【じゅらい亭RPG2】

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愛と情熱の学園祭編−最終話・前編−



最終話「前編」 投稿者:藤原眠兎  掲載日:2002.04.02/2003.04.26




 透き通るような青い空。
 気持ちよさそうにゆっくりと流れていく白い雲。
 天気はいわゆる秋晴れだった。
 やっぱりこんな日は外で散歩した方がいいにきまっている。
 そんな風に考えながらルネアは上機嫌そうに屋外の催し物を見物して回っていた。
 さて、と。
 次はどこに行こうかなぁ
 ヴァーチャルシティ・ラクーンも悪くはないけど、どうせならやっぱりこの気持ちいい空の下にいられるのがいいな。

「そうすると、っと」

 ルネアはサイドバッグから、コミケのカタログも真っ青の分厚い学園祭案内を取り出した。
 外でやってそうな催し物で面白そうなのは…
 長くて艶やかなポニーテールを揺らしながら、ルネアは少し考えてみた。

 1.親バカ自慢徹底討論会だと思った。
 2.ミス&ミスターコンテストだと思った。
 3.耐久アドリブ劇場だと思った。

 耐久アドリブ劇場だと思った。

「…っていうか、親バカ自慢なんて誰が見に行くってのよ?」

 ルネアは自分で勝手に弟切草風の選択肢を作っておいて、思わず自分で自分にツッコミを入れる。
 まぁ、誰がこれ以上ボケるわけでもないのだが。

「…よ…よよよ……」

 ところが誰かがボケる代わりといっては何だが、いかにも悲しげかつ悔しげなすすり泣きが聞こえてきた。
 その悲壮感といったらスネ夫に仲間外れにされたのび太級。

「…?」

 その悲壮感につられてルネアが視線を向けると、そこには割れた花瓶を放り出して、地面を叩いて悔しがっている少女が一人。
 割れた花瓶の柄には見覚えがあった。
 元に戻ろうとむにむに動いているあたり、あれは花瓶さんだろう(大変ややこしい)。

「ねぇ、どうかしたの?」

 花瓶は粉々になっているので、ルネアは女の子の方に声をかけた。
 少女が伏せていた顔を上げる。
 茶色い短めの髪に、涙に濡れている黒目がちの瞳。
 幼さの残るその顔つきはどう見ても下級生って感じだ。
 だが、彼女は下級生などではなく、むしろ年上だと言うことがルネアにはわかった。
 何故って知り合いだから。

「あれ、Kuuさんじゃない。どしたの?」

 ルネアはそう言いながら、ポケットからハンカチを取り出して顔をぬぐってやる。
 本来は自分よりも年上の人にこんな事をするのはちょっとヘンかなとは思いつつも、今のKuuはそれ思う以上の哀れっぷりだった。

「…う、ううう…た、大切なか…じゃなかった、物をだましとられてしまったのです……」

 か、のあとは何だったのかな。
 ふとそんな疑問がルネアの頭を掠めたが、あまりその辺は気にしないことにした。
 何しろ重要なのは”か某”ではなく、”だまし取られた”事なのである。

「え?だまし取ったんじゃなくてだまし取られたの?Kuuさんが?」

 ルネアは素直な疑問を口にした。
 こと、小金に関することならば人数倍の頭の回転を誇るKuuから物を騙し取るというのは容易なような困難なような。

「…うう…怪しげな催眠術のようなもので…ううう何がファイナルアンサーですかぁ…」

 再び号泣して、バンバンと地面を叩くKuu。
 ルネアはその背中をぽんぽんとあやすように、ぽんぽんと軽く叩いた。
 普通にだまし取ったんならともかく、変な術を使ってってのはちょっと許しがたい。
 極論すれば、それってただの強盗ではなかろうか。
 知り合いをここまで哀れな有様にしてしまったと言うのもちょっと許せない。

「ほら、Kuuさん、顔を上げて。今からあたしが力づくでも取り返してきてあげるから!」

 こんな話を聞いて黙ってはいられなくなって、ルネアは力強く言った。
 もちろんこの場をやり過ごすための、落ち着かせるために言ったような言葉ではない。
 本気でそのつもりなのだ。

「…うう…本当ですか?」

 ごしごしと目をこすりながらKuuが上目遣いに尋ねる。
 ルネアはにこりと笑うとKuuに手を差し出した。

「もちろん、ちゃーんと落とし前つけてあげるわ!」

 ルネアの手にすがるようにつかまったKuuにルネアは答える。

「うう…ありがとうございます。」

 Kuuは心底申し訳なさそうに言って、よろよろと立ち上がった。
 ルネアはとてもいい子だった。
 素直で、やさしくて、明るくて、正義感があって、おまけに外見まで可愛いので言う事無しだ。
 ちょいとばかり暴力的ではあるが。

「で、そいつはどんな奴で、どっちのほうに行ったの?」

 そう尋ねながら、ルネアはぺきぺきと指を鳴らした。
 やる気充分といった感じだ。

「はい…それがふっと消えたのでいったいどこに行ったのやら…」

 Kuuはうつむいたまま弱々しく質問に答えた。

「む…。んじゃあ、迷子係にでも聞こっか。」

 ルネアは難しい顔をして結論を出すと、「行こ!」とKuuに声をかけて歩き出す。
 Kuuは黙ってその後ろをついていった。
 これだけ大きな学園祭だ。当然迷子も多いし、はぐれてしまうことも多い。
 その対策として"迷子係"がある。
 普通の迷子係は探している側がくるのを待ち受ける受動的なものだが、この学園の迷子係はもっとアグレッシブだった。
 占いやESP等の特殊能力を駆使し、自分の探している相手を探してくれるのだ。

「大丈夫、きっと取り返してあげるからね!」

 まだうつむいて歩いているKuuに励ましの言葉をかけて、ルネアはKuuの先をずかずかと歩いていった。
 Kuuはその後ろでニヤリ、と笑みを浮かべる。
 あの短剣、ただでやるなんてとんでもない。
 せめてお金をちょっとはぶんどらないと気が済まない。
 でも、ルネアが味方の今だったら怖いもの無しだ。
 短剣を返してもらった挙句にちょっと小遣いももらえるかもしれない。
 思っていた以上の展開になり、Kuuは内心で快哉を上げていた。
 うそ泣きした甲斐もあったというものだ。
 それなりにKuuはいい子だった。
 それなりにやさしくて、明るくて、外見は歳よりも下には見られるが、可愛いと言える。
 ただ、ちょっとばかり小金に汚くて腹黒かった。



