重戦車がせまってくるようなすさまじい威圧感を撒き散らしながら走る璃玖。

 キイイイィィィッ!

 何かを引き裂く様なすさまじい爆音が響き渡る。
 爆音とともに、璃玖は宙を跳ね回り、最後に激しく大地に叩きつけられ大きくバウンドし、
空中で突如軌道を変えて後方へと吹き飛ばされる。璃玖の四肢とアバラは全て砕かれ、頚骨や
背骨も衝撃で折れていた。
 そして眠兎は、先程まで璃玖がいた地点にすでに立っていた。

 ほ、ほとんど見えなかった…。

 巻き起こった衝撃波に耐えながら、ゲンキは驚きを隠せなかった。
 爆音と共に眠兎がこちらに向かって来る璃玖の元にあらわれ、鳩尾にアッパー気味のボディ
ブロウを打ち、浮いた身体の急所に次々と突きが、蹴りが、抜き手が叩き込まれていった。そ
して最後にかかと落としがPRT2のこめかみにヒットし、さらに地面に叩き付けられバウン
ドする身体に後ろ回し蹴りが叩き込まれた。そしてようやく動きを止める眠兎。
 これがゲンキの見た全てだった。ただし打突の瞬間の、動きが止まった一瞬一瞬しか把握で
きなかった。その一瞬すらも姿があまりの高速に霞んで見えかろうじてようやく把握できたと
いった所なのだ。
「ふはははははっ!きかぬっ!」
 だが、璃玖は哄笑とともに何事もなかったかのように立ち上がった。
 傷は瞬時に再生され、損傷部位はもはや存在しない。
 やや間合いの離れた眠兎をにらみながら璃玖は再び構える。
「さすがに『ヘルメス』、速いとは認めてやろう…だがっ!我が肉体は折れぬ!朽ちぬ!
果てぬ!」
「…今のは、警告だ。まだ闘うのなら、壊す」
 嘲笑う璃玖に、冷水を浴びせるように眠兎が宣言する。
 その言葉に璃玖は憤怒の形相を浮かべた。
「貴様に、何ができるっ!いくら貴様の攻撃があたろうとも、この俺には効かぬ!しかも
貴様は消耗し一撃でもあたれば死ぬ!貴様は所詮は『移動、伝令』の神格、『闘神』の神
格を持つ『メーガナーダ』の神格を持つこの俺には!勝てぬっ!!」
 言いながら、璃玖は再び前進をはじめた。
「そうか、では破壊する」
 眠兎はただ、宣言した。何の感情も含めずに、機械的に。
 憤怒の形相のまま間合いを詰める璃玖。
 眠兎は軽く身構える。
「最強のユニットはPRT4、貴様ではなくこの俺だっ!どりゃっ!」
 璃玖は一足で間合いを詰めると震脚と共に左拳直突きを繰り出した。
 眠兎は最小限の動きで突きを交わすと、ちょうどクロスカウンターの様にフック気味に
右腕を交差させる。
 ゴキンッ!
 鈍い音と共に璃玖の左肘関節が砕けた。
 眠兎は右内碗部を璃玖の左肘関節に叩き付けることにより、自分の首を支点にし関節を
極めて折ったのだ。
「ぬぅっ!とりゃっ!」
 ひるまず、璃玖はより深く踏み込み、震脚と共に右肩から当たるように体当たりを繰り
出した。
 眠兎はその動きに合わせるように後ろに身体をひねりながら前転する。右足を璃玖の左
足の内側から絡める様に引っ掛け、極めた左腕を巻き込むように引き込む。足を払われ前
傾姿勢になった璃玖も、自然と眠兎に巻き込まれるような形で前転する。眠兎は絡めた足
を支点に今度は膝固めを極める。
 ブチッ、ゴキッ!
 筋の断ち切れる音、膝関節の砕ける音が響く。
 眠兎は何の躊躇もなく璃玖の左膝を破壊すると、すばやく離れて間合いをとった。
「無駄だ!いくら貴様がこの身を攻撃しようとも、破壊することはかなわぬ!」
 あざけるように大声で言うと璃玖は立ち上がろうとして…立ち上がれなかった。
 左肘、膝、両関節とも破壊されたままで再生しなかった。
「な!?」
 初めて璃玖の顔に動揺が浮かぶ。
 ゲンキは呆然とその様子を見ていた。
 信じられないものを見ている気分だった。
 眠兎の攻撃が決まる度に璃玖の身体から発散する魔力が失われていく。
 そして眠兎の魔力がその度に増えていくのだ。
「PRT2、お前は重大なミスを犯した。俺の神格は移動、伝令、そして盗み…。お前の
『左腕』と『左膝』のポジビリティを奪った。二度とは治らん」
 まるで死刑を宣告するように、冷徹に言う眠兎。
 実際それは死刑宣告に等しかった。

 こんな手があったなんて…

 ゲンキは驚きを隠せなかった。
 別にゲンキとて遊んでいた訳ではない。
 ほぼ不死に近い再生能力…それを打ち崩すためにはそれを上回る火力か、あるいは異次
元に放逐するかと考えていた。
 間合いを離したら、魔王呪法『ソルクラッシャー』をかなりの魔力で撃ち、再生中に異
次元に飛ばしてしまうつもりだったのだが…必要はなくなってしまった。
 味方でよかった…と、思うと共に一抹の不安は隠せなかった。


 あとは一方的な破壊行為だった。眠兎は璃玖の身体を次々と破壊していった。末端から
確実に、行動力を奪っていく。
「ぐっがぁっ!」
 最後に右肩の関節を破壊され、うめき声をあげる璃玖。
 その顔は恐怖で歪んでいた。
「己が力への過信が死を招いたな。死ね」
「ひぃっ!」
 悲鳴を上げる璃玖。
 眠兎は璃玖の首に右足をのせ体重をかけた。みしみしと音がする。
「眠兎さん、何もそこまでする必要はっ!?」
 あまりのことにゲンキは眠兎を止めようと後ろから羽交い締めにしようとするゲンキ。
 次の瞬間、ゲンキの首に激しい衝撃が走った。
 気管が圧迫され呼吸が困難となり、意識が遠のく。
 眠兎がラリアートぎみに右内碗をゲンキの首に叩き込んだのだ。
 そのまま後ろに跳ぶような感覚。
 まるで首を掴まれたたまま、引っ張られているようだった。
「なぜ、こんな無駄な事を…」
 失せゆく意識の中、ゲンキは眠兎の呟きを聞いた。
 次の瞬間、不意に空に闇が現われそこから光の筋が地面へと向かって走った。
 やがて光が大地に到達し、膨大なエネルギーが開放される。
 それはまるで聖書に描かれた、ソドムとゴモラを焼き尽くした「浄化の炎」の様に、何
もかもを焼き尽くした。
 そして着弾点より半径100kmが光に包まれ、何もかもが消滅した。
 あとには何も残らなかった。
 璃玖も、ゲンキも、眠兎も。
 人や建物はおろか、草木一本すらも。
 何もかも消えた。



 続く


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