【じゅらい亭RPG2】

ようこそ!星立セブンス†ムーン学園へ!




愛と情熱の学園祭編−最終話・後編−



最終話「後編」 投稿者:藤原眠兎  掲載日:2004.05.29



 見慣れない白い天井。
 無意識領域から帰還したばかりの彼女はぼうっとそれを見つめていた。
 と、不意にその視界の隅に動くものがあるのを認識する。
 なにか、がやがやとうるさいが、なぜうるさいのかよくわからない。

「あ、目が覚めたんですね、よかったよかった。」

 茶色い短めの髪に、黒目がちの瞳。
 ああ、あたしはこの人を知っている。でも誰だっけ。
 ボーっとした頭で彼女はそんなことを考える。
 無論、ぼーっとしているので答えなどでない。

「いやぁ、さすがにあれはびっくりしましたけど、ウロボロスからも逃げられたし、アビは結局取り上げられちゃったけどアタシはアタシでいいバイトももらえたから全然問題なしです。結果オーライって感じです。あ、じゃあこれ、この後使うことになりますから。定価は5ファンタなんですけど、お世話になったから特別に5ファンタでいいですよ、はいこれ。あ、代金は勝手に財布からもらっておきますね。店長がそろそろ怒鳴りだしそうなんでアタシ戻りますけど詳しいことはレッドリーダー…っていうか広瀬さんに聞いてくださいね。ではではー」

 その人物はボーっとする彼女に、紙でできた何かを無理やり握らせてさらに赤いハチマキを頭に巻きつけ、挙句の果てに勝手に財布をあさって見える範囲からいなくなってしまった。
 ええと。
 なにこれ?
 手に握らされたものを持ち上げて軽く振ってみる。
 軽い、といえば軽いのだろうがベッドに寝たまま腕の力だけで振っているから重いような気がする。
 何かの武器だろうか?今、自分の手で握っている部分は握りやすいようにゴム?のようなものでできている。ゴムの部分が終わると赤いビニールテープのようなものがまかれていて、その先は扇状に折られた紙が…

「って、ハリセンじゃない、これ」

 急に意識がはっきりして、ルネアはそう呟いた。
 身体を起こして見回すと、ここはどうやら保健室のようだった。

「イベントによる気絶者、追加しマース」
「こっちもー」
「メガネ騒ぎのを放り出してベッドを確保して!」
「牛丼ネギダク、これ最強」
「しかし、今は食すことができない諸刃の剣」
「デッドアウトした各軍の人数を数えまーす」

 しかもやたらと繁盛しているようだ。関係ないのも混じっているようだが。
 あんまり忙しそうなので、ルネアはベッドから這い出ると、こっそりと保健室から出て行くことにした。

「失礼しまーす」

 一応小さい声ではあるが礼は忘れない。
 いったい自分はどうしていたんだっけ、とルネアは腕を組んで歩きながら考えてみた。

「うーん…なにか思い出してはいけないものを見たような…」

 かわいらしく小首を傾げて考えるルネア。
 ぶんぶんとハリセンを振り回して考える。
 考えたがどうにも思い出せない。
 とりあえずは、思い出してはいけないものを見たのなら思い出さないほうがいいか、と結論をつける。
 と、余裕がでてきたのか、学園をつつむ、なんというか違和感にようやく気がついた。
 その違和感とは…


 1.なんか遠くで『わー』とかそんな感じの大歓声が聞こえる。
 2.体育祭さながらに行きかう大半の生徒と先生が赤のハチマキをしめている。
 3.芸人祭さながらに行きかう大半の生徒と先生が赤のマーキングが入ったハリセンを持っている。

 
 1.2.3.全部だと思った。

「っていうか何よこの状況は」

 そう言いながらもとりあえず遠くの歓声が気になるのでそちらの方へと足をむけた。

 ドタドタドタドタ

 すると、ちょうど進行方向からこちらに向かって男子生徒の一団が騒がしく突っ込んでくる。
 彼らは一様に青いハチマキを身につけ、その片手には同じく青色のマーキングが施されたハリセンを携えていた。
 なんとなくその光景を見て、歴史の授業で習ったシンセングループによるイケダアタックを思い出してしまう。
 無論、そんなのんびりとした事を考えられるのは他人事だからだ。

「くそっ…いっきに押し通れ!」

 などと、青ハチマキの集団があきらかにルネアの方に突っ込んでくるまでは、だが。
 青ハチマキの連中はヤル気充分の様子でハリセンを振りかざしつつ、ルネアにむかって殺到してくる。
 自分の認識が砕け散る音を聞きながら、ルネアは肩幅程度に足を開き、ハリセンを八相に構えた。
 もちろんわけもわからないままやられるつもりもない。
 ルネアもヤル気充分だった。

「なんだかわかんないけど、上等!」

 パン!パン!パパン!パン!

 軽快なハリセンの音が廊下に鳴り響き、続いてばたばたと青ハチマキの集団が倒れ伏した。
 何がなにやら。
 多少混乱気味の頭で窓の外を見て、ルネアは軽いめまいを感じた。

『わーわー』

 遠く、校庭の方から聞こえてくる歓声。
 その正体を垣間見てしまったのだ。
 ぱっと見、青いのと赤いのがたくさんあった。

「いったい…何がどうなってんのよ」

 そう言いながら現実から目をそらさずにもう一度校庭の方に視線を向ける。
 そこでは赤いハチマキを身に付けた生徒と、青いハチマキを身に付けた生徒が激しくぶつかり合っていた。
 殺し合い、というわけではない。
 それぞれの手に携えたハリセンでしばきあっているのである。
 もう、わけわからん。
 …いや、わかった、よくわかった。

「広瀬さんをさがそ…」

 それがため息まじりで出したルネアの結論だった。




 雑多に魔導器具が積まれた部屋。
 いろいろなイベントで多用される部屋ではあったが、今は誰もいない。
 その部屋のど真ん中あたりに、不意に陽炎が浮かぶ。
 しかし陽炎とはそもそも、空気の屈折率の変化による現象である。
 つまり空気を屈折させるようなものがなければならない。
 しかしここにはその熱源となるものや、蒸気の発生源などはなかった。
 では、なぜそのようなものが浮かんだのか。
 至極簡単、空間そのものが屈折しているのだ。
 そして現れたのと同じ唐突さで、そこから「ぺっ」と言わんばかりに二人の女生徒が放り出された。

「わ」

 一声だけあげて、長い黒髪の尻尾をなびかせながら片方の女生徒がお尻から落下する。

「むぎゅ」

 続いて、その上に茶髪ショートの女生徒が落ちた。
 それはルネアのバーサークから逃れた広瀬とKuuだった。

「イタタ…は、早くどいてKuuさん…」

 空間転移のフィードバックでふらつく頭を振りながら、広瀬はKuuに言う。
 Kuuは返事をするよりも早く、広瀬の上からどいて立ち上がった。
 そしてすぐに自分の財布の中身(小銭ばかりたくさん)を覗き込む。
 ひーふーみー…よし、減ってない。
 続いてウロボロスからぶんどったアビことアビスブレードの確認。
 よし、なくなってない。
 ここまで3秒未満。

「っと…ここは放送室…だね」

 そんなKuuの神業を傍目で眺めながら、広瀬は立ち上がった。
 軽く制服のスカートを払って、Kuuと同じようにザン○○マの剣の所在を確認する。
 もちろん問題なし。
 問題はないけど、これからどうしたものかな?
 さしあたってルネアさんの安全は確認したいかな。
 あの様子じゃあ、多分大丈夫だろうとは思うけど、だからといって放っておいていいなんて事はない。
 ウロボロス…もアレで死んだりもしていないと思う。
 もちろんそんな事になったら後味が悪いっていうのもあるけど、多分無事だろう。
 だって、まだザン○○マの剣は変わらずにあるのだから。

「えっと…ありがとうございました広瀬さん、助かりましたよー」

 Kuuは沈思黙考する広瀬に頭を下げながら礼の言葉を述べた。

「え、ああ、うん。困った時はお互い様って言うしね」

 軽く答えて、広瀬は再び、考える。
 自分がやらなければならない事。
 自分がやりたいと思っている事。
 それは、自分にしか選べない、自分だけの物語。

「ええと、それじゃ、ワタシ用事がありますんで………」

 Kuuは、なにやら考えこんでいる広瀬に別れを告げて、出て行こうとした。
 揉め事はごめん、と、言う訳でもないが目の前の小遣い稼ぎを逃す手はない。
 せっかくモノ質、もとい、落し物をひろったのだから、届けて身代…じゃなくてお礼をせしめるのは天然自然の理という奴である。
 ちょっとウキウキ気分でKuuは放送室を出て行こうとした。
 がしっ。
 したが、その肩を広瀬が掴んだ。

「ちょっとまって。それ、アレースさんのアビスブレードだよね?」

 そう。
 どちらかといえば背の低いKuuが引きずるように背負っているのはまぎれもなくアビスブレードであった。それは先ほどまでウロボロスが背負っていたものだ。

「そ、そうですけど…これはアレースさんに返してお小遣いをもらうんです。そりゃあの状況でおっとごめんよとか言ってブンドルものちょっとアレかもしれないけど元の持ち主に返すんだから別にそのあの」

 なんとなくちょっぴりだけある罪悪感と、広瀬の真剣なまなざしに押されて、なんとなくしどろもどろになりつつKuuは答える。
 それを聞いているのかいないのか、広瀬はまじまじとアビスブレードを凝視していた。
 その意思を持つ剣がここにある意味。
 それはなんなのか。

『代わりの物が手に入ったから僕の望みはもう叶った。だけど、不安の芽は摘まなきゃいけないからね』

 彼はそう言わなかっただろうか?
 不安の芽とは純粋な力、ザン○○マの剣。
 代わりの物とはアビスブレード。
 彼が戦う上では、剣など必要としない。
 少なくとも、時をねじる彼が、剣を振り回す姿はあまりにも想像しにくい。
 で、あるのならば何故彼はアビスブレードを所持していたのか。
 アビスブレードとザン○○マの剣。

「………そっか、なんとなくわかっちゃった。」
「はい?」

 怪訝そうに尋ね返すKuuに答えずに、広瀬は自身の思考に埋没していく。
 ザン○○マの剣をすべて集めれば、"永遠に続く学園祭”は多分終わらせることができるのだろう。
 でも、それは”誰か”がしていい事なのだろうか?
 ”永遠に続く学園祭”が例年の”普通に終わる学園祭”になったとしても、それは誰も気にすることはないだろう。
 でも、それは”永遠に続く学園祭”があると知らないからだ。
 人によってはそれを望むかもしれないし、そうでないかもしれない。
 さりとて、放置するわけにもいかない、と思う。
 じゃあどうすればいいのか。
 自分に与えられた責任。
 皆の持つ権利。
 いろいろとごちゃごちゃにして天秤にかける。
 ゆらゆらゆらゆら
 いつまでたっても天秤は揺れ続ける。
 こんな問題に数学みたいに解答なんて出せはしない。
 解答なんて出せはしないのなら。

「それ、私が預かりますね」

 そう、動くしかないのだろう。
 しばしの空白時間の後、広瀬は唐突に宣言した。
 さらに空白。
 Kuuの頭の中に言葉がしみこむまでにしばし。
 テンポがいいんだか悪いんだか。

「ぇええぇぇええっ!?」

 ようやく言ってる意味がわかったのか、Kuuは抗議の声をあげた。
 もちろんそんな事は承服いたしかねござ候と言ったところだ。
 一瞬このまま力ずくで逃げることも考えたが、広瀬の手はすでにアビスブレードの柄を握っている。
 逃げ出したところでアビスブレードを置いて逃げる事になってしまうだろう。

「ダメ、ゼッタイ!」

 どこぞの国の麻薬撲滅キャンペーンのような片言の言葉でKuuは拒否した。
 しかしそれも予想のうちだったのだろう。

「その代わりといってはものすごーく割のいいバイトを教えてあげるから。きっと貧乏学生のアレース君からお金をせびるよりもはるかに儲かると思うけ」
「はい、取引成立!」

 広瀬の言葉が終わらぬうちに、Kuuはアビスブレードを広瀬に押し付けて宣言した。
 既に目は$マークだ。

「っと、ありがとう。」

 予想よりもいいレスポンスにちょっと驚きながら広瀬はアビスブレードを受け取った。

「で、バイトってどんなバイトですか?時給は?場所は?」

 勢い込んで広瀬にKuuが迫る。
 制限時間いっぱい、やる気十分。

「場所は購買部、時給は、まぁ高いと思うな。学園長の許可ももらうつもりだし、購買部も儲かるだろうし、まぁその辺は交渉するから。」

 そういいながら、広瀬はいたずらっぽく笑った。
 今日は学園祭。
 ”祭”なんだから、せいぜい楽しく、思い出に残るように。
 大騒ぎしよう。




 ぴんぽんぱんぽーん。

 馬鹿みたいに広い敷地内全てにお知らせを告げるチャイムが鳴り響く。
 学園祭中でも全校放送はよくある事で、大抵は宣伝やら、つまらない連絡事項やらで、その時のチャイムはぽんぴんぱんぽーんだ。
 あんまり変わりがないようだが、ともかく、いつもと違うのが鳴った。
 喫茶店の露店のお化け屋敷のミス&ミスターコンテストの親バカ自慢徹底討論会の、その他全てのアトラクションの参加者が近くのスピーカーに目を向けた。なんか一部ホントに人がいるのか疑問なアトラクションも混じっているが気にしてはいけない。

{こちらは学園祭実行委員会、星忍ちゃおだお。現在学園でええと…じ…じくうかんれんほうあん……『時空間連結閉塞化現象ですよう』…そう、その、それが発生してるんだお。}

 ざわり。
 一部の生徒に緊張が走った。
 平たく言うと学園の外から入れない、中から出れない。学園内の時間はループする、と言う事を意味していたからだ。
 しかし、大半の生徒に言葉の意味が判るわけもなく、黙って言葉の放送の続きを待った。

{つきまして、学園祭実行委員会では緊急特別企画”学園祭永続化決定大戦あなたはどっち?”を開催するお。…ってこれでいいんだよね?『マイクが入ってますよぅ!』あ、失敗しちゃったお。ブツッ}

 学園祭永続化決定大戦ってなんじゃらほい?
 それが放送を聞いた人間の共通の認識だった。
 認識が染み渡った辺りで再び放送が入る。

{この企画の詳細は、各ブロックに配置された図書館司書ゴーレム”とっても便利な司書ちゃん”シリーズか、学園祭ナビゲーションパンプキンパペット”かぼちゃ人形くんぐれーと”から聞く事ができますお。皆さんで参加して、学校の未来を楽しく決めるおー!『ガッツですよぅ』}

 ぽんぱんぽんぴーん。

 お知らせを告げるチャイムとまったく逆の音階のチャイムが鳴って、全校放送が終了した事を告げた。
 その放送自体はあまりに意味不明なところがあって、何を言っているのかはにわかに分かりにくかったがそもそもお祭り好きな学園の生徒たちである。
 たちまち各ブロックでは企画の詳細を聞く生徒であふれ始めた。
 企画の詳細は要約すると以下の通りだった。

 ・現在、学園祭が永続化する現象が発生している。その現象を推進するチームと阻止するチームで別れて決戦を行う事で学園としての意思決定を行う。

 ・推進側のチームカラーを青、阻止側のチームカラーを赤と定める。

 ・推進側チームリーダーは図書館に所在のウロボロス、阻止側チームリーダーは生徒会室に所在の広瀬優希とする。

 ・参加には購買部で所定のチームカラーのハチマキ、ハリセンを購入する事。
  この際金銭的に不都合なものは申し出れば実行委員会よりの助成金制度もあるので活用して欲しい。

 ・勝敗は片方の全滅、あるいはチームリーダーのダウンをもって、決定とする。

 ・各勢力間での戦闘はハリセンをもって行う事。ハリセンは頭部に対して打撃を行う事で大きなMPダメージを与える事ができる(大抵は気絶すると思われる)。ハチマキには特殊な抗魔法素材を使用しているため、攻撃魔法でもハリセンと同様の効果は得られるが、公共物を破損するような魔法は使用を禁止とする。また、これは特異能力も同様とする。

 ・勢力の変更は装備の交換をもって行う。制限はない。

 ・なお、基本的に従軍記者は攻撃してはならない。
  
 ・開始時刻は学園標準時15:00よりとする。

 ・勝っても負けてもふてくされない。

 ・おやつは無制限、しかしバナナはいれてはいけない。

 何やらよく判らないルールも混じっているが、さらに大雑把に訳するとこうだ。
 ハリセン持って敵をどつき倒し、全滅させるか大将を討ち取れば勝ち。
 このいかにもな祭り騒ぎに乗り遅れようなどと考える生徒はきわめて少数派であり、たちまち、各ブロックの購買部はハリセンとハチマキを買い求める人々の群れで覆い尽くされることとなった。
 スタート前段階における購買部の購入状況によると、赤:青の比率は3:7。
 永続派圧倒的優位という状態で準備は進みつつあった。




「く…ふふ…あは、は、あははははははははは!」

 学園祭中で人がまるでいない図書館の中で、一際通る、きれいな声で堪え切れぬ大笑いが響き渡った。
 灰色の髪の男子生徒、ウロボロスだ。

「よもや…よもやこういう手でくるとは…」

 欠片ほども思わなかった。
 今まで、何度か、永遠をめざして学園祭に現れた。
 何度も封印された。
 忌々しい、遺産の力によって封印されてきた。
 遺産の使い手は、常に一人。
 キーを集め、力を使い、それをもって自分をねじ伏せ、封印して来た。
 だが、今度は違う。
 すでにキーをひとつ破壊し、キーが揃うこともない。
 先代から力を引き出すのは、同種である自分しかできないだろう。
 つまり、永遠は、必ずやってくる。
 いや、すでに永遠のうちなのだ。
 くりかえす学園祭、そこにいる生徒は学園祭を楽しみ続け、永遠の時を生きる。
 無論、そこには自分もいる。
 自分も解き放たれて、ともに永遠を楽しみ続けるのだ。
 だが。
 いかなる勝算があるのか、遺産の使い手…広瀬といったか、あの娘は奇策を打ってきた。

「ははは…学園祭はいいねぇ……」

 面白い。
 これは、一種の挑戦だろう。
 永遠に続く学園祭を望む自分。それを阻止せんとする広瀬。
 それを学園の人間全てを含めて、決着をつけようと言うのだ。
 これを無視する事こそ無粋。
 祭りを楽しめずして、なんの永遠か。

「良いでしょう、楽しませてもらおうじゃないですか」

 ウロボロスの心は決まった。
 上機嫌そうにウロボロスは最寄の”とっても便利な司書ちゃん”へと歩き始めた。
 かくして、ウロボロスは永続派青組のブルーリーダーとなったのであった。




 賑やかさがより一層ましてきた学園祭の熱気から隔離されたような静かな一角があった。
 ここにいる人物を慮ってか、あまり周りで騒ぐ人間もいない。
 部屋の中には必要とされる工具や備品が多数あるにも関わらず、なぜか部屋の印象が”緑”なのはこの部屋の主の影響かもしれない。
 そんな粛々とした静けさを破ったのは、ずずずっと紅茶をすする音だった。
 その音を立てているのは部屋の主ではない。
 お茶請けのスコーンを片手にやってきた、広瀬であった。

「ずいぶんと盛り上がっているようだね」

 そちらを見ずに尋ねたのは、この部屋の主である鏡花だ。
 鏡花はコタツの対面側に座り、同じく紅茶をすすっている。
 その背後には丁寧に梱包された小さな包みが山積み…というか、たくさん置いてあった。

「そういう訳でもないと思うけど…ただ、大いに楽しんではいる、かな?」

 そう答えて、広瀬は手元に広げてある、なにがしかの資料をぺらぺらとめくった。
 学園の詳細な見取り図とか、そんな感じのものだ。

「それを盛り上がっていると表現するのだよ」

 そう指摘すると、鏡花はスコーンを一つ手にとった。
 それを口に運びながら、正面に座る、広瀬を観察する。
 巡回清掃であった時と比べて、なんというか、実に活きが良くなった。
 これを”水を得た魚”と表現するのだろうか?

