「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」4 藤原眠兎



 第壱話 約束(4)



−17−

 ズシンズシンズシン…
 圧倒的な質量が移動する。
 ズシン、とひときわ大きな音を立て、それは止まった。
 闇の巨人の前に、一人の少年が立っている。
 黒髪黒眼の顔立ちの整った外見。
 光流である。
「…オマエハ…センシカ?」
 巨人が大剣を構えながら尋ねる。
「いいや…」
 光流は手を軽く重ね合わせ、ゆっくりと開いた。
 左手に光で構成された剣が現れる。
「騎士、だぜ!!」
「オオオオオオオン!」
 光流の言葉と巨人の咆哮が重なる。
 闇の大剣と光の剣が打ち合わされる。
 相反する力が干渉し、バチバチと火花だ飛び散った。
 一合、二合と打ち合い、互いに相手の技量を測っていた。

 力は相手のほうが上。
 武器の威力は相手のほうが上。
 だけどスピードと技術は…

「俺のほうが上だぜ!!」
 光流は思いっきり相手の大剣に自分の剣を打ちつけ、その反動で跳ねる様にして後ろに
間合いを取った。
 巨人が間合いを詰めようと外見に似合わぬ軽快さでジャンプした。
 光流は巨人を凝視しながら素早くポジビリティを活性化させる。
「神速・改っ!」
 叫ぶと同時に光流が五人に分身した。
 巨人の跳躍からの一撃を光流の一人が受け流しながらさばく。
 と、その瞬間に残りの光流がそれぞれ斬撃を繰り出した。
 右腕、左脚、左手首、右肩と次々に光の剣に切り払われてゆく。
 一撃一撃が鈍く光る鎧の隙間、すなわち関節部分を狙った正確な攻撃だ。
 そして巨人が崩れ落ちるよりも速く。
 光流はさばいた巨人の大剣を踏み台にして跳躍し…
「終わりだぜっ!!」
 光の剣が首に当たる部分の闇を切り払った。
 ガシャン、ガラガラガラ…
 巨人がバラバラになり、文字通り崩れ落ちる。
 タンッと着地し、光流は軽く息を吐いた。
 京介や眠兎やゲンキ、さらには数えるほどしかないが幻希と行ってきた戦闘訓練は伊達
ではない。
 ましてや光流の持つ『神格』の力は群を抜いて特異で強力なのだ。
 一瞬でかたがつくのが当たり前ですらあった。
「オオオオオオオオオオン!」
 動けぬようになったはずの巨人から地を揺るがすような咆哮があがる。
 ガチャガチャガチャ…
 刎ね飛ばされた四肢と首が再び影と闇によって結び付けられ、巨人は何事も無かったよ
うに立ち上がった。
 咆哮に驚き、振り向いた光流に巨人の闇の大剣が振り下ろされる。
「くっ!!」
 右足を強く引き、身体を半回転させながら光流はかろうじて闇の洗礼をかわした。
 大剣が砕いた道の破片が光流の身体に降り注いだ。
「痛っ…くらえっ!!」
 大剣をかわした時の身体の勢いを生かして、光流は光の剣で巨人のがら空きになった胴
をなぎ払う。
 巨人が切り裂かれた胴から真っ二つになろうとした瞬間、傷口から溢れる闇が切り裂か
れた上半身と下半身をつなげなおした。
「…ムダダ…ツヨキ、キシヨ!」
 再び大剣が横なぎに振るわれた。
 ただし、今度は先程までとは比べ物にならない速さで。
「くそっ!!」
 今のスピードと間合いでは避けきれない。
 そう悟った瞬間光流は自らの右腕を相手の大剣に叩きつけた。
 ベキ…ゴキ…ブチッ…
 肉を、骨を、皮を砕き、突き進む闇の大剣。
 だが光流はその勢いを利用して左横へと飛び跳ねた。
「えあっ!!」
 ポジビリティを活性化させ、光流は瞬時に壊れた右腕を再生させる。
 ゲンキがするのを見て覚えた"再生"だ。
 その右手一本で地面に着地すると、光流はまるで体操の選手のように再び飛び跳ね
た。
 狭い路地の壁面を蹴って巨人に飛びかかる。
 光の剣を左手で構え…
「…カゲヨ!」
 巨人が右腕を激しく振った。
 巨人の、建物の、光流自身の影から闇の触手が伸び、光流を絡め取る。
 どざっ、と音を立て光流が落下した。
 ズシン、ズシンと巨人が歩み寄ってくる。
「っせるかっ!!」
 光流はかろうじて動く左手を器用に動かし、光の剣をくるりと回して影を切り払い、跳ねる
様にして起きあがった。
 とんっと後ろに下がり、とりあえず間合いを広げる。
「すっげぇ技を使うな…でも"覚えた"ぜ!」
 言いながら、光流は剣を持たぬ右腕に魔力を集中させ始める。
 多分、魔法生物の類だ。
 光流はそう巨人を観察しながらそう考えていた。
 末端を攻撃してもいまいち効果的ではない。
 点や線ではだめだ。
 相手の核がどこにあろうとも砕く事の出来る面の攻撃でなくてはならない。
 ガシャンッ!!
 考えている間に巨人は大剣を振りかぶりながら、その外見に見合わぬ速度で踏みこん
でくる。
 光流は舌打ちしながら左腕の剣を構えた。
「魔王呪法!『ソル・ガルド!!』」
 不意に聞き覚えのある声と共に光球がふたつ巨人に炸裂した。
 頭と胴に炸裂した光球は巨人を建物の壁へと叩きつける。
 普通ならこれだけでも生きてはいられない威力がある。
 だが巨人は再び何事も無かったかのように立ち上がろうとしていた。
「虹ちゃん!?」
 戦場に突然現れた虹の姿に光流は驚愕の声をあげた。
 と同時に集めきっていない魔力を開放し、光の槍を巨人の近くの建物に放った。
 槍は壁に突き立つと同時に純粋な破壊のエネルギーに変わり壁ごと建物を吹き飛ばす。
「オオオオオオオオオン…」
 吼え声と共に瓦礫にうずもれて行く巨人。
 これで倒せなくても時間は稼げる。
 光流は一足飛びで虹の傍らへと移動した。
「どうしてこんなところに…」
「ごめん…でもね」
 心配そうに言う光流をさえぎって虹は言った。
 その目には強い決意と意志を宿らせている。
「あたしね、お姫さまになんかなれないよ。じっと、光流くんが怪我をしながら敵を倒してくれ
るのを待ってるだけなんて出来ないよ。」
「いや、でも…」
 光流は困ったような顔をした。
 守りながら戦える程にはまだ自分は強くないと思うからだ。
「あのね光流くん、あたし、こう思うの。なにもしないで光流くんが傷つくのを見てるのなん
かやだ。楽しい時も辛い時も、嬉しい時も、大変な時も、ずっとずっと一緒でいたいの。楽し
い事は二人で分け合いたい。辛い事だって二人で背負いたい。きっと二人一緒ならどんな
事だってがんばれる。そう思うのは…あたしだけなのかな…」
 虹はうつむきながら言った。
 今まで守られてばかりで感じていた事。
 好きだからこそ。
 どんな時だって一緒にいたい。
 虹のそんな気持ちが通じたのか、光流は真剣な表情でうつむいた。
 虹の心をこめた言葉が、光流の眠っていた部分を激しく揺さぶり、叩き起した。

