第弐話「ひとかけら 〜カリンの場合〜」

2000.4.14(金) 藤原眠兎

 

 


なんてステキなありふれた日々

第弐話 ひとかけら 〜カリンの場合〜

 

 

 記憶喪失って、本来治る病気(?)らしい。

 だから、治らない記憶喪失症ってのは本人がそう望んでいるから、なんだってさ。

 これはなんかの小説に載ってたんだけど、本当にそうなのかな?

 だとしたら、ボクはそう望んでいるのかな?

 カウンセリングも、魔法でさえもボクの記憶を戻す事は出来なかった。

 そこまで戻って欲しくないボクの記憶。

 ボクは誰?

 ボクは何?

 誰かボクに、教えてよ。

 なあんて、がらでもないか。

 

 

−そしてその時カリンは−

 ドキドキする。

 調子に乗って、京介さんの事”白馬の王子さま”なんて言っちゃったから照れるやら恥ずか

しいやら。

 ”白馬の王子”なんて、らしくない言い方だったかな。

 でも、まぁボクにとってきっと一番適切な表現だったと思う。

 だって、好きになっちゃったんだもん。

 冗談っぽく伝えられたよね、ボクの気持ち。

 ふと気がつけば、京介さんがじっとボクの事見てる。

 なんていうか、そう、これはいわゆる物語でいうところのラブシーン的な雰囲気?

 どどど、どうしよう。

 やっぱり、やっぱり、ここは、目を閉じるべきかな。

 でもでも、ボクの勘違いだったら何とも恥ずかしいヤツになっちゃうし。

 …。

 ……。

 ………。

 ええいっ!

 女は度胸だ!

 ボクは思い切って目を閉じた。

 ドキドキドキドキ。

 心臓の音がやかましいぐらいに聞こえる。

 すぐ近くに京介さんの息遣い。

 ドキドキドキドキドキドキドキドキ。

 …。

 ……。

 ………。

 あれ?

「ご、ごめん…」

 そう言って、ボクに京介さんがのしかかってくる。

 う、うわーっ!?

 一足飛びにそんなっ!?

「ぐーぐー」

 ………って、あれ?

 恐る恐る目を開けると、京介さんはボクにもたれかかって眠っていた。

「もう、ばかー!」

 ボクの口をついて言葉が出た。

 ほっとしたような、がっかりしたような。

 …やっぱ、がっかりしてるのかな。

 ふう、とボクは大きなため息をついた。

 ま、いっか。

 あっさりとボクは気分を入れ替える。

 文句を言いたくても京介さんは眠っているんだし。

 それになんだか、もったいない気もしたから。

 あわてる必要なんて、きっと無い。

 それに、京介さんが眠ってしまうのも仕方が無い。

 触媒や媒体無しでサモニングするのは通常は不可能だ。

 御堂京介の特異なポジビリティがそれを可能としたに過ぎない。

 その代償として、極度の体力の消耗は避けられない事だったのだろう。

 …。

 ……。

 ………。

 は?

 何、今の?

 さも?ぽじ?

 一瞬、ボクの頭に意味不明な文章が並んだ。

 ズキリ。

 頭が痛い。

 ズキズキズキ。

 いた、いたたたたたた。

「なによ、コレ?」

 ボクは取り合えず京介さんを道に寝かせて額に手を当てた。

 風邪ってわけじゃない。

 頭に傷があるわけでもない。

 ただ、考えただけだ。

 ボクの頭に浮かんだ単語について。

 ぽじびりてぃ?

 ズキズキズキ。

 また、頭が痛くなってくる。

 どくん、どくん、と強く心臓が脈打ってる。

 そうだ…ボクはここに…

 足元がおぼつかない。

 ふらふらする。

 もう少しで何かが思い出せる。

 ズキズキズキズキ。

 頭が割れそうに痛い。

 …あの時…ボクだけ…

 …金色の髪…黒い瞳…誰…?

 …何で…?