「そんなものかな…と、よし、大体プランはできた。」

 そう言いながら、広げていた資料をぱたぱたと閉じて、持ってきていたかばんに詰め込む。
 と、ふと思い出したように、そのかばんから赤いマーキングが施されたハリセンと赤いハチマキを取り出してコタツの上に置いた。

「…何かねこれは?」

 紅茶をすすってから、鏡花が怪訝そうに尋ねる。
 すくなくともお茶請けには見えなかった。

「もちろん、今一番旬の学園祭イベントの参加用グッズだけど?」

 しれっと答えて、広瀬は残った紅茶をすする。
 馥郁たる香りが鼻腔を刺激して実に気分がいい。

「そんな事くらいは判っている。ここにこれを出した意味を聞いておるのだ」

 眉をしかめて、鏡花も残りの紅茶をすすった。
 あえて口には出しているが、魂胆も、何を言ってくるのかも、まぁ、見当はついている。
 だから、これは儀式のようなものだ。

「もちろん、使ってもらうために出したんだけど?」

 広瀬はしれっと答える。

「ふむ…では尋ねるが、これを私がつかわねばならぬ道理があるのかね?」

 広瀬の答えに、鏡花が尋ね返した。
 その問いに、広瀬はちょっと考えるような仕草をする。

「ある…かな。後ろのそれ、せっかく準備したのに使われないってのも癪でしょ?」

 広瀬はそう答えて、後ろに配置してある種やら苗木やらを丁寧に梱包した小さな包みの山を視線でさした。
 確かに道理ではある。

「確かにそうではあるな…ふむ………」

 鏡花はちょっと考えるような仕草をした。
 ドタバタした騒ぎにはそれ程興味をそそられるものではないが、いささか厭世的であった広瀬の変わり果てた姿(言いすぎ)に興味があるといえばある。

「なんなら三回詣でようか?」

 いたずらっぽく広瀬は鏡花に尋ねた。
 鏡花は降参だ、と言わんばかりに軽く両手を挙げる。

「せめて緑のはないのかね?」

 そう言いながら、こたつの上のハチマキとハリセンを手に取った。
 に、と笑いながら広瀬は笑みを浮かべる。

「次があったら申請してみるわ」

 そう答えて、広瀬はかばんを手に立ち上がった。
 かくして広瀬は最強の護衛(?)と共に阻止派赤組のレッドリーダーとして生徒会室へと向かった。




 15時前。
 期せずして両陣営は第1校庭へと集まっていた。
 期せず、と言う表現は、実のところ正しくはない。
 参加している全ての生徒(全校生徒に近い数である)を収容しきれる広い場所はこの第1校庭か、超大講堂位しかない。
 講堂でオープニングってのもいまいち映えない。やっぱ屋外で軍勢が会すると言うのが浪漫というものだろう。
 確かに青いハチマキを身につけた陣営と、赤いハチマキを身につけた陣営とがにらみあっているのは壮大な感じがしなくもなかった。
 開始直前のハチマキの売れ行きによる統計結果では、人数比はおよそ7:3。
 青が圧倒的多数を占めていた。
 なにしろ学園祭のさなかで行われているイベントだ。
 今、この祭がずっと続くのならそれが一番いい、と感じる人間が多いのは当然といえた。
 ただ、各陣営の人数に差はあれども、それ以外の点では一応平等になっていた。例えば、阻止派赤組陣営の一番校舎側には、朝礼とかでいかにも校長先生があがって長話でもしそうな台がすえつけてある。同様に永続派青組の図書館側にも同じ台が設置してあった。
 これは学園祭実行委員会の粋な取り計らいって奴で、演説でもしろと言う事だろう。

「ふむ…勝てるのかね?」

 そういった浪漫の類を解しているのかどうかはしらないが、鏡花は傍らの広瀬に尋ねた。

「この戦力比だもの、まともにやったら負けは確定ね」

 しれっと答えて、広瀬は傍らにセッティングされたマイクをこんこんと叩いてテストする。
 動作に問題はないようだ。

「しかし、負けを悟った顔と言うわけでもないな?」

 鏡花はそう尋ねながら、手近な場所に落ちていたごみを拾った。
 用務員としての仕事を忘れるつもりはない。

「まぁね。勝てない戦はしない。勝てるからやるの、もちろんね」

 マイクを片手に、余裕の笑みを浮かべながら広瀬は答える。
 実に頼もしい。
 それを見て鏡花は感心したようにほう、と嘆息をもらした。

「今言うべき事でもないが…」
「ん?」

 マイクのスイッチを入れようとしていた広瀬は注意を鏡花に向けた。
 それを受けて、鏡花は面白くもなさそうに答える。

「広瀬は王佐の才に恵まれているな。卒業したらどこぞに仕官して軍師を目指してはどうかね?」

 もとより鏡花はさほど冗談を言う方でもない。
 だから、本気でそう思っているのだろう。

「なるほど、100万の軍勢を操る大軍師ってのも浪漫あふれるなぁ…でも、確かに今大将をやってる人間に言うことじゃないね」

 あははと軽く笑いながら、広瀬はマイクを手に、真剣な面持ちで正面を見据えた。
 すでに数的不利はあきらかだ。
 不安も多いことだろう。
 それをまずは払拭しなければいけない。
 数に劣る軍勢が士気で劣れば、いかなる策をもってしても瓦解してしまう。
 広瀬はお立ち台(?)の上にあがると、意思の強い瞳でまわりを見回した。
 途端に阻止派赤組に属する人間たちの視線が集まる。
 さすがに緊張するといえばする、けども。
 決して平素の生活じゃありえない状況ってのもいかにも学園祭って気がしなくもない。
 それを楽しんでいるのだから、小さくなる必要なんかない。
 だから、胸を張ろう。

「ええと、皆さん、初めまして。私がレッドリーダーの広瀬優希です。」

 待ちかねたリーダーの台詞に、歓声があがった。
 テンションがやたらと高い。すなわち、士気も高い。
 これなら無理に盛り上げるような発言は不要だろう。
 ちょっとほっとする。

「皆さんは…どんな想いを描いて、赤を選びましたか?」

 皆に問いかけるように広瀬は言った。
 静寂が、あたりに訪れる。
 それぞれがそれぞれの答えを思い浮かべているのだろうか。
 あるいは、今考えているものもいるかもしれない。

「私は、行きがかり上、ここに来ました。学園祭を楽しんではいたけど、さして熱心と言うわけでもなかった。自分が何かをするつもりにはならなかったけど、人がやってるのを見るのは楽しかった。そんな私が、何故かここにいます。」

 ざわり、とさざ波の様に動揺が広がっていく。
 士気の低下が致命的な状況を生み出すと知って、なおこの発言をするというのは如何な心境であろうか?

「いろいろあって、悩んだり考えたりしました。何に対しても第三者的だった私だけど、それじゃなんだかもったいないって気づきました。だって、今ここでやってる学園祭は、決して二度とは無いモノなんだから。」

 そこまで言って、広瀬は小さく息をついた。
 正直、これが正しいスピーチかどうかなんてわかんない。
 だけど。
 だから。
 ただ、愚直に、本音をぶつけよう。

「だから私はここにいます。ただ一度しかない学園祭を楽しむために。だから私はここにいます。ただ一度しかない学園祭を皆に楽しんで欲しいから。」

 またここで、広瀬は一呼吸入れる。
 そして、あらためて、自分を見ている阻止派赤組の面々を見回した。

「皆さんの中にはひょっとしてまだ迷っている人もいるかもしれません。青の方が優勢だから、乗り換えようと考えてる人もいるかもしれません。迷ってもいいと思います。乗り換えてもいいと思います。ただ、楽しんでください。どんな選択をしてもどっちにいても、今、この時の私たちにとって、ただ一度の学園祭なのだから…心の底から、学園祭を楽しみましょう!」

 最後に強い調子で言って、広瀬はマイクから口を離して、ぺこりと頭を下げる。
 しん、と静寂があたりを包む。
 ぱち…ぱちぱち…ぱちぱちぱちぱちぱち
 最初は小さな、やがて海鳴りのような大きな拍手へと変っていく。
 広瀬の本音がどのような影響を皆に与えたのか想像に難くない事を、この拍手が雄弁に物語っていた。
 スピーチを終えて、さすがに照れがでたのか、広瀬は頬をちょっと赤くしてお立ち台から降りていった。

「ふむ、訂正しよう」

 と、降りてきた広瀬に鏡花が声をかけた。
 なんだろ、と広瀬が視線をむける。

「王佐の才どころか政治家もいけそうだな。市長辺りをめざしてみんかね?」
「やめてよ、もー」

 本音かひやかしか判らない鏡花の言葉を、広瀬はぶんぶんと手をふって否定する。
 うまくはいったみたいだが、さすがにこれはできすぎだろう。
 いわばまぐれ。
 と、広瀬自身は考える事にした。
 っていうか、あまり浮かれてもいられない。
 士気は高まったようだが、数的不利は動かない。
 このままボーっとすれば単純な数の論理で敗北は必死だ。

「ええと、星忍さん?」

 その辺の暗がりに広瀬が話しかける。
 もちろん独り言ではない。
 はずだ。

「ここに」

 意表をついて、赤いハチマキを身につけた黒装束の男、星忍はお立ち台の下からひょっこりと顔を出した。
 なんでそんな場所から。
 のど元までつっこみの文句がでかかったが、相手は忍者なのだから仕方が無い。

「これから言う指示を各部隊長にお願いします。あと、それとは別に個人的にお願いしたい事が…」

 そう言うと、広瀬はぼそぼそと星忍に指示を与え始めた。
 星忍はこくこくと、いちいち頷いて広瀬の指示を神妙に聞いていた。
 戦いの開始まであと10分足らず。
 戦いの合図をまたずして、既に戦いは始まっていた。


 
 
 同時刻、永続派青組。
 広瀬と同じ様にウロボロスがお立ち台へと上がる。
 ウロボロスはいつもと同じ様に薄く笑みを浮かべて自分の賛同者達を見下ろした。
 永い時を生きてきたウロボロスだが、これはさすがに初めての体験だった。
 だが、物怖じする必要などない。
 己が主義主張に賛同するもの達を前に、何を戸惑う事がある?

「僕がウロボロス、君達を導くものにして、君達に護られるものだ。」

 特別大きい声でもない。よく通る声でもない。
 マイクを介さねばその存在を示す事すら難しい、いたって普通の声、といえる。
 だが、何故かその声は人をひきつける魅力に満ちていた。

「僕たちは今最高のこの時を切り取って永遠に楽しみつづける事ができる。僕の、そして君達の望みはそれに間違いはないだろう。」

 そこまで言って再びウロボロスは永続派の闘士達を見回した。

「しかし、それには後一押しが必要だ。それを望まぬ者たちを倒し、僕達の手に永遠を勝ち取ろうじゃないか。手に武器を取れ!敵を打ち倒せ!『永遠を我らが手に!』」

 拳を振り上げて、ウロボロスは熱っぽく語った。

『永遠を我らが手に!』

 あわせるように永続派青組の生徒達が拳をふりあげながら唱える。
 その一体感が、また、さらに集団の熱を上げていく。
 噴火寸前の火山のごとき熱気にウロボロスは手をあげて応えながらお立ち台から降りていった。

『永遠を我らが手に!』

 それでも、まだ、その唱和がやむ事はなかった。
 ウロボロスの演説は広瀬のものに比べると短く、簡潔で、かつ煽動的だった。
 それ故に極めて効果的でもある。

「こんなものでよかったんだろう?」

 お立ち台を降りたところで控えていた人物にウロボロスは軽く肩をすくめながら尋ねた。
 その人物は二人連れで男女の組み合わせだ。

「くっくっく…パーフェクトですよ。これで我が軍の勝利はゆるぎないものとなったでしょう」

 口元を羽扇で隠すようにして男子生徒の方が忍び笑いを漏らした。
 見事な悪人笑いである。
 女子生徒の方はといえば、困ったように眉毛をハの字にしてその男子生徒の一歩後ろあたりで控えている。

「ははは、実に頼もしいねぇ…期待してるよ、軍師レジェンド殿」

 ウロボロスはレジェンドにそう声をかけて、図書館へと向かった。
 その後ろを護衛らしき生徒が何人かついていく。

「あぅ…レジェンドさまぁ」

 同じ様に図書館に向かおうとするレジェンドの袖を引っ張りながら、燈爽が困ったような顔をしていた。

「ええいたわけっ、軍師様と呼べい」

 レジェンドはぺちっと羽扇で燈爽の頭を叩きながらそれに応えた。
 どうやら軍師がいたく気に入ってる御様子。

「いたた…あぅ、軍師さまぁ、なんで軍師なんかやっちゃってるんですかぁ?早くしないと学園祭KUIDAOREオリエンテーリングの達成ができなくなっちゃいますよぅ」

 叩かれた頭をなでさすりながらひそうが進言する。
 ふむ、とそちらを見て、レジェンドはもっともらしく頷いた。

「なるほどお前の言う事はもっともだ。だが、お前にはこの私の深謀遠慮がわからなかったようだな…」

 深いため息をついて、レジェンドは軽く首をふった。
 当然その深謀遠慮とやらが理解できるはずも無く、燈爽はきょとんとした面持ちでレジェンドの言葉の続きを待った。

「考えても見ろ、学園祭が永遠に続けば”KUIDAOREオリエンテーリング”の達成など造作もない事ではないか。おお、我ながら恐ろしいまでの頭脳の冴えだ!」

 レジェンドが大いに自画自賛しながら燈爽に己が考えを解説する。どうやら納得したのか燈爽もレジェンドを尊敬のまなざしで見ながらぱちぱちと拍手をした。
 実にいいコンビだ。
 そもそも、学園の制覇を目指すレジェンドは補給線確保とやらのために始めたKUIDAOREオリエンテーリングだったハズなのだが、いつの間にか手段と目的が入れ替わっているのは決して気づいてはいけない秘密なのだろう。
 いや、あるいは、ひょっとしたら、もしかしたら、レジェンドは本当に深謀遠慮をもって、その制覇のためにウロボロス陣営に軍師として入り込んでいるのかもしれない。

「ところで軍師様ぁ、どんな作戦でいくんですかぁ?」

 燈爽の軍師様と言う呼びかけに満足気にうなずくとレジェンドは颯爽と答えた。

「無論、圧倒的大多数をもって各個撃破!これぞ軍師の業というものだ…」

 羽扇で口元を隠して、もっともらしく答えてはいるが、まぁ、平たく言うと力押しである。

「ゆくぞ、燈爽!戦いは間近だ!」

 いつの間にか身に付けていた外套を翻して、レジェンドは図書館へ向かおうとした。
 が、思いなおして待機している永続化青組の軍勢の最前列へと足を向けた。
 あわてて、その後を燈爽が追いかける。
 戦いの開始まであと5分足らず。
 開戦はもはや目前であった。




 ぴんぽんぱんぽーん。

 馬鹿みたいに広い敷地内全てにお知らせを告げるチャイムが鳴り響いた。

{これより緊急特別企画”学園祭永続化決定大戦あなたはどっち?”を開催いたします。学園精神にのっとって、正々堂々と大騒ぎするようお願いいたします。
 これより緊急特別企画”学園祭永続化決定大戦あなたはどっち?”を開催いたします。学園精神にのっとって、正々堂々と大騒ぎするようお願いいたします。
 これより緊急特別企画”学園祭永続化決定大戦あなたはどっち?”を開催いたします。学園精神にのっとって、正々堂々と大騒ぎするようお願いいたします。}

 正確に三回、戦いの開始を告げるアナウンスが入った。

 ぽんぱんぽんぴーん。

 続けて、お知らせを告げるチャイムとまったく逆の音階のチャイムが鳴って、全校放送が終了した事を告げた。
 一瞬の静寂。

「行け、敵を殲滅せよ!『永遠を我らが手に!』」

 その静寂を破るように、レジェンドが羽扇を校舎側に向けて高らかに命令した。

『永遠を我らが手に!』

 口々に唱え、青い軍団が一斉に赤い集団へと襲いかからんと飛び出していく。
 ああ、気持ちいい。
 それがレジェンドの、大軍を羽扇ひとつで操ってみた正直な感想であった。
 数的に圧倒的な優位に立っている以上、相手がどのような抵抗をしても勝利は時間の問題だ。
 それ故、こうして号令をかける機会など、2度とないだろうとレジェンドは踏んでいた。
 だからこそ本陣にもどらずにわざわざ前線に残ったのである。
 だが、その予想を覆す事態が早速起こり始めていた。
 青組の突撃よりも1テンポ早く、赤組は校舎側へと撤退を始めていたのだ。

(早い…既に引く気だったのか…)

 赤組側の反応の良さを観察しながら、レジェンドは羽扇で軽く自分をあおいだ。
 しかし撤退した先で考えられるのは、校舎を利用した篭城戦だろうが、それには果たして意味があるのだろうか?いや、ない。(反語。
 そも篭城という策自体、援軍を前提とした時間稼ぎの策に過ぎない。
 しかしその援軍が現れる可能性は、レジェンドが考える限り、0だ。
 大体、校舎なんぞどこからだって入れる上に、その気になったら窓ガラスを叩き割って入って行けばいい…というわけにはいかないが、なんにしても篭城という策は下策以外のなにものでもない。
 つまり、この戦、この時点で既に勝ちが確定したも同然だった。
 なんだ、つまらんな…学園の鳳雛と呼ばれたこの私の智謀を振るう間も無いではないか。
 先が見えたせいか、いささか興ざめした面持ちでレジェンドはため息をついた。
 まぁ、しかし、だったらKUIDAOREオリエンテーリングのためのプランニングでもして時間をつぶしながら果報を待つのが有能なる軍師というものだろう。
 そう考えて、レジェンドは燈爽に視線をやった。

「……燈爽、学園祭カタログをこれへ」

 緊張した面持ちでハリセンを抱え込んでいる燈爽にレジェンドは偉そうに羽扇を向ける。
 一瞬、何をいってたのか理解しかねた燈爽だが、すぐに肩にたすきがけにしてあった大きなかばんから人を殴り殺せそうな分厚さの冊子を取り出した。

「あぅ、これですよねぇ?」

 そう答えながら燈爽は何を勘違いしたのか無造作に羽扇の上に冊子を置いた。
 人を殴り殺せそうな分厚さの冊子を、である。

「ふぉぅ!?」

 レジェンドが妙な声をあげると同時に、手首がぐきっといって、羽扇がばきっと折れて、冊子はどさっと落ちる。
 がーんと、燈爽が驚愕に満ちた表情でそれを見ていた。

「あぅ…なんて縁起の悪い…これはどんな凶兆ですかぁ?」

 と、燈爽は神妙な面持ちで冊子を拾い上げながらレジェンドに尋ねた。

 べちん。

 間髪入れずに燈爽に折れた羽扇でつっこみが入る。

「これはただの人災だ、この粗忽者め!」

 ぺちんぺちんぺちんぺちんぺちん。

「あぅあぅあぅあぅあぅ」

 ハリセン乱舞ならぬ折れ羽扇乱舞で燈爽に5連撃。
 目を回している燈爽の襟首をひっつかんで、レジェンドは図書館の方へと足をむけた。
 本陣でのんびりとKUIDAOREオリエンテーリング制圧手順でも考えるとしよう。
 レジェンドはまだ、そんなのんきな事を考えていた。
 だが、その直後だった。

「軍師様、校舎の守りを突破できません!」

 伝令係の生徒がレジェンドにあわてたように報告する。
 レジェンドは、無言で燈爽のかばんを勝手にあさり、セロハンテープを取り出して、折れた羽扇をぐるぐると巻いて固定し始めた。
 なにしろ、これがなくては軍師っぽさが激減する。

「正面から行くばかりが方法ではあるまい。裏も回ったのか?」

 セロハンテープで補強した羽扇で自分を軽く扇ぎながら、レジェンドは確認した。

「はい。戦力を分割し、正面、裏、双方から試みましたが、めっぽう強いのが守ってまして…」

 伝令係は申し訳なさそうに答えた。
 なるほど、楽には勝たせてはくれない、か。
 面白い。
 レジェンドは我知らず笑みを浮かべた。

「詳細は本陣で聞こう…いや、まずは、いったん引くように伝えてくれ給え。ただし、散発的に攻撃は行うように。本腰はいれなくていい。こちらが健在であると知らせる程度だ。」

 それだけ言うと、レジェンドは本陣である図書館へと足をむけた。
 伝令係はその背に礼をすると、あわてて前線へと戻っていった。

「おかしい…楽勝のはずだったんだが………」

 レジェンドは首をひねった。
 が、まぁ事実は事実なので、真摯に受け取る事にした。
 しかし、まったく関係ない事は頭では理解しているが、凶兆を呼び込んだ燈爽に遠い原因があるような気がしなくもなかった。
 ので。

 ぺちん。

「あぅっ!?」

 もう一発だけ腹いせに燈爽を羽扇で叩いておいた。




 校舎内へと至る正式な入り口は正面昇降口と通用口、保健室の出入り口と、あと屋上出入り口の4つという事になる。このうち、保健室自体が永世中立地帯であると定められているため、侵入のルートとしては使ってはならない。
 これ以外のルートとなると窓が考えられる。
 この学園の校舎は採光性も計算され設計されているため、至る所に窓や、採光用のガラスが仕込まれている。それゆえ校舎は別名クリスタルパレスとか呼ばれていたりする。この学園の生徒や先生にとってはただの校舎だが、部外者にはそう呼ばれてるのだ。ホントだってば信じてください。
 ええと、まぁ、それは余談なのでおいておくとして、その多数の窓は例年、学園祭の最中に飛び降り事故だの飛び入り事故だのが絶えないため、学園祭実行委員会の手で事前に積層型封印結界が施されていたのだ。封印は積層化されているため、解除には非常に手間がかかる。つまり、手っ取り早く窓から侵入するためには窓、あるいは窓枠ごと破壊しなければならなかった。
 しかしこれは、一見たやすく見えるが、実はある意味でもっとも困難であると言えた。
 校舎を故意に壊したりするような非紳士的行為は学園の生徒達は好まない。興がのって暴走した結果壊れてしまったりしたりした時に関しては生徒はおろか、先生側ですらも驚くほど寛容であるが(それでも復旧費用は当然のように請求される)、そうでない単なる破壊行為に関しては、もう目を三角にして怒るのである。 つまるところ、窓を壊して進入するのはたやすいが、世論(?)を敵にまわす事になる。これは、勢力変更が可能なルールである以上、致命的な事態を招きかねない。
 長々と説明して結局何が言いたいのかといえば、校舎への侵入経路は正面昇降口、通用口、屋上出入口の3箇所しか、今のところありえない、という事だ。
 篭校舎側は、この三箇所を堅持しなければならないし、攻略側はこの三箇所のいずれかを突破しなければならない。
 だが、開始30分が過ぎようとしているにもかかわらず、防衛拠点陥落の方はいずれの将の元にも届いてはいなかった。