「置き去りとは酷いでやんす…」

 カチャカチャと自己修復しながら花瓶はそっと呟いた。



 元:親バカ自慢徹底討論会会場、現:まい・らぶれぼりゅーしょん21・どぅたー月夜を悩ますくしゃみの原因を探っちゃうよ隊詰め所には隊長であるじゅらいと被害者(?)である月夜、そしていまだゴミ袋をもったままの広瀬に、何やらいろいろと探しているらしい矢神がいた。
 ここで整理しよう。
 じゅらいの目的はもちろん愛娘月夜の謎のアレルゲン反応を止める事である。
 では矢神と広瀬の目的はなんなのであろうか。
 矢神には何か目的があるようだった。
 少なくとも何時の間にかなくなってしまった、各種ザンヤル○の剣(○の位置は不定)を探している。
 だが、広瀬には何の目的もなかった。
 強いて言うなら自分の頭に叩きつけられた(?)ザン○ルマの剣を矢神に返しにきたのだが、ゴミ袋を抱えて歩き始めたあたりでちょっとあやふやになりつつある。

「あ、矢神くん、落ちてた…って言うのかな?ともかくこれ拾ったから返すね」

 いろいろごたごたあって、忘れかけていた目的をはたと思い出して、広瀬は矢神にザン○ルマの剣を差し出した。

「ふむ。」

 矢神はあごに指を当てて軽く思案する。
 その頭の中でいかなる計算が行われたのか。

「いや、そのままお持ちいただけますかね?(笑)」

 さわやかな(笑)と共に矢神は広瀬に告げた。
 一瞬、広瀬は「はぁ?」といった表情を浮かべたがすぐに何かに納得したような顔をする。

「ま、いいけどね。一応聞いとくけど理由は何?」

 軽く肩をすくめながら広瀬は矢神に尋ねた。

「さて、その問いは広瀬さんが納得した理由とイコールで結ばれると思いますがね。まぁ、たまにはこういうのもいいのでは?」

 珍しく、笑みもなく矢神は問いに答えた。
 広瀬は軽くため息をつく。
 そうか。
 つまり、ただ何となくそんな気がするから私に預けると言うのだ。

「矢神くんは運命論者?それとも無責任なだけ?」

 少しぐらいはつついてやらないと気が済まない。
 今、間違いなくもめ事は起こっていて、おそらくはその渦中のものを自分に押し付けようというのだ。
 ばちはあたるまい。

「さぁ、どうですかね?しかしながら世の中には適材適所という言葉もあるのは事実ですな。(笑)」

 再び笑みを浮かべて矢神は答えた。
 我知らず広瀬は、おこったような、困ったような、なんともつかない表情をしていた。
 今の答えはなんだか気に入らなかった。
 ちょっとばかりむっとくる。
 でも、何が気に入らないんだか、自分でもわからない。
 そんなに腹を立てるような言葉でもないはずだ。
 なのに腹立たしい。
 どう言ったものか。

「んー、何が何やらさっぱりだが、どういう状況なのかね、矢神くん、広瀬くん?」

 眉根にしわを寄せてじゅらいが渋い顔で言う。
 くしゃみも収まった月夜が、じゅらいの真似をしているつもりなのか同じように困ったような顔をしている。

「そんなの私だってさっぱりです。」

 腹立ち紛れというのもあるが、広瀬はじゅらいにきっぱりと答えた。
 一同の視線が必然的に矢神に集まる。

「いや、具体的にはわかってる訳ではないんですがね。まぁ、しかしながら判っていることもあるのも事実でして」

 皆の視線にあいも変らぬ笑顔のままで矢神は答えた。
 ふむ、とじゅらいが呟く。
 ふぅん?と広瀬が興味深げな声をあげる。
 むむむ、と、とりあえず真似をする月夜。

「私の管理している力が必要となる事態になっているという事です。」

 さらり、と矢神は告げて、懐から短剣を取り出した。
 これは本物だ、と直感した。
 そう感じたのはもちろん広瀬とじゅらいだ。
 その名前はちょいとばかし都合があって書けなかったが、本物に違いない、と二人には思えた。

「そのザンヤ○マの剣は本物かね?」

 じゅらいは己が直感を確かめるために矢神に尋ねる。
 矢神はその疑問に変わらぬ笑顔と柔らかな態度で

「名前は都合により出せませんがこれが本物です。そしてこちらがザンヤ○マの剣です。」

 答えながら、懐からもう一つ短剣を取り出した。
 見た目にまったく差異は無い。
 大きさ、形、装飾、果ては小さなキズまでまったく同じだった。

「ふむ、全然違いがわからんでござるな。」

 じゅらいは目を皿にして見たが、いまいち違いはわからなかった。
 広瀬も自分の持つザン○ルマの剣と、本物と、ザンヤ○マの剣とを比べてみたが、違いがあるようにはとても思えなかった。
 少なくとも表面的なものでは。

「んーん、パパ、これとこれは全然違うよ?」

 ほう、と矢神は感心したように呟く。
 ふるふろと月夜は首を振り、じゅらいの意見を否定する。

「どう違うのでござるか、月夜?」

 もっともな質問をするじゅらい。

「んーとねー…こっちの小さな剣はこっちのをマネしてるだけだよ。だから全然違うの。」

 えっへん、と胸を張って月夜は答える。
 こっちの小さな剣というのはザンヤ○マの剣の事で、こっちというのは本物の事だ。

「真似、ねぇ…守護神機能はちゃんと使えたけど?」

 広瀬はメガネスキー達に囲まれたときのことを思い出して呟く。

「さもありなん。何しろ真似しているのですから。」

 その疑問に答えるのは月夜ではなかった。
 答えた矢神は、広瀬の持っていたザン○ルマの剣をおもむろに取り上げる。
 かちゃん。
 金属質な音。
 何を思ったのか矢神は、片手で本物も贋物もいっしょくたにして持った。