 ズキズキズキ。

 …あの時…大きな手…

 …あの人…

 ひどく痛む頭の中を、幾つかの画像がフラッシュバックする。

 銃のたくさんある武器庫。

 カプセルで培養されている何か。

 訓練風景。

 一緒にいた金髪の…

「運命って奴を信じるか?」

 だれだっけ…。

 ボクは知っている。

 この人を。

「俺は、そんなくそったれたもんなんざ信じない。」

 ボクは…誰?。

「あばよ、カリン。そう作られたからじゃなくて、俺はお前の事好きだったぜ。兄貴として、

男として。」

 ボクは…カリン。

「だから、お前には忘れさせてやる。何もかも。ゼロから、やり直すんだ。」

 彼の大きな手がボクの頭に伸びる。

 ボクはただ黙って聞いていた。

「俺は、全部を超えてみせる。俺の前に作られた奴等も、俺を作った奴等も、くそったれな

”命令”も、この俺の”運命”も!」

 彼はその鷹の様に鋭い目には似合わぬ、優しい眼差しでボクを見た。

 そうだ、ボクもこの人を好きだった。

 そう作られていたから。

 そうじゃないかどうかなんてわからなかった。

「俺がお前に望むのはただ一つ、だ。」

 声が遠くに聞こえる。

 ズキズキズキズキズキズキ。

 頭痛が最高潮に達しつつあった。

「”生きろ”。」

 その声が妙にはっきりと聞こえた。

「何かに操られるんじゃなくて、自分の意志で決めて自分で考えて自分で生きるんだ。」

 その言葉と共に彼の手がボクの頭をなでた。

 そして軽く、ボクの頭を掴む。

「さよならだ、カリン」

 言葉と同時に。

 それまでの記憶が忘却のかなたへと去っていく。

「いやーっ!!」

 現実のボクが叫ぶ。

 それは過去のボクの記憶を失う事への恐怖だったのか、それとも感情的な何かだったのか。

 そしてまた、何もかもボクは忘れた。

 …。

 ……。

 ………。

 視界が急にぼやけた。

「あれ?何で泣いてるんだろう、ボク」

 ボクは何故か流れ出している涙を拭った。

 そんなに京介さんが眠り込んじゃったのが悔しかったのかな?

「しょうがないじゃん、カリン。」

 ボクは自分に言い聞かせるように呟いた。

 だって、ボクを助ける為にあんなに頑張ってくれたんだもん。

 歩いてる最中に眠っちゃうぐらい疲れてるんだしさ。

「よおしっ!がんばるぞっと!」

 そう言いながら、ボクは京介さんをおんぶしてよたよたと歩きはじめた。

 言いながらも、やっぱり腹が立った。

「何も、あんな時に眠らなくたって…」

 ぶつぶつ言いながら、ボクは歩いた。

 自分にはあんまり縁の無い世界だと思っていただけに妙に惜しい事をしたみたいで腹立たし

い。

 あまりに自分勝手な自分の気持ちにあきれながらも、ボクはぷんすか怒りながらホテルへの

道を歩いていく。

 朝にはまだ早い夜の空には変わらずに、月と星が仲良く輝いていた。

 

 ホテルに着くと、偶然にも眠兎さんとクレインさんとゲンキさんが入り口に立っていた。

「おや、カリンちゃんどうかしたんですか?」

 のんびりとした口調で眠兎さんが言った。

「いやぁ、月が綺麗だねぇ」

 何の脈絡も無くクレインさんが言う。

「はっはっはっは」

 ゲンキさんは意味も無く笑った。

 三者三様、らしいといえばらしいけど。

 何か違和感が。

 って、そんな落ち着いてる場合じゃなくって。

「クレインさん!京介さんがっ!足っ足っ!!」

 そう思うと、ボクは急に焦ってきちゃってしどろもどろに言った。

 慌てず騒がず、クレインさんは厳しい目で京介さんの足を見る。

「治療は?」

「したけど、無くなっちゃってるって言ってました。クレインさんなら治せるって…」

 ボクはすがるようにクレインさんの事を見た。

 大丈夫、京介さんが言ってたんだもの。

 …でも、もしもそれがボクを安心させる為の嘘だとしたら?

 そう考えはじめると、ひどく不安で、悲しくて、何だか頭がごちゃごちゃになってくる。

「うん、大丈夫だよ。無くなってしまったなら創ればいいんだからね。」

 そんなボクにあっさりとクレインさんは言った。

「ホントに?治るの?」

「大丈夫だって♪」

 軽い調子でクレインさんは言った。

 大丈夫なのかなぁ…。

 なんか心配だなぁ…。

「まぁ、あとは任せてとりあえず着替えて来なさい。京介君は僕が運んでおくから。」

 ボクの背で眠っている京介さんを眠兎さんがひょいっとかついだ。

 着替える?

 言われてボクは自分の格好を見て、初めて気付いた。

 タンクトップもショートパンツもぼろぼろに破れてボクはほとんど半裸の状態だった。

 かーっと頭に血が昇ってくる。

 じゃあ、ボクこの格好で道をずっと歩いてきたの!?