 一斉に撤退を始めた赤組に対して、当然の様に青組は追撃戦をしかけていた。
 校舎の中に一緒に入り込んでしまえば、すでに校舎はただの建物であり、蹂躙するのみの場所となるのは明白だったからだ。
 だが、最初から撤退する気で命令が赤組の行動は迅速で殿に追いつくこともままならなかった。
 殿の一団が正面昇降口に達した辺りで、赤組の男子生徒がただ一人、逆方向、すなわち追撃者の方角へと歩みを進めてきた。
 勢いを持って一気に叩き伏せんと青組の体育会系の猛者がその男子生徒にハリセンを振りかざし襲い掛かった。が、一瞬で叩き伏せられたのは追撃者の方であった。
 追撃者達の足が、止まった。
 一瞬の静寂。

「焔帝だ!討ち取って名をあげろぉ!!」

 その静寂を破るように誰かが叫んだ。
 おお!とそこかしこで腕自慢たちの声があがり、一斉に跳びかかった。
 だが、そのハリセンによる打突を紙一重で見切り、かわしざまに的確に自らのハリセンで打ちのめしてゆく。ならば魔法は如何?と魔法を得意とする者達が射出系の魔法を放つが、それらをことごとく凌ぐと一気に間合いをつめ、次々と薙ぎ倒す。
 一騎当千の兵という表現があるが、まさにそれだった。
 その一騎当千が、正面昇降口で陣取っている。

「なるほど、こりゃきついわ」

 煮干をまとめて5尾ほど口の中に放り込んでから、焔帝は赤いマーキングの入ったハリセンを肩に担ぐようにして八相に構えた。
 その何の警戒もないように見える構えこそ、一分の隙もない無双の構えである事を、青い包囲者達はつい先ほど知ったばかりだ。
 さすがに包囲者も無謀に突っ込む事もできず、遠巻きに焔帝を包囲はしたものの、それ以上の打開策も無かった。
 逆に焔帝もその卓越した能力をもって討って出るわけにもいかなかった。
 この正面昇降口は彼こそが要であり、彼が動くことはその戦線が崩壊する事を意味していた。
 ずらりと見渡す限りの青組の生徒達に包囲されながら、こちらから仕掛けるわけにもいかず、ただ、時間が過ぎるのを待つ。

「ホントにこれ、勝ち目あんのかね…」

 広瀬の『きついと思うけど、焔帝さんなら大丈夫。1時間もすれば戦力比はひっくり返るしね』というしれっとした言葉と嬉しそうな笑顔にだまされて(?)ここに立ってはいるが、さすがにこの状況を目の当たりにすると、ちょっとばかり自信が無くなっても仕方ないだろう。
 その隙を突くように散発的にじれた包囲者から攻撃がくる。
 それをさばきながら、焔帝は笑みを浮かべた。
 まぁ、これも楽しいと言えなくも無いな。
 圧倒的な勝ち戦も悪くないが、劣勢な方を助け、勝利に導くっての悪くない。
 そう思うと、今の状況ってのも燃えるものがある。
 それに、この著しい不利な状況をどうやってひっくり返すのか、大いに興味があった。
 それを見届けるために、やるってのも、まぁ、面白そうだしな。

「絶対の窮地を覆す、『神の一手』を見せてもらおうか」

 焔帝は生徒会室の方に構えたまま視線を向けて、そうつぶやいた。
 開始より既に15分が過ぎていた。




 遠目にはそこに虹が浮かんでいるように見えた。
 故郷は遠くにありておもうもの、と詠んだのはサイセーとかいう詩人だったが、少なくともこの虹は遠くから見ていた方が確実に美しいと言えた。
 なるほど陸に浮かぶ虹は幻想的な風景であると言えなくもない。
 しかし、その現場は湿度100%という、人間がすごすのには実に適さない環境と化していた。
 校舎通用口。
 ここはもっぱらプールに向かう生徒が愛用している通路だ。
 何しろ、通用口をでて、すぐ左手にもうプールが見える。
 プールには魔道ヒートポンプも設置されているため、それを使用すれば冬でもプールを使うのはたやすい。
 今日も、シンクロ同好会と古式泳法愛好会のガチンコバトルが企画されていたため、当然プールは温かであった。
 それが、攻め手である青組にとってはせめてもの救いとなっていた。

「3rd,4th,Charge!1st,5th Fire!2nd,6th,7th Delay!」

 通用口の前に居座る、中等部の女生徒が簡略化されたコマンドを腕を組んだままで唱えた。
 その場に敷かれた魔法陣が反応し、そのコマンドを忠実に実行する。
 プールから水が吸い上げられ、二つの水球を形成し、女生徒の背後へと移動する。既にあった5つの水球のうち、二つが射出され、通用口へとせまる青組の生徒を一度に数人弾き飛ばした。
 飛沫に陽光が乱反射し、虹を描く。
 これが遠目から見た虹の正体だった。

「キリエさん、大丈夫?」

 同じ場所に待機する、ヒール担当の風花がその中等部の女生徒にたずねる。
 キリエは笑顔だけで返事をして、再び正面に視線をむけた。
 正面昇降口で焔帝ががんばっているおかげで、当初こちらの方に相当な人数の青組の生徒が流れ込んできていた。
 この通用口は昇降口とは違って、出入り口が小さい。
 それゆえ、最初は通用口の内側で多数の魔術を得意とする生徒で待ち伏せし、入り込んできたところで一斉攻撃をする事で凌いでいた。
 広瀬の指示では通用口の外で、ということだったが、魔術を主体とした集団であったため、肉体的なダメージに対する恐れからいささか引き気味に守っていたのだ。
 それを打開したのが、中等部のキリエ・レインウォーカーだった。
 風花の癒しの風による支援を受けながら、強引に通用口の前まででると、そこに陣を張った。
 結果はすでに御存知の通りである。

「1st,5th Charge!2nd,6th,7th Fire!3rd,4th Delay!」

 散発的に続く攻撃に、キリエが再びコマンドを唱え、撃退する。
 この水芸にはほんのちょっとした副効果があった。
 何しろ水を使った攻撃なので、被弾すれば水で濡れるのである。
 それを嫌がって、青組に属する女生徒はこちら側の攻略には非常に消極的だった。

「えと、その、なんとか…なりそう、ですね」

 ほんの少し気を休めて、キリエは傍らの風花に先ほどの問いの答えを返した。
 どちらかといえば引っ込み思案のキリエがここまでがんばっているのは、ひとえに先の広瀬の演説に大きな感銘を受けたからに他ならない。
 どちらかと言えば普段の生活でも足踏み三昧なキリエにとって流されるのは当たり前で、正直このイベントもどっちでも良かったのだが、広瀬の演説を聞いて、自分のできる事を精一杯やってみようかな、なんて気持ちになってがんばってみてるのである。
 そしてそれは今のところいい形で成果として現れていた。
 開始より既に20分が経過。
 状況は完全に膠着状態となりつつあった。




 燈爽は、校舎の壁を登っていた。
 別にフリークライミングが趣味と言うわけではない。。
 こういった無茶をする時は、基本的に主であるレジェンドがさせているのが常だが、今回も当然のようにレジェンドが無茶をさせていた。

「良いか燈爽、このメダルをあの屋上まで運ぶのだ。さすれば我が軍の勝利は揺るぎ無いものになるであろう!」

 と、燈爽を送り出したレジェンドであった。
 もちろんその際には、くっくっく、と相変わらずの悪人笑いと羽扇をばさばさいわせるのを忘れない。
 まぁ、そう言うわけで校舎をクレイジークライマーする燈爽であった。
 燈爽は壁の小さな凹凸を利用してひょいひょいと上へ上へと登ってゆく。
 普段のとろとろな言動からは考えられないほど身が軽い。

「あぅ〜」

 などと上機嫌そうな(?)声が漏れている辺り、そんなに嫌いでもないのかもしれない。
 瞬く間に燈爽は壁面を這い登ると、さらにフェンスを乗り越えて、ようやく屋上へと降り立つことに成功した。

「あれ、燈爽ちゃん?」

 と、その燈爽に声をかけるものがあった。
 燈爽がそちらの方に視線をむけると、そこには質素な木製イーゼルの前に座っているベレー帽を被った女生徒がいた。

「あぅ…広瀬さん、ですかぁ?」

 燈爽が怪訝そうに尋ねるのもおかしくは無い。
 赤組の大将が本陣である生徒会室ではなく、なんだってこんな場所にいるのか。
 しかも、パレットを左手に、絵筆を右手に。

「あれ?私の事忘れちゃった?」

 困ったように尋ねる広瀬に、燈爽は首をぶんぶんと振って否定した。
 しかし、これは一体どうした事か。
 主であるレジェンドに従って永続派青組に属する燈爽は、阻止派赤組の大将であるところの広瀬を討ち取る義務がある。
 しかし、今ここでハリセン引っ張り出して、いきなりひっぱたいて、ひっぱたけるのだろうか?
 相手はすごーく頭のいい広瀬である(燈爽の認識)。
 きっと何か、こう、すごい仕掛けがあるに違いない。

「こんなところで何をしているんですかぁ?」

 取りあえずレジェンドにいわれた通り、メダルを屋上にぽてっと落としながら燈爽は広瀬に尋ねた。
 ひょっとしたら教えてくれるかも。

「え?この格好見て判らない?もちろん絵を描いてるのよ。ここからの景色って結構好きなんだよね」

 平然と答えて、広瀬は絵筆で青色をキャンバスに付け加えた。
 ちょっと気に入らないのか、難しい顔をする。

「そ、そうですかぁ…」

 これでは、手を出していいのか、悪いのかさっぱり判らない。
 判らないので、レジェンド様に来てもらおう。
 燈爽は一生懸命考えてそういう結論に達した。

「ちょっと失礼しますぅ」

 燈爽は広瀬に背をむけると、おもむろにロケット花火を取り出して、空にむけて打ち上げた。

 ひょろろろろろ、ぽーん。

 と、10秒もしないうちに燈爽が落としたメダルの辺りを基点に空間が歪んだ。

「うわははははは、レジェンド軍団推参!」

 高らかな宣言とともに10数名ほどの青組の生徒と、レジェンドが転移してやってきたのだ。
 それを見て、燈爽がてててーっとレジェンドのそばに駆け寄る。

「あぅ、御主人さまぁ、あそこにひ」
「良くやったぞ燈爽!これで我が軍の勝ちはゆるぎないものになったぞ!」

 燈爽の言葉もろくに聞かずにレジェンドが嬉しそうに答えた。
 答えて、視線を屋上出入口に目を向けて、そこでフリーズする。

「あー、レジェンドくんがあっちの指揮官だったんだ。それはちょっと手強いかなぁ」

 フリーズさせた原因は、平然とした様子で絵を描きながら世間話でもする様に話しかけてきた。
 レジェンドが一緒に連れて来た青組の生徒達にも動揺が走る。
 そも、この戦いは、相手の全滅か、大将を倒すことで終結する。
 その青組の大将はウロボロスで、赤組の大将は今、目前にいる広瀬である。
 つまり、いまここで広瀬を倒せば、ここで勝利は確定する。
 だが、この屋上はこの校舎に侵入するための主たる3つの経路の内のひとつである。
 屋上は正面昇降口、通用口と比べて確かに使うのには多少の困難が伴うが、それはあくまで多少である。この学園の生徒には壁面を登ったり、空をとんだり、転移したりする事ができるのはさほど珍しくも無い。つまり、屋上といえども危険な場所なのである。
 なのに。
 何故こんなところに大将が居座ってしかも余裕で絵なんぞ描いているのか。

「く…くっくっく…そう、私が軍師!レジェンドです。そう言うあなたは阻止派赤組大将の広瀬さんとお見受けしましたが?」

 しかし、レジェンドは広瀬と同じように泰然自若とした有様で話しかけた。
 指揮官の乱れはこれ即ち兵の乱れ。それゆえ動揺は一分たりとも見せてはならぬ。
 意外にもレジェンドは軍師としてきわめて優秀であった。
 さすがは学園の鳳雛(自称)である。

「ああ、うん、そうそう。大将兼参謀になるのかな?で、どうするの?」

 広瀬は依然として絵を描きながら、軽く小首をかしげてレジェンドに尋ねた。
 もちろんこのどうするの?は戦いを挑むのかどうかということだ。
 学園の伏龍と呼ばれる(とレジェンドは決めた)広瀬の事だ、無為無策ではあるまい。
 後ろのあの出入り口に兵が潜んでいるのか、それとも巧妙に隠された罠か。
 広瀬本人の戦闘力はたかがしれているが、赤組の陣営には戦闘力に優れた人材も多い。
 そういった人物がこれる仕掛けがあるのか。
 判断材料が少ない。

「ふむ…戦いが始まったばかりで終わりを迎えるというのも興がそがれるというもの。この場は見逃して差し上げましょう」

 レジェンドは羽扇で口元を押さえながら、余裕たっぷりと言った様子でそう答えた。
 ここで仕掛けるのはたやすいが、それで自分がやられてしまっては愚の骨頂。
 相手は学園の伏龍、慎重に慎重を期するべきだろう。

「ふふ、そうね、ありがとう」

 広瀬はくすっと笑いながらそれに礼を言った。
 この余裕、やはり策があったと見て間違いない。
 レジェンドは確信した。

「くっくっく…我が策は無尽にして、ここで急ぐ必要も無き故、礼には及びませんよ…。それよりもこの戦、広瀬さんに勝ち目はありません。早々に降るが賢明かと思いますが?」

 ただ引き下がるのも癪なので、レジェンドは軽く論戦を仕掛けて見る事にした。
 まぁ、論戦と言う程のものでもないが、これもまた一興。

「そうね、この戦力比、常識で考えればひっくり返すことなんてできない。いかにうまく篭城しても援軍が来なければ、勝利は無い。だから時間の問題…と、思う?」

 そう言いながら、広瀬は絵筆で次の青色をとって、またペタペタとキャンバスに塗りつける。
 やっぱりいまいちだったのか、また眉をしかめた。

「当然。寡兵を持って大軍を破るなど、夢物語に過ぎませんよ。あなた自身がいった通り、もはやこれは時間の問題ではありませんか?」

 軽く羽扇で自分を扇ぎながら、レジェンドが逆に尋ね返した。

「まさか。今のこの状況も全て予想通りよ。それに…」

 広瀬はそう言葉を切って、しかめっ面を魅力的な笑顔に変えて、

「これは私が仕掛けた戦だわ。ウロボロスがこの戦を受けた時点で私の勝利は決まっているのよ」

 とんでも無い事を自信たっぷりにのたまった。
 静寂が屋上に訪れる。
 やけに遠くで、水音や生徒達があげる歓声が響いている。

「…ふ、ふふ……くっくっくっく…面白い!その算段、必ずや崩してみせましょう。」

 レジェンドはその自信に同じように自信たっぷりに答えて、来た時と同じように転移で兵と共に自陣へと帰っていった。
 燈爽を残して。

「あぅ、御主人様置いてきぼりはひどいですよぅ」

 一人取り残された燈爽はしょぼーんとした様子で先ほどまでレジェンドがいた場所に向かって一応抗議した。もちろん誰も答えない。

「せっかちねぇ。」

 レジェンドの代わりに答えて(?)やりながら、広瀬はキャンバスをイーゼルから取り外しはじめた。
 もうここには用がなくなったと言わんばかりに筆やパレットも片付ける。

「あ、燈爽ちゃん、レジェンドくんに伝言お願いできるかしら?」

 その途中で何か思いついたのか、広瀬は燈爽に尋ねた。
 こくり、と、素直に燈爽は頷いてそれに応える。

「そう、ありがとう。じゃあ、『空城の計って案外うまくいくのね』って伝えてくれる?」

 広瀬はそう言いながら先程燈爽が落としたメダルを拾い上げた。
 どんなアイテムかいまいち判らないが、ここに放置しておくわけにもいかないだろう。

「はいですぅ。『空城の計って案外うまくいくのね』ですねぇ?」

 もう一度繰り返した燈爽に広瀬は「そう、それをよろしくね」とお願いした。
 燈爽は快く頷くと、フェンスを乗り越えて、来た時と同じように壁を伝って降りていった。
 青い空、白い雲。
 本当はこのまま、この綺麗な景色を書いていたいけど、そういう訳にもいかないだろう。
 広瀬は今、この時のこの景色を心に刻んで、屋上出入口の方へと向かうのだった。
 開始より30分、拠点はいずれも陥落せず、膠着しつつあるように見えていた。




「『空城の計って案外うまくいくのね』ですぅ」

 本陣に戻った燈爽は広瀬の言葉を素直にレジェンドに伝えた。

「うぬ…」

 レジェンドはうなり声をあげて、羽扇で口元を隠した。
 無論その裏側では悔しさに歯噛みして、なんかすごい顔をしているのだ。

「あははははは、どうしたんだい軍師殿、まんまとしてやられたみたいだねぇ?」

 何が嬉しいのか、至極愉快そうにウロボロスが尋ねる。
 ちなみにウロボロスはいかにも悪の首領が座りそうな豪奢なソファーに腰掛けていた。
 これで握りつぶし用の子猫がいれば完璧な感じ。
 あ、そんなかわいそうなことはしません、念のため。

「くっ…くっくっく…いいえ、まだまだ…軍師の策はこの程度ではありませんぞ?先生方、おねがいします!」

 屈辱の「くっ」をうまい事悪人笑いに変えて、レジェンドは背後の暗がりにそう声をかけた。
 暗がりで二人の人物の目がらんらんと輝いている。
 おお、いかにも悪役っぽい感じ。
 開始より30分、拠点はいずれも陥落せず、膠着しつつあるように見えていた。
 しかしそれは見せ掛けで、レジェンドには切るべき札がまだまだ残されていたのだった。
それはともかく。

 ぽかり。

「あぅ」

 レジェンドは燈爽の頭を羽扇でべちんと叩く事を忘れなかった。




 屋上出入口の扉をぱたんと閉めたところで、ふと広瀬は立ち止まった。
 そこには黒装束に赤いハチマキの星忍が控えるように立っていた。

「いささか意地悪がすぎませんかね?」

 ちょっと困ったような口調で星忍が広瀬に尋ねた。
 先程の燈爽に頼んだ伝言の事をさして言っているのだ。
 広瀬は軽く肩をすくめながらちろっと舌をだした。

「たまにはいいじゃない。…それよりも首尾はどう?」

 先程のふざけた様子はどこへやら、広瀬は真剣な面持ちで星忍に尋ねた。

「所持者に関しては男女一組に犬一頭を確保して、生徒会室に案内してあります。が、のこり二本分に関しては所在が不明です。もはや失われた可能性が高いかと…」

 同じく真剣な面持ちで星忍が答える。
 それを聞いて、広瀬が渋面を作る。
 このままでは勝利の方程式が組みあがらない。

「OK、わかったわ。文集の方は?」
「そちらは委細問題なく。ちゃおとスタが進めていますゆえ。」

 広瀬の問いに星忍が頼もしく答える。
 軽く頷いて、広瀬は画材を担ぐと屋上出入口へと向かった。

「あ、あとはここの守備お願いしますね。代わりの人があとからすぐに来ると思うから、そしたらまた伝令の類をお願いするわね」
「御意」

 最後に短い会話のみを残して、広瀬は本陣である生徒会室へと向かった。
 開始より30分、拠点はいずれも陥落せず、膠着しつつあるように見えていた。
 しかしそれは見せ掛けで、確実に広瀬は、勝利へと向けて布石を打ちつつあった。




 あまりの忙しさに嬉しい悲鳴をあげる、なんて表現がある。
 商売であまりに客が多くて、忙しくてたまらないのだが、それだけ売り上げがあがるから嬉しい悲鳴、と言うわけだ。
 しかし、それも度を越えると、単なる悲鳴になる。

「ええい、新入りの帰還はまだかっ!」

 飢餓地獄でうごめく餓鬼の群れに施しでもするように、小さめのメガネをかけて蜂蜜色の髪を結い上げたエルフ、リリシアが次々と伸びてくる手にハリセンとハチマキを渡していく。
 こんなちょっとあれな口調だが美人だ。
 エルフ種ってのは往々にして美人で、ほそーくできてて物静かだというのが相場だ。
 が、リリシアは外見はともかく、口調は普段からあれだった。
 断じて今地獄の様に忙しいから口調があれな訳ではない。

「ぶちょー、もうだめでーす」
「こっちもげんかいでーす」

 臨時で雇い入れておいた生徒達も音をあげつつあった。
 ここは購買部。
 今は地獄の一丁目。

「赤くださーい」
「こっちも赤だ!」
「青!青くだされいー」

 金をとってもとっても、配っても配っても人の波はおさまらない。
 いっそ金を取るのをやめて無料配布にするという手があるのだが、それは商売人たるリリシアのプライドが許してくれなかった。
 タダだけはダメ!絶対!って感じ。
 しかし、押し寄せる人の波に、もはや購買部の敷地はパンク寸前、ダムなら決壊寸前、台風中継のアナウンサーもかくやの危険度であった。

「忍法『因幡の白兎』!」

 妖しげな女性の声(エフェクト付)が響き、群がる生徒達の頭の上を踏み台にして一人の女生徒がレジへと高速移動してくる。
 茶色い髪の小柄な女生徒、Kuuである。

「ああっ!kuu先輩!」
「救世主だ!」

 購買部アルバイト達の士気がにわかにあがった。
 Kuuがそんなにすごい戦力かどうかはおいといて、ともかく劇的な登場をする援軍が嬉しかった。
 が。

「こぉのウツケがぁっ!」

 パァアアアアンッ!!!