「わぁ…」

 思わず月夜が感嘆の声をあげる。
 まるで手品のようだった。
 再び広げた矢神の手には三本あるはずの短剣は二本しか握られていなかった。

「はい、どうぞ(笑)」

 いつもの調子で矢神は広瀬に片方の短剣を差し出す。
 一瞬の躊躇の後、広瀬はそれを受け取った。

「それは、ザン○○マの剣です。」

 さらり、と矢神は言った。

「は?」

 間抜けな声で広瀬が聞き返す。
 じゅらいも、どこか狐につままれたような顔をしていた。

「ですから、それは本物でもザン○ルマの剣でもザンヤ○マの剣でもなく、ザン○○マの剣です。私が所持していて、なくなってしまったダミーを全て集めると○○○○○○○になりますので頑張ってくださいね(笑)」

 笑顔でとんでもない事を言う矢神。

「なんでござるか、それ。もはや元がなんだか判らなくなってしまっているでござるよ」

 じゅらいは眉をしかめて矢神に尋ねる。
 広瀬も全く同感だった。

「ですから、それこそが本来の姿なのですよ。私が管理している力、と言ったでしょう?名前とはそのものを方向付け、形付けるモノ。純粋な”力”というものには名前など存在しないのですよ。」

 矢神は軽く目を閉じて、一息ついた。

「そして、それをどう使うかは”選ばれた”広瀬さんにお任せいたしましょう。何しろ私は管理者ですゆえ。」

 軽い笑顔を浮かべる。
 管理者は”使わない”。
 ただ、”管理する”だけ。
 そう言いたいのだ。

「…っ!…それってただの無責任なんじゃないんですか?」

 一瞬、激昂しそうになったをかろうじて押さえて、広瀬は矢神に言った。

「さて、そう言われてはかないませんので探すお手伝いはいたしましょう。」

 矢神はさらりと答えて、いつもどおりの笑顔を浮かべた。
 手伝いはするが、それ以上はしない。

「別に…私が持ってる必要も探す必要もないじゃないですか…」

 広瀬は不満ありありで呟いた。
 それはそれで、もっともな言い分だ。

「その通りです。だから、今、そこのごみ箱にザン○○マの剣を捨てるとしても、それはあなたの自由です。他でもない広瀬さんの物語は広瀬さんしか選べないのですよ。」

 淡々と、まるで何かを朗読するように矢神は告げた。
 その言葉に、何を思ったのか、何を考えたのか。

「………。」

 広瀬は何も言わずきびすを返して、元親バカ自慢徹底討論会会場から出ていった。
 この場に残されたのはじゅらいと月夜と矢神。

「結局、何が起こっているのかはさっぱりでござるな。」
「それに気づいてはいけません(笑)」

 矢神はいつもの調子でじゅらいにつっこむ。

「へーちょ(>o<)」

 月夜があわせるようにくしゃみをした。




 まぶしそうに空を見上げ、青年は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
 ウロボロスだ。
 図書館地区のど真ん中で大空を見上げながら、ウロボロスはおもむろにアビスブレイドを抜き放った。
 その周辺の通りすがりの者がギョッとして彼の方を見たが、彼自身は全く意に介した様子は無かった。

「さて先代、かつてはあなたも望んだことです。もちろん協力していただけますね?」

 ウロボロスの問いに、アビスブレイドからの返答は無い。
 そうあるよう望んだのはウロボロス自身だ。
 これは茶番だ。
 茶番だがその言葉には意味がある。

「おやおや、ずいぶんと無口になられましたね先代。無論沈黙は肯定と受け取ります。よろしいですね?」

 アビスブレイドは答えない。
 かろうじてわずかに、震える。
 それは肯定なのか、否定なのか。

「…沈黙ですね、肯定と認識しました。」

 変わらぬ穏やかな笑顔のまま、ウロボロスはつぶやいた。
 そしてウロボロスは震えるアビスブレイドを、大空へとゆっくりと突き上げる。
 直後、青白い電光がまるで蛇のようにウロボロスの足から胴体、腕を這い上がっていき、やがてアビスブレイドに到達すると、よりいっそう輝きを増して蒼穹へと放たれていった。
 何事かと見ていたギャラリーからおお、と感嘆の声があがる。
 それほどに美しい光景ではあった。

「これで、ここは僕が望む場所となった。けども、さて?」

 そうつぶやきながらウロボロスはアビスブレイドを背負った鞘へと戻す。
 それでも現状を打破する可能性があるものを排除していかねばならない。
 己の理想とする完全なる世界のために。

「ふふふ…文化祭はいいねぇ」

 心底嬉しそうにつぶやいてから、いつの間にか集まっていたギャラリーに大仰に礼をした。
 わぁ、と歓声が上がる。
 この場にいた全員が魔法を用いたパフォーマンスであると勘違いしていた。
 そしてそれはある意味では正しく、そのパフォーマンスはこの後学園全体を巻き込むものへと拡大していくのであった。



 頭にきていた。
 それは間違いない。
 でも、広瀬自身には何故そこまで頭にくるのかがわからなかった。
 ただ。
 どうせ流されるだけの第三者なら考える必要などないでしょう?
 自らの意思で何かを選んでいるわけでもないのだから。
 まるでそう言われたような気がして。

「…ふぅ。」

 大きくため息。
 広瀬は陰鬱な気分で腰にさしたザン○○マの剣を眺めた。
 今はただの短剣でしかないそれは、もちろん何も答えない。

「………………。」

 無言でそれを取り外し、くるりと周りに視線をめぐらせる。
 黒色の視線がゆれて、やがてある一点を捉えた。
 それは、透明なプラスチックの容器―ふやけた焼きそばを入れて売っていたりする例のあれ―が山と詰まれたゴミ箱だった。
 考えてみれば。
 別に自分がこんな宝捜しみたいな事をしなければならないいわれは無い。
 学園は今、文化祭。自分はただそのお祭り騒ぎな雰囲気だけ感じていられればいい。
 そう思っていたのに、急に渦中に放り出された。
 じゃあ、どうすればいい?
 答えは至ってシンプル。
 たった二つしかありえない。

「ふん。」

 軽く不満げに鼻を鳴らして、広瀬はゴミ箱の中にザン○○マの剣を放り込んだ。
 広瀬が選んだ答えは、「行動しない」だった。
 あー、すっきりした…これで元のポジションに戻れる。
 そう心の中で呟きながら広瀬はきびすを返して歩き始めた。
 つかつかつか、と大股で三歩。
 もやもやする。
 何か納得いかない。