「はっはっはっはっは」

 ゲンキさんが笑って上着をボクにかぶせてくれた。

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いしますっ!」

 ボクは、顔を真っ赤にして、頭を下げると一目散に自分の部屋へと向かった。

 京介さんは心配だけど、さすがにこの格好じゃあいられない。 

 誰にも会いませんように!

 そう願いながらボクはホテルの自分の部屋へと走るのだった。

 

 

−眠兎とクレインとゲンキ−

 時はややさかのぼる。

 化け物と京介とカリンが戦っている頃、実は眠兎とクレインとゲンキは近くまでは来ていた。

 もともと、セカンドムーンの異変の調査に来ていたのだからあれだけ強力な魔物の出現に気

付かぬはずはない。

 ならば何故、手を出さなかったのか。

 ただ何となく。

 と、いうのは冗談だ。

 クレインとゲンキはすぐに助けに行こうとしたのだが、唯ひとり、眠兎だけがそれを止めた。

「ぎりぎりまで、介入は止めましょう。これは千載一遇のチャンスです。京介君が成長するた

めの」

 結局眠兎は半ば強引に二人を説得し、見守る事となった。

 無論、死なせるつもりがあろうはずも無い。

 3人が3人とも非常にピリピリとした雰囲気で戦いを見守った。

 結果は知っての通り。

 京介がスターファイアmk2なしで召喚神を呼び、見事に化け物を倒したのである。

「ふう、何とか、なりましたか」

 眠兎がため息交じりに呟いた。

 言い出したものの、本当に大丈夫などという保証はどこにもない。

 いつでも飛び出せるようにしていたのだから、ため息の一つや二つ、出ようというものであ

る。

「にしても…」

 クレインは内心、京介の成長を大いに喜びながらも疑問は隠せなかった。

「あいつ、いつの間にあんな力を?」

 クレインの疑問はもっともだった。

 クレインは京介が子供の頃から面倒を見てきたのだ。

 少なくともそんなそぶりは今迄なかった。

「何言ってるんですか、クレインさん。本当はクレインさんにもできるんですよ?」

 その疑問に眠兎が答えた。

「は?」

 寝耳に水の眠兎の言葉にクレインの頭上に?が飛びまくる。

「どういう事です?」

 興味ありげにゲンキが尋ねた。

 眠兎は、ナイフをケースにしまいながら二人の疑問に答えた。

「もともと、クレインさんも京介くんも”召喚者”としてのポジビリティを驚くほど持ってい

るんですよ。それを極めて効率よく引き出す物品がスターファイアだというだけの話です。」

 厳しい目で崩れていく高台を見ながら眠兎は続ける。

「つまり、召喚する”方法”が変わっただけの話で、僕に言わせれば”行使している力”は今

迄と全く変わりありませんよ。ただ、間接的に召喚神を呼び出すスターファイアと違って、直

接呼び出しただけに意志の疎通はダイレクトに行えるだろうし、その分スターファイアと違っ

て自分で代償を払わねばならないでしょうね。」

「…はーい、質問!じゃあ今からクレインさんにも同じ事ができますか?」

 ゲンキが尋ねた。

 いくつになってもこのノリは変わらない。

「うーん、多分無理じゃあないですかね?」

「あらら」

 あっさりとした否定の言葉にクレインがずっこける。

「クレインさんだけじゃなくて、僕らはみんなそうですが、新しい事を始めるには歳をとりす

ぎているんですよ。心ではなく頭で理解してしまう。」

 そう言いながら眠兎はにこりと笑った。

 クレインは歳を取りすぎという言葉にちょっと複雑そうな顔をして、ゲンキは納得したよう

に軽く頷いた。

「つまり、ピーターパンの魔法は純真な子供にしかかからない、と。」

「ま、そんなところですかね。」

 眠兎はそう言いながらもう一度ため息をついた。

 海に沈んでいった化け物が、眠兎の心配していたような魔物ではなかったからだ。

 セカンドムーンの惨劇を引き起こした”夜咆哮するもの”ではなく、かつてそれと同時期に

交戦したB.E.P.S PRTー0でもなかった。

「さて、帰りますか。ホテルで待ってないと、まずい事になりますよ?」

「…そうですね」

 ゲンキの言葉にクレインが頷く。

 そしてはるか遠くで何かを話している京介とカリンの方を見た。

 上手くやれよ、京介!