 一瞬購買部が静まり返るほど景気のいいハリセンの音が鳴り響く。
 レジの方へと飛び込んできたKuuをリリシアがハリセンで華麗に迎撃していた。
 気持ちいいまでのカウンターであった。

「うぅ…な、何を…」

 ハリセンによる精神打撃によれよれしながら、Kuuは自分を見下ろしているリリシアに尋ねた。
 それに対してリリシアは鼻をふん、と鳴らした。
 美人台無し。

「お客様を足蹴にする店員を許せるか、このウツケがっ!」

 発言はあれだが、実に見事な商売人魂であった。
 おお、と押し寄せてきた生徒達から感心の声があがる。

「ふむ、そうか、そうだったな。この手があったか。」

 周りの感心をよそに、kuuに手を貸して起こしてやりながら、リリシアはぶつぶつとぼやいた。
 そして、びしっと客に向けてハリセンを構えると、高らかに宣言する。

「これより列を守らぬものにはこのハリセンを頭にくれてやろう。返品は許さん。」

 ぇー、と生徒達に動揺が走る。
 客を足蹴にする店員は許せなくても、客をしばく購買部長はいいのか。
 それがその場の大半の意見ではあったが、それを口に出して言えるものはその場には一人としていなかった。
 この、泣いて馬謖を斬る、と言わんばかりのリリシアの行動に、決壊寸前だった購買部は平静を取り戻しつつあった。
 叩かれ損に見えたkuuであったが、時給アップと言うリリシアの取り計らいの後ほど大喜びしてすっかり忘れさる事になるのだが、まぁ、それは別の話。

「はて、赤の出が良くなってきたか?」

 礼儀正しく、列を乱さぬ客に品物を渡しながら、リリシアはひとりごちる。
 それは、他のアルバイト部員たちも同じ印象を抱いていた。
 いったい何が起こりつつあるのか。
 少なくとも、ここ、購買部からではうかがい知ることができなかった。




 画材を担いだ広瀬が生徒会室に帰ると、そこにはすでに何人もの先客がいた。

「あ、皆さんいらっしゃい。大したもてなしも出来ないけど勘弁してね」

 先客達に軽く挨拶をすると、広瀬は手早くドアを閉める。

「ふむ、相手が考えてくれる相手だったようだね。」

 無事を祝うでもなく、部屋の中にいた鏡花が広瀬に言った。
 広瀬は画材をその辺に置きながら、軽くうなずく。

「相手の軍師はレジェンドくんだったよ。正直かなりきついね」

 そう言いながら本来生徒会長が座る椅子に浅く腰掛ける。
 何と言うか、この椅子は深く腰掛けると埋まりそうなくらい柔らかくて、ちょっと趣味に合わなかった。
 それでもふかっとした感触が結構気持ちいい。
 これだけのために、生徒会長目指しても面白いかな、と思っちゃうくらいに。

「ペテンにかけておいてきついも何もあったものでもあるまいに」

 あきれたような口調で言いながら、鏡花は広瀬の傍らに控えるように立った。
 雑談も出来、護衛も出来る絶妙な位置である。

「んー、まぁ、ね。でも、あれに引っかかるって事は逆に優秀の証明でもあるから…」

 そう言いながら、広瀬は腰に吊り下げてあったザン○○マの剣を執務机の上にコトン、と置いた。
 部屋のにいるもの達の視線がそこに集まる。
 ちなみに部屋に居合わせているのは広瀬と鏡花、背の高い男子生徒がひとりに、その傍らにエルフ種の女生徒がひとり、犬が一匹という珍妙な組み合わせだった。

「ええと…じゃあ、本題に入ろっか。アキさんとティファナさんとWBくんで間違いないわね?」
「ああ」「ええ」「わん」

 広瀬の問いに三者三様で答える。
 答え方は違うが、肯定であるのには間違いない。

「じゃあ、もう、見当が付いたと思うけどはっきり言うわね。皆この短剣のレプリカを持ってるはず。できれば譲ってくれないかな?」

 こん、と軽くザン○○マの剣を指で弾きながら広瀬は皆に尋ねた。
 さすがに即答する者はいない。
 数拍の沈黙の後、口を開いたのはアキだった。

「俺は、別にいいと言えばいい。けど、それはこれを」

 言葉を切って、アキは懐からザ○ヤルマの剣を取り出して、同じく執務机の上に置く。

「揃えるのは構わないってだけで、広瀬さんがそれを使っていいって訳じゃない。女性が戦うのは正直感心できない。」

 アキは真剣な面持ちで言い切った。
 彼は、これが何であるか、どうやら判っているらしい。

「って言ってますけど?」

 と、広瀬はティファナに話をふる。
 ティファナは軽くため息まじりでハンドバックからザンヤル○の剣を取り出して机の上に置いた。

「アキさんは私というパートナーが気に入らないんですね…」

 そしてうそ泣きなどしてみるティファナ。
 もちろん本気ではないのはみえみえだが、アキに失言を認めさせるのには充分な効果があった。

「いや、まぁ、そう言う意味じゃなくて、そのだなぁ…戦うのは男にまかせとけって意味だったんだが…すまん、失言だった。」

 いい訳がましくぶちぶち言っていたアキだが、素直に己の失言を認めて頭を下げる。
 よろしい、とばかりにこの部屋の女性全てが頷く。
 大変団結がよろしい。

「こほん…大体、渡したって構わんが、使いこなせんのか?こいつは相当なジャジャ馬だ。剣なんて、あたらなきゃただの棒切れといっしょだぞ」

 ばつが悪いのか、短い銀色の髪をぼりぼりとかきながらアキが忠告する。

「そうね、今ここで、これを持って私とアキさんが戦えば、10回やって10回アキさんが勝つわ。」

 広瀬はその忠告をうけて、平静に答えた。
 それは動かしようもない事実だろう。

「でもね」

 そう言いながら、広瀬はザン○○マの剣とアキのザ○ヤルマの剣を重ね合わせた。
 ちん、と澄んだ音がしてザ○○○マの剣が出来上がる。

「仮にこれを揃えて、アキさんがウロボロスと戦ったら10回やって、10回勝てる?」

 広瀬は尋ねながら、ティファナのザンヤル○の剣をさらに重ねた。
 ちん、と澄んだ音がしてザ○○○○の剣が出来上がる。

「いや、まぁ、そりゃわかんないよ。確かに俺はその力に選ばれた戦士なんだから、それを使う事だってできるだろうし、剣での戦いもそれなりになれてるつもりだ、けども、学園全体を閉じた世界にできちまうような奴と戦って、10割勝てるとはさすがに…」
「私なら」

 肩をすくめながら答えるアキの言葉をさえぎる様に広瀬が口を開く。
 その目はまっすぐ、アキを見ている。
 虚勢も無い、真摯な目。

「10回やって10回勝てる。戦はね、その戦だけで勝負がきまるものじゃないの。そこにいたるまでの道筋で勝利がきまるものよ。」

 きっぱりと広瀬はいって、にこりと笑顔を浮かべる。
 アキは軽くため息をついて、両手を軽くあげた。

「オーケー、この件は任せたよ。そんな自信たっぷりな顔で言われちゃ、譲らざるを得ない」

 そう言って、やれやれとため息をつくアキ。
 それを見て、ティファナが嬉しそうに笑った。

「あ、私は元々そのつもりでしたから…がんばってくださいね、広瀬さん。ついでに私達もがんばっちゃいますから」

 赤いハチマキで綺麗に髪をまとめながら、ティファナが続ける。
 その言葉に、ん?とアキが首をかしげた。

「って、俺もかよ。…仕方ないな、たまには青から赤にイメチェンするか…」

 アキは苦笑しながら自分の髪をまとめるバンダナの上にティファナから渡されたハチマキを強引にしめた。こうなる事を予想していたのか、そう望んでいたのか。ティファナの魔法のハンドバッグには赤のハチマキもハリセンもちゃんと二人分入っていた。

「じゃあ、お二人には屋上出入口をお願いします。可能ならあやうげに、人をたくさんひきつけつつ、堅守してください。」

 無茶苦茶に見える広瀬の要求だが、それはできるから言っているのである。
 それをわかるから、アキもティファナからも文句はなかった。

「りょーかい。ま、そっちは任せたからこっちも任せな。」
「ですよ」

 そう答えて、アキとティファナの二人は生徒会室から退室して行った。
 きっとあののんびりした調子で何とか乗り切ってくれるだろう。

「で、WBくんはどう?」

 そして今まで沈黙を守っていた、残りの一頭に広瀬は尋ねた。
 WBは尻尾をぱたぱた振りながら、首からさげていた風呂敷から器用にザンヤルマの○を取り出すと、コトンと執務机の上に放りあげた。

「もちろん良いに決まってるじゃないですか。学園祭を終わらすためにこれが必要なんでしょ?どうぞどうぞ」

 あいかわらずのいい人(?)っぷりでWBは快くザンヤルマの○を広瀬に差し出した。
 もとより犬の状態である現状ではザンヤルマの○を使うことなどかなわないので惜しむ理由もない。

「ただ…できればここに亡命させてもらえないですかねぇ?」

 今度は尻尾をまたの間に入れながら、WBは恐る恐る広瀬に尋ねた。
 どこぞの金融系コマーシャルのチワワほどの破壊力はないが、充分かわいい。

「ん…まぁ、別に問題ないけど?その辺でリラックスしてて…騒がしくなると思うけど。」

 広瀬はその願いに軽く答えて、ザンヤルマの○をさらにあわせてザ○○○○の○にした。

「助かりますよー…クレインさんからなんとしても逃げ切らねば………」

 どこかおびえた様子でWBは呟くとその辺のソファーのカゲで軽く横になった。
 じゅうたんもふかっとしていて極楽である。
 それを横目に、広瀬は現時点でそろえられるだけ揃えたザ○○○○の○を見て、軽くため息をついた。
 もはや名称だけでは何がなんだかさっぱり分からないが、それでもまだザン○ルマの剣を模しているらしく、外見は短剣のままになっている。

「不満そうだね?」

 鏡花が広瀬に簡潔に尋ねた。

「まぁね…このまんまじゃ、勝てないから」

 広瀬の組み上げた勝利の方程式にはザ○○○○の○では役不足、あくまで必要とするのは○○○○○○○なのだから。
 ため息のひとつが出てもバチはあたらないだろう。

「ではどうするのかね?」

 もっともな事を鏡花が尋ねた。
 それに対する明確な回答があるはずが無いのはわかりきっている。
 なのに尋ねてくるという事はすなわち、考えろということだ。

「ひとつだけあてがあるといえばあるんだけ…」

 広瀬が考えを完全に口にするよりも早く。
 バーンと派手に生徒会室の扉が開いた。

「し、失礼します…大変です!青組に何処からか増援があらわれました!」

 それは、正面昇降口の後詰で入っていた生徒の急を告げる伝令であった。
 開始35分後、事態は急激なる変化を迎え始めていた。




 水弾に弾かれて、また一人青組の生徒が吹き飛ばされた。
 キリエと風花のコンビは校舎通用口を突破不可能な要塞へと変じさせるだけの力があった。
 が、それゆえ、油断をその他の生徒に生じさせてしまっていた。

「まだいける?」

 風花が傍らのキリエに尋ねる。
 キリエは肩で息をしながら、笑顔で答えた。
 陣を敷いたおかげで、0から魔力を練り上げる必要がないため、かなり楽ができる状態にはなっているがそれでも陣の制御、コマンドにはそれなりの消耗がある。
 今のように散発的な攻撃ならさほどの問題はないといえばないが。
 ただ、始まってから30分以上、ノンストップで続けていれば、当然それなりの疲労が蓄積されている。
 今、青組からの攻撃は、小休止状態にある。
 このタイミングに少しでも回復する必要がある。
 それゆえキリエは口も開かず、消耗を少しでも回復させようと努めていた。
 が。
 その変化はその努力をあざ笑うかの様にやってきた。
 遠巻きに見ているだけの青組の生徒達だったが、急に戦列を整え始めたのだ。
 何か変化があったのか、その顔は勝利への確信に満ち溢れている。

「…風花さん、きます!」

 かがんで休んでいたキリエは気力を振り絞って、立ち上がる。
 あわせる様に風花も立ち上がって、ある方向を見て固まった。

「……え、うそ、なんで?」

 驚愕が口をついて出る。
 それには気付かずに、キリエはコマンドを発行した。

「1st for 7th all Charge!」

 だが、コマンドに反応して収束した水弾は最大の7つに満たない5つだった。
 反射的にプールの方へとめぐらせたキリエの視線が、途中でとまる。
 そこには。
 妖しげな魔導器具が満載されたバックパックを背負った少女が二人いた。
 髪の色は同じ赤色、耳は同じように長く、紺色のメイド服を着ているところまで一緒だった。
 二人(二体?)とも青いハチマキを巻いている。
 しかもそのうちの一体はプールサイドでT字状の金属をぐりぐりとまわしていた。
 それはプールの栓を開閉するためのモノだった。
 水が流れてしまえば、水弾の為の水を補給できないのは道理である。

「図書館の警備用ゴーレム!?いつの間に…それになんで」

 キリエは言葉を最後まで言わずに、そらしていた気を再び青組の戦列へと向ける。
 青組は戦列を乱さずに、一斉に通用口に突撃してくるところだった。
 必死の形相、というわけでもないが、その様には鬼気迫るものがあった。
 一体何があったのか。
 それは判らなくても、この危機的状況をどう乗り切ればいいのか。

「…っ!!Bullet Burst!Full Shoot!」

 キリエのコマンドに従ってチャージされていた水球が細かく砕け、突撃してくる青組の生徒達に一斉に叩きこまれた。
 これはいわば散弾銃を一斉に叩きこまれたようなものだ。
 すさまじい水煙が立ち、視界が悪くなったが、相当な数の生徒をなぎ倒したのは間違いがない。
 が。

『ハイジョシマス!』

 ひどく無機質な声と共にプールサイドにいるのと同じ図書館ゴーレムが水煙を切り裂いてキリエに殺到する。まるでダメージを受けている様子は、ない。

「Command! PK Wall 10Count!」

 キリエは反射的に積層型の思念結界を展開する。
 直後、3人のゴーレムの攻撃を受けるが、結界に阻まれてなんとかダメージはなかった。
 が、それと引き換えに3層分の結界が消える。
 残り7層、躊躇している暇はない。

「PK Bullet Full Charge!」

 キリエの背後に青白い念を収束させた弾が9つ浮かび上がる。
 その隙にさらにゴーレムが一撃づつ攻撃。
 さらに3層の結界が破壊される。
 のこり4層。

「3Bullet for 1enemy! Fire!」

 キリエのコマンドと共に念弾がゴーレムにつき3発ずつ叩きこまれる。
 圧倒的な物理攻撃力の前に、ゴーレムがなすすべもなく後ろに吹き飛ばされた。
 そこに。
 青組の生徒が押し寄せてきた。

「今だ、一気に押しつぶせ!」

 そんな声も聞こえる。

「やぁっ」

 風花はキリエをフォローするように風の矢で押し寄せる生徒達に攻撃を加えるが、そも攻撃が得意ではない風花の攻撃ではさほどの効果をあげる事はできない。

「Command! PK Wall 10Count! PK Bullet Full Charge! 1Bullet for 1enemy! Fire!」

 一息でキリエは風花に積層型思念結界を展開、近くの標的に1発づつ念弾を叩きこむ。
 それでも全てを捌ききる事はできず、キリエの結界は砕かれ、2回ほど頭をしばかれた。
 頭に激しい衝撃が走り、気絶しかけたが、そこに風花の癒しの風が吹き込む。
 どこかに飛んでいきそうな意識をつなぎ止めたキリエは、萎えそうな足に気合をいれて、なんとか立ち直った。
 すでにこの時点で、校舎にそれなりの人数の青組の生徒がなだれ込んだ。
 だけど、これであきらめるわけにはいかない。
 中に入り込んだ人達は、きっと中の人達が何とかしてくれる。
 まだ、自分は全然やりきっていない。限界まで頑張っていない。
 これで終わったら楽しいなんて、きっと言えない。
 キリエは萎えそうな戦意を奮い立たせ、止めとばかりに振り下ろされたハリセンをかろうじてかわした。
 もはやコマンドを発行する時間すら惜しく、キリエは己の念を直接押し寄せる生徒達に叩きつけた。
 キリエ自身の消耗は大きいが、何しろこれなら早い。
 キリエには風花の癒しの風が常時かけられ、身体的な損耗はたちまちに回復される状態だった。
 風花はキリエの積層型思念結界に守られ、またそれを壊さんとする生徒は優先的にキリエの念が叩きこまれた。
 このコンビネーションは効果的で、押し寄せる生徒をかろうじて押し留め、戦線を維持することが可能であるかに見えた。
 が。

『ハイジョシマス』

 この声が再び響いた。

「やぁっ!」

 キリエの念がゴーレムに即座に叩きこまれる。
 が、それをゴーレムは弾き返して突進してきた。

「対魔術法印!キリエさん、高レベル呪文じゃないと!」

 風花がなんとか風の矢でゴーレムの足止めをする。
 それでもこの場にいるゴーレムはプール側を除けば3体。
 それは先ほど弾き飛ばしたはずのゴーレムだ。
 それはつまり、キリエの念を使用した呪文では倒しきれない事を意味していた。
 それでも。

「PK Bullet Full Charge!」

 キリエは声も高らかにコマンドを発行した。
 負けるものか、全力を尽くすんだ。
 その一念だけが彼女を支えていた。
 士気は最高、事態は絶体絶命。
 それが校舎通用口の状況であった。




 広く戦境を見渡すことのできる図書館側の校庭で、レジェンドと燈爽、それとは別に男性が一人、エルフの女性が一人立っていた。
 先ほどは暗くて判らなかったが、エルフの女性は小さめのメガネをかけていて、蜂蜜色の髪を結い上げている、非常に美人の女性だった。一応、青いハチマキを首から下げているから青組側のエルフであろう。
 男性の方はと言うと、青いバンダナに黒いサングラス。細身であるせいか、パッと見はあまり強そうでも無いが、なんといえばいいのだろう、異様に強そうな”気”を放っていた。

「おお…素晴らしい…さすがです、先生!」

 羽扇で口元を隠すのを忘れずに、レジェンドが傍らのエルフ女性に話しかけた。
 ふふん、とそれに対してエルフ女性は得意気に鼻で笑った。
 美人台無し。って、どっかで聞いたようなフレーズであるが気にしてはいけない。

「くっくっく…私の”とっても便利な司書ちゃん”シリーズは強いぞ?そこらの生徒なぞ皆殺しだ!わははははは」

 大口を開けて豪快に笑いながらエルフの先生、リリアナが物騒な事を言った。
 ちなみにリリシアと描写がほとんど一緒なのは手抜きでもなんでもなく、血縁関係があってホントにそっくりだからである。
 念のため。
 あと、生徒を皆殺しにしてはいけないが、これは多分その場のノリで言っているだけだろう。
 多分。
 だろう。

「そうでしょう、そうでしょう、期待していますよ!」

 持ち上げる様にレジェンドがその笑いに答える。
 実際、あれほど苦労していた校舎通用口があっさりと陥落しかけている。
 ”とっても便利な司書ちゃん隠密バージョン”とやらがこっそりプールの栓を抜いた事による影響が大きい。それに”とっても便利な司書ちゃん”自体の戦闘スペックは非常に高い。
 そもそも教師であるリリアナがこのイベントに参加しているのはいささかアレな気がするが、ちゃんと先生も参加可能なイベントである以上、レギュレーション上は問題ない。
 リリアナは正直、青だか赤だかどっちでも良いと考えていて参加する気など毛頭なかったのだが、ふとある事実に気付いてしまったのだ。
 学園祭が永遠に続けば、めんどっちー授業をしなくてもいいじゃないか。
 かくて、リリアナはどーしようもない理由で青組につく事になったのだった。

「では、先生もよろしくお願いしますよ!」

 レジェンドは上機嫌そうにもう一人の先生、ゲンキに声をかけた。

「む…了解ですよ。おいちゃんの出番ですね!」

 キュピーンとサングラスの向こうの目を光らせて、ハリセンを片手にゲンキは正面昇降口の方角へと走っていく。
 ゲンキは当初赤組につく予定であった。
 主義主張的には赤組についたほうがいい。
 しかし、しかしだ。
 赤につくと、赤いハチマキを付けなければならない。
 それは青いバンダナがトレードマークであるゲンキにはいささか耐えがたいものがあった。
 まるでそれでは赤いバンダナのあいつを真似しているみたいではないか!
 と、いう事でゲンキは青組でその豪腕を振るうことに決めたのであった。

「わはははははは!マッチョオォォオオ!」

 タフではあったが、元来細身であったはずのゲンキの肉体が異様なまでにビルドアップされる。
 これこそ、数あるゲンキの相のひとつ、マッチョの相であった。
 そのまんまとか言うな。

「な、なんですか先生!?その異様なまでにビルドアップされた肉体は!?」

 さすがの学園の鳳雛(自称)も予想だにしない出来事に顔色を失う。

「ははは、おいちゃんは昔、とある愛の天使の手ほどきによって任意にマッチョ化できる体になったのです」

 その問いに先生らしく、やたらと嬉しそうに答えるゲンキ。
 なんというか、マッチョになってから無駄なまでに笑顔を浮かべて続けているのは気のせいだろうか?