「あー、もう!」

 再度きびすを返して広瀬はごみ箱に向かうと、プラスチックの容器をガサガサとかきわけた。
 ほどなくザン○○マの剣を探し当て、拾い上げる。

「…なにやってるかなぁ」

 自分にあきれつつも、広瀬はザン○○マの剣をポケットティッシュで拭いて再び腰に差した。
 別に汚れてはいなかったが、まぁ気分だ。
 さてと、どうしたものだろうか。
 捨てるつもりが拾ってしまった。
 このまま、何もしないってのもありだとは思うけど。
 かといって何かしたいわけでもない。
 広瀬は近くのベンチに腰掛けながら徐々に思考の海へと沈んでいく。
 軽く腕を組んで目を閉じて。
 居眠りしているようだが、頭の中身はフル回転。
 でも、それでも、時間だけが無為に流れていく。
 広瀬はぐるぐると回る考えをまとめられずにただ、時々うなったりしながら座っていた。
 ただ、こうしていることで状況が動くのを待ちたいのか、それとも、終わるのを待ちたいのか。
 考えがまとまらない、それは当たり前のことだった。
 なぜなら広瀬には強力な動機が存在していないのだ。
 進めるにしても、止めるにしても、動機がない。
 だから決められない。
 ふぅ、と広瀬は軽く息を吐き出す。
 出るのはため息ばかりだ。

「何か困り事がおありで?」

 不意に。
 すぐ傍から話し掛けられた。

「え?」

 少し驚いて広瀬が目を開くと、その目の前に灰色の髪の男子生徒が立っていた。
 その背にはどこかで見たような大剣を背負っている。
 そして口元に穏やかな笑みを浮かべ、その赤い瞳でじっと広瀬の事を見ていた。
 それは安心する笑顔だ。
 誰が見てもそう感じただろう。
 そして当然、広瀬もそう感じた。
 感じたが何か奇妙な違和感も一緒にだ。
 何がどうおかしいとはいえない、何かがおかしいのだ。
 その笑顔を見ているととても安心できる気がするのに、その反面心のどこかで何かが警鐘を鳴らしている。

「何か困り事がおありで?」

 男子生徒はもう一度穏やかに繰り返した。
 まるで自分に後ろ暗いところなど何も無いとでも言わんばかりに。
 しばしの沈黙。
 やがて、警鐘を安心感が上回った。

「…まぁ、困っているといえば困っているかな?」

 ぽつり、と広瀬がつぶやくように答える。

「なるほど…どんなことですか?」

 薄く笑みを浮かべながら、男子生徒がさらに尋ねた。
 普通なら見ず知らずの人間に己が悩みを打ち明けたりするだろうか?
 否。
 普通はありえない。
 そう、普通なら。
 ここで異常なのは広瀬ではない。
 男子生徒のほうにあるのだ。

「…その……まぁ、知り合いから変な頼みごとをされちゃって…別に私じゃなくたっていいような事を押し付けられて…」

 ぶつぶつと広瀬は言葉を発する。
 具体的なことを話さなかったのは、なんとなく、だった。

「ふむ…」

 もっともらしく男子生徒がうなずいて先を促した。

「でも、頼まれたらやらないわけにはいかないし、だからといって…」

 まずい。
 ここでとめないとまずい。
 広瀬は心のどこかでそれを認識していた。
 これ以上は、きっと堰を切ったように溢れ出してしまうだろう。

「なるほど…。ふむ、まぁ、そうですね…そう難く考えなければよろしいのでは?」

 それを察したのか、聞くつもりがないのか。
 男子生徒は軽く答えた。

「嫌ならば止めれば良い。でも、しがらみがそれを許さないというのなら…せめてそれを楽しめば良い。楽しむことが出来ないのなら早く終わらせて」
「…おわらせて?」

 不意に途中で止めた男子生徒に広瀬が尋ね返す。
 男子生徒は、軽く回りに視線をめぐらせて、相変わらずの笑みで答えた。

「折角の文化祭を楽しめば良い。人から何か頼まれただけの思い出などつまらないものでしょう?何かを、それは買い食いでも何かのアトラクションでも、何でも構わないから”自分が参加して””自分が感じる”ことが大切だと思いますよ。違いますか?」

 逆にそう問われて、広瀬は言葉に詰まった。
 自分は雰囲気だけでも充分に楽しいと思った。
 それは今でもそう思う。
 けれども。
 自分は果たして、何年かたってから、思い出すことができるだろうか?
 楽しそうに笑う、忙しそうに走る、他の生徒達のように思い出すことができるのだろうか?
 たぶん、できないだろう。
 ”なんとなく”過ごした者には”なんとなく”な物しか残らない。
 それでいいと思っていた。
 そんなものだと思っていた。
 でも。
 そんなものでいいのだろうか?
 もっと。
 そう思ったっていいのではないだろうか?

「そうね…その通りね」

 広瀬は男子生徒に肯定の言葉を告げる。
 そうだ。
 その通りだ。
 ”他でもない広瀬さんの物語は広瀬さんしか選べない”
 矢神くんもあれでなかなかの詩人だね。
 私の物語は私にしか選べない。
 それが面白くてもつまらなくても、それは私の責任。
 つまらない事を押し付けられた?
 考えてみれば別に押し付けてなんかいなかった。
 好きにしろ、と彼は言ったじゃないか。
 だったら面白くしてやろうじゃない。
 ただ、なくしたものを探してくれって頼まれたんなら面白くも何ともないけど。
 この広い学園で宝探しだと思えばそれはそれで面白い。

「うん…ありがとう、なんだかすっきりした、かな?」

 とびっきりの笑顔で広瀬は男子生徒に告げた。
 男子生徒は相変わらずの笑みを浮かべながら大仰に礼をする。

「いえいえ…あなたからは代価をいただきますから。」

 礼をしたままで男子生徒はポツリとつぶやいた。

「………はい?」

 呟きをいまいち聞き損ねて広瀬が尋ね返す。
 男子生徒がゆっくりと下げていた頭を上げると赤い瞳が爛々と異様な輝きを放っていた。

「あなたの”悩みの元”もすぐになくなるでしょうし、いくらでも楽しむ時間はありますよ。」
「…何を………」

 急に冷水を浴びせられたように、広瀬の心が冷めていく。
 大体、この男子生徒は誰なのだろう?
 何故、こんな見も知らぬ男子生徒に信頼感を抱いたのか?