 俺、美影がいつも言ってるみたいに本当にバカで鈍くて、間抜けなんだな。
 虹ちゃんのだけじゃなくて、自分の気持ちすらわかってなかったなんて…
 子供の頃、『約束』したから虹ちゃんの事守りたいと思ってたんじゃないんだ。
 お父さんを捜してるんだ、と言ってた虹ちゃん。
 お母さんの元を離れ、虹ちゃんは一生懸命に幻希さんの事を捜してた。
 それでも、虹ちゃんはやさしかった。
 寂しかっただろうに、悲しかっただろうに、それでも虹ちゃんはやさしく笑ってた。
 俺はわけもわからずにあの笑顔を、守りたいと思った。
 父さんに女の子にはやさしくしなきゃだめと教わってたからじゃない。
 それはあの時の俺が虹ちゃんのために出来る唯一の事だったんだ。
 きっと…こういうのを一目惚れっていうんだろうな。
 いつでも一緒にいた。
 がんばる虹ちゃんのために何かしてあげたかったから。
 本当にバカだな、俺。
 虹ちゃんの事、好きになったから守りたいと思ったんだ。
 それは、父さんやマナナーンに教えられた女の子に対するやさしさじゃなくて、純粋な俺
の気持ち。
 力になりたい。
 一緒にいたい。
 そんな気持ちを『約束』にしたんだ。
 子供の頃、よく父さんに聞かされてたっけ。
 『男の子だったら大好きな子を守ってあげなきゃだめだよ』って。
 でもね、父さん。
 俺はじめて父さんと違う考えになったよ。
 虹ちゃんを守りたい。
 虹ちゃんに守られたい。
 俺が一方的に支えるんじゃなくて、俺と虹ちゃんとで一緒にがんばりたい。
 虹ちゃんと同じように。
 俺も…そう思うよ。
 