「あぅ…先生がすごい事に…」

 燈爽も頭の許容量を超えそうな事態に頭くらくら状態。
 そのふらつく様子をみて、どう解釈したのか。

「ぬおおうっ、まさに美しさは罪!!(良い笑顔)」

 そう言いながらさらに筋肉を強調するポーズをする。
 それで満足したのか、ゲンキは「マッチョォオオオオオ!」と奇態なときの声をあげて正面昇降口へと突撃していった。
 走り去っていくゲンキをしばらく呆然と見送ってから、思い出したようにレジェンドは伝令の生徒に本陣に残る生徒達へ一斉攻撃を命令した。

「あぅ…レジェンドさまぁ、そこまでしなくても勝てるんじゃないですかぁ?」

 ピヨリ状態からなんとか回復した燈爽は、当然とも言える質問をしてみた。
 実際、通用門側は司書ちゃんの投入により圧倒的に押し始めている。
 もはや突破も時間の問題。
 と、なれば勝利は目前と言ってもいい。

 だが。
 レジェンドには広瀬の策が、ほぼ見えていた。
 広瀬が空城の計を用いた事で見当がついた。
 あれは膠着をねらっている。
 膠着をねらって、何の得がある?
 つまり、彼女は時間が欲しいのだ。
 では、それは何のための時間であろうか?
 ハリセンや己が技術を使用して良いと言う条件から、新兵器という可能性は無い。
 となれば…

「ふむ…蒙昧なお前には判らぬかも知れぬが、この状況でもまだ勝ちは確定しておらぬのよ。広瀬さんの策は見当がついているが、あれがなってしまえば今の状況すらあやうい。それ故我々は圧倒的な戦力を持ってあの校舎を早々に落としてしまわねばならぬ。それができねば…」

 負ける、という言葉はさすがにレジェンドも使うのがはばかられた。
 言葉には力がある。出してしまえばそれが現実になりかねない。

「あぅ…負けちゃうんですかぁ?」

 そんなレジェンドの繊細な心情をあざ笑うかのように、燈爽がレジェンドに尋ねた。
 ぶち。
 レジェンドの頭のどこかで切れた様な音がした。

「ええい、このお馬鹿!お馬鹿!お馬鹿!」

 べちんべちんべちん

「あぅ!あぅ!あぅ!」

 えらく理不尽なものを感じつつも叩かれる燈爽であった。




 広瀬は、伝令の報告の詳細を聞いて、安堵のため息をついた。

「ああ、図書館のゴーレム?じゃあそれは大丈夫、ちょっとがんばればきっと無効化されるから。」

 そう、軽く言うと、広瀬は今の状態から考えられる、相手の次の策を考えた。
 相手の手駒から考えられる策の上を行かねばならない。

「うーん、アレースさんに正面昇降口の押さえに周るように言ってください。焔帝さんが苦手そうなのが来たら相手をするように、と」

 了解しました、と答えて伝令の生徒は生徒会室を出ていった。

「なるほど、なかなかどうして、レジェンドもやるではないか」

 感嘆の声をあげたのは鏡花だ。
 うん、と軽く頷いて答えると、広瀬は考えた。
 水の問題に関しては今をしのげば増援がつけば何とかなると思う。
 だから、ここは大丈夫。
 正面昇降口は、アレースさんが”上手く盛り上げてくれれば”大丈夫だろう。
 となると考えておかねばならないのは敵の本隊の投入に対する策と…

「これ、かぁ。」

 机の上においたザ○○○○の○とアビスブレードを眺めながら、広瀬はため息をついた。
 増援に対する策に関しては、まぁ、あるにはある。
 適材がまだ帰ってこないだけで。
 人数比をひっくり返す策もある。
 つまり、今、本当にどうしようもない状態なのは、最後の切り札が出来上がっていないことなのだ。
 これが出来上がらない事には、本当の意味では勝てない。
 しかしピースが足りないジグゾーパズルを完成させる方法なぞあるものだろうか?

「只今帰還いたしました。」「広瀬さんいるー?」

 思考する広瀬の耳に二人の人物の声が届いた。
 一人は星忍、もう一人は目を覚ましたルネアであった。

「ぬ…騒がしい………いったいなにがあったのだ?」

 そしてもう一人(?)。
 アビスブレードが長い眠りからさめて、ぶるる、と震えた。
 開始後40分、状況は激しく動き続けていた。




 もうだめかも…
 諦めめいた思考が混じり始めたのは風花だった。
 キリエは良くやっている。
 きっと限界までがんばってくれている。
 だが、がんばっても、あの図書館ゴーレムが倒せないのだから、いずれ限界がくるだろう。
 こうしているうちにもまた、キリエと風花の間をすり抜けて、何人かの青組の生徒が突破していく。
 通用口の内側でつめている赤組の生徒達もがんばっているようだが、いかんせんこのままではジリ貧だ。
 キリエが立っている限り、続ける意思がある限り、風花も諦めるわけにはいかない。
 だから、癒しの風を出し続ける。
 限界の時がくるまでは。

「PK Bullet Full Charge!」

 キリエのコマンドが響き渡る。
 が、疲労からか、1テンポ遅い。
 再展開していた積層型思念結界を破壊され、キリエはハリセンで殴打される。

「3Bullet for 1enemy! Fire!」

 それと同時にコマンドを発行して、ゴーレム達を弾き飛ばした。
 が、キリエもどう、っと崩れ落ちる。
 風花の風が癒しを続けているが、かかりが鈍い。
 それだけ疲労が蓄積しているのだ。
 だが、キリエは気力を振り絞り、懸命に立ち上がろうとする。
 しかしそれも、四つん這いになるのがせいぜい、立ち上がる気力もあるかないか。
 ともかく、敵が不死身(?)であるのがきつかった。
 倒しても倒しても立ち上がってくるのだ。気力も萎えようものだろう。

「まける…もんか……」

 そう呟く、キリエの目前に。
 ぽて。
 かぼちゃが落ちてきた。

「………かぼちゃ?」

 怪訝そうに呟くキリエの前で、かぼちゃが、がたがたとゆれ始める。
 呆然と見ていると、世にも奇妙な現象が起こっていた。
 かぼちゃから手足胴体が生えて、かぼちゃ本体にはハロウィーン風の顔が現れる。
 そして身体にはタキシード、かぼちゃ本体の頭の上にはシルクハットが装備される。
 かぼちゃ紳士のできあがりである。
 それが合計三体もみるみる目の前で出来上がっていったのである。。

『ハイジョシマス』
『ヤッツケテヤル!』

 ゴーレムとかぼちゃ紳士の声が重なった。
 お互いの頭をすごい勢いでハリセンで殴りつける。
 しかしお互いダメージがないのか、けろっとした様子で殴り続ける。

 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン。

 しばくしばくしばく。
 しかしお互いダメージがないのでまったく勝負がつかない。
 お互い以外は眼中にないのか、ゴーレムとかぼちゃ紳士の戦いはえんえんと続いた。
 あまりの事態に、青組の生徒も、キリエも風花も呆然とそれをみるしかなかった。
 だが、その均衡を破るように、校舎通用口から一人の男子生徒が飛び出してきた。
 赤いハチマキを身につけ、黒いマントをなびかせて、颯爽と現れたその男子生徒は

「召喚!ヤマタノオロチ、連弾水撃破ミニマム!」

 そう呼ばわりながら、右手の銃らしきもののトリガーを引いた。
 途端に異界より複数の首を持つ龍が呼び出され、口からだらしなくだばーっと水を吐いた。
 それをもって青組をなぎ払うわけではない。
 今回の戦いでは大規模な魔法の類は禁じられている。
 だが、それでいい。
 それだけで、充分に事態を動かすことができるからだ。

「あ…!キリエさん、水だよ、プールに水!」

 風花はクレインの意図に気がついて、キリエに声をかけた。

「さぁ、俺がやってきたからにはもう大丈夫だよ。ぶちかませ、キリエちゃん!」

 クレインが元気付けるように付け加える。
 ヤマタノオロチの放水量はプールの排出量を上回っており、みるみる水がプールにたまっていった。
 それを見て、聞いて、キリエは拳を地面に叩きつけて、その反動で、立ち上がった。
 ゴーレムはかぼちゃ紳士が相手をしている。
 そして、自分にとって最高の武器である水が、そこにある。
 ならば、がんばれる。
 まだ、がんばれる。
 私は独りじゃない、風花さんもクレインさんも助けてくれるのだから。

「1st for 7th all Charge!」

 キリエのコマンドが響き渡り、それに陣が反応して、7つの水弾を作りあげる。
 開始後45分、校舎通用口は電脳召喚師クレインの参加を持って、再び要塞へと変じていった。




 ギリッと何かが軋む音がした。
 それはリリアナの歯軋りだった。

「アレは”かぼちゃ人形くんぐれーと”…おのれエレノア、貴様かっ!」

 歯噛みをしながら、リリアナは空を見上げる。
 そこには箒にまたがった、見るからに魔女っ子な少女がいた。

「あったりぃ〜」

 ずり落ちそうな魔法使い帽子を押さえながら嬉しそうにエレノアと呼ばれた少女が答える。
 少女に見えてもエレノアは、リリアナと同じく立派な先生で魔法呪術学を教えている。
 ちなみにリリアナは錬金魔導学の講師だ。
 ついでにいえばリリアナとエレノアの年齢は同じ位。具体的な数字をだすと何か身に危険が迫る気がするので控えさせて下さいお願いします。
 …こほん。それはともかく、リリアナとエレノアの間には電光めいた何かが走らんばかりに緊張感が高まっていた。

「うぬ…貴様とて永遠に学園祭が続いた方が楽だろうに何故邪魔をする!?」

 忌々しげに聞きながら、リリアナは胸元から怪しげな液体が入った怪しげな試験管を取り出す。
 行動的には色っぽいように見えなくもないが、その取り出したものと言動が激しく減点要素であった。

「そりゃぁ、リリアナ〜考えてもみなよぉ〜」

 にこにこ、というよりは意地悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべるエレノア。

「あたしが青組についてたらぁリリアナはどうするぅ〜?」

 エレノアはニヤニヤ笑いのままで、小首を傾げてたずねた。
 ふむ、と同じようにリリアナは小首を傾げてシミュレートしてみる。
 エレノア→青組
 リリアナ→青組
 こうなるとつまり、くつわを並べて仲良く一緒にということになる。

「ふん、冗談じゃない。お前が青組になったら私は赤組に………」

 自分で口に出して気づいた。
 エレノアの動機はつまりそれだ。

「なるほど合点がいった。いい機会だ、ここらで優劣をきめようではないか」

 ふん、と鼻をならしてリリアナは試験管をかまえる。

「ここらでも何もいつもあたしの勝ちだもんねぇ〜♪」

 エレノアは上機嫌そうに音符など語尾につけながら勝ち誇った。
 ぴきり、と額に青筋が浮かぶ。

「この前たまたま賭けに勝ったくらいでいい気になるなっ!」

 だんっ、と地団駄を踏んで忌々しげにリリアナがエレノアを睨みつける。
 それを涼しい顔でみてから、エレノアはべーっと舌をだした。

「死ねっ!」「え〜い」

 リリアナの試験管が投擲されて空中で大爆発し、エレノアの放った呪詛が地面を溶かす。
 しかしお互いそれを難なくかわすと次の攻撃を放つ。
 方法は違えども、まったく互角の二人であった。

「く…私の予想ではあと五分は遅いと踏んでいたのだが………」

 その二人を呆れたような視線で眺めながら、レジェンドがため息混じりに呟く。
 その五分があれば校舎通用口は陥落していただろう。
 しかし、その五分がなかった。
 これは、痛手だ。
 しかし、しかしだ。
 まだ負けたわけではない。

「まだだ、まだ終わらんよ…」

 どこかで聞いたような台詞をレジェンドが呟く。
 傍らにいた燈爽がそれを聞いて小首を傾げた。

「あぅ…でも、レジェンド様ぁ」
「ぬ?」

 横からかけられた声に、レジェンドが視線を向ける。
 もちろん口元を羽扇で隠すのは忘れない。

「レジェンド様、ずーっと予想がはずれてばっ」
「このお馬鹿!」
 ぺちん。

 燈爽のツッコミよりも早く、レジェンドは羽扇で叩いた。
 さすがは軍師、素晴らしい読みであった。




 焔帝の活躍に引きずられたか、赤組の有志が十数人、昇降口の外へ出てきていた。
 士気は高く、懸命に戦うため、この間焔帝はようやく一息つける状態になっていた。
 そこへ青組の本隊らしき大集団がこちらへ向かって進軍してくる。
 そしてまるでその軍を率いるように、青いバンダナをなびかせて疾風の如く走る来る偉丈夫が一人。
 豪胆にも座り込んで、煮干をかじりながら牛乳をのんでいた焔帝はあやうく口の中のものを吐き出しそうになった。
 んぐ、と口の中のモノを強引に飲み込んで、焔帝は慌てて立ち上がった。

「まずい!おい、引け!」

 青組の生徒と戦っている赤組の生徒に焔帝は大音声で警告する。
 が。
 それよりも一拍早く偉丈夫が赤組の集団へと突入した。

「学園凶施ゲンキ、参る!」

 それはあまりに堂々とした名乗り上げであった。
 次の瞬間、まとめて赤組の生徒が3人倒れた。
 ゲンキが一閃したハリセンが一度にそれだけの生徒をなぎ払ったのである。
 あまりに圧倒的な破壊力。
 ちなみにこれだけやってもハチマキの防護効果で気絶するだけだったりする。
 殺し合いではないので。
 一応念の為。

「うわぁあああ変なマッチョがでたぁああああ!!」

 赤組の生徒のうち一人が絶望の悲鳴をあげる。
 それはあんまりな言い様じゃなかろうか。
 と、思ったらそれを聞いて、『にかっ』と笑っているのでどうやら喜んでるっぽい。

「ええいっ、俺が相手だ!」

 焔帝はゲンキにそう応えると、幅跳びでワールドレコードが取れそうな距離を一足で踏み込む。
 懐に飛び込み、右下段からハリセンを跳ね上げるようにして左胴をなぎ払う。

 ぱぁああああんっ!!

 岩を殴りつけたような手ごたえ。
 確実にダメージを与えた感触が右腕に走る。
 が。

「ふぉぉおおおおおっ!!」

 そのダメージなど意に介さず、逆にゲンキが右上段からハリセンを振り下ろす。
 ごっ、とハリセンが赤熱してるかのような錯覚すら覚えさせる剛打。
 喰らってはかなわない、と焔帝はバックステップでかろうじてかわす。
 空振ったハリセンが地面を叩き、ばぁああんっ、という音と共に派手な土煙をあげた。
 好機、とばかりに焔帝は再度踏み込み、右足でゲンキのハリセンを踏みつける。

「くらえっ!」

 焔帝は今度は片手では無く、両手でがっしりとハリセンを握り、まるで点を打ちぬくようにゲンキのあごをアッパースイングで狙った。

 パァアアアンッ!

 当然のようにのけぞるゲンキ。
 確実な手ごたえ。
 討ち取った!
 その確信があった。
 が。
 ハリセンを押さえていたハズの右足が浮いた。
 急激な浮遊感。
 天地が逆さまになる。
 焔帝は自分が宙を舞っている事にようやく気付いた。

「マジかっ………!?」

 やがて浮遊感が止まり、急激に地面が近づいてくる。
 身体をねじり、空中でなんとか姿勢を整えると焔帝はかろうじて足から着地した。
 刹那の時も待たずに、即座にハリセンを構えなおした焔帝は嫌なものを見た。
 ゲンキは先程まで焔帝が乗っていたハリセンを下から振り上げた姿勢のまま、軽く首をごきごきと言わせている。
 これはつまり、あれだ。
 まるで効いてねぇ。

「おいちゃんにはその程度の攻撃、蚊ほども効きませんよ」

 それを裏付けるように、ゲンキは微塵もダメージが無いかのように平然と言う。
 最悪だ。
 俺の攻撃はさして効いた様子も無いのに、あっちの攻撃がまともに当たればこっちは一発でお陀仏か?
 オマケにあのマッチョっぷりときたらどうだ。俺が踏み付けていたハリセンを俺ごと振り上げやがった。
 冗談じゃねぇ。
 焔帝は心の中でぼやいた。
 自分が劣るとは思わなかったが、これはもはや相性の問題だった。
 チョキではグーに勝つことはできない。

「さがれ!焔帝!」

 焔帝にどこかで聞いた覚えのある声がかけられる。
 伸びっぱなしの髪とそれをまとめる赤いハチマキをなびかせて、焔帝の横をすり抜けて行ったのはアレースだった。

「せいりゃあああああっ」

 アレースは気合一閃、ゲンキの頭をハリセンで殴りつける。
 アレースのハリセンはなかなかの剛剣(?)であった。
 ぱぁあああんっ、と景気のいい音が鳴り響く。
 が、それだけだ。
 ゲンキはサングラスの向こうの瞳をギラリと光らせると即座に反撃する。
 ばちこぉおおおんっ!
 なんかハリセンとは思えないような音が鳴り響く。
 ゲンキの一撃は確実にアレースの頭を捕らえていた。
 だが。

「効くかぁあああああっ!!」

 ぱぁああああああんっ!

 アレースは倒れる事は無く、お返しとばかりにゲンキの頭をしばいた。
 さすがにゲンキもこれには驚いたか、一瞬動きが止まる。
 アレースは学園でも桁が間違ったHPを誇っている。
 普段はアビスブレードを維持するために莫大なHPの大半を使用しているため、それはあまり目立たないが、その低下した値ですら、ずば抜けた数値を誇っていた。
 かたやゲンキはといえば学園で最もタフな漢であるというのがこの学園における常識のような評価だった。最大数値的にはともかく、その異常とも言える精神的肉体的回復力は郡を抜いている。

「先生!どっちが学園1打たれ強いかっ!先生かっ!俺かだぁあああっ!」

 そう言うとアレースは出し抜けに上着もシャツも脱ぎ捨てた。
 判りやすく言うと、上半身裸。
 まるでギリシア彫刻の様に見事な半身があらわになって女生徒から黄色い悲鳴があがる。
 それくらい見事な筋肉美であった。

「面白いっ!フオォオオオオッ!」

 ゲンキはそれに応えるように上半身に力を込めた。
 バリバリバリ、とシャツがそれだけで千切れ飛ぶ(これに関しては後で後悔した)。
 アレースがギリシア彫刻なら、ゲンキは運慶の仁王像であった。
 圧倒的迫力を持った、肉体美。
 美しさ(?)の勝負でいくなら全くの互角であった。

「こわっぱがぁっ!!」

 パァアアアンッ!

 ゲンキの振り下ろした鉄槌の如きハリセンを、アレースは甘んじて受ける。
 そしてそれに見事に耐えると、反撃に転ずる。

「ロートルがぁっ!!」

 ぱぁあああんっ!!