「この文化祭は、既に終わらない。”時”はめぐるように僕がねじった。楽しい楽しい文化祭、永遠に続く文化祭。あなたはそれを楽しめばいい。何も考えずに、何もせずに。」

 詠うように男子生徒は言葉を紡いだ。
 聞きようによっては祝福の、そして考えようによっては呪いの詩を。

「…永遠に続く…文化、祭?」

 ただ言葉を発するのさえ、異様な労力を必要とする。
 蛇ににらまれた蛙のようにとでも表現すれば良いのか、身体がまるで動かなかった。
 転移はおろか、身動ぎ一つできない。

「そう、僕はそのためにいる。本当は君のそれが必要だったんだけど…」

 言いながら男子生徒は薄く笑みを浮かべて背負った大剣をとんとん、と片手で軽くたたいた。
 応じるように、ぶるぶると大剣が震える。
 それはアビスブレイド。学園に伝わる魔剣のひとつ。

「代わりの物が手に入ったから僕の望みはもう叶った。だけど、不安の芽は摘まなきゃいけないからね」

 最後にそれだけ言って、男子生徒は広瀬の腰、ザン○○マの剣に手を伸ばす。
 悔しい。冗談じゃない。
 悔しい、悔しい、悔しい。
 せっかくやる気になったのに、いきなりそれを取り上げられて、楽しい文化祭も何もあったもんじゃない。
 広瀬は視線で人が殺せるのならナノセカンドで死に至らしめるような鋭い目で男子生徒を睨んだ。
 男子生徒が軽く肩をすくめる。

「…だめですよ、そんな目でみて」
「不意討ちぃいいいいいいいっ!」

 男子生徒の声に高い女性の声が重なった。
 確認もせずに、男子生徒は後ろに飛びのく。
 その直後、かつて男子生徒がいたあたりに一人の女生徒が飛び込んできた。
 飛び蹴りで。

「っとと、危ないなぁ。宣言してくれたから避けられましたがね。」

 相変わらず薄く笑みを浮かべながら男子生徒がその女生徒に言った。

「っさいわね。不意討ちは嫌いなのよ」

 そう答えながら、女生徒は派手な飛び蹴りで前に来てしまった長いポニーテールを払うようにして背に回した。

「ルネアさん!」

 広瀬が思わぬ救世主の名を呼ぶ。
 不意討ちのお陰か、金縛りは既に解けていた。
 ルネアは振り向かずに片手を軽くあげて、広瀬に返事をして油断なく構える。

「さぁ、ウロなんちゃら!Kuuさんからぶんどったものを返してもらうわよ!」

 もちろん言外には返さないとただじゃ済まさない、という意思が見え見えだ。

「ウロなんちゃら、ではなく”ウロボロス”ですが…さて、返さぬとどうなりますかね?」

 勝算があるのか、ウロボロスは相変わらず笑みを浮かべたまま答える。
 また、それがルネアの癪に障る。

「もちろん病院送りぐらいは覚悟してもらうわよ」

 そう宣言して、ルネアは闘いの構えをとった。



 まるで映画のワンシーンのように強く風が吹く。
 ルネアとウロボロスが対峙して立っており、そのギャラリーは広瀬と、隠れて様子を伺っているがこの状況を作り出した張本人。
 遠くの方で花火か爆竹が弾けたような、ぱんっぱんっという軽快な音が聞こえる。
 大ホール裏の小さな広場は不思議と人通りも無く、まるで観客のいない闘技場のようだった。
 しなやかな大型猫科動物を思わせる様に、ルネアは何かのエネルギーを溜めるようにやや低めに構えていた。
 対するウロボロスは軽く両手を広げて、「さぁおいで」と言わんばかりの姿勢。

「私が?病院送り?」

 そう言いながらウロボロスは軽く俯いた。
 その姿勢、佇まい、全てに隙が無い…なんてこたぁない。
 むしろその逆だ。
 むしろウロボロスの立ち方は棒立ちで、攻撃を仕掛けられて俊敏に動けるような態勢には見えない。
 ルネアがKuuに聞いた時点では何か再生能力のようなものがあったようだが…

「く、くくく、あはは、あーっはっはっはっはっは」

 何が面白かったのか、こらえきれぬようにようにウロボロスが笑い始めた。
 むかっ。
 ただでさえちょっと腹に据えかねてるのにさらにルネアのムカムカ度アップ。

「何がそんなにおかしいのよ?」

 苛立たしげに尋ねるルネアに、肩をすくめながらウロボロスは答えた。

「ははは、は、いや、これは失礼。ルネアさん、でしたか?出来もしない事は言わないほうが…」
「上等!」

 ウロボロスの言葉が終わるのを待たずに、ルネアはウロボロスの懐に低く鋭く踏み込む。
 依然としてウロボロスはへらへらと笑ったまま、棒立ち状態だ。
 出来もしないですって?
 泥棒が偉そうにっ!

「破っ!」 目にもとまらぬルネアの正拳突きがウロボロスのみぞおちを正確に打ち抜く。ルネアの右手に重い手ごたえ。
「たぁっ!」 続いて苦痛にからだを”く”の字に折ったウロボロスのあごを右足で蹴り上げる。足を振りぬいて、頂点で一旦停止。
「やぁっ!!」 貯めたエネルギーを解き放つように頂点で静止した右足を無防備なウロボロスの左鎖骨に振り下ろす。みしり、とかかとに重い足応え。
 一瞬の三連撃にウロボロスはどうっ、と、もんどりうって倒れ伏した。

「っとと…」

 軽く間合いを離しながらルネアは倒れ伏したウロボロスを注視した。
 大言壮語の割にあっけなさすぎる。
 警戒するものの、立ち上がる様子は全く無い。

「あ、あれ?」

 ルネアは思わず困惑の声を漏らした。
 微動だにしないウロボロスに動揺を隠せない。
 ひょっとして、ただ単に大口を叩いてるだけで、Kuuさんを言い負かしただけで、弱かったりする?
 だとしたら、ちょっとやりすぎだ。
 明らかにやりすぎだ。

「え、えと…」

 ててっと。
 動揺を隠せずにルネアがウロボロスに近寄った瞬間。
 ぐにゃり、と何かがゆがんだ。
 それを感じることが出来たのはルネアと広瀬と、もう一人。
 ぱちぱちぱちぱちぱち。
 直後、この場の静寂をやぶるように拍手が鳴る。