 心の中ではるか遠くの京介にエールを送る。

「では、帰りますか!」

「ええ。」

「よろしく♪」

 眠兎の言葉に皆が同意するのを見届けてから、皆をつれてホテルへと転移した。

 

 そして時は現在へと戻る。

 

 

−カリンの場合−

 部屋に戻ったボクは慌てて、かつ、静かに服を着替えた。

 虹は当たり前として、美影も珍しく眠っていたからだ。

 ボクは着替えおわると、そおっと部屋を出て、磯井で京介さんと光流の部屋に向かった。

「召喚『シヴァ』!」

 入ると同時くらいにクレインさんが何かの神様を呼び出していた。

「お久しぶりで」

 その神様がクレインさんに挨拶をする。

 ボクは邪魔にならないように、そおっと部屋の中に入った。

「できるか?シヴァ」

 クレインさんが京介さんの足があった辺りを指差して尋ねると、シヴァは深々と頷いた。

 シヴァは何かの粉を香油のようなものと混ぜ、それをこねて粘土のようなものを作りあげた。

そしてその形を人間の脚の形に整えると、おもむろに”ぺったん”とその脚を京介さんにくっ

つける。

 シヴァは粘土らしきものの足がついた京介さんを、頭から足の先まで見ると満足気に頷いた。

 ………。

 えーと、まさかこれで終わり?

「終わりました、御主人様」

「ん、さんきゅ♪」

 重々しく言うシヴァにクレインさんは軽く礼を言った。

 こんないいかげんな脚でいいんだろうか。

 注)インドの神様が人を治す時は大抵こんなものです。

「おや、カリンちゃん、いらっしゃい♪」

 ボクに気付いたクレインさんがにこやかに言う。

「えーと、ども」

 ボクは挨拶もそこそこに京介さんの脚に見入った。

 本当に大丈夫なのかな、この脚で。

「ではこれで」

 ボクの心配をよそにシヴァは消えてしまった。

「心配かい?」

「え、あ、はい。それはもちろん。」

 誰だってこんな脚の付け方見れば心配すると思う。

 そんなボクの心を知ってか知らずか,クレインさんはにっこりと微笑んだ。

「京介をよろしくね、カリンちゃん。」

 あらためて言われて、ボクは一瞬、何の事かわからなかったけど、少なくとも友達としてっ

て訳じゃなさそうな事くらいはわかる。

「…はい」

 顔が熱い。

 きっとボクの顔は真っ赤になってると思う。

 そんなにボク、あからさまな態度してたのかな。

「ん?もう、なじんできたな」

 クレインさんの言葉ではっとして目を向けると、京介さんの文字通りとってつけたような脚

が、血の通う普通の脚になっていた。

 そこにあるのは多少の違和感はあるものの、昼間に見た、京介さんの脚とあまり変わらない

ように見えた。

「…よかったぁ…」

 思わず口をついて言葉が出る。

「ははは、上手くいかないと思ったかい?」

「う、いや、その…」

 しどろもどろに答えるボク。

 誰が見たって上手くいきそうになかったとは、言えない。

「まぁ、しかたないよな。さあて、と俺はちょっと外すから、後はよろしくね♪」

 そう言うと、クレインさんはふらふらと部屋を出ていった。

「あ…」

 ぱたん。

 ドアが閉じる。

 ボクの目の前には眠っている京介さんがいる。

 その一つ向こうのベッドで光流がグーグーといびきをかいて眠っている。

「えーと」

 誰も返事をしない。

 当たり前だけど。

 いっそここで、続き、しちゃおうかな。

 なあんて、ね。

 でもね。

「…ボクのわがままのせいで、怪我させちゃったね…ごめんね…」

 そういってボクはそっと京介さんの唇に…

「…あれぇ?カリン〜?」

 何かする前に、光流が上半身をベッドから起こしながらボクに言った。

「ちちち違うよ、ボク、カリンじゃないよ!」

 うろたえて何がなんだか。

 言ってるうちにまたパタン、と光流が倒れた。

「んー…おやすみー」

 ぐーぐー。

 再びいびきをかきはじめた。

 ね、寝ぼけただけかぁ…ふう。

 よ、よし、今度こそ。

 意を決して、ボクはもう一度京介さんの唇に…

 ごろん。

 何の脈絡もなく京介さんが寝返りをうった。

 ………。

 も、もう一度だけ。

 なんだかお礼の気分でキスしようと思っただけなのに、何で上手くいかないんだろう?