 もちろんゲンキはよけたりなどしない。アレースと同じように甘んじて受けた。
 これはもはや只の勝負ではなかった。

「お…漢勝負だ………」

 焔帝が愕然とした様子で呟く。
 確かにもはやこの勝負、そうとしか表現ができなかった。
 かたやゲンキが、かたやアレースがお互いの打撃をうけてはやり返す。
 その打撃にあわせて、耐えるのにあわせて周りの生徒たちから歓声が上がった。
 いつしかその場にいた生徒は陣営の赤青に関わらずその目をひきつけられている。
 開始後45分、期せずしてここでもうひとつの祭りが生まれ始めていた。




 広瀬の隣には変わらずに鏡花が控えていた。
 その正面ではルネアがアビスブレードを手に怪訝そうな顔をしている。
 ちなみにWBは広瀬の座っている椅子の足元辺りで居眠りをしていた。

「ま、大体判った、かな?しかし思い切った事したねぇ」

 ルネアが感心したように言う。

「全くだ。かような事態は今まで遭遇した事がないな」

 そのルネアの手の中でぶるぶると震えて、アビスブレードが感想を述べた。

「だれでも考える事だと思うけどなぁ。せっかくだし皆でドタバタしましょ、ってね。」

 広瀬は軽く肩をすくめながらそれに答えた。
 軽くかいつまんで、現状と、何故こんな事になったのかを一人と一本に説明していたのだ。
 さて、世間話をしている暇は、それ程はない。
 こちらの策の準備は整いつつあり、準備ができれば状況の変化は著しくなるだろう。
 と、なればその前に切り札を手中においておく必要がある。
 すなわち、○○○○○○○だ。
 今手元にあるのはザ○○○○の○とアビスブレード。
 今のままではザ○○○○の○はあくまでオリジナルのレプリカにすぎず、単に読みにくいだけの代物になってしまっている。
 そしてアビスブレードは…正直どう使えばいいかなんて、まるで見当もつかない。
 まぁ、その辺は本人に聞いて見るのが一番だろう。

「さて、アビスブレードさん今度はあなたから聞かせてもらおうかしら?」

 広瀬は改まった口調でしゃべりながら、組んだ両手の上にあごをのせた。
 ルネアの手の中のアビスブレードがぶるっとふるえる。

「アビでいい。…世間話をしたい、というわけでもない、か」

 もしも彼に口があったのなら、ため息をついていたのだろう。
 かなり気が重い事のようだ。

「まぁ、ね。でも、話したくなければ話さなくてもいい、と思ってる。…ただ、話してすっきりする事ってのもあるんじゃない?」

 多少は予想している事もある。
 それが正しいかどうかはどうでもいい。
 この様子からみて、アビスブレードがアレースにも話していないような事を話そうか悩んでいる、と言ったところだろう。
 その内容がなんにせよ、親しい相手にすら話せないような秘密を持っていると言う事は、つらい事だと思う。だから、しゃべって少しは楽になってもいいんじゃないか、と思うのは本心からだ。
 勝つためにはあらゆる手段をとるのは当然の事だ。でも、それは人の生死を左右するような場合の時であろう。
 学園祭での勝利に固執して誰かを恣意的に傷つけるのは下策中の下策。
 学園祭は、楽しくあるべきだ、と今の広瀬は思う。
 誰かが一方的に踏みつけになって、その上でなりたってるものはおかしいと思う。
 だが、皆が公平に楽しい思いをする、なんていうのは欺瞞だ。
 それはあまりに理想主義者的な考えだと、リアリストな自分が断じている。
 でも、それでも、ああ、楽しかったな、面白かったな、と全員が振り返ることができるのならば、それはなんてステキな事だろう、とも思う。
 だから、そうなれるように、努力したい。
 そうすれば私も、きっと楽しかったな、と思い出すことができるだろうから。

「そうか…そうだな。その通りだ。どれ、ではひとつ昔話をするとしようか…」

 その意を汲み取ったのか、アビスブレードが重々しく口を開く。
 広瀬はこくり、と頷いて、アビスブレードの言葉を待った。
 ルネアはアビスブレードをおろすにおろせなくなって仕方なくそのまま持ったままだ。

「そうだな、もうどれ位前になるだろうか…この学園にとある病弱な生徒が入学した。その生徒は呪いに近い、不治の病に侵されていた。その当時のできる、あらゆる手を持ってしてもその病は治る事はなかった。その生徒は自分なりに、精一杯学園生活を送っていたが、それは常に恐怖と隣りあわせだった。それでも学園での生活は楽しくて、その生徒はいつしか、それがずっと続けば良いのに、と思うようになった」

 淡々と語る、アビスブレードの言葉に皆が耳を傾けていた。
 ああ、いや、眠りこけている一匹は除く。

「さて、その生徒はその手段がある事に気付いた。図書館の禁書領域だ。何とかもぐりこんだその生徒は、とある書に目をつけ、そして契約を行った。その契約は仮初の永遠を生徒に与えた。契約した時点でその生徒からは時が失われ、条件が揃った時のみ、活動ができるようになった。しかし、それはあくまで仮初なのだ。その様なもので満足ができるはずも無い。動けるわずかが期間をつかって、真の永遠たる道を探し求めた。そして、彼はそれを見つけ出した。それは、遺産の力を利用したものだった。そう、それだよ。」

 そこまで語ると、アビスブレードは言葉をいったん切った。
 皆の視線がザ○○○○の○に集まる。

「それは、学園の危機になると現界する力だ。なにものでもないが故になにものでもある。名状しがたき力、そう、力そのものだ。その生徒自身が学園に危機をもたらす事で、その生徒はそれを呼び出し、そして手中に入れた。そして、己が真名をそれに与える事で、その生徒は…器物となって永遠を得た。…これで昔話はしまいだ。」

 ばつが悪そうにアビスブレードが話をおえる。
 しばし余韻のように、静寂が部屋を支配する。

「っていうか、その生徒ってあんたじゃん」

 ミもフタも無い断定口調でルネアが指摘する。
 こう言うのは言わぬが花なのに、相変わらずなんというか。

「ぐ…まぁ、そうなんだが」

 少しは己に酔いたかっただろうに、冷水をぶっかけられたアビスブレードはばつが悪そうに答える。
 それを聞いて、広瀬が続けて質問する。

「じゃあ、だからウロボロスくんも同じようにこれを狙ってる?」

 多分、それはないだろう、と予測しつつも、確実にするためにあえてした質問だ。

「アレは私とは求めるものの質が違う。私は己自身の永遠を望み、アレは自分と周り全ての永遠を望む。が、力は力だ、それ故当初は必要としていたようだが…もはや必要とはしていない。私を利用する事で、アレは己の望みをなしえてしまった。」

 そう言い切ったアビスブレードをルネアは怪訝そうな目で見た。
 なんか納得いかない。

「んじゃ、なんだってあいつそれに固執してたのよ?もういらないはずじゃない?」

 びしっとザ○○○○の○を指差すルネア。

「それは、私の力を使って時空間連結現象を引き起こしたアレにとっては、同種の力である遺産の力は危険だからだな。解除される可能性をはらんでいる故。今ここに揃っておらぬ以上、おそらく足りない部分はアレに破壊されたのだろうな。」

 アビスブレードは教師さながらにルネアの質問に懇切丁寧に答えた。
 うーん、とルネアは唸る。
 何かが引っかかっているんだが、それが判らない感じ。
 ボタンのかけちがえのような微妙な違和感。
 それを見ていた広瀬が次の質問を浴びせた。

「じゃあ、アビさん、あなたを使えば『永遠に続く学園祭』が解除できる?」

 それはもっともな疑問だった。
 もっともな疑問だが、それが無理であるのも、見当はつく。

「いや、それは無理だ。正確には可能なんだが、君達では無理だ。アレと私はねじれの位置にあるとはいえ、魂が近似しているが故に真の力を引き出すに至った。強引に引き出すにはアレースの様な人間離れした生命力が必要だ。しかし、アレースの限界をもってしてもあの現象を斬るには至らぬ。」

 無論それだけの関係でも無いが、ここではそれは必要とされない内容の意見だろう。

「ふむん…困ったなぁ………情報としては非常に有力だけど、事態が思ったよりもまずいって事がわかっちゃったな…」

 軽い口調で言ってはいるが、広瀬のこの言葉は偽りの無い本音であった。
 ウロボロスの生み出した時空間連結現象をなんとか止める手段が無い事にはどうあっても”勝った”事にはならない。
 止めうるのはアビスブレードか、○○○○○○○。
 だが、アビスブレードは使いこなせず、○○○○○○○はもはや揃うことはない。
 しばしの空白。
 その場にいた皆がどうにもならない現実を認識させられていた。
 が。
 それであきらめがつく様な面子ではなかった。

「ちょっと待ちなさいよ。大体、あんた元はそれだったんでしょ?ちょっとこう、貸しなさいよ!」

 ルネアが無茶苦茶な事を言い出した。

「ふむ…妙案ではないかね?その部分を差し出し給え」

 さらにそれに鏡花が同意した。

「む、無茶をいうな。君が言っているのは片腕や片足を差し出せと言っているようなものだぞ!?」

 ルネアの手の中でぶんぶん唸って、アビスブレードがじたばたと暴れる。
 傍目にはルネアが激しくアビスブレードを振り回しまくってるように見えなくも無い。

「まぁ、さすがにそんなわけにはいかないわよね………」

 と、広瀬はなんとなくザ○○○○の○を机から取り上げて、ため息をついた。
 切り札の確保をあいまいなままにしていたのは手落ち以外のなにものでもない。
 戦自体は決して負けない自信はある。
 が、時空間連結現象を解除することができないのならば、試合に勝って勝負に負けた、という情けない有様になってしまう。
 どうしたものか、と広瀬の灰色の脳細胞がフル回転し始めた瞬間。

 パキン

 ルネアの手を逃れようと暴れるアビスブレードがザ○○○○の○に接触して妙に澄んだ乾いた音が鳴り響く。
 直後、ザ○○○○の○とアビスブレードが激しい閃光を放った。

「げ」
「ぬぉ」
「きゃっ」
「!!」
「?」

 各人が悲鳴(?)をあげた。
 ようやく視力が回復し、現状を把握して少なくとも一人は激しく動揺した。

「あ、うわ…ええと、あ、あたしのせい?」

 ルネアは恐る恐るまわりの面子に尋ねる。
 広瀬の手にあったはずのザ○○○○の○は光の中に消え失せ、アビはまぶしさにルネアが取り落としたため、床に落ちていた。

「………そうね、ルネアさんの、せい、というかお陰かな?」

 ザ○○○○の○を握っていた右手を眺めながら広瀬は椅子から立ち上がった。
 そのまま、歩いてアビの元へいき、アビを拾い上げる。

「う、うわー、まずいよねぇ、どうしよう…」

 うろたえまくるルネア。
 アビをまじまじと見ていた広瀬はアビを持っていない左手をぽんとルネアの肩に置いた。

「大丈夫、まぁ、いろんな意味でなんとかなるから。」

 に、とまぶしい笑顔を浮かべて、広瀬は断言した。
 広瀬は最高の手札を手に入れたのだ。
 これで、勝てる。

『ホントだな?なんとかしろよ?』

 アビがぶるぶると先程よりも弱い音で広瀬に尋ねた。
 広瀬はこくりと頷くと、再び自分の座席に戻る。
 これで全て揃った。
 あとは待つだけ。

「ふむ、先程よりも自信ありといった感じだな?」

 傍らの鏡花が広瀬に尋ねる。

「まぁね、これでほぼ、勝てる」

 きっぱりと断言して、広瀬はふかふかの椅子に深く腰掛けた。
 ああ、でもこの椅子でまったりする暇はあんまりないかな?
 コンコン。
 生徒会室の扉をノックする音が響く。

「失礼いたします」

 その声はアキと入れ替わりでやってきた、星忍だった。

「どうぞ」

 広瀬は椅子に浅く腰掛けなおしながらそれに答える。
 すでに次の指示は考えてある。
 開始50分後、いよいよ事態は終局へとむけて動き始めていた。




 もはや一刻の猶予も無い。
 レジェンドは独り焦燥感を抱きながら、本隊を率いて進軍していた。
 こちらが思ったような戦果を挙げられぬのは、一重にむこうの人材が優れているに過ぎない。
 あと、一人二人、こちらに人物がいれば…あるいは野戦なら…
 いや、戦にifは不要だ。
 ただ、今、ここにある事象、予測されうる必然を導き出し、己に有利なながれを作り上げる。
 これこそが軍師の業というものだ。
 なかなかどうして、レジェンドは軍師として非常に優秀だった。
 広瀬がその上をいっているのは、実力以上に、これは広瀬が仕掛けた戦であるという事が大きかった。
 いわば相手の土俵で相撲をとらされているのである。
 これを考えれば、レジェンドはむしろ良くやっている。
 それを分かってくれる人が少ないと言うのは、彼にとっての不幸であった。
 青組において、ちょいと彼の評判は悪いのである。

「いそげ、もはや一刻の猶予もならんぞ、一気に押し潰すのだ!」

 本隊の先頭でレジェンドが熱弁をふるうが、生徒のノリが悪い。
 相手が篭校舎戦術をとったのも影響している。
 青組はすでに勝ち戦ムードだ。
 だが勝ち戦にこそ、敗北の落とし穴は多い。

「あぅ?レジェンドさまぁ、なんか飛んできますよー?」

 燈爽が唐突に傍らのレジェンドに尋ねた。
 先程空城の計をかまされた屋上から、未確認飛行物体が飛び出してこちらに向かってきている。
 しゅごーと、魔法ではない、いかにも科学の子って感じの煙と光を発していた。

「むう…あれは!この戦、勝てるぞ!」

 目を細めて、それを見ていたレジェンドは快哉の声を発した。
 いや、正確には、この機を逃しては勝ち目が無い、だ。
 だが、この場はそんなあやふやな事を言ってはいけない。
 あくまで強気だ。

「あぅ…」

 燈爽はその考えがわかったのかとっても嫌な予感がした。
 今日のレジェンドの言動は裏目に出る事がおおい。
 なんとなく今回も上手くいかないような気がした。

 ぽかり。
「あぅ!?」

 それを察したのか羽扇がひらめき、燈爽が小さな悲鳴をあげた。




 ゴーッと轟音を立てて飛んできたそれは、ずしーん、と重量感たっぷり本隊率いるレジェンドの前に着地した。銀色のそれの頭には赤いハチマキが貼り付けてある。
 その背からすたっと軽やかに赤いハチマキを付けた黒装束の男が降り立つ。
 それは広瀬の命をうけ、本隊と戦いにやってきたnocと星忍であった。
 星忍にとってはnocはラピュタ編からの因縁がある。
 裏切りを旨とするという人物は正直、いささか信用ならない。
 そう言う人物と組んで事にあたれという事は、これはいざとなったらそのメカ首をハリセンで叩き落とせということだろう。
 星忍はその覚悟でいた。

「おお、nocどの、良くぞ参られた!」

 それを裏付けるかの様にいそいそと本隊からレジェンドが迎えにやってくる。
 レジェンドにしてみれば、渡りに船である。
 この状況、nocが裏切らぬはずが無い。

「ささ、こちらに参られよ、これだけの軍勢があなたの後押しをいたすゆえ」

 身構える星忍を見据えながら、レジェンドはnocに促した。
 対するnocは無言でウイーンウイーンと周りをせわしなく見回していた。
 ラピュタのかわいそうなロボットのイメージでお願いします。

「ふむ…確かに裏切りこそ我が本懐…」

 そう言いながらも、nocは決断しかねていた。
 この状況。
 圧倒的多数の前線に送り込まれ、自分を疑う隠密までついている。
 しかも敵軍の軍師が諸手をあげて迎えに来ている。
 これは、裏切れと言っているようなものだろう。

「なるほど…」

 面白い。
 nocは心で笑った。
 広瀬優希とはこれほどの人物であったか。
 つまり、真の裏切りとは皆の期待を裏切ることだと言っているのだ。
 裏切れるものなら、裏切って見せろ、と。

「noc殿、真の裏切りはここで裏切ることぞ!」

 それに対し、レジェンドはあえて声を大にして言った。
 レジェンドにとっても、ここは勝負どころだった。
 広瀬の策を看破した上で、レジェンドはここに賭けたのだ。

「ふむ…これは悩ましい…」

 nocは本気でそう呟いた。
 この状況で裏切らぬ事こそが大多数に対する裏切りだと暗に言っている広瀬と、その期待をこそ裏切れというレジェンド。
 これはいずれについても重大な裏切りだろう。
 悩むnocの後ろで星忍が油断無く歯車手裏剣を構える。
 裏切ったらもちろんその場でそれを叩きこむつもりである。
 しかし、星忍のその態度がnocの決意を固める事になった。

「よろしい、裏切りましょう」

 nocがそう答えてウイーンと星忍の方をむく。
 チカチカと赤いランプがエネルギー充填を告げていた。

「やはりそうきたか!歯車八方手裏剣!」

 途端に星忍の手から歯車手裏剣が放たれる。
 歯車が宙で八つに分れ、まさに八方を囲む手裏剣と化す。

 カッコッキキキキキキン!

 その全てを大きな手で弾き返しながら、nocの頭がぐりん、と180度回転する。
 すなわちレジェンドと青組本隊の方角へ。

「そこまで星忍さんに裏切りを期待されては、その期待を裏切らないわけにはいきませんな。」

 いいながら、ぴーーーーーーっと謎の怪光線を目から青組本隊にむけて発射する。

「ぬ!」

 レジェンドは反射的に燈爽をつれて転移する。
 直後、キュドン!という鈍い音と共に爆発が起こる。
 十数人の生徒が今の一撃で気絶した。
 イメージはラピュ(以下略

「ええい、納得いったようないかないような…」

 そう言いながら星忍が歯車手裏剣を縦横無尽に投げつける。
 むろん刃止め(?)がしてるので刺さったりはしないし、そのダメージは精神ダメージへと変換される。

「ははは、気にしたら負けですよ」
 びー。
「nocさん、一度あなたとはじっくり話す必要があると…」
 しぱぱぱぱぱ

 二人は言い争いのようなものをしながらすさまじい勢いで青組と戦い始めた。
 むろん青組の生徒とて、黙ってやられるわけではない、果敢に突撃を行うが、星忍の分身とnocの分厚い装甲に阻まれて、思うような効果を挙げられない。
 もちろん二人だけで全滅させることなど出来ないが、充分以上に足止めという役割を果たすことは可能であった。




「やぁ、軍師殿、お早いお帰りだねぇ」

 椅子に座ったままのウロボロスがそう声をかける。
 そこには、反射的に転移で逃れてきたレジェンドと燈爽がいた。

「いや、まだ、負けたわけでは…」

 言い訳めいた事を言おうとしたレジェンドの言葉をさえぎるように
 ぽんぴんぱんぽーん

 チャイムの音がさえぎった。
 見る間に苦悶の表情を浮かべ、がくりと両手をつくレジェンド。
 何事か、と燈爽がレジェンドにかけよった。

「も、もはやこれまでか…」

 _| ̄|○といった感じで、レジェンドは呟いた。
 ウロボロスは椅子を立ち、うなだれるレジェンドのそばまで行くと、その肩にぽん、と手を置いた。

「君はよくやってくれたよ、軍師殿。まさに学園の鳳雛にふさわしい活躍だった。」

 それは心からの賞賛の言葉だった。
 もとよりこれはウロボロスにとっては座興に過ぎない。
 極論すれば、勝とうが負けようが、どうでもいいのだ。
 無論、勝つに越した事はないのだが。
 しかし、その座興で、レジェンドは永遠のために全力を尽くしてくれた。
 これを賞賛せずしてなにを賞賛せんや。

「あぅ…レジェンドさまぁ、ウロボロスさん、まだ勝負は決まってしまったわけでは…」

 燈爽が、慰めるように、というか、心底訳がわからずにそう声をかける。
 だが、レジェンドは挫折ポーズのままで軽く頭をふった。

「いや、燈爽、広瀬さんの策がなった時点で、もはやこちらに勝ち目は無いのだよ」

 レジェンドは淡々と答えた。
 いつもなら「ええい、このお馬鹿!」と羽扇がとんでくる場面なのに、それが無いという事は相当に事態が重いのだろう。

{こちらは赤組広報担当ちゃおと『スターティですよう』だお。これから赤組企画、文集の一気読みをするおー『フェニックスです』それは一輝だお}

 いささか古い小ギャグを挟みながら、スピーカーからはまったりとしたちゃおとスターティの朗読が流れてくる。
 内容はどうという事もない、卒業文集とかにありがちな、楽しかった学園祭や体育祭の思い出といったものだった。
 だが、そのどうという事もない内容こそが、青組にとって孫悟空の頭を締め付ける経文の如き代物であったのだった。




 校舎通用口。
 突如始まった放送があまりに脳天気な語り口だったせいで毒気を抜かれたのか、青組の攻勢がぴたりと止んでいた。
 これ幸いと黒子の格好をした救護班が累々たる気絶者達を保健室へと運び去っていく。

「ど…けふけふ……どうしたんですかね…?」

 呪文の唱えすぎでよれよれなキリエがちょっと咳き込みながら尋ねた。
 学園の水道屋さんと化していたクレインも小首を傾げる。

「聞きほれる…っていうようなもんでもないと思うけど?どう思う風花ちゃん?」

 クレインは傍らで同じように一息つく風花に伝言ゲームのように尋ねた。
 風花はキリエを癒してやりながら、軽く笑みを浮かべる。

「そう?あたしはなんとなくわかるな。こんな、楽しそうに学園祭以外のイベントを話されちゃ、ね」

 風花はそう言いながら、スピーカーを見上げた。
 文集のための作文なんて、つまらないと思ってたけどこうやって聞いてみると、思い出をとどめるってのも悪くないかもなぁ。
 そんな事を思った。




 校舎屋上。
 もとより侵入者の少ないまったりムード漂う拠点である。
 むしろ拠点というよりは休憩所と化している。
 いやいや、それよりも、ちょっとした劇場といったほうが良いだろうか?
 観客達には赤組も青組もいる。見事な大道芸をみるのに敵も味方もないというわけだ。

「ほえ〜すごいすごい〜☆」

 どこから紛れ込んだのか、緑色のだぼっとした服をきた少女、CDマンボがぱちぱちと拍手する。

「まだまだ、これからですよ」

 そう言いながら、大家が短剣を5本ジャグリングしながら花瓶の上に乗った。

「うおおおおお、根性っすぅううう」

 気合の声をあげる花瓶。
 おー、と観客達の歓声があがる。
 が。
 花瓶はもはや戦える身体ではなかった。
 度重なる戦いの傷跡が刻まれた身体では人一人乗っけて転がることは難しかった。

「っすうううぅう………ぐへ」
 かっ。
 ぱりーん。

 花瓶がお約束どおり砕け、大家は激しく転倒した。
 その上から短剣がふりそそぐ。
 一瞬の静寂。
 いや、まずいだろう、だれが見てもこの状況はまずいだろう。
 ギャラリーたちがそう思った瞬間。

「でも大丈夫」

 頭に短剣を刺したまま大家が平然と立ち上がる。

『おおおおおおおおおおおおお』

 一際大きな歓声があがり、拍手が降り注いだ。
 ぱちぱちと拍手をしながら、CDマンボは砕けた花瓶の破片をを小器用に足で集めはじめる。
 いつもの事だが、修理してあげないとかわいそうだ。
 そんな時に、ぽんぴんぱんぽーんというチャイムが鳴り響く。

{こちらは赤組広報担当ちゃおと『スターティですよう』だお。これから赤組企画、文集の一気読みをするおー『フェニックスです』それは一輝だお}

 この場にいた観客はすでにまったりむーどになってしまっていたため、別段何の抵抗もなく、その放送に耳を傾けることとなった。
 だからだろうか、この場所の反応が一番早かったことをここに記しておく。
 放送を聞くにつれて、青組の生徒はそれぞれ自らのシンボルである青いハチマキをとり、この場をメインで守っていたアキとティファナの元へと次々と投降していった。




 逆に、もっとも反応が遅かったのは正面昇降口だった。
 放送は流れていたが、それ以上に盛り上がるものが目の前にあるのだからしょうがない。

「まだやるかい?」

 相変わらずマッチョだがいささかツヤの落ちたゲンキがアレースに一撃を加える。

 ぱぁあああああん。

 ハリセンの景気いい音が鳴り響き、地割れのような歓声が後を追う。

「元気いっぱい……だぜ」

 不適な笑みを浮かべながら答えたアレースは心なしがげっそりとやつれているようにも見えた。
 だが、それにも関わらずアレースはゲンキにハリセンを振り下ろした。

 ぱぁあああああん。

 ハリセンの景気いい音が鳴り響き、地割れのような歓声が後を追った。

「くっくっく…実はおいちゃんはまだ、半分くらいの実力しか出していないのですよ…はぁはぁ…」

 いいながらゲンキがアレースをしばく。

 ぱぁああああん。

「ふっふっふ、甘いな…俺は…はぁはぁ…4分の1だぜ…」

 そう答えてアレースはもう、何度目ともしれぬハリセンを振り下ろす。

 ぱぁああああん。

 うおおおおおおおおおおおおおん、と観客が盛り上がる。
 いつ果てぬとも知れぬ漢勝負に観客達のボルテージも上がる。
 が、その中でも確実に変化が現れ始めていた。

{こうして後夜祭で告白した俺だったけどふられてしまったのだお。…ちょっと哀しいお話しだったお。『切なさ乱れうちです』なにそれ?}

 漢勝負など微塵も気にせずに、ちゃおとスターティののんびりとした朗読は続いていた。
 そして、それを聞いていた一人の青組の生徒がそれまで気づかなかった、単純すぎる事実に気づいた。

「なぁ?」

 その生徒は隣で歓声を上げている生徒に首をかしげながら話し掛ける。

「なんだよ?いいところなのによー」

 漢勝負の方に熱中していたのか、ひどく不満気に尋ね返した。

「いやさ、今の放送聞いてて思ったんだけどさ」
「何だよ?」

 歓声や拍手の中で行われてる会話だ、結構大きめな声での会話になる。

「学園祭が永遠に続くって事だったじゃん。そうするとさ…」
「あー?なんだよ、よく聞こえねぇよ!?」

 意地悪をしているのではなくて、本当に聞こえないのだ。
 折りも悪く、ゲンキとアレースの漢勝負は最高潮に達しつつあった。
 周りの盛り上がりも激しい。

 ぱぁあああああん!