「ははは、いや、すばらしい。実に素晴らしい使い手ですね」

 拍手の主はウロボロスだった。
 先ほどまで倒れ伏していたはずなのに、まるで何事も無かったように立っている。

「な…」
「え?」

 ルネアと広瀬が同時に驚きの声をあげる。

「でも」

 まるでそれを気にした様子も無くウロボロスは続けた。

「私は勝てなくても、決して負けない。正確にはルネアさん、あなたは私を負かすことは出来ない」

 に、っとウロボロスがゆがんだ笑みを浮かべる。
 どこか虚無的で、どこか狂気を感じさせる笑顔。

「…どんな手を使ったんだかわからないけど……そうまで言うなら本気でやってあげるわ…よ!」

 言いながら、ルネアはあけていた間合いをまるで滑るように踏み込みながら右ローキックをウロボロスの右足に放つ。みしり、とウロボロスの膝が軋む。確かなダメージ。ウロボロスの表情は変わらず笑顔。こいつ、こわい。右ローキックで流れた勢いを殺さずに左裏拳を放つ。がつっとウロボロスの頬をまともに捉えた。ずきりと拳が痛む、いたいいためたつかえない。ウロボロスは鮮やかな二連撃で膝から崩れ落ちようとしている。ぞくり。ルネアの背筋を寒気が這い登っていく。こわい。それでもあいつはわらっているえがおのままだ。まるで背を向けるようにさらに身体をくるりと半回転させ、その勢いで後ろ回し蹴りを放つ。蹴りはウロボロスの左胸を打ち抜き、そのまま後ろに吹き飛ばす。一呼吸で三連撃を受けたウロボロスは抵抗することなどかなわずに倒れ伏した。笑顔のままで。

「っつ…」

 痛めた左手を軽く振りながらルネアは振り向いて、ウロボロスの状態を確認した。
 手応え足応えが正しかったことを証明するかのようにウロボロスは倒れ伏している。
 と。
 ぐにゃり、とまた何かがゆがむ。
 ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
 また拍手。

「いやはや、素晴らしい、実に素晴らしい。これほどの使い手は過去においてもそうはいなかった」

 またしてもウロボロスが立っている。
 傷一つ無く、穏やかな笑みを浮かべて。

「………な」

 なんで?の言葉を飲み込んでルネアが再び構えを取る。
 先ほど痛めた左の拳を確かめるように軽く振った。
 よし、痛くない。
 …あれ?痛くない?
 軽く視線をむけると、左拳には見た目には何の異常も無かった。
 これはおかしい。明らかにおかしい。
 拳を痛めたりすれば間違いなく赤く腫れる。
 なのに、左拳はなんともない。

「はははははは、不思議ですか?これこそが我が力です。時は僕の思い通りに巡るのですよ」

 そう言いながらまたしても無防備な姿勢でウロボロスが笑う。

『この文化祭は、既に終わらない。”時”はめぐるように僕がねじった。』 

 広瀬はふとウロボロスの言葉を思い出した。
 ねじる。
 ”時”を?
 そんな事が可能なのだろうか?
 もし可能だとしたら、それこそ想像もつかないようなとてつもなく大きな力が必要なはずだけど…。
 だけども、広瀬にはウロボロスがでたらめをいっていたようには思えなかった。
 現実に、今、少なくとも同じ状態が繰り返されてるように見える。
 だとするなら?
 彼の言葉が正しいのなら一体何が起こる?

「…だから何?別にかまわないわよ」

 ルネアは異常のなくなってしまった左拳を軽く握りながら言い放った。
 言葉にする事で、自分を励ましながら。

「何度繰り返したって、あんたはあたしに勝てない。100回やったって100回あたしが勝つわ。」

 言い放って、ルネアは再び低く構える。
 対するウロボロスは相変らず無防備に両手を広げて笑顔を浮かべていた。

「確かに君の言うことは正しい。100回やって、100回僕はノックアウトされるだろう。…けれども」

 ウロボロスは言葉を切って、軽く肩をすくめた。

「君は僕を倒せない。何故なら君はそれをするには”やさしすぎる”」
「うるさいっ!」

 ウロボロスの言葉を遮るように言い放つと、ルネアは左ジャブ、右ストレートと綺麗なワンツーをウロボロスの顔面に叩き込んだ。鼻血を出しながらウロボロスがのけぞる。なのに。笑ってる。ストレートを打ち出した右腕を引かずにそのまま奥襟を掴み、左の袖を捉えると同時に反転。スピードとタイミングでルネアは背負い投げを放つ。かふっ、とウロボロスの口から喀血と吐気がもれる。受身もまともに取れてない。瞬間的に呼吸は止まり、相当な衝撃を受けて辛いはず。なのに笑っている。なにこいつ、なにこいつ。半ば恐怖を感じながらルネアは軽くバックステップを踏んで間合いを引き離す。ごろり、とウロボロスがうつ伏せになる。立ち上がろうとしているのか、苦痛でうめいているのか。
 ぐにゃり。
 気がつけば笑顔で無傷のウロボロスがルネアの前に立っている。
 また繰り返し。

「…あんただって、痛いはずでしょ?いいわよ、音を上げるまで付き合ってあげようじゃないっ」

 ルネアは半ばやけくそで構えながらそう言い放った。
 あんただって。
 確かにルネアはそう言った。
 ウロボロスは笑顔のまま。

「ええ、苦痛を感じますよ。骨が軋み、肉が痛めつけられて、口には錆びた鉄の味。…実に素晴らしい。」

 ルネアは、我知らず半歩ほど引いた。
 発言にひいたのか、恐怖で引いたのか。

「ま…まぞ?」
「いえ。苦痛は苦痛。けれども、それを感じることができるのは素晴らしい、という事ですよ。」

 ルネアの言葉をやんわりと否定しながらウロボロスはニコニコと笑う。

「で、もうおしまいですか?」
「………まだ、まだっ!」

 ルネアは自分を叱咤しながら、再び攻撃を仕掛けた。
 アプローチを変えて、技術の限りをつくして、ルネアはウロボロスを倒さんと攻撃しつづける。
 ぐにゃり。
 ぐにゃりぐにゃり。
 ぐにゃりぐにゃりぐにゃり。