「俺、騎士失格だな…」
 光流の口から思わずそんな言葉が漏れる。
 騎士とは主君のため弱者を守るために剣となり盾となり戦う者。
 そう思っていた。
 だから。
 大好きな人と一緒にがんばりたいなんて思うのは騎士じゃない。
「え?」
 虹が顔を上げると、光流はばつが悪そうに頭をぼりぼりと掻いていた。
 だが、その表情は明るく、後悔の念など微塵も感じられない。
「…ソルクラッシャー、もう一度撃てる?」
「え?あ、うん、なんとかもう一回ぐらいなら…」
 虹の顔を覗き込むようにして質問する光流に、虹は答える。
 なんでそんな事を聞くのかすぐにはわからなかった。
「じゃあ、30数えたら、あっちの方にソルクラッシャーを撃って」
「え?え?」
 何の事だかわからないで混乱気味の虹の頭に、ポン、と光流の手が乗っかる。
 なでなで。
 光流が虹の頭を優しくなでる。
「勝とうぜ、一緒に!」
 お日様のような笑顔を浮かべながら光流は言った。
 虹はぼうっとその顔をしばらく見てから、
「うん…うん!!」
 と、勢いよく答えた。
 ちょうどその時、ガラガラガラ…と瓦礫が崩れる音と共に巨人が立ち上がった。
「じゃあ、いくぜ!」
「あ…光流くん!」
 飛び出そうとする光流を虹は呼びとめた。
 ととと、とたたらを踏んで光流は振りかえった。
 正面からその黒い瞳を見据える。
「あたし、光流くんの事、好きだよ!」
 あまりにまっすぐな言葉。
 光流は、さすがにちょっと驚いたようだったが、すぐにその表情が笑顔に変わる。
「…俺も、虹ちゃんの事、好きだよ」
 お互いに構えずに自然に言葉が出た。
 わかりきっていた事に気付けなかった"うすらどす鈍い"二人。
 今は、確実に心が通じ合っていた。
 光流は惜しげも無く振りかえると、虹を残して高く跳躍した。
 その両手にすさまじい魔力が集められ、光の槍が形成される。
「オオオオオオオオオオンンンンッ!!」
 吼え声と共に光流の方へと走る巨人。
 虹は放っておいてもさほどの危険は無い、との判断からだ。
 大剣を振りかざし、高く飛んだ光流へと迫る。
「魔光槍『ゲイ・ボルク』!!」
 跳躍の頂点で光流は光の槍を放った。
 勢いでくるりと巨人に背を向ける光流。
 光流の手から放たれた光の槍は途中で三つに分裂し、さらにその分裂した光の槍は十
五の槍に分裂する。
 合計四十五の光の槍が巨人に降り注いでゆく。
 それでも槍の雨の中を巨人は突き進んだ。
 ドスッと右腕に一本、槍が突き立つ。
 その瞬間に槍にこめられた破壊のためのエネルギーが開放され爆発と共にその右腕は
蒸発した。
 だが、巨人はひるまなかった。
 まるで道が見えているかのように光の槍をかわしながら光流へと迫る。
 着地と同時に、光流は振りかえりもせずもう一つ槍を作り出した。
 バチバチバチッと火花が踊る。
 今度は"光"ではなく"雷"で出来た槍だ。
「行け!『ブリューナク』!」
 叫びながら大空へとその槍を光流は放った。
「…オオオオオオシネェエエエ!」
 光の槍の雨をくぐり抜けてきた巨人が左腕だけで大剣を振り上げた。
「言ったはずだぜ、"覚えた"って!『影よ』!!」
 光流は振り向かぬまま、右腕を開くようにして軽く振る。
 光流の、建物の、巨人自身の影から闇の触手が伸び、巨人を絡め取り、締め上げた。
「オオオオオ、バカナ、コレハッ!!」
「チェックメイト、だぜ!」
 光流の言葉と同時に鎧の左後方に蒼く光輝く魔力球が現れた。
 虹は光流の指示通りに呪文を唱えていたのだ。
「魔王呪法!『ソル・クラッシャー』ッ!!」
 虹のよく通る声と共に、破壊の蒼球が撃ち出された。
 高速で回転する蒼球は全てを砕き、突き進む。
「オノレ、オノレェエエエエエエエッ!!!」
 必死にあがく巨人。
 だが、それは自らの技の素晴らしさを証明する事にすぎなかった。

 ガッ!!!!!