「………ってことだと……じゃ……いか?」

 わぁあああああああああああ。

「あー?もっと大きい声ではっきりいってくれ!よく聞こえねぇんだよ!?」

 よりによって、ハリセンでどつく音と、歓声の間に言ったため、ろくに聞こえなかった聞き手の生徒は大声で要求する。
 その生徒は諦めたのか、軽く息をすって、そしておもむろに腹の底からの大声ではっきりと言った。

「だから!学園祭が永遠に続いたら後夜祭にもならないし、体育祭も修学旅行もなくなっちまうんじゃないのかっていってるんだよ!」

 その生徒の言葉は、やたらと響いた。
 それは、ちょうど、ゲンキとアレースと観客との音のせめぎあいの空白点に打ち込まれた楔だったのだ。
 その言葉の意味がその場にいた生徒達に浸透していくのに、さほどの時間はかからなかった。
 学園祭は確かに楽しい。
 永遠に続けばと思った。
 しかし、しかしだ。
 それは残りのすべてのお祭を捨ててまで選んで良いものなのだろうか?、いや良くない(反語)。
 それから先は、もはや加速度的に状況が変化していった。
 青組の生徒が次々に青のハチマキを外し、購買部へと急いだ。
 こんなところでじっとしてられない。
 急いで赤にならなければ。
 その流れはやがて、nocや星忍たちと戦っている本隊にも伝わっていった。
 みるみる目の前から青組の生徒が引けていっているのを見て、星忍は我知らずため息をついた。

「ふぅ…ここまで劇的とは………」

 星忍は無論、広瀬から策の内容に関しては聞き及んでいたので、さほど慌てる事はなかった。
 ただ、ここまで劇的とは思っていなかったのだ。

「ふむ…これは人数比ががらっと変わりましたね」

 赤いランプをチカチカと点滅させながらnocが頭をぐりっと星忍の方へとむけた。
 こやつ、この期におよんで…
 星忍に、一瞬緊張が走った。
 が、すぐにその緊張は薄まっていった。

「うむ、あとは広瀬さんの仕事…さて、貴殿も疲れたであろう?」

 星忍はこん、とnocの背中のバックパックを軽く叩いて、フレンドリーに話しかける。
 nocは裏切りを旨とするが、決して変節漢ではない。
 それがわかったからこそ、今は戦友としてねぎらいたい気持ちがあった。

「いささかはりきりすぎましたね。オイルでもさしていただければありがたいんですが」

 軽く肩などすくめながらnocが答える。
 新たな友情の始まりであった。
 ちなみに、ゲンキとアレースは観客がほとんど居なくなった辺りで、同時にハリセンでどつきあって、気持ちよくダブルノックダウンと洒落こんでいた。
 開始後およそ1時間後勝利の天秤は、赤組へと激しく傾きつつあった。




 口をぽかーんと開けていた。
 青いハチマキを付けていた人間が我先にハチマキをはずして購買部へと走りさっていくのだから、まぁ、気持ちはわからないでもない。
 燈爽はただ呆然口を開けたままとその様子を見ながら、これを予見していた御主人様は実は本当の本当にすごい人なのではないかと思っていた。

「く…天は何故このレジェンドと広瀬さんを同じ学園に通わせたのかっ………!」

 心底悔しげに、だが実は言ってみたかった台詞をレジェンドは発する。
 それに対してウロボロスは軽く首を振った。

「軍師殿、恥じる事は無い。先も言ったけど君は十二分によくやってくれたよ。こうなっては是非もない、君も敵に降ると良い」

 ウロボロスは微笑を浮かべて、労う様にレジェンドにささやいた。
 だが、レジェンドは_| ̄|○状態から身体を勢いよく起こした。

「何を言われます、このレジェンド、優勢だからこちらについたわけではありませんぞ!」

 肩にあったウロボロスの手をがっちりと握り締め、レジェンドははっきりとそう言った。
 その目にくもりは、多分無い。
 数瞬の空白。

「…これまで、幾度と無く同じ事を繰り返し、幾度となく裏切り、裏切られ、そして幾度となく封じられてきた。思えば君のような味方を得たのは初めてかもしれない…」

 いささか感動した面持ちでウロボロスが呟く。
 それは、うそ偽りのない本音だった。

「しかし、今の僕には君に報いる術を思いつかない。友よ、僕は君に何かできる事はないだろうか?」

 これは座興であり本質的には敗北はありえない、という事実をウロボロスは忘却のかなたに放り投げながら尋ねた。
 しかも、その言葉は冗談ではなく本気だったりする。

「………では、この戦が終わりし後に、今度は私の覇業の手伝いをしていただけまいか?」

 そう言いながら、レジェンドは懐からごそごそと「学園制圧組織【レジェンド=ザ=テンペスト】」用の誓約書を取り出した。
 それを受け取ると、ウロボロスはさして悩みもせずに名前を書き、指を噛み切ると血判をする。

「喜んで手伝わせてもらうよ」

 そう答えて、微笑みながらウロボロスは誓約書をレジェンドに渡した。
 レジェンドも笑みを浮かべる。

「さて、では軍師として最後の策を授けましょう。この状況を打開する必勝の策です」

 そう言うと、レジェンドはウロボロスの耳元でぼそぼそと何事かを呟いた。
 多少、驚いたような顔をするウロボロスに、にやりとした笑みでレジェンドは答える。

「では…これよりこのレジェンド、軍師ではなく一介の戦士として参る!燈爽!」

 ばさりをマントを翻して、レジェンドは燈爽に声をかけた。
 はたと我に返った燈爽がぱたぱたと駆け寄ってくる。

「あぅ…どこに行くんですかぁ?」

 まるで話を聞いていなかった燈爽が尋ねる。
 その言葉にレジェンドは拳を握り締めて答えた。

「うむ、敵首魁を打ち取りに行く。それが軍師ではなく、友としてできる事だ。」

 燈爽が、はぁ、とその言葉に気の無い返事をする。
 明らかに展開についてきていない。
 が、そんな事など気にせずにレジェンドは燈爽の首根っこをつかむと転移した。

「友、か。どれほど前に聞いた言葉だろう…」

 呟きながらウロボロスは椅子に深く腰掛ける。
 開始後1時間5分を回り、学園は赤一色に染まりつつあった。




 予想はしていた。
 だから、あわてずにはすんだ。
 数的不利に陥った敵ができるのは少人数による玉砕的な攻撃だろうとは予測していた。
 しかし、直接目の前に出てくるとは思って無かった。

「ようこそって言えばいいのかな?レジェンドさん」

 広瀬は椅子から立ち上がりながら、いきなり正面に転移であらわれた二人連れ、レジェンドと燈爽に語りかけた。

「歓迎は感謝しますよ。あなたの首級はいただきますが」

 そう答えてレジェンドは羽扇を広瀬の方へとむける。
 残念な事に、どこぞのゲームと違ってそこからビームは出たりしなかった。

「じゃあ、さっきあなたが私に言った言葉をそっくり返すわ。レジェンドさん、あなた達に勝ち目は無いわ。早々に降るが得策と思うけど?」

 しゃべりながら、広瀬は間合いを計った。
 傍らには油断無く鏡花が植物の蔦の様なものをもって立っている。
 喝、は部屋の被害が大きすぎると踏んだのか、使うつもりは無いようだ。

「確かに…軍師としての勝負はあなたの勝ちですね。学園の鳳雛もあなたにの足元にも及ばなかった、と言う事でしょう。だが、まだ、負けた訳ではありません。私の戦士としての誇りを賭けてあなたに挑みましょう」

 凛として答えるレジェンド。
 そこに迷いは一切無い。

「っていうかさ、あたしの事忘れてない?」

 にらみ合う広瀬とレジェンドの横からルネアが口を挟む。
 ここらで存在を主張しておかないと、どこぞの犬みたいに忘れられてしまいそうだ。

「………燈爽、あれを」
「あぅ、は、はい〜」

 レジェンドの合図に、燈爽はポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出して、レジェンドに渡した。
 レジェンドはそのしわを伸ばしながら、まるで訴状をつき付けるかの様にルネアの方にむけた。

「何よこれ…って、げっ」

 それはルネア自身が書いた、「学園制圧組織【レジェンド=ザ=テンペスト】」に所属する旨の誓約書だった。

「これは学園制圧に関わる作戦である。協力せよ…とは言わないから邪魔をしないでくださいよ」

 レジェンドの命令とも、お願いとも言えぬ口調に、ルネアが「ぐ、むう」と口ごもる。
 勢いでしてしまったとはいえ、サインはサイン。
 自分の都合でひっくり返しちゃえって気もするけど、それはルネアにとってはなんというか、まぁ、平たく言うと嫌だった。
 うそつきにはなりたくない。

「ご、ごめーん、広瀬さん。今回は見てるしかないみたい」

 心底すまなそうに両手をあわせてルネアが陳謝する。

「ああ、うん、まぁ仕方ないよね」

 広瀬はそう答えて、机の上に置いておいたアビを担いだ。
 お、重すぎる…
 それが広瀬の感想だった。

「でもレジェンドくん、一つだけ聞かせて。」

 アビの重さによろよろしながら、広瀬はレジェンドに尋ねた。
 レジェンドは余裕があるのか、軽く肩をすくめる。

「なんなりと?」

 そう答えて、広瀬の質問を待った。

「どうやってこの部屋に直接入ったの?結界は一応張ってもらってたし、そう簡単に転移で入れるはずはないのに」

 広瀬は真剣な様子でレジェンドに質問した。

「ああ、そんなことですか。私も一発でここにこれるとは思っていませんでしたよ。あなたがあれをここに持ち込んでくれたおかげですね。」

 そう言って、レジェンドは広瀬のポケットの辺りを指差した。
 広瀬はふと思い出したように自分のポケットに放り込んでいたメダルを取り出した。
 それは、屋上で燈爽が設置しようとしていたメダルだった。

「それは私や、あなたのような空間転移能力者にとって、ガイドビーコンのような働きをするのですよ。そうと知らねば上手く利用はできませんがね」

 簡潔に答えて、レジェンドは羽扇を構え直した。
 それはもはや、語るべき事など無いと暗に言っていた。

「そう、ありがとう。判らない事が判るって、すっきりするよね」

 軽い口調で答えて、広瀬は現在の位置関係を把握する。
 レジェンドの武器はあの羽扇だろうか?
 ただ、間合いはあってないようなものだ。
 彼には空間転移能力がある。
 燈爽は特にヤル気はないようだ。
 武器も携えておらず、落ち着かない様子できょろきょろしている。

「では…レジェンド、参る!」

 唐突にレジェンドは宣言し、燈爽を伴って消えた。
 転移だ。

「縛っ!!」

 次の瞬間、鏡花が植物の鞭を宙空に向かって放った。
 鏡花は別に空間転移能力者というわけでもない。
 それゆえ、移動する姿を捉えることもできない。
 が、なんとなくなら気配で察することができた。
 それを頼りに放った呪をこめた蔦の鞭だ。
 びっと手ごたえが右腕に伝わる。
 強く引くと、宙空に足が現れた。
 ズボンのすそに、ぶかぶかの男モノの靴。

「かかったな!」

 快哉の声を上げて鏡花は思いっきり引いた。
 気分は釣り人である。

 ぼてっ。

 宙空から引きずり出され、羽扇を持った人物が落ちる。

「あぅぅ…」

 それは、あろう事かレジェンドの服と靴を無理やり着せられた燈爽であった。
 さすがにぎょっとして視線を奪われる広瀬と鏡花とルネア。
 そして、その広瀬の背後、椅子との狭い空間に無理矢理割り込むようにパンツ一丁のレジェンドが現れ、その椅子の上に着地する。

「空間っ…」

 瞬間、レジェンドの右腕の周りに陽炎のようなものが浮かぶ。
 それは、空間の歪み。
 レジェンドの最大にして最強の力。

「積層型思念結界」

 広瀬は振り向くよりも早くポツリと呟く。
 瞬時に広瀬の念を元にして、7重の結界が形成された。

「歪曲っ!!!」

 レジェンドのコマンドワードと共に、溜め込まれた力が開放される。
 右腕を中心として空間の歪みが爆発的に広がった。

 ぱきーん!

 まず一層目の思念結界が破壊される。
 レジェンドは歪みを広瀬に押し込むように右手を突き出した。

 ぱきーん!ぱきーん!ぱきーん!

 次々と破壊されていく広瀬の思念結界。
 残り3層。

「ぬぉ!」

 固まっていた鏡花があわてて燈爽の足に巻きついた蔦を引き剥がす。
 勢いでごろごろと燈爽が大回転した。

「あれぃあれぃ」

 燈爽、余裕だな。

 ぱきーん!

 そうしてる間にさらに一層破壊される。
 残り2層。

「ふはは!私の勝ちだぁ!」

 レジェンドが勝利の雄たけびと共にさらに右腕を押し込もうとした。
 ずきり。
 瞬間、レジェンドに脳髄を焼かんばかりの激痛が走り抜ける。
 それは燈爽にカタログを乗っけられて痛めた怪我であった。
 しかも、その痛んだ手でツッコミまくっていたので、さらに悪化していることにレジェンドは気付いていなかった。
 だがしかし。

 ぱきーん!

 残り1層

「う、うおおおおおお!」

 レジェンドは絶叫と共に椅子から飛び降りた。
 もはや後押ししてくれるのであれば重力であろうがなんであろうが構わない。
 その一念だった。
 が。
 ぐにゅろ。
 妙な足応えが伝わる。

「キャンッ!!?」

 途端に、甲高い犬の悲鳴があがる。

「おわっ」

 全く存在感のなかったWBの尻尾を踏んでレジェンドがバランスを崩した。
 一瞬の隙。
 それだけで、充分だった。

「疾ッ!!」

 鏡花の命をうけ、蔦が己が意思でレジェンドの腕を、足を捕らえた。
 もはや抗する事もできずにレジェンドは倒れる事しかできなかった。

「くっ…もっと燈爽にやさしくするべきであったか…!」

 右手の痛みに顔をしかめながらレジェンドが後悔の言葉をもらす。

「うん、それは私もそう思うな。」

 広瀬はそう言いながらルネアから借りたハリセンを振りかぶって。

 ぱぁあああんっ!

 容赦なく振り下ろされた。
 かくして、青組の軍師レジェンドは鏡花の蔦と広瀬の一撃をもって打ち取られたのであった。

「ふう…いろんな意味で最後まで強敵だったわ…」

 ため息をつきながら、広瀬は生徒会長席に乱暴に腰掛けた。
 どふっと、鈍い音がして、ふかふかの椅子が広瀬を受け止める。

「ところで…広瀬は魔法など使えたかね?」

 鏡花は袖の下に蔦を収納しながら広瀬に尋ねた。

「いや、これがまた全然。」

 広瀬は極上の椅子に座ってマッタリしながらあっさりと答えた。
 しかし、広瀬が先程使ったのは、間違いなくキリエが校舎通用口で使っていた、高等な魔術であるのは間違いない。
 が、広瀬本人は魔術は使えないという。

「そうか、まぁ、それならいいんだが。」

 なんとなく釈然としない感じで鏡花はレジェンドと燈爽を部屋の隅っこに片付けた(放置した)。
 ちなみにWBは尻尾を踏まれた痛みでしばらくどたばた走り回っていたが、ルネアに介抱されて心なしか上機嫌になっていた。
 さてと。
 ふかふかの椅子に身を任せながら、広瀬はこれまでの事、これからの事を思索する。
 思ったよりも時間がかかったのは、レジェンドの手腕が極めて優秀であったというのと、文集の選定に時間がかかったというのが主な原因だ。
 それ以外は概ね予測の範囲で収まっている。
 大幅に予想外だったのは、レジェンドが単独で突っ込んで来たこと位で後はそうでもない。
 後は、いかにウロボロスを倒すか、である。
 これを成し遂げなければ全てが無駄になってしまう。
 まともに自分ひとりで戦っては、勝てるものも勝てなくなってしまう。
 せっかくこれだけのスタッフが揃っているのだから、これを上手く活用しなければならない。
 どう組み合わせて、どう戦うか。
 幾通りものプランを考案していく。

 こんこんこん。

 と、その長考を邪魔するようにノックの音が響いた。

「失礼します。大変です、青組の大将が校庭で一騎打ちを求めています!」

 その声を聞いて、広瀬は大きくため息をついた。
 考えたものが全部ぱぁ、だ。
 開始後1時間と15分、いよいよこの戦いは真なる意味での最終決戦へと怒涛のごとく流れていった。




 敗れた、か。
 得たと思ったものは、目の前から逃げていく。
 僕の信じる永遠も、永い時をこえて、久方ぶりに出会えた友も、まるで夏の日の陽炎のように逃げて行く。
 否。
 まだ終わったわけではない。
 未だこの学園は我が手中にあり、永遠は僕と共にある。
 このような茶番につきあってやる道理もない。
 この図書館の深部に身を隠し、時を待てば、また学園祭初日にもどる。
 次は、このようなやり方を選ばなければいい。
 だが、それでは、意味がない。
 僕は苦痛を感じるために永遠を求めたわけではない。
 では僕は何故永遠を求めた?
 先代と僕は違う。
 先代のように生き長らえるために永遠を欲したわけではない。
 ただ、楽しい一時が永遠に続けばいい。
 そう望んだだけだ。
 だが、それは僕独りだけでは意味がない。
 皆が楽しくなければ意味がない。
 だからこそ、僕は学園祭に開封される。
 その時こそが、皆もっとも楽しんでいると思うからだ。
 でも、今まで何度も僕は遺産の力に敗北し、再封印を受けてきた。
 それは、ただ、力の使い手達の思想が僕のそれとあわなかっただけだと思っていた。
 だが、それは否定された。
 目に見える形で否定された。
 ほとんどの学園の生徒が最終的にあちらを、永遠ではない道をえらんだ。
 人が永遠を求めないのは、それは無理だとあきらめるからだと思っていた。
 決して永遠を望まないわけではない、と。
 だが、そうではない事を今回の使い手、広瀬は茶番で証明して見せた。
 皆に永遠を求める自分こそが異端である、と。
 僕はいつも独り。
 それは必然だったのだろう。
 そういう意味では僕の思っていた事、望んでいた事、全てが無意味だったのだろう。
 だが。
 もしも僕の信じたモノが、理想が、砂の城を建てるような行為だったのだとしても。
 その城を信じてくれた友がいた。
 ならば、その友が信じた僕の理想を信じ、その城を護ってみせよう。
 たとえそれが間違いだとわかったとしても、友が信じてくれたという事実自体は間違いではないのだから。
 全てに納得したように、ウロボロスは青いハチマキをゆっくりと締めなおした。
 ブルーラインの入ったハリセンを右手に、悠々と図書館の中を歩いていく。
 やがて、建物の外へとでた、ウロボロスはやさしげに笑みを浮かべる。
 すでに図書館の周りに青組の生徒の姿は無く、代わりに赤組の生徒が取り囲んでいた。
 だが、その様な事などまるで意に介さずにウロボロスはまっすぐに歩いていく。
 取り囲んでいた生徒も何故だか手を出せずに、その道をゆずる。
 青組が大半を占めていたのだから、とうぜん赤組には元青組の人間が多い。
 裏切った事に対する罪悪感もあったのか。
 あるいは、純粋にウロボロスの何かに気圧されて道を譲ったのかもしれない。
 まるでモーゼの起こした奇跡のように生徒たちがウロボロスの進路から退き、道が出来上がる。
 ウロボロスはその道を堂々と歩き、そして、第1校庭の中央まで至ると、静かに立ち止まった。
 自分を取り囲む雲霞の如き赤組の生徒をぐるりと見回して、やがてウロボロスははっきりとこう告げた。