 空。
 雲が流れていく。
 さっきまでと全く同じように。
 がつん、と鈍い音がしてウロボロスがのけぞる。
 これで何度目だろう。
 広瀬はそんな事を頭のどこかで考えながらじっと目の前で起こることを観察していた。
 決して。
 第三者に徹しているのではない。
 戦うのは得意じゃない。
 実際、実技系の成績はさっぱりだ。
 共に戦うなんて事はしたくたってできない。
 それはとてもとても口惜しい。
 いきさつはどうあれルネアさんは自分を助けてくれたわけだし、何よりも友人なのだから。
 だから、自分にできる事をする。
 ルネアさんでは気づけないことを、私にしかできない事をしよう。
 どむっと鈍い音がしてウロボロスが膝をつく。
 きっと彼は「倒れ伏す」だろう。
 見上げれば秋晴れの大空の中、白い雲がゆったりと流れていく。
 空の雲があの位置に達した時に「ゆがむ」のだ。
 もう、何となく、ウロボロスの能力については見当がついている。
 でも確信が無い。
 逃れる術も、同じく確信が無い。
 ちらり、とルネアさんを見る。
 青ざめた顔をしている。
 さほどの運動量でもないはずなのに、肩で息をしている。
 私ですら、大振りの攻撃が増えてきたのがわかる。
 確信はない。
 だけども、どちらにしてもルネアさんももう限界だろうし、こうして第三者に徹して観察をし続けて…し続けて…し続けるのも、もう、限界。
 友達が苦しそうな顔してるの放って置けるほど冷血にはなれない。
 もう、確信があろうがなかろうが、やらなきゃどうしようもないんだ。
 そうね。
 そうよね。
 さっきウロボロスに教えてもらったばかりじゃない。
 私の物語は私にしか決められない。
 私が感じたように行動しよう。
 自分を信じて、自分の思ったとおりに行動しよう。
 計算どおりにいかないからこそ、世の中面白い。
 そして、だからこそ、計算どおりになれば面白いのだ。
 そんな事を考えながら広瀬は意を決して腰のザン○○マの剣に手を伸ばした。
 ぐにゃり。
 再び世界がゆがむ。



 ありゃー。
 これはさすがに予想外だったなぁ。
 Kuuは裏庭の植え込みの中で、両手に木の枝を持って偽装しながらひとりごちた。
 ワタシの素晴らしいプランでは…
 ルネアちゃんがウロボロスをぶっとばす→ワタシすっきり。
 ウロボロスぐったり→こっそり○ンヤルマの剣を取り返して、ついでにお小遣いもせしめてウハウハ。
 のはずだったのになぁ。
 しかも、○ンヤルマの剣見当たらないし。
 Kuuは繰り返される巻き戻し現象の中で何度も殴り倒されてるウロボロスを観察していて、それは確信していた。

「あ」

 Kuuはふと気がついた。
 っていうか、今まで気がつかなかったのもアレなのだが。
 よく見ればウロボロスがさっきまでは持っていなかった、いかにも似合わない大剣を背負っている。
 しかも、よく見ればあれ、アビスブレイドだし。
 ぽくぽくぽくぽくちーん。

 煤i☆□☆ カッ

 Kuuの頭の中で、一種の予知能力めいた将来の予想図がよぎった。
 そうだ、あれを○ンヤルマの剣の代わりにアレをちょろま…返してもらって、アレースくんに返してあげよう。
 どういった理由でウロボロスがあれを持っているのかはわからなかったが、アレースがあれを大切にして、また、必要としているのをKuuはよく知っていた。
 もちろんただで渡すつもりは無い。
 ああ、どれ位小銭もらえるかなぁ…
 等とちょっと想像して、にやにやしてみたり。
 小銭ってあたりが可愛らしいところでもあるのだが。
 ぐにゃり。
 にやにやしているうちにまたゆがんで振り出しに戻る。



 気力の勝負なんて言葉がある。
 技術や体力、そんなものを越えてしまうと飛び出してくる言葉だ。

「ふうむ、思ったよりも続きますね…」

 まるで消耗などしていない様子のウロボロスが軽く肩をすくめながら呟いた。
 巻き戻るのだから、当然体力は消耗していない。
 しかし、人を痛めつけつづけることによる精神的な損耗はいかばかりか。
 それはすでにルネアの表情に出ていた。
 泣きそうな、疲れきった顔。
 それでも続けているのは、もはや意地だった。
 最初は義理やら義憤やらいろいろあったかも知れないが、今は単純に、負けるのが嫌で続けている節がある。
 それだけじゃない。
 なんといえばいいのだろう、本質的に異なる何かへの嫌悪感とでもいえばいいのだろうか。

「っるさいわね!」

 言いながら身体を右下に大きくねじるように廻して、左上から打ち落とすような後ろ回し蹴りをルネアは放つ。
 がつっとウロボロスの肩口に右のかかとがめり込む。

「ぐふっ…っくっくっく」

 苦痛にゆがめた後に、ウロボロスがしのび笑いを漏らした。

「う…」

 ルネアの背筋をナメクジが這うような寒気が登っていく。
 わかった、わかっちゃった。
 ルネアは大きく間合いを開けた。
 どうしてこうも、意地になっているのか。
 どうしてこうも、こいつが気持ち悪いのか。
 あれ。
 あれに似ているんだ。
 ルネアはさらに大きく間合いを開ける。
 まるで注射から逃げようとする子供のように。

「おやおや、もう降参ですか?」

 馬鹿にしたように、ウロボロスが尋ねる。
 無論これは挑発だ。
 まだ、ルネアの心は完全には折れていない。
 折るためには徹底的な敗北感を与える必要がある。

「…く……」

 恐怖を心の隅に無理矢理追いやって、ルネアは間合いを詰めようと重い一歩を踏み出す。

「待って」

 と、不意にその横から静止の声がかかった。
 ルネアが視線を向けると、戦闘形態のザン○○マの剣を持った広瀬がいた。

「私も手伝うから。」

 そう言いながら、ルネアの前にでて、ザン○○マの剣をそれらしく構える。
 もちろん。
 戦うつもりなんてほとんど無い。
 こんな事をするのは二つの理由からだ。

「…ありがと……でも、あたし一人でも何とかなるから、広瀬さんは先に逃げて」

 そう言って、ルネアは広瀬を押しのけようとした。
 これでどくくらいなら、最初から前になんか出ない。
 これ以上、辛そうなのをただ黙って見ているなんてできない。

「大丈夫、私でもちゃんと力になれますから」

 そう言いながら、広瀬はどかなかった。
 ちらり、と空を見る。
 あとちょっと。

「へぇ?君が?僕を?」

 うすく笑みを浮かべながらウロボロスが尋ねてくる。
 わかっている、これは挑発なのだ。
 彼は倒れなくてはならない。
 うつぶせに、決まった時間に。
 観察してわかったのはそれぐらい。