 鈍い音と共に蒼球はまともに巨人を捕らえる。
 瞬間ー何もかもが砕け散った。
 蒼球は鎧も、胴体も、絡み付いていた影も、何もかもを破壊し、吹き飛ばしてゆく。

「ギュオオオォォオオォォオオオオオオ!!」
 それでも巨人は、いや巨人であったモノは最後の力を振り絞り、唯一残った闇の大剣を
自分に止めを刺した虹に向けて投げようとする。
 最後に残った大剣を持った左腕がブンッとすさまじいスピードで振られた。

 ピシャアアアアアアアンッ!

 大剣が手から離れようとした刹那、大空を雷光が駆け抜け、かろうじて残っていた"闇"を
全て吹き飛ばした。
 光流が直前に放った『ブリューナク』があやまたずに標的を捉えたのだ。
 もはや"敵"は存在しなかった。
 この世から、再生の余地もない程、完全に消えうせていた。
 辺りには静寂が、虹と光流の心には安堵と達成感が満ちていった。
「…やった…やったぁっ!!」
 虹が感極まったように歓声を上げる。
 光流は満面の笑みを浮かべた。
 実際には光流がお膳立てして、得た勝利かもしれない。
 それでも『二人』で戦って勝ち得た勝利なのだ。
 嬉しくないはずが、ない。
「光流くーん!!」
 虹は嬉しそうに駆け寄って来ると光流の胸に飛び込んだ。
 どんっ。
 よろよろ。
 ぽて。
 ごつっ。
 光流が虹を支えきれずに情けなく転んだ。
 光流は後頭部を地面に、虹は鼻を光流の胸に打ちつける。
「あ、あうううう…」
 虹は光流の上で鼻を押さえてうめいた。
 涙がじんわりとにじんでくる。
「………」
 光流はぐったりしていた。
「だ、大丈夫、光流くん?」
 虹はちょっと恥ずかしそうに光流の上からどきながら尋ねる。
 光流は、うう、とうめきながら目をかろうじて開けた。
「…今日の中で…一番効いたぜ」
 よっこらしょ、とひどくだるそうに身体を起こしながら光流は呟く。
 ふと、虹と光流は目が合った。
 せっかくセットしたのに、前ほどではないものの、ぼさぼさな光流の髪。
 妙にバンダナばかりが新しい、赤い鼻の虹。
 よれよれのボロボロの二人。
「ぷっ…あは、あははははは」
「くすっ…あはははははは」
 どちらからともなく笑い出した。
 なんだか無性におかしかった。
 結界の中、道端に座り込んだ虹と光流の妙に愉快そうな笑い声が響きわたる。
 ふらっと不意に光流の頭がゆれた。
 ぱたん。
 光流は倒れた。
「あははは…って、光流くん!?しっかりして!?」
「ぐー…」
 虹が慌てて光流の頭を抱き上げると、光流は安らかに寝息を立てていた。
 多分力を使い果たしてしまったんだろう。
 今までにこういう事が無かったわけでもない。
 いつもなら美影が乱暴に引きずって行くところだが…
「…もう…しょうがないなぁ…」
 と、虹はやさしい笑顔を浮かべながら言うと、自分の太ももの上に光流の頭をそおっとの
せた。
 いわゆる膝枕というヤツである。
「いつも、ありがとうね…」
 頭をなでなでしながら虹は続ける。
「大好き、だよ…」
 そっと、虹は呟いた。
 光流は幸せそうに寝息を立てている。
 虹もなんだか幸せな気分になってきてうとうとしてきた。
「なんか…あたしも眠くなってきちゃった…」
 虹は光流を起こさないように足を伸ばすと、そのまま後ろにぱたん、と倒れた。
 途端に虹は眠りに落ちていく。
 色々と悩んだ昨日今日。
 言葉で確認できたお互いの気持ち。
 これからどうなるかなんてわからないけど、きっと二人で頑張っていける。
 変わっていくのなんか怖くない。
 光流くんとなら関係が変わっていくのだってきっと楽しみ。
 好き。
 大好き。
 心の中で何度も呟いた。
「俺もだぜ」
 光流が遠くでそう答えたような気がした。

 悪夢は、もう見なかった。




 第壱話エピローグ





「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」1
「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」2
「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」3
・ 「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」4
「−まほろば− なんてステキなありふれた日々」第壱話エピローグ
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