「我こそ永続派青組大将ウロボロス。阻止派赤組大将広瀬優希との一騎討ちを所望する」

 その言葉が包囲する赤組の生徒達に浸透するまで、しばし時間を要した。
 が、1分もしないうちに状況は変わった。

『うおぉおぉおおおおおお』

 と生徒達がまるで山鳴りの様な歓声をあがった。
 戦いの最後を決めるのにふさわしい、いかにも盛り上がりそうなイベントである。
 それにこの学園の生徒たちがそれに乗らないはずはなかった。
 早速、お弁当を売り始める生徒や、予想屋、に賭博(無論かけるのは食券だ。現金なんてとんでもない)が始まったりする。
 それを眺めながら、ウロボロスは笑みを浮かべた。
 これこそがレジェンドが最後に授けた策であった。

『もし、私が帰らぬ時は敵首魁に一騎討ちを申し出なさい。相手は引き受けざるを得ないでしょう。必ず出てきます。それこそが最後のチャンスです。』

 あの時レジェンドは、この様にウロボロスに告げていたのだ。
 果たしてその言は正しかった。
 もし断れば、不満がこの場に満ち溢れる。
 場合によっては再度赤組から寝返る者すら出始めるだろう。
 こうなっては、広瀬も引き受けざるを得ない。

「さぁ…決着をつけよう、遺産の使い手よ」

 校舎を見据えながら、静かにウロボロスは呟いた。




 そしてその頃、生徒会室。

「何も広瀬が行く必要はあるまい?チャンピオンを立ててはどうかね?」

 アビを背負って出て行こうとする広瀬に鏡花が声をかける。
 ちなみにチャンピオンとはマンガ雑誌ではなく、決闘の代理人の事を指す。

「まぁ、ね。でも、これは私の責任だから。このイベントを考えて、実行して、利用した人間としては応えなきゃいけない。まったくレジェンドくんも最後の最後でとんだ切り札をだしてくれるわ」

 ハリセンのダメージで目を回しているレジェンドをちらりと見ながら、広瀬が答えた。
 鏡花は軽くため息をつく。

「それで、勝ち目はあるのかね?よもや玉砕覚悟ではあるまいね?」

 鏡花の言葉に、広瀬は軽く首を振る。

「まっさか。勝たない戦はしない。させない。それが基本ってモノよ」

 そう答えて、広瀬は赤いハチマキを締め直した。
 なかなかりりしくて、似合っている。

「ふむ…そうか、ならこれ以上は言うまい。必勝祈願」

 鏡花はそれだけ言うと、軽く両手をあわせて、広瀬の戦いの勝利を祈った。

「ん、あいつ蛇みたいであれだけど、絶対勝てないって相手じゃないと思うから。がんばって!」

 ルネアもそう声をかけて広瀬の背を軽く叩いた。

「いってらっしゃーい」

 のんきにWBは尻尾を振って見送った。
 かくして、広瀬は決闘の場へと出陣した。
 正面昇降口から校庭中央までを結ぶ、人の道が出来上がっていた。
 いつの間にか、交通整理(?)役の生徒が出ている辺り、さすがに手馴れている感じだ。
 その道を先程のウロボロスと同じように広瀬が大剣であるアビを担いで歩いていく。
 アビが重いのか、足元がやや覚束ないのがまた頼りない感じ。

『広瀬さんがんばってー』

 それでも、そんな声援が飛んだりしていた。
 広瀬はどうもどうも、と軽く片手をあげて応えて、アビを片手で支えきれずに転びそうになったりする。
 広瀬が大剣、つまり本物の武器を持っているのになんの非難の声もあがらないのは、あまり有利に見えないからだろう。むしろどう見ても不利。
 そんなこんなで、ようやく広瀬は第1校庭中央に辿り着いた。

「…お待たせ」

 にっこりと笑顔で広瀬。

「いやいや。待つのには慣れているからねぇ」

 同じように笑顔でウロボロスは答えた。
 互いに、気負いはない。
 理想的なコンディションであると言えた。

「さて、と」

 広瀬はアビをとん、と地面に軽く差し込むと、両手を添えて軽く支えた。
 軽く深呼吸。
 負けるわけには、いかない。
 広瀬は先程の事を思い出しながら、心の中で呟いた。
 ウロボロスは、だらり、と自然体でただ立っている。
 だが、ふと思い出したようにウロボロスが口を開いた。

「あなたに、先代の力が使いこなせるとは思えませんが?」

 それは至極まっとうな疑問だった。
 遺産の一部を己が手で破壊した以上、残る脅威は先代であるアビスブレードだ。
 しかし、それを真の意味で扱えるのは、おそらく自分だけだろう。

「そうでもないわ。ごっそり持ってかれるけど、当たった瞬間に絞れば、私でもあなたの結界を斬ることができるわ」

 つまり、一撃でもアビを当てれば勝ちと言うわけである。
 なるほど、とウロボロスは呟いた。
 だが、そんなものに当たってやるつもりは、ない。
 そう、心の中で呟いて、ウロボロスは集中を始めた。
 かなり本気だ。
 それに対し、広瀬は右肩にアビを乗せる様に構えた。
 雰囲気を察したのか、周りの生徒達にも静寂が訪れる。
 互いに負けられぬ理由がある。
 互いに勝たねばならぬ理由がある。
 だからこそ真摯に。

「永続派青組、ウロボロス」
「阻止派赤組、広瀬優希」

 お互いに名乗る。
 そして

『参る!』

 同時に二人が吼えた。
 見守る生徒たちからも歓声が上がる。
 かくして学園の命運を決める決闘は始まりを告げたのだった。




 最初に仕掛けたのは広瀬だった。

「やぁっ!」

 右肩に担いでいたアビを身を投げるようにして振り下ろした。
 たやすくバックステップでウロボロスがかわす。
 ざくり、とアビが地面につき立つ。
 そして、そのつき立ったアビを支点にして、棒高跳びの要領で飛ぶようにして広瀬が蹴りを放つ。
 こう見えて、広瀬は足癖が悪い。
 この表現はちょっとあれな表現だったが、蹴り技がそこそこ得意なのだ。
 スウェイバックして紙一重でウロボロスはそのとび蹴りをかわした。
 勢いで流れた身体をなぎ払うようにウロボロスがハリセンを振るう。
 広瀬は空中で、器用に身をかわすと、そのままアビを支点にぐるりと回る事で勢いをつけて、アビを引き抜いた。
 そこに追いすがり、ウロボロスがハリセンを一閃させる。
 かろうじて広瀬はアビでその攻撃を受け止める。
 パァアアアアン、パァアアアアン、パァアアアアン、とハリセンの音が鳴り響く。
 その度に観客である生徒たちから悲鳴や歓声が巻き起こる。
 やがて、広瀬がウロボロスのハリセンをかわしざま放った綺麗なミドルキックがウロボロスの腹を打ちぬいた。
 ダメージはハチマキが精神的な打撃に変換したため、軽いめまいを感じるが、それでおさまった。
 眦をあげると、広瀬のその蹴り足をウロボロスは逆に捉え、両手で思いっきり左方向にねじった。
 広瀬はそれに逆らわず、回りながら器用にアビを持つ手を右手左手と移し替えながら地面に落ちる。
 そこにウロボロスの追撃のハリセンが打ち落とされる。

 パァアアアンッ!

 さすがにこれは逃げ切れず、広瀬は背中をハリセンで強打された。

「うっ…」

 精神ダメージに変換されて頭を襲った頭痛に眉をしかめながら、広瀬はアビを引きずるようにして間合いを広げる。
 ここまでの戦いは互角、いや、ウロボロスが上か。
 観客と化した生徒たちが大きく歓声を上げる。
 両者とも、ここで軽く息をついた。

「ふ…ふふふ………様子見はここまでですよ。やはりあなたは先代に振り回されている。物理的にさえ、ね。次で私の勝ちが決まるでしょう。」

 自信たっぷりにウロボロスが言った。
 おおおおおおお、と観客達がどよめく。

「………じゃあ、私も切り札を出しちゃおうかしらね」

 不敵に広瀬が言い返す。
 おおおおおおお、とさらに観客もどよめく。
 さすがにこれは見逃せない、と観客達も戦いに集中し始める。

「ハッ!」

 意外にも先にしかけたのは広瀬だった。
 ビッと光る何かが広瀬の右手から射ち出された。
 指弾!?
 ウロボロスの額を目掛けてメダルが飛ぶ。
 それを左手で弾き飛ばすウロボロス。
 だが、そのせいで、身体が開き、体勢が崩れた。
 その体勢の不利をこそ待っていたのか、広瀬がアビを大上段に振り上げて、その勢いのまま、身体ごと振り下ろした。
 そして。
 その瞬間こそ、ウロボロスが待っていた瞬間だった。
 崩れた体勢のままハリセンを捨てて、右腕をアビに向かって差し出す。
 と、陽炎のようなものが右腕にまとわりつくように現れる。

「空間歪曲!」

 ウロボロスは高らかに叫ぶとその歪みをアビに叩きつけた。
 それは、友の技であった。
 彼ほど上手くはつかえぬが、それでもこの場面では大き過ぎる効果をもっている。
 広瀬は完全にその歪みが到達する前にアビから手を離した。
 と、ギチィイイイッと不快で甲高い音をたてて、アビが広瀬の右手、ウロボロスの左手側に吹き飛ばされる。
 それをみるや、即座にウロボロスは転移、広瀬よりも早くアビの目前に到達する。
 これで。
 ウロボロスはその柄を握り締める。
 僕の勝ちだ!
 心の中で勝利の声を上げるウロボロス。
 一瞬の攻防にわぁああああああああっと割れんばかりの歓声が上がった。
 全ての生徒の視線が、ウロボロスとアビに集まっていた。

「そ…そんなっ!!?」

 出し抜けにウロボロスが叫んだ。
 何事?
 事情がわからずに?マークを頭上に浮かべる観客。
 モノには名がある。
 名はその存在を示し、またその事で力を与える。
 ウロボロスはアビをその手に取った瞬間、信じがたい事実を悟ったのだ。
 これはアビスブレードではない。

「あ…アビスブレ!?」

 激しく動揺しながらウロボロスが言う。
 なんか鳩サブレっぽいけど、それはお菓子の名前ではなかった。

『そう、それが私の今の名だ』

 アビこと、アビスブレが弱々しく答える。
 弱々しいのは当たり前だ。二文字分の力を奪われていたのだから。
 では、その二文字分の力はどこへ?

「ひ、広瀬さんはっ!?」

 動揺に血走った目でウロボロスは先程まで広瀬がいた場所に視線を向ける。
 そしてそこには誰もいなかった。

「魔法のハリセン」

 ちょうどウロボロスの真背面から淡々とした広瀬の呟きが聞こえた。
 ハリセン、それは漫才のツッコミなどに使われる道具。
 ボケの”流れを”断つ道具だ。
 そして、”魔法のハリセン”はちょうど7文字。
 ○○○○○○○の文字数と同じであった。

「う、うおおおおおっ」

 アビスブレを手にウロボロスが勢いよく振り返り、

 パァアアアアアアアアンッ!!!!

 広瀬がその額を容赦なく”魔法のハリセン”で打ち据えた。

「ぐっ…ぐはっ………」

 ウロボロスがうめき声を上げる。
 学園を時空間連続現象に落としいれていたメビウスの輪が、ウロボロスを基点に切り裂かれ、解かれていく。
 直後、青白い電光がまるで蛇のようにウロボロスの足から胴体、腕を這い上がっていき、やがてアビスブレに到達すると、よりいっそう輝きを増して蒼穹へと放たれていった。
 それは、時空間連続現象が発生したのと同じ美しさをもって、全てを開放してゆく。
 そして。

 ばたり。

 ウロボロスが倒れ伏した。
 ついに決着!とばかりに『わぁああああああああああっ』と生徒達の大歓声があがる。
 広瀬は歓声の中、とてとてと歩くとおもむろにかがみこんだ。
 そして、指弾としてつかったメダルを拾い上げる。

「レジェンドくんには感謝しないとね」

 皮肉にも、広瀬の勝利の手助けをしたのはレジェンドが残した空間転移用のガイドビーコンメダルだった。
 転移能力を完全に制御できない広瀬では、これが無ければ転移を利用してウロボロスの背後を取る事はできなかっただろう。

「よっと。大丈夫?」

 広瀬はアビスブレを拾うと尋ねる。

『まずい。早く何とかしてくれ』

 情けない声で情けない事をいうアビスブレ。
 広瀬は苦笑を浮かべると、

「ありがとう、あなたを囮にしたおかげで勝てたわ。”アビスブレード”」

 と、囁いた。
 広瀬の身の内に取り込まれていた○○○○○○○のうち二文字分の○○がアビスブレに移植され”アビスブレ”に”ード”を与える。
 これで何もかも元通りだ。

「ふう…終わったぁ………」

 その喧騒の中で、広瀬はようやく肩の荷をおろして、ぽつりと呟いた。
 さすがにちょっと疲れた。
 精神的、身体的に疲れすぎていた。

「ね、ねむ………」

 広瀬はなんとか踏ん張ろうとして。

 ばたーん。

 やっぱり倒れた。
 遠くで誰かが何か叫んでる。
 あー、みんな楽しそうだな。
 いつも眺めてばっかりだったけど、今回はあたしも頑張っちゃったよ。
 ちょっとがらじゃなかったかもしれないけど、たまにはいいよね?
 なにしろ、あたしは面白かったし。
 きっと他のみんなも面白かったんだろうと思う。
 そうならうれしいな。
 じゃあ、おやすみなさい。
 広瀬は幸せそうな表情で、夢の世界へと落ちていった。




 結局。
 1週間にわたる学園祭は無事に終了した。
 永遠に学園祭が続くことも無く、後夜祭も無事に行われ、そして例年よりも馬鹿騒ぎしすぎたため、片付けにもそれまで以上の労力を使う事になった。
 そして、片付けが激しく行われている校内の一室、学園長室で学園長であるじゅらいとウロボロスが向き合っていた。

「今年はずいぶんと派手にやったものだね」

 じゅらいは軽い口調でウロボロスに尋ねる。

「ええ。しかし、その分楽しめたでしょう?学園長」

 そう答えて、ウロボロスはいつものような軽い笑みを浮かべた。
 心なしか、その笑顔は以前よりも明るい。

「君には毎年面倒をかけてすまないと思っているよ。取引とはいえ、だらけた生徒たちのカツ入れに協力してくれる訳だしね。」

 ずずっとお茶をすすりながら、じゅらいは言う。

「いやいや、ギブアンドテイクですよ。私は、もし成功すれば本当の永遠を得ることができたわけだし、失敗しても仮初の永遠を得ている。そういう契約でしたしね」

 同じように出された茶をすする、ウロボロス。
 それを見て、じゅらいは笑みを浮かべる。

「さて、では本題といくでござるか。今年も封印を望むかね?」

 じゅらいはまっすぐにウロボロスの目を見た。
 ウロボロスはひるまずにその目をまっすぐに見返す。

「いいえ。可能ならば、このまま学園に残ります。」

 自分の望んだ永遠に意味などなかった。
 それがウロボロスの至った結論だった。

「…そうかね。力は返してもらうよ?」
「無論」

 じゅらいの問いにきっぱりとウロボロスが答える。
 そこに一切の迷いは感じられない。
 それを見て、じゅらいはおもむろにウロボロスの右手に自分の左手を重ねた。
 それでおしまい。
 ウロボロスの持っていた特別な力はたったそれだけで失われてしまった。
 しかし、ウロボロスに後悔の色は微塵も無い。

「ありがとうございます。それでは友人を待たせてますので…失礼します」

 お茶を最後まで飲んで、ウロボロスは席を立った。

「あ、待ちたまえ」

 その背にじゅらいが声をかける。
 ウロボロスは振り向いて「まだ何か?」と尋ねた。

「いや、永遠からの卒業おめでとう。今後は勉学に、学園生活に励んでいくといいでござるよ」

 じゅらいは温かな笑顔でウロボロスにいった。
 ウロボロスは、嬉しそうな笑顔でそれに答えて、部屋を後にした。

「しかし、結局一番のたぬきは学園長だったって事ですかね?(笑)」

 その場にいた遺産の管理人、矢神が朗らかに尋ねる。

「それはどっこいでござろう(笑)」

 同じく朗らかな笑顔で答えるじゅらい。
 秋の柔らかな陽射しがあたたかく学園長室を照らしていた。




 秋の柔らかな陽射しの下で、盆栽の様子を鏡花が見ていた。
 どうにも枝振りが気に入らない。
 やはり手を入れる必要があるか。

「熱心だねぇ」

 すずーっと音をたてて紅茶をすすりながら、広瀬が鏡花に声をかける。

「まぁね。剪定ばさみをくれんかね?」

 そちらを見ずに鏡花は広瀬に手をのばした。

「剪定ばさみ」

 広瀬の呟きと共に剪定ばさみがその手の中に現れる。
 ○○○○○は今も広瀬と共にあった。
 これを使ってどうしよう、とも思わなかったが、別段無理をして捨てるようなモノでもないので、結局そのままにしているのだ。
 矢神も特に返せとか言わないので、まぁ、このまんまでいいかな、等と思っている広瀬である。
 何しろ便利だから。

「やれやれ、学園のヒロインもすっかり気抜けしたもんだね」

 ぱちり。
 剪定しながら、鏡花は広瀬に言った。

「やめてよぉ、そんな言い方。照れるじゃない」

 あはは、と照れ笑いを浮かべる広瀬。
 実際、学園祭のあとの広瀬の人気は男女共に大したものだった。
 最近は大分鳴りを潜めてきているが、実際、生徒会長選挙に出馬しないか、なんて誘いもあったりする。
 もちろん、広瀬はその話をうけるつもりはない。
 学園祭はお祭りだったからああ言う事をしただけで、別に普段から目立ちたいわけでもないのだ。

「ま、でもさ」

 広瀬はテーブルに頬杖をついて、鏡花の背中を眺める。
 いつもとかわらないポジション。
 いつもと同じ風景。

「こうしてなんでもない毎日が続くってのもありがたいよね。」

 そう言いながら、うんうん、と頷く広瀬。

「まぁそうだね。」

 ぱちん。
 鏡花がさらにはさみを入れる。
 いささか気に入らないのか、眉をしかめている。
 これもある意味では日常だ。
 昨日と同じ今日はない。
 今日と同じ明日もないだろう。
 同じように見えて違う毎日をあたし達は過ごしていく。
 そこには楽しい事も、つらい事も、悲しい事も、嬉しい事もあるだろう。
 いつかあたしもこの学園を出て行く。
 あたしと学園の関わりはそれでおしまい。
 でも、その、楽しい事やつらい事や悲しい事や嬉しい事を後輩に伝えて、その後輩がまたその後輩に伝えていけるのなら、それはそれで学園生活が永遠に続くと言えなくも無い。

「永遠に続く学園生活に幸あれ、ってね」

 何と無しの広瀬の呟きに、鏡花が変な顔をして振り向く。
 いかにも「何いってるんだこいつ」って顔である。

「ん?はさみ終わり?」
「ん、ああ」

 広瀬が差し出した右手に鏡花が借りていた剪定ばさみを乗っけた。
 それを広瀬が軽く握ると、もうはさみは無くなっていた。

「じゃ、教室に返ります。紅茶、ご馳走様でした。」

 広瀬は礼を言って、茶器を片付けると、用務員室をあとにした。
 秋晴れの気持ちがいい空気を吸いながら、広瀬は教室へとのんびりと歩く。
 遠くで、「学園制圧組織【レジェンド=ザ=テンペスト】」の人員募集をやっているのが目に入る。
 レジェンドと、燈爽と、そしてウロボロスが声をからして人を呼び込んでいる。
 学園生活に復帰したウロボロスは約束どおり、レジェンドの学園制圧に尽力している。
 彼が入ってから着々と人数を増やしていってる辺り、案外彼は主君よりも王佐の才のタイプだったのかもしれない。
 と、その近くでどかーんと派手な爆炎があがる。
 逃げる焔帝をルネアが追いかける。いつもの兄妹喧嘩だ。
 何かよほど怖い目にあったのか、WBがきょろきょろと回りにおびえながら歩いていく。
 眠兎とみのりはいつもと同じように楽しそうだし、花瓶は相変わらずどこかでぱりーんと割れていた。
 いつもの当たり前すぎる日常。
 でも、これもいつかは失われる。
 今は同じ場所を歩く生徒たちだが、やがて学園を卒業し、違う道を歩んでいくだろう。
 やがて今も、遠い遠い過去になってしまうだろう。
 だからこそ。
 今この時を、ちゃんと心に刻んでいこう。

 キーんコーンカーンコーン

 と、授業の始業を告げるチャイムが鳴り響く。

「わ、遅刻しちゃう!」

 あわてて、広瀬は教室へと走る。
 いつか思い出して、楽しかったな、と思えるように

「がんばろっと」

 広瀬はそっと呟いた。












 (おしまい)










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最終話担当:[ 藤原眠兎 ] HP:[ そこはかとなくほーむぺーじ ]

じゅらい亭RPGファンタジー旅行団じゅらい亭表門

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