「そう、私があなたを倒すの。」

 広瀬ははっきりと返事をしながらザン○○マの剣を正眼に構える。
 何もしなければかわらない。
 だから、変えてみせる。

「やれるものならやってみればいい。さぁ?どうしました?」

 いつでもどうぞ、といわんばかりにウロボロスは両手を広げて立ち尽くす。
 広瀬は構えたままで、じっと相手の出方を待っている。
 いや、本当に待っているのはウロボロスの出方ではない。
 広瀬はちらり、と空をみる。
 雲がゆっくりと流れていく。
 3…2…1…こえた!

「どうしたものかしらね?」

 ウロボロスの問いに広瀬はそう答えてにこりと笑った。
 ウロボロスはといえば、困ったな、といわんばかりに軽く方をすくめた。

「ふむ…まぁ、中々の慧眼。さすがは今回のキーマスター。」

 そう答えて、にっと笑う。
 まだ、余裕がある。

「お褒めに預かり恐悦至極。でも、まだ余裕があるってのは私の予想外かな。」

 そう答えながら、広瀬はウロボロスをもう一度じっくりと観察した。
 表情は、あった時から何一つ変わらない。
 にこやかな笑みで埋め尽くされている。
 逃げる様子もない。
 さて、彼を打ち倒せば、メビウスの輪からぬけだせるのだろうか?
 ここから先は確信は何一つ無い。
 ただ、チャンスはある。
 だったらトライアル&エラーあるのみ!

「ルネアさん!一緒に彼を…?」

 広瀬は暴力担当に声をかけようとして、異変に気づいた。
 それは、まさに広瀬にも、ウロボロスにとっても全くのイレギュラーだった。

「へ…」

 目を見開いて、ルネアはそれを凝視していた。
 裏庭に植えてある小さな木の隙間からかすかに見える、それを。

「へ!び!」

 ドラゴンボール風にルネアから妖しげなオーラが噴出した。
 ぞくり、と広瀬の背筋を何かが駆け上る。
 それは、蛇だった。
 アビスブレイドを変じて、キーを追わせていた蛇であった。

「!!!」

 反射的に広瀬は転移する。
 こっ。
 その直後、ルネアの蛇を狙ったメチャクチャな攻撃があたりを吹き飛ばした。

「なっ…!?」

 あまりに予想外の事態に、ウロボロスから驚愕の声がもれる。
 炎が吹き荒れ、地は裂け、風が吹きすさび、雹がふりそそいだ。
 精霊の力がメチャクチャに作用して、辺り一帯をすさまじい破壊が襲う。
 ルネアは蛇に接近遭遇するとバーサークするのだ。
 ホントだよ。
 ホントだってば。
 その、猛威を避けるようにウロボロスが間合いをあけようと軽くバックステップを踏んだ。

 煤i☆□☆

 そしてその隙を心待ちにしていた者がいた。

「忍法『おっとごめんよ』!」

 辺りの状態にも関わらず、Kuuはその隙を見逃さない。
 Kuuはバックステップするウロボロスに体当たりをかました。
 無論、完全に不意をつかれたウロボロスは2,3歩前へとよろめいて進んでしまう。
 勿論そちらの方には蛇を見て完全にバーサークしているルネアがいた。
 鎌を構えた死神が『いらっしゃーい』と微笑んでるビジョンがウロボロスの目に一瞬浮かぶ。

「ふふふ…ワタシの小銭のためにこのアビは頂いて行くのです!」

 しかも、背負っていたアビをKuuはぶんどっていた。

「くっ、ぬかっ!?」

 じゅ。
 もちろん、学園長の略称を読んだわけではない。
 ルネアの生み出す破壊の渦にウロボロスが巻き込まれた音だ。

「あ…ちょっとこれは…」

 やばいなぁと、Kuuが心の中で続ける。
 逃げるの、間に合わないカモ…と覚悟などしてみる。
 もちろん、ボーっとしてるつもりはない。
 振り向いて、尻に帆をかけて逃げ…られたらいいなぁ。

「わーっ」

 Kuuの喉から悲鳴がほとばしる。
 背中を、炎の嵐が焦がし始めていた。
 と、必死で逃げる目の前にぽんっと広瀬が現れる。
 広瀬の転移能力は、完全ではない。逃げたはいいが、ランダムテレポートの結果、すぐ近くにでてしまったのだ。

「手!」

 広瀬は一瞬で状況を判断すると、短く指示を出した。
 Kuuはそれを聞いたのか聞いてないのか、ほとんど反射的に広瀬が伸ばした手をつかんだ。
 ひゅんっ、と広瀬とKuuがかききえた。
 再びテレポートしたのだ。
 やがて、広瀬とKuuがいたあたりまでを焼き払い、なぎ払って、ようやくルネアのバーサークは終了した。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…あ、あれ?」

 ルネアが疑問の声をあげる。
 後に残るはルネアただ一人。
 しかも、裏庭は焼け野原になっていた。

「あーあ、久しぶりにやっちゃったなぁ…」

 そう言うと、まるで何かの糸が切れるように、ぱたり、とルネアは倒れ伏した。
 そして、数分がすぎたころ。
 ひゅん。
 と、所々に切り傷ややけどをおったウロボロスが帰ってきた。

「く…先代は向こうにわたってしまいましたか……」

 一通り見回して、アビスブレイドが無いことを確認して、ウロボロスはポツリと呟いた。
 ふと、倒れているルネアでウロボロスの視線がとまった。

「まぁ、ワンサイドゲームって言うのも面白くない。まだまだこれからですね」

 そう呟きながら、ウロボロスは自分の上着をルネアに被せる。
 そしていつもの笑みを浮かべると再び転移した。
 終わらない文化祭。
 それはまだ始まったばかり。
 生徒達はその幕を引けるのか?
 あるいは、舞台で踊りつづけるのか?
 いまだその結末は、見えてはいない。






  TO BE CONTINUED!!!






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