 よし、今度こそ…

「おまたせ〜♪」

 顔でも洗ってきたのか、すっきりした表情でクレインさんが帰ってきた。

「………」

 がくっと突っ伏すボク。

 運命の神様、これはいったいどういう事でしょうか。

「ど、どうかしたの?」

「な、何でもないです。ボク、なんだかくらくらしてきたんでもう寝ます!」

 クレインさんの言葉に、腹立ちまぎれに乱暴に答えると、ボクは大股で歩いて部屋を出た。

 バタンッ。

 ちょっと乱暴にドアを閉める。

「はぁ…」

 ひょっとして、ボク、こういう運命の星の下で生まれたのかな。

 ため息をつきながらそんな事を思う。

「運命、か」

 なんだか気に入らない言葉。

 誰だったか、ひどくけなしてたっけ。

 ふと見れば東の空がもう白みはじめていた。

 でも、不思議と眠くはなかった。

 むしろ、これから始まる一日を楽しみにしている自分がいる。

 昇りはじめた朝日の方を見ながら、ボクは夜の出来事の事を考えた。

 ボクは、京介さんの事が好き。

 うん、これは間違いない。

 その場のノリっていう線も否定は出来ないけど、落ち着いちゃった今そう思うんだもん、

きっと間違いない。

 そりゃあ、もちろんハンサムだっていうのもポイント高いけど、それ以上に、悩んでて、

迷ってて、それでも前に進もうとする京介さんが好きだと思う。

 京介さんの悪いところはまだよくは解らないけど、きっとそれだって好きになれる。

 そんな気がする。

 京介さんの気持ちは…まだわからない。

 だってちゃんと聞いたわけじゃないから。

 だから、今日、ちゃんと聞いてみよう。

 運命なんかに任せてられない。

 ボクの事だから、ボクがするんだ。

「んー…いい天気!」 

 ボクは大きく伸びをしてから、そう言った。

 朝日があふれている窓を開けると、南国特有の甘い風が流れ込んでくる。

「…こんなところでどうしたの?カリン」 

 不意に後ろから声をかけられた。

 そう、今一番会いたかった人の声。

 風で乱れる髪を押さえながらボクはくるりと振り向いた。

 そこには、笑顔を浮かべて京介さんが立っていた。

 今迄のどこか無理をしているような笑顔じゃなくて、もっと、なんというか、そう、ステキ

な笑顔。

「おはよう、カリン」

「おはよう、京介さん」

 まるで夜の事がウソだったみたいな、当たり前の挨拶。

 なんだか、ボクには妙におかしく感じた。

「…ぷっ…くすくす…なんか変な感じ、あらたまっちゃって、さ」

 思わずボクは吹き出して、正直に言った。

 まぁ、照れくささも半分くらいはあるかな?

「ははは…そうだね…」

 京介さんも同じだったみたいで、バツが悪そうに目を逸らして頭をかいている。

 そして、京介さんはあごに手を当てて何かを考えているような仕種をしてから、真っ直ぐに

ボクの方を見た。

「…話したい事が、たくさんあるんだ、カリン」

 京介さんは、静かにそう言った。

 ボクは軽く目を閉じた。

 話したい事って、何かな。

 どくんどくん、と京介さんに聞こえるんじゃないかって思えるぐらい、胸が高鳴ってる。

 ただ頷いて、京介さんの話を聞くだけでも、いいかも。

 …ええい、負けるな、ボク。

 これから先の事なんてわからない。

 不安でいっぱいだ。

 だけど、だからこそ、大切なのは今なのだから。

 ボクは思い切って目を開けて、京介さんの目を真っ直ぐに見据えながら答えた。

「…ボクも。ボクも京介さんに伝えたい事とたくさん聞きたい事があるよ。」

 ボクはボクのちっぽけな勇気を総動員して、はじめの一歩を踏み出した。

 ボクの始まりの場所はなくなってしまったけど、京介さんの言ってくれたとおり、今、ボク

はここにいるんだ。

 ボクの後ろに歩いてきた道が見つからないなら、前にある道を歩けばいい。

 道を間違える事もあるだろうし、転ぶ時もあると思う。

「ねぇ、京介さん?」

 でも、もしもその道を誰かが一緒に歩いてくれるのなら。

 きっと寂しくないだろうし、楽しいだろうと思う。

「ボクね、京介さんの事…」

 そして、もしもそれが貴方だったのなら。

 きっとボクはとても幸せ。

 

 

−第弐話おしまい♪−

 

 

 

 

第弐話外伝「なんてステキな青い海」

 


「〜まほろば〜 なんてステキなありふれた日々」 第弐話「ひとかけら」
第弐話「ひとかけら〜もう一つのエピローグ〜」
第弐話外伝「なんてステキな青い海」 2000.4.9(日)00:04
第弐話「ひとかけら」〜カリンの場合〜 2000.4.14(金)23:43
